「いらっしゃいませ、御主人様」  その日、魔王軍はメイドカフェになった。  魔王軍の女性たちは皆、釈然としない顔をメイド服の中に隠している。魔王軍がメイド養成学校であったことは過去一度もない。軍に志願して、鎧兜でなく、メイド服を着せられると予想できる者は、予知能力者のたぐいであろう。  誰もが想像も望みもしなかった事態。しかし、魔王モラレルの意志に逆らえる者が、この国に何人いるだろうか。 「ねえねえ、せっかくだし円陣組まない?」  水密のパースカルがいつも通りの笑顔で、ダースリッチ軍メンバーを呼び寄せる。少女っぽい笑顔と成熟した肉体を持つ彼女が、メイド服に身を包んでいると、何やらコケティッシュな魅力がある。 「ほらほら〜、手出して手出して〜……せーの、がんばりましょーっ!」 「前線でもみんなで円陣組んでるッスか?」 「ううん、一度もやったことない。ボクがやりたかっただけ……じゃ、ダメ?」  パースカルは指先を合わせ、もじもじしてみせた。上目遣いの表情がふと向きを変え、ころっと満面の笑顔に変わる。追求を置き去りに、パースカルは明るく声を張り上げた。 「いらっしゃいませー!お水とメニューお持ちしますね!」  テーブルについた客が手を上げる。 「あの、すみません注文を」  ハンドマスターの手が印相を結んだ。客は目を白黒させながら、不自然な口調で言葉を発する。 「コーヒー……と……今日のおすすめのケーキ……」  ハンドマスターは頷いて立ち去った。彼女の魔術による注文の強制に、ダースリッチ軍メンバーはまあまあ気がついていたが、誰も何も言わなかった。問題が起きなければいいのだ。 「本日のおすすめはありますか?」 「死はいかがですか?おすすめですよ……」 「お客様、残念ながら」  ダイナの言葉を遮り、ネクロマスターが涼やかに答える。 「本日は死は扱っておりません。平日にご依頼ください」 「あの、おすすめを……」  普段の陽気さを押し隠したナナナが、客の待つテーブルにしずしずと歩み寄る。 「お待たせしました、オムライスお持ちしましたッス」 「あ、ケチャップのサービスお願いします、ハートで」 「了解ッス」  ナナナがケチャップでハートを描いた、次の瞬間、ハートは鼓動する心臓と化した。蒼白な顔になった客に向け、ナナナは決まり悪そうに微笑んで見せる。 「あちゃー……すみません、お取り替えッスね」 「残念だよなァ……」  デモンスピアーがアイスコーヒーを舐めつつ、口の中で呟く。 「ケツが隠れちまった……」  ヘルノブレスの豊満な肉体は、今日はメイド服に包み隠されている。四天王であれ、魔王の命令の前では、メイド服を着ずに済ませることなどできないのだ。 「ご注文繰り返しますわ。ココアとラーメンですのね?」 「乳もな……」  ヘルノブレスを見ている者は、デモンスピアーだけではない。下卑た眼差しが四方八方から突き刺さる。客の一人が横柄に声を上げた。 「おうメイドさん、注文頼むわ!」 「オホホホ!ご注文伺いますわ!」 「おっ……」  客は一声発し、黙ってしまった。客やメイドをかき分け突進してきたのは、『絶美』ペネンテラズカ。全長7メートルを超える食虫植物がメイド服を着ているさまは、一言で言えば奇怪である。 「ホホホ!私の美に圧倒されて声も出ないのね!美しいとは時として罪!ええ!ええ!分かりきってはいるけれど、実感するとやはり哀しいものね!こちら、本日のおすすめメニューですけれど、どうかしら?」 「あ……それで……お願いします」  客は敬語で答えた。 「ヘルノブレス様!チェキを一枚!」  隣のテーブルからも呼ばわる声が上がる。客は好色そうな期待の表情を浮かべ、ヘルノブレスを手招いた。 「はい!ええと……写真に写ればいいんですの?」 「もう少し、近くに来てください……肌が触れ合うぐらいに!」 「なんやなんや!?ふたりぼっちなんて寂しいやんか、ウチも混ぜてえな!パイパイの面積バイにしたるで!」  突然のヘノレノプレスの襲撃に、客は固まった。 「どないしたん黙ってしもて!ウチの声大きいから驚いたん?ゴメンやで!お口チャックするから堪忍してや!ジッ」  ジェスチャーと同時に、ヘノレノプレスは完全に無音になった。大人しくなった客と、無言のヘノレノプレス。無音の空間が数十秒続く。ヘルノブレスが恐る恐る問う。 「ヘノレノプレスさん……?」  ヘノレノプレスは無言のまま口の両側を吊り上げるジェスチャーをし、両手でカメラを指差した。カメラに向けてかっこいいポーズを取り、ヘルノブレスと客を交互に見ながら、大げさな仕草で再度カメラを示す。 「あ、はい……」  ヘルノブレスと客は求められるがまま、かっこいいポーズを取る。まるで舞台写真のようなチェキを手にして、客はヨロヨロと帰って行った。 「メイドール……」 「なんだよジジイ」 「ワシ、手伝った方がええじゃろうか」 「メイドカフェつってんだろ。ジジイのどこがメイドだよ」  おろおろするエゴブレインを睨みつけ、メイドールは煙を出さんばかりの表情で答えた。 「引っ込んでろジジイ……ジジイの開発力は一流なんだよ、アタシはジジイの作ったメイドゴーレムだ……アタシのメイド力を信じろ……」  啖呵を切ったメイドールは、カチコチと客席に向かう。 「ご注文は?オムライス、コーヒー、えっ?交換?あ、スプーンがなくて。ご迷惑をおかけして申し訳ありません……はい、小皿も……承知しました……え?追加注文ですか?え、え、え、あの……ご注文繰り返します、オムレツと……コーラ……」  外から見てわかるほど混乱した様子のメイドール。男共はただ、見守ることしかできない。サイバーバトラーが泣き出しそうな声を漏らす。 「ああ、ロボットみたいな歩き方して……いえ、我々ゴーレムなのですが……」 「メ、メイドール……爆発したりせんじゃろうか」 「我々爆発するような作りなのですか?」 「いいか、貴様らそこに並んでおれ。手を出すこと罷りならぬ」 「でも……軍を喫茶店に変える……これは革命の一歩ですよね!?」 「違う」  飛び出そうとするパルチザンを押し止め、カースブレイドがうんざりした顔をする。 「パルちゃんがこんなにやりたがってるんだからいいじゃないですか、やらせてあげましょうよ」 「口を閉じておれ」 「でもあたし……かけ算ができるんですよ!?」 「だからどうした」  続くマサカリとグラディウスの発言を切って捨て、カースブレイドは目頭を指で抑えて天を仰いだ。エビルソード軍、意外というべきか、美女は多いものの、咲き誇る花は異常に鋭利な棘をつけている。 「すみません、注文よろしいでしょうか」 「……フン」  モイヤー・ドーディが傲然と客を見下す。彼女は自分を理想のエビルソードと同一化しており、帝王の如く振る舞う。彼女は狂っていた。 「命令するな」 「……?」  客は黙った。カースブレイドが叱責の声を上げる。 「貴様も働かんでよい。こっちに来て立っておれ」 「貴様如きが私を呼びつけるな」 「えい、どいつもこいつも……」  カースブレイドは唸った。 「貴様はエビルソードではない」  モイヤーの表情がわずかに変わる。カースブレイドは剣の柄を握った。 「思い知らせてくれるわ。表に出よ、モイヤー」 「……フン」  モイヤーは肩をそびやかし、胸を張って見下すポーズを取った。カースブレイドがせせら笑う。 「逃げるのか?ならば貴様はエビルソードではないな。エビルソードが拙者の剣を受けずに済ませることは有り得ぬ」 「……」  モイヤーは剣を取った。パルチザンが目を丸く見開く。 「やるんですか?」 「コスプレ遊びがしたければ好きにするがよかろう。だが拙者が何者か忘れているなら、思い出させてやらねばなるまい」  カースブレイドとモイヤーが店外へ出ていく。八三部隊の三人も、好奇心に満ちた顔で後を追う。客たちは顔を見合わせてざわめき、半分ほどが後について出ていった。  少し静かになった店の中、着慣れぬメイド服に押し込まれて、耳としっぽをしょんぼりさせたネルコレプシィが、お盆を捧げ持って席に向かう。 「お待たせしました、こちらお茶とおしぼりです。今日のオススメは」  そこまで口にして、彼女は突然卒倒した。店内が騒然とする。 「死ッッ!いや……寝ッ……?」 「すみません、彼女はこういう体質なので……」  再度混沌度合いを増していく店内で、一人安堵の表情を浮かべたコルチカムが、そっと呟く。 「よかった……今日は生き延びられる……」  その時である。巨大な手に押さえつけられたかのように、みしり、とメイドカフェの建物が軋んだ。  店内の全員が息を呑む。大気が氷と化したような、重く冷たい気配。気配は重い足音と共に近づき、扉の前で止まった。  皆が注視する中、ゆっくりと扉が開く。客が数人、声も立てずに卒倒した。  魔王モラレルの来訪であった。 「ま、魔王様……」  ヘルノブレスがどもりながら言う。 「魔王様のご意思の通り、メイドカフェを開店いたしました。いかがでしょうか……」  モラレルは重々しく頷きつつ、内心首を傾げていた。メイドカフェの開店を命じた記憶が、一切存在しないのだ。とはいえ、連日吐くまで呑んでいるのだから、記憶の1つ2つ消失したとしてもおかしくないことではあった。