夜は、静かに壊れていた。 街の灯りはどこか歪み、空気は粘つくように重い。 その中心に立つのは、かつて「笑顔」を武器にしていた少女——島村卯月。 だが、今の彼女の笑みは、かつてのそれとはまるで違っていた。 「……ふふっ。こんなに簡単だったんですね」 その隣に佇むのは、妖しく艶やかな鬼の女——酒呑童子。 盃を傾ける仕草すら優雅で、しかしその瞳には底なしの悪意が揺れている。 「人の心なんて脆いもんや。ほんの少しの“憎しみ”で、ここまで綺麗に壊れるんやからなぁ」 酒呑童子はくすくすと笑い、卯月の頬に指を這わせた。 その指先に触れた瞬間、卯月の肌が微かに熱を帯びる。 ——それは、もはや人の温度ではない。 角。 血のように赤く染まった瞳。 そして、抑えきれない衝動。 卯月はすでに、「同じもの」になっていた。 「私……ずっと、我慢してたんです」 ぽつりと呟く。 「笑っていれば、みんなが好きでいてくれるって。でも——」 視線がゆっくりと前方へ向く。 そこに立っているのは、彼女をよく知る少女。 渋谷凛。 「卯月……戻って。そんなの、あなたじゃない」 凛の声は震えていたが、それでも一歩も引かなかった。 その言葉を聞いた瞬間、卯月は——笑った。 「違いますよ、凛ちゃん」 柔らかい声。 けれどその中身は、冷え切っている。 「これが“本当の私”です」 次の瞬間、地面が抉れた。 卯月の姿が消え、凛の目の前に現れる。 反応する暇もなく、衝撃が身体を貫いた。 「っ……!」 凛の体が弾き飛ばされる。 壁に叩きつけられ、呼吸が乱れる。 それでも、彼女は顔を上げた。 「……そんな力で、何を証明したいの」 その問いに、卯月は一瞬だけ首を傾げる。 「証明?」 そして、ゆっくりと歩み寄りながら—— 「そんなの、決まってるじゃないですか」 足元で震える凛を見下ろす。 その瞳には、かつての優しさは一片も残っていない。 「“私が正しかった”ってことを、ですよ」 次の一撃は、容赦がなかった。 蹂躙。 圧倒。 力の差を、徹底的に叩きつける。 それは戦いではなく、一方的な「証明」だった。 「ほら、立ってくださいよ凛ちゃん」 卯月は楽しげに言う。 「まだ終わってませんよ?  だって、あなたは——」 わざと間を置き、くすりと笑う。 「私を“止める”んでしょう?」 凛の指が、地面を掴む。 震えながらも、彼女は立ち上がる。 その姿を見て、酒呑童子は満足げに目を細めた。 「ええやないか。壊れるか、取り戻すか——どっちに転んでも、酒が旨い」 卯月は振り返りもせず、ただ前だけを見る。 「行きますよ、マスターとして命じます」 その声音は、かつての明るさをなぞりながらも、完全に異質だった。 「もっと——楽しくしましょう?」 夜はまだ、終わらない