夕暮れ時の部室棟、俺は一人、壁に寄りかかりながら考え込んでいた。 「‥‥どうすっかな」 思わず独り言が漏れる。 勧誘してくる先輩達を避けながら、廊下を行く。 希望は帰宅部だったのだが、折角なんだから部活か同好会に入れ、と父に言われてしまった以上、何かしらには入るしかない。 とは言え、こうして入る部活を探す友人もまだ作れていないような俺にとっては、この勧誘の嵐は、ある種地獄でもあった。 だが、こうしてただぶらぶらとしているのも何なので、とりあえず足は進める。 そうして、ほとんど人の居ない部室棟の奥、物置だったり倉庫だったりと、あまり人の寄り付かない一角までやってきた。 こういう場所が落ち着く辺り、やはりあんまり人と関わるのは得意ではないらしい。 「ん? なんだこれ」 ふと、その隅にある部屋が目に入る。 『手芸部』 扉にはそんな、ノートから破ったようなページにそう書いてあるだけの紙が、画鋲で留めてあった。 部活や同好会の紹介の時には、そんな物は無かったはずだ。 掲示板のポスターにも、それらしきものは見当たらなかった。 貼り紙から感じる、何とも言えないやる気の無さ。 俺はつい、その部屋が気になって、扉に手を掛けた。 勧誘も告知もしていないのだから、見るだけ見て帰っても文句は言われまい。 そう思いながら、俺はその扉を開けた。 「し、失礼します」 小声でそう言いながら部屋の中に入る。 元々倉庫だったのであろう、コンクリート打ちっ放しの壁と床。 そこに、長机とパイプ椅子、棚や段ボール、そしてミシンが数台。 夕陽の差し込んだ部屋の中で、一人の少女が、黙々とミシンを動かしていた。 彼女はこちらに気付いて、ミシンを動かす手を止め、こちらを向く。 「げ‥‥もしかして見学?」 「え? あ、はい」 「あー‥‥来る分には良いんだっけか」 と、何かを考えているようだったが、 「ま、良っか。適当にその辺座っといて」 彼女は少しめんどくさそうにそう言って、作業を再開した。とりあえず、言われた通り適当に座る。 彼女の後ろの棚には縫いぐるみや人形、そしてぬいぐるみが並んでいた。 どうやら、本当に手芸同好会の部室らしい。 「あの」 「どした?」 そうして数分、作業をただ眺めているだけの時間に耐えかねて、俺は彼女に声をかけた。 「この手芸部って、部員は貴女だけですか?」 「そー、悪いか?」 「あ、いえ」 俺の質問に対して、彼女は少し不機嫌そうな顔をして言った。 しかし、そうなるとこの部屋の備品だったり、棚の作品だったりは、1人だけの同好会にしては、少し多い気がした。 「それで?お前はなんでこんな所にいんの?」 「え? あぁ、色々勧誘とかから逃げてたらここに」 「ふーん、そか。まぁ、見てるなら良いけど」 彼女はそう言うと、またミシンを動かし始めた。 俺は、そのミシンが動くのをぼーっと眺める。 「あの、棚のぬいぐるみとか、見ても良いですか?」 「え? あぁ、良いよ」 許可をもらったので、棚に並んでいたぬいぐるみを手に取る。 良く見ると、毛糸で編んだ編みぐるみなんかの方が、布を縫い合わせて作った物よりも多い。 「これ、全部自分で作ったんですか?」 「そうだよ。凄いっしょ?」 「はい、凄いですね‥‥」 素直に感心しながら答える。 服、ぬいぐるみ、編みぐるみ、刺繍。 様々な作品が並んでいて、どれもこれも、とても丁寧に作られているのが感じられる。 俺の目が肥えていないだけなのかもしれないけれど、既製品と言われても信じてしまうくらいだ。 さっきまで居心地が悪かった気がしたのに、ただミシンの音だけが響く空間が、妙に落ち着く。 しばらくすると、彼女がこちらを見て、話しかけてくる。 「日が沈む前にこっちも帰るから、それまでゆっくりしてていいぞ」 そう言われて、壁掛け時計を見る。 いつの間にか時刻は5時20分、もうすぐで太陽が沈む所だった。 「じゃあ、もう少しだけ居させて下さい」 そう答えて、俺は再び、ミシンの音をBGMに、ぬいぐるみ達を見つめていた。 空が紫色に染まり、やがて完全に暗くなり始めた頃。 ミシンの音が止み、少女が立ち上がる。 「よし、今日の分終わりっと、結局ずっと居たな」 作業を終えた彼女は、俺の方を向いて、そう言った。 「すみません、勝手に長居してしまって」 「別に良いよ、煩くしたりしない分には。作ったのを見られるのもヤな気分じゃないしな」 見学させて貰った礼、と言うには些か足りない気もするけれど、道具の片付けを手伝っていると、 自分でも無意識に、 「その、明日も来ても良いですか?」 なんて事を聞いていた。 それを聞いた彼女は、 「ま、好きにすれば」 と、一言だけ答えてくれた。 「んじゃ、そっちの気が変わらなければまた明日」 「あ、はい。ありがとうございました」 礼を言って、俺は部屋を出た。 完全に暗くなる前に、と足早に帰る。 その日の夜、自室でぼんやりと、「手芸 始め方」のようなワードでネット検索してしまっている自分に気が付く。 思った以上に、あの時間は俺にとって居心地の良いものだったようだ。