バレンタインを目前に控えたある日の午後、鍛冶師の花畑にある河戸家の台所。 照明の消えた薄暗い空間に、小さな青い影がそろりそろりと静かにゆっくりとした歩みで入ってくる。 家主たちに合わせて低く設えられた流し台、その横の新しく増えた家族に合わせたやや高めの作業台。 その作業台の上に、青い影がゆっくりと右手を延ばし、置いてある何かに手が届こうとしたところで、照明が点灯した。 「こらぁ、トウジ。」 「あっ、兄ちゃん。」 獣竜型成長期のばつのわるそうな顔が、赤毛の少年を見上げている。 「つまみ食いはダメだって言っただろ。」 「だって、あまくておいしそうなにおいがしてて……」 そこに置いてある容器は密閉してあるのだが、嗅覚に優れるガオドラモン、河戸トウジの前にはたいして効果がなかったようだ。 「全く、そう言うところは父さんに似て……。」頭を掻いて河戸家の養子、アタルはぼやいた。 「いいかトウジ、それは兄ちゃんが今度のバレンタインに大切な相手に贈るために作ってるチョコレートなんだ。」 「チョコレート?誰かにあげるやつ?」 「そうだ。それを今食べられたら兄ちゃんすごく困るんだよ。だから……」 しかしこの時点でトウジはアタルの言葉を半分聞いていなかった。幼児らしく、すでに思考が別方向に向かっていた。 「じゃあさ、いっしょに何かあげたらいいんじゃないかな?」 「……何だって?」 「そうだ、指輪作ってあげるよ!さっそく作ってくる!」ナイスアイデアに浮かれ走り出すトウジを、アタルはがっしりと掴んで止めた。 「待て待て待て!それじゃ本末転倒だ!」 「ほんまつ、てんとー?」言葉の意味がよく分かってないのか、トウジは首を傾げた。 「つまりさ、意味がなくなっちゃうっていうか、台無しっていうかさ……ああもう。」 側頭部の赤髪が掻きむしられる。しばらくアタルは思い悩んでいたが、意を決して打ち明けることにした。 「今作ってるチョコを送る相手はお前なんだよ、トウジ。」 「へっ?……これ、くれるの?」 「14日になったらな。……それと、お前だけじゃない。父さんや母さん、オアシス団のみんなとか、お世話になった人とか、それと……」 そこまで言って、脳裏に浮かんだツリ目の少女を振り払うかのように頭を払うアタル。 「兄ちゃん?」 「えっと、とにかくだ!お前にあげるチョコに、お前が作った指輪を一緒にしたら半分贈り物じゃなくなっちゃうだろ?」 「……そう言われると、そうかも?」わかったようなわかってないような、不思議そうな顔をするトウジ。 「だから今回はお前の出番は……ってトウジ何を!?」 台所の隅にあった踏み台を持ち出してその上に登り、トウジは作業台の上のチョコを見渡した。 「へー、さすが兄ちゃん、すげー……あっこれ父ちゃのでしょ!こっちは母ちゃ!」 3歳児のフリーダムっぷりを目の当たりにして、額に手を当てるアタル。 「このいちばんすごそうなのは……ザミエールモンだから……わかった!ミコ姉ちゃムギュ!」 慌ててトウジの口を塞ぐアタル。表情は崩れ、耳たぶが髪のように赤い。 「むー!むー!」口を塞がれ喋れぬまま抗議の声をあげるトウジを、アタルはそのまま抱き上げて踏み台から降ろす。 「何すんのさ兄ちゃん!」 「……あー、しょうがないかなー。」何かを諦めたように、あるいは覚悟したかのように、アタルは呟く。 「……いいか、トウジ。兄ちゃんにはな、好きな女の子がいる。」 「それってミコ姉ちゃンン!」言いかけたトウジの口に、今度は人差し指を当てて黙らせるアタル。 「言わないでほしい。それはもうちょっとだけ、秘密にしておきたいんだ。」 「ひみつって……いつまで?」 「まだわかんない。わかんないけど……そうだな、トウジ、ひとつお願いがある。」 「おねがい?」 「そう、お願い。ちょっと真面目な話だ。トウジ、聞いてくれるか?」それを聞いてトウジは黙って首を縦に何度か振った。 「そうだな、俺がその子のことを好きなまま大人になって……その子も大人になった時に俺のことを好きでいてくれて……」 抱きかかえたトウジを踏み台に座らせ、自分はしゃがみ込む。アタルとトウジの視線が同じ高さになる。 「18歳、俺達が18歳になったら、俺はその子に結婚を申し込もうと思う。その時……結婚を申し込む時に使う指輪。」 指輪、という言葉になにか予感があったのかトウジの喉がごくりと鳴る。 「その指輪を、お前に作ってもらいたいんだ、トウジ。」 「兄ちゃん……」 「お前の作ってくれた指輪なら、きっとOKしてもらえると思う。まだ何年か先の話になっちゃうけど……トウジ。」 「うん。」 「それまで、今俺が言ったことを秘密にすること、それから、俺達に似合う婚約指輪を作れる立派な職人になれるように修行すること。」 トウジの脇を支えていたアタルの両手が、トウジの両手を握る。 「お願いしても、いいかな?」 「…………うん、わかったよ兄ちゃん!」嬉しそうに目を輝かせ、トウジは元気な声で答えた。 「ありがとう!」アタルは思わずトウジを抱きしめた。 「兄ちゃん……」それ以上の言葉が出てこず、トウジは暫しハグされるままになっていた。 「……じゃあトウジ、ちょっと兄ちゃんの練習で作ったやつ食べるか?」 「えっいいの!やったー!」 「あんま食べすぎるなよ。また母さんに叱られちまうからな。」 そうして二人はダイニングの方へと歩いていった。 河戸アタル 今年のバレンタインチョコ 河戸リンドウ クラブのスート型をベースに竜胆のレリーフが入っているビターチョコ。 今年は全部自作であり、派手な色使いはまだ無理なので味と造形を重視して単色に。 河戸カメリア ハートのスート型をベースに椿の花のレリーフが入ったミルクチョコ。 こちらも同様の理由で単色になっている。 河戸トウジ ドライピーチをチョコレートでコーティングしたピーチフリュイジェット。 当初は両親と同じようにダイヤのスート型チョコに桃の花のレリーフを入れようと思ったが、小さい子に大きいサイズのチョコを与えるのはいろいろと問題があると考え、小さくて食べやすく食べすぎないフリュイジェットにした。チョコの総量は両親の半分ぐらいだが、ドライピーチの分で総量は重くなってしまった。 オアシス団員(義理・配布) 今年は全部自分で作っているため、昨年のように相手によって細かく作り分けしている余裕がなかった。 そのためトランプの各スート型にリンドウ(クラブ)・カメリア(ハート)・トウジ(ダイヤ)・アタル(スペード)の顔アイコンレリーフが入ったミニチョコアソートを箱単位で配布している。 自分の顔アイコン入れるのはちょっと恥ずかしかったらしい。 赤瀬満咲姫 ジョーカーをイメージしたベースにインプモンの顔のレリーフのキャラメルチョコ。 ベース部分だけビターチョコとホワイトチョコの縦割りツートンになっている。 浮状希理江 ホワイトチョコ主体で作ったジャザモンを象ったチョコ。 線が多くて割れやすくなった……いや割って食べやすくなった。 吉村司 ホワイトチョコとルビーチョコで作ったメデュリア型チョコ。 知り合いにマトエボしてもらってスケッチした絵を見ながら作ったとのこと。 色井美光 抹茶チョコ・ホワイトチョコ等を使って作ったザミエールモン型チョコ。 これだけは何度も練習と作り直しを繰り返しており、失敗作や習作はトウジのおやつになった。 タケル?あーいたいた、探したわよ。 あなたのためにチョコ作ってきたの。私の手作りよ? ……まあ、今までのも手作りと言えば手作りなんだけど。 って、もう食べちゃったの?相変わらずねえ。 『私のお願い聞いてくれるなら食べてもいいわよ』って、私が言う前に全部食べちゃったわね。 ……そんな顔しないで。聞くだけ聞いて頂戴? そうね、あなたの偽物……いいえ、あれは偽物と呼ぶのもおぞましい存在ね。 それがたくさん出てきて、一つになって、もっとおぞましい存在になるの。 あなたが前に倒した羊のような猪のようなデジモン……あれが進化したものよ。 ああ、食べてはダメ。食べたらあなた、本当におしまいだから。わかってるんでしょう? それでね、私からのお願いっていうのはね…… 「その化け物を滅ぼすために、タケルにはひと暴れしてほしいの。」 (続く) 龍ケ崎焚竜 穂村百合華特製、フリーズドライしたヘビーいちごにチョコをたっぷり染み込ませたヘビーチョコいちご(超特盛り)。