第3話・灰かぶりの城へ Chapter1・反省会 「という訳で、大失敗よ大失敗……はぁ……」  「痛いってもんじゃなかったわよ、あの砲撃……あれで最大出力じゃないなら、ライジンモンが負けたのも分かるわ……」 缶に入ったレモネードを飲み干しテーブルへ勢いよく置くと、林花英(イム・ファヨン)とノヘモンはため息をつく。向かいでは苦笑いを浮かべる鳥谷部晶子とシーチューモンが魚の刺身を口に運び、その横には、左の手の甲にまでタトゥーを入れた、紺のワークジャケットを着たスキンヘッドの大男と、ライフジャケットをつけた二足歩行のオルカのようなデジモンが、眉一つ動かさずに無言でビールを飲んでいる。 片桐篤人達の始末、並びに鬼塚光や日野勇太の確保に失敗したファヨンは、パートナーが一定の回復をするまで身を隠し、即席のログハウスを作成した後、ひと屋の本部とデジタルワールド・バロッコにいる幹部に連絡を入れたが、鳥谷部もマリナスが何故か、食べ物や飲み物を持って来た。 何故?とファヨンは思ったが、湧いてきた嬉しさから何も言わず、ログハウスに2人とそのパートナーを招き入れると、自分も買い溜めた冷凍のフライドチキンを用意し、即席のログハウスのテーブルに盛られた食事や飲み物はおよそ、デジモンに人間を売って金を稼ぎ、デジタルワールドの侵略を行なっている組織幹部の集まりとは思えないものとなった。 「丁度、よそのデジタルワールドと重なった子達が片桐達と一緒に居てさ……オークションに出せそうだったから試したけど……欲張ったのが間違い」 そんなホームパーティのような場で出るはずもない言葉を、ファヨンがどこかバツが悪そうに話すと鳥谷部が一瞬、何か押し込むように細い目を動かした。 「こいつ、そのよそのデジタルワールドの男の子を随分と気に入ってさ、不審者同然だったわよ」 「不審者じゃなくてお姉ちゃんだけど」 ノヘモンの暴露に、支離滅裂な発言で返した直後に悲しげな表情でテーブルに突っ伏すファヨンに、周りは困惑の表情を浮かべることしかなかった。 「反応消えてるし多分、元のデジタルワールドに戻ってるんだよね……。 ああ、こうなる前にハグでもチューでもしとくべきだった……このままお別れなんて、お姉ちゃんはすごく寂しいよ勇ちゃん……」 「酔っておられるのかファヨン殿は」 「残念だけど素面よ」 視線すら向けず発したノヘモンの言葉に、シーチューモンは自分のテイマーである鳥谷部に視線をやると、彼女からも困った笑みだけが返され、シーチューモンは渋い顔で諦め、オレンジチキンを啄み始めた。 「で、さ」 テーブルに突っ伏したままだったファヨンが、ポニーテールを束ねるゴムに手を触れると突如、感情の薄い声と共に顔を上げる。目の潤みはいつの間にか消え去り、冷たい淀みが混ざったダークグリーンの瞳で、鳥谷部の方を向いた。 「片桐と犬童は北に向かったよ。鳥谷部さんがそっちだよね?」 鳥谷部はフライドチキンを咀嚼したまま、頷いた。 「……灰かぶりの城、アタシも行く?」 ほんの少し前とは打って変わったファヨンの様子に鳥谷部は動じることなく、こめかみに人差し指を当てながら考える様子を見せると、少しして、申し訳無さそうに口を開いた。 「ごめんなさい。もう百蓮ちゃんに声かけちゃったのよ。ファヨンちゃん達はまず、回復優先して?」 「百蓮オンニ(姉さん)なら間違いないか。それなら……回復したら南かな?」 「待った。その前に東に来てくれ」 それまで無言だった大男がビールを飲み干し、少し申し訳なさそうな掠れた濁声に、ファヨンは少し意外そうに目を見開くと、聞き返した。 「マリナスアジョシ(おじさん)がアタシに頼むなんて……東、そんなにヤバいの?オルカモン」 「情けない話でありますが、アンフィモンの攻撃が想像以上に激しく」 マリナスと呼ばれた大男と同様に、それまで無言で飲み食いしていたオルカモンも、ビールを一息に飲み干すと、そのまま不甲斐なさを恥じるようにため息をつき、顔を俯けた。 「厳しい任務だと覚悟はしていたが、流石に助力が必要になってな」 「アラッソ(分かった)。回復したらすぐ行く」 「それにしても……岩瀬殿は何をしているのでありましょう。マリナス殿」 「居ない者の話をしても仕方なかろう」 不在の幹部の名前を出すオルカモンに、マリナスは考える様子を見せることなく宥め、オレンジチキンをビールで流し込んだ。 「なんか前から忙しそうだったし……ご飯、食べれてるのかしら?どこかで様子を見に行かないと……」 「多少付き合いが悪いのは構わんが、前々から何をしているかは気になる所ですしな」 鳥谷部とシーチューモンも揃って心配する様子を見せながら、刺身を口にする。ファヨンも同じように刺身を咀嚼する間に、思い出した様子で小さく声を漏らした。 「しかし、アイツが幹部か……アタシ、幹部になるの百蓮オンニあたりかと思ったから意外よ」 「ま、あいつ片桐に負けて叩き直されたみたいだし……期待込みなんじゃない?」 「今更ボスの決定への疑問か?」 ファヨンとノヘモンのやり取りに、マリナスが濁声で割ってはいると、2人は特に考える様子もなく「それもそうか」とだけ言い、二杯目のレモネードに飲み始めた。 「で、さ。皆…その取り逃がした子は日野勇太って……ふわふわした赤い髪で……あったかそうな橙の目してて……」 「喋るな不審者。あんたの性癖はどうでもいい」 「不審者じゃなくてお姉ちゃんなんだけど!」 「向かっているのはこっち、か……コレをどう使っていくか、考えないとね」 ファヨンとギリードゥモンがふざけたやり取りを始めた傍らで、鳥谷部はポケットから取り出した空色のデジヴァイスと、首にかけた【愛情】の紋章をしばらく、じっと見つめていた。 Chapter2・向こう見ずな勇気 纏った炎が薄くなり、骨の身体が見え始めたヘルガルモンに向かって、ロコモンは猛進する。三幸は、血走った目でロコモンの装甲を見渡し、爪で傷つけた箇所を確認し、煙突付近に一際大きな傷を、見つけた。 轢き潰す。そう威圧するように汽笛を鳴らし迫るロコモンの圧を跳ね除け、三幸は、決断した。 「ヘルガルモン!煙突近くの傷を狙え!」 ヘルガルモンが、戸惑ったように咆哮して跳躍するも、その瞬間にロコモンの煙突から放たれた爆弾が、跳躍したヘルガルモンに直撃し、空中で姿勢を崩し、落ちて行く。 魔狼の体は猛進する鋼鉄の塊に触れると。重い音と共に錐揉みしながら跳ね飛ばされ、地に叩きつけられた。 その瞬間、画面が三幸の敗北を宣告した。 「ファ……ああ!また!!」 VRゴーグルを乱暴に外し、三幸は眼前の仮想戦闘シミュレーターに向かって何かを言いかけたが、他人の視線を感じ、恥ずかしさと苛立ちを感じながら、ゆっくりとゴーグルを立てかけた。 三幸が篤人と出会い11日が経った。何者かの襲撃を受けた翌日に日野勇太達と別れた後、改めて北に向かいアヌビモンが話した施設、アリーナにたどり着いた。テイマーになってから経た時はファングモンに買われ、篤人と出会った11日間。全て足りないのは、仕方がない。初陣で打ち破ったフウジンモンも、篤人の助力もあり、相手が既に消耗していた状態だったのが、あまりにも大きい。 だからまず、この施設の仮想戦闘シミュレーターで、少しでも多くの経験を積む。篤人もデストロモンへの進化の制御を目的に同じようにシミュレーターを利用しているが、三幸の元へは度々訪れる。 本当はまだ、自分が少しでもついているべきだが、必ず一人で戦って、勝たないとならない時が来る。篤人は申し訳なさそうに話していたが、三幸には、嫌な気持ちは不思議と無かった。 そんな篤人の顔を思い出すと、三幸の苛立ちは少しばかり、収まった気がした。そしてそのまま、再びゴーグルを手に掛けようとした。 「おい。少し休めよ三幸」 ファングモンの苛立ちと疲れが混ざった言葉に、三幸の手は止まり、パートナーである赤い狼に、ゆっくりと視線を向けた。 「今のはねぇぞ……最初に見たろあの蒸気の爆弾……それなのに何で跳んだ?」 その言葉から先程の戦いを振り返ると、三幸は目を開いて、「あっ」と小さく声を漏らした。その反応を見たファングモンは、顔を一度俯けてから、何かを押し込んだ表情を、三幸に向ける。その間に、パートナーの指摘を受けた三幸の胸中からは、先程消えたはずの苛立ちが、再び現れ始めた。 「ちょっと頭冷やせ。さっきから判断おかしいぞ……オレも体力使ってるんだぞお前……」 まだ何かを堪えた様子ではあるファングモンの言葉に、三幸はそれまでの戦いを振り返ることなく、湧き上がった苛立ちを優先し、一度ファングモンの方を振り向いて、告げた。 「いえ、もう少しだけやりましょう……こういう風になる時もいつか、きっと来ますから」 そのまま再びゴーグルに手を伸ばそうとした所で、ファングモンが、吠え声をあげた。 「ミユキ!一旦止まれよ!どんだけムキになってんだお前!?」 狼の低く、荒い吠え声を聞いた三幸は、特に恐怖を感じず……むしろ、内心で何か暗いものを燃やしながら、黙り込んだ。 「大体お前!危ない戦い方を選びすぎなんだよ!ユウタにもこの前言われたろ! もっと「ファングモン」 続けて話すファングモンを三幸は遮り、それから息を吸うこともせずにファングモンに大股で歩み寄ると、臆することなく顔を近づけた。 「確かに今のは私の間違い!でもそれならば……あなたも!早く言ってくれてもいいのでは!!」 ファングモンは三幸の、テイマーの言葉に……はっきりと怯んだ。その様子を見た三幸は、パートナーの話をもう少し話を聞こうとすらせず、感情に任せて言い返した事で、彼女の苛立ちは後悔へと、一気に変貌した。 不快な沈黙と他の利用客の視線。感情に任せた自分の情けなさ。あらゆる形で突き刺さる居心地の悪さに二人は呻くのを堪え、黙るしかなかった。それから間もなく、駆け足気味で響く聞き慣れた靴音に気が付いた三幸は、不快な心地から解放された安心感から、重く息を吐いた。 「おいおい、どうした二人とも」 「……何でも、ねぇよ。オレは少し休む」 駆け寄ってきた篤人とジャンクモンに目線も合わすこともなく、ファングモンは低く吐き捨てると背を向けて歩く。三幸はファングモンを一瞬、追いかけようとしたが、篤人に「待っま」と声をかけられ、苦い表情のまま唾を飲み込んで足を止めた。 「あ、篤人さん。そ、その……」 「大丈夫。まず、何があったか教えて」 殆ど間を置かない返しに、三幸はどこか逃げ道を塞がれたような気持ちとなり、思わず後退る。それから反射的に、まだ視界に残っていたファングモンに目を向ける。その背中と足取りはどこか、まだ感情を飲み込めていないような、硬さがあった。 「そっか、喧嘩になっちゃったか」 「取っ組み合いまではしてないんですが……はい……」 顔を俯けながら情けない気持ちで話す三幸の言葉に、篤人とジャンクモンは一度、シミュレーターの記録を見返し始めた。それから顔をこわばらせると、ジャンクモンが、三幸のほうを振り返った。 「昨日からやり始めて……今日はもう86戦目……ミユキちゃん、やりすぎだぜ」 いざ自分がこなしてきた回数を耳で聞いた瞬間、三幸は背中に重石が引っ掛けられたような感覚に見舞われ、背を少し丸めた。篤人は硬い表情のまま「まずは犬童さんも一回休もうね」と言うと、それに頷いた三幸を見て、何か考えるように視線を泳がせながら「えっと、さ」と辿々しく、話を始めた。 「僕は、だけど。喧嘩になることは、必ずしも悪いことだとは思ってないよ」 辿々しくも、どこか優しいその言葉に三幸の背中の重石は、軽くなったように感じた。 「ファングモンもあの様子なら、頭に血は昇ってねェはずだ……まず謝りに行きなミユキちゃん」 「それは分かるんですが……その……」 「大丈夫だよ」 三幸の戸惑った様子に、篤人は柔らかい表情を作りながら、言った。 「仲直りの方法は、人間もデジモンも同じだよ」 Chapter3・餓狼のかつて シミュレーターから離れた広間で、ファングモンは体を丸め床に座り込み、体が重くなる気まずさを抱えたまま、11日以上前の自分を思い出す。 ダークエリアの森の中で、ガジモンであった頃から弱ったデジモンや警戒の薄いデジモンを、時には罠にかけ、時には奇襲し、一匹で生きてきた。そんな生き方だからこそ、獰猛・狡猾なファングモンに進化したのだろう。デジモンの生き死にを思えば、後ろ指を指す奴もいれど、否定もされない、どこかにはあるような生き方をしていた。 それからある時ふと、きっかけもなく思ったことだった。自分はいつまで、こんな生き方をしていればいい?そうぼんやりと考えた。それから生き方は変わらず、だが、胸中に薄いモヤを感じながら過ごしていた中で人間を……テイマーを売る組織があると耳にした。 知った瞬間、ファングモンはそんな組織……【ひと屋】のオークション会場を訪れた。侵入者を阻む砦のような外装にも関わらず、入るだけなら誰でも出来た。多数の装飾に彩られた綺羅びやかな空間。だがその裏には紙切れで一枚で隔たれたドス黒い物に、誰しもが気付いているが。当然、ファングモンも本能的に気が付いた。 やがてオークションが始まり、デジモンに連れられた中年の男が壇上に現れる。理解の及ばない恐怖に顔を歪ませる人間に構うことなく【力】を望むデジモン達が金で争いを始める。粘ついた熱を帯びた何かに突き動かされて湧き上がった、濁った高揚感。それはまだ見ているだけであったファングモンにすら感じられた。 やがて打ち鳴らされたガベルの音。800万bitで競り落としたデジモンが壇上へ上がり、怯える人間に「お前を食うつもりはない」と言いながら引き連れ行く。そしてまた、次の人間が現れオークショニアが開始価格を口に出し、再び争いが始まる。 そんな濁り淀んだ、触れてはいけな光と熱。それを見たファングモンは、短絡的に思ってしまった。 もっと強い力があれば、テイマーがいればこんな世界で、こんな真似して生きなくてもいいはずだと。 そして今から11日前、考えもしなかった形でテイマーを……犬童三幸を落札し、彼女を出品した組織と争うことになった。 いきなりフウジンモンと争うことになり、一時は終わったと思ったが、テイマーの助力と進化もあり勝利を収めた。奇跡だ。そう思いながら見えたものは、触れたいと思えるような、光。 しばらくして敵のテイマーとの争いに敗北もしたが、その時にファングモンの腹の底に芽生えたものは仄暗い物ではなく、あの敵を打ち破りたいという熱だった。 それらを合わせ、ファングモンは考えもなく自然の口走ったことは、世界を救ったテイマーの、パートナーになる。だった。 (……どうしろってんだ) そんな始まりを想起した後にすぐ、誰かとの喧嘩どころか、言い争いさえした記憶のないファングモンの胸中に、今まで感じたことのない焦燥が、風船のように膨らんでいく。何の言葉も浮かばない。どんな顔をすればいいか分からない。自分のテイマーの顔を一瞬思い浮かべ、すぐにまた頭の隅に追いやろうとする。それまでの生き方に、今になって後悔が浮かぶ。 あんな始まりからの関係だ。内心、三幸にどう思われてても仕方ない。だが、どういうことになろうとも、このままでいるのだけは嫌だ。 だが、何を言えば良い?どんな顔をすればいい?それがファングモンには、分からない。小さく舌打ちをして、湧いた悲観が苛立ちに変わる。心中のモヤが、トゲに変わり始めようとした所で、聞き慣れた声と靴音に、ファングモンは頭を上げた。 「ね、ねぇ。ファングモン」 後ろから聞こえた三幸の声に、ファングモンは一瞬体を跳ね上がらせた後、緩慢な動きで顔を向けた。三幸は軽く息を吐き、まだ何かを探るような様子で、口を開いた。 「ま、まず……さっきはごめんなさい……」 謝罪の言葉を聞いたファングモンは、一度視線を逸らして、返す言葉を考え始めようとした所、三幸が間も置かずに「それとですね」と前置きを始め、目を細めた。 「な、何か……食べたいもの……ない?」 ファングモンは続いた言葉を聞き、三幸の顔を見るまで抱えていた気持ちを一旦、頭の隅に追いやる。それから意を決した表情で体を起こして三幸に近づき、目を逸らしながら、話した。 「な、なら……行きたい、ところ、ある」 Chapter4・ファングモンと三幸 アリーナに併設されたカフェで、クリームや蜂蜜の甘い匂いやコーヒーの香りが漂う中、ファングモンとテーブルに向かい合った三幸は、少し戸惑い気味にパンケーキを切り分け皿に移すと、ファングモンは細長い口で勢い良くそれに齧りつき、呑み込んだ。 「あ、あの……ファングモン……本当にここ……ですの……?」 口をつけたコーヒーの苦さから、三幸は眉間に皺を寄せ口をすぼめながら、ファングモンの表情を改めて見つめる。凶相の赤い狼の顔は、少し前に争いかけた時のものとは違い、目を丸くしてどこか楽しげであった。 「おいミユキ。冷めねぇうちに食えよ。次はワッフルくるぞ?」 「えっ……あっ……はい……」 やはり楽しげに聞こえるファングモンの言葉に三幸は戸惑ったまま、自分の皿のパンケーキを口に入れ、その甘さから自分も、頬を緩ませ、あっという間に空にした。 「んー美味し……ですが、ファングモン?何故、ここに来たいと?」 空になったパンケーキの皿にフォークを置き、少し気分が上向いた声音で問う三幸に、ファングモンはワッフルを齧りながら彼女から目を逸らすと、気恥ずかしそうに小さく唸ってから、口を開いた。 「……行きたかったんだ、ダークエリアにいるときから、こういう所」 その言葉に三幸は目を丸くした後、考えた様子でデジヴァイスを操作し、残高の確認を行った。ファングモンはその様子に構うことなく、言葉を進める。 「オレな……お前と会う前からダークエリアで追い剥ぎやってたの、あそこから出てこういう生活もしたかったのもあるんだ」 ファングモンの言葉に三幸は呆気に取られ、気を取り直そうとして残ったコーヒーを一気に飲み干し……その苦さからむせ込み、うめき声を上げた。 口の中の苦味に耐えかねた三幸は、目を細めたままコップの水を一気に飲み干すと、パートナーの言葉と11日間を振り返り始め……僅かな沈黙の後に、苦々しい顔でファングモンを見据え、答えた。 「……思えばあなたのこと、ちゃんと分かってませんでしたわ、ファングモン」 「オレもだ。お前のこと殆ど分かってねぇ」 今度はファングモンが、三幸から一度顔を背け応えると、三幸は小さく唸ってから、ファングモンにデジヴァイスの残高画面を見せ、問いかけた。 「でしたらファングモン。何から、知りたいですか?私はあなたがいま、食べたい物から」 「ならオレは、お前が食いたい物」 ファングモンの返しに三幸は笑い返し、メニュー表へと手を伸ばした。 ──── 「ふぅ……これ、晩御飯食べなくていいですわね……」 「これでまた食べたら篤人も流石にびっくりし睨むな睨むな、悪かったから」 ナポリタンを平らげ口についたソースを拭き取りながら、三幸は赤らめた顔でファングモンを睨みつけると、ファングモンはその圧に押し負けて、少しずつ仰け反っていく。 「……篤人さんは、食べてくれる方がずっと良いって言ってましたもん」 「なにがもんだよ。後それ、こんな状況になってもって言葉が前に……だから悪かった唸って睨むな、グルルモンかお前は」 気恥ずかしそうに三幸が目を逸らしたのも束の間、今度はテーブルに手をつき狼のような唸り声を上げながら再びファングモンを睨む。更に体を仰け反らしていくファングモンだったが、いま流れてる空気に和やかで、気まずさは無い。 それを感じだったファングモンは、本当に言いたかったことを反芻し、まごつき、目線しばらく泳がせながら、口を開いた。 「ミユキ……さっきは、悪かった」 その言葉聞いた三幸はすぐ、少しだけ緩んだ口元を戻すと、背筋を伸ばしてファングモンを見据えた。 「謝るべきは私だけです。本当にごめんなさい。完全に頭に血が昇っていました」 頭を下げるということをはっきりと知らないファングモンの目にも、三幸の深く下げた頭には、何かがはっきりと込められてるように感じ、目を逸らさずに、続けた。 「……オレも、一回休めなり、ちょっと落ち着いた方がいいなり、もっと早く言うべきだった」 「なら、これからは遠慮なく言ってくださいね。私……その……短気で喧嘩っ早いから……」 頭を上げてから苦笑いを浮かべ頬をかく三幸はすぐ、前から言おうと思ってたと言わんばかりに表情を変え、口を開いた。 「今更ですがファングモン。私達、随分と変わった形でパートナーになりましたね」 喉に張り付いた何かを、必死に飲み込もうとする顔で話す三幸に、ファングモンの目にかつて見えた淀んだ光の幻覚が映り、苦々しく目を瞑った。 「そんな始まりでも、あなたは世界を救うテイマーのパートナーになるって言ってくれましたよね。 あの言葉、私はすごく好きですよ?」 「ミユキ……」 その言葉に、ファングモンの視界の裏に見えた気がした淀んだ光は、いつの間にか消え去っていた。安心した声音でパートナーの名前を呟き、笑って彼女のブラウンの瞳を見つめた。 「どんな始まりであろうとも、その後にどう歩むか……だからその、まだ私と歩んでくださいね、ファングモン」 笑って語る三幸に、ファングモンは同じように笑って喉を鳴らした。 「ってことでファングモン!まだ頼みたいものありますわよね?」 「お前さっき何言ったか忘れたのかミユキ!?だから唸るな!お前はワーガルルモンにでもなる気か!?」   Chapter5・招かれざる王子様 「ふぅ……ようやく、灰被りの城が見えてきましたね、鳥谷部さん」 「私も足が棒になりそうよ……いっそファヨンちゃんと変わってもらうべきだったかしら」 「途中まで私に捕まっていたでしょう母上……」 幹部の集まりから2日後。マグマから沸き上がり、足底から頭上までうだる熱気の中、代わり映えのしない黒と赤の山道の果てにある灰色の城を眺め、生源寺百蓮が残った水筒の水を飲み干し、いつもより薄地のセーターの襟首を前後させている。鳥谷部もシーチューモンの指摘に苦笑いで返事をしながら、改めて百蓮達に顔を向けた。 「……早く終わらせて、お風呂に入ります。あの城ならば広いお風呂もあるでしょう」 「拙者としては、冷酒でもあればなおよし、でござる」 百蓮とムシャモンの言葉に笑って返した鳥谷部は シーチューモンに水を飲ませ、自身も顔に滲んだ汗をハンカチで拭き取ると、城の周辺を見渡す。マグマを内堀の代わりに見立てた城の狭い入り口に、見張りのデジモンが2体……それだけであった。 「斬りますか?すぐに終わりますが」 「いや。それより……涼んでから行きましょう」 「……然らば」 百蓮の問いに、鳥谷部はすぐに空色のデジヴァイスを取り出して答え、シーチューモンをクリスペイルドラモンへ進化させ、猛烈な吹雪を巻き起こす。見張りのデジモンは突然の吹雪に狼狽え、足元から瞬く間に凍き、物言わぬ氷の塊へと変貌した。 「ふぅ、涼しい……鳥谷部さん。前より出力上がってますが……それの、おかげですか?」 「多分よ。社長さんから貰ったけど……使いこなせては、いないわ」 氷の塊は、火山地帯の中ですら薄っすらとした冷気を漂わせながら、鳥谷部達の体を少しずつ、冷やしていく。その心地良さに一息つきながら話を振ってきた百蓮に、鳥谷部は首から下げた【愛情の紋章】とその持ち主の空色のデジヴァイスを交互に見た後、思い出したかのように手を叩き、百蓮の方を向いた。 「そうだ百蓮ちゃん、終わったら何食べる?」 「は?何故そんな話を……」 これから城の主であるサンドリモンを打ち倒す。にも関わらず、子供に夕食の希望を聞くように話す鳥谷部に百蓮は呆気に取られ、しばらく黙り込んだ。 「拙者、鳥谷部殿はハンバーグなるものが得意と聞きましたが」 「なんであなたが答えるのよムシャモン……まぁでも、興味は、ありますが」 「決まりですな母上……そろそろ参りますか?」 「そうね。少し楽になってきたし……行きましょう」 ヒビが入り始めた氷塊に目をやると、鳥谷部達はそのまま悠々と城門へ向けて歩き出した。 それから間もなく、氷塊が軋んだ音を立てヒビ割れ砕けたが、誰一人として振り返ることはなかった。 「妙ねぇ……誰もいないってことは、無いはずなのに」 石と灰で作られ、散発的に飾られた絵画やガラス細工、そして【理想の王子様】なる作品名で作られた、顔の見えない男性のガラスの像。武骨さとガラスの透明感が混ざり合う奇妙な城内を、鳥谷部は疑問に思いつつ、周りを見渡しながら進んでいく。 「気配は感じますが……それにしては、少ない」 「策はあるはずでござろう……このように!」 会話の最中に、柱の影から飛び出してきた何者かを、ムシャモンは一瞬でザンメツモンへと進化し、レイピアでの一撃を軽くいなすと、そのまま六本の刀で襲撃者、グラディモンを容易く斬り伏せた。 「うむ。中々……と言った所でござるな」 「サンドリモンのやり口を考えると、ここにいる者の質は保証されてるはず……まさか、これを続けるのが策ではないでしょう」 【王子様】とやらを求め、強力なデジモンや優秀なテイマーに、ガラスの靴の形をした招待状を渡し、時にはばらまに、触れた者をこの城に転送する。思い出したサンドリモンの手法に、百蓮は無表情のまま周りを見渡し、先を少し考えた様子を見せた。 「ええ、当然、今のが策ではありません」 瞬間、女の声と共にカラフルなガラス細工で彩られた大きな扉が、軋むような音を立ててひとりでに開くと、それからまた女の声と、ほの暗く見える扉の奥から薄ぼんやりとした細い輝きが見えた。 「どうぞ玉座の間まで、お越しください狼藉者の皆様……歓迎しますよ」 一方的な言葉の後、扉の向こうから迫る無数の光線をクリスペイルドラモンが氷の外殻を砕かれながらも全て防ぎ切った。 「随分と手洗い歓迎をしてくれる……」 吐き捨てたクリスペイルドラモンと共に、4人は扉の奥へと、足を進めた。 「改めまして。灰かぶりの城へようこそ」 赤い絨毯の敷かれた広間に、透き通ったガラスの玉座が二つ。そのうちの一つに座る城の主であるガラスの足を持つ女性型のデジモン……サンドリモンが立ち上がると、空の玉座に手を触れ、ガラスで隠された顔からも感じられる侮蔑の目で鳥谷部達を見下ろしている。 「ひと屋の方々ですわね……さて、私の王子様になりたいと、ここまで来て頂けるとは……冥利に尽きるというものです」 「百蓮ちゃん、王子様になりたい?」 「いえ、私にそういう趣味はありませんが……」 鳥谷部の冗談に百蓮が目を細め返すと、咳払いをしてからクリスペイルドラモンが口を開いた。 「我々が欲しいのはこの城と、貴殿の集めた王子様候補とやらだ」 「……でしょうね」 サンドリモンがため息をつきながら、傍らに立てかけた大時計を肩に担ぐと、瞬く間にバズーカへと変形したそれに白い光が収束させながら、サンドリモンは事務的に話し始めた。 「生憎ですが人もデジモンも、殆ど逃がしました。ここにいるのは、私の手勢のみです」 大時計へ収束する白い光が、処刑の時刻を告げるように、巨大なレーザーとして放たれる。ザンメツモンの獄門縛による咆哮がほんの一瞬、処刑の時を遅らせるも、止まらない。罪人となるクリスペイルドラモンは、己の氷の外殻や爪を全て、身を護るために大盾として展開する。 閃光が氷の盾に触れ僅かに押し合った後、薄氷が割れる様な音と共に、クリスペイルドラモンをレーザーが呑み込んだ。 サンドリモンは何も言わず、赤い絨毯の敷かれた階段を大時計を担いだまま、ゆっくりと降りていく。やがて光と煙の中から、失った両手を氷で急速に再生させていくクリスペイルドラモンが、サンドリモンを睨みつけていた。 サンドリモンは特に驚いた様子は見せず、鳥谷部と百蓮に視線を移し踵を返すと、静かに告げた。 「あなた達も舞踏会へとご案内しましょう。どちらが参りますか?」 「ダンスかぁ……浮気して消えた旦那と社交ダンスに参加したっきりかしら」 サンドリモンの言葉に、鳥谷部は細い目で困ったような笑みで返すと、同じく目を細めた百蓮のほうを振り返った。 「というわけで百蓮ちゃん、ムシャモンさん。こっちも骨が折れると思うけど、お願いね」 「構いませぬが……その、鳥谷部殿。クリスペイルドラモンの腕は……」 「やぁねぇ、あの子はそんなヤワじゃないの。 ……ちゃんと、やり返さなきゃいけないしね」 ムシャモンの心配するような問いに、鳥谷部は朗らかに、そして僅かに低い声音で返すと、何かを感じた百蓮は僅かに肩を跳ねさせ、ムシャモンは目を閉じ、沈黙した。 「お決まりならばこちらへ」 サンドリモンが短く言い切り、歩み始める。それからすぐ、腕の再生を終えたクリスペイルドラモンが呼吸を整えると、無言でサンドリモンの後に続く。 「頑張ってね二人とも」 先程の声音が嘘のような優しい声で、鳥谷部は百蓮達に手を振りながら、クリスペイルドラモンと共に、サンドリモンに続いた。 「……ザンメツモン。鳥谷部さんの言う通り……こちらも中々、骨が折れますよ」 「心配ご無用。サンドリモンに挑む鳥谷部殿と比べれば、マシでござるよ」 百蓮も入ってきた扉を振り返り、複数の足音や羽ばたきを耳にしながら、小さく呟いた 「ザンメツモン、超進化」 ザンメツモンの体が輝き姿形を変わっていく中、遠くからも鳥谷部の「超進化」という声が小さく聞こえると、熱気だらけの世界に身を切るような冷たい風が吹き、やがて綺羅びやかな玉座の間に、雲一つ無い城内にも関わらず、白い雪が降り始めた。 それからすぐに、灰かぶりの城は吹雪に包まれると……火山に聳え立っていたガラスと灰の城は、白い雪と氷で塗り潰された。 Chapter6・ソフィーとミミックモン ヘルガルモンがヴァーミリモンの放った火球を相殺したのを見て、三幸は大きく息を吸って、吐く。ぶつかり合いは勝てない。ハウリングバーストは硬い体に通じない。だが、傷はつけることが出来た。 戦いの熱で煮え始めた思考を、呼吸と右頬の傷の痛みが冷やしていく。まだ落ち着いている。自分にそう言い聞かせヘルガルモンを横目で見ると、魔狼が振り向いた。 「心配するな!オレはああいうのとやり合わずに戦うのは得意だったからな!」 自嘲交じりの鼓舞を、三幸は笑わずに受け止めると、鎧竜の側面についた傷に目をやった (崩すならあの手段……あの、手段?) 閃いた感覚もなく、まるで今まで何度もしてきた事のような策が突如として思考に現れ、その違和感に三幸は困惑したが、すぐにそれを振り払った。 (やった覚えも無い事がなんで……でも、やる価値はある!) 叫んだヴァーミリモンが、勢いをつけて突撃を始めた。まともに迎え撃つと負ける。直前の思考と身構えるヘルガルモンの姿から、すべきことが一気に繋がり、三幸は反射的に叫んだ。 「ヘルガルモン!ハウリングバースト!まず崩しましょう!」 魔狼が放った爆風炎は、砂煙を巻き上げ進む鎧竜の足元を蹌踉めかせ、勢いを削いだ。地に触れて爆ぜた赤黒い地獄の炎の中へ魔狼は迷わず飛び込み、炎の中から巨腕を振り上げ、ヴァーミリモンの頭部を押さえつける。 ヴァーミリモンにはその圧を即座に跳ね返せず、歯を軋ませてじわじわ押し返していく。ヘルガルモンは即座に反対の腕で、側面の傷に爪を突き刺した。 激痛からヴァーミリモンが絶叫と共に更に激しく抵抗し、ヘルガルモンもうめき声を漏らしながら、全力で暴れる鎧竜を抑え続ける。 「ミユキ!デジコア焼却までは抑えられんぞ!」 腕を震わせながらのパートナーの言葉に、三幸は鞴で風を送り込むように、炎の源となるデジヴァイスへ、力を送り込んだ。 「なら!一気に焼き切る!!」 魔狼は纏う炎を突き刺した爪へと収束させ、骨の体を露わにしたまま咆哮して応えた。 それからすぐ、大砲を放ったような爆発的な勢いで、体を覆っていた魔炎を鎧竜の体内へ流し込むと、流し込まれた魔炎は鎧竜の体内を四方八方から杭のように突き破り、即座に勝利判定が現れた。 その光景を引き起こした三幸は、背中に指で線を引かれたように這う異物感から、顔を伏せて呟いた。 「これ、本当に私が思いついたこと……?」 ──── 「なぁミユキ、今のは前から考えてたのか?」 「い、いえ……咄嗟の、思いつき、ですわ……」 VRゴーグルを掛けた三幸は、模擬戦とはいえ想像以上の惨事に遭わせた対戦相手に心中で謝ると、それを思いついた自分に、改めて違和感を覚えた。咄嗟の閃きでも考えていた事でもない。何度もやってきた手の一つのように、思考に表れた。 デジタルワールドに来てから13日目。ファングモンと喧嘩になった時はどうなるかと思ったが、どうにか仲直りを果たし、不思議と多少冷静になり調子も上がってきた。あれから2日、少なくとも究極体以外には、勝っている。 ふと、鳩尾を抑えつけられる感覚を覚えながら、真紅のデジヴァイスを見つめた。選ばれし子供、片桐篤人のかつての仲間が持っていた物、首に掛けた勇気の紋章の所持者のデジヴァイス。 ヒオキレイコ。性格も顔も知らない、漢字で名前をどう書くかも知らない。知っていることは名前から察する性別と、この二つを篤人に託して敵に討たれた事。 どんな人だった?そう思った直後、聞き慣れた足音に反射して、三幸はそれまでのことを思考の隅へと一気に押し込んだ。 「ずっと調子いいね犬童さん……とにかく、仲直りできて僕も、本当に良かったよ」 「ま、こいつが多少冷静になって、オレも多少物言えるようになったから、良しにしてるさ」 篤人から飲み物を受け取り、ファングモンと三幸は喧嘩になった時のことを思い返し苦笑いを浮かべながらストローに口をつける。口から喉を通る柑橘の酸味と冷たさが、頭の隅に追いやったヒオキレイコの話を呼び戻し、三幸はその話を聞こうとしたが、それより早くジャンクモンが口を開いた。 「ミユキちゃん、今確認したが……さっきのアレ、咄嗟に思いついたのか?」 「あ、あれは……その、出来そうだと思って」 「アレはレイコちゃん……その紋章とデジヴァイスの前の持ち主がよくやってたんだ」 ジャンクモンの言葉に、三幸は咄嗟に深紅の太陽が描かれた勇気の紋章を手に取り、内心穏やかではない気持ちを湧き上がらせた。 「デジモンが違うからやり方は違うけど……硬い相手にはさっきみたいに、内側から崩してたんだ。 僕もマネしようとしたけど、全然出来なかったんだ……すごいよ犬童さん」 顔を上げ、まだ気持ちが拭いきれていないまま笑う篤人を見て三幸は、何の根拠も理屈もないまま【女の直感】を働かせると、すぐに思い違いだとそれを引っ込め、消し去ろうとした。それでも、胸中に火種となって残ってしまった熱を、三幸は忘れて冷まそうとした。 「……犬童、さん?」 「ぎゃっ!……ぐ、具合悪いとかじゃなくて考え事です!!」 心配そうな篤人の言葉に三幸は肩をはね上げ、俯いていた自分に気がついた。ジャンクモンと篤人がお互いに顔を見合わせたのを見て、三幸はまた俯くも、何かを察したファングモンが三幸の踵を前足で軽く叩いた。 「聞けよ、はっきりさせとけ」 ファングモンの呆れ混ざりの小声に、気恥ずかしさから呻き、興味と火種の熱を消したい気持ちから、息を吸ってから篤人に向き直った。 「篤人さん!!ヒオキさんってどんなお方で「ようやく見つけた!君達が片桐篤人と犬童三幸だな!!」 言葉を遮られた三幸は、不満で一瞬眉を動かしてから振り返る。胸中の火種の熱は、ガシャガシャと重い金属音を鳴らし近づいてきた奇妙なデジモンの姿を見て、引いた。 檻の中で黒く蠢く金の瞳の何かから銃の取り付けられた腕に、戦っていたヴァーミリモンのような角、更に天使や悪魔の羽根まで生えたその姿に三幸は、なにこれ?とデジモン……生命体に向けるべきではない言葉を思い浮かべた。 「君は……?」 「我はミミックモン……いきなりで悪いが……我々を、助けて欲しい」 「依頼かな?それなら構わないけど……我々?」 「我にはテイマーがいるのだ……待ってくれ、いま引き出す」 三幸は、自分の胸の高さ程の檻のデジモンを訝しむと、ミミックモンから発された0と1の黒い霧はゆっくりと三幸と同じ背の高さの人間の形に変わると、そのまま輪郭を帯び、服が見え始め…やがて、褐色肌の少女が現れた。 「えっ!?人!?中身どうなってますの!?」 「ミミックモンはデジモンを捕まえて取り込む奴だ。人間も取り込んでも不思議じゃないぞ」 突然現れた人間に目を白黒させる三幸の足に、ファングモンは軽く手を当て落ち着くように促した。落ち着きを取り戻した。三幸は信じられないものを見る気持ちのまま瞬きをして、背丈もスタイルも自分と殆ど変わらない少女に目をやった。 三つ編みにした透明感のある金色の髪と宝石のような輝きの碧眼が、褐色の肌に映える少女は、折り目の少ない薄紫のチュニックと白いロングスカートは質の良さを感じさせ、その見た目と雰囲気は直感的に思い浮かぶ【お嬢様】に近いものがあった 三幸は、自分のくすんだえんじ色の髪や暗いブラウンの瞳を、まだ名前も知らない彼女の透明感のある髪や瞳と比べ、暗い羨望の芽生えを胸中に感じ、ほんの少しだけ、奥歯を軋ませた。 篤人の顔をちらりと見る。驚いた、というより、目を見開いて固まっている。それからすぐジャンクモンが彼を小突くと、ようやく我に返ったように慌てて目を白黒させた。ミミックモンの中から現れた少女は、当然の様に困惑か驚愕の二択となるアリーナの利用客の視線に気付き、微笑みながら小さく手を振り始め、やがてその視線と手が自分達にも向く。 子供っぽさと上品さを同居させたその仕草と表情に、三幸の胸中の暗い羨望が少しずつ、根を下ろしていく。そしてそれは、まだ名前も知らない彼女の仕草と視線を受けて肩を跳ね上がらせた後、ジャンクモンに再び小突かれ視線を逸らす篤人を見て、暗い羨望の根が焼き切れると同時に、焼き切った熱に任せて彼の尻を、蹴り飛ばしたくなった。 「……そろそろ話してくれ」 ミミックモンは呆れた口調で窘められたお嬢様は、咳払いをした後に、ようやく口を開いた。 「Enchante」 発された言葉は、学校の授業で僅かに知った英語でも無かった。篤人もジャンクモンもファングモンも、流石に何を言ったか理解している様子は無く、取るべきリアクションすら分からないまま、黙って聞く事とした。 「Je m'appelle…………Mince」 こちらの様子に構わず和やかな声音で話す少女に、三幸は「I cannot speak English」と叫ぼうとしたが、何かに気付いた少女がスカートのポケットから桜色のデジヴァイスを取り出し、操作を始めると顔を一度伏せて再び話し始めた。 「ごめんなさい。翻訳機能を切ってたわ……初めまして。ワタシはソフィー・カンブルラン。ミミックモンのテイマーで……ワタシの言葉、日本語に聞こえてるかしら?」 バツの悪そうな顔でソフィーは三幸達にも通じる言葉で名乗ると、三幸は言葉が通じたことに安堵し、篤人は僅かに落ち着けない様子で「聞こえてるよ」とまだ硬い笑みで名乗り返し、三幸達もそれに続く。それにソフィーは安心した様子を見せた。 「……お前ら、どこから来たか?」 「こっからだと西から、そしてその前は……ここから更に北のサンドリモンの居城にいたの」 「……逃げてきたワケじゃ、ないみたいだな」 疑いの目を向けていたファングモンは、何かがあったと察して頷いた。 「ひと屋が関わっている話だから、君達を頼った……話を、聞いてくれないか」 「……まず、何をして欲しいか教えて」 篤人と三幸が表情を険しくしたまま頷くと、ミミックモンは目を閉じてから、本題に入った。 「我々と共に、灰かぶりの城へ向かって欲しい。 そしてサンドリモンを、助けて欲しいのだ」 Chapter7・乗っ取られた城 「……よし!今日はここまで!」 灰色と色鮮やかなガラスで彩られた訓練場で、女が朗らかな声音で手を叩き本日の【舞闘会の予行演習】の終了を告げた。 その言葉の直後、神田颯乃はカラテンモンの進化を解く。両肩に重石のように伸し掛かった疲労を堪て、貸与された桜色のデジヴァイスをしまうと、膝に手をつき顔を俯け、荒くなった息を整えていく。 「お、おいハヤノ……大丈夫か……?」 「ぅ……心配ない。思ったより疲れただけだ」 カラテンモンから退化し、同じく息が荒いまま駆け寄るゴブリモンに視線を合わせ荒い息のまま話す颯乃に、訓練相手だったザンメツモンのテイマーの女もムシャモンに退化させ、ゆっくりと颯乃に近づいた。 「やりますね、神田さん。それにゴブリモンも」 サンドリモンの配下を名乗る生源寺というテイマーの柔らかくも事務的に口調に、颯乃が頭を上げる前に、ゴブリモンが生源寺に早足で近づいた。 「だろ!?なぁ、一回くらい俺とお茶し「ゴブリモン。」 いつもの癖を出したパートナーを颯乃は、低い声で咎め、ゴブリモンは怯みながら渋々と引き下がった。 頭を上げた颯乃は「私のパートナーがすみません」とだけ小声で謝ると、拒否を示すように目を細めていた生源寺は「お気になさらず」と、目を細めたまま返した。 「……サンドリモンはいつ、帰ってきますか?」 「拙者共は王子様候補を鍛え上げろと申された迄でな。何も知らぬ」 質問に身動ぎ一つせず返したムシャモンの言葉の後に、颯乃は各々の足取りで訓練場から去っていく人間とデジモンを見渡していた。 「いつ帰ってくるかはこの際いいがよ?わざわざパートナーのいない人間とデジモンを組ませてまで訓練させるか?そいつは送り返せよ」 「瑠璃も玻璃も照らせば光る。というでしょう。招待状が反応した時点で素質ありということです」 半歩前に出たゴブリモンが問い詰めたが、取りつく島もない様子の生源寺に向かい、颯乃も更に一歩踏み出し、目を細めて見据えた。 「……素質のある者は、招待状を偽装してでも集めろと?」 「……一体なんの話です?」 「シラを切るんじゃ…「はい、そこまで!」 苛立ちを隠さずゴブリモンが大股で前に歩み出た瞬間、グレーの事務服を着た鳥谷部という女が、細い垂れ目で申し訳なさそうに割って入った。 「神田さんもゴブリモンも疲れたでしょ?一旦、夕飯まで休んでて?」 優しげな声音の目の中に、首筋に垂れた巨大な氷柱のような圧を颯乃は感じたが、怯む様子もなく軽く頭を下げた。 「え?いいのかハヤノ?随分あっさり……」 「いいんだゴブリモン、時間の無駄だ」 颯乃は重い足取りのまま、慌てて駆け寄るゴブリモンや他の「王子様候補」達と共に割り当てられた部屋へと戻った。 ──── 「随分、怪しい所に転送されたなゴブリモン」 居室に着いた颯乃は灰色のベッドに腰かけ、ため息と共に窓の外を見る。夕焼けが岩肌と雪原を暗く照らす白と灰色の世界を、何をする訳でもなくしばらく眺めていた。 「あの姉ちゃん達、サンドリモンの手下かも怪しいぜ。あいつなら強引に引っ張ってきそうなモンなのに偽装なんて狡いマネするか……?」 石造りの石に座るゴブリモンに相槌を返し、颯乃は経緯を思い返す。二日前に自分達が居たデジタルワールドは、このデジタルワールド・バロッコと重なった。ダークエリアにある勢力が動いていると悪い噂も聞き、仲間と共に相応に注意を払っていたが、立ち上がるために切り株に手をつけると、それがまさかのサンドリモンの招待状で、転送されてしまった。 それから、サンドリモンの配下と名乗る女テイマー達に王子様候補と認定され、桜色のD3を渡された。機能に問題は無いが、使う度に背中から力が引き抜かれるように消耗してしまうのだ。 幸か不幸か、仲間の手にある自分のディーアークの位置情報から、助けは望める。だが、同じように招待状に触れた人間やデジモンを、そのままには出来ない。 二人の配下らしきテイマーのいないデジモン達はともかく、まだ力を隠しているように思える鳥谷部と生源寺は、自分を含めて現在5人居る王子様候補全員で挑んでも、かなり分が悪い。理由も分からないままデジモンと組まされた者もいる以上、打ち倒して逃げる選択肢はまだ取るべきではない。 颯乃は待つことを選んだが、歯痒さと先行きの不安、日々の演習とそれに伴い利用するこの怪しいデジヴァイスに力を奪われるような感覚に、支柱をノミで削れていく心地で過ごしていた。 「心配するな……は、違うか。でも、堪える所って決めたろ?」 「分かっているさ。でもな……」 「なぁに、ここの演習なんて、ハヤノの稽古に比べたらぬるいモンだよ」 あくまでおどける仕草の、それでも疲れはあるゴブリモンの様子を見て、颯乃は少し悩むと、わざと意地の悪そうな笑みを見せることにした。 「なら食事が終わったら、追加で稽古と行くか」 「ぐげぇっ!さ、流石にそんな冗談はよしてくれよ!!」 「ああ冗談だ……すまないゴブリモン、ここが堪え時なのは本当のことだ」 「心配すんな。飯は美味いし、しっかり食わせてくれるからな、鳥谷部って小綺麗なオバサン。 それに生源寺の姉ちゃんとか美人も多…ふがっ……」 椅子から降り拳を握って語るゴブリモンに近づいた颯乃は、呆れた様子で彼の鼻を摘む。そして少ししてから、食堂に向かうためゴブリモンと共に部屋を出た。 ──── 「ワタシはフランスで暮らしてたのだけど、学校帰りに……これくらいの黒い塊を拾ったら渦に呑まれて……気づいたら捕まってたの」 翌日、山間の道を歩みながらソフィーは路傍の石を顔の近くまで掲げ、放り投げる。篤人が「僕と同じか」と呟いたのを聞き、三幸も自分はどうだったか思い返すが、何故か覚えが全く出てこず、一瞬眉を顰めてそのまま話を聞くことにした。 「それから一気にいろんなことあったけど……最終的にミミックモンに助けてもらってね?西の方の集落で暮らしてたの」 「だがある日、ソフィーがサンドリモンの招待状を拾ってしまい、灰かぶりの城に飛ばされたのが話の始まりでな……我は終わったと思ったぞ」 その後の日々も含め、大変だったことは想像出来る口ぶりと遠い目のソフィーとミミックモンに、三幸は出発前にソフィーや篤人達から受けた説明を思い返す。 デジタルワールド・バロッコの東西南北には各地を治めるデジモンがおり、北はサンドリモンが居を構えている。自分を打ち負かす【王子様】を求め、あちこちからテイマーやデジモンを集めていること。それを聞いた三幸が幼少の頃憧れたシンデレラ像がまるでガラスのように砕け散った。 (まさか、こんな感じのが4体も……?) 世界そのものへ不安を覚える三幸に構うことなく、ミミックモンは話を続けた。 「しばらくは灰かぶりの城で、スパルタでしごかれながら過ごしていたぞ。 だが4日ほど前、突然サンドリモンにひと屋が来ると言われ、他の人間やデジモン共々、路銀を持たされ放り出されたのだ」 「全く、失礼しちゃうわ。敵ならワタシも戦うって言ったのに、問答無用で追い出したのよ?」 「だから戦うために僕達……生き残った選ばれし子供とその仲間を探しにきたってことだよね?」 頬を膨らませ不満気に語るソフィーは、篤人の真剣な目に顔を一瞬背けると、「Tout fait」と顎に指を添えウインクして答えると、篤人が少し顔を赤くして、慌てて顔を背けた。それを見た三幸は、また暗い熱が宿り始めたのを、抑え込んだ。 「な、なァ……聞く限りソフィーちゃんには悪いが……強引で話を聞かない奴に思えるぞ?」 「でしょ?でも彼女、人の保護もして、未熟なテイマーやデジモンには戦い方を叩き込んでたの。いずれ王子様に相応しくなればヨシって」 「王子様は我もソフィーも御免被るが……こうなったならば、黙って逃げたままは嫌でな」 「……アツトの言う通りってことか」 ジャンクモンの言葉に、ミミックモンが目を伏せて短く返した。その言葉に三幸もすぐ納得すると、篤人が「やっぱりか」と小さく呟いたのが、三幸に聞こえた。 「Rendre la pareille……これはサンドリモンへのお返しで、ワタシを攫った連中への仕返しよ。 勿論、一人じゃ出来ないことなんだけど」 力なく笑って語るソフィーの声音に、初めて強い感情が宿っていることを三幸は察して、頷いた。 出発から3時間、晴天は曇り空へ変わり木々の目立たない地肌の山が目立ち始めた。三幸が時間を確認すると11時頃。もう少しでつく。そう考え三幸は重くなり始めた足で進んでいると、前触れもなく身を切るような冷たい風を肌に受け、三幸は寒さからほぼ無意識で、ファングモンを見た。 「おい何見てやが……やめろ!離せ!」 何かを察したファングモンが半歩後ずさるも、三幸は有無を言わせずパートナーを抱きかかえた。暴れるファングモンに構わず、その細長い身体と赤い毛皮で暖を取る三幸を、ソフィーはにこやかに、篤人は困惑しながら眺めていると、首に冷たいものを感じて三幸は空を見上げた。陽光の閉ざされた灰色の空から、白い何かがゆっくりと降り、自分の身体に触れてはすぐに溶け消えていく。 「火山灰か?」 「……雪ですわ、これ」 諦め顔で抱えられたファングモンの話に、冷たさから首に手を触れた三幸は顔を顰めたまま、再び歩き始めた。 それなら乾いた向かい風とそれに乗る細かな雪を体に受け、一行は風の冷たさに耐えかねて視線を時折を落としつつ、あちこちに土や石の混ざった雪が積もり始めた山道を進んでいく。 「ねぇミミックモン!僕はここまで来たことないけど……こういう場所!?」 「雪など降らん!我らがここを離れたのは4日前だぞ!?何があったか聞きたいのは我もだ!!」 目を覆い声を張り上げる篤人に、ミミックモンは困惑と否定を示す。一度向かい風が止まり、三幸が顔を上げた視界に映ったのは、黒い地肌や火山灰の灰色で彩られ、火口から煙を噴き上げる火山ではなく、曇り空がその白さや僅かに残る岩肌を暗く照らす、雪の山。 「ソフィーさん?あの山が目的地ですわよね?」 「……違って欲しい?でも残念。あそこよ」 デジヴァイスの画面を示したソフィーはただ、変貌した雪山を睨みつけ、何も言わずに歩を進めた。 Chapter8・サンドリモンの城へ 篤人達は集落に到着してすぐ、住民のデジモンから話を聞き回った、3日前にムシャモンとシーチューモンを連れた女のテイマー二人が山に入り、それから雪が降り始めた事、そして未だに招待状が配られている事を住民から聞き、ひとまず宿のロビーに集まり、テーブルを囲んだ。 「招待状が配られてるなら……サンドリモンを生かす価値があるってことのはずよ」 「ひとまず、生きてると思っていいようだな」 サンドリモンの生存を示唆する情報にソフィーとミミックモンが、胸を撫で下ろす。ストーブから発された橙の熱が、暗めに塗装された木材を僅かに照らすロビーには、主に寒冷地に適応したデジモンが集まっていた。本来生息していたデジモンの大半は、急激に変わった環境を避け別の地域に移ったと住民が話していたことを篤人は思い出すと、すぐ記憶の片隅に放り込んだ。 「問題はここからだ。まずテイマーが二人は確実に居る。多分そのうちの一人は、鳥谷部だな」 「このためにじゃないですが……アリーナでしっかり鍛えてきましたもの!リベンジですわよ!」 「やる気満々だなミユキちゃん……にしても、また生源寺とやりあうのかよ……」 「皆と協力して勝てたけど、パートナーを仕留めた訳じゃないしね。勝てる保証は無い相手だよ」 思い思い、城に居ると思われる敵のテイマーの整理をすると、ミミックモンが苦々しく口を開いた 「まずは残念な情報だが……空から攻めたいが、飛んでいたデジモンが突然退化して墜落しかけたとも聞いた。多分、デストロモンで移動は出来ぬ」 「……ってこと、山に登るしか無いのか」 山登り。その答えに空気が重くなり始めた瞬間、入り口から冷たい風が入り込んだ。急な風に篤人が思わず入り口に視線をやると、来客らしいブルコモンを連れた少女がこちらを一瞥して、通り過ぎた。 篤人もただ、テイマーが来た。それだけ思った瞬間、煙のように現れた考えを反射的に口走った。 「招待状を見つけて、深夜に奇襲をかけるのは?」 「あっ!そうすれば山に登らなくても……」 篤人の提案に三幸が手を打って期待の色を目に見せたが、ミミックモンは「悪い手ではないが」と未だ苦い声音で前置して、腕を組みながら目を細めた。 「ここに着くまでに招待状は無かった故、近隣には意図的に配ってないのかもしれぬぞ」 「なら……あったらラッキー、くらいかな。探すのに時間かける訳にもいかないしね」 「……多分、山登りは避けられないな。相当大変だぞこれは」 ファングモンの沈んだ声音に、ソフィーが苦笑いを浮かべながら立ち上がった。 「山登りは織り込み済み。あ、終わったら灰かぶりの城に一泊して、スキーを楽しんでから下山する予定よ?」 「ソフィー。我はスキー無理だからソリで」 あくまで冗談めかしたソフィーとミミックモンの言葉に、苦しい見通しが少しだけ和らぎ、三幸もまだ硬さが残しつつ、楽しげな笑みを浮かべ、それに釣られて篤人も柔らかい表情を浮かべた。 「僕はスキーもスノボーも出来ないから、雪だるまでも作ってるよソフィーさん」 「ここで笑って返せる貴方達となら、きっとやれるわよ……さて」 それからソフィーがデジヴァイスで時刻を確認すると、リュックから袋に包まれたパンを、デジヴァイスからマグカップを取り出した。 「そろそろ休みましょ?本当はショコラ・ショーを淹れてあげたいけど……今日のところは粉末のカフェオレで我慢して?」 「ソフィーさん……そのパンはどこで?」 「灰かぶりの城に居た時に作ったのよ。日持ちはする奴だから安心して食べ「貴様ー!本気で言っておるのではなかろうな!?」 急な怒鳴り声に篤人達な一斉に振り返ると、ロビーの一角で、先程通り過ぎた少女とブルコモン、そして赤い除雪機のようなデジモンフが、剣呑な雰囲気で言い合っており、周囲のデジモンが慌てて距離を取っていた。 「いや、さ……おれ達はおれ達でちゃんと対策はあるからってさっきも言ったよな……?」 「ならんならん!そんな用意で雪山に入ることなど!このフロゾモンが絶対に許さーん!!」 「話聞いてって!友達が灰かぶりの城にいるの! 行かないと友達がどうなるか、分からないの!!」 「……ファングモン、あの除雪機みたいなデジモンは?」 「フロゾモンだ。雪の降る所には大概いて、救助のためなら誰にでも容赦しないやつ」 むず痒そうな細目で喧騒を眺めるファングモンの返答に、三幸は相槌を返して、聞こえたやり取りを思案し、ゆっくり立ち上がった。 「あの人も城に行きたいようですし……声、かけてみません?」 「だな。もし一緒に来てくれるなら願ったり叶ったりだ」 三幸とファングモンが動くに続いて、篤人とジャンクモンが立ち上がろうとした所、ソフィーか手で制し、顎に人差し指を添えて笑った。 「それならワタシに任せて頂戴。スマートに解決してみせるわ……ミミックモン」 「うむ。我らに任せよ……よし。これにしようか」 ミミックモンのデッドリーガンへ檻の暗い霧が送り込まれると、それは瞬く間にバチリバチリと激しい音を掻き鳴らし、青白い電光が走り始めた。 「ちょっ…ソフィーさん!それじゃスマートじゃなくてスパークで解決!」 「一発で大人しく出来るから、一番スマートよ……ミミックモン、tir」 「プラズマクラック…ロード……デットリーガン!」 慌てて制止に入る三幸に構わずソフィーは指でピストルを作ると、悪戯な笑みを浮かべなからの撃つ仕草と号令に応えたミミックモンは、フロゾモンに向けて青白い稲妻を放った。 「貴様ー!それでも行くというのならば吾輩がこの場で叩きのグワーッ!?」 突如稲妻を浴び硬直したフロゾモンに仰天した少女とブルコモンは、恐る恐るプラズマが飛んできた方向を振り返る。視線の先でソフィーは口に人差し指を当て「お静かに」と片目を閉じたジェスチャーを見せた。少女達は心の底から何かを言いたげな視線に構わず、 「あなた達も押し問答よりカフェオレはいかが?」 「誰ェ!?というか何てことをしたのぉ!?」 ──── 「温か……甘……うん。落ち着いてきた。ありがとう……あと、ごめんねフロゾモン」 「全くである!……そこの貴様!よくも吾輩に電撃を浴びせてくれたな!?だが今回はこのパン・オ・ショコラとやらで見逃してやろう!!」 「此奴、割と現金だなソフィー」 篤人達の元で湯気の立つカフェオレの温かみから安堵を漏らした少女は一度、フロゾモンに小さく頭を下げる。それをフロゾモンは受け入れ、すぐに電撃を浴びせたソフィーに向けて声を荒げるが、怒りはあっという間に引っ込めた様子で、手渡されたパンを口に放り込むと、そのまま顔を表情を緩ませた。 ひとまず落ち着いたと判断した篤人達が順々に少女とブルコモンに名乗ると、少女は咀嚼中のクロワッサンを飲み込んだ。 「わたしは霜桐雪奈でこの子はパートナーのブルコモン」 「よろしく……聞こえたかもしれんが、おれ達も灰かぶりの城に行きたくてな」 「それは私達もですが……霜桐さんは何故?」 三幸の問い掛けに、雪奈は一息おいて鞄から篤人達には見慣れないデジヴァイスを取り出すと、少し顔を俯けながら話を始めた。 「これ友達の……神田颯乃って子のディーアークなんだけど、切り株に偽装された招待状に触れちゃってさ……」 雪奈の発言に、ソフィーが僅かに表情を固くした。 「招待状の偽装?サンドリモンはそんなマネして人を集めないわよ」 「我々は4日前に灰かぶりの城から逃げてきて、そこの二人に助けを求めたのだが……君達の友達はいつ転送された?」 「二日前だよ。あたし達は別のデジタルワールドに居たけど、ここと重なっちゃって なんか……色々危ない噂がある場所みたいだから、気を付けてたつもりなんだけどなぁ……」 手で顔を覆い後悔する雪奈に、カフェオレを飲み干した三幸が、優しげな声音で話しかけた。 「霜桐さん。私達も灰かぶりの城に行きたくて……まず、招待状を探してるのですが……」 「……あたしも同じこと考えて東の方から来たんだけど……全然無かった……」 顔から手を離し、目に期待の色が現れた直後、策を察して俯いていた答える雪奈の言葉に、三幸は残念そうに小さく唸った。 「おれ達、雪山なら対策はあるんだが……今思えば当然だったが、止められてしまってな……」 「当たり前だ!大事にする気か!!」 「流石に依頼掲示板で誰かに来てもらうつもりだったけど……最悪、あたし達だけでとは考えてたよ」 雪奈ら蒸気を噴き上げ声を荒げるフロゾモンに再び申し訳なさそうな顔を向け、希望が芽生え始めた顔でため息をつくと、カフェオレに砂糖を注ぎ足した篤人が、雪奈とフロゾモンを表情を変えないまま交互に見て、口を開いた。 「霜桐さん、そしてフロゾモン。良かったら……僕らと一緒に来てくれないかな」 雪奈とブルコモンは目を輝かせ、フロゾモンは予想外の言葉に瞬きをして、沈黙した。 「おれ達は頼みたいくらいだったが……フロゾモンもか?」 クロワッサンを食べ終えたブルコモンに頷きだけを返した篤人は、続いてフロゾモンに視線を移した。 「雪山なら彼の力が必要になるよ。霜桐さんの友達もサンドリモンも助けたいし……灰かぶりの城には多分、僕が倒したい奴らがいる」 「……片桐くん、訳ありなんだね」 「うん。ちょっと、ね」 篤人はあくまで笑って同意したが、雪奈は篤人の黒い目の中に見えた更に暗いものを察し、ただ無言で頷いた。 「勿論行くよ!ブルコモンの言う通り、むしろ頼みたかったくらいだから!フロゾモンは?」 2つ目のブリオッシュを口にした雪奈は、視線をフロゾモンに移すと、何かしら計算をしていたフロゾモンがまた蒸気を噴き上げ、朗らかな声音で叫んだ、 「良い心掛けであるな!ならばこの後、我は明日出発が出来るように準備といたそう。貴様らは今日は招待状を探しておくと良い!! ……無論タダではやらん!そのパン・オ・レザンとやら引き換えでな!」 「こやつ、お主のパンが相当気に入ったようだな、ソフィー」 「いや、確かに美味しいですこれ……その……もう一つ、ダメですか?」 「あたしも、なんか安心したらお腹減っちゃった……4つ目になっちゃうけど、いいかな……」 「お前らもよく食べ……ミユキもセツナもオレに唸るな!お前らはガルルモンか!?」 ミミックモンは呆れ、三幸と雪奈がファングモンを睨んで唸る中、ソフィーは笑いながら、今度はデジヴァイスからパンを取りだした。 ────  机に置かれた写真立ての前に朝食を置き、そこに写る殺された娘を、何も言わずに見つめる。ひと屋に所属して1年以上、鳥谷部は毎朝これを繰り返していた。 何も言えない理由は分かっている。自分と同じように愛する存在を失った愛甲社長の無念を、晴らすことを選んでしまった。本当の意味で無念を晴らす第一歩、デジタルワールド・バロッコへの侵略が始まると、鳥谷部も、愛甲の無念を選んだ。 (六華……お母さん、もう引き返せない所に来たわ……) 「お仕事行ってくるね」とすら言えない今に、針が突き刺さる痛みを感じたまま、首に下げた【愛情の紋章】に意味なく手を触れる。シーチューモンも木の実を娘の写真の前に置くと、やはりしばらく沈黙し、そのまま何も言わずに部屋を出た。 「シーチューモン。あの子達、来たのよね?」 「はっ。サンドリモンの許にいたらしいソフィー・カンブルランと共に」 灰かぶりの城の廊下、娘の遺影の前では無言でいた鳥谷部は、配下から受けた報告をシーチューモンと確認する。ソフィーの名前を聞き、鳥谷部は思い出した様子を見せたが、話にすることはせずに会話を続けた。 「なら城は百蓮ちゃんに任せて、私達が迎え撃ちましょ……明日には来るはずよ」 「一応、部下も迎え撃つ用意がありますが……確実に戦うことになるでしょう」 「あの年頃の子なんて切欠一つでどんどん成長するものよ。六華もそうだったもの。 強くなってるとだけ、思わないと」 鳥谷部は既にいない娘を思い出し悲しげに笑うと、それからまた無言で歩き続け、沈黙を嫌がってまた口を開いた。 「シーチューモン。あなたのいた集落はどうなってるか聞いた?」 「……向ける顔がない故郷の話は、聞かぬようにしています」 鳥谷部は低い声で顔を伏せたシーチューモンの頭を撫で、再び無言で廊下を歩き始めた。