ミシンの音が、部屋の中に響く。 部室棟の一番奥、私だけの作業部屋。 窓の外からは新入生の勧誘に必死な声が聞こえるけれど、ここだけは別世界のように静かで穏やかだ。 そんな平穏な空気が、ゆっくりと扉の開く音で変わる。 「し、失礼します」 緊張した面持ちで入ってきたのは、やたらとデカい男子生徒だった。 「げ‥‥もしかして見学?」 ミシンを一旦止め、私は彼に向き直る。 「え? あ、はい」 手芸部の活動は許されているけれど、勧誘や告知は止められている。 「あー‥‥来る分には良いんだっけか」 だが、向こうから来るのを断る理由も無い事に気付いた。 「ま、良っか。適当にその辺座っといて」 対応の仕方も分からないので、とりあえずミシンを動かす事にする。 その内飽きて帰るだろうと思っての事だったが、椅子に座った彼は、部屋の中を眺めて、割と楽しげにしている。 何だコイツ。暇なのか。 「あの」 その内、彼が話しかけてきた。 「どした?」 「この手芸部って、部員は貴女だけですか?」 色々事情はあって、うちの部活は私一人だけだ。 「そー、悪いか?」 「あ、いえ」 本当に、色々あったのだ。 「それで?お前はなんでこんな所にいんの?」 質問されたのだ、こちらからも聞いても良いだろう。 「え? あぁ、色々勧誘とかから逃げてたらここに」 確かに、さっきまでの喧騒を考えれば、ここに来てしまうのは分かる気がする。 「ふーん、そか。まぁ、見てるなら良いけど」 それで私の興味も終わり、私はまた作業に戻った。 「あの、棚のぬいぐるみとか、見ても良いですか?」 今度は彼の方から話しかけてくる。 「え? あぁ、良いよ」 別に見られて困るものでもないので許可を出す。 すると彼は、遠慮がちに棚の方へと向かっていった。 「これ、全部自分で作ったんですか?」 今の部員は私だけ、という事を気にしているのか、恐る恐るという感じで彼は尋ねてくる。 「そうだよ。凄いっしょ?」 ちょっと自慢でもしてやるかという気になって、答えると、 「はい、凄いですね‥‥」 なんて返してきたから、調子が狂う。 そのまま、棚に飾ってある私の作品を観る彼を横目で見ながら、作業を続ける。 気が付くと、そろそろ日が沈む時間になっていた。 「日が沈む前にこっちも帰るから、それまでゆっくりしてていいぞ」 今日の分を終わらせるまで、私は作業を続けて、彼にそう告げた。 「じゃあ、もう少しだけ居させて下さい」 まあ、静かにしてる分には問題無いだろうと、好きにさせる事にした。 空が紫色に染まり、やがて完全に暗くなり始めた頃。 今日の分の作業も終わり、伸びをしながら立ち上がる。 「よし、今日の分終わりっと、結局ずっと居たな」 「すみません、勝手に長居してしまって」 「別に良いよ、煩くしたりしない分には。作ったのを見られるのもヤな気分じゃないしな」 片付けをしていると、どうやら手伝ってくれるらしい彼が近付いてきた。 ミシンにカバーを掛け、電源を落としてからフックを外す。 細々としたゴミを捨てて、机の上を拭き、棚に戻す。 そんな単純な作業だが、二人で行う事で随分早く終わったように感じる。 「その、明日も来ても良いですか?」 荷物をまとめていると、彼が唐突に言ってきた。 「ま、好きにすれば」 特に拒否する必要も無いので、軽く返事をする。 「んじゃ、そっちの気が変わらなければまた明日」 部屋から出て、電気を消しながら言う。 「あ、はい。ありがとうございました」 お礼を言われた所で、私達は別れた。 「‥‥そういや、名前聞いて無かったな」 家に帰ると、ぼんやりと今日の事を思い返す。 どうせ明日は来ないだろうけど、少し、昔の手芸部を思い出せた気がした。