バッターボックスに入った聖騎士イザベルは、悠然とした動きでピッチャーの平平凡凡のマジコモンを視線に入れる。マジコモンが投球のフォームに入った瞬間、イザベルはバットを強く握りしめ、飛んでくる火の玉ストレートに脳内でボーリャックの顔を投影した。 「おのれボーリャック!!」  カキィィン……!と勢いよく飛んで行ったボールは見事スタンドを超えた。8回裏の点数表に1の数字が躍る。 「セイーーーーーー!!!」  観客席の一般聖騎士や信者たちの歓声を浴びながらイザベルは塁を回る。ベンチで大騒ぎする同胞たちの姿が何とも心地いい。 「これで4-3!あと1点でウイザーズに追いつけますよ!」  ベンチに戻ると笑顔で駆け寄ってきたゾルデとハイタッチを交わす。興奮気味に喋るゾルデを、しかし冷静に制するとゆっくりとイザベルは周囲を見渡して告げた。 「追いつくのではない…逆転するのだ!」  おおおおお!!っとチームメイトのモンクスの選手たちが雄叫びで応える。 「その意気だぜイザベル!」 「ああイゾウ!……ところでなぜもうここにいる。次の打者では」 「初球打ち損じて内野ゴロだったぜ!はっはっはっ!」 「そうか…」  気持ちを切り替えイザベルは抑えの投手を審判に告げる。 「ピッチャー交代、ダルマーダ神父。……頼んだぞダルマーダ殿!」  いつもの寡黙な表情で、だが強い意志を持った目で応えるとマウンドに上がっていくダルマーダを、イザベルは頼もし気な目で見送った。 ********************  ギルドで企画されたクラス別対抗野球。イザベルが属する、神職や神々の加護を受けし者たちによって構成されたモンクスは、イザベルの指導の下、後日ヘルウィークと呼ばれた猛訓練を実施。癖の塊のような選手たちをまとめ上げ、モンクスを見事強豪チームへと育て上げた。  初戦でアーチャーズ相手にサーヴァイン・ヴァーズギルトが抑えの必中のスナイプ相手にサヨナラ打を打って勝利し(その時のギルのドヤ顔は傑作だった)、準決勝では☨天逆の魔戦士☨アズライールも加わるウォリアーズ相手に猛烈な乱打戦の末なんとか勝利をもぎとった(聖盾のクリストが相手チームに「お前こっち側じゃないのかー!」とヤジられてたのが面白かった)。  そして決勝、前評判は低かったが準決勝でクリストの仲間の漆黒の勇者イザベラや、あの伝説の勇者スプドラートを擁するヒーローズ相手になんと勝利という大番狂わせを起こした伏兵、魔術師たちで構成されしウィザーズとの決勝戦に臨んでいた。 「よし、スリーアウトだな!」  ダルマーダ神父─寡黙なキルシェというなんとも渋いバッテリーの安定感のあるピッチングで見事三者凡退で終え、いよいよ9回裏、モンクスは最後の攻撃を迎えた。 「いいリードだったぜキルシェ!」  戻ってきたキルシェにジャンクが駆け寄り、彼の鍛え上げられた腹筋を小突く。キルシェは無言でジャンクに離れるよう促すと、スクワットを始めた。 「ふっ、決勝戦でも筋トレとは、相変わらず凄まじい筋肉への向上心だなキルシェ殿」  ストイックな精神、飽くなき筋肉への向上心。敬遠な彼の信仰心。 (私の選択は間違ってなかった)  イザベルは彼をキャッチャーに任命したことは正しかったと満足げに頷いた。 「向こうの抑えは……魔術師マーリン、だな」  チラッとクリストに目を向けたギルが、マウンドに視線を戻すと名前を口にした。  当初『自分は最早聖職者とはいえない』と参加を拒んでいたが、イザベルの『自分の意思で首を縦に振るか、私の右腕で首を縦に振らされるか好きな方を選べ』と誠意の籠った説得を受けた結果、翻意して快く参加を決断したという、心温まるエピソードを持つ選手である。 「マーリン?あんななよなよした奴が抑えられるのかよ」  マーリンの容姿をみた聖兵アシオスが、不満げな声をあげる。  七難八苦と言っていい、波乱の人生にもめげない真の戦士。それが彼である。 「ふむ…だが、ヒーローズ戦の抑えも彼だったことをお忘れか?」  ダルマーダの指摘にアシオスはぐっと言葉に詰まった。  口数は少ないが彼の口から放たれる言葉は常に真理を突いており、今では彼はこのチームの御意見番の地位を確立していた。 「その通り。魔術師マーリンは前試合イザベラを三振、スプドラートを内野ゴロ、ユイリアをキャッチャーフライで抑えて勝利している」  バインダーのデータ集を捲りながら聖天冠ティエスがチームに資料にまとめられた情報を伝える。  彼女(?)が何かしら深い悩みを抱いてるのはイザベルにも理解できた。それでも、神の加護を受けし者の責務として、社会のために活動を続けているティエスに、イザベルは深い敬意を抱いていた。 「ちなみに討ち取った球は全部変化球だな」  言い終えるとティエスがニヤリと口角を釣り上げた。 「技巧派、ですね…げふっ」  水筒を一気飲みしながらアル=コールが呟く。あの英雄スプドラートの相方として燦然と名を輝かせ、このチームのエースである彼女の水筒の中身は詮索しない。これがチームの不文律だった。  毒薬変じて薬となる。酒は百薬の長である。 ******************** 「アイツの球種は知ってるか?」  ネクストバッターサークルに向かいかけたスウィリィ=ブルーが、クリストを呼んで彼の肩を叩いた。 「五種の変化球。ツーシーム、スライダー、カットボール、カーブ、チェンジアップ。そして…」  ストライク。聖女カタリナ・イーネが驚いた顔で審判の方を振り返った。 「消える魔球」 「消える魔球?ジャイロボールか何かか?」 「いえ、文字通り"消えるんですよ"なぜなら、マーリンは消える魔法を唱えます」 「なある…」  ストライクを見送りしたカタリナが何か審判に抗議している。  合点がいったブルーがニコッと笑った 「クリスト、お前にホームランをプレゼントしてやる」 「健闘を祈ります、ただ…」  でたらめに振ったカタリナのバットは宙を切り、1アウトとなった。  グラウンドに行こうとするブルーが首を傾げながら振り返る。 「奴は煮ても焼いても食えぬ男です。生半可な覚悟で当たると食あたり起こしますよブルー!」 「はっ、そん時は!」 >クラエ!マザーフ〇ッカー! カキーン 「新人の頃、神父のなり方についてはみんな教えてくれたけど、ミスをした時の生き方は教えてくれなかったなクリスト」 「ブルー、貴女はただポップフライ打ち上げたというのに、随分と無駄な言葉を費やすのですね」 ******************** 「さて、最後はなんと運命的な…」 「頼むぞクリストオオオオ!!!」  ミサが如何にも興味深げに眺めている横でジャンクが大声で声援を送る。彼女の声量に仰け反りながらもイザベルも真剣な目で打席に立つクリストを見つめている。 「むっ、イゾウはどうしたミサ殿」 「もう出番はなさそうだから引っ込むと…」 「あいつは…」 「あの二人って何か因縁でもあるのか?」  グラウンドでは打席に入ったクリスト、がマウンドのマーリンと互いに指さして何やら声高に怒鳴りあっている。クリストの珍しい姿に目を丸くしたブルーが周囲に尋ねた。 「因縁と言いますか…」 「火と水、水と油、犬と猿」  苦笑いを浮かべるゾルデが助けを求めるように視線を彷徨せると、バッターボックスから目を離さないままぼそりとギルが呟いた。  マーリンが大きく振りかぶる。直後グラウンドをどよめきが覆った。 『ボール!』 「強烈な挨拶だな」  顔面ギリギリに暴投したマーリンの球を大きく仰け反りながらクリストが避けた。 「まずいなイザベル、アイツは奴を前にすると頭に血が上るからな」 「大丈夫だギル、まだあいつは落ち着いている」  2球目、またもやクリストの顔近くに飛んできたボールをクリストが避ける。 「おっと…?」 「流れ、変わってきたな」 「む?イゾウ出てきたのか?」 「宴の気配を感じたからな」  イザベルの質問にイゾウは楽し気に笑いながら親指を自分の顔に向ける。苦笑しながらもイザベルもイゾウの言葉を窘めることはしない。彼女も同じ予感を感じていたからである。  3球目は真っすぐのストライク。4球目、カーブをファウル。  5球目、自分の胴体の位置ギリギリに来たボールを飛びずさってよけたクリストが、バットとヘルメットを放り投げた。 「「おっ」」  マーリンを睨みつけた直後、マーリンめがけて猛ダッシュでクリストが突っ込んでいく。マーリンもさる者、瞬時にグラブを放り投げるとクリストの顔面めがけて右ストレートを見舞う。しかしそれをダッキングのような動作で回避したクリストがマーリンの腰に抱き着き、そのまま押し倒した。  マウンドの上でゴロゴロ転がりながら殴り合っているクリストとマーリンを見ながら、イザベルはため息を吐いた。 「困ったことになったな」 「ああ、困ったことになった」 「弱ったなこいつは」  イザベルの左右でギルとイゾウがうんうん頷く。 「さて、名高い聖都の聖騎士様に質問ですわ。目の前のこの悲しき争いに貴方方はどう動きますか?」 「うむ」  楽し気にグラウンドを指さしながらカタリナが問いかける。  承認欲求という、聖職者にあるまじき俗な欲望に動かされ、欲望を満たせるためならどのような苦労も厭わない彼女は今、イザベルを期待の籠った目で見つめている。その目は『私にどんな見せ場を用意してくれるのか』と雄弁に物語っていた。  重々しくイザベルが頷く。そして、目の前のカタリナに、いや、正確にはベンチにいる全員に聞こえるように大きく口を開いた。 「私たちも加わるぞ!急げ!」 「「「「セイーーーーーー!!」」」」 「はいい!!?」  素っ頓狂な声をあげたカタリナを追い越し、イザベルを先頭に次々と聖騎士たちがグラウンドに飛び込んでいく。 「ふむ…内野守備の選手がマーリンに加勢するとクリストが危ない…加勢するぞキルシェ」 「…(こくっ)」  ダルマーダとキルシェがグラウンドに飛び出す。 「ほら、行くぞ」 「うおおっ!?お、俺は悪くねえからな!これは不可抗力ってやつだからな!ちくしょおおおお!!!」  こそこそ物陰に隠れてやり過ごそうとしたアシオスが、ティエスに背中を押され、ヤケクソになりながら彼(?)と共にグラウンドに飛び出す。 「うぷっ…。うえええ…。あれ?み皆さんどこいくのですか……?」  水筒の水(?)でなぜか顔を真っ赤にしたアル=コールが皆に続きながらフラフラとグラウンドに飛び出す。 「イピカイエー、マザーフ〇ッカー!!」  ブルーがNGワードを叫びながらグラウンドに飛び出す。 「え、ええええ!!??みんな馬鹿…?はっ!?私だけベンチにいたら私一人だけ目立てない!!??」  最後に何かに気づいた様子のカタリナが慌ててグラウンドに飛び出す。    向こう側のベンチからもウィザーズの選手が次々とグラウンドに飛び出し、あっという間にグラウンドは両チームの選手たちによるプロレス会場と化した。 「一人一殺、一ボーリャックだ!!」 ******************** 「何やってんだアイツらは…」  仮面を付けた剣士がスタンド席の隅に座りながらしかめっ面を浮かべながらスタンドの乱闘騒ぎを眺めていた。 「でも、こういうの好きだったでしょ?昔からアンタ」 「煩い」  隣の席で一心不乱にメモ帳にペンを走らせていた(デッサンの内容は次回作のマーリン×クリント本の貴重な資料となるだろう)女性が、ひょこッと顔を上げしたり顔を向けると、鬱陶し気に剣士は顔を背けた。 「昔はお前もああやって最前線を突っ走って乱闘起こしていたものだったねえ…」  感慨深げに眺める女性を剣士は横目を送る。一瞬、彼女の顔が今にアンデット特有の青みがかかった肌でなく、聖職者であったころの美しい人間の肌だった彼女の姿に見えた気がした。 「ん?どした?」  首を傾げてこちらを見る女性に「なんでもない」と剣士が首を横に振る。その顔は既に元の色に戻っていた。 「もういいだろう」 「あれ?決着はいいの」 「いい、あまり長居すると俺たちの存在がばれる恐れがある。それに…」  立ち上がった剣士はグラウンドを眺める。まるで目に焼き付けるかのようにしっかりと。女性は何も言わずに彼の姿をじっと見つめている。 「見るべきものは見れた。もう、十分さ」  書魔術師ニミーヤと銀幕の魔女ハリィ=ウッドとの、二対一のブレンバスターの掛け合いに勝利し、雄叫びをあげるイザベルを───    次いで連携技、バックドロップ・チョークスラムをマーリンに炸裂させているクリストとブルーを───  次いで多腕のレオナルドとオラオララッシュを繰り広げているジャンクを───  次いでテス=トーバに脳天をガブリと噛まれ、情けない悲鳴をあげているゾルデを───  次いでテトラ=クリントミクに頭上から強襲され、青ざめながらドキドキ☆空中遊泳(拒否権なし)を体験しているイゾウを───  次いで"魔法使い"ニウトに魔法をかけられ、「俺はお兄ちゃんだぞ!」と叫びながら彼女と対峙していたアシオスに襲いかかるギルを───  剣士───勇者ボーリャックは見つめる。その目はとても優しかった。まるで、もう戻れない過去に思いを馳せているかのように………。 「──帰るぞ、マリアン」 「あ、イザベルが"近接総合魔法格闘少女アントワネットのマジカルドロップキックで吹っ飛んだ」 「なんだと!?俺にも見せろ!」 ******************** おまけ モンクス 打順 1 遊 ゾルデ 2 三 ギル 3 右 アシオス 4 指 イザベル 5 二 イゾウ 6 中 カタリナ 7 左 ブルー 8 一 クリスト 9 捕 キルシェ 投手 ダルマーダ、アル=コール、ティエス、ジャンク