第四話・凍てついた愛情 Chapter1・デジタル雪山登山 冷気の漂う薄青の氷の中に、城の主であるサンドリモンが片腕を砕かれ閉じ込められていた。留守を預かる生源寺百蓮は薄目で電子タバコを取り出し、視線を動かさずに口を開いた。 「コレ、死んでないんですよムシャモン。鳥谷部さんも大したものですし、随分と合うデジヴァイスを貰いましたね」 言い終えると、電子タバコを咥えボタンを押す。メンソールフレーバーの蒸気が口内に広がり、思考が切り替わっていくのを感じ取ると、百蓮は細く息を吐いた。 「百蓮殿も、選ばれし子供のデジヴァイスと紋章が欲しかったでござるか?」 同じように、煙管型の電子タバコをふかしながらのムシャモンの問いを曖昧に笑って濁し、どこか自分を睨んでるようにも見える氷中のサンドリモンを見て、呟いた。 「彼女も、交渉に応じていれば……」 灰かぶりの城を襲撃した理由は、招待状の仕組みの解析であり、それを終えれば彼女に用は無くなり、殺すことになるだろう。 そしてこの城は、招待状で「仕入れた」者達を中心とした訓練施設、今後の侵略の駒……戦力になる者を育てる場所となる。 終われば自分と鳥谷部は、ここに留まるだろうか。そこまで考えた後、氷中のサンドリモンから目を逸らし、百蓮は続けて片桐篤人のことを、考え始めた。 オークションに出されるはずが逃げ延び、選ばれし子供達と共に自分を退け、彼自身も選ばれし子供となった少年。生き残ってなお、抗う彼の行動は百蓮は愚行と映ったが、その愚行は何故だか、そう断じ切ることが何故か出来なかった。 「……片桐篤人もバカな子ですね、ムシャモン」 勝てるというありもしない奇跡に縋り、人を巻き込み命をドブに捨てるような戦いに挑む、バカな子。 生きようとすれば、どうとでなっただろうに。百蓮は自嘲で口元をゆがめ、一気に煙を吐く。爽快感があるはずの蒸気が、何故か苦いものとして口の中にこびりつき、離れなかった。 「……然らばその馬鹿者の首級を、ここで取って終いにしましょうぞ」 別の言葉を出しかけたムシャモンの間に百蓮は気づかないフリをして、口の中の苦味を吐き出そうと咳払いをした。 ──── 「……鳥谷部のオバサンがいねぇ。しかも、デジモンの数が減ってる」 「急な演習中止には、結構な理由がありそうだな」 赤い絨毯が引かれた床に剣を突き立て、カラテンモンは額を汗で湿らせながら【悟り】と験力を働かせ、城の気を探る。 「いるのは生源寺の姉ちゃんと成熟期が複数……それとやっぱり、サンドリモンはやっぱりいた」 「……場所と状態は分かるか?カラテンモン」 「地下だがどうなってるかまでは……ハヤノ、すぐ動くか?」 少し考え、颯乃は首を横に振った。 「他の王子様候補やサンドリモンに被害が出そうならやむなしだが、それまで待とう」 逸る気持ちを軽い足踏みで堪えるとカラテンモンは一瞥もせず「分かった」とだけ言った。 「しかし、テイマーが一人離れたとは……あいつらの敵でもきたか?」 「セツナ達が助けに来た。が俺達には一番良いが……あと、俺は助っ人に可愛い子や美人がいて欲しい」 後の言葉を小声で呟くカラテンモンに颯乃は呆れてため息をつくと、ドアを叩く音に気づき、不審に思いながらドアを開けた。 「ラリッサじゃないか。どうした?」 ドアの前には、隣の部屋で過ごす王子様候補の一人であるブラジル人の少女と、彼女と組まされたウルヴァモンがいた。まだ少し不審に感じながら颯乃は彼女を部屋に招くと、少女とウルヴァモンは周りを強く警戒した様子で部屋に入り、座ることもせすに小声で話した 「ハヤノ……隙を見つけて、逃げない?」 ──── 晴天の空色に薄く染まる雪を、アイゼンで踏みしめストックを突き刺し、歩んでいく。針葉樹もなく岩肌がまだらに見えるだけの山を、薄青の防寒着を身に着けた霜桐雪奈は、ここが元々火山だったと思い出し、進んでいく。 ストック、アイゼン、肩にリーシュで通されたピッケル。先導するフロゾモンが用意した登山用具の数々を見た瞬間、列の最後尾で背後を警戒する片桐篤人が、彼にも助力を求めたことが正解だったと雪奈は直感し、アイゼンが突き刺さる感触に感謝すら覚えた。 「それにしても雪奈、おれ達の想像よりヤバい話になっちまったな」 「だね、ブルコモン……大丈夫かな颯乃ちゃん……」 渋面を浮かべたブルコモンの話に、昨日受けた説明を思い出した。颯乃が囚われている灰かぶりの城を占拠しているのはひと屋……デジモンに人間を売る、ダークエリアの勢力。このデジタルワールド・バロッコで動いていた勢力の正体を知った雪奈は、自分の血液が凍りつく心地に見舞われた。 颯乃のディーアークに反応はある。だとしても、彼女の身のことを考えると、思考も胸中も不安で埋め尽くされていき、それを紛らわせるため一度、後ろを振り返った。 「あらセツナ、後ろが気になる?」 薄紫の防寒着を着たソフィーが小さく手を振ったのを見て、雪奈の少し肩の力が抜ける。それから更に後ろ、黒の防寒具を着た篤人を見る。このデジタルワールドの選ばれし子供の生き残りであり、ひと屋に復讐を望む少年。自分がもし、仲間を失った彼の立場になったらと考えた時、言葉の代わりに昨日彼の黒目の中に見えた暗く燃える物が胸中に現れ、それをすぐに消した。 彼とも目が合った。硬い表情のまま「今は大丈夫」という穏やかな声を聞き、雪奈は前を向き直した。 「到着まで5時間かぁ……ホント、今日が晴れてて良かったよ」 「何事もなかった場合の話だぞ。吾輩、何かあったケースをたくさん見てるからな」 呟きに反応して振り返った先頭のフロゾモンの言葉に、雪奈はストックに頭をつけ、項垂れた。思わず漏らした嘆息に、前を歩む赤い防寒着を着た三幸が少し引きつった笑みで振り返った。  「大丈夫ですわよ霜桐さん!その何かがあってもいいように、用意してきたんですから!!」 「……うん。そうだね!」 流石に不安は隠しきれない三幸の表情を見て、雪奈は顔を上げると彼女の不安を吹き払うように、笑い返した。 「ん?……おい、何かいるぞ!」 それから間もなく、匂いを嗅ぎつけたファングモンの叫びに一同は空を見上げると、アウルモンが2体、こちらを見ていた。「撃ち落とす」と篤人が呟きデジヴァイスを取り出した瞬間、アウルモン達はそのまま、去って行った。 「偵察か……?雪奈……ココ確か、ある程度の高さまで飛んだら退化するんだよな?」 「うん、片桐くんが試したら、デストロモンがあっという間にジャンクモンに戻りかけたからね」 「あっという間だったからな……思い出しただけでもデジコアを吐き出しちまいそうだ」 雪奈とブルコモンの言葉に、ジャンクモンは顔を顰めて苦々しく言った。 「今のアウルモンはひと屋の所属か雇われだな……偵察なら、待ち伏せか……?」 「ふむ。ならばこの先は更に警戒をせねばな」 ミミックモンが腕を組み思案しながらの言葉にフロゾモンが答えると、一行は再び歩き始めた。 Chapter2・魔法使い 道が勾配のある斜面へと変わり始めた所で、雪奈は顔を顰めた。ストックではなく僅かに湾曲したピッケルのヘッドを握り、スパイクを刺し歩む中、喋る余裕もなく湿った冷たさを背中に感じ、雪氷にピッケルが突き刺さる音と、吹き始めた冷たい風の音だけの世界を、歩んでいく。 「むっ……?皆、少し待て」 先頭のフロゾモンが後ろを手で制した。雪奈はようやく聞こえた声に安堵して、突き刺したピッケルに体重を掛け顔を上げると、目の前に聳え立つ氷の絶壁に、雪奈は低い声を漏らしかけた。 「……何故だ?このまま坂が続いていたはずだが」 「雪山に変えられてる以上、このくらいされるのはあり得る。って考えたほうがいいわね。 きっとまだ、何かあるわよ……で、登る?」 腕を組み唸るフロゾモンの言葉に、ソフィーは一瞬フロゾモンを細めた目で見て、ピッケルをその場で突き刺しながら眉を顰めて氷壁を見上げた。 「……迂闊に飛べぬ以上、吾輩は回り道が最良だと思うがな」 「……うん。安全な方がいいね」 フロゾモンが目を伏せながらの話を、篤人が内心不服そうな顔で受け入れ、周りも仕方なく移動を始めようとした。 「あっ、待ってみんな」 そんな中で、雪奈とブルコモンが歩み出ると、自分の三倍近い垂直な氷壁と足元を交互に見た。 「雪奈。ソフィーの言う通り、他にも行けないようにされてる場所がありそうだし、力は使いすぎるなよ」 「なら……このくらい、かな」 ブルコモンの言葉に頷き、雪奈は再びピッケルを握り一歩ずつ距離を取る。足を止めると、指で氷壁の頂点と足元を指差した。 「霜桐さん?一体何を?」と訝しんだ様子で話しかけた三幸に、雪奈は笑って振り向いた。 「わたしが言ってた、雪山の対策ってやつ」 そして寒空にデジヴァイスを突き出すと、青く澄んだ色のひずみから杖が形成され、雪奈の髪は白く変わっていった。 「え!?待って!?何してるの霜桐さん!?」 「道作るの!楽な道には出来ないけど!」 篤人の驚きの声に構わず雪奈が氷壁に杖を向けると、薄灰色の氷壁から青く透き通った氷が現れ、そのまま階段として形成された。 「まぁ素敵!セツナ、魔法使いだったの!?」 周囲が驚く中、ソフィーは目を輝かせ氷の階段に指先で触れ、その硬さと冷たさを確かめていた。 「ウィッチェルニーの魔術か。人間が使えるとは思いもよらなんだ……これなら、対策と言えるな」 「山を軽く考えてたのは事実だよフロゾモン。ピッケルとかアイゼンの発想は、あの時のわたしに無かったからさ……」 話しかけてきたフロゾモンに、雪奈はこの山にブルコモンも共に無謀にも入ろうとしたことを思い返し、苦笑いを浮かべるた。それをフロゾモンは「当然であろう」と少し楽しげに言うと、氷の階段を登り始めた。 ──── 「はいセツナ。一番お肉が大きい所よ。あなたが一番力を使ったのだから、ね?」 「……あ、ありがとう」 開けた平たい場所で休憩となった。入山時より曇りがかった空の下、雪の上に座布団に敷き、ブルコモン共々ソフィーから手渡されたクロワッサンを片手で口に入れる。サクりとした食感の後、切れ込みに入れられた少し溶けたチーズと焦げ目のついた肉の旨味が、冷えた身体の中で、温かな波紋のように広がっていく。 美味しい。頬を緩ませながらブルコモンと声を上げると、ソフィーは満面の笑みで応えた。 想像よりも、遥かに早い道程になっていた。フロゾモンやブルコモンの力を借りながら魔術で橋や階段を作り、道なき道を切り開き進むうち、まだ1時間しか経過していないという事実に、雪奈は安堵よりも困惑を感じてしまった。 「ブルコモンもチョコ食べなよ。バロッコ限定品だよ」 「ありがたいけど、それここの市販チョコだろ」 硬い笑みでチョコレートを差し出した篤人に、ブルコモンは引きつった表情で答えたのを雪奈は保温ボトルの湯を飲み横目で見ると、続けて三幸が手を差し出した。 「これも雪奈さんのおかげですわ!!あっこの柿の種も」 「待って!?流石にわたし達貰いすぎ!!」 次々と周りから差し出される品物を、これ以上貰うわけにはいかないと雪奈は慌てて手で制した。 「流石に悪ノリでしたかごめんなさい……でも、あなたのおかげなのは本当ですわよ」 「だろ!?すごいだろ雪奈は!」 ブルコモンの楽しげな返答に、やっと困惑の晴れた雪奈は心中に暖かいものが注ぎ込まれて行くように、表情が緩め始めた所で、咳払いが聞こえた。 「貴様ら、多少賑やかなのは構わんが気は抜くでないぞ。予定は大幅に短縮したといえ、目的地にはついてないからな」 クロワッサンを口に入れ終えたフロゾモンが咎めると、一同は表情を戻した。 ──── 「……変ですわね、デジモンの姿すら無いなんて」 「匂いもしねぇ……流石におかしいな」 敵襲が未だに無い中、三幸は沈黙を破るためにファングモンと話し、自分を落ち着かせた。敵が来ないことに弛緩までは無かったが、生まれてしまった考える余裕で、三幸はふと、篤人のことを考えた。 複雑な始まりと事情であれ、助けられた相手と15日近く共に歩めば、相手をもっも知りたくなるのは不思議なことではない。ただ、知らないことも聞きたいことも、今になって増えてきた。 アリーナで聞けなかった、この勇気の紋章とデジヴァイスの持ち主は、どんな人で、どんなデジモンを連れて、どう戦っていたのか。そして彼とどう出会ったのか。雪山の乾いた冷たい風で、頬の傷が少し痛む。それでも思考と胸中は、腹底から噴き上がる水蒸気で覆われていくようにぼやけ、熱されていくようだった。 風に構わず三幸は後ろを振り返る。霜桐雪奈の更に後ろで、篤人が反応に困っているような引きつった笑みで、ソフィーの話を聞いている。聞こえない話に、水蒸気が更に噴き上がる心地を自覚し、三幸は不服そうに勢い前を向き直す。 あの人は私を、どう思ってる。半ば吐き捨てるように、そう小声で呟こうとした。 「止まってくれ、ミユキ」 「ファングモン?何が……あっ」 ファングモンの制止に、湧き上がっていた蒸気を瞬時に霧散させ足を止め、前を見直した。そこにあったのは、一面岩肌の行き止まりであった。 「ぬぅ……まさか、城までの唯一の道までも……」 「唯一の?フロゾモン、ここにきたことありますの?」 三幸の疑問に、目を細めて腕を組んだフロゾモンが慌てた様子で目を開いたが、考え直した様子で渋々と口を開いた。 「当然、地図情報もあるが……吾輩、進化する前だが……あの城に居たのだ」 「まぁ!貴方も王子様候補だったのねフロゾモン……で、何であんな所に?」 フロゾモンの予想外の言葉に一同は驚きを見せたが、ソフィーだけは明るい声音で目を見開きフロゾモンに尋ねた。 「王子ではなく配下だ……ソフィー、お主が来るより以前に、一時期居ただけだぞ」 「……何故、ここに戻ったのだ?フロゾモン」 「……吾輩はフロゾモン。遭難者を救うのが使命であり、為されたプログラミングだ。それ以上の理由があるワケなかろう。 それより、この状況をどうするか考えるべきだ」 「……まぁ良い。ならば、道を探すとしよう」 低い声で何か隠すフロゾモンの言動に、ミミックモンは結局、それ以上の追求はしなかった。 「ん……?あっ、これ……ブルコモン!」 「……あそこか!ベビーヘイル!!」 そして各々が周囲を調べようと歩み出る前(、何かに気づいた雪奈に応えブルコモンが放ったベビーヘイルが正面の黒い岩肌に命中すると、硬い音と共に岩肌に不自然なヒビが入る。引き続き撃ち込むとやがて、連鎖的に音を立て氷が割れ落ち、道が現れた。 「え!?氷!?」 「多分、魔術で氷の塊を偽装したとかだね……敵にも魔術が使えるデジモンがいるのかな」 驚く三幸を尻目に、雪奈は目の前で破った魔術を仕掛けた者の事を考え始めたが、フロゾモンの咳払いを聞き、思考を一度止めた。 「何もかも霜桐さん様々の登山ですわね。私、あなたが幸運の女神に思えてきました」 「め、女神って……流石に大袈裟だよ!!」 「全然大袈裟じゃないわよ?ワタシだって新作のパンに、貴方の名前を是非とも使いたいくらい感謝してるもの」 「高カロリーじゃなくて、どうか低カロリーなのでお願……いやそもそも使わないで!? ……ブルコモンも片桐くんも引きつった顔してないで止めてよぉ!」 三幸とソフィーの称賛に、その間に挟まれた雪奈は困惑混じりに赤面して顔を伏せると同時に、フロゾモンが大きく息を吸い、声を張り上げた 「貴様ら!!まだ終わってないぞ!!少し早いが、一度休んでおけ!最後まで気を……」 「いや、残念だが休めん……やばいのがきたぞ」 ファングモンが身構えると、道の奥から雪を踏みしめる音と、羽ばたきの音が徐々に聞こえ始めた。 Chapter3・愛情の現在 「ここにくるまで2時間半くらいかしら?色々細工したのだけど……想像以上に早かったわね」 道の奥からシーチューモンと、紺色の防寒具を着た鳥谷部が姿を現し、一同を称賛するように何度も手を叩き、細い目で微笑んだ。 「な、なんだ貴様らは!そんな所で何を……」 「こいつらが昨日言ってたひと屋の連中だよ。鳥谷部とかいう奴」 鳥谷部はフロゾモンに見向きもせず、睨む篤人にも細い目で微笑んだまま目を向け「久しぶり」と朗らかに笑った。 「コイツが居るなら、ミミックモンの言う通りだったワケだな三幸」 三幸もファングモンに視線を返し頷くと、そのまま鳥谷部を無言で睨んだ。 「犬童さんも久しぶり……あら、前より強く……な……」 鳥谷部はその視線にもあくまで朗らかに返し、その場にいる一同の顔を確認していたが、雪奈の顔を見た瞬間、急に顔を止め、細い目を広げて呟いた。 「……六華……?」 「……あのー……わたしの顔になにか……?」 突然沈黙し動きの止まった相手に、雪奈は戸惑いながら尋ねると、鳥谷部は俯き、無言で首を横に振った。 「霜桐さん。あの人、ひと屋のテイマー……私がテイマーなりたての頃に負けた人です」 「……どんな人達がいる組織かと思ったけど、見た目は、普通の人なんだね」 穏やかな雰囲気と、そこから滲み出た何かを感じ取った雪奈が、鳥谷部を睨んだ。そして何かに気づいたブルコモンが、雪奈の登山靴を軽く叩く。 「雪奈、さっきの魔術……あのシーチューモンがやったやつだ」 「えっ……わ!本当に魔力感じる……けど、シーチューモンが?」 想定外の答えに雪奈が戸惑いがちに思案を始めると、鳥谷部が細い目で微笑むのをやめ、防寒具のポケットから空色のデジヴァイスを取り出した。 「某が魔術を使えるのは、これが理由だ」 鳥谷部の代わりに、シーチューモンが険しい声で言った。 「……ただのD3?」 「……何か細工でもされてるのかしら」 自分たちが持つ物と同じ、なんの変哲もない空色のデジヴァイスを見て、ソフィーと雪奈は困惑した。三幸も、新品のデジヴァイスでも手に入れたくらいにしか思わず、何も言わなかった。 「……アツト、あれ……」 「……何の冗談だよ」 篤人だけが、少し躊躇った様子で話すジャンクモンに一瞥も返さずに前に歩み出た。拳を震わせ、奥底に沈殿した怒りが浮き上がった低い声で、鳥谷部とシーチューモンに憎悪の目を向けた。 「何でお前が、風見さんのデジヴァイスを持っ……て……」 湧き上がる怒りを抑えつけ話す篤人が、何かが繋がったように顔を青白くさせると、鳥谷部は笑うことなく防寒着にしまった【愛情の紋章】を取り出し、目を瞑り冷たい声で答えた。 「ええ、あるわよこれも」 「!……そっちも……」 鳥谷部の紋章が見えた瞬間、三幸は同じように防寒着の首元にしまった紋章と、ポケットに入れたデジヴァイスに反射で触れ、唾を飲み込む。それから三幸は篤人に視線を向けたが、彼は顔を俯け、黙り込んだ。 「てめェ!よくもアツトにそれを見せやがったな!!ふざけんじゃねェぞ!!」 彼に何を言うべきか三幸が考える前に放たれたジャンクモンの怒声を、鳥谷部は意に介さずに、そのまま紋章を仕舞った。 「……待って。何でその、他人のデジヴァイスで、魔術を使えるの?」 雪奈が魔術の杖を握りしめたまま、鳥谷部達を睨んだまま疑問を口にすると、「それはだな」とミミックモンが苦々しい様子で口を開いた。 「デジヴァイスは初期化でもしない限り、それまで使ってきた者の戦闘記録……いや、歩んできた道程が記録される。 選ばれし子供のデジヴァイスともなれば、どのような者にとっても、情報の宝庫となるだろう」 「このデジヴァイスと愛情の紋章の持ち主、風見愛為理はパートナーに風の魔術を使わせていた。 我らはそれを解析したまでよ……使いこなせているとは、思わんがな」 「……そうなると、ミユキも同じか」 ファングモンの言葉で、三幸は咄嗟に触れたデジヴァイスと、そしてアリーナで自然と浮かんだ戦い方を思い出すと、点が線に伸びたような心地になり、再び紋章に手を触れた。 (つまり私は……自分でも知らないうちに、ヒオキさんの戦い方の真似をしてたってことか……) 得心がいった直後、三幸は後ろから肩を軽く叩かれ、振り向いた。 「ミユキ、カザミアイリって確か……アツトの仲間、選ばれし子供の一人よね?」 ソフィーが後ろから三幸に尋ねると、三幸は一瞬、篤人に視線を向け、それに頷く。その答えにソフィーは親指を顎に添え考える仕草を見せたあと、握った拳を背中に隠して真っ向から鳥谷部を、ほほ笑んで見据えた。 「貴方達、何の目的で灰かぶりの城を? サンドリモンと婚活パーティでもしてるなら、是非とも後学のため、参加したいのだけど」 たおやかな笑みの中に薄皮一枚で隔たれたソフィーの侮蔑と怒りに、鳥谷部は「厳しい子」と苦笑いを浮かべてから、細い目を動かさずに答えた。 「やってるのはパーティじゃなくてデジタルワールド侵略の用意よ」 「……侵略……?」 想定外の、それも突拍子のない言葉に、ソフィーは口を半開きにして、問い詰めることも出来なかった。三幸も鳥谷部が言い出したことに理解が出来ず、その場で瞬き、同じ言葉を反芻した。 「……そうか。誰も社長を止めなかったか」 その傍らでミミックモンが目を伏せて呟いたのが三幸には聞こえ、聞き返すそうとする前に、シーチューモンが重い声音で、話を始めた。 「我々にとって人とは、力を齎すもの」 「力……?」 ソフィーは目を細めシーチューモンに問い掛けると、同じ声音のままシーチューモンは続けた。 「デジモンは人から力を受け取り、強くなる。絶対ではないが、人の生きてきた全てがデジモンの力となり……その力は、金になる」 「その人を、力を売る店だからひと屋か? 人間かデジモンか知らねェが、胸糞悪ィ商売を考えたモンだな!てめェらの社長は!!」 憤るジャンクモンの言葉にシーチューモンが一瞬、顔を伏せた。 「灰かぶりの城はそうね、戦力を集める場かしら……あっ、サンドリモンさんはまだ役目があるから、生きてるわよ?」 生きている。続けた鳥谷部の言葉に、ソフィーは安堵の目を浮かべ、すぐにまた鳥谷部を睨んだ。 「……戦力ってことは……颯乃以外にも!」 「ハヤノ……ああ、お主らはあの者の仲間か……良いテイマーだぞ、彼女は」 食いついたブルコモンに、シーチューモンは何かを押し込んだ様子で言うと、雪奈が睨みながら前に歩み出た。 「颯乃ちゃんを、どうするつもりですか」 「それはあの子次第。どんな形でも力にはなってもらうけど」 どんな形でも。この言葉で地べたから背中を這うように現れた怖気に雪奈は奥歯を軋ませて堪え、息と一緒に怒りを吐き出そうとした。 「っはは……なんだよ、それ」 その途端に篤人が乾いた笑い声と共に、ゆっくりと顔を上げる。歪んだ口角と、半端に開いた瞳孔。反射的に顔を見た三幸は、心臓に冷たい物を感じて息を飲み込み、声が漏れるのを堪えた。 「みんなの形見が、デジタルワールドをぶっ壊すに使われるって?」 誰を見ているかも分からない目で話す篤人に、何故か沈痛な表情を浮かべ目を伏せたシーチューモンが、無言で頷いた。 「ふざけるなよ」 呪詛のように低く重い声音に、三幸は臓器が跳ね上がるのを感じた。篤人は肩を震わせ、鳥谷部とシーチューモンに、怨恨が滲み出た目を向けた。 「そのデジヴァイスと紋章が、お前らの手で汚されるだけでも耐えられないのに、その力も使ってデジタルワールドの侵略? お前らどこまでみんなを踏みにじる気だよ!!」 「これは我々が勝ち取ったもの。戦利品を使って何が悪い」 「その理屈で答えてくれて嬉しいよ……殺して取り返せばいいだけだからさ!!」 怨恨を裂くような鋭い目のシーチューモンの返しに、篤人は声音はまるで、神器に触れた者への怒りへと変わった。その滲み出たもので目を赤黒く血走らせデジヴァイスを取り出すと、ジャンクモンは瞬く間に真っ黒な煙に包まれた。 「ま、待てアツト!それは、マズ……」 ジャンクモンは苦しみ藻掻きながらデストロモンへと進化すると、岩肌がひび割れような叫びと共に、全てを砲口を鳥谷部達に向けた。 「な、なんだあの圧は!?あいつ、これほどの力を……」 「いや、あれはやりすぎだ……ソフィー、止めるぞ」 後ずさるフロゾモンに対し、ミミックモンは微かに恐れを消しきれない声と共に、ソフィーに視線を送った。 「……セツナ、ミユキ」 ミミックモンに視線を返し、いつの間にか滲み出した汗を拭き取ったソフィーが三幸と雪奈に目配せをすると、三幸は反射的に、篤人の方を振り向いた。 「篤人さん!落ち着いて!」 三幸の声に篤人は、僅かに動きを止めたが振り向かず、デジヴァイスに洪水のように力を注ぎ込んでいく度に、腕部と背部の三連装砲、そして胸部へ暗い緑のエネルギーの収束させる。 デストロモンの身体の軋みと細かな破片、そしてその度に現れる0と1が寒空に散っていく音は、まるで悲鳴のように響き、噴き上がる黒い煙と共に、それは篤人の憎悪と絶叫がそのまま、止められない力として出力されているようだった。 「……あれはデストロモンが耐えられねぇ!!」 ファングモンが悲鳴混ざりに叫ぶと、三幸は篤人に駆け寄り、彼の肩を掴んだ。 「篤人さん!ダメです!!」 「っ……離してよ!あいつら、許せ……」 三幸を見た篤人は、堪らえようとする表情をした。それから鳥谷部達に視線を移すと、細目のままデストロモンを見据え、シーチューモンの濃紺の翼を淡く輝かせ、羽ばたきと共に雪を巻き上げ竜巻の壁を作り上げたのを見た瞬間、篤人は土足で聖域を踏み荒らされた怒りで、止める三幸にも構うことなく、喉が破れるほどに叫んだ。 「お前らが風見さんの真似をするな!!デストロモン!!!あいつらを殺「離れろ三幸!!」 ミミックモンの声で三幸は篤人から離れると、慟哭の混ざった叫びで砲撃を命じかけた篤人の体に、鉄球が巻き付く。篤人はその重みから激情を薄れさせ、瞬きをして息を吸い、鉄球から伸びる鎖の先のミミックモンとソフィーに、視線を移した。 「Arrete!!」 ソフィーが叱り飛ばすような声の断固たる表情で、腕を組みながら篤人を見据えす。篤人は一瞬、いつもの表情に戻りかけるも、竜巻の音を聞いた瞬間に薄れていく怨恨と怒りを再び煮え滾らせ、ミミックモンの鉄球を無理矢理解こうとした瞬間、篤人の首筋に張り付くように、氷が現れた。 「冷た……」 篤人は小さく言うとようやく動きを止め、デストロモンもジャンクモンまで退化していく。 同時にシーチューモンも、最早必要は無いと竜巻を打ち消した。 「……片桐くん、落ち着いた?」 諭すような雪奈の声と共に、氷は無音で消えていく。篤人は落ち着いたと見た三幸はファングモンの近くまで移動し、様子を注視する、 篤人は小さく息を吐き、怒りを消そうと必死になりながら雪奈のほうを向いた。 「全然落ち着いてない。今すぐあいつを殺して、形見を取り返したい」 未だ呪詛と怨恨が混ざった顔のまま、それでも表情を作って話す篤人に、雪奈も落ち着こうと息を吐いてから答えた。 「わたしも、このディーアークを友達を殺した奴らに使われたら、片桐くんみたいになると思う」 防寒着の内ポケットから取り出した友人のディーアークを篤人に見せ、静かに憤ったまま答えた。 その言葉で雪奈の目を見た篤人は、震えを止め、ジャンクモンのほうを勢いよく向いた。 「ごめんジャンクモン……僕、完全におかしくなってた」 「……お前が無茶苦茶しようとするなんて、今に始まったことかよ……」 体の重たさから、ジャンクモンは呻いてから篤人に答えると、それを見た雪奈は「決めた」と短く言い、杖を強く握り鳥谷部を見据えた。 「あの人も魔術を使うなら、相手は私がする」 「なら、ここで「これ、お願い」 再びデジヴァイスを取り出そうとした篤人の言葉を遮り、雪奈はディーアークを篤人に手渡した。 「片桐くんはわたしの友達を……捕まってる人達やサンドリモンを、助けに行って」 篤人が、何かを堪えた絞り出す声で「待ってよ」と言うと、三幸とファングモンは顔を合わせ、雪奈の隣まで歩み出た。 「なら手伝います……あの人とは戦ったことがあるので、力になれるはずです」 「犬童さん……!?」 「篤人さん!今回の目的はサンドリモンと……城に捕まってる人達を助けに行くことです!!」 三幸の言葉に、篤人は何も返せなかった。その様子を見たジャンクモンは篤人の登山靴を叩いた。 「アツト!お前は選ばれし子供だろ!それに、愛為理ちゃんならどう動くか分かるよな!? ……これ以上の理屈がいるか!?」 ジャンクモンの発破に、篤人はようやく全ての感情を飲み切り、頷いた。 「決まったならば救助は吾輩達に任せるといい!終わったらすぐに戻る!」 「行きましょう、アツト」 フロゾモンとソフィーの言葉に、篤人は顔を上げ、雪奈と三幸を見て、無理矢理笑った。 「僕達で絶対に助けてくるから。二人とも、絶対に死なないでね」 そして篤人はストックを握りしめ、歩き始めた。 「で……何で素通りさせた?」 「用意はしてるし、あなた達が話してる間にこっちも打ち合わせは済ませたからよ……さ、て」 篤人達が立ち去った後、訝しむファングモンに余裕のある様子で返した鳥谷部は、雪奈の顔を見るなり息を呑み、目を泳がせた。 「霜桐雪奈さん……よね?悪いことは言わないから、あなたは帰りなさい」 予想外の言葉に、三幸は鳥谷部から焦りのようなものを感じ取ったが、無言でデジヴァイスを握りそのまま彼女を見据える。雪奈も予想外の言葉に目を細めたが、杖を握ったまま真っ向から言い返した。 「そうはいきません!さっきも言ったけど……城には友達がいるんです!!」 「……だったら、友達は解放してあげる。それなら帰ってくれる?」 「は!?あんた、急に何を言ってんだ!?」 予想外の言葉にブルコモンが一瞬呆気に取られるも、雪奈はその返答を受け顎を引き、杖の根元を地に叩きつけて怒鳴り返した。 「ふざけないで!!それを受け入れたら……わたしは一生自分を許せません! それに、その選択をしたわたしを、颯乃ちゃんは絶対に許さないに決まってます!!」 鳥谷部は返せる言葉を探そうと、雪奈からも目線を反らし、こめかみに人差し指を当てながら、三幸にも聞こえない囁きを繰り返していた、 「母上……どうか、覚悟を決めてくだされ……」 もう無理だ。そう言いたげに顔を伏せたシーチューモンの言葉に、鳥谷部は呻きを堪えた様子で歯を軋ませ、ゆっくりとデジヴァイスを取り出すと、その細い目に何処か嫌がる気持ちを滲ませながら、デジヴァイスと紋章を暗く輝かせた。 「……シーチューモン、超進化」  シーチューモンが暗く冷たい灰色の光を身に纏うと同時に吹雪が始まり、ゴーグルに覆われた眼は見定めるような暗く鋭い光ものへと変貌する。濃紺の巨鳥は、吹雪の中僅かに差す陽光を受けて透き通る氷色の飾り羽を持つ、火喰鳥と孔雀を掛け合わせた、熱を喰らい尽くす雪山の主へと姿を変えた。 変貌したシーチューモンの姿に、寒空は恐怖で震えたかのように更に吹雪を強めると、まるで皮膚を削るように吹き荒れる冷たい風と雪と共に、雪山の主たる冷たき死の巨鳥は、甲高くその名を劈いた。 「フロスベルグモン!!」 Chapter4・凍てつく愛情、フロスベルグモン 百連ちゃんへ。 城には片桐君とソフィーちゃん、協力者のフロゾモンが向かってます。待伏はさせてるとはいえ確実に城には着くから体勢を整えておいてね。 私は犬童さんと協力者の魔術使いを迎撃します。このメッセージ到着から20分以内に私が戻らないようであれば、王子様候補は全員本部に送ってね。 もしトラブルが発生したら、始末して構いません。 「二手に分かれましたか。まとめて来られるよりは良いですが」 バイタルブレスに届いた鳥谷部からのメッセージを百蓮は目を細めて確認し、軽食の大福を半分口に入れ、咀嚼する。 城の広間の出入り口を固めるユキダルモンの姿を見てから、メッセージをムシャモンにも見せた。 「20分以内でござるか。鳥谷部殿でも一筋縄ではいかないと……む」 何かを感じ取ったムシャモンが、自分の大福を咀嚼しながら数珠に触れ、人魂のように光らせたそれを握り広間を見渡し始めた。 少しして百蓮が何か探っているかと尋ねると、ムシャモンは大福を飲み込み、口を開いた。 「ご無礼。探ってる者がいるようでしてな」 「探る……式神かナノマシンですか?」 「否。この感覚は【氣】の類でござる」 ムシャモンの話で百蓮は咄嗟にカラテンモンの姿を思い浮かべ、勢いよく椅子から立ち上がった。 「ムシャモン。今すぐ王子様候補達を本部に送りますよ」 「なんと!それだと鳥谷部殿の指示を無視することになるのでは!?」 「十分トラブルです。それに鳥谷部さんなら話を聞いて……あ!」 話の途中、どこからか放たれたロケット弾が広間の中央に着弾し、爆ぜた。 「何奴……ぬおっ!?」 巻き上がる爆煙とガラス片に目をやっていたムシャモンは、暗く冷えた城の空気を引き裂くように飛んできたカラテンモンの一撃を咄嗟に防ぎ、押し返す。カラテンモンはその力に逆らわず飛び、訓練所の入り口から現れた神田颯乃の元へと戻った。 「……軽食くらい、落ち着いて摂らせてくださいよ」 百蓮はため息をつき、バイタルブレスを通して城に居るデジモン達に入り口と地下室の守りを固めるよう伝え、残った大福を口に入れた。 「ラリッサ達は地下に!あのテイマーは私が!」 「分かった!またあとでね!!」 王子様候補達とそのパートナーとなったデジモン達 は颯乃の指示を受け、地下室を目指し駆け始める。それを薄目で見送った百蓮は一度、思考の整理を始めた。 王子様候補達に渡したのは、最初期に作ったひと屋製デジヴァイス。出力も低く体力も大きく消耗する文句無しの粗悪品。わざわざこんなものを引っ張り出した目的は、少しずつ人間の力を奪うため。 地下室に向かった者は警備に任せればいい。数で対応出来る。目の前にいる神田颯乃も、少なくとも本来の力は出せないはず。 今は優位だが、気は抜けない。そう結論した百蓮は颯乃の睨みを薄目で返し、ムシャモンは刀を構えて歩み出た。 「すぐ騒ぎを止めなさい。そうすればあなた方は見逃します」 「嫌だね。幾ら百蓮の姉ちゃんの言うことでも聞けねぇ」 「なら話は終わりです。 ムシャモン、超進化」 処刑を宣告するような百蓮の声音と共にムシャモンの身体は光に包まれ、黒金の甲冑とくすんだ金の兜身に着けた竜人へと姿を変える。 進化したムシャモンは、【く】の字に曲がったような二振りの刀を携え、討ち取るべき敵へ、名乗りを上げた。 「我が名はガイオウモン……御首頂戴!!」 颯乃は唾を飲み込んだが、想像だけはしていたという様子で軽く足踏みをすると、間違いなく彼女本来のものではない桜色の粗悪品を握りしめ、カラテンモンに力を送り込んだ。 ──── 「愛甲と申します。まずは鳥谷部さん。心中、お察しします」 最初に来た林花英と名乗った女は鳥谷部の話を聞くなり「上司に代わります」と言って部屋を出た。それからほんの数分後に来たのは、愛甲と名乗る金の義眼をつけた20半ば程の女だった。 鳥谷部は自分と干支が一回り以上違う者達が、本当に復讐代行業の人間なのかと強く疑い始めた。しかし、彼女の黒目と金の義眼の奥から、真っ黒な光が爛々と輝いているように見え、目が離せない。 惹き寄せられるものと怖気を同時に感じ、鳥谷部は麦茶に口につけ、その光を直視しないように話を続けた。 「私の心中も未来もいい。娘の仇が取れれば」 視線を、娘の遺影に向ける。愛甲は鳥谷部を見たまま差し出された麦茶に口をつける。動かない金の義眼から、まるで自分を見定めるようなものを感じて鳥谷部は、愛甲から目を逸らそうとした。 麦茶を飲み込んだ愛甲は一度目を伏せ、感情を抑え込むような低い声で返した。 「家財も車も。足りないなら臓器を売ることも考えると」 覚悟したはずの言葉が、今になって背中に薄ら寒い湿りを生み出した。それでも愛娘を失った絶望と復讐心からの震えを堪え、愛甲の目の奥の光を見ないようにして、鳥谷部は頷いた。 その頷きを見た愛甲は一瞬俯くと、何かを決めたように黒目を見開いた。 「お金の代わりに、私達の手伝いをしてもらえませんか?」 理外の理としか思えない提案に、鳥谷部は表情を強張らせ、動けなくなった。復讐代行業の人間が、娘を失ったばかりの中年女性に、何を求めている。 「私の持ってる資格は運転免許とMOSくらいよ。 事務員が欲しいなら、ハローワークにでも求人を出して頂戴」 得体のしれない恐怖心から発された、跳ね上がる鼓動の音に鳥谷部は耳を塞ぎたくなる心地のまま、愛甲を睨んだ。 「求めているのは事務員ではありません」 「なら!私に何を手伝えって言うの!!」 目を動かさず返した愛甲は感情を抑えきれずに叫んだ鳥谷部を見据え、まるで彼女も縋るように悲壮を纏わりつかせた声音で、願うように言った。 「私の復讐の、手伝いを」 ──── 「良かったじゃない。三人とも買い手がついて」 オークション会場エリア外れの店舗で、鳥谷部は自分の娘を殺した男達。もとい【商品】に冷たく笑いかけると、品の一つが「俺達が何でこんな目に合うんだ!!」と叫び、檻を叩く。 胸の奥で血肉が凍るような冷たい風が吹くのを感じながら、鳥谷部は品に目を合わすことなく尋ねた。 「鳥谷部六華を覚えてる?」 男達は、一瞬で何かを思い出したように顔を見合わせてから、沈黙した。 鳥谷部はそれに何も言わず、氷柱のような目で品を見た後、購入したアンドロモンへ店員としての笑みを向けた。 「3点で90万bitとなります。デジヴァイスは……」 「実験用の人間には不要だ」 アンドロモンが無感情に言うと鍵を開け、喚く男達の首に腕から射出したロープを繋げ、そのまま引きずり店から去っていった。 こうして鳥谷部晶子の、仇討ちは終わった。 ──── 吹雪が続く雪山の中、仇討ちの終わりを思い返した鳥谷部は、フロスベルグモンに対抗すべく進化したヘルガルモンとクリスペイルドラモンではなく、恐る恐る霜桐雪奈を見て、すぐに目を逸らした。 髪も目の色も違う。もう少し活発な雰囲気だった。顔を近くで見たらきっと細かな所が違うだろう。 それでも確かに、理不尽に殺された娘と似ている。鳥谷部は娘の顔を思い出し、犬童三幸の右頬の傷へ、逃げるように視線を移した。 「……顔を見たくないのは、こちらもです」 フロスベルグモンはそう呟くと、一瞬目を伏せ、再び顔を上げる。それからは火山から変貌した雪山の主として、雪奈達を威圧的に見下す目を向けた。 「これより先は貴様らの価値を示せ。価値が無ければ、凍え死ぬのみだ」 「お前こそ焼き鳥として価値があるんだろうな?」 「ヘルガルモン。ヒクイドリの肉は硬いらしいので、焼き鳥には向いてませんのよ。 やるなら鶏鍋ですわよ」 白む視界の中、低く威圧的に告げるフロスベルグモンにヘルガルモンと三幸は一歩も引かずに返すと、フロスベルグモンは楽しげに鼻で笑う。それからすぐ、クリスペイルドラモンと雪奈も雪面を踏みしめ、歩み出た。 「……人が培ってきたものを土足で踏み荒らしやがって。ムカつく連中だな。 お前らみたいな奴には、負けねぇ」 「……だね、クリスペイルドラモン!」 憤りを抑えながら睨む雪奈の姿に、鳥谷部は腹底から引き裂かれていくような痛みを堪え、再び目を逸らした。 そのままデジヴァイスを取り出し、フロスベルグモンはまた鳥谷部の顔を見て、何も言わずに目を伏せたまま、翼を淡く輝かせた。 「……イノセンスブリザード!!」 顔を上げた雪山の主が、氷のように透き通る尾羽と翼を揺らめかせ、一瞬で猛吹雪を巻き起こす。 徐々に世界が白一色に染まる中で鳥谷部は淡い青の光を見つけ、それを険しい目で見据えた。 「これなら強化すれば……クリスペイルドラモン!」 「……カロスディメンション!!」 叫びと共に、風向きが変わった。鳥谷部が吹雪に耐えかね目を抑えようとした瞬間、ヘルガルモンが横からフロスベルグモンに接近するのが見えた。 「貴様が強くなったとしても……速さで某に敵うものか!!」 フロスベルグモンが魔狼の爪を軽くに躱し、飛行して距離を取る。着地の瞬間、スラスターを噴き突撃するクリスペイルドラモンの爪を凍らせた翼で防ぎ、蹴りを見舞おうとした。 接触の直前、クリスペイルドラモンの爪は魔術の輝きと共に一瞬で溶け、瞬時にフロスベルグモンの氷の翼と接着し、凍結した。 「某の翼を……!」 「付け焼き刃の魔術で俺達に勝てるか!行け!ヘルガルモン!!」 フロスベルグモンを抑え込む姿勢に入ったクリスペイルドラモンの声に応え、ヘルガルモンが咆哮と共に爪を振り上げ猛進する。フロスベルグモンは爪と繋がった翼を引き剥がせず、藻掻いている。 「……引き剥がせないなら切って!!」 鳥谷部が悲鳴混じりに叫ぶと、フロスベルグモンは躊躇なく風の刃で凍結した翼の先端を切り裂き、大きく跳躍して魔狼の一撃を再び躱した。 「……怪我は!?」 「ご心配召されるな!ヘルガルモンにやられた訳ではありませぬ!」 鳥谷部は自身の近くに舞い戻ったフロスベルグモンに声を掛けると、彼は自分を安心させようとする声音と表情を見せ、再び魔狼と氷竜に対峙した。 「魔術とはそうも使えるのだな。勉強させてもらったぞ」 フロスベルグモンが喉を鳴らし、雪奈とクリスペイルドラモンを見た。口を真一文字に結び身動ぎ一つせず睨み返す二人の姿を見て、鳥谷部はこめかみに人差し指を当て、思案した。 力勝負はヘルガルモンに負ける。前に戦った時とそれは変わらない。更に今回は、クリスペイルドラモンだけではなく、魔術の支援まであるのだ。 魔術勝負は、修練を積んだ魔術師と選ばれし子供のデジヴァイスを読み取った自分の、付け焼き刃の魔術では勝負は見えている。 (世代差は……無いものと思ったほうがいいわね) どちらも間違いなく強敵。それでも、持っている全ての手札を活用すれば、勝てる自信はある。 大きく息を吸い、吐く。鳥谷部は冷たく乾いた空気を取り込みゆっくりと頭を冷やすと、空色のデジヴァイスを握りしめ、フロスベルグモンに力を送り込んだ。 「フロスベルグモン。今は真っ向勝負は避けていきましょう」 「然らばまた……イノセンスブリザード!!」 鳥谷部の指示に迷いなく応えたフロスベルグモンは再び尾羽と翼を揺らし、吹雪を巻き起こした。 ──── 「さっきより勢いが……これも晴らせますか!?」 「出来るけど少し時間を……わっ!?」 更に強まる吹雪の中、三幸は冷たく乾いた風で染みる頬の傷の痛みを堪え、怯まず目を開く。雪奈も慌てずクリスペイルドラモンの強化を行おうと杖を握った瞬間、何処からか飛来した氷塊が肩に命中し、雪面に膝をついた。 「雪奈!?なにをされ……うおっ!!」 振り返ったクリスペイルドラモンには風の刃が飛来し、氷の外殻が削り落とされた。 どこから攻撃が飛んできたか考える前に、三幸は白くなり続ける視界の中、姿が確認できる雪奈とクリスペイルドラモンの元へストックも使わずに駆け寄ろうと足を動かそうとした。 それからすぐ、風ではない音が聞こえ三幸が振り向いた瞬間、自分の拳ほどの岩石が真っ白な世界から頭へと飛来し、ヘルガルモンがそれを防いだ。 「ありがとうヘルガルモン。攻撃はどこから……」 「場所はわからんが遠くからだろう。追いかけて止めようにも、オレじゃアイツに追いつけんぞ」 三幸は一先ず雪奈の近くへと駆け寄ると、雪奈に手を差し出した。 「雪奈さん。大丈夫ですか?」 「いてて……わたしは平気。 待ってね、この吹雪を晴らし……うわっ!」 再び、雪奈や三幸を目掛け飛来した氷塊をクリスペイルモンが防ぐと、ヘルガルモンは「あの鳥公」と忌々しそうに呟き、爆炎風を足元に放ち周辺に炎の壁を形成した。 「ナイスですわヘルガルモン!これなら……」 「長くは持たねぇぞ、この吹雪じゃいずれは熱が無くなって消えるからな」 「でも、考える時間が出来たよ」 飛来し、蒸発した氷塊を見て息を吐いた雪奈が、僅かに表情を緩めた。 「まず歯痒いけどフロスベルグモンには……わたし達じゃ追いつけない。 多分究極体の中でも、早い側に入ると思う」 「だがヘルガルモンを避けてるあたり……パワーのあるタイプじゃ無いだろうな。 多分、速さと手数の多さで戦う奴だ」 雪奈とクリスペイルドラモンの話を、三幸は傷に手を触れたまま聞き、炎の壁を凝視した。 「まずフロスベルグモンを見つけないといけない。でも問題は、スピードよりもこの吹雪だよ」 「他に何をしてくるか分からないが……このまま吹雪が強まったら、何も見えなくなっちまうからな」 苦虫を噛み潰した顔で話す二人が、炎の壁で隔たれた吹雪に目を向ける。ヘルガルモンが「鳥公め」と苛立ち混じりに吐き捨てたのを聞き、三幸は……選ばれし子供のデジヴァイスの記録からの発想か、それとも自分の考えか、どちらかも分からないまま思いつき、ヘルガルモンに声をかけた。 「ヘルガルモン。この壁、広く出来ません?」 「ミユキとセツナから力を貰っても無理だ。出来ても、吹雪でいずれ消されちまう」 ヘルガルモンの返答に、三幸は苦い顔で返した。 「……フロスベルグモンを閉じ込めれば、全部解決と思ったんですが……」 「流石に現実的じゃ……ん……でも……もしかしたら……?」 三幸の言葉に雪奈が思いついた顔を浮かべると、それから少しして、思い直した様子になった。 「……思いついたけど、相手の手の内がまだ分からない以上、リスクが大きすぎるかも」 「でもこのままだと、ホワイトアウトした中で一方的に攻められるだけになりますわよ。 ここは、覚悟を決める必要があると思います」 逡巡無く答えた三幸に雪奈は覚悟を決めるように小さく唸り、杖を強く握った。 「なら三幸ちゃん、ちょっと時間がかかるから少し待……ん?」 吹雪とは違う音がした方へ雪奈が振り向くと、雪と氷を携えた竜巻が、炎の壁へと迫っていた。 「……ヘルガルモン!あれ打ち消せますか!?」 想定外の現象から生じた焦りを飲み込んだ三幸に応え、ヘルガルモンは大きく息を吸い込んだ。 「ヘルガルモン!その竜巻を抑えれば俺と雪奈で何とか出来る!頼んだ!!」 「そっちこそな……ハウリング!バースト!!」 爆炎風を凝縮した炎の大玉と竜巻がぶつかり合い、炎は舞う氷塊や氷刃を蒸発させながら竜巻と衝突し、拮抗を始めた。しかし竜巻が巻き込んだ雪氷が溶けると、竜巻が纏う冷気で瞬時に冷やされ再び氷と化し、火の勢いを削ぎ落とす。 無限に繰り返される氷の竜巻に、炎は徐々に熱を失い、小さくなり始めた。 「何ですかあの消える気配の無い竜巻は!! ……だったらもう一発!」 三幸はデジヴァイスへ力を送り、ヘルガルモンは更に巨大な火球を放つ。一撃目の炎が切り裂かれる瞬間、2度目に放った火球がそれを取り込み、竜巻と再び拮抗し、再び徐々に熱を失っていく。 「これだけ力を込めれば……お願い、クリスペイルドラモン!!」 「行くぞ雪奈……カロスディメンション!!」 紺碧に輝いた杖と同じ輝きの吹雪をクリスペイルドラモンが巻き起こすと、一瞬にして竜巻を飲み込み、周辺に薄青に透き通る氷の結界を作り上げ、吹雪を遮断した。 「……これも破るか」 姿を晦ませていたフロスベルグモンは苦々しく吐き捨て、薄青に透き通る【鳥籠】と遮断された吹雪に目をやってから鳥谷部の元へ飛び戻った。 Chapter5・鳥籠の攻防 「……本番はここからだな、雪奈」 雪奈はクリスペイルドラモンの言葉に、流石に疲労が隠せない様子で杖で体を支え、軽く笑った。一方で鳥谷部も、少しずつ狭まり始めた氷の結界を一通り眺め、焦りを堪えるように息を飲み込む。 フロスベルグモンが氷の壁に対し、爪に氷と風を纏わせた蹴りを放つと、分厚い氷は一瞬にして貫通するが、外の吹雪を取り込み、瞬く間に穴を塞いだ。 「この中でイノセンスブリザードを使っても無駄だ。今みたいに取り込むからな。 この氷の結界は、お前の【鳥籠】だ」 クリスペイルドラモンの言葉に構わず、フロスベルグモンは推し量る目のまま【鳥籠】を一通り眺め、同じ目で三幸達を見据えた。 「……高さも幅も10mくらいかしら」 鳥谷部は息を吸い、再びこめかみに人差し指をあて細い目のまま、動きの止まった壁を再び観察し始めると、何かを思いついたように目を開き、フロスベルグモンに耳打ちした。 何を、考えた。三幸がその先を想像するより先に、鳥谷部は空色のデジヴァイスを握りしめ、デジヴァイスをくすんだ色に輝かせた。 「正面勝負しかないなら、短期決戦で!」 フロスベルグモンがデジヴァイスから放たれる同じ色と光を身体に、翼に淡い空色の光を帯びて叫ぶと、雪面を蹴り飛翔した。 灰色の閃光と化したフロスベルグモンは、ヘルガルモンへ大量の風の刃を放ち牽制すると、そのまま一直線に、雪奈に狙いを定め突撃する。 「テイマー狙いか!?上等だ!!」 クリスペイルドラモンはスラスターを噴かせ灰色の閃光を迎え撃つ。フロスベルグモンとクリスペイルドラモンの氷の爪がぶつかり、氷片が飛び散る。フロスベルグモンはぶつかり合いの反動で宙返りを行い鳥籠の端へ着地すると、ゆっくりと体を沈め、足に力を込め始めた。 「流石にアレは……クリスペイルドラモン!」 雪奈がクリスペイルドラモンに魔術を使用し、左の氷爪を大盾へと変質させると、クリスペイルドラモンはその場で足踏みし、フロスベルグモンを真っ向から睨みつけた。 「……その盾ごと貫いてくれる!」 「来い!その自慢の足をへし折ってやる!!」 劈いたフロスベルグモンが、爆発したように氷雪を巻き上げながら駆け始めた。クリスペイルドラモンは動きを注視しながら大盾を構え、ヘルガルモンはフロスベルグモンの横を取るべく、動き始める。 爆ぜるような氷塵と共に、雪山の主が徐々に大盾へと近づく。 鳥籠の中で、全員が息を呑んだ。 「……っ、フロスベルグモン!今!!」 鳥谷部が声を張り上げると、大盾の目前まで迫るフロスベルグモンが、急減速した。 「なんだ!?一体何を考え……」 クリスペイルドラモンは減速を不審に思いつつも爪を振りかぶった瞬間、フロスベルグモンの嘴には、薄灰色に濁った光が収束していた。 「何あれ……分からないけど何か……避けられないなら盾で防いでクリスペイルドラモン!!」 「……ヘルガルモンは低い姿勢で!あの足を刈り取ってやりなさい!!」 雪奈は迷いなく守りを、三幸は迷いなく攻撃を選ぶ。体勢を屈め接近するヘルガルモンの姿をフロスベルグモンは一瞬確認し、光をクリスペイルドラモンに向けた。 「……フリージングレイ!!」 収束した光が拡散し放たれ、クリスペイルドラモンの大盾や鳥籠の氷壁に触れ、一瞬にして薄灰色へと変化していく。その瞬間、炎の爪が横一閃に、フロスベルグモンの片足を吹き飛ばした。 激痛からの劈きが鳥籠の中で反響し、赤い0と1を撒き散らしながら羽ばたき後退するフロスベルグモンに、ヘルガルモンは火球で追撃を仕掛けるが、難なく回避される。 三幸はそこで、フロスベルグモンが放った光は何だったのかと疑問を浮かべつつ、一先ずヘルガルモンへと駆け寄った。 「ヘルガルモン!今の光に当たってませんか!?」 「オレはかすってもいないが……クリスペイルドラモンはどうだ?」 「あたったが痛みはない。だが、何をされた……?」 クリスペイルの大盾の一部は、薄灰色に変色し白い煙を上げている。その次に、背後の氷壁にも視線を送ると、やはり同じように、白い煙。 なんだこれは。とにかく対応しないと。理解よりも先に直感した三幸は、すぐ雪奈に声をかけた。 「雪奈さん。盾とあの壁、再構築しません?」 三幸の提案に雪奈が頷き、壁を見るとすぐに目を細めた。一体どうしたと三幸も同じように壁を見ると、変色した氷が、徐々に広がっている。 「……一体、何、を…さ……れ……?」 いつの間にか、白い煙を吹き上げる薄灰色の氷が、鳥籠全域に広がっている。三幸は急に、眼球や脳を裏から押し込まれるような激痛と、外の吹雪の音で遮られない異様な耳鳴りを覚え、世界が揺らぎ始め、項垂れた。 そしてその時に、雪奈も自分と同じ様子になっているのが見えた。 Chapter6・氷の棺桶 「おいセツナ!ミユキ!一体どうした!?」 二人の様子が、突然おかしくなった。ヘルガルモンとクリスペイルドラモンが急いで駆け寄ろうとした瞬間、フロスベルグモンが雪奈を目掛け風の刃放ち、クリスペイルドラモンの盾がそれを防いだ。 「てめぇ!雪奈と三幸に何しやがった!!」 「……フリージングレイはね、命中した物をドライアイスに変えるの」 ドライアイス。固体化した二酸化炭素。ヘルガルモンはそこまで想起し、変色した壁とクリスペイルドラモンの盾を見た後、苦しみを感じられない鳥谷部の表情は、既に何かしらの魔術が使われてると考えながら、焦りを膨らませた。 「危なかったわよ?この鳥籠の中じゃ、フロスベルグモンのスピードは活かしきれないし、現にこの子は片足を吹き飛ばされたから」 二酸化炭素で満ち始める空間の中、鳥谷部は平然と細目で苦笑を浮かべた後、ヘルガルモンに強い敵意の目を向けた。フロスベルグモンは失った片足を氷で作り上げ、変わらず推し量るような目のまま、こちらを見据える。 巨鳥の【鳥籠】は今や、ドライアイスの【棺桶】。このままでは、全員死ぬ。 「先に言っておく。貴様らが用意した鳥籠は既に某が上書きした。その魔術師では解除は出来ぬぞ。 尤も、これにはかなりの力を使ったがな」 フロスベルグモンが淡々と低く言うのに構わず、クリスペイルドラモンは盾を爪に戻し【棺桶】を渾身の力で引き裂くが、入ったヒビはすぐに再生され、爪のドライアイスが更に侵食した。 「くそっ!これを何とかしねぇと全員……!」 「ここからが、本当の価値の示し時だな」 フロスベルグモンは飛翔し、ヘルガルモンに風の刃を放つと同時に、急加速して突撃する。クリスペイルドラモンが割って入り、攻撃を防いだ。 「……ヘルガルモン!パワーは、お前のほ、うが上だ!この鳥野、郎は俺が何とかす、るから……壁、を頼む!」 息を乱し始めたクリスペイルドラモンに対し、ヘルガルモンも痛みと息苦しさでまとまらなくなった思考のまま、壁に近づいた。その瞬間、三幸が膝をつくのを堪え俯いたまま、デジヴァイスへ力を送り込んだ。流れてくる力を感じたヘルガルモンは、半ば奮い立つために、咆哮した。 「……せ、つな。ヘルガ、ルモンに」 フロスベルグモンの攻撃に耐えるクリスペイルドラモンの言葉に、雪奈は体を左右に蹌踉めかせながら杖を赤く光らせ、ヘルガルモンの振り上げた右腕を大槌に変えた。 ヘルガルモンが一瞬覚悟のために息を呑み、壁にヒビが入るような咆哮と共に、渾身の力で大槌を壁に打ちつけると、ドライアイスの【棺桶】はそのまま砕け散り、何も残すことなく消えた。 「まさか、これも破られるなんて……!」 「見事。だが……勝負はまだ終わってはいない!」 【棺桶】を打ち砕かれ、鳥谷部は目を見開き衝撃と叫びを抑える。フロスベルグモンはクリスペイルドラモンから離れ、大量の氷塊と風の刃を撒き後退し、鳥谷部を背に乗せ吹雪の中へと消えた。 「あの害鳥野郎!また隠れる気かよ!!」 「オレもあの鳥公を八つ裂きにしてぇが!まずはこのドライアイスを何とかするぞ!!」 壁を叩き割ったヘルガルモンの右腕の一部が、ドライアイスと変化している。クリスペイルドラモンも自身の爪を見て、雪奈達から距離を取った。 フロスベルグモン達は既に吹雪に紛れ、姿が見えない。ヘルガルモンは苛立ちを低く唸って発散し、炎ごと薄灰色に凍結した右腕と、息を整え始めた三幸達を交互に見て、呟いた。 「セツナが何とか出来るか、オレが溶かせるなら問題はないが……あ?」 遠くから聞こえた劈きと、空色に輝く光が見えた瞬間、ヘルガルモンの右手が、少しずつドライアイスに侵食され始めた。 「おいなんだこれ……何をされ……!?」 そして侵食していくドライアイスが煙をあげ、ヘルガルモンの右腕を少しずつ昇華し始めた。 「あの鳥野郎!こんな無茶苦茶な魔術を隠して……!」 ヘルガルモンと同じく、ドライアイスが侵食と昇華を始めたクリスペイルドラモンの叫びを聞き、ヘルガルモンは、左腕で殴り壊そうとしたが、昇華する気体に触れた瞬間に左腕が急速に冷えていく感触を覚え、引っ込めた。 触れれば左腕まで、侵食され消える。散っていく0と1と共に消える右腕の感触に、ヘルガルモンは恐怖から、縋るように三幸を見ると、漸くと言った様子で頭を上げた彼女は、歯を軋ませながら、未だに苦しげな声音のままヘルガルモンをまっすぐ見据えた。 「ヘルガ…ルモン!溶かしてたら手遅……腕……切……」 垂れた柳のようにフラフラとしながら頭を抑え、振り絞る三幸の言葉に、ヘルガルモンは即座に断末魔同然の叫びを上げ、ドライアイスが侵食していく右腕を焼き切ると、口から炎を噴き出し、ドライアイスを吹き飛ばす。続けてクリスペイルドラモンの腕も焼き切り、三幸達の元へと駆け寄った。 「……ミユキ!セツナを連れて離れるぞ!!このままじゃ「相手は絶対に、逃がしてくれないよ……」 ヘルガルモンの叫びに、三幸では無く雪奈が、杖で体を支え、荒く乱れた息のまま答えた。 「……まだ無理に喋るな雪奈!」 「まず二人とも、助けてくれてありがとう……でも、ここからは……」 咳き込み、力なく膝をつきかけた雪奈を、クリスペイルドラモンが支えると、再び強まり始めた吹雪の中で「イノセンスブリザード」と、虫の羽音のように小さな声が聞こえた。 「あの二人が、他に何が出来るか分からないけど……もし、わたし達が同じ事が出来る、なら……」 「……まず、動きを、止める」 いつしか吹雪は凄まじい勢いで強まり、まるで八寒地獄の入り口へと踏み込んだかのように、視界はほんの数メートル先すら見えない雪の白で埋まった。