白い二筋がそれぞれに柔らかな丘を下っていくと、客席からは歓声が上がるのであった。 猥雑なる声、胡乱に煌めく光条の交差点の中に、きらきらと雫は放物線を描き、 鼻の下を伸ばした男達の顔に、ぴちゃ、ぴちゃ、と散っては跳ねる。 甘露を舐め取りながら、獣共はそれを直に吸ってやりたくてたまらない顔をするのだが、 踊っている最中の踊り子は不可触、ましてそれが今にも産まれそうな臨月胎を抱えた産婦。 こうして踊っている最中も、もこもこと激しい胎動が目の前で起こっているのだ―― 大きな乳房は、女の持ち場である天井まで伸びた一本の鉄の棒に絡みつくように、 その重たさを視覚的に見せながら変形し――そのたびに先端から白を吐く。 妙齢の身体を撫でる汗は、乳汁の甘ったるいような匂いと喧嘩をするでもなく、 雌の体臭として、周囲の雄を一層興奮させる。どどんと前に突き出した胎自体もまた、 ひどく重そうに――しかし生き生きと、胴と共に躍っているのだから、その内にある生命、 あるいは、生命を宿すという雌の役割――機能そのものが、雄を引きつけて止まぬのである。 彼女の美貌と合わせ、それは彼らに一つの願いを抱かせる――ああ、次は俺の子を仕込みたい。 彼らの思考は泡のように弾け、自然と彼女の脳裏にも伝わる。それも当然のことであろう。 野卑な視線を己以外の種を宿した身重の雌に向ける雄の考えることなど、一つしかあるまい。 そうでなくとも彼女は――本来ここにいていいような存在ではないのだが。 女の服装は――否、服とすら呼べぬようなそれは、二の腕と腿の中頃までを覆う手袋と靴下、 それもぎらぎらとした下品な赤薔薇の色である。緑の長髪との補色効果によって、 白い肌をより一層、淫猥に見せるのだった――その上さらに、兎を模した付け耳に尻尾、 おまけに尻尾まで付いているとなればどうなるか。彼女は時折、両手を頭の上に揃え、 ぴょんぴょんぴょん、と跳ねる真似でもしてみせる。すると乳房も腹もそれに合わせて揺れ、 ゆさゆさと、勝手気ままに跳ねて観客の目を愉しませるのであった。 臍に付けられた金具も、青く光る宝石も、その作りの上品さに反比例して、 彼女の下品な身体を飾り立てる。乳首もまた、黒々と染まって店内の光を浴びているのだ。 乳首と臍に男たちの視線が集まると――女は、その部位だけが発火したかのように熱く感じる。 内なる火傷を抑えるために母乳はぷくぷくと泡を立てながら独りでに噴いて垂れ、 あるいは子宮の中で母の火に炙られる赤子が、身をよじらせて壁を蹴り、大きく皮を歪ませる。 いずれにせよ、彼女はその疼きに耐えかねて――甘い声を上げて、男たちに媚びる。 彼らの股間がむくむくと立ち上がるのを見て、自分に向けられている感情の醜さに酔う―― 店内には彼女と同じように、服とも呼べないような端切れだけを身に着けた女がいくらもいた。 そしてそのほとんどが、同じく腹を膨らまされて、踊っていたり、客席で全身を撫でられたり、 あるいは物陰に引き込まれ――蕩けた声だけをその外に響かせたりもしている。 既に孕んでいる雌に情欲を向けるのは、雄が遺伝子を残す戦略として破綻している。 僅かに胎の空いている雌もいないではないが、それに己の子を仕込める確率は高くない。 必然的に、それは無駄打ちとなり――自分が先祖代々継いできた遺伝子の鎖を、 孕み女たちの体内に無為にばら撒いて、捨てるだけの行為にほかならない。 なのに男は――そして当の女たちも、それ以上何を成すでもない行為に溺れる。 粘膜と粘膜をすり合わせることの快楽に耽り、舌を絡め、性器を重ね、肌を触れ合わせ―― 射精と共に離れ、また別の男が彼女らの柔肌に指を沈ませ、爪痕を残そうともがく。 そうして必死に、女体にしがみつこうとする彼らの姿は餓鬼そのものであり、 彼らを見つめる女たちの目は、人ならざる高位のものの、軽蔑と慈愛に満ちたものであった。 生殖という、生物に与えられ――同時に義務付けられてもいる行い。 彼女らには本来、その必要はない。個としてただ永遠に変わらず在るだけの存在。 一つ一つの生命が泡沫のように弾け消え、血を残すために汲々とする彼らとは違う。 子を宿すための場所すら――ありはすれど、使われるはずもない、そんな存在。 だが既に彼女らの在るべき理由は失われた――店内の、人工の光に目をやる。 ほんの瞬きのような時間のうちに、彼ら人類は自身の生存圏を広げ、文明を発展させている。 自然の力がいかに世を掻き回そうが、それを超える遥かな力が欲と共に世界を混ぜ返していく。 彼らはやがて、己の力だけで全てを賄い、増え、繁栄を窮め――神を忘れる。 今や神の名など、古ぼけた書籍の中にしか残らない。姿を模した石像も失われ、 神託を与えるべき神殿も、とっくに瓦礫となって石畳の下に封じられている。 彼女らは己の力と信仰の薄れゆくのを悟り――働きかけたが無駄であった。 忘れられた神の名と姿を騙るだけの、いかれ女と扱われるのがおちか――良くて、 信仰を取り戻そうとする巫女として、奇異の目に晒される道しかない。 人の世では人ならざるものの在ることは許されない。古き神であろうと、その被造物だろうと、 彼ら彼女らは、矮小なる肉の器に閉じ込められ――人として扱われざるを得ない。 そしてまた、人としての身を与えられてなお、老いず死にもせぬものたちの居場所などない。 人間は自分たちと違うものとを敏感に嗅ぎ分ける。その後に起きることはただ一つだ。 零落した神々は――やがて流浪と別離の果てに部下たちとも散り散りになって、 若々しい女神たちは、その肉体を世を渡る道具とせねばならなかった。 ならば当然――人の身にて、人の種を受け、生るべきものが、その身の内に生るのである。 人の雌は、孕めば醜く腹が膨れ、皮はつり、裂けた痕が赤々と平行にいくつも並ぶ。 乳首と陰唇は黒くなり、乳房と尻、腿にも一層の肉が乗り―― 己の胎内にある生命を慈しむ気持ちが、肉体の側から心を侵食してくる。 彼女らは、人をそう作ったことを悔いた。人の世をもたらすために繁殖に伴う悦楽を強くし、 快楽の中に子を成していけるようにしてやったことが――億年後の自分たちを呪っている。 けれど、勝てない。神の時間感覚ではほんの一瞬に近い、たった一年にも満たない期間で、 母体となった彼女らの心身は、ただ胎の子のために全てを捧げるように作り変えられていた。 愛しい重み。いつまで触っていても飽きない弾力ある腹の皮と、時折動く中の存在。 僅かに残された神の力でもって、胎児の姿を覗いてみようものなら、もうだめだ。 まだ目も開いていない赤黒い肉の塊が――輝く光の塊か何かのようにも見えてきて、 決まって女たちは、締りのない顔で何をかを呟きながら、腹を撫でるのであった。 その感情と、肉体的快楽のために赤子のいる子宮を差し出す浅はかさとは矛盾しない。 半神は頭を腕ほどもある性器で突き回されたのめされなた程度で堕りることなどないと、 女神たちは理解している――身重の身体を乱暴に性的消費されればされるほど、 自分たちが、こんな悍ましい繁殖欲の奴隷どもと同じ地平にまで堕ちたことに悦ぶのだ。 口と尻と両手とにそれぞれ別の男の性器を咥え込んだまま、栓代わりになっていたもの、 赤子の頭をごんごん叩きながら羊水と共に引き抜かれた性器を追うようにして、 自身の髪と同じ頭髪をまぶした赤黒い塊が股間から排出されてくるのを見た女は、 快楽に脳の髄まで犯されきった顔を――きまって、柔らかく微笑ませるのである。 産んでしまった。人の子を。神として生まれながら、人の雌として扱われ続けた果てに。 そして今、自分の股間から伸びる赤黒い紐は――悍ましさと生理的嫌悪感を煽ると共に、 己を地上に生きる民の世界に縛る鎖であることを、強く実感させるのであった。 たったその一本の臍帯が、彼女らと我が子を繋ぐ明確な証としてある。 鋏が食い込んでぷつりと切られた時、赤子は孤独に泣き――母となった女神たちもまた、 自分の胎内から一つの生命の去ってしまった寂しさに苛まれる。 いかに我が子が乳首にしゃぶりつき、乳房に指や唇の跡を残してくれたとて、 胎内にいた時のような、完全に自分と同一のものとして在る安心感はもう得られない。 骨盤を内側から開かれるのも、産道を無理やりこじ開けられるのも、悪阻も、疲労も―― 味わっている最中は、早く終わってくれとばかり願っていたのに、 それから解放された途端、また彼女らは己の内に新たな生命の宿ることを希う。 疼く子宮、火照る全細胞、雄の性器を向けられるたびに――じゅん、と股間が濡れて薫る。 人風情の種に、神の子宮を穢されることが――こんなに気持ちのいいことだとは。 胎動は次第に陣痛へと置き換わり、ずきずきとした痛みが常に彼女の思考の隅にある。 股間からばちゃばちゃこぼれ出す羊水に自ら足を取られぬように注意深く姿勢を変えながら、 女は黒々と使い込まれた陰唇が開かれるように股を大きく開いて座り込み、 観客たちに、出ては入ってする緑色の頭髪がよく見えるように向きを変える。 赤子の頭が少しずつ出るに従って男たちはどよめき――ひゅっと引っ込めばまたざわめき、 食い入るようにして、次に我が子を仕込むべき胎の空こうとする様を見る。 その様に、女は興奮するのである――ああこれではまたすぐに、孕まされてしまいますね、と。 隣では、やはり産気付いた――彼女よりずっと小柄な、子供のような体格の元女神が、 未だ慣れぬお産の痛みにきんきんとした高い声で泣き喚きながら、それでもいきみ、 何十人めかの半身半神の子を、地に降り立たせようとしていた。 信仰の失われた世に、人に仇なすも益するもない。同じように腹を膨らまされ続け、 ただ子をひり出し続けるだけだ――天界も冥界も、自然すらも人の世に塗り潰されたのだから。 物陰から投げ捨てられるように転がされた青白い女の胎にも、また新たな生命が宿っていよう。 神々の子宮は既に、人の血を繋ぐための道具の役割しか持ち得ぬのであった。