聖域を護る秘境の村。 深い山々に抱かれ、濃い霧と星々の加護によって外界から隠されたその地には、占星術師の一族が静かに暮らしていた。 彼らは俗世と距離を置く。 余の中の流れにや戦乱にも関わらずに、空を読み星を読み、巡る運命を見つめながらただ聖域を守り続ける事、それが一族に課せられた使命だった。 外の人間と接触することなど滅多にない。 あるとすれば、聖域の存在を嗅ぎつけ、侵そうとする愚か者を返り討ちにする時くらいだ。 そんな村で、ルキアスが珍しく露骨に不快感を滲ませたのも、無理からぬことだった。 「ファイメナ、君の彼氏だが‥‥正直、あの男は如何な物か」 だから、ルキアスが苦言を呈するのは正しかった。 他の村の住人達も、言葉にせずともそう考える者は多かった。 ファイメナが彼氏と呼ぶ男は、村の外の人間だ。 村がいくら俗世に関わらないとは言え、秘境の村では完結しないこともある。 だから、買い出し等で外に出る事はあるし、外部の人間と交流する事もある。 だからこそ、外の人間を完全に拒絶しているわけではなかった。 実際、これまでにも村の者が外の人間と恋に落ち、婿や嫁として迎え入れた例はある。 恋愛感情そのものを縛るような、そんな息苦しい掟ではない。 だが、村の掟や聖域を守る使命。 それはこの村で生まれ育った者ならば、誰もが骨の髄まで叩き込まれる価値観だった。 ましてファイメナは、その中でもとりわけ厳格な女性だった。 掟を軽んじる者には容赦がなく、幼い頃から何度もルキアスが叱責された相手でもある。 だからこそ。 村の人間はパートナーに対し、掟や使命の事を理解、尊重しているのかという部分を重視する。 仮に人柄が良くても、そこの部分が理解出来ていないのであれば、それは好ましくない。 少なくとも、共に生涯を添い遂げる相手としては。 そういう意味では、ファイメナの彼氏は俗っぽすぎる上、軽薄だ。 所謂遊び人‥‥そう表現するのが、彼の事を示すのに一番相応しいだろう。 女性関係は爛れているし、酒やギャンブルで散財することも多い。 それらの情報を知らずとも、村に来た時の態度だけで、受け入れ難い人間であるというのは明らかだった。 村の女性に軽薄にセクハラさえして、ファイメナが軽く咎めこそしていたが、行為に対して軽すぎる物だった。 だから、忠告染みた言葉を投げかける事になったのだ。 そもそも、あんな人間に村の場所を教える事自体、正直な所問題でしかない。 あの男が、この村の掟や使命を尊重するとは思えず、悪意ある者に村の事を話してしまうのではないか。 だが、ファイメナは余りルキアスから言われた事を気にしていないようだった。 「実際に詳しく話した訳じゃないだろう?今度機会を設けよう。」 そう言われたが、正直な所気が進まなかった。 一度村に来た時点で、その立ち振る舞いが粗野な上軽薄、人前だろうと気にせずファイメナの乳房や尻を触り、 その上他の村人にさえセクハラを行うような男。 ファイメナに対してだけなら、下品ではあるがまだ恋人同士だからと言い訳が出来る。 だが、他人にまでそれを向けておいて、それを許容するような空気になっている時点で、人間性に疑問を抱かない方がどうかしている。 加えて、村の空気感も理解せず馴れ馴れしい。 余りにも近視眼的で、己のことしか考えていないように見えた。 もうどんな話し合いを行おうと、評価が覆る事などないだろう。 とはいえ、頭ごなしに否定しては角が立つ。 せめて一度だけ、形式だけでも話してみるべきなのだろう。 そして、ファイメナに呼び出された場所を聞いた時点で、ルキアスは嫌な予感しかしなかった。 指定されたのは、外界の町でも表通りから外れた一角。 石畳はひび割れて雨水と泥が溜まり、昼なお薄暗い裏路地。 建物同士が肩を寄せ合うように密集し、空は細く切り取られている。 湿った空気には酒と煙草、それに何か得体の知れない甘ったるい臭いが混ざっていた。 そんな場所の奥に、そのバーはあった。 煤けた看板に剥がれかけた塗装。 窓は薄汚れて中の様子はろくに見えない。 入口の扉には無数の傷が刻まれ、酔客同士の喧嘩か、それとももっと別の何か‥‥とにかく、穏当な理由で付いた物には見えなかった。 印象を挽回するには最悪のロケーションだったどころか、むしろ悪化させるために選んだのではないかと疑いたくなるレベルである。 確かにルキアスは、“実際に話してみろ”というファイメナの提案を完全に拒絶はしなかった。 頭ごなしに否定するのも違うとは思ったからだ。 だが、それは最低限、まともな場での話を想定していた。 静かな茶屋でもいいし食事処でもいい。 せめて人並みに会話が成立する場所であるべきだった。 まだ心のどこかで、曲りなりにもファイメナが選んだ男、外で生きる人間なりの事情や価値観があるのかもしれない、と僅かに考えていたのも事実だ。 だが、流石にこれはない。 店内は外観から想像していた通り、どころかそれ以上に劣悪だった。 奥では酔客たちが下品な笑い声を上げ、誰かが怒鳴り、誰かが女の腰を抱いていた。 ルキアスが眉間に深い皺を刻むのも無理はなかった。 奥まった半個室めいた席に、その男はいた。 「ああ、来たか」 粗野で、軽薄で、こういう薄汚れた場所がホームだとでも言わんばかりの雰囲気。 男が店員を呼びつけ、ほどなくして運ばれてきたのは、淡い色の飲み物だった。 「俺は飲まないぞ」 そう言ったが、 「そう言うなって。話し合いってのは、喉を潤してからの方が上手くいくもんだ」 と強引に勧められる。 ファイメナも、 「一杯くらい付き合え。ここにした意味がない」 その口調に、ルキアスは小さく舌打ちしたくなる衝動を堪えた。 仕方なしに口を付け、ゆっくりと飲み干す。 冷たく妙に甘い液体が、喉を通っていく。 ほんの少しだけ、違和感を覚えた時には遅かった。 視界が揺れ、店の喧騒が急に遠くなる。 椅子がぐらりと傾いたような感覚が、自分の体が倒れているのだと気が付く。 そうして、意識が暗転した。 意識は、ゆっくりと浮上した。 最初に感じたのは、冷たさだった。 呻き声と共に身じろぎしようとして、そこで異変に気付く。 ‥‥動けない。 両腕が、頭上へと引き上げられている。 手首に食い込む硬い感触。 冷たさの招待が、肌に触れる鎖だと分かる。 それに、床も石か、あるいはコンクリートか‥‥ひやりとした無機質な冷気が、じわじわと肌に染み込んでくる。 とにかく、自力で外せるような代物ではなかった。 足も同様だった。 左右に開かれ、膝を立てた状態で固定されているらしく、力を込めても僅かに震えるだけでびくともしない。 そこで意識がはっきりしていく。 冷たい空気が、隠されるべき肌へ容赦なく触れていた。 恐らくは地下室、それもまともな場所では無いだろう。 倉庫か、牢か、それとも‥‥嫌な想像が脳裏をよぎる。 あの男に嵌められた。これ以上ないほど分かりやすく。 ファイメナは恐らくそれを知っていたのに止めなかった。 というよりもあの感じからすれば、彼女もグルなのだろう。 そして尻から、鈍く、じくじくとした痛み。 下痢で何度も便所に駆け込み、何度も何度も力み続けた後のような、あの荒れた感覚に近い。 自分に何が起きたかを考え、最悪の想像が頭をよぎる。 その瞬間、ルキアスの背後から、声がした。 「全く‥‥お前の節操のなさには、ほとほと呆れるよ」 聞き慣れた、ファイメナの声。 その声音は、驚くほど落ち着いていた。 怒っているわけでも、焦っているわけでもない。 まるで、日常の軽い雑談でもしているかのような、呆れた調子。 何かを言おうとして喉から漏れたのは、掠れてまともに言葉にもならない音だけだった。 身体に力が入らない、指先ひとつ動かせない‥‥薬の影響なのだろう。 頭は霞がかかり、思考も鈍い。 拘束もあって、背後に振り向く事すらできない。 背筋を這い上がる悪寒だけが妙に鮮明だった。 そして、もう一人の声‥‥言わずともあの男だ。 「オトコでも、綺麗めなのは抱き潰すと楽しいんだよ」 ルキアスの背筋を冷たいものが走った。 脳裏に蘇るのは村での、あの時の光景。 初対面だというのに、村の女性たちへ向けられた無遠慮な視線。 身体を品定めするような目に軽薄な冗談。 必要以上に距離を詰める態度とあの不快感。 あの時は、“女好きの下品な遊び人”だと思った。 だが、違った‥‥いや、“対象”が思っていたより広かった。 指先ひとつ満足に動かせず、拘束されたまま、ただ背後の気配を感じることしかできなかった。 「寝てる間にケツの中、浣腸で綺麗にさせてもらったぜ」 男の声が、妙に楽しげに響く。 「使う準備だからな」 その一言で、頭の中が真っ白になる。 使うという言葉のの意味を、理解できないほどルキアスは幼くも無垢でもない。 閉鎖的な村に居ても、そんな趣味を持った人間が居る事位は知っている。 全身を強張らせようとするが、薬で鈍った身体はまともに反応しない。 喉の奥から漏れるのは、情けない掠れ声だけ。 そして。 ぐぶり。そんな生々しい不快音と共に、ルキアスの思考は一瞬真っ白になった。 身体の奥へ押し込まれる異物感が、何が起きたのかを理解させる。 だが、想像していたような鋭い激痛ではなかった。 鈍い圧迫感と、身体が勝手に拒絶しかける不快さの方が強い。 「‥‥っ、ぅ‥‥!!」 叫び、怒り、苦しみ、或いは恨み。 吐き出したい事は沢山あるのに喉はまともに機能せず、掠れた呻きしか漏れない。 「それ、私とやる前には洗えよ? 尻に入れた物は嫌だからな」 ファイメナの声。 あまりにも平坦で、あまりにも日常会話じみた口調。 「わーってるって」 男の軽い声。 「今はこいつを楽しませろ……よっと」 人ひとりの尊厳を踏みにじっているという自覚など、欠片も感じられない声と共に、異物感が奥まで入り込む。 「ん゛っ――!!」 肉壁がこじ開けられる圧迫感。 本来排泄のための器官に逆流する異常感が、吐き気となって腹の底から込み上げる。 だが、身体は動かず喉も上手く震えず、まるで塞がれたようで上手く声さえ出せない。 「痛みは薄いだろ?」 耳元で男が囁く。 「事前準備の浣腸もそういう薬だし、綺麗にした後、多少解しといたからな」 言葉の意味が、理解できるたびに吐き気が込み上げる。 自分が何をされたのか、それを考える度に否定したくなる。 鈍く、湿った音が地下室の空気を汚すように響く。 それが自分から出ているのだという事に叫びたくなる。 不快な圧迫感が、否応なく存在を主張する。 「本当にお前は趣味が悪い」 ファイメナは、男に対して呆れているようだが、その声音にも強い制止の色はない。 まるで悪夢だ。 だが、肌に伝わる冷気も、拘束具の食い込みも、喉の乾きも、この異物感も‥‥すべてが現実。 そんな矢先、異物感しかなかったはずのそれが、不意に質を変えた。 ごり、と。 身体の奥深く、これまで意識したこともない場所を押し潰すような感覚。 ルキアスの身体が大きく跳ね、理解不能な、鋭く甘い痺れが背骨を駆け上がる。 「お?」 男が面白がるような声を漏らし、ようやく見つけた、という態度で腰を動かす。 混乱する間もなく、再びそこを抉るような刺激に、びく、びく、と意思に反して身体が震える。 「ぁ゛っ、あ゛――!!」 全身が大きく痙攣して、下腹の奥が熱く弾ける。 意志とは無関係に身体が反応し、白濁が勢いよくコンクリートへ飛び散った。 何が起きたのか、一瞬理解できなかったが、自分の身体が取り返しのつかない何かを起こしたことだけが分かる。 奥に残る異物感が、もう先程までのただの不快感ではなかった。 じくじくとした熱に甘く痺れるような余韻。 何が起きたのか理解が追いつかず、自分の認識と噛み合わない身体の反応に戸惑うルキアス。 情けなく果てた言い訳を頭の中で考える前に、再び腹の奥へ鈍い刺激が走った瞬間、 「ぁ゛っ……!!」 身体がびくりと跳ねた。 薬で力が抜けて、なお跳ねる程の衝撃。 身体はさっきの衝撃から抜けきっていない。 一度吐き出せば萎える、そんなルキアスの経験。 なのに、そこを刺激されるたびに、身体が強制的に反応して、腹の奥から甘い痺れが一気に駆け上がる。 終わったばかりの身体が、また強制的に反応して果てる。 「ひ゛っ――!」 奥の一点を抉るように刺激されるたび、腹の底から制御不能の熱が噴き上がる。 自分の意思など、もう何の意味もなかった。 びゅくびゅくと、情けない音すら聞こえるような勢いで。 白濁が床へ降り注ぎ、冷たいコンクリートに次々と染みを作っていく。 その間にも刺激を与えられ、勝手に限界へ引きずり上げられる。 力が入らない体が、痙攣するほどの快感。 下腹の奥を焼くような熱と、そこから抜けていくような虚脱感。 もう限界を何度も超えたはずの疲弊。 そして、気が付く。 萎えたそこからは、もうとろとろと垂れ流しになってしまっている。 そこから漏れているのは、さっきまで勢いよく放たれていたものの、みじめな残滓のようだった。 泣き叫びたい、喘ぎたい、逃げ出したい、そんな事すら出来ない上、みっともなく全身を暴れさせる事すら出来ず。 筋肉は痙攣し、神経は焼き切れそうなほど刺激され、思考はまともに纏まらない。 そして、漏れ出ていた物が打ち止めになり、ルキアスは気が付く。 なぜ、さっきまでは耐えられたのか。 朦朧とした頭でも、その理由が分かる‥‥吐き出していたからだ。 自分の身体は、限界まで高められたその異常な刺激を、精液として外へ逃がしていた。 だけどもうない。 圧が、熱が、痺れが身体の中に居座る。 逃げ出す事も暴れる事も出来ない。 ただ内部で膨れ上がり、蓄積し、神経を直接責め続ける。 吐き出すことで解放されていたものが、今は出口を失って体内を暴れ回る。 コリコリ、ゴリゴリと。 そうして弄られる度、ルキアスは自分が終わるのを感じる。 そして、前立腺から始まった変化が、全身に広がる。 出口。 本来、体内の不要なものを外へ出すための場所。 閉じることで内容物を留め、必要な時だけ開く。 それが、侵入しようとする異物に対し、開こうとしている。 本来なら異物を“出そう”とするはずの場所が。 まるで、そこにあるものを“離すまい”とするように動いている。 男は、まるでルキウスの変化を理解しているかのように、動きを変える。 奥を深く責め立てるのではなく入口付近。 ごく浅い場所を、わざと意識させるような動き。 これまでのような、腹の奥を直接焼くような衝撃ではない。 だけど、肛門の神経を逆撫でする感覚。 最初はただの違和感だったものが、神経を何度もなぞられるうちに、別の種へ変わっていく。 ぬぽぬぽと、浅い責め。 「――ぁ゛っ!?」 カリ首が、肛門に引っかかるように擦られた瞬間鋭い痺れが走る。 入口の筋肉が、反射的にきゅっと収縮して、そこにカリが引っかかる。 「っ、や‥‥」 掠れた声。 それがまるで、女の声のようでルキアス自身も驚く。 自分の喉からこんな声が出るなんて信じたくない。 浅く抜かれると入口付近がぞわりと熱を持つ。 反射的に、きゅっと収縮する。 蠢いて、身体の奥へ受け入れるためのような挙動を返している。 そして、一晩。 じっくりと男はルキアスを楽しんだ。 意識が落ちかけると、ファイメナに身体を揺さぶられ、冷たい水をかけられ、無理やり覚醒させられる。 どれだけの時間が経ったかすら分からなくなった後、拘束が外れてルキアスは床へ崩れ落ちた。 薬はもう抜けているのに四肢に力が入らない。 長時間固定されていたせいだけではなくて、身体の芯から何もかもを削り取られたような虚脱感。 全部終わった、そう思いながら意識が落ちる。 そして、足音で目が覚める。 床から立ち上がろうとするが、四肢がふらつく。 だけど、男の気配を感じて。 疲弊し切った身体が、勝手に姿勢を変えようとする。 膝を引き寄せて腰を持ち上げ、尻を晒す。 頭を低く落とし、平伏する。 「手遅れだな」 ファイメナの冷たい声。 「お前も最初はこんなんだったから笑えないぞ?」 と、男は笑いながら言った。 「っ、ぁ‥‥もっと‥‥♡」 そして、再侵入。 「ぁ゛っ♡」 自分でも信じられない声が漏れる。 あの時と違って、薬が抜けてるから声が出る。 「声、戻ったな」 男が笑う。 「じゃあ、今度はちゃんと聞けるってことで。味変だな」 その言葉に、ルキアスは喘ぎ声で返した。 そうして、村に帰る。 男は相変わらず軽薄そうに笑っている。 ルキアスの尊厳を踏みにじり、人生を壊したのに何も変わらない。 それでもルキアスは、もうまともに睨み返す気力すらなかった。 変わり果てていたから。 もう、彼は男とファイメナの交際を拒否するだけの気力も気迫も無かった。 だから、受け入れた。 「好きにして‥‥いいから‥‥」 承認、あるいは敗北、屈服。 村に入れば、男はきっと同じことをする。 軽薄に笑い、女へ手を伸ばし、欲望のままに生きる。 そんな未来が、嫌になるほど鮮明に見えた。 だけど、それをどうにかする事は、もうルキアスには出来なかった。