ビルの街に巨大な影が交錯する。 1体はダイナモン。そしてもう1体はダークティラノモン(X抗体)だ。 「これで!終わりだギャッ!」 ダイナモンの灼熱の爪がダークティラノモンの胸を貫く。 その体は細かい粒子となり消えていった。 と同時にダイナモンも光に包まれ後に残ったのは小さな影が一つ。 「よくやったアグモン。」 ダイナモンから元に戻ったアグモンを彼のテイマー、竜崎大吾がねぎらう。 「竜崎さん、お疲れさま。」 ふと竜崎刑事が振り返ると同僚のすみれが缶コーヒーを2本持って待っていた。 「てっきり怒られるかと。」 敵性デジモンの排除には成功したものの街への被害を抑えることはできなかった。 いつもであれば、この後始末書が待っているはずだ。 「今回ばかりは竜崎さんを怒っても仕方ないですからね…」 なにせ前代未聞。数十m級の超大型デジモンが、それも一度に複数箇所での同時出現である。 対処する場所は本日3か所目。警視庁最大戦力のコンビといえど疲労の色が見られた。 「俺は次の現場へ向かう。まだいけるな、アグモン?」 アグモンは力強く頷いた。 「いえ、残りの出現地点のデジモンは全て倒されたと先ほど連絡がありましたよ。ここが最後です。」 すみれの報告を聞いて竜崎の肩から力が抜ける。 「いやあ流石に疲れたギャ。」 アグモンはその場にばったりと倒れ込んだ。 「帰りはワタシが送っていくから安心してお休みなさい。」 すみれのシンドゥーラモンの背に乗り、一行は警視庁電脳捜査課の本部へと帰庁した。 … 「おう竜崎、お手柄だったな。」 本部デスク、真っ先に声をかけてきたのは彼らの先輩で大ベテランの筧刑事だった。 「……被害は少なくない。残念です。」 「死者は出てねえんだろ?建物被害だけで済んだなら上出来も上出来だハハっ!」 筧が竜崎の肩を少し強めに叩き、励ます。と、彼の足元には小さな影が。 「おうおうすみれの姉ちゃん、お邪魔してるぜ!」 「そ、そんな言い方しちゃダメだよガオスモン…」 「すみれさん、久しぶりー!」 部屋には見慣れないゲストが2組もいた。 「あー、実はな。俺らが駆け付けた時既にこの坊主どもが巨大デジモンと交戦していてだな。」 筧刑事が事情の説明を行う。 二頭身のデジモンはガオスモンだ。生意気盛り、という言葉の似合う強気な性格だ。 対してそのテイマーである少年、渡剣一は非常に憶病な性格をしている。 特に強面な筧刑事と竜崎刑事に対しての緊張感を隠せないようだ。 もう一人の少年は津村英一。 なんと体がデジタルドットで構成されており、本人でさえもその原因を知らないという。 彼のそばで同じくドット状のデジモン……レアモンが静かにこの状況を見守っている。 とある事情で身寄りのない英一は今は施設に引き取られ、元の身体へと戻る方法を探している。 剣一はそんな英一と友人であり、今日は二人で遊んでいるところだったという。 巨大デジモンが姿を現したのは彼らからほど近い地点。 放ってはおけないとガオスモンが飛び出していき、それを追う形で戦闘に入ったという。 「いやあ凄まじかったぞ、剣一君とスピノモンのコンビは。竜崎のダイナモンともタメ張れるんじゃないかってな。」 筧がハハハと笑う。 実際にガオスモンが進化したスピノモンはほぼたった1体で現れた野良デジモンを倒してしまった。 ただやむを得ない事情とはいえ、子供が巨大デジモンを暴れさせた事実に変わりがなく、事情聴取という形で二人の少年は本部まで連れてこられていた。 「自己紹介がまだだったな、俺は竜崎大吾…最近この部署へ配属となった刑事だ。」 竜崎刑事はかがんで二人の少年に握手を求める。 「ダイゴは顔は怖いけど根はやさしいんだギャ。仲良くしてくれギャ。」 「顔が怖いは余計だアグモン。」 英一は快く握手に応じ、剣一は多少ぎこちなく手を差し出す。 そんな二人へ向けた竜崎の顔はまさしく仏の笑みであった。 一息つくとガオスモンが口を開いた。 「あいつら…並の成熟期とは強さが段違いだったぜ。」 「あれはX抗体を持ったやつだギャ。そう感じるのも無理もないギャ。」 「X抗体?」 聞きなれない言葉に剣一が反応した。 「X抗体というのはね。昔デジタルワールドに蔓延した毒に対抗するためにデジモンが自ら産み出したパワーアッププログラムなのよ。」 シンドゥーラモンが子供にもわかりやすく簡潔に説明した。 「X抗体って呼ばれる奴は普通のデジモンよりも強い、それだけ覚えておけばいい。」 竜崎が捕捉する。 「はえー。」 剣一と英一はわかっているのかわかっていないのかあいまいな返事をした。 ウー!ウー! 電捜課の備え付けサイレンが鳴り響く。 「ッチ、またか!」 筧が悪態を付く。 「状況は!?」 「巨大デジモン出現…今映像出します!」 竜崎が声をかけるよりも早くすみれは端末を操作していた。 目の前の大型モニターに現場の状況が映し出される。 場所は新宿区四谷。そこにまたしても巨大なダークティラノモンX抗体が出現した。 「行くしかないようだギャ!大吾!」 無言でうなずく竜崎。 彼は上着を羽織るとアグモンとともに電捜課のドアを開け出ていこうとする。 とそんな彼を制止するかのように画面上に変化が起きる。 「待って!?上空に大きな反応あり、デジタルゲートが開くわ!」 空が割れ、銀色の円盤が姿を現す。 「なんだありゃ!?UFOか?」 その珍妙な物体に思わず筧が声を上げる。 「なんだっていい、四谷なら目と鼻の先だ!すぐ行くぞ!」 「アグモン進化ぁ!ティラノモン!」 竜崎はティラノモンの肩に乗り現場へと向かう。 目の前に迫る巨大な影は今にも暴れださんとしていたが、それは突如として光に包まれた。 見上げると上空のUFOが何やら極彩色の光線をダークティラノモンへと発している。 そしてダークティラノモンX抗体は光と共に消えていった。 まるでそこには最初から何もなかったかのようにきれいさっぱり痕跡ごと姿を消している。 「何が…起こった!?」 竜崎がたどり着くとそこには奇妙な姿をした男が一人。 頭にはアンテナのような装飾、額には宝石のような物体が生え、目元はサングラスで隠れている。 服装は全体的に肌へ張り付くようにぴっちりとしており、胸には見覚えのあるマーク。 あれはデジタルハザードだったか?と竜崎は記憶の底を探る。 と、その不審者は竜崎が近づいてきたことに気づいたようだ。 「デジモンに跨り異邦人を出迎えてくれるということは、君がこの国の保安官(シェリフ)かな?」 「違うな…俺は警察官(ポリスマン)だ。」 竜崎はティラノモンから降りて慎重に男へと近づく。 何かあればすぐに攻撃しろというハンドサインも密かに交えてティラノモンを後ろへ待機させた。 「なるほど、これは失礼した。私の名はX抗体人721号。先ほどの巨大デジモンは我々が消し去った。」 「なぜ手を貸す?」 「我々X抗体人は地球人類のよき隣人でありたいから…という理由では納得してくれないだろうか?」 冗談めかして言う男に対し、竜崎は首を横に振った。 「実は我々は少々困った事態に遭っていてね…地球人の手を借りたいと考えている。win-winの関係、だったかな?」 目の前の男は両手を上げて武器を持っていないことアピールすると、微笑みながら握手を求めてきた。 竜崎は手を握り返しながら、その笑顔の中に確かに何かを垣間見た気がした。彼の頭の中で警報はまだ鳴り続けている。 こいつの腹の底はまだまだ見えない、と。 ひとまずは彼、X抗体人721号を応接室へと案内することにした。 礼儀は守るが、警戒は解かない。それが刑事という生き物だ。 彼と話をするのはベテランの筧と最初に接触した竜崎、そしてアグモンの3人だけとなった。 「まずは我々X抗体人についての自己紹介からかな?」 いわく、X抗体人とはデジタルワールドの奥のサーバー内で自然発生したデジタル霊長類であるという。 X抗体の性質から、デジモンと日々弱肉強食の生存競争にさらされている、過酷な運命を背負う一族だと。 「それで?困った事態ってのは何だ。」 竜崎の質問に対し、X抗体人はスマホに似た端末を取り出す。 その端末は空中にホログラムを投影した。 「我々が追っているデジモンがいる。」 「さっきのダークティラノモンか?」 「いや、あれは……副作用のようなものだ。」 男の言葉に竜崎の眉がわずかに動く。 「本命は別にいる。名を――マグマティラノモン。」 X抗体人の投影したホログラムに灼熱の肌を持つ黒い恐竜型デジモンが映し出される。 長年の闘争の末、X抗体人は先ほどの円盤を完成させ、敵対するデジモンを消滅させる兵器を搭載するに至った。 だが、それが効くのは一般の成熟期個体まで。 マグマティラノモンは多数のデジモンを従えるボスのようなデジモンだ。 「本来ならば我々X抗体人だけで対処するつもりだった。しかし奴は想定以上に強力でね。地球のデータ圏に逃げ込まれてしまった。」 その際にマグマティラノモンの配下であった恐竜型X抗体デジモンもこちらへと流入してしまったという。 竜崎は腕を組む。 「それで、地球の警察に泣きついてきたってわけか。」 「言い方は乱暴だが、概ねその通りだ。」 X抗体人は苦笑した。 「ヤツはデジタルゲートへと逃げ込んだ。出現地点もすでに予測している。」 空中に光のホログラムが現れる。東京の地図。その一点が赤く点滅した。 「ここだ。三時間以内に現れる確率、97%。」 竜崎の隣にいた筧が地図の指す地点に気づき、目を見張り呟く。 「……臨海副都心。」 「人口密集地だな。」 竜崎も頷く。 「だからこそ君たちの力が必要だ。」 X抗体人は静かに言った。 「奴が現れれば被害は先ほどの比ではない。都市の一角が丸ごと消し飛ぶ可能性すらある。」 室内の空気が重くなる。 「筧さん、上に報告を。」 「今やってる。…あとは現場判断で好きにやれってよ。」 「いつもの丸投げだな。」 「警察なんてそんなもんだ。」 筧は肩をすくめた。 「マグマティラノモンは分類上は成熟期だがその実力は完全体を優に超える。 我々の兵器は効かない。だからこうして君たちに頼むほかない。」 「ダイナモンなら勝てるギャ。」 アグモンが力こぶを見せるようなポーズを取る。 「頼もしいな。」 X抗体人はニヤリと笑った。 「あと2時間少々…作戦を考えねえとな。竜崎、いったん戻るぞ。」 「我々は上空から可能な限り援護すると約束しよう。では2時間後に出現ポイントでまた会おう。」 X抗体人は外へ出ると円盤から差す光に包まれ上空へと消えていった。 「で、すみれの嬢ちゃんはどう思った?」 実はこの応接室は「取調室」だ。 取調室であることを気づかせないために通常の内装が施されているが、外からはバッチリと中の様子が伺える。 すみれも電捜課メインモニターから中の様子を見聞きしていた。 「話の筋自体は通っていると思います。 ただ一つ腑に落ちない点があるとすれば、『なぜ彼らはこちらの世界にやってきたのか』という点ですね。」 彼らの話が本当なら、怨敵であるマグマティラノモンをデジタルワールドから追い出せたその時点でX抗体人の目的は達成されている。 世界を渡ってまで追って倒す理由が全くない。 「俺の勘もヤツはクロだと告げている…だが決定打はない。」 竜崎の勘が外れることはほぼない。 電捜のメンバーはその点については何より信頼している。 「なんにせよ要警戒対象ってことに変わりはねえな。それはそれとして、だ。」 もたらされたマグマティラノモンの襲撃予測地点とその出現時間の情報。 警察としてこれを無視することは絶対にできない。 そして時間もない。 すぐに避難誘導の計画を立て、現場へ向かう準備をする。 その時だった。 「すみれさん!竜崎さん!」 ドアが勢いよく開いた。 飛び込んできたのは剣一だった。 後ろには英一とガオスモンもいる。 「君たち、まだ帰ってなかったのか。」 竜崎が驚く。 「今の話……聞こえちゃって。」 剣一がおずおずと話す。 全てが突然の出来事であったため、彼らは隣の部屋に待機させていた。 しかしデジモンの聴覚は人間とは違う。 ガオスモンがその全ての内容を聞き、剣一と英一(ついでに聞いているのかいまいちわからないレアモン)に話してしまっていた。 「僕も行っていいですか。」 その言葉に室内が静まり返る。 「ダメだ。」 竜崎は即答した。 「これは警察の仕事だ。子供が関わる戦いじゃない。」 「でも!」 剣一は拳を握る。 「ガオスモンなら戦えます!」 「当たり前だろ。俺様と剣一のコンビは最強だからな!」 ガオスモンが胸を張る。 「それでもだ。」 竜崎はしゃがみ、剣一の目線に合わせた。 「警察は子供を戦場に出さない。」 優しい声だったが、揺るがない。 剣一は唇を噛む。 「ねえ剣一君、英一君、今日は帰りましょう?」 「すみれさんもこう言っているしボク達の出番はないかなあ。」 英一は剣一を連れ、部屋を後にした。 不服そうなガオスモンが部屋の中をチラリと未練がましく振り返る。 その視線の先では、竜崎と筧が既に作戦の確認を始めていた。 二人が電捜課ビルから出て行った後、作戦を進める刑事たちはただただ慌ただしかった。 「避難は臨海副都心一帯。警視庁と消防で共同対応だ。」 「時間がねえ。1時間以内に第一段階の封鎖を終わらせる。」 竜崎の声は冷静だが速い。 アグモンはその横で腕を組んでいる。 「大吾、今度の相手は強そうだギャ。」 「分かってる。」 竜崎は小さく息を吐いた。 「だがやるしかない。」 その頃。 家路を歩く二人の少年は無言だった。 先に口を開いたのは英一だった。 「怒られちゃったねー。」 「……うん。」 剣一はうつむいている。 「でもさ。」 英一は立ち止まり、遠くを見た。 夕暮れに染まりつつある東京の街。 「ボク、あの人の言ってることも分かるんだ。」 「え?」 「子供は危ないことするなってやつ。」 英一は笑う。 だがどこか影を感じる笑みだった。 …… 30分後。 現場には筧と竜崎の二人が、オフィスではすみれが各部署との調整を行っていた。 『第1次避難区域の退避、あと15分で完了します。2次区域についても1時間以内に終わるかと。』 すみれからの通信を聞いて筧は安堵する。 「順調だな。」 電捜課の権限はそれなりに強い。 こうしたデジモン案件にすぐには動けない自衛隊に代わり、対処の最前線を任されているというのが一つ。 そして最近は巨大デジモン案件が頻発していたことも、消防や各種関係機関が素直に従ってくれる要因となっていた。 だが、うまくいっているときほどイレギュラーは起こるものだ。 ウー!ウー! 警報がけたたましく鳴り響く。 「な、なんだギャ!?」 『デジタルゲート反応…大きい!?まさかもう!!?』 「あいつは3時間"以内"と言っていた、だがこりゃ早すぎんだろ!」 都市の中心部に巨大な黒い影が現れる。 岩のようにゴツゴツとした肌。体内から溢れるエネルギーが灼熱となってその肌を焼いていた。 背びれはまるで噴火口のように蒸気をあげている。 徐々にはっきりしていくその威容は…先ほど映像で見たマグマティラノモンそのものだ。 「予測より早い!?」 『マグマティラノモン出現しました!大きさは……100m以上を確認!周囲のデータ圧縮率が異常です!』 グオオオオオオオオーーン! マグマティラノモンは東京中に響くかという大きな咆哮と、自らの存在を誇示するかのように真上へ巨大な火柱を吐き上げた。 すっかり暗くなっていた東京の空が真っ赤に染まる。 その様子は遠く離れた子供二人の眼にもはっきりと見えた。 「うわ……」 英一が目を丸くする。 「始まっちゃった……」 剣一の手が震える。それでも剣一は顔を上げて英一へ告げた。 「僕、やっぱり行かなくちゃ。あそこで皆が戦っているんでしょ?」 「うーん、剣一君はどうしたいのかな?」 英一が真剣な眼差しで問う。 英一の問いに、剣一はしばらく黙っていた。 遠くで赤く燃える空を見つめながら、拳をぎゅっと握る。 「……怖いよ。」 ぽつりと本音が漏れる。 「でも、」 剣一は顔を上げた。 「怖いからって逃げてたら、ガオスモンが戦ってる意味がなくなる。竜崎さんたちだって……みんな命がけで戦ってるんだ。」 ガオスモンが腕を組み、ニヤリと笑う。 「へっ、やっと言ったな子分。最初からそう言えってんだ。」 英一は少しだけ考え、それから肩をすくめた。 「うん、わかった。」 「え?」 「行こうか。」 英一はあっさりと言った。 「どうせ止めても剣一君は行くでしょ?」 「……うん。」 「なら一人で行かせるより、ボクも行った方がいい。」 英一はレアモンを見る。 ドットの体がぷるぷると揺れ、小さく頷いた。 「よし、決まり。」 英一はくるりと踵を返す。 「臨海副都心だよね?急がないと終わっちゃう。」 「お、おう!行くぞ剣一!」 ガオスモンが走り出した。 二人の少年もその後を追う。 臨海副都心。 炎に包まれた街の中心で、竜崎はマグマティラノモンの巨体を見上げていた。 それは、まさしく災害だった。 その巨体が一歩踏み出すだけでアスファルトが砕ける。 全身から噴き出す熱気で周囲のビルの窓ガラスが割れていた。 「避難状況は!?」 『第一区域完了!第二区域もまもなくです!』 通信越しのすみれの声が響く。 「よし……」 竜崎は深く息を吸った。 「アグモン。」 「いつでもいけるギャ。」 二人の視線が交わる。 「行くぞ。」 「ギャ!」 光が弾ける。 「アグモン進化ァ!!」 眩い光の中で巨大なシルエットが形成される。 「ダイナモン!!」 轟音と共に深紅の恐竜王が着地した。地面が揺れる。 マグマティラノモンの視線がゆっくりとこちらへ向く。 グオオオオオオオオ!! 怒号のような咆哮。 だがダイナモンは一歩も引かなかった。 「来いよ、デカブツ。」 ダイナモンが低く呟く。 次の瞬間、マグマティラノモンが巨大な火炎を吐き出した。 「ダイナモン!」 竜崎の掛け声に合わせ、爆炎を突き破り、ダイナモンが一直線に突っ込む。 灼熱の爪がマグマティラノモンの胸に傷跡を付け、火花と溶岩のようなデータが飛び散る。 グオオオオオ!! 怒りの咆哮。 マグマティラノモンの尾が振り回される。 「ぐっ!」 ダイナモンの巨体がビルを二つ突き破って吹き飛ばされた。 『ダメージが大きい!?』 すみれの声が緊迫する。 だが瓦礫の中から深紅の影がゆっくりと立ち上がる。 「……まだギャ。この程度で終われないギャ。」 再び突撃しようとしたその瞬間だった。 空が光る。 上空、銀色の円盤―― X抗体人のUFOが静かに浮かんでいた。 『援護する。』 通信が入る。 次の瞬間、極彩色の光線がマグマティラノモンへ降り注いだ。 ドオオオオン!! 巨大な爆発。 マグマティラノモンの体が大きく揺らぐ。 「……助かったか?」 筧が呟く、しかし。 煙の中から現れた影を見て、竜崎は目を細めた。 マグマティラノモンは――ほとんど無傷だった。 「効いてない……?」 竜崎が呟く。 一方、UFOの中でX抗体人721号が静かに笑った。 「来たか。」 モニターにはマグマティラノモンとダイナモン。 そして別の画面には……こちらへと走ってくる二人の少年。 渡剣一、そして津村英一。 「そろそろ舞台に上がってもらおうか。」 男の指が端末を叩く。 「……観客が揃ったところで、幕を上げるとしよう。」 ピッ!と端末が音を立てると共に少し離れたところで無数のデジタルゲートが開こうとしていいた。 そして彼の視線の先、モニターの中ではマグマティラノモンが再び咆哮している。 地上では戦闘が続いていた。 マグマティラノモンの体表に、まるで溶岩の血管のような光の筋が走る。 「なんだ……?」 地上でその異変を見た竜崎が眉をひそめた。 次の瞬間。 ドォォォォン!! マグマティラノモンが地面へ拳を叩きつけた。 衝撃波が街路を走る。 アスファルトが割れ、ビルの外壁が崩れ落ちる。 「被害が広がってるギャ!」 ダイナモンが尾で瓦礫を払いながら叫ぶ。 「ダイナモン、距離を詰めろ!懐に入れば火炎は――」 竜崎が指示を出そうとした、その時だった。 ドォン!! 「なっ……!?」 地面が揺れる。舞い上がる粉塵。 周囲にいたのは3体のダークティラノモンX抗体だった。 「新しい敵……?」 筧が息を呑む。 UFOの中で721号が静かに告げた。 「ダイナモン一体では、さすがに荷が重いだろう?」 そう言いつつも怪しまれぬようにX抗体人は通信を入れる。 『すまない、我々の兵器は1度使用すると数分のチャージが必要だ。少し持ち堪えてくれ。』 次の瞬間、3体のダークティラノモンの3つの口が一斉に炎を吐いた。 咄嗟に防御姿勢をとろうとしても防ぎきれるものではない。 ドガァァァン!! 爆煙。 衝撃でダイナモンの巨体が数十メートル吹き飛ぶ。 「ぐあっ……!」 「ダイナモン!!」 竜崎の声が響く。 地面に叩きつけられたダイナモンが膝をつく。 前方にはマグマティラノモン。 そして三方からダークティラノモンX抗体。完全に囲まれてしまっている。 「少々、分が悪いか…?」 竜崎の頬を汗がつたう。その時だった。 遠くの道路から声が響く。 「竜崎さん!!」 竜崎が振り向く。 瓦礫の向こうから走ってくる二つの小さな影。 「剣一君!?それに英一君まで……!」 ガオスモンがウィンクを飛ばす。 「遅れて悪かったな!助っ人だ!」 竜崎は一瞬驚いた顔をしたが、すぐに表情を引き締めた。 「来るなと言ったはずだ!」 「でも来ちゃいました!」 剣一は息を切らしながら叫ぶ。 「ガオスモンなら戦えます!」 ガオスモンがニヤリと笑う。 「言っただろ?俺様と剣一は最強だってな!」 その言葉に、上空のUFO内でX抗体人が満足げに頷いた。 「そうだ、それでいい。」 モニターにはガオスモン。 彼の瞳に映る戦場。 「さあ……見せてもらおう。」 男の口元が歪む。 「君の“本当の力”を。」 地上では。 ガオスモンの体から黒い電流のようなエネルギーが走り始めていた。 バチッ! バチバチッ! 剣一のデジヴァイスが激しく光る。 「ガオスモン!」 「任せろ剣一!」 二人の声が重なる。 「ワープ進化ァ!!」 眩い光が夜の戦場を照らした。 光の柱が空へと突き上がる。 黒い稲妻のようなデータが渦を巻き、ガオスモンの小さな体を飲み込んだ。 「ス ピ ノ モ ン!!」 ドォン!! 光が弾け、巨大な恐竜型デジモンが地面に降り立つ、スピノモンだ。 刃のような鋭い背びれがギラリと金属光沢を放つ。 「待たせたな。」 低い声が響く。 竜崎は一瞬だけ目を見開いた。 「……剣一。」 スピノモンはダイナモンの隣へと歩み出る。 「おいダイナモン。囲まれてるみてぇだな。」 ダイナモンが牙を見せて笑った。 「遅いギャ。だが助かるギャ。」 三方にはダークティラノモンX抗体。正面にはマグマティラノモン。 巨大な恐竜型デジモン六体が睨み合う異様な光景だった。 筧が思わず呟く。 「……怪獣映画じゃねえか。」 竜崎は短く言う。 「違う。これは戦場だ。」 グオオオオオオオ!! マグマティラノモンが咆哮し突進してくる。 地面が割れ、ビルが震える。 「来るギャ!」 ダイナモンが正面から突っ込んだ。 ガッッ!! 二体の巨大恐竜が激突する。 灼熱の爪と溶岩の拳がぶつかり、火花のようなデータが飛び散る。 一方で、 「行くぜ雑魚ども!」 スピノモンが尾を振るう。 ドゴォン!! 一体のダークティラノモンX抗体が吹き飛び、ビルに叩きつけられた。 動かなくなったダークティラノモンはそのまま粒子となり消えていく。 「つええ……」 筧が思わず呟く。 まだ敵は二体残っている。 その二体のダークティラノモンが左右から炎を吐いた。 ドォォォ!! スピノモンは腕で炎を弾き飛ばしながら前へ出る。 「そんな火じゃ俺は止まらねえ!」 背びれが発光する。 バチバチバチ!! エネルギーが背びれから頭部へと集まる。 「喰らえ!」 ゴォォォォォォ!! 青白い奔流が一直線に走る。 ダークティラノモンX抗体の一体が直撃を受け、爆散した。 残る一体も衝撃で吹き飛ぶ。 その様子をUFOの中から見ていたX抗体人721号は満足そうに頷いた。 「やはり……」 モニターに映るスピノモン。 「その力。」 指が端末を叩く。 「素晴らしい。」 次の瞬間だった。 マグマティラノモンの体に赤い光の線が走る。 「……?」 竜崎が眉をひそめる。 グオオオオオオ!! マグマティラノモンが突如として暴れ出した。 ドォン!! 巨大な尾が振り回され、ダイナモンが吹き飛ばされる。 「ぐあっ!」 さらに。 ゴォォォォ!! マグマティラノモンの口から放たれた火炎が―― 味方であるはずのダークティラノモンX抗体を焼き払った。 ドガァァァン!! 爆発。 「なんだ!?」 筧が叫ぶ。 すみれの通信が入る。 『マグマティラノモンの行動パターンが変化しています!』 地上では。 マグマティラノモンが再びスピノモンへ突進していた。 「来るぞ!」 スピノモンが構える。 ドォォォン!! 二体の巨大恐竜が激突する。 凄まじい衝撃。 だが次の瞬間―― マグマティラノモンの拳がスピノモンの胸にめり込んだ。 「ぐっ……!」 スピノモンの体が数十メートル吹き飛ぶ。 「スピノモン!」 剣一の声が響く。 瓦礫の中でスピノモンがゆっくり立ち上がる。 「……へっ。」 口元からデータがこぼれる。 「面白くなってきたじゃねえか。」 「うああああああ!」 剣一の身体から激しい怒りのオーラが漏れ出す。 「いいぞ。」 モニターにはスピノモン。 「その怒り。」 もう一つのモニター。 そこには剣一の顔。 「もっと見せてくれ。」 X抗体人は全てが自らの計画通りに進んでいることに笑いを堪えることができなかった。 現場全ての注意がマグマティラノモンに向き、だれもUFOに気を止めていない今、この瞬間。 最大のチャンスがここにあった。 「さあ。最後の仕上げと行こうか。」 彼の指が最後のコマンドを押す。 UFOから突如光の柱が伸び、剣一の身体を包み込む。 突然の事態に周囲にいたデジモンも人間も対処が追い付かなかった。 まるで重力そのものが逆転したかのように、剣一の身体は宙に浮き、そのままUFOへと吸い込まれていった。 アブダクション。 そう形容するしかない一瞬の出来事だった。 「剣一君!?」 竜崎の叫びが夜空へ吸い込まれる。 「剣一!?剣一ぃぃぃ!」 スピノモンの慟哭がこだまする。 だが、次に異変が起こったのはスピノモンだった。 「ンン!??グァァァァ!!」 急に苦しみだすスピノモン。 と、上空のUFOから空にホログラムが投影され、X抗体人が姿を現す。 『誤解しないでほしいな。彼は少し借りるだけだ。』 X抗体人721号の声だった。 『紹介がまだだったな。こちらは私のパートナーデジモンのマグマティラノモン。』 マグマティラノモンが通信に呼応するかのようにUFOの真下へ移動する。 『そして……』 スピノモンの体に、見慣れない光の紋様が走る。 バチッ! 背びれの根元に赤いリング状のデータが出現し、そこから無数の細い光線が体内へと伸びていく。 『我々の新しい仲間、スピノモンだ。』 そして、スピノモンの瞳の色が変わった。 深い赤へ。 「スピノモン……?」 竜崎の声が低くなる。 次の瞬間。 ドォン!! スピノモンの尾が振るわれた。 それはダイナモンへ向けてだった! 「ぐっ!?」 ホログラムが再び投影される。 『我々は長い間探していた。』 モニターにはスピノモン。 『この力を。』 そして別の画面。 そこには椅子に拘束された剣一の姿が映っていた。 頭には奇妙な機械が被せられている。 『彼のデジヴァイスと脳波は完全にリンクしている。』 「何をした!」 竜崎が怒鳴る。 『簡単なことだ。』 X抗体人の声は楽しそうだった。 『君の友人を使って、スピノモンを操っているだけさ。』 「スピノモン!!正気に戻れギャ!!」 ダイナモンが叫ぶ。 だが返事はない。 代わりに背びれが光る。 バチバチバチッ!! エネルギーが集中する。 「まずい!」 竜崎が叫ぶ。 ゴォォォォォ!! 光線が放たれた。その先にいるのは竜崎や筧達。 人間を直接狙った攻撃だ。 ダイナモンが横に跳び、その攻撃を受け止める。 軌道の逸れた光線により、斜め後ろのビルが真っ二つに裂け、爆発した。 ダメージの蓄積でダイナモンの進化が解除され、アグモンへと戻る。 「威力が上がってる……!」 すみれの声が通信から震える。 『スピノモンの出力が戦闘開始時の150%を超えています!』 先ほどまでマグマティラノモンの猛攻でも傷つかなかったダイナモンが一撃でダウンさせられた。 その事実がスピノモンの強さを雄弁に物語る。 「完全に制御されてるってことか……」 竜崎が歯を食いしばる。 『フハハハハハ!!予想以上のパワーだ!実に素晴らしい!』 X抗体人が満足気に拍手を送る。 『さて、デモンストレーションはこの辺で仕舞いとしようか。我々の目的は都市の壊滅ではないのでね。』 UFOから光の柱が伸び、マグマティラノモン、スピノモンを包み込む。 そのまま吸い込まれるように2体のデジモンは消えていった。 『さらばだ、警察の諸君。また会えることを期待しているよ。』 UFOはいずこかへ飛び去っていく。 あとに残されたのはガレキの山とぐったり倒れこんだアグモンだけだ。 無力感、そして敗北感。 残された者たちを支配するのはそのような感情だけだった。 東京の空は静まり返っていた。 …… 「ボクは…ボクは…」 英一の慟哭は風へ流れていく。 竜崎と筧にはかける言葉がなかった。 あの時、剣一を止めるべきだった。 その強い後悔が英一の心を支配していた。 「……今日は家に帰るよ。」 やっとのことで絞り出した声は今にも消えそうだった。 「…なら送っていくぞ。一人は危険だ。」 筧が手を差し出す。 それを払いのけたのはレアモンだった。 ドットの頭を横に振って必死に英一を庇う。 「今はそっとしておこう。」 そう声をかけたのは竜崎だった。 「あの瞬間、X抗体人は英一を狙うこともできた。それをしなかったということは彼はターゲットではないのだろう。」 「…そうだな。レアモン!英一をしっかりと守ってやれ。」 レアモンはこくこくと大きく頷いた。 竜崎と筧は傷ついたアグモンの治療のこともあり、電捜課オフィスに一旦戻って来ていた。 竜崎は拳を強く握り締めた。 「……くそっ。」 その横で筧が深く息を吐く。 「完全にやられたな。」 アグモンがかすれた声で言う。 「剣一……連れていかれたギャ……。」 竜崎はゆっくりと立ち上がる。 顔には怒りよりも、冷たい決意が浮かんでいた。 「すみれ。」 「はい。」 「UFOの追跡は。」 「見失ったわ。新宿・渋谷方面へ向かう目撃情報が最後。 どこかへ着陸していると思われます。」 「だが消えたわけじゃない。」 竜崎は静かに言った。 「必ずどこかにいる。」 そのとき。 アグモンがゆっくり立ち上がった。 「大吾。」 「まだ休んでろ。」 「違うギャ。」 アグモンは窓の向こうを見ていた。 UFOの飛び去った方向を。 「まだ終わってないギャ。」 竜崎が顔を上げる。 遠くの空。半分の月だけが空にぽっかりと浮かんでいた。 その直後、東京中の空に、巨大なホログラムが出現した。 夜空を覆うほどの大きさ。 そこに映し出されたのは――X抗体人721号だった。 街の至る所から悲鳴が上がる。 ビルの屋上、道路、テレビの中継、すべての画面が同じ映像に切り替わる。 『突然の訪問を許してほしい。』 筧が低く呟く。 「犯行声明ってやつか。」 竜崎は黙ってホログラムを見上げている。 X抗体人はゆっくりと歩きながら話し始めた。 『先ほど我々は、地球人と友好を結ぶべく接触を図った。だが残念ながら交渉は決裂してね。』 男は肩をすくめる。 『そして地球の警察には、我々を排除する力はなかった。』 竜崎の拳がわずかに震えた。 ホログラムの背後に、新しい映像が映し出される。 そこには――拘束された剣一の姿。 頭にはあの奇妙な機械。 そして隣には、赤い瞳のスピノモン。 街のあちこちから悲鳴が上がった。 『紹介しよう。』 X抗体人は誇らしげに言う。 『これが我々の新しい戦力だ。』 スピノモンの背びれが赤く発光する。 『そして――』 画面が切り替わる。 今度は別の巨大な影、黒い溶岩のような皮膚、マグマティラノモン。 『この二体が揃えば、地球の都市など簡単に灰になる。』 沈黙。 次の言葉は、はっきりとした脅迫だった。 『だが安心してほしい。我々は無意味な破壊を好まない。』 ホログラムの背景に地図が現れる。 東京。 その周囲に赤いラインが引かれていく。 『我々が求めるのは――土地だ。そして資源。』 筧が目を見開く。 「まさか……」 『東京湾岸一帯を我々X抗体人の居住区として提供してもらう。期限は48時間。』 画面にカウントダウンが現れた。 47:59:58 『もし拒否するなら――』 先ほどの戦闘の一部、マグマティラノモンが咆哮する映像。スピノモンの光線がビルを両断する映像。 『東京は灰になる。』 X抗体人は深く一礼した。 『諸君の賢明な判断を期待しているよ。』 そして、ホログラムは静かに消えた。夜空には再び月の明かりだけが残る。 しばらく誰も言葉を発しなかった。 やがて筧が低く言う。 「……とんでもねえ野郎だ。」 竜崎は静かに答えた。 「最初からこれが目的だった。」 アグモンが唸る。 「剣一を人質にして、スピノモンを兵器にするつもりギャ。」 プルルルル! 電捜課オフィスの電話が鳴る。 筧がそれに応答した。 「…警察は今回の件から手を引けってさ。」 どうやら上からの命令のようだ。 もはや電捜だけで解決できる規模ではないと判断されたらしい。 「そんな…」 すみれも頭ではわかっている。でも納得はできない。 「上はどうする気だ?自衛隊でも出すか?」 今後について、竜崎は思案する。 「いや…自衛隊では無理だろうな。」 筧は冷静に分析した。 自衛隊の戦力は基本的に集団戦闘に慣れ、統率力に優れた成熟期が中心だ。 しかしそれではスピノモンやマグマティラノモンと戦う以前にUFOからの消滅光線に歯が立たない。 「そうなったら"奴ら"が出てくる。」 「"奴ら"か。」 竜崎の声にも緊張が走る。 名前を呼んではいけない部隊。 元デジモン犯罪者を集めた集団。 敗戦処理専門の最低野郎達。 彼らは政府直属で汚い仕事を専門に請け負う。 そして彼らの通った後には草木一本すら残らない、と言われていた。 「それじゃあ剣一君は…」 そう、噂に聞く彼らが人質の命を優先するとはとても思えなかった。 すみれは絶望に顔を歪める。 その時。 pipipi!pipipi! 再びの着信音。 今度はすみれのスマホが鳴った。 『あ、すみれさん?英一だよー。UFOを見つけたから今から剣一君を助けに行くね。』 英一は一方的に伝える通話を切る。 そして地図が添付されたメールが送られてきた。 「この場所は…神宮外苑?」 時は少し前まで遡る。 …… 英一は夜空を見上げていた。 レアモンが隣でぷるぷる揺れている。 ホログラムの声明を見終えた英一は、ぽつりと言った。 「剣一君、助けないとね。」 その声には、少しだけ怒りが混ざっていた。 英一は昭和生まれで、ついこの前までデジタル機器というものに全くと言っていいほど触れたことがなかった。 こちらへ来てから渡されたスマートフォン。 初めて触るその機械を彼は瞬く間に使いこなしていった。 彼自身がデジタル体の肉体になったことでデジタル機器との親和性が上がったのだろうか? ともかく、彼はその現代の利器で、UFOのおおよその位置を絞り込むことに成功していた。 SNSの目撃情報で方角を、地図アプリからUFOの着陸できそうな空白地帯を。 英一はスマートフォンの画面をスワイプしながら、淡々と情報を整理していく。 その指の動きはどこかぎこちない――けれど確実だった。 「目撃情報……投稿時間も考慮して……ここ、ここ……あとここも。」 画面上にいくつものピンが打たれる。 それらを線で結ぶと、一つの円が浮かび上がった。 「確かに、あんなデカいの着陸させるなら……ここしかないよね。」 英一が指差したのは、神宮外苑の一角。 周囲に建物がなく、巨大なUFOを邪魔なく置ける場所。 上空からの進入が容易で、かつ夜間は人が少ない場所。 「……行こう、ヘ〇ラ。」 英一の声は静かだったが、決意は固い。 レアモンがぷる、と震える。 そのドットの体が、わずかにノイズのように揺れた。 …… 同時刻、電脳捜査課。 「単独で突っ込む気か、あの坊主……!」 筧が舌打ちする。 「なあ筧さん。俺の特技は命令違反と始末書の提出だ。 ここは俺たちに行かせてくれないか?」 「は?やなこった。竜崎、連帯責任だ。全員で行くぞ。」 「ええ、私も行きますよ。それにシンドゥーラモンに乗っていくのが一番早いでしょ?」 シンドゥーラモンも静かにうなずく。 竜崎はコートを翻し、振り返る。 「アグモン、行けるか。」 「当然だギャ。」 その声には、先ほどまでの疲労はもうなかった。 「借りは返すギャ。必ずな。」 …… 神宮外苑。 夜の静寂は、異物によって破られていた。 地面にめり込むようにして鎮座する銀色の円盤。 「うわ……近くで見ると、でっか……」 まだ少し距離はあるものの、その大きさに圧倒される。 「さて…ボク達ならできるかな。」 まずは探知に引っかからないようにUFOそのものへと近づかなくてはならない。 英一は地面に身を低くし、UFOの方角をじっと見据えた。 「……あそこ、センサーあるね。」 銀色の外殻のあちこちに、小さく点滅する光点。規則的に明滅しているそれは、どう見ても監視装置だった。 「普通に近づいたらバレるかなあ。」 レアモンがぷる、と震える。 英一は少し考え――そしてにやりと笑った。 「でもさ、ボクたち“普通”じゃないよね。」 そう言って、体を伏せる。 UFOの着陸している広場は野球場だ。芝生が敷き詰められている。 わずか数cmしかない芝だが、英一とレアモンが伏せるとその体のほとんどが見えなくなってしまった。 そう、彼らの身体は非常に薄い。 「よし、行こう。」 二人は地面を這うようにして前進する。 ピッ……ピッ…… センサーの光が頭上をなぞる。 だが――反応はない。 「いける。」 英一は小さく呟いた。 そして彼らはUFOの外壁まで問題なくたどり着いた。 「ここかな。」 それはとても人間が入れそうにない隙間。 だがドットの身体を持つ英一とレアモンの"薄さ"なら侵入できそうな大きさのスリットだった。 英一は迷わずそこへ身体を滑り込ませた。 スッ…… まるで紙切れが潜り込むように、彼の身体が内部へと入り込む。 レアモンも続いた。 内部は静かだった。 「……うわ。」 英一は思わず声を漏らす。 壁も床も天井も、すべてが淡い光を放つ金属で構成されている。 だがそれはただの機械ではない。脈動している。まるで生き物の内部のように。 「気味悪いなあ……」 レアモンがぴたりと英一の背に張り付く。 遠くから、機械音と足音。 「……来る。」 英一は即座に壁へと身体を押し付けた。 そしてあらかじめ用意していた灰色の布を持つ。 壁の厚みに違和感はない。そして、色の違いもよく見なければ気づかれないはずだ。 カツ、カツ、カツ…… 通路を歩くのは――X抗体人。 先ほどの721号と同じ種族らしき個体が二人。 「被験体の状態は?」 「安定している。適合率は予想以上だ。」 英一の目がわずかに見開かれる。 (被験体……剣一君のことだ。) 「スピノモンの出力も順調に上昇中だ。このままいけば完全制御も時間の問題だろう。」 「統制官様も上機嫌だな。あの個体にそこまでの価値があるのか?」 「あるさ。見ただろ、あの戦闘能力を。我々の使役するデジモンにもあそこまでの個体はいない。」 足音が遠ざかっていく。 静寂。 「……今の、聞いた?」 英一が小声で言う。 レアモンがこくりと頷く。 「完全制御って……スピノモン、戻らなくなっちゃうかもね。」 英一の声は淡々としていた。 だがその目は笑っていない。 「急ごう。」 通路を進む。 何度か巡回をやり過ごしながら、奥へ、奥へ。 やがて―― 「……ここだ。」 英一が立ち止まる。 扉。 だがその前にはまたも二人のX抗体人。 「……見張りだね。」 英一は小さく笑う。 「でもこっちに気づいてない――いける。」 壁を背に滑るように移動し、背後へ回り込む。 そして。 ニュッ。 何も知らなければ唐突に壁から腕だけが飛び出したように見えたはずだ。 「うわっ!?」 一人のX抗体人が驚いた瞬間―― ベシャッ! レアモンの粘性のある腕が見張りの顔面を覆う。 「むぐっ!?」 そのまま息が詰まり身動きが取れなくなる。 「何事だ!ってああ?」 もう一人も英一に足を引っ掛けられ転倒する。 数秒後。 二人は完全に沈黙した。 「……ごめんね、でも急いでるから。」 英一は軽く手を合わせる。 そして二人が守っていた扉へと近づく。 他よりも大きく、厳重なロックがかかっている。 「いかにもって感じ。ヘ〇ラ……いける?」 レアモンはこくこくと頷く。 レアモンの身体が認証システムに張り付き、機械を浸食していく。 カチ、カチ、カチ…… プシュー… 「……よし。」 ロックが解除された。 静かに扉が開く、その中にあったのは―― 「剣一君!」 椅子に拘束された少年の姿。 頭には、あの奇妙な機械。 無数のコードが伸び、壁の装置へと繋がっている。 横には透明なガラスケースのような物体に閉じ込められたガオスモンもいる。 「……英一……?」 かすれた声。 目は開いているが、焦点が合っていない。 「待ってて、今外すから。」 英一は駆け寄る。だが―― ピィィィィィィ!! 赤い警告灯が点灯する。 『侵入者発見。侵入者発見。』 無機質な声が響いた。 「うわ、やっぱりバレたか!」 英一が舌を出す。 扉の外から足音が殺到する。 「急いで!」 レアモンがコードに取りつき、腐食のように溶かしていく。 ジュウゥゥ…… 「あと少し……!」 ガチャッ!! 扉が開く。 「侵入者だ!」 X抗体人達がなだれ込んでくる。 無機質な叫びとともに、金属の床を踏み鳴らす足音が一斉に押し寄せる。 「っ、来た!」 英一は振り返りざま、近くにあったパネルを蹴り飛ばした。火花が散り、一瞬だけ照明がちらつく。 「ヘ〇ラ、時間稼いで!」 レアモンはぷるりと震え、茶色い汚物を一斉にまき散らす。 ベチャァッ!! 床一面に広がる粘体。踏み込んできたX抗体人の足が絡め取られ、次々と体勢を崩す。 「な、なんだこれは!?」 「動けん――!」 その隙に、英一は剣一の頭部の装置へと手を伸ばす。 「あと一個……!」 最後のケーブルを引き抜いた瞬間―― バチン!! 火花とともに装置が停止した。 「ぐっ……あああああっ!!」 剣一の身体が大きく震える。だが次の瞬間、彼の目に光が戻った。 「英一くん……?」 「うん、迎えに来たよ。」 英一はにっと笑う。 「立てる?」 「……うん、なんとか。」 拘束を外され、ふらつきながらも立ち上がる剣一 「おいおい、俺を置いていくなよな!?」 機械によるリンクが切れたため、ガオスモンも元に戻ったようだ。 ガオスモンが内側から体当たりを繰り返すとケースにひびが入る。 ピシッ――パリン!! ガオスモンの体当たりがついに臨界を超え、透明なケースは粉々に砕け散った。 「ガオスモン!」 「ガオッ!!」 解き放たれたガオスモンは一直線に剣一へと駆け寄る。 互いにぶつかるようにして再会を確かめ合うその姿に、一瞬だけ戦場の空気が緩んだ。 だが…… 「感動の再会は後だよ!!」 英一の叫びと同時に、通路の奥から新たな影が現れる。 重い足音。 他の個体とは明らかに違う、威圧感。 「……やあ。」 低く、よく通る声。 そこに立っていたのは――X抗体人721号だった。 「まさかここまで侵入されるとはね。評価を改めよう、残りかす……いや、“旧時代の忘れ物”の少年。」 すっ転んでいる雑兵のX抗体人をいたわることなく踏みつけ、こちらへと近づいてくる。 721号の視線が英一を射抜く。 「剣一君!下がって!」 「う、うん!」 英一は前に出る。レアモンもぴたりと寄り添う。 「ボクたち、もう帰るんで。通してくれない?」 軽口のように言うが、その声には一切の揺らぎがない。 721号はわずかに口角を上げた。 「断るよ。」 次の瞬間―― ズンッ!! 大きな振動。UFOが地面を離れ、飛び立とうとしていた。 「こうすれば君たちに逃げ場はないだろう?」 ズン……ッ、と腹の奥に響くような振動が走る。 足元の床がわずかに傾き、重力の感覚が狂う。 「っ……浮いた!?」 剣一が壁に手をついて踏ん張る。ガオスモンも低く唸り、バランスを取る。 721号は微動だにしない。 むしろ、その表情には余裕すら浮かんでいた。 「高度はすぐに上がる。落ちれば命はないぞ?。」 「……そうでもないと思うけど?」 英一がぼそりと返す。 その瞬間―― ゴゴォォォォン!! UFO全体が大きく揺れた。 「むっ……!?」 壁の照明が一瞬明滅する。 外部から何かが叩きつけられたような衝撃。 英一がにやりと笑う。 「ね?」 721号の眉がわずかに動く。 「……警察か。」 その推測を裏付けるように、通信のようなノイズが一瞬走った後、外の様子が映し出される。 ――外。 神宮外苑の地上では、 「まだ上がらせるな!!」 竜崎大吾の咆哮とともに、ダイナモンの巨躯がUFOに組み付いていた。 両腕を突き立て、無理やり浮上を押さえ込んでいる。 金属が軋み、火花が散る。 「言われなくてもやってるギャ!!」 ダイナモンの爪が外殻に食い込み、機体の姿勢を強引にねじ曲げる。 「やれっ!」 X抗体人が四角いデバイスを掲げる。 空が割れ、赤黒い巨体が姿を現す。 「来やがったか……!」 筧が舌打ちする。 マグマティラノモン。 全身から溶岩のような熱を噴き上げ、咆哮を上げる。 「グオオオオオオオッ!!」 「くっ……二正面か……!」 竜崎の表情が引き締まる。 「大吾!」 「わかってる!」 ダイナモンは一瞬だけ視線を落とし――再びUFOを押さえつける力を強めた。 「任されたわ!」 その声に応えるように、空から影が舞い降りる。 鋭い嘴。 「行くわよ、シンドゥーラモン!」 すみれの声とともに、シンドゥーラモンが急降下。 マグマティラノモンの顔面へと鋭い一撃を叩き込む。 バギィィン!! だが、敵は止まらない。 「効いてない……!」 「時間稼ぎでいい!英一たちが中にいる!」 竜崎の叫び。 マグマティラノモンの猛攻に耐えながらもダイナモンはUFOを地に堕とそうと力を込める。 ――その頃、UFO内部。 「外が騒がしいね。」 英一が軽く肩をすくめる。 721号は静かに目を細めた。 「……計算外だ。だが問題ない。できればアレは使いたくなかったのだがな……」 不機嫌さを隠さず、彼は指を軽く鳴らす。 パチンッ。 次の瞬間―― ゴゴゴゴゴ…… UFOが激しく振動した。 「統制官、アレはまだ未完成では!?」 仲間である別のX抗体人が制止するかのように進言する。 「どの道このままでは我々に先はない。この状況で戦力を遊ばせるわけにはいかんのだよ。」 UFOのハッチが開き、逆光の中から巨大な影が空中に姿を現す。 影は外の様子を映すモニター、その全面を覆いつくした。 「……な、なんだコレ。」 英一の顔から笑みが消える。 金属の軋む音。 金色の被膜に覆われた巨大な翼、足のない下半身、長い黄金の尾、鋭い爪、そして長く伸びる機械の首を持つ巨竜。 尾から頭までその威容は200mを優に超えていた。 「これが我らの科学力を結集しメギドラモンをサイボーグ化した真なる機械竜。その名も『メカギドラモン』だ。」 721号が冷たく言い放つ。 「その少年は返してもらう。そして――君たちはここで消える。」 メカギドラモンの口元に光が収束し始める。 赤いレーザー光線。 その一撃が、ダイナモンを背後から撃ち抜いた。 「ぐああああああッ!!」 灼熱の光線がダイナモンの胸部を貫き、巨体が地面へと叩きつけられる。 衝撃で神宮外苑の地面が波打ち、芝生がえぐれ、土煙が夜空へ舞い上がった。 UFOは自由を取り戻し、上空へと飛び立つ。 「ダイナモン!!」 竜崎の叫びが夜を裂く。 「っ……まだ、だ……!」 ダイナモンは歯を食いしばるように身体を起こす。 上空では――メカギドラモンが悠然と旋回していた。 長い首が地上を見下ろし、無機質な機械の眼が獲物を捉える。 「なんて化け物……!」 すみれが息を呑む。 更に、マグマティラノモンがダイナモンの前に立ちはだかる。 「ちょっとマズいかギャ…」 ダイナモンも連戦でボロボロの身体に鞭を撃ち、立ち上がる。 「くそっ!」 竜崎が歯噛みする。 空にはメカギドラモン。 地上にはマグマティラノモン。 「挟み撃ちってやつかよ……!」 筧が舌打ちする。 「……今の、ダイナモン!?」 剣一が顔を青ざめさせる。 英一は一瞬だけ目を閉じた。 だがすぐに開く。 「助けに来てくれてる。なら――ボクたちは“やること”やるだけだよ。」 その声には迷いがなかった。 721号はわずかに興味深そうに首を傾げる。 「ほう……まだ抗うか。」 「当たり前じゃん。」 英一は肩をすくめる。 「だってさ――」 その目が鋭く光る。 「ボクたち、“取り返しに来た側”だから。」 英一が持つドットの塊……デジヴァイスから光があふれだす。 M A T R I X E V O L U T I O N       ■■■■          ■■■■■■■■       ■■■■■■■■■■      ■ ■■   ■■■     ■    ■■■■  ■    ■   ■■■■■■  ■  ■ ■  ■ ■■ ■  ■   ■■  ■ ■■ ■ ■     ■■■■■■■■■■      ■ ■    ■ ■     ■  ■    ■  ■   ■  ■ ■■■■ ■  ■  ■  ■■    ■■  ■   ■■        ■■   ■    ■■■■    ■  ■■■■■■  ■■■■■■ 「「エクスヒデカズモン!」」 眩い光の中で、英一とレアモンは一つの新たなる生命体となった。 「ボクがコイツを止めるから、剣一君は外の援護へ向かって!」 ややくぐもった声。エクスヒデカズモンが剣一へと声をかける。 「させると思うか?」 X抗体人がパネルを操作すると、UFO内部のあちこちからアームのような物が伸びてくる。 アームは生き物の触手のように蠢きながら、一斉にエクスヒデカズモンへと襲いかかる。 「うわ、ベタすぎる防衛機構!」 軽口とは裏腹に、その動きは速い。だが―― ギュンッ!! エクスヒデカズモンはその全てを受け止める。 次の瞬間には、複数のアームが“破壊された状態で”床に転がっていた。 「その程度じゃ、止められないよ。」 攻撃してきたアームを握り返すだけ。 それだけで、次々とアームが粉砕されていく。 「……データ生命体同士の融合か。興味深い。」 721号の声に、わずかな愉悦が混ざる。 「剣一君、今!」 「わかった!」 剣一はガオスモンと共に駆け出す。 だがその進路を遮るように、床から新たな壁がせり上がった。 ガコンッ!! 「くっ……!」 「逃がすと思うか。君の適合値は我々にとって“鍵”なのだよ。」 721号の視線が剣一を捉える。 その瞬間―― ドンッ!! 壁が内側から吹き飛んだ。 「オオオッ!!」 ガオスモンの体当たり。 粉砕された壁の向こうに、脱出経路が開ける。 「行って!」 エクスヒデカズモンの一喝。 剣一は一瞬だけ振り返る。 「……絶対、戻ってくるから!」 「うん、待ってる。」 短い会話。だがそれで十分だった。 通路を曲がるともう英一の姿は見えなくなる。 走って、走って、走って。 剣一とガオスモンはやがて外が見える窓のある場所へとたどりついた。 「ガオスモン!」 あとはこの窓をぶち破れば脱出できる。 「任せろ剣一!ヘッドストライク!」 ガオスモンの頭突きでガラスが割れる。 外は空。 覚悟を決めた二人は真っ逆さまに落ちてゆく。 風が裂ける。 夜の空気が、剣一の頬を鋭く打った。 「――っ!!」 急激な落下。視界はぐるぐると回転し、遠くの地上が一瞬で迫ってくる。 「ガオスモン!!」 「任せろォォ!!」 その瞬間―― 光が爆ぜた。 ガオスモンの体が膨張し、骨格が軋み、背びれが伸びる。鋭い牙が露出し、瞳が燃え上がる。 進化の咆哮が夜空を引き裂いた。 「スピノモン!!」 巨体が空中で姿勢を制御する。尾がしなり、空気を叩き、落下の勢いを無理やり相殺する。 ドンッ!! 地面すれすれで体勢を立て直し、芝生をえぐりながら着地した。 「はぁ……はぁ……!」 スピノモンの肩にしがみついたまま、剣一は荒く息を吐く。 だが、休んでいる暇はない。 上空―― 銀色のUFOが不安定に揺れながら浮かび、その周囲を、黄金の怪物が旋回していた。 メカギドラモン。 その口元に再び光が集まり始める。 「まずい……!」 地上では、ダイナモンがマグマティラノモンと激しくぶつかり合っていた。 爪と爪がぶつかり、衝撃波が周囲の空気を震わせる。 だが―― 「くっ……!」 ダイナモンの動きは明らかに鈍い。 先ほどのレーザーのダメージが大きすぎる。 「このままじゃ……!」 剣一の歯が鳴る。 その時だった。 「剣一くん!!」 上空から、鋭い声。 シンドゥーラモンが急降下してくる。 その背には―― 「無事か!!」 竜崎と、すみれ、そして筧。 「英一は!?」 竜崎の問い。 剣一は一瞬だけ言葉を詰まらせた。 「……中にいる。まだ戦ってる!」 その一言で、全員の顔色が変わる。 「チッ……あの坊主……!」 筧が舌打ちする。 だが次の瞬間、竜崎は短く言った。 「信じているぞ。」 その目は、迷いなく上空を見据えていた。 「英一は“やるべきこと”をやってる。なら俺たちも――やるだけだ。」 竜崎の言葉に剣一は息を呑む。 そして、強く頷いた。 「……うん!」 その瞳に、もう迷いはなかった。 「スピノモン!」 「オオオオオオッ!!」 スピノモンの咆哮。 直後、再びメカギドラモンがレーザーを吐き出す。 スピノモンの背びれが青く発光し、その光が口へと集束する。 ゴオオオオオ! 空中で赤と青、二つの光線がぶつかり合い、大きな爆発となる。 間一髪、というタイミングだった。 攻撃を相殺されたメカギドラモンはスピノモンを敵と捉え、レンズのような眼で睨みつけてくる。 急降下、からの爪による攻撃。 「グオォォォ!!」 スピノモンが巨体をぐるりと一回転させ、メカギドラモンの爪が届く前に尾の一撃を喰らわせようとする。 フッ!! だがそれを感知したメカギドラモンはすんでのところで降下を止め、減速する。 スピノモンの攻撃は空振りに終わる。 そして今度はメカギドラモンがその長い尾をスピノモンへと叩きつける。 ――ズガァァンッ!! 鋼鉄の尾が、空気を裂きながらスピノモンの胴体へと叩き込まれる。 衝撃は鈍く、しかし重い。 「ぐっ……!!」 スピノモンの巨体が弾き飛ばされ、地面を何度もバウンドしながら転がった。 芝生がえぐれ、土が舞い上がる。 「スピノモン!!」 すみれの叫び。 「……まだだよ!」 剣一は歯を食いしばり、スピノモンの背で必死に体勢を立て直す。 その瞳は、もう折れていない。 「スピノモン……立てるよね?」 「……当然だァ!!」 ドンッ!! スピノモンは両脚を踏み込み、地面に深く爪を食い込ませて強引に停止する。 そのまま、ゆっくりと顔を上げた。 間髪入れずに再びメカギドラモンの爪がスピノモンを襲う。 スピノモンはあえて姿勢を低くし、刃のような背びれでそれを受け止め、弾く。 パワーはスピノモンが上だが、空中を自在に動くメカギドラモンにはその攻撃が届かない。 メカギドラモンは再び距離を取り、空中で静止した。 まるで「次の一手」を測るかのように、無機質な瞳を光らせている。 「空中戦じゃ分が悪い……」 筧が低く呟く。 「なら引きずり下ろすまでだ。」 スピノモンの声は静かだったが、鋭い。 その瞬間―― 「行くよ、スピノモン!!」 剣一の叫び。 ゴオオオオオッ!! スピノモンの背びれが一斉に発光する。 刃の隙間から無数の光線が、空中へ放たれる。 「散弾か……!」 筧が目を見開く。 まるで扇のように広がる青い熱戦の光が夜空を灼く。 メカギドラモンは回避行動に移る。 だが―― 「逃がさない!!」 スピノモンはさらに出力を上げる。 光線の密度が増し、逃げ場を削っていく。 バチィッ!! 一発が翼に命中。 「――ッ!?」 続けざまに二発、三発。 バギィィン!! ついに片翼が破壊される。 金色の装甲が砕け、火花を散らしながら破片が夜空に舞った。 「効いてる!!」 すみれが叫ぶ。 バランスを崩したメカギドラモンが高度を落とす。 その巨体が、ゆっくりと――確実に地上へ近づいていく。 「今だ、ダイナモン!!」 竜崎の叫び。 「任せるギャアアアア!!」 地上でマグマティラノモンと鍔迫り合いをしていたダイナモンが、強引に敵を押し返す。 そのまま大地を蹴り――跳んだ。 ドォンッ!! ビル数階分にも及ぶ跳躍。 その巨体が、落下してくるメカギドラモンへと一直線に突っ込む。 「終わらせるギャ!!」 爪が光る。 灼熱と破壊を凝縮した必殺の一撃。 「バーニングエンドオォ!!」 ザンッッッ!!! 交錯。 次の瞬間―― メカギドラモンの胴体が、真っ二つに裂けた。 一拍遅れて、内部から爆発が連鎖する。 ドガガガガガガガガァァァンッ!!! 火球が夜空に咲き、金色の破片が雨のように降り注ぐ。 「……やった、のか?」 筧が呟く。 「いや――」 竜崎の視線は、別の方向を見ていた。 地上。 そこには―― 「グオオオオオオオオッ!!」 マグマティラノモン。 黒き巨体はまだ健在だった。 ……UFO内部。 光線銃、機械アーム、更にはチェーンソーやドリルのようなものまで、ありとあらゆる設備がエクスヒデカズモンを襲っていた。 だが、その悉くをものともせず、エクスヒデカズモンはUFO内部を破壊していった。 X抗体人にもはや余裕などなかった。 警報はもはや悲鳴に変わっていた。 赤い光が断続的に明滅し、通路のあちこちで火花が噴き出す。床は傾き、天井はひび割れ、もはや“船”としての機能すら怪しい。 高度も徐々にだが低下し始めていた。 それでも―― 「止まらない、か……!」 721号は歯噛みした。 視界の先、エクスヒデカズモンが悠然と立っている。無数の攻撃を浴びながらも、そのシルエットは一切揺らがない。 むしろ、破壊が進むほどに“存在感”が増しているようにすら見えた。 「これが……融合体の出力か……!」 エクスヒデカズモンは、ゆっくりと首を傾げた。 「ねえ。もうやめない?」 軽い調子の声。しかし、その背後では壁が“内側から”歪み、砕け、崩れていく。 「このままじゃさ――」 一歩、踏み出す。 ズンッ、と重い音が鳴った。 「キミたちのほうが先に壊れるよ?」 その瞬間―― ドゴォォンッ!! 天井が崩落した。 瓦礫と火花の雨の中、エクスヒデカズモンは腕を一振りするだけでそれらを弾き飛ばす。 「ぐっ……!」 721号の身体がよろめいた。 計算が狂っている。いや、最初から“読み違えていた”。 「……旧時代の遺物と侮ったのが誤りか。」 低く呟く。 「だが、我々は進化する存在だ。」 彼は腰のデデジヴァイスを引き抜いた。 「環境に適応し、不要なものを切り捨て、最適化を繰り返す。」 デバイスが赤く発光する。 「ならば――この状況にも“適応”するまでだ。」 その瞬間を英一は見逃さなかった。 「させないよ!」 エクスヒデカズモンの状態ではこれまで見せてこなかった汚物の投射能力。 それをピンポイントでX抗体人の腕を狙い、そしてデジヴァイスを弾き飛ばした。 宙を舞うデジヴァイスへすかさず2発目を放つ。 Xの文字が大きく刻まれていた四角い機械は、粉々に砕け散った。 「ぬぅ!」 それがマグマティラノモンを操っている機械だと確信を得てからずっと、英一は破壊を狙っていた。 そしてその目的を達成した以上、ここに留まる理由は残っていなかった。 …… 地上ではスピノモンとマグマティラノモンが組み合っていた。 連戦に次ぐ連戦でダイナモンは限界に達し、アグモンへと退化してしまっている。 スピノモンとマグマティラノモンの戦力は若干ではあるがスピノモンが有利に進んでいた。 だが… 「グゥ、グルルルゥウ?」 突如戦意を失いそっぽを向くマグマティラノモン。 直後、UFOが小さな爆発を起こした。 「……あれ!」 すみれが指差す。 煙を裂いて現れたのは―― エクスヒデカズモン。 そのまま、重力に引かれ落下していく。 「英一!」 剣一の叫び。 だが―― その落下を、巨大な翼が受け止めた。 バサァッ!! シンドゥーラモン。 「ナイスキャッチ!」 エクスヒデカズモンの声が、少しだけ弾んでいた。 UFOはそのまま高度を落とし赤坂御苑の中へと落下していく。 そのまま不時着と呼ぶにはいささか荒い音を立て、UFOは地面へと激突した。 「何が起こっている?」 竜崎が英一に問いただす。 「アイツの持っていたデジヴァイスを破壊して、そのままUFOの壁を突っ切って出てきたんだ。」 結果、マグマティラノモンのコントロールは失われ、スピノモンとの戦闘も中断した。 気づけばマグマティラノモンが墜落したUFOに近づいていた。 「グオオオオォォォ!」 マグマティラノモンがUFOの外壁に激しく攻撃を加える。 その様子を見た剣一は気が付いた。 「きっとあのデジモンも僕と同じように操られていただけだったんだね……」 マグマティラノモンの攻撃には怒りの感情がこもっているように見えた。 揺れるUFO内部、X抗体人は極めて冷静に状況を分析していた。 残された手段は… 突如、ノイズ混じりのホログラムが投影された。 激しい損傷が刻まれたUFO内部を映しながら、X抗体人が高らかに宣言をした。 「我々は旅立つ! 希望へ向かって旅立つ! まだ見ぬ…希望へ!」 宣言の最後、X抗体人が何かのスイッチを押した。 UFO内部から、低い音が響く。 ブォォォォ…… 「……嫌な音だな。」 筧が顔をしかめる。 UFOの表面に、赤いラインが走る。 内部から光が漏れ始める。 「おい……あの野郎……!」 筧の顔が歪む。 竜崎が叫ぶ。 「全員、伏せろ!!」 次の瞬間―― ドォォォォォォォォォォォォォォォン!!!! 夜が、白に塗り潰された。 爆風が大地を削り、衝撃波がビルの窓を震わせる。 光の中にマグマティラノモンも消えてゆく。 そして――すべてが、静寂に包まれた。 ゆっくりと、煙が晴れていく。 そこに残っていたのは―― 抉れた大地と、焦げた残骸。 そして、静かに立ち尽くす、人とデジモンたち。 「終わった、のか……?」 筧が呟く。 竜崎は答えなかった。 ただ、ゆっくりと空を見上げる。 そこにはもう、脅威は何一つ残っていなかった。 代わりに浮かんでいるのは―― いつもと変わらない、静かな月だけだった。 …… あれから数日が経った。 X抗体人も、マグマティラノモンもその痕跡はきれいさっぱりとなくなってしまった。 建物被害は深刻だったが、幸いにも死者はいない。 英一と剣一はその後数度の事情聴取を受けたものの特にお咎めはなし。 事件の規模が規模だけに連日ワイドショーを賑わせた。 しかし世間では既に解決した事件ということもあり、騒ぎはあっという間に収まっていった。 「むむむ、どう書いたらいいものでしょうかねえ。」 すみれはデスクの前で報告書とにらめっこしていた。 今回はいろいろな事が短期間に起こり過ぎた。 巨大デジモンの同時出現に始まり電子生命体『X抗体人』やらUFOやら… どれも信じられないことばかりだ。 何から説明したらいいのかすみれの考えはまとまらない。 「俺の分を置いておきます。」 竜崎が書類の束をすみれに差し出した。 参考にしろということらしい。 「あー!竜崎さんが報告書仕上げるのが早いことに納得いかないー!」 「…俺は始末書常習なんで。」 竜崎は少し照れながら言った。 「いや自慢できることじゃないギャ。」 アグモンが冷静に突っ込みを入れた。 <了>