生殖において各性の負担は一様ではない。個体発生が生るまで子の身を預かる側の負担は、 当然、生殖細胞の一方だけを相手方に渡しさえすればよい側に比べてはるかに重い。 ゆえに負担感を減らす様々な戦略が存在する――つがいとして配偶者を守ることに徹するもの、 相手の身体の一部として取り込まれ、自我を完全に捨て去った臓器として生まれ変わるもの、 交尾の一瞬にのみ生命を掛けて、後はそのまま絶命するもの、餌として食われるもの。 いずれにしてもそれは、生命を差し出す以上の“誠意”を雄が持ち得ないことを意味する。 彼らが取った戦略は、自らの命よりは安くあがり、知的生命体にはよく効くものであった。 画面を見る女の顔は暗い――が、唇の端は不機嫌さを相殺するぐらいにだらしなく緩み、 時折、恐ろしげに伸びる手は腹部に当たると電流でも流れたかのようにびくりと跳ねた。 いくら睨んでも、己の胎内に在るそれの存在までを否定することは叶わない。 そして緩やかな――目視もできないような――胎動が起こるたび、 女はぐっと噛み締めた歯列の隙間から、泡立った唾液の粒を落とすのであった。 そろそろ鎮静剤の効果が切れる。船に積んである分ももうほとんど残っていない。 息の次第に上がっていくのを自覚して、ぎゅうっと強く拳を握り締めてみるものの、 痛みや筋肉の攣り程度では、その火照りをごまかすにはとても足りないのである。 画面内に標示される文字列、それはある種の軟体動物の学名を指していた。 生息数は決して多くないが、生息域は銀河中に散らばっていることが確認されている。 しかし当然、彼らは恒星間移動能力――もっと言えば、自分たちの棲む森林からさえ、 自らの力で脱出する知能と能力を有していない、ごく土着の生物である。 ここまで広がってしまったのは、個人でも容易に銀河を旅する船を所有できる時代ゆえだ。 事実、多くの銀河港ではその遺伝子情報を保有した船舶の停泊を禁止してさえいた。 彼らは熱に弱い。酸や塩、市販の忌避剤で十二分に追い払うことだってできるし、 そもそも運動能力も低ければ、周囲を細やかに理解するだけの知覚能力もない。 地を這い、粘液にぬるついた跡を残しながら、触れたものが餌であるならば食い、 異性――繁殖に適した相手であるならばつがう、そんな場当たり的な生物である。 天敵に抗うための、有効な武器を有しているわけでもない――ただ一点、彼らの特徴は、 それでもなお、子を生す重責を担う雌を、繁殖に乗り気にさせる機能を有していることだ。 その体表を包む粘液には、同種の雌を性的に強く興奮させる成分が含まれていたのである。 そして奇しくも、その対象は同種に限らず――本来生物的にかけ離れた相手、 交尾の対象として彼ら自身が想定もしなかったような種族にさえも効いてしまったのである。 それゆえに、媚薬代わりに乱獲され利用された歴史もあった――絶滅こそ免れたものの。 彼女が生態調査の依頼を受け、棲息する森林を訪れたのも、彼女の不倶戴天の敵、 宇宙海賊達が資金源として、この生物を狙っているとの噂を耳にしたからだ。 結果としてそれは単なる噂に過ぎず、一体を検査のため船に載せて運ぶことになったのだが―― 彼女はその成分の揮発性が高いことを知らなかった――様子を見るために覗いた際、 その雄が身体から発していたものを、強く嗅いでしまったのである。 賞金稼ぎという仕事柄、毒物への危機意識は敏感で――すぐさま、己の異変を察した。 追い詰められ様に、女を傀儡と化すような媚毒を撒くような悪漢と相対したこともある―― 体温上昇、心拍数増加、思考の緩やかな混濁――息が、熱い。肺が灼ける感覚に喉が渇く。 交尾のために、ぷるぷると尖らせた彼らの性器から視線が離せなくなり――そして。 なぜ宇宙のあちこちに生息しているかの理由を、彼女は自らの身で知った。 だが、よもや。地球人種と彼らの生物学的な隔たりは極めて大きく、 また彼らにいくらか近い人種との接触事例でさえ、受精にまで至る報告はなかったのに。 彼女は己の体内に、地球人種、鳥人族――あるいは生物兵器、とある寄生生物、 そんな種々の遺伝子の混ざっていることに、無頓着であった。そしてその寄生生物は、 己の中に無数の生物の遺伝子を貪欲に取り込み――彼女の中にも持ち込んでいたのだ。 その結果が、今こうして画面の中ですくすくと育っている、軟体状の影なのである。 皮膚からの摂取でさえ有効なものを、常に胎内から直に逆流させられていては、 いかに彼女が強靭な精神力の持ち主とはいえ、耐えていられるわけがない。 銀河最強の賞金稼ぎ足らしめる鳥人族の遺産――重金属の鎧も、着られなくなって久しい。 それがなければ彼女は、所詮、ただの一介の地球人種の雌に過ぎないのである。 弱く――一度覚えてしまった快楽を忘れることのできない、そんな存在。 出産が近付くにつれて、“仔”の分泌する成分量は増え、より彼女の肉体を火照らせた。 自慰ではとうに収まりがつかぬのである。だがそれでも、今の弱々しい肉体を他者に、 殊に、事情を知らぬどこぞの男に開くことは気が引けた――解消されぬ快楽はなお強く、 鎮静剤を限界量まで飲んでようやく、一日の務めを果たせているのが現状だ。 それでも無意識に、手はじんわりと母乳を噴いている乳首を服の生地越しにこねてしまい、 もしくは股間の、硬くなった陰核を指先でつんつんと突いてしまうようになっていた。 そして胎動は――彼女に己が辿る恐ろしい未来を予想させるのである。 まずい、産みたくない――そんなことを呟きながらも、もうその時は来てしまった。 大きく前にせり出した腹は、臨月の妊婦のそれと全く変わりがない。 全身をぴっちりと覆っていた青い肌着は腹部の伸長によってびりびりと裂け、 肉の付いた尻周りは、剥き出しの状態になっていた――産むのに適した姿に。 媚毒混じりの羊水が噴く――彼女の喉から、獣のような声が抑えきれずにこぼれた。 だがこれは単に、子宮内の栓が抜けただけのことである――真に恐ろしいのはここからだ。 父親譲りの、蛞蝓めいた軟体を膣内狭しとうねらせながら幼体たちが這い出てくる。 ただでさえ敏感になっている身体に、それはあまりに強過ぎる刺激だ。 女は自然と四つん這いになって、尻を上げるような格好で全ての意識をそちらに集中させた。 そうでもしなければ、自分の身体一つ支えきれない程に全身の力が抜けていたのである。 にゅぽん、と一匹目がその身を外気に晒すのと同時に――女は一層深い絶頂に酔いしれた。 視界がちかちかと光って、暗桃色のもやが外側からじわじわ広がってくる。 耐えられるはずもなかった――二匹目、三匹目が我先にと母の膣内をほじくりながら、 その小さな身体を身勝手にうねらせて暴れているのだから。 声とも言えないような、辛うじて、息との区別のつく、知性の欠片もない咆哮。 雌が感じる産みの苦しみを帳消しにして余りある、依存性さえある暴力的な快楽。 そこに、本人の理性や努力などで耐える余地はないのである――生物である限り。 ぶちぶち、と何かの切れていくのを彼女は感じた――鉄の臭いが鼻の中一杯に広がる。 自分の思考が、繁殖という最も原始的で神聖なる行い一色に染められていくのを感じる。 まだまだ胎には順番待ちをしている個体が沢山残っている――果たして耐えられるか? 無論、その自問の答えを、理知的――だった――彼女は既に得てしまっていた。 快楽によって塗り潰された跡地に、産まれ出でたばかりの幼体への愛着が埋め込まれていく。 小さな角を蠢かせて、未知の世界を探ろうとするその愛しさたるや。 彼女の船がその惑星をを発ってから、どこかの宇宙港に寄ったという記録は以後残っていない。 ただそれからしばらくして――それまでこの生物が発見されていなかった惑星にて、 碧い水晶体を持ち、金の体毛を有した変種のいるのが発見された事実はある。 そしてその生物の有する件の成分は、地球人種の雌に極めて有効的であった、とも。 より危険性と有益性を増したその生物は――やはり裏の流通網に乗って、 原種よりもより広く、銀河中に散らばっていくのだった。