「皆の夢は何?」 先生に問いかけられて、私はふと考える。 私の夢って何だろう。 「えーっと‥‥私、は」 『貴女はオオヒメ様を降ろす御巫になりなさい』 お母さんの言葉が頭を過る。 そうだ、私はお母さんの言う通りオオヒメ様に認められて巫女になるんだ。 そう考えていると、先生は続ける。 「夢を叶えるには、そこまでの道も大事です。その道の途中にあるのが、学校だったりするの」 そう言ってから先生はにこやかに微笑む。 「あなた達だって、学校に来るまで、通学路を通るでしょう?その間に、色々な物が目に入るはずよ。」 「駄菓子屋さん!あそこにいつも遊びに行く!」 「お花屋さんとか本屋さんもあるよね」 「あと、八百屋さんの野菜とか、肉屋のコロッケとか?」 「そうそう、目的地に続く道にも、色んな物があるの。だから、あなた達には是非、寄り道を沢山楽しんで欲しいな。だから最初に、この学校で沢山の事を学んで欲しいの」 そう言われて、ふと私は、オオヒメ様に選ばれるような巫女になれるのかを考えた。 どうすれば、選ばれるようになるのか。 その日は、悩みながら家に帰って行った。 オオヒメ様は、どんな御巫が良いのだろうか。 やっぱり、優しくて清楚で綺麗な人かな。 友達が沢山いる人がいいのかもしれない。 私はノートに、そうなる為の方法を考えてみた。 沢山勉強をして、運動もして、舞の練習もして、友達を作る‥‥例えば、同じ御巫の候補の子達、ハレちゃんやニニちゃんとも仲良くなってみよう。 きっときっと、そんな素敵な御巫になれば、オオヒメ様に選ばれる筈だ。 そうして、私は学校で色んな子と関わるようになった。 一緒に遊んだり、お話したり。 勿論、勉強や舞の稽古も頑張ったし、家の手伝いもした。 でも、それじゃ駄目だったみたい。 「駄目じゃない!オオヒメ様に選ばれるよう、聡明で美しくなる為に、素晴らしい舞を踊れるよう、もっと頑張らないと!」 お母さんに叱られてしまった。 どうしてだろう。 「御巫に相応しい舞を!最も美しい舞で、オオヒメ様に選ばれるのです!」 そう言うお母さんの目は真剣そのもので、とても怖かった。 「そうだぞ、今の世代で本家含め、お前が一番才能がある、だからこそ、他の事に現を抜かして欲しくないのだ」 お父さんにも、私の考えが間違っているのだと教えられた。 その日から、私は友達と遊ぶ誘いを断って、舞の練習をしたり、作法を学んだりした。 「良いぞ、お前には才がある。これならオオヒメ様に選ばれるのも間違いないだろう」 作法を身に着け、オオヒメ様に相応しい御巫になれるように自らを律する。 その度に、父や母も、家の皆が、私の事を褒めてくれる。 次のオオヒメ様になるのはお前だと、期待してくれている。 世界の様々な舞を、その全てを真似出来るように練習をする日々。 多分、才能があるという両親の言葉は本当なのだろう。 周りの御巫候補が成長する中、私が一番上達が早い、それは自分としても感じていた事だし、事実なのだと思う。 舞のポイントを纏めたノートの数冊目が一杯になって次のノートを取り出そうとした時、 前に書いた、オオヒメ様に選ばれる為、私が考えた方法のノートを見つけた。 沢山遊ぶ、友達を作る‥‥ そんな事が書かれたノートを見て、少しだけ胸の奥がチクリとする気がした。 何か、大切なものを無くしてしまったかのような、そんな気持ち。 気が付くと、私はノートを黒く塗りつぶして、捨ててしまっていた。 「くだらない‥‥オオヒメ様に選ばれるのに、こんなのは必要ない」 私は自分に言い聞かせるように呟く。 新しいノートを用意するんだったか。 何となく、その日から私はスッキリした気持ちになれた。 今まで心に詰まっていた余計な物を捨てられたように心が軽い。 舞の事だけを考えて、ひたすらに努力しよう。 私はそう決意して、それからずっと、何もかもを空にして舞い続けた。 私には才がある。 父も母も、私の元にオオヒメ様が降りる事を確信していた。 「次にオオヒメ様を降ろすのはフゥリね、我が家も安泰だわ」 「うむ、フゥリにオオヒメ様が降りれば、家格に恥じない功績になるな」 両親や親戚は、私が”次代のオオヒメ様を降ろす御巫”になる未来を見て笑う。 私は空っぽになって踊るのが得意だ。 自分の中に何も無くなってしまえば、ただ舞うだけで、誰よりも上手く舞える。 その日も私は、一糸乱れぬ舞を披露した。 もう既に何百回と繰り返してきた動きで、身体は勝手に動く。 まるで自分が自分では無くなってしまったような感覚。 迷わし鳥の舞を、私は完璧にこなしてみせた。 他の御巫の舞には、揺らぎがある。 私はそんな揺らぎを全部捨ててしまえる。 例え何度踊っても、何時踊ったとしても、私の舞には寸分の狂いもない。 完璧な舞を再現する。 「オオヒメ様を降ろす身体だ、食事にも気を付けねばな」 「えぇ、しっかりと管理して仕上げないと」 毎日しっかりと栄養を考え、バランスの良い食事を摂る。 余りこの味は好きじゃなかったな、と思い、ふと、私の好物はなんだったか考え、 数秒頭で考えてから、私は思考を捨てた。 舞の事以外は考える必要がない。 私の好みは、オオヒメ様には関係が無いのだから。 この身体はオオヒメ様に捧げる身体。 その為に、私は日々を生きている。 そんな生活を続けている内に、いつの間にか、私は中学生になっていた。 中学では、勉強や舞の練習に明け暮れた。 オオヒメ様に捧げるのだから、知恵も身体も、全てにおいて一番でなくてはならない。 幸い勉強は得意だった。 頭の中に知識を詰め込んで、適切な物を必要な時に取り出せば良い。 舞と同じだ。 必要な物は全て、頭に叩き込めばいい。 「ねぇ、フウちゃんってさ、いつも難しい顔してるけど、楽しい?」 「楽しいと言うと‥‥少し違いますね、それが私のお役目ですので、ただそうしてるだけです」 同じクラスになった子に聞かれたので、そう答えた。 「そっかぁ‥‥」 その子はそれだけ言って、それ以上は何も言わずに離れていった。 私の周りにいる人は皆、私と違う。 何をしたいのか、何になりたいのか迷ったりして、悩んだりしている。 私にはそんな時間は無い。 オオヒメ様の御巫となる為に、もっと舞を磨かないと。 「フウちゃんってさ、いつも忙しそうだよね」 「はい、私はオオヒメ様の巫女として、精進しないといけませんので」 「あー、うん、そうだね」 この子も、私から離れていく。 皆、どうして悩んでいるんだろう。 私のように、一直線に進めばいいのに。 そう思って、それからも私はひたすらに舞の練習をした。 そのせいか、周りからは近寄り難い人と思われてしまったみたいだけど、それで良い。 舞の事以外を考えるなんて、時間の無駄だと思う。 私はオオヒメ様を降ろすのだから、その時点で私の身体はオオヒメ様の物。 余計な繋がりは、邪魔になるだけだ。 中学が終われば、私は本格的に御巫になる。 オオヒメ様を降ろす社に入り、同世代の御巫達の中で、誰が次のオオヒメ様を降ろす御巫に選ばれるかを競う事になる。 他の御巫の舞を見たけれど、私の舞が一番混じり気が無い。 私が選ばれる事は間違いないだろう。 でも、油断はしない。 慢心すれば、そこで終わりだと思っている。 オオヒメ様に相応しい御巫である事、それこそが今の私が目指すべき道だ。 「オオヒメ様を降ろす御巫になる為に必要な物はなんだ」 ある日父が聞いてきた。 私は即座に答える。 「己をオオヒメ様に奉納する為、全てを捧げる事でしょう」 「うむ、その通りだ」 父は満足げに笑う。 そしてこう続けた。 「お前が御巫となり、オオヒメ様を降ろした後、何を成すべきだと考えている?」 私はその質問に答える。 「オオヒメ様を降ろした時点で、私の身体はオオヒメ様の物。そこに私の意思は必要ありません」 「その通り。オオヒメ様を降ろし、ただ身体を明け渡し、祈り続ける事こそ、真にオオヒメ様に仕えるという事。それこそが神髄だ」 そう言うと、父は部屋を出ていった。 私はその背中を見送ると、すぐに舞の稽古を始める。 舞の技術、知識、身体。 これまでずっと珠の如く磨き上げた全てを、オオヒメ様に捧げる。 奉納の舞の日、私は朝早くから起きて準備をしていた。 御巫の服に着替え、髪を結い上げ、身だしなみを整える。 鏡を見ると、そこには私の姿が映っていた。 完璧な舞を披露する身体。 オオヒメ様に捧げるのに相応しい、綺麗な姿だ。 「よし」 最後に、全身を確認するように見てから、私は家を後にした。 既に他の御巫達は集まっていた。 他の御巫の舞には、不純物が混ざっている。 それは、自分の心であったり、悩みであったりする。 私の舞にはそんなものは含まれていない。 舞う。 舞う。 舞う。 ただただ、無心に、舞を続ける。 私の舞には、何も無い。 迷いも、苦しみも無い。 熱も悲しみも、喜びも、何もかも捨て去って舞う。 やがて、舞の時間は終わった。 舞を終えた私は、舞台の上で目を瞑り、祈る。 「此度の奉納の舞、オオヒメ様にその身を預ける御巫は‥‥珠の御巫、フゥリ!」 名前を呼ばれ、目を開けると、私は社の奥へと案内された。 オオヒメ様を降ろす為の準備が始まった。 身体を清め、私はその時を待つ。 「オオヒメ様を降ろす為の器として、今からお主は生まれ変わる」 「はい」 「覚悟は良いか?」 「勿論です」 「よろしい」 祭司様の言葉と共に、私の身体に、何かが降りて来る感覚が走る。 それと同時に、私の意識は遠のいて行った。 私の身体がオオヒメ様の物になる前に、ぼんやりと昔の事を考える。 父や母、親戚の人達の顔。 あの人たちは、私を通じてオオヒメ様を見ていた。 私は、私の全てを捨てた。 ただ真っすぐに、オオヒメ様に自らを捧げる為に。 ‥‥ふと、遠い昔に聞いた言葉が、不意に浮かぶ。 「ああ、これで私が終わるなら‥‥もう少し、寄り道をしておいた方が良かったかな」 涙が頬を伝って零れ落ち、私は呟く。 そうして、私の全てがオオヒメ様の物になった。 ―――――――――― ――――――― ――――― 「オオヒメ様、これ私の身体なんですよ?」 『良いじゃないですか!帰り道に寄り道して食べるコロッケは美味しいんですから!』 「全くもう‥‥」 オオヒメ様は、私の身体に入ってすぐ、周りの人達と会話したり、色んなものを食べたりして楽しんでいた。 私は最初、オオヒメ様の中で、それをただ眺めていた。 でも、今はこうしてオオヒメ様と話をしている。 私とオオヒメ様、代わりばんこで身体を使うこの生活にも、大分慣れて来た。 『ふふ、御巫の皆さんも、私がオオヒメだからと遠慮せずに仲良くして下さいますし、良い子達ばかりですね』 「‥‥ええ、本当に」 こうして、オオヒメ様を通じて皆と話すようになって、分かった事がある。 オオヒメ様を降ろした私に対抗心を燃やす子、世間知らずなオオヒメ様をからかう子、 舞について共に語り合い、高め合える関係になって思う。 皆、良い人ばかりだ。 「‥‥何で、オオヒメ様は私を選んだんですか?」 私は、気になっていた事を尋ねる。 私より情熱を燃やした御巫、感情を込めた御巫は沢山いる。 なのに、どうして私が選ばれたのか。 『うーん、そうですね、貴女が純粋に私の事を祈ってくれたからだ‥‥ってのもありますけど』 「けど?」 『一番は、私が貴女のお友達になりたかった‥‥じゃ、駄目ですか?』 こうしてオオヒメ様と過ごして、今まで私が進んで来た道をふと振り返る。 真っすぐ真っすぐ進んでいたようで、実はそれも回り道だったんじゃないか、今の私ならそう思える。 だから、今は、友達や神様と一緒に‥‥沢山の寄り道をしていこう。