コンコン、とノックの音が鳴った。 「教主?」 ちょっと躊躇いがちのエルフィンの声に、私は優しく声を返す。 「いいよ。入っておいで」 ドアが開く。そこにはいつもどおり、寝間着姿のエルフィンの姿があった。安心と嬉しさのこもった表情で、とととっ、と寝支度をしていた私のもとへ駆け寄る。 そしてそのまま私の布団の左側に飛び乗り、ふふっ、と笑って布団をかけてくれるのを待っている。 私は愛しい気持ちでエルフィンの頭を撫で、それから部屋の照明を落とし、布団をかけて目を瞑った。 「今日は…少し寒いわ。もっと近寄って」 そう言われて、私に背を向けるエルフィンの体を優しく抱きとめる。エルフィンの身体と私の体温が混じり合い、徐々に彼女の筋繊維の緊張がほどけていくのがわかった。 「あったかい……」 曖昧なトーンでそう言って、あとに聞こえるのはすぅすぅという寝息だけだった。 あたたかい。それは体温だとか、そういう意味だけじゃない。滋味に満ちたスープが心に深く溶け込んだような、そういった類の、救われる思いが、私とエルフィンの中にじんわりと染み込んでいる。私はそんなことを思う。成り行きでこの場所に来たけれど……今は、この子を守りたい。静かな思いが、私の心に深く沈殿して揺らがなくなっている。 あたたかい……あたたかい……私の意識は冬終わりの闇に溶ける。 朝になる。カーテンから漏れる日光が微かに眩しい。微妙な体の振動を感じる。微かに体を揺さぶられているような感覚。 私は薄く目を開く。閉じて、開いてを繰り返して、天井を見つめる。まだぼーっとする頭で、エルフィンはまだ夢の中だろうか、と隣を見る。 隣で横たわるエルフィンは、紅潮した頬に、感覚に夢中になっているような顔で、私の腕をじっと見ていた。そして、きわめて小さく、静かに、私を起こさぬよう、彼女自身の股を私の腕に擦り付けているのだった。 私は放心し、うすぼんやりとした眼を変えられぬままそれをしばらく見ていた。妖精に性の意識があることも、エルフィンが私にそれを向けていることも、私の頭にはまったくなかったのである。 「エルフィン?」 と聞くと、彼女はびくっと体を震わせて、それからおろおろし、まるで勝手がわからないというように、少しずつ泣き出した。 (わからないんだもん……!なんか、悪いことだってことはなんとなくわかるけど、でも、こうしないと身体が爆発しそうなんだもん……!) 心の内を覗くと、そんな声が聞こえた。切実な思春期――確かに、教えるべき存在も、この世界には居ないのか? 「怒ってないし、変なことじゃないから、安心して。今夜私の部屋で、どうすればいいか教えてあげるから」 恥ずかしいから誰にもいえなくて大変だったね、とエルフィンに告げると、エルフィンはそんな言葉を言われるとは思いもよらなかった――そんな様子で、それから、 「ありがとう、教主。いつも私を見てくれて」 と返して、一転、ぱぁっと明るい顔に立ち直り、 「じゃあ、今日の職務頑張ってくるわ!」 と部屋を出ていった。 一人になった部屋で、私は一人思う。 生殖の必要ない妖精に、生殖の指導は必要なのか?性欲はどうしてあるんだろう? 不意に、私の中の、決して動かなかったものが、微かに揺れた気がした。時計のアラームが鳴り、私の思考は今日のタスクに切り替わり、一日が始まる。 夜になり、ノックの音が鳴る。いつもより控えめに……呼びかける声もない。 「遠慮しなくていいよ。入っておいで」 かちゃりと空いたドアに、いつもよりしおらしく、もじもじとしたエルフィンが、ゆっくりと部屋に入ってくる。 「なにか不安だったりした?」 エルフィンは私の言葉にぶんぶんと首を振って、 「なにか、じゃないのよ、なにが不安かもわからないの」 それはそうか。と私はベッドに座り、考え込む。エルフィンは何も言わず私のひざに乗り、重心を私に預けた。 「ねぇ……教えて? 私だって、ゆっくり教えてくれればきっとわかるから」 その言葉に、私の胸の中で炎のようなものが揺らめいた。それをなるべく見ないように、私はエルフィンの性教育の道筋を考える。 「人間と妖精は、だいぶ体の構造が違うだろうから、探り探りになるけど……エルフィンはどういうきっかけでこういうことを初めて、どういう感覚だった?」 エルフィンは私の言葉に顔を少し赤らめて、でもこれは授業なのだ、そんなふうに、 「え、えっとね!」 と気丈に話し始めた。 「教主と寝てて……夜中に目が覚めたらね。教主の手が股に当たって、それで、なんか胸がずくっ! って響いて。悪いことだけど、やったほうが絶対に良いことだ、って思ったの。それで、あなたの手を体全体で抱きしめたり、唇を押し当てたり、いろいろ試したんだけど……」 エルフィンは恥ずかしそうに少し足を開いて、ある一点を指さした。 「ここを押し当てると、すごく、じんじんするというか、なにがが高まるというか……」 「気持ちいい?」 「う、うん、そう! 気持ちよくなって! でもなんかずっと足りないというか、どうすればいいのか、わからなかった……」 なるほど……と私は呟いて、考えを整理したあと、エルフィンに告げる。 「私が住んでる世界では、人間と人間が生殖行為というものをすると、新しい人間が生まれるんだ」 「交尾のこと?虫とか動物がやってるやつ? じゃあ、人間は虫なの?」 ほっぺたを引っ張る。 「まぁ、そうだね。交尾をやっている。そしてそれは種族の繁栄にかかわるすごく大事なことだから、とても欲求が強くなるように設定されてるんだ」 エルフィンは引っ張られたほっぺたを撫でさすりながらも、ふんふんと真面目に聞いている。 「エルフィンのその様子は……その欲求に目覚めたばかりの人間にとても近いように、思える」 「そういう人たちは、どうしてるの?」 「セックスをしたり……自慰をしたり、になる」 要領を得ないエルフィンに、ざっくりと教える。 「要するに、2人で満足するか、1人で満足するかの違いだよ。今日は取り敢えず1人でやる方法を教えるよ」 「2人でやる方法は、また今度教えてくれるの?」 無邪気に私の顔を覗き込むエルフィンに、私は言葉を詰まらせる。曖昧にぼかして、エルフィンに「まず力を抜いて」と指示をする。 少しの間彼女の体を弄るが――エルフィンの体はなかなか緊張が解けず、性感に近づいている様子が見られない。 少し考えたあと、いつものようなシチュエーションを作ればどうだろう、と思い立ち、エルフィンと一緒に布団をかけ、照明を消す。 エルフィンを優しく抱き続けると、じわり、と体の緊張が解けていくのがわかった。体温と体温が混じり合い、私たちは信頼し合っている――とお互いが実感する。そのすき間に、彼女の太腿にするりと手を差し込むと、びくっと緊張を一瞬見せた後、ゆっくりと受け入れるように足を開いた。 下着越しに彼女の性器を撫でさする。深い安息の吐息が漏れるのが聞こえた。そのまま優しく撫でさすっていると、彼女の太腿がもじもじとしだして、息は熱を帯びた。 「気持ちいい?」 「う、うん。でも、やっぱり、足りない気がする」 私は頷いて、彼女の下着をずらし、すでに濡れそぼった小さな陰核をそっと撫でる。 「あ、ぅッ!」 こすこす、とゆっくり擦り続けると、エルフィンは蹲り、快感に耐えるように、またよく感じるように集中しているようでもいた。 「あ、あっ……!きもちぃっ!それ、もっとして、もっと……!」 エルフィンの要望に応えるように、私は陰核を撫で回すように刺激する。愛液に塗れ、ぬちゃぬちゃと音を立てているのが聞こえた。 「すっ、すごいっ、これっ、電気が走ってるみたいにびりびりするしっ、お腹の奥が、ぎゅっ、てなって、きもちぃっ」 「クリトリスって言うんだよ。最初のうちはいきなり触ると痛いかもしれないけど、気分が高まったら、すごく気持ちよくなる」 私の説明にエルフィンはうん、うん、と頷いていたが、その声はすでに快感にとろけていて、頭に入っているのかいないのか、わかりかねた。 「きょ、教主っ? なんか変なのっ、 おなかの奥からなにか、すごいのが来そう、なに、これっ!」 不安そうに自分の状態を告げるエルフィンの頭を撫でながら、私はゆっくりと言葉を返す。 「大丈夫、怖くないよ。一番気持ちいいのが来て、それでおしまいなんだ。だからその気持ちいいのに真っすぐ向かうように、集中して」 「う、うん」 エルフィンの性器を弄る音は大きくなり、エルフィンから漏れる艶めかしい嬌声も、次第にはっきりとしてきた、教主っ!教主っ!快感に溺れる声のなかでときおり私が呼ばれるたび、私の下腹部にどす黒いものが渦巻いた。 「あ、あ、もう、来る、すごいの来るっ、ぎゅっとして!どこかに行っちゃいそうだから、離さないで!」 私が強くエルフィンを抱きしめると、足をピンと伸ばしたエルフィンがびくびくっと体を震わせる。その痙攣は何度も続き、びく、びく、と体を震わせるたび、私はエルフィンの頭を撫でた。やがて波がすべて去った後、エルフィンがこちらを向いて、私の唇にちゅっとキスをした。 「妖精の文化にはキスがあるの?」 「ないけど。でもしたくなったの。もっと、しましょ?」 エルフィンに流されるまま私たちはキスをした。何度も唇を合わせるうちに、次第に舌が歯に当たり、私がエルフィンの乳歯のような小さい歯の輪郭をなぞり、エルフィンが私の唇の裏を確かめるように舌を這わせたりしているうちに、たがいの舌先がわずかに触れ、初めて生命同士が接触をしたような拙さでお互いの動向を図り合い、そして最後に、ゆっくり絡み合った。 心地よい時間だった。愛おしい。でもこの愛おしさは、私が持っていてはいけない類のものだ。そう思いながら、抗えず、何時間も、何時間もそうしていた気がする。 夜と朝の境目がはっきりしないように、私の意識もどこで途絶えたのかわからない。快楽、安心感。庇護欲。エルフィン。エルフィン。エルフィン―― 目覚めも酷く曖昧なものだった。心地よい気持ちのまどろみがずっと続いていて、それがある瞬間にはっきりとした快楽に代わり、私は射精をした。 「うわ! なにこれ! 人間はこんなところから魔法を出すの!?」 そこには私のペニスを前に――わからないながら、ずっと咥えて刺激してたのであろう、あちこちをべしゃべしゃにしながら――誇らしげに笑うエルフィンが居た。 私はとてつもない罪悪感に襲われ、エルフィンを窘める。こんなことはやってはいけない、と。 「なんで駄目なのよ! 私たち、おんなじ気持ちになってたじゃない!」 「私は――」 また言葉に詰まる。君のことを娘だと思っていたんだ。勝手に。そう言うのが怖くて、私は黙り込む。 「あのね、」 エルフィンが私の顔を睨みつけるように――はたまた、叱りつけるように、覗き込む。 「あなたが私にどーいう気持ちを抱いてたのか知らないけど、私はあなたより何百年も生きてるし、強いのよ? 頭を撫でてくれたり、いろいろ教えてくれるのはすごく嬉しかったけど――」 そこでエルフィンは私の顔を、かつて私がそうしたように優しく抱きとめた。静かに、体温がゆっくりと移るまで。 「私はあなたがまっすぐに好きなの。だからあなたもひねくれてないで、まっすぐ私を好きになりなさいよ。あなたの足りないところは、私が守ってあげるから」 エルフィンの言葉が、私の深い場所に染みて、冷たく固まっていたなにかが、少し氷解して崩れていく感覚があった。 「え? 泣いてるの? ……人間ってよくわかんないとこでナイーブなのね」 それから、私の寝室は姿を変えて、「私たちの寝室」になった。「夫婦」という概念はまだ広く周知されていないようで、一般の妖精は「なんか教主と女王様がめちゃくちゃ仲良しになったらしい」という認識でいるようだ。エルフィンはもう私の部屋のドアをノックせず、当たり前に入るようになった。 「今日は寒い?」 「最近は結構暖かくなってきたけど……あなたに抱きしめられると嬉しいから、抱きしめて、たくさん撫でて、いっぱい褒めて」 へへ、と笑うエルフィンを、私はもう痛みを感じずに抱きしめられる。