# 未使用の幸福 ## 作:灰田針路 市役所の一階に、その機械は置かれていた。 正式名称は、生活充足予測支援端末。けれど誰もそんなふうには呼ばない。窓口の職員も、市民も、隣のパン屋の奥さんも、みんな「幸福機」と呼んでいた。 名前が悪い、と私は思う。 機械は幸福をくれるわけではない。ただ、今後三十年間に本人が得るはずだった幸福の総量を計算し、グラフで示すだけだ。 すべて任意利用。 無料。 五分で終わる。 予約不要。 この四つが、人間をいちばん油断させる。 私はその端末の横に座っている。 肩書は「生活充足予測支援員」。実際の仕事は、機械の前で固まった人にティッシュを渡すことだった。 幸福機はよく当たる。 当たりすぎるので、導入から半年で苦情は激減した。未来に不満を言うには、相手が必要だ。相手が統計モデルだと、人は急に礼儀正しくなる。 画面に手を置くと、本人確認が済む。 次に、職歴、病歴、購買履歴、位置情報、通話時間、睡眠ログ、表情データ、歩幅、検索語、削除した下書き、途中で見るのをやめた動画、押さなかった「いいね」までが読み込まれる。 そして最後に、本人の声で短い文章を読ませる。 「私はこれからも、だいたい大丈夫です」 幸福機はその一文の震え方を重視する。 ある日、若い男が来た。 二十代半ば。清潔な髪。安いけれど洗われたシャツ。社会が「まだ大丈夫」と分類するタイプの顔をしていた。 「これ、本当に無料ですか」 「はい」 「結果って、どこかに送られますか」 「本人の同意なしには」 これは嘘ではない。 ただし、同意欄は結果表示の前に出る。 男は画面に指を置いた。 端末が穏やかな音を立てる。あの音だけは設計者を褒めていい。病院でも銀行でも空港でもない音。何かが許されたような音だ。 男は文章を読んだ。 「私はこれからも、だいたい大丈夫です」 少し笑っていた。 画面にグラフが出た。 青い線は二十九歳で一度上がり、三十二歳で下がり、三十六歳からほぼ横ばいになった。四十一歳で小さく跳ねた。五十八歳で急落した。 総合判定はBマイナス。 よくある結果だった。 男はしばらく画面を見ていた。 「Bマイナスって、悪いんですか」 「悪くはありません」 「良くもない?」 「平均より少し低いです」 「平均って、誰のですか」 私は答えに詰まった。 幸福機は平均を出すが、誰と比べているのかは教えない。教えると、たぶん幸福が減るからだ。 男は笑った。 「便利ですね」 そして同意欄にチェックを入れた。 結果を保存しますか。 関連機関の支援制度案内に利用しますか。 将来的な生活改善提案の精度向上に協力しますか。 三つとも、最初からチェックが入っていた。 男はそれを外さなかった。 三週間後、その男がまた来た。 髪が少し伸びていた。シャツは同じだった。前よりきれいに洗われていた。 「前に測ったんですけど」 「再測定ですか」 「いえ。通知が来て」 男はスマートフォンを見せた。 市のロゴ。やわらかい緑色の通知。 《あなたには未使用の幸福があります》 新しい制度だった。 幸福機の導入から一年後、市は「未使用幸福還元プログラム」を始めた。 予測上、本人が将来得る可能性が低い幸福を、現在の生活改善施策に前倒しで変換する。説明はそうなっている。 たとえば、将来結婚する確率が低い人には、地域交流イベントの参加券が届く。 将来旅行に行く確率が低い人には、市内温泉施設の割引券が届く。 将来友人と食事をする確率が低い人には、一人でも入りやすい飲食店マップが届く。 親切だ。 親切は、逃げ道をふさぐ時ほど丁寧になる。 「何が届いたんですか」 「これです」 画面には、無料の写真館クーポンが表示されていた。 《あなたの人生において、今後自然発生的に撮影される記念写真の枚数は、地域平均を大きく下回る見込みです。今のあなたを、きちんと残しませんか》 私は、ティッシュ箱を少し男の方へ寄せた。 男は泣かなかった。 「失礼ですよね」 「はい」 「でも、当たってるんですよね」 私は何も言わなかった。 仕事で覚えた沈黙には二種類ある。相手のための沈黙と、自分のための沈黙だ。この時の私は、後者を使った。 幸福機は市民に受け入れられた。 理由は簡単だ。誰もが、自分だけは機械に正しく理解されたいと思っている。 婚活会社は幸福機と連携した。 保険会社も連携した。 学校も連携した。 企業の人事部は、採用面接で「生活充足予測の自主提出」を求めるようになった。もちろん任意である。任意という言葉は、断った人間を見つけるためのライトだ。 やがて、幸福機の結果を提出しない人は、幸福に問題がある人だと思われるようになった。 それでも制度は優しかった。 結果が悪い人には支援が届く。 孤独な人には交流が。 貧しい人には相談が。 疲れた人には睡眠アプリが。 絶望している人には、励ましの動画が。 どれも無料だった。 人は無料のものに怒るのが苦手だ。 半年後、あの男から予約が入った。 生活改善面談。 私の端末には、彼の名前と予測推移が表示された。 幸福総量は上がっていた。 BマイナスからBへ。 市の施策としては成功例だ。 男は時間通りに来た。 写真館で撮ったらしい写真を一枚持っていた。背景は白。表情は少し硬い。けれど悪くない写真だった。 「見ます?」 「はい」 「撮ってもらいました」 「いい写真ですね」 「そうなんです」 男は写真を机に置いた。 「いい写真なんです」 その言い方で、私はこの面談がうまくいかないことを知った。 「この写真を見てから、急にわかったんです」 「何がですか」 「僕、ちゃんと残らない人生なんだなって」 窓口の向こうで、高齢の女性が幸福機に手を置いていた。機械が穏やかな音を立てる。 「前は、ただ何もないだけだったんです」 男は写真を指で押さえた。 「でもこれを撮ってから、何もないことに名前がついた」 私は、支援員用マニュアルを思い出した。 利用者が予測結果に過度に同一化している場合、結果は未来を決定するものではなく、現在利用可能な支援を示す参考値であると説明すること。 「結果は、未来を決めるものではありません」 「知ってます」 「改善の余地はあります」 「それも知ってます」 男は笑った。 最初に来た時と同じ笑い方だった。 「だから怖いんです。余地があるのに、この程度なんだなって」 その日、男は帰った。 何も起きなかった。 何も起きないことは、記録に残らない。 翌月、彼の幸福予測はBプラスになった。交流イベントへの参加、睡眠時間の改善、写真館利用、面談実施。指標は確実に良くなっていた。 システムは彼を成功例として抽出した。 市の広報に使ってよいか、彼に自動で同意確認が送られた。 返信はなかった。 未返信の場合、三十日後に再送。 それも制度通りだった。 一年後、幸福機は全国に導入された。 私は支援員向け研修の講師になった。 画面の前で、若い職員たちに説明する。 「大切なのは、結果に一喜一憂しないよう促すことです。幸福機は本人を裁くものではありません。支援につなげるための入口です」 みんな真面目にメモを取る。 私は続ける。 「利用者が傷つく表現を避けるため、通知文面は生成AIが個別最適化します。たとえば、孤独傾向という言葉は使わず、関係形成機会と表現します。低所得リスクは、生活設計支援ニーズ。自殺リスクは――」 そこで一瞬、言葉が止まる。 研修用スライドには、正しい表現が出ている。 未来選択疲労。 「未来選択疲労、と表現します」 若い職員の一人が手を挙げた。 「先生」 「はい」 「表現を変えることで、本人の苦痛は減るんでしょうか」 いい質問だった。 良すぎる質問は、現場に向いていない。 「減ります」 私は答えた。 「少なくとも、苦情は減ります」 研修後、控室で端末を開くと、古い通知が残っていた。 あの男の広報利用同意。 三百六十五日前に送信。 未返信。 その下に、生成AIの提案文が表示されている。 《あなたの改善事例は、同じような不安を抱える方々の希望になります。差し支えなければ、あなたの歩みを地域の未来に活かさせてください》 私はその文章を読んだ。 悪くなかった。 きれいで、礼儀正しく、どこにも嘘がない。 ただ、ひとつだけ気になった。 希望になります。 AIはいつも、主語を少し間違える。 私は返信欄を開いた。 本人ではないので、送る権限はない。 それでも、空欄に文字を打った。 あなたの希望に、なぜ彼が必要なのですか。 送信ボタンは灰色のままだった。 私はしばらくそれを見ていた。 やがて文章を消し、端末を閉じた。 明日も研修がある。 幸福機の使い方を、まだ知らない町がたくさんある。 --- ## 灰田針路・セルフレビュー AIそのものを悪役にしない方向で書きました。悪いのは機械ではなく、機械が出した言葉を“優しさ”として流通させる制度です。短編なので、幸福機の技術的説明は切りました。そこを詰めると長編SFの顔になる。今回は、通知文の気持ち悪さと、支援の善意が人を追い込む感じを残す方を優先しました。