「お疲れ様、マスター」 部屋に入ってきた彼に、私は声をかける。 「今日、ショップ大会だったんだよね?どうだった?」 「ああ、一応上位入賞出来たよ」 そう言って、彼はベッドに腰掛ける。 「新しく出たテーマが強くてさ、準決勝では負けたけど‥‥まあ、大分健闘出来たと思う」 彼はいつも通りの落ち着いた雰囲気で、淡々と結果を報告してくれる。 「うん、やっぱりマスターは強いね!流石だよ!」 そう言うと、ちょっと顔が曇ったのに気が付き、すぐに話を逸らす。 「ほら、今日暑かったし、先にお風呂入った方が良いんじゃない?」 「あー‥‥うん、そうだな」 私の言葉に納得したのか、ゆっくりと立ち上がり部屋を出ていく。 その背中を見送ると、ふうっと息をつく。 (‥‥良かった) 上手く話せた事に安心し、胸を撫で下ろす。 今の私には、これが精一杯なのだから。 私はカードの精霊。 マスターの元で、色んな相手とデュエルしていた、彼の相棒。 そう、それは過去形。今は違う。 色んなカードが出て、私と、私が入っているデッキも、徐々に戦うのが厳しくなってきた。 それでもマスターは、私を使ってくれたけど、それも限界があった。 環境に合わせて調整して、汎用カードを入れて、どうにかこうにか出来ないか、それをずっと繰り返していた。 きっと切っ掛けが無かったら、彼もまだ今も私を使っていたのかな、なんて思う。 だけど、ある日マスターが、新しいデッキを組んだ、と言っていた友人と戦って。 凄いパワーで、あっという間に負けてしまった。 そして、気まずそうにする友人とマスター。 あの時の空気を、今も忘れられない。 結局彼は、こちらのパワーに合わせたデッキで戦ってくれたけれど、 その日がきっと、私とマスターの限界が見えた日だったんだと思う。 それから、友人が新しいデッキを組んでも、マスター以外の相手に試運転させて貰うようになり、 マスターと友人達の間に、壁が出来ているように感じた。 皆優しいから、私達の側にパワーを合わせたデッキを回してくれている。 だけど、それは逆に言えば、マスターと戦う相手に、こちらと合わせているようでもあった。 だから私は、マスターに対して、別のデッキを組もう、と言ったのだ。 だってこのままじゃ、いつかマスターと周りの友人の絆が切れてしまうと思ったから。 「ほら、マスター‥‥同じデッキに拘るのも良いけど、別のデッキを組んでみるのも良いんじゃない?」 そんな言葉をかけてみたけれど、マスターの反応はあまり良くなかった。 私の言葉を、否定しているわけじゃない。ただ、悩んでいるように見えた。 「そんな事を言っても‥‥お前はそれでいいのか?」 その質問に、一瞬ドキッとした。 「ほ、ほら!まずは敵を知るのが大事って言うじゃん、だから色々使ってみるのが良いんじゃないかなって!」 咄嵯に出た言い訳に、自分でも苦笑してしまう。 本当は、私をずっと使って欲しい。だけど、これ以上マスターの負担になるのだけは嫌だ。 そんな複雑な心境で言った事だった。 「そうか‥‥分かった」 マスターは少し考え込んで、やがて納得してくれたようだ。 マスターがカードショップで、新しいデッキのパーツを買いに行く間、私は家で待機していた。 (‥‥寂しい) ただ待つだけというのは、こんなにも退屈なものなのか。 マスターと一緒に居る時は何も思わなかったけれど、こうして一人になるとよく分かる。 今までずっと一緒に居たせいで、一人で家に居るというのが、酷く落ち着かなかった。 (早く帰ってこないかな) そう思って窓の外を見る。 太陽が隠れるような曇り空は、雨が降る程でも無く、だけど晴れでも無い。 今の私の気持ちみたいだ。なんて思ったりする。 しばらくすると、満足そうな表情を浮かべながら、彼が帰ってきた。 大分沢山のカードを抱えていたようで、収穫はあったようだ。 「あ、おかえりなさい、マスター」 私が声をかけると、彼は私に対し、少しバツの悪そうな顔をする。 「‥‥ああ、ただいま」 「もうっ、私に変に気を使わなくて良いのに。で、大分買ったみたいだけど、予算とか大丈夫だったの?」 「いや、それがな」 彼が話してくれたところによると、新しいデッキの為のカードを探していた所、 マスターの友人達が、安く譲ってくれたり、必要なカードをくれたりしたらしい。 『お前あのデッキ一筋だったからな、新しいデッキ組むなら色々余ったの要るか?』 『それならオレも、布教したいテーマあるからさ、ほれ、とりあえず布教用セットだ!』 『あのデッキから流用出来る汎用EXとか全然無いだろ、レア度低いのであれば譲るぜ?』 等と言われて、大分色々貰ったんだそうだ。 マスターが、友人達とまた仲良くなれそうで良かったと思う反面、 何とも言えないモヤッとした気分になった。 「まあ、あいつらには感謝しないとな」 そう言う彼の顔は、どこか嬉しそうに見えた。 「それじゃあマスター、早速新しいデッキ組んじゃおっか!」 私は無理矢理テンションを上げて、彼にそう提案してみる。 そうして、テーブルの上にカードを広げる彼の姿を、横で見つめる。 彼はカードを見ては、考え込み、手に取っては戻していく。 私の入ったデッキを弄る彼の姿ばかりを見て来たから、なんだか新鮮だ。 「うーん‥‥」 中々決められないようで、頭を悩ませている。 「正直に言えば、まだ頭が新しいデッキに慣れて無いからさ、色々考える事が多いなって」 そう言いながらも、彼は手を止めず考えている。 「そうですねぇ‥‥うわ、このカードとか凄い事書いてる、私なんて制約と効果①だけなのに」 「本当に、こんなパワカがいるのかよって感じだよなぁ。時代の流れというか」 彼はそう言って、しみじみとカードを眺める。 「まあでも、これからはマスターも使う側だし、頼もしいカードになると思うよ」 ‥‥私と、私の入っているデッキには、上手く噛み合わなかったカードだ。 「そっか、それもそうだな。よし、出来た」 そう言うと、彼は一つのデッキを手に取る。 そうして、私が彼の相棒だった時代は終わったのだ。 昔の事を思い出していたら、マスターが部屋に帰って来た。 「お疲れ様、マスター」 ベッドに腰掛けていた私も立ち上がり、彼を迎える。 今では割と色んなデッキを使えるようになったマスターは、今も友人達と遊んだりしている。 私が入ったデッキを持っていっても、周りのパワーに合わないから、結局一度も使われる事が無かったりしたせいで、いつしか留守番が板についてしまったけれど。 「なんかちょっと疲れたよ、やっぱりガチでやるって疲れるな」 そう言いながら、マスターはベッドに座ると、そのまま横に倒れ込んだ。 「そりゃそうでしょう。マスター、最近はずっと本気でやってるからね」 「でも、やってみると大分楽しいんだよなぁ」 何となく、ズルい立ち位置に居るな、そう自分の事を思ってしまう。 どれだけマスターがデッキを変えても、私の立場は変わらない。 相棒じゃなくなっても、こうして話をする事が出来るから。 (‥‥寂しくないかって言われたら、嘘になるけど) マスターが楽しんでいる姿を見ていたら、これで良かったんだって思う。 一緒に進む事は出来ない、だけど後ろから支える事は出来る。 それが私の分相応な立場、なのだろう。 私は眠るマスターを邪魔しないように、カードに意識を戻した。 そんなある日、その日はショップ大会があった。 私もデッキケースの中から、マスターを応援していたのだけれども。 先行でマスターがデッキを回し、盤石の布陣で相手を迎え撃つ。 そして、相手の動きに対して、こちらの妨害で反撃。 「‥‥!」 思わず驚いてしまう。 何故なら、対戦相手の使っていたデッキは‥‥私の属するテーマ、マスターが昔使っていたそれと同じ物だったからだ。 当然、マスターにとっては前に使っていたテーマ。 動く時に何をされれば一番辛いかを知っているから、的確に妨害していく。 危なげなく、マッチの一戦目を勝利した。 そして、先行後攻を入れ替えての二戦目。 何度も何度も、マスターがしてきた動きを相手が行う。 誘発は握れていないから、こちらから動きを妨害する手段は無い。 今となっては時代遅れな、だけれども身体に染みついた動き。 相手の布陣は、心もとない物ではあるけれど。 「多分あの伏せ‥‥」 後攻では間に合わないけれど、先行で貼る事で大きく有利になるメタカードが突き刺さり、こちらの動きが大きく封じられる。 そのまま、起点を潰された事で、二戦目は敗北した。 喜んでいる相手の姿を見て、心がざわつく。 三戦目。 先行と後攻が入れ替わり、一戦目の繰り返しのように、マスターが布陣を組む。 そして、この時点で勝敗は殆ど決まってしまう。 何故なら、私が知る限り、対戦相手のテーマに、この布陣を崩す手段は存在しないからだ。 そうして、このマッチ戦の勝者は、マスターになった。 早めに試合が終わったので、他の試合が終わるまで、対戦相手との感想戦を行うのがこのショップの風土らしい。 「いやー、やっぱ強いですねぇ、そのデッキ」 対戦相手が、マスターに対して話かける。 「今の環境だと、このテーマがやっぱり一番強いですよね。そういえば、そのテーマ‥‥昔使ってたから、何か懐かしくなりましたよ」 「ええ、このデッキは俺の魂のデッキなんで!出た時からずっと使い続けてるんですよ!」 興奮気味に話す彼の声を、私は複雑な気持ちで聞いていた。 「そっか‥‥」 マスターも、若干困ったような顔をして、そう答える。 ふと、私の心の中で、あの時私が我儘を通していれば。 今目の前にいるこの人みたいに、マスターに使い続けて貰う事は出来たんじゃないか‥‥なんて考えてしまった。 その後、何となく気まずい空気のまま、試合は消化されていく。 マスターは勝ち残り、運が良かった、というのもあるけれど、そのまま決勝戦で勝利を飾った。 「おめでとう、マスター」 「ああ、ありがとう」 マスターは、どこか元気の無い声で私に答えた。 家に帰ってからも、どことなくマスターとぎこちない空気が流れる。 「もう、そんな顔しないでよ、折角優勝したんだから、勝ってくれたデッキの子達を褒めてあげないと」 「‥‥そうだな、ごめん」 マスターはそう言うと、部屋の扉を開け、そのまま出て行ってしまった。 もう一度一緒に戦いたい、そう言えればどんなに楽だろうか。 でも、それは私のワガママだ。 マスターは今日、しっかりと今のデッキで、小規模とは言え大会に優勝出来た。 だからそれでいいじゃないか。 そう自分に言い聞かせて、私もカードの中に戻る。 その日から、今までみたいに、マスターの色んな事を、ただ私が聞く、そんな関係もギクシャクしてしまっていた。 マスターは私に顔を合わせる度に気まずそうにするし、私もどう接すれば良いのか分からなくなってしまった。 一緒に歩けないなら、せめてその背中を支えたかった。 でももう、私が居なくても、きっとマスターは問題無くやっていける。 それを認めてしまうのが、どうしようもなく辛くて、寂しい。 そんな中、ある日マスターが、私に話しかけてきた。 「なあ、その‥‥今度、久々に一緒にショップに行かないか?」 久しぶりに聞いた彼の声は、少し震えていた。 「もう、私に許可とか取る必要なんて無いのに」 私も、精一杯笑顔を作って、そう返す。 「ありがとう、それじゃあ‥‥今度の日曜、昼過ぎくらいに行こうか」 「うん、分かった、でもどうしたの?急に」 もしも、もし、私のカードを売るのではないか‥‥少し、怖くなってしまう。 「いや‥‥前にさ、ショップ大会の1戦目で当たった相手、覚えてるか?」 「うん、勿論」 同じテーマを使う相手として、忘れる事は無いだろう。 「あいつさ、同じテーマ同士のミラーマッチがしたい、って言うからさ。久しぶりに、お前と一緒に戦いたいなって」 マスターの言葉を聞いて、私は思わず目を見開いた。 「勿論、マスターが望むなら、どんな相手でも一緒に戦うよ!」 「‥‥ごめん、ありがとうな」 申し訳なさそうに笑う彼を見て、私の中で、少しだけ靄が晴れた気がした。 「もう、何で謝ってるの」 「いやその‥‥隠してても仕方ない、か。実はさ、一回、お前のカードをアイツに渡そうかな、なんて思ったりしたんだ」 「‥‥えっ!?」 一瞬、頭が真っ白になってしまう。 「魂のデッキって言って、今もあのデッキを使ってるアイツの元に居る方が、お前も戦えて嬉しいのかな、なんて思って」 マスターは、バツが悪そうな表情で、そう続けた。 「アイツと戦ってから、ずっと。自分が胸を張って好きだって言えるのか、わかんなくなってさ」 マスターの声は震えていて、見ているだけで苦しくなる。 「でもさ、こうしてミラーしないかって誘われて、久しぶりに一緒に戦えるかもしれないと思ったらさ‥‥何か燃えて来たんだよ」 そこまで聞いて、ようやくマスターの考えている事が理解できた。 そして同時に、私は心の何処かに引っ掛かっていた物が、綺麗に無くなったのを感じた。 (‥‥良かった) 「当たり前だよ、だって私は、マスターの魂のカードなんだもん‥‥えへへ、自分で言うのも気恥ずかしいけど」 「よし、じゃあ決まりだ!久しぶりに握るからって、ミラーで負ける訳にもいかないからな、デッキの調整するか!」 「おー!!」 そうして、私達は久しぶりに一緒に戦った。 お互いに一進一退。 何度も何度も、只管に戦う心地よい時間は、あっという間に過ぎた。 「‥‥楽しかったですね」 帰り道、私はマスターに言った。 「ああ、楽しかったな」 この日一日だけかもしれないけれど、私は確かに、マスターとまた一緒に戦う事ができたのだ。 その日からまた、私とマスターの関係は元に戻った。 でも、なんだか最近のマスターはそわそわして、何かを隠しているようだった。 絶対に嘘だ。 最近はずっと何かを考えてるようだし、何かに怯えてるような、でも楽しみにしているような‥‥。 なんだろ、気になる。 「ねえマスター、最近何か隠してるよね?」 マスターは、ビクリと身体を震わせた。 やっぱり何かある。 「‥‥いやー、何もないぞ?」 明らかに動揺しているのに、マスターは必死に誤魔化そうとしていた。 「‥‥教えてくれないなら、マスターのベッドの下、漁っちゃうよ?」 「おい待て、それはマジで勘弁して、許して、死んじゃう」 マスターは慌てて私の手を掴んだ。 「あはは、冗談だよ」 マスターは安心したように息を吐くと、そわそわとした様子で、時計を気にし始めた。 「‥‥もうすぐ来ると思うから」 「えっ、何が?」 マスターは答えず、日付が変わると同時に、スマートフォンでSNSを確認し始めた。 しばらくして、小さくガッツポーズをすると、彼は画面を私に見せてきた。 「えっと‥‥」 そこには、私の属するテーマの新規カードの情報が書かれていた。 「えっ、これってまさか‥‥!?」 私が驚きながらマスターを見ると、マスターは照れ臭そうに笑った。 「うん、新しいカード。発売は来月だけど、強化が出るらしい」 「‥‥ほんとうに?本当に、私達の新しいカードが出るの?」 「ああ、間違い無い」 私は嬉しくなって、思わず抱きついてしまった。 ―――――――――― ――――――― ―――― それから暫くして、ある日のショップ大会の決勝戦。 「行きますよマスター、決勝戦まで来たんです、必ず勝ちましょう!」 「おう!」 これからもずっと、戦っても戦わなくても、ずっと一緒ですよ、マスター。