冬の気配が少しずつ遠ざかって行くのを感じる。 少し前までの雪を伴っていた凍てつく風は、生ぬるいものへと変わり私の黒髪を梳いては過ぎ去っていく。 じきに、春がやってくる。暦の上の数字だけではない実感を受け止めながら、私は一人、街路を歩んでいた。 ちら、とショーウィンドウを横目に見る。学生にとってはやや高価そうな衣服、バッグ、アクセサリー……。どれも、違う。 私はそれらを一瞥して通り過ぎて行く。今の目的はそれらの物とは違う、特別な意味を持っているからだ。 ……正確にはその目的の品は、今は具象性をもって形を作っているわけではない。 ただ、『エマが喜んでくれるなにか』としての取り留めのない輪郭を持ってして、私の脳内に揺蕩っているだけだ。 「君は、いったい何が好みなのだろうな」 一人呟いてみる。その唇から漏れる音を見知らぬ通行人にさえ聞かせたくなくて、マフラー越しに。 私は明白なほどに悩み切っていた。 明日に控えた、桜羽エマの誕生日。そのプレゼントを、だ。 極論を言ってしまえば、エマは私が何を贈ろうと喜んではくれるだろう。これは自惚れだとか、彼女を見くびった思考ではない。 エマの性格、理念信条を鑑みれば演繹的に導き出される自然な推論だ。 そしてエマは、誰にだってそう対応するだろうということも、理解している。 だからこそ、君が一等喜ぶものを贈ってやりたい。 そんな自身から滲み出てくるエゴに、私は今この時、苦しめられているのだった。 服は適当でない気がする。私とエマではファッションの好みも違うし、気を遣って着て見せて、ちぐはぐなコーデで笑顔を浮かべる君を見たくない。 バッグは高価すぎる。私にとって手の届かない値段ではないが、後に値段を調べた君はきっと気後れしてしまうだろう。 アクセサリーは、少し、文脈が乗りすぎてしまう気がした。それに、そういったものを贈る日は、もっと特別な──。 はっ、と目が覚め、頭をふるう。今は目の前の誕生日に集中しなければ。私は再び前を向いた。 違う、違う、違う……。店に展示されるものを何度か手に取り、そしてため息をつく。そういった行為を繰り返すたびに日は暮れ始めていた。 冷やかしの客なんてものは、店にとってはさぞやご迷惑だろうな。自らの愚行を恥じ入り、そそくさと店を出る。 こうなってしまうくらいならいっそ、エマの友人に助言を乞うべきだったか。……いや、私はそうしたくなかった。 エマが喜んでくれるもの。その解を、他ならぬ私自身の手で導き出して見せたかったのだ。 これは、紛れもないエゴだ。私の中の奥底に沈み切った澱だ。答えの出ない問いに、勝手に迷って沼に足首を沈めてしまっているのだ。 そして、こうして無様にもタイムリミットを迎えてしまおうとしている。 「君は、いったい何を望んでいるのだろうな」 今にも日の沈む、雲がかりの空を見上げて一人ごちた。 ……そうして私は、店の並び立つ商業区間の終点へと辿り着いてしまった。 手ぶらで歩きながらぼんやりと考える。近くの駅はどこだろうかと。 長い時間歩き詰めだったせいか、もう見知らぬ区域にまで足を伸ばしてしまっていたようだ。 線路沿いを歩けばいずれは駅へ辿り着くだろうから、そこの心配こそはしていなかった。 だが、やはり心残りは、答えを出せなかったこと。 私一人では、結局辿り着けなかった道だったと思い知らされてしまったこと。 「君は──」 なにか言葉を紡ごうとして、白い吐息だけが広がっていくだけだった。 こうなればもう、意固地になっている場合じゃないな、と、開き直る。 エマは食べることが好きだ。駅に着いたら焼き菓子でも買って、それを明日の手土産にでもしようか。 そして明日の朝、恥を捨ててシェリーか、ハンナにでも相談する。これでいい。 (これでいいんだ……) これは、ただの慰みに過ぎないとわかっている。私はまた逃げ出そうとしている。その時だった。 「……雪?」 いつの間にか、肩に積もっていた雪に気づく。昼間の暖かさとはまるで別世界のような冷たい風が吹く。 「っ……!寒いっ……!」 見上げれば、深々と降りだした白い結晶が空から街を埋め尽くさんと企てている。 「おいおい……。予報とまるで違うじゃないか」 急いで走ろうかとも考えたが、この靴では足を滑らせてしまうかもしれない。 見知らぬ場所で孤独に寒さに震える夜の焦燥感が、私の背中を撫でていた。 (どこか、軒先でも借りられればいいのだけれど……!) 足早に歩みを進めながら辺りを見渡す。車一台通るかどうかの幅の路地に、私はすっかり迷い込んでいたようだった。 そして、不意に足が止まる。 怪しげな個人商店らしき構えの建物。その店の中に灯る石油ストーブが目に入ったのだ。 「こんな入り組んだ土地に、店を構えるものだろうか……?」 そんな私の勘繰りは、薙ぐような雪風によって一瞬にして吹き飛ばされてしまう。 「……ともかく、今は暖を取らせてもらいたいな」 吸い寄せられるように、店の暖簾をくぐった。 「ごめんください。少し外が吹雪いてまして、少しの間、居させてもらえないでしょうか」 薄暗い店内に向かって呼びかけてみる。しかし返事はない。 カウンターの辺りを見ても、誰も立ってはいない。しかし、ストーブを付けっぱなしにしていることから、留守だとも考えにくい。 (営業時間外だったか……?しかし、戸は空いていた。不用心なだけか……?) 「あの、どなたかいらっしゃいますか?」 もう一度声を張ってみる。そのとき、奥の部屋に蛍光灯の明かりが付いた。 「はいはい、いま向かいますからね」 呼びかけに返ってきたのは、しわがれた年季の入った声だった。私はほっと一息つく。 怪しげな店構えに、まさか異形が経営しているのでは、などと失礼な想像をしてしまっていた所だったからだ。 奥の居間から腰の曲がった老婆が戸を開き、ゆっくりとこちらに近づいてくる。 「あらあら、お嬢ちゃん。初めて見る顔だけど、この辺の子じゃないねぇ」 「突然のご訪問すみません。お休みのところでしたか?」 どうやら住宅と店舗を兼ねているような、そういうタイプの商店だったようなので、軽く問うてみた。 「いやね、夕の時間を過ぎればさ、がきんちょ共が菓子を食いに来る時間じゃなくなるわけさ。もう今日は仕舞いのつもりだったんだがね、  近所の茶飲み友達もたまに訪ねてくるもんだから、あれ、開けっ放しにしといたんだよ」 「そうでしたか。……あの、いま外が」 「はいはい、大丈夫ですよ。ストーブを付けとって正解じゃったね」 そう言って店主らしき老婆は杖を突きながらカウンターの裏へ回る。そして一段高い椅子の上に鎮座し、こちらを見下ろすように言った。 「なんもええもんは置いてないけどね、まあゆっくりしなさい」 顔中に蓄えた皺をもごもごと動かすように、店主は笑った。その声音が来客を歓迎するようなものだったことに安心する。 「ありがとうございます。長くお邪魔するつもりはありませんので、体が温まったら、すぐにでも」 軽くお辞儀をして、ストーブの前にある丸椅子に腰を掛ける。知らず知らずに歩き疲れていたのだろうか、足裏から血が巡るような感覚を覚えた。 落ち着いたところで、私はゆっくりと辺りを見渡してみる事にした。 その結果としてこの店は、どうやら駄菓子をメインに売っているような店だと分かった。 クリアガラスで仕切られたケースにそれぞれ、色とりどりの飴やボールガム、グミなどが詰め込まれている。 その横には、古ぼけたアナログ式の計量器が置いてあって、どうやらこれで量り売りしているらしいように見えた。 近くの棚にはこれまた古ぼけた飛行機模型の完成品と外箱やら、おもちゃや雑貨が所狭しと並んでいる。 『気に入ったのがあれば、店員にお申し付けください』 ……などという、丁寧なのかどうなのかもよくわからない黄ばんだ張り紙も添えてある。 (こういう駄菓子屋、昔、エマと来たことがあったような……) 私は懐かしい記憶を掘り起こす。そうだ、エマが小学校で禁じられていた買い食いをしようとしてそれで、私が止めようとしたんだっけ。 あの時は結局エマが、 『これは帰ってから食べるぶんだから、買い食いじゃないもん!』 と言ったのを上手く反論できなくて、悔しかったんだ。 ムキになっていた幼い時分の感情を思い起こして、くす、と笑みがこぼれる。 「お嬢ちゃん」 「……はっ!はい!どうされましたか」 不意に呼びかけられて、思わず背筋が伸びる。 「笑っとったみたいじゃけど、なんかええ事でもあったんかいね」 店主は自分の口元を指さしながら、ニコニコと笑っていた。 「いい事、ですか……」 私は俯いて考える。思えば、今日は散々な日だった。結局私はエマへのプレゼントを用意できなかったのだから。 「……いえ、少し昔の事を思い出しまして」 「ほぉ……そうじゃったか、そうじゃったか」 うんうん、と大きく頷きながら店主は続ける。 「あのな、お嬢ちゃん。なんか悩んどる事でもあるんじゃったら、婆に言うてみんか?」 「悩み……」 「そうよ。親しくない、会ったばかりの相手だからこそ、あと腐れなく吐き出すことも出来ると思うぞ?」 まるで私の心中を覗かれるような提案に、少し驚きを感じてしまう。 「いえ……。ですが、軒先を借して頂いている身ですし、これ以上ご厄介になるわけには」 「あたしゃね、巷じゃ魔女って呼ばれてんだよ」 聞きなじみのある単語に、どきり、と思わず身体が強張った。 魔女。その言葉に纏わりつく文脈は、私と、私の友人たちの心に今も楔を打っている。 一年近く前の記憶。牢屋敷で起きた一連の事件を、どうしても呼び覚ましてしまう。 「魔女っていうもんはね、昔は住んでる土地で薬を作っとったり、村の困りごとの相談役として話を聞いてやっとったと言うじゃろう」 「え、ああ……。はい」 「まぁあたしは薬なんて作れんけどね。お嬢ちゃんの話を聞いてやるくらいしか、してあげられんけどね」 ……どうやら店主はただ話し相手が欲しかっただけのようだった。私は肩を竦めて安堵する。 いや、そもそも魔女の事なんて一般に知れ渡ることのない話だ。以前から周囲で噂程度に話題は挙がっていたが、それも都市伝説扱いに過ぎない。 今のは私がただ、敏感に反応しすぎただけの事。そうに違いない。 しかし、店主の願いを無碍に断るのも忍びない、と、私は口を開く。 「実は、その、大切な……。友人、の誕生日が明日に控えているんです」 ふむ、と店主は私の言葉に反応して相槌を打った。 「それで、今日の放課後からずっと、今の時間まで贈り物を見繕っていたのですが、それでも良いものが見つけられなかったんです」 「ほぉ~そうかいそうかい」 「友人は、その子はエマと言うんですが、私はいったい何を贈れば彼女に喜んでもらえるのかなと。そうやって悩んでいたらいつの間にか、この時間になって」 自分でも驚くほど、口が回る。 「……昔、私はその子にひどい裏切りをしてしまった」 「裏切り?」 「ええ。……とても許されないような、醜い、自分勝手な感情を刃にして、エマを傷つけてしまった」 喋るつもりのなかった事まで、この人の前では吐き出せてしまえる。 「本当はわかっているんです。そんな事、もう彼女は気にしてないって。言ってくれたから……。その言葉を信じたい」 どうして? 「どうしてって、何故でしょうかね。見ず知らずのあなたが、昔から信頼の置ける人のような、そんな」 「ああ、あたしの評価はいいからさ、ほら、続けなさいな」 「……では、お言葉に甘えます」 ……私は幾何か息を整えてから、もう一度話し始める。 「私は、エマの言葉を信じています。もう重荷を背負い続けなくてもいいんだって。でも、私自身の性分が、まだそれを許してくれない」 「それは、つらいだろうねぇ」 「はい、とても……」 「あんただけじゃないよ。エマちゃんもよ」 ぎくり、と硬直した。 「その子もきっと優しい子なんだろねぇ……。そんな子が友達がつらそうにしとるのを、わかってないはずないさね」 「そう、だと、思います……。私も……」 「大切なんだねぇ、あんたにとってのその子も」 私は店主の問いかけに、答えられなかった。……いや、答えたくなかったのかもしれない。 エマが私にとって大切なものである。なんて、喧伝して回るような真似は、私らしくない。 これは意地だ。私のエゴだ。その私の核の部分を露呈させたくなかった。 「だからこそお嬢ちゃんは、そのエマちゃんの誕生日、今まで受け取った分だけ返してやりたいんだ?」 「……」 「エマちゃんが許してくれたものは、お嬢ちゃんにとってどれほど重たかったのか、形にしてその子に示してやりたいんだね」 「……そう、なんだと思います……。おそらく、は」 「その子が一番好きなものは?」 「え?」 「その子の一番好きなものさ、わかるだろ?それくらい。長年友達やってんだからねぇ」 「あ、はい……」 エマの一番好きなもの。それは自明だ。 「エマは食事が好きなんです。食べることが」 なるほどね、と店主は頷いて──。今までの朗らかな態度とは一変してこちらを見据えてきた。 「本当にそれでいいんだね?」 「えっ……」 「エマちゃんは食べることが好き。それでいいのなら、そこに放っとる菓子で済ませられるよ。いいんだね?」 「い、いえ……。誕生日プレゼントなんです。大切な。そんな簡単に決めてしまっては──」 「じゃあ、お嬢ちゃんの一番好きなものは?」 「わ、私……?そ、うですね……。私の好きなもの……」 「自分の事も分かんないなんて言い出さないでおくれよ?アンタはあたしみたいに、ボケるって歳じゃないんだからね」 突然の質問攻めに、困惑する。なぜ、この老婆はそんなことを聞き始めるのだろうか。 今しがた会ったばかりの他人のプライバシーを、根掘り葉掘り聞きだそうとするのは、 「……正しくない」 「なんだって?」 「正しくないと言っている!」 気がつけば私は、椅子が転がるのも構わずに勢いよく立ち上がっていた。 「お邪魔させて頂いてる身だと思って憚っていましたが!この際遠慮なく言わせてもらいます!」 今までの窮屈さを取り戻すかのように、口が回り始めた。 「あなたは些か人の領域に踏み込みすぎでは?私にだって、分かっているつもりです!自分の気持ちくらい!」 「おぉ……。元気だねぇ」 「元気なものですか!ああ、ひたすらに悩んで、悩み切って、挙句この有様!」 くしゃくしゃと頭を搔きむしる私を、目の前の魔女が笑った。 「大切だからこそ、格好をつけたいんです!君の事を一番分かっているのは私だと!示してやりたい!」 「それでこんな時間までうろついてたのかい。バカだねぇ」 「ええバカで結構!」 見得を切るようにキッ、と睨み返す。早口に上がった息を整えようと肺いっぱいに空気を送り込む。 「私はエマの事を、大事にしてやりたいんです。こんなバカな私を、許してくれた子が、大切なんです」 「見てりゃ分かるよ」 店主はそう言うと、気まずそうに頭を掻いて見せた。私も少し、頭に血が上ってしまっていたかと今になって気づく。 「……すみません。私はもうこれで失礼いたします」 私は踵を返して入口の戸に手を掛けた。 「まぁ、待ちなさいや」 やれやれ、と溜息を吐くと店主は続ける。 「そんなに大切に想いあってるなら、お嬢ちゃんが何を渡しても喜んでくれると思うけどねぇ」 「だから、それは私だってそう思っています」 「だから、アンタのエゴを突き通しゃいいのさ」 「贈り物なんてものはね、あたしから言わせりゃ全部エゴだよ」 振り返って見てみれば店主は目を伏せていた。深い皺の奥に詰まった彼女の人生は、それこそ私には計り知れないものがあると感じられる。そんな目だった。 「なにかしら期待を込めて贈ろうと、自分の気持ちのすべてが相手に伝わるわけじゃないのさ。だからこそ、その化粧箱に詰め込むのはエゴの塊がちょうどいい。  エマちゃん以上にその子の事をよく知る相手はいない。でもね、理解しようと努力することはできる。考えな、お嬢ちゃん。そのエマちゃんの事をもっと考えてあげな。  エマちゃんの気持ちを考えて、寄り添って……。その上で目いっぱい自分のエゴを詰め込んでやんなさい。それが一番のプレゼントになるさ」 「エマの事を、もっと考える……」 店主の投げかけに突然、思い出す。先ほどの、幼い思い出の続きを。 『ボクは、ヒロちゃんと一緒にお菓子が食べたかったのにな』 そうだ、あの時の口喧嘩。エマはそう言っていたはずだ。 買い食いを注意した私に反発して、喧嘩になって……。 『ヒロちゃんと一緒の思い出、作りたかったんだもん』 「エマが本当に好きなのは、思い出を作ることだ」 ぽつり、と口から洩れた言葉に、店主が口角を上げるのが見えた気がした。 「なら、それに相応しいものは──」 私は店内を見渡す。初めて来た場所。初めて見る品々なのに、不思議と足が前へ出る。 目を付けたのは雑貨の並ぶ棚に置いてある『それ』。迷わず手を伸ばす。 品物に触れる瞬間、わずかな躊躇いを感じ止まってみる。 (本当に、これが正しい選択なのか……) だけど、私はもう迷いたくない。心に残る恐れはもう、消えていた。 指先に触れた『これ』を手繰り寄せ手にした時の確かな重みに、なぜか安心感を覚えてしまう。 きっと、これが正しい。 私は今まで自分の信条を胸に携え生きてきた。……牢屋敷の、あの事件が起きるまでは。 私の信じた正しさだけでは、到底測りえない事象が、何度も、何度も起こった。 そして彼女の、 『──だから、おあいこ!』 「……っ!」 あの時の清算の言葉に、きっと私の正しさは焼かれてしまっていたんだ。 エマの言葉は救いであるとともに、私の信念を固く縛りつけていた。 エマと寄り添って生きるだけならば、こんな正しさはもう、必要ない。 でも、どんなに苦しくたって、私は私を捨てきれない。 ──これは、エゴだ。 私の選んだ運命に、どうか君にもついて来てほしい。そんな、子供染みた願いだ。 私はようやく、本当の私を見つけた気がした。 「すみません、これ、ください」 ──── 「……本当に、ご迷惑をおかけしました」 「いいいんだよ。若い子のエネルギーを久々に貰ってって、こっちゃ満足よぉ」 店主はけらけらと大声で笑う。その明るさに、なんだかこちらの気まずさも払拭されてしまう。 「ですが、代金は正しく支払わせてください。この分野には詳しくはありませんが、とても高価そうな品に見えます」 「いらないって言ってんの!お嬢ちゃんの事知んないけどね、がきんちょから金毟ろうってほど野暮じゃないさね」 そこまで言うのなら相当高い物なのでは?という返事もまた野暮かと改め、ご好意を遠慮なく受け取る事にした。 「ありがとうございました。このご恩はいずれ……」 「いずれの頃にゃ、あたしゃ死んでるかもね」 「必ずお会いしに行きますよ」 向かい合った店主に手を差し出す。向こうから触れてきた手は、一瞬驚くほどに冷たかった気がした。 「お嬢ちゃん、名前は」 「二階堂ヒロです」 「ヒロちゃん、ヒロちゃんね……。頑張んなさいよ」 しみじみと固く握られた手のひらから受け止めた感触は、店主の皺の深さを物語っていた。 品物の入った紙袋を片手に、もう一度店主に向かって会釈をする。向こうもひらひら、と手を振って答えてくれる。 そうして私は店の軒先へと出た。 「ああそうだ、一番近い駅は、ここからずっと左手側に向かえばあるからね。もう迷うんじゃないよ」 「最後までどうも、お気遣いあり、が……?」 私が振り返った時、もうそこには建物の影も形も見当たらなかった。 ぽかん、と口を開ける。 ……奇妙な出来事だなんて、あの牢屋敷で起きたことだけで十分なはずなのに。 ただ、恐れは感じていなかった。 それ以上に私は、もうあの店主には会えないのだろうという、確信染みた予感と寂寥感に支配されていたからだ。 見上げた空の、雪はもう降り止んでいた。 ──── 「よかったんかい?ヒロちゃんと顔を合わせなくて」 「──」 「まあ、あんたがいいならあたしゃいいけどね」 「──」 「もう会わせる顔がない?そんな殊勝なこと言うもんじゃないよ、まったく」 「──」 「あんたはいつまでも、あたしらの可愛い末っ子さね」 「──」 「まぁ、久々にあんな若い子に会えたのは、あんたが呼んだお陰かもねぇ」 「──」 「さ、もう妹ちゃんのとこに帰ってやんな、がきんちょ」 「──」 「お友達ならもうきっと、大丈夫だよ」 「──」 「おやすみな、ゆっくり……」