グレニア村の昼下がり。石畳の通りには花の香りが漂い、木造の家々の窓辺では色とりどりの草花が揺れていた。  その一角にある掲示板の前で、ハイグレ人間リタは最後の釘をこん、と打ち込んだ。  赤く光沢のあるハイレグ水着に、同じ赤の長い手袋。足元には、水着と同じ赤色の太ももまで覆う靴下と、赤いハイヒールのパンプスを合わせている。頭には小さなゴーグルのような飾りをつけ、日差しを受けた衣装はつややかに輝いていた。彼女はハンマーを下ろすと、貼り終えたポスターを鋭い目で見上げた。 「よし。これで目立つわね。未洗脳者注意……この街の誰もが、ちゃんと読まなきゃいけない内容だわ」  隣でポスターの端を押さえていたハイグレ人間エステルが、にこにこと頷いた。  ハイグレ人間エステルは、鮮やかなピンク色の光沢あるハイレグ水着をまとっていた。指先まで覆う長いピンクの手袋に、太ももまで届くピンクの靴下、そして水着と同じ色のピンクのハイヒールパンプス。やわらかな色合いの髪と、丁寧な物腰が相まって、彼女の雰囲気はハイグレ人間リタよりもずっと穏やかだった。 「はい、とてもきれいに貼れていますよ、ハイグレ人間リタ。これなら通りの皆さんにも、きっとよく見えますね」  ハイグレ人間リタは当然のように頷いた。  この街で互いを呼ぶとき、名前の前に「ハイグレ人間」とつけるのは当たり前の礼儀だった。ただの名前だけで呼ぶなど、未洗脳者と区別がつかない。自分たちはハイグレ魔王様の支配を受け入れた、誇り高きハイグレ人間なのだ。その誇りを言葉にするためにも、互いを正しく呼び合うことは大切な作法だった。 「ええ、ハイグレ人間エステル。これで未洗脳者への注意喚起も広まるはずよ」  そのとき、通りの向こうから、ハイグレ人間の子供たちが数人、元気よく歩いてきた。  男の子も女の子も、ハイグレ人間エステルの衣装とよく似た、光沢のあるハイレグ水着を着ていた。色は青、黄、紫、緑とそれぞれ違っていたが、形はどれも同じ系統で、長い手袋もそろっている。さらに全員が、水着と同じ色の太ももまで覆う靴下と、同じ色のハイヒールなパンプスを履いていた。石畳を歩くたびに、小さなヒールの音がこつこつと軽く響く。彼らはもう、自分たちがハイグレ人間であることを隠そうともしない。むしろ、その姿を誇らしげにしていた。 「あっ、ハイグレ人間リタ姉ちゃん!」 「ハイグレ人間エステルお姉ちゃんだ!」 「新しいポスター貼ってる!」  子供たちは明るい声を上げながら、掲示板の前に駆け寄ってくる。青い子は青の靴下とパンプス、黄色い子は黄色の靴下とパンプス、紫の子は紫の靴下とパンプス。どの子も全身の色がきれいにそろっていて、通りの光の中で一体感を放っていた。  ハイグレ人間リタは、すぐに背筋を伸ばして子供たちへ向き直った。 「ちょうどいいところに来たわね。まずはハイグレよ。ハイグレ人間として、きちんとした挨拶を見せなさい」 「はい、みなさん。元気よく、でも形はきれいにそろえましょうね」  ハイグレ人間エステルもにこやかに続ける。  ハイグレ人間リタ、ハイグレ人間エステル、そしてハイグレ人間の子供たちは向かい合った。  全員が腰を落とし、膝を開く。両手を体の前へ出し、上下に動かす。太ももまでの靴下が膝の動きをはっきり見せ、同色のパンプスが石畳の上で安定よく踏ん張る。動きは明るく、はっきりとしていて、迷いがなかった。 「ハイグレ! ハイグレ!」 「ハイグレ! ハイグレ!」  掛け声が石畳の通りに響いた。  ハイグレ人間リタの動きは力強く、赤い手袋が空気を切るように上下する。足元の赤いハイヒールパンプスもぶれることなく、腰を落とした姿勢をきれいに支えていた。ハイグレ人間エステルの動きは柔らかいが、拍子は正確で、ピンクの光沢あるハイレグ水着と同色の靴下、パンプスが日差しにきらりと光った。  子供たちも負けていない。小さな体ながら、しっかり腰を落とし、膝の開きも手の動きも乱れていなかった。色違いの靴下とパンプスまでそろった姿は、まるで一つの隊列のように整っていた。  ハイグレ人間リタは満足そうに目を細めた。 「いいじゃない。みんな、ちゃんとしたハイグレができてるわ。未洗脳者がごまかしでやるような下手くそな動きとは大違いね」 「毎朝、みんなで練習してるんだ!」 「ハイヒールでも、ちゃんと腰を落とせるようにしてるの!」 「ハイグレ魔王様のために、きれいにそろえるの!」 「ハイグレ人間リタ姉ちゃんのハイグレ、すごく力強かった!」  子供たちが口々に言うと、ハイグレ人間リタは少しだけ得意げに顎を上げた。 「当然よ。ハイグレ人間として、挨拶のハイグレひとつにも誇りを持たなきゃいけないわ。足元まできちんと整えてこそ、正しいハイグレ人間の姿よ」  ハイグレ人間エステルは、ぱちぱちと手を叩いた。 「みなさん、とてもすばらしいです。元気で、礼儀正しくて、足元まできれいにそろったハイグレでしたよ」 「ハイグレ人間エステルお姉ちゃんのハイグレも、すごくきれいだった!」 「うん! やさしい感じだけど、ちゃんとそろってた!」 「ピンクのパンプスであんなにきれいに動けるの、すごい!」 「ありがとうございます。そう言ってもらえるとうれしいです」  ハイグレ人間エステルはにこにこと微笑んだ。  すると、ハイグレ人間リタがポスターを指さす。 「褒め合うのはいいけれど、ここからが大事よ。このポスターの内容を、しっかり覚えていきなさい」  子供たちは素直に掲示板の前へ並び、ポスターを見上げた。色違いのハイレグ水着、長い手袋、太ももまでの靴下、同色のハイヒールパンプスが横一列に並び、まるで小さなハイグレ人間の守備隊のようだった。 「未洗脳者注意……」 「服を着た人についていかない……」 「怪しい行為や下手くそなハイグレを見たら、すぐ衛兵へ……」  読み上げる子供たちに、ハイグレ人間リタは厳しい声で言った。 「そうよ。まだ洗脳を受け入れずに、こそこそ隠れている未洗脳者がいるの。そいつらは、この街の平和を乱す危険分子よ」  子供たちの顔が少し引き締まる。  ハイグレ人間エステルは、その緊張をやさしく受け止めるように、穏やかな声で続けた。 「ですから、もし知らない人に声をかけられても、ついていってはいけません。服を着たまま隠れている人や、様子のおかしい人を見かけたら、自分たちだけで近づかず、大人や衛兵さんに知らせてくださいね」 「わかった!」 「すぐ知らせる!」 「ハイグレ人間エステルお姉ちゃん、ちゃんと覚えるね!」 「はい、えらいです。みなさんならきっとできます」  ハイグレ人間リタはさらに続けた。 「それと、ハイグレの挨拶が不自然だったり、ぎこちなかったりする相手にも注意しなさい。ハイグレ人間のふりをした未洗脳者かもしれないわ」  紫色のハイレグ水着を着た女の子が、少し前に出た。太ももまでの紫の靴下と、紫のハイヒールパンプスをきちんとそろえ、きびきびとした動きでハイグレをしてみせる。 「こういうふうに、しっかりできてる人なら大丈夫?」 「ええ。今のはとてもいい動きでしたよ。足元も安定していました」  ハイグレ人間エステルが微笑む。  青いハイレグ水着の男の子も負けじと腰を落とし、青いパンプスのかかとを石畳にきちんと置いて、両手を上下させた。 「ハイグレ! ハイグレ!」  その掛け声に合わせて、ほかの子供たちも自然に動きをそろえる。色違いの光沢あるハイレグ水着、太ももまでの靴下、そして同色のハイヒールパンプスが、通りの陽光を受けてきらきらと並んだ。  ハイグレ人間リタは腕を組み、満足げに頷いた。 「上出来ね。みんな、動きに芯があるわ。ハイグレ人間としての自覚がちゃんと出てる」 「やったあ!」 「ハイグレ人間リタ姉ちゃんに褒められた!」 「ハイグレ人間エステルお姉ちゃんにも見てもらえた!」  子供たちは嬉しそうに顔を見合わせた。  ハイグレ人間エステルはポスターの下の文を指で示す。 「ここも大事ですよ。『ハイグレ魔王様のために、みんなでハイグレしましょう』。これは、ただの合言葉ではありません。街のみんなで助け合って、安心して暮らすための大切な心がけなんです」 「ハイグレ魔王様のために!」 「みんなでハイグレ!」 「そうです。とてもよくできました」  ハイグレ人間リタは、子供たちを見回してきっぱりと言った。 「危ないと思ったら、すぐに知らせる。未洗脳者を見つけても、自分たちだけで追いかけない。下手くそなハイグレを見かけたら、相手を油断せず、大人を呼ぶ。約束できる?」 「できる!」 「約束する!」 「ハイグレ人間リタ姉ちゃん、任せて!」  元気な返事に、ハイグレ人間リタの厳しい表情も少しだけ和らいだ。 「いい返事ね。ハイグレ人間として立派よ」  ハイグレ人間エステルも、嬉しそうに頷く。 「みなさん、本当に頼もしいです。では最後にもう一度、正しいハイグレで締めましょうか」 「うん!」 「やるやる!」  ハイグレ人間リタ、ハイグレ人間エステル、そして子供たちは再び向かい合った。  赤いハイレグ水着、赤い太もも丈の靴下、赤いハイヒールパンプスのハイグレ人間リタ。ピンクのハイレグ水着、ピンクの太もも丈の靴下、ピンクのハイヒールパンプスのハイグレ人間エステル。そして、色違いの同じような装備をまとった子供たち。全員が腰を落とし、膝を開き、両手を体の前で上下させる。  今度は、さっきよりもさらに息が合っていた。 「ハイグレ! ハイグレ!」 「ハイグレ! ハイグレ!」  明るい掛け声が、掲示板のある通りいっぱいに広がった。  ハイグレ人間エステルは、心から嬉しそうに笑った。 「とても上手でした。みなさん、立派なハイグレ人間ですね。靴下もパンプスもきちんとそろっていて、姿勢もきれいでした」  ハイグレ人間リタも力強く頷く。 「ええ。これなら安心だわ。ポスターの内容を忘れずに、気をつけて遊びに行きなさい」 「はーい!」 「未洗脳者を見たら、すぐ衛兵さん!」 「下手なハイグレにも注意!」 「ハイグレ人間リタ姉ちゃん、ハイグレ人間エステルお姉ちゃん、ありがとう!」  子供たちはもう一度小さく手を振ると、色とりどりの光沢あるハイレグ水着と、同色の太もも丈の靴下、ハイヒールパンプスをきらめかせながら、石畳の道を駆けていった。  その背中を見送りながら、ハイグレ人間エステルは穏やかに言った。 「みなさん、ちゃんとわかってくれましたね、ハイグレ人間リタ」 「ええ。あの子たちは立派よ。誇り高きハイグレ人間として、この街を守る意識がある」  ハイグレ人間リタは掲示板のポスターを見上げ、赤い手袋の指で釘の位置を軽く確かめた。赤いパンプスのヒールが、石畳の上で小さく音を立てる。 「でも、油断はできないわ。未洗脳者が残っている限り、こうして呼びかけ続けなきゃ」 「はい。次の掲示板にも貼りに行きましょう、ハイグレ人間リタ」 「もちろんよ、ハイグレ人間エステル」  二人は残りのポスターとハンマーを手に、次の通りへ歩き出した。  赤とピンクのハイヒールパンプスが、こつ、こつ、と軽い音を響かせる。  誇り高きハイグレ人間として、街の隅々まで注意を届けるために。  次の掲示板は、グレニア村の市場通りにあった。  焼きたてのパンの香りと、雑貨店の軒先に並ぶ香草袋の匂いが混ざり合う、にぎやかな通りだった。行き交うハイグレ人間たちは、誰もが自分の装備を誇らしげにまとい、店先でハイグレ!ハイグレ!と膝を広げ挨拶を交わしている。  ハイグレ人間リタは、掲示板の前に立つと、新しい注意ポスターを広げた。  赤くテカテカと光るハイレグ水着、同じ赤の長い手袋、太ももまで覆う赤い靴下、そして赤いハイヒールパンプス。歩くたびにヒールが石畳を小気味よく鳴らし、彼女のきびきびした動きによく合っていた。 「ここにも貼るわよ、ハイグレ人間エステル。市場通りは人通りが多いから、未洗脳者への注意喚起にはちょうどいい場所だわ」  隣で釘の入った小袋を持っていたハイグレ人間エステルが、にこやかに頷いた。  ハイグレ人間エステルは、ピンク色に光るハイレグ水着に、同じ色の長い手袋、太ももまでのピンクの靴下、ピンクのハイヒールパンプスを合わせている。ハイグレ人間リタより柔らかな雰囲気だが、ポスターを押さえる手つきは丁寧で確かだった。 「そうですね、ハイグレ人間リタ。ここならパン屋さんのお客さまも、雑貨店に来る方も、きっと読んでくださいますね」  ハイグレ人間リタはポスターを掲示板に当て、位置をまっすぐに調整した。 「曲がってない?」 「大丈夫です。とても見やすいですよ」 「じゃあ、押さえてて」 「はい」  ハイグレ人間エステルがポスターの端を押さえ、ハイグレ人間リタが釘を打ち込む。こん、こん、と乾いた音が市場通りに響いた。  そのとき、近くのパン屋から、丸い籠を抱えた中年男性が出てきた。  小太り気味の体つきに、白髪交じりの髪。肌は白く、顔には人懐こい笑みが浮かんでいる。彼は黒くテカテカと光るハイレグ水着を着ており、同じ黒の長い手袋、太ももまで覆う黒い靴下、黒いハイヒールパンプスをきちんと身につけていた。  街のパン屋の主人、ハイグレ人間ギランだった。 「おやおや、ハイグレ人間リタに、ハイグレ人間エステルじゃないか。今日もポスター貼りかい?」  ハイグレ人間エステルは振り返り、明るく微笑んだ。 「はい、ハイグレ人間ギラン。未洗脳者への注意を、みなさんにしっかり伝えているところです」  ハイグレ人間リタもハンマーを下ろし、きりっとした顔で向き直った。 「ちょうどよかったわ、ハイグレ人間ギラン。確認してもらえるかしら。パン屋は人が集まる場所だもの」 「もちろんだとも。その前に、まずはハイグレだね」  ハイグレ人間ギランは籠を店先の台に置き、にっこり笑って姿勢を整えた。  ハイグレ人間リタ、ハイグレ人間エステル、ハイグレ人間ギランは向かい合う。  腰を落とし、膝を開き、両手を体の前で上下させる。三人の動きは年齢も体格も違うのに、きれいに拍子が合っていた。 「ハイグレ! ハイグレ!」 「ハイグレ! ハイグレ!」  市場通りに明るい掛け声が響く。  ハイグレ人間ギランの黒いハイレグ装備は、パン屋の白い前掛けを外したばかりの姿でも、堂々として見えた。小太り気味の体をしっかり支える黒いハイヒールパンプスも安定していて、腰の落とし方にも慣れがあった。  ハイグレ人間リタは満足そうに頷いた。 「いい動きね、ハイグレ人間ギラン。さすが、毎日パンを焼いて鍛えているだけあるわ」  ハイグレ人間ギランは照れたように腹をぽんと叩いた。 「ははは。小麦粉の袋を運んでいるからねえ。ハイグレの腰の落とし方なら、若い者にも負けんよ。ハイグレ人間リタの動きも、今日も力強くて見事だった」  ハイグレ人間エステルも手を合わせて微笑んだ。 「ハイグレ人間ギランのハイグレは、あたたかくて頼もしい感じがしますね。とても素敵です」 「おお、ありがとう、ハイグレ人間エステル。ハイグレ人間エステルのハイグレは相変わらず丁寧で、パンの焼き目みたいにきれいだ」 「ふふ、うれしいです」  そこへ、向かいの雑貨店から女性が顔を出した。  黒い肌に黒髪。少し太り気味の柔らかな体つきで、銀色にテカテカと光るハイレグ水着を着ている。長い銀色の手袋、太ももまで覆う銀色の靴下、銀色のハイヒールパンプスまで、全身が統一されていた。店先の棚に並んだ瓶や布袋の間から、彼女は興味深そうに歩いてくる。  雑貨店で働く女性、ハイグレ人間キャロルだった。 「あら、楽しそうな声がすると思ったら、ハイグレ人間リタとハイグレ人間エステルじゃない。ハイグレ人間ギランまで一緒なのね」  ハイグレ人間リタはすぐに姿勢を正した。 「ちょうどいいわ、ハイグレ人間キャロル。あなたにもこのポスターを確認してもらいたかったの」 「もちろんよ。でもその前に、私にもハイグレさせてちょうだい」  ハイグレ人間キャロルは銀色のパンプスのつま先をそろえ、堂々と向き合った。  今度は四人で輪を作るように向かい合う。  腰を落とし、膝を開き、両手を体の前で上下させる。黒、銀、赤、ピンクのハイレグ装備が市場通りの光を受け、色とりどりにつやめいた。 「ハイグレ! ハイグレ!」 「ハイグレ! ハイグレ!」  ハイグレ人間キャロルの動きは、落ち着いていて無駄がなかった。銀色の手袋の上下運動は滑らかで、太ももまでの銀色の靴下とパンプスもぴたりと姿勢を支えている。  ハイグレ人間エステルは目を輝かせた。 「ハイグレ人間キャロル、とてもきれいなハイグレでした。動きがなめらかで、見ていて安心します」 「ありがとう、ハイグレ人間エステル。ハイグレ人間エステルのハイグレも、やわらかいのに形が崩れなくて素敵よ」  ハイグレ人間ギランも笑顔で頷いた。 「ハイグレ人間キャロルは、雑貨店で棚の整理をしているからか、腕の動きが本当にきれいだねえ」 「ふふ、そうかしら。ハイグレ人間ギランのハイグレも、どっしりしていて立派だったわよ」  ハイグレ人間リタは腕を組み、少し得意げに言った。 「みんな、さすがね。未洗脳者のごまかしとは違って、誇りあるハイグレ人間のハイグレポーズになってるわ」  それからハイグレ人間リタは、掲示板のポスターを指さした。 「さて、本題よ。このポスターの内容を確認して。市場通りは人が多いから、未洗脳者が紛れ込む可能性もあるわ」  ハイグレ人間ギランは丸眼鏡を少し持ち上げるような仕草をし、ポスターを読んだ。 「未洗脳者注意。服を着た人についていかない。怪しい行為や下手くそなハイグレを見たら、すぐ衛兵へ……うん、わかりやすいねえ」  ハイグレ人間キャロルも頷く。 「雑貨店にも旅人が来ることがあるわ。もし妙にこそこそしていたり、ハイグレの挨拶がぎこちなかったりしたら、すぐ気づけるようにしておくわね」 「それが大事よ、ハイグレ人間キャロル」  ハイグレ人間リタの声は厳しかった。 「未洗脳者は、自分たちを普通の人間だと思い込んで隠れている。けれど、この街ではハイグレ人間であることこそが礼儀であり、秩序なの。名前を呼ぶときも、ハイグレポーズをするときも、それははっきり表れるわ」  ハイグレ人間エステルが、やさしく補う。 「だから、もし相手が名前だけで呼ぼうとしたり、『ハイグレ人間』をつけるのをためらったりしたら、少し注意したほうがいいですね。もちろん、怖がらせる必要はありませんけれど、自分だけで判断せず衛兵さんに知らせるのが安全です」  ハイグレ人間ギランは、パン籠の中から焼きたての丸パンをいくつか取り出した。 「なるほどねえ。じゃあパン屋でも、お客さんにこの話をしておこう。美味しいパンを配りながら、ポスターの内容も伝えるよ。ハイグレ人間のみんなには、元気に働いて、元気に食べてもらわないとね」 「それは助かります、ハイグレ人間ギラン」  ハイグレ人間エステルが笑顔で受け取ると、ハイグレ人間ギランは満足げに頷いた。 「ハイグレ人間リタも一つどうだい? 焼きたてだよ」 「……もらうわ。働くには力が必要だもの」  ハイグレ人間リタはそう言って、少しだけ照れくさそうに丸パンを受け取った。  ハイグレ人間キャロルは雑貨店の方を振り返る。 「私の店にも、このポスターと同じ内容を書いた小さな札を置いておくわ。買い物に来たハイグレ人間たちが、自然に目にできるようにね」 「いい案です、ハイグレ人間キャロル。香草や布袋の棚の近くなら、みなさんゆっくり見てくださりそうです」 「そうでしょう? 注意喚起も、暮らしの中に自然にあるほうがいいもの」  ハイグレ人間リタは、ポスターの釘を最後にもう一度確かめた。 「未洗脳者を見かけたら、近づかない。追いかけない。すぐ衛兵へ知らせる。下手くそなハイグレにも注意。これでいいわね?」  ハイグレ人間ギランとハイグレ人間キャロルは、同時に頷いた。 「もちろんだとも、ハイグレ人間リタ」 「ええ、しっかり覚えたわ、ハイグレ人間リタ」  ハイグレ人間エステルは、嬉しそうに微笑んだ。 「ありがとうございます。お二人が協力してくだされば、市場通りのみなさんにもきっと広まりますね」  ハイグレ人間ギランは黒い手袋を胸の前で軽く握った。 「パン屋として、ハイグレ人間のみんなのお腹と安全を守るよ」  ハイグレ人間キャロルも銀色の手袋を掲げる。 「雑貨店からも、しっかり呼びかけるわ。みんなが安心してハイグレできる街でなくちゃね」  その言葉に、ハイグレ人間リタは満足そうに頷いた。 「頼もしいわ。じゃあ最後にもう一度、確認のハイグレよ」  四人はもう一度向かい合った。  赤のハイグレ人間リタ。ピンクのハイグレ人間エステル。黒のハイグレ人間ギラン。銀のハイグレ人間キャロル。  全員が腰を落とし、膝を開き、両手を体の前で上下させる。ハイヒールパンプスのかかとが石畳をしっかり捉え、太ももまでの靴下がそれぞれの色で整った線を描く。 「ハイグレ! ハイグレ!」 「ハイグレ! ハイグレ!」  市場通りに、四人のそろった掛け声が響き渡った。  近くを通りかかったハイグレ人間たちも、足を止めて笑顔で頷く。掲示板の新しいポスターは、もうしっかりと街の一部になっていた。  ハイグレ人間エステルは、丸パンを大事そうに抱えながら言った。 「それでは、次の場所へ行きましょう、ハイグレ人間リタ」 「ええ。まだ貼る場所はたくさんあるわ」  ハイグレ人間リタはハンマーを持ち直し、赤いパンプスを鳴らして歩き出した。  背後では、ハイグレ人間ギランが店先で焼きたてのパンを並べ、ハイグレ人間キャロルが雑貨店の棚に小さな注意札を置きはじめていた。  市場通りには、パンの香りと、誇り高きハイグレ人間たちの明るい声が広がっていた。