その生物は常に渇きに苛まれていた――本来は水脈の豊かな岩窟の中、 獲物の体液を啜って生きている種族なのだから、このような無機質な場所は似合わない。 岩肌にしてはあまりに平坦で滑らかすぎる――そしてやたらと広い――壁は、 視覚を有さない彼にとって、無限遠の砂漠の中に放り出されたのに等しい茫漠感をもたらす。 何せ音の跳ね返り方さえ均質で――どこまで同じ平面が続いているのかさえわからぬのだ。 臭いさえもない砂漠には、無数の透明の壁が無秩序に林立し、彼の行く手を阻む。 口中の粘つきに耐えられず、呼吸も兼ねて大きく口を開く――やはり乾燥した空気は、 一時の清涼感の代価として、掛け替えのない湿気を持ち出していく。 蛇のような細い副舌がちょろちょろと祈るように空気中の湿気を探った――一切の成果なし。 主舌はその報告に、ますます倍加した渇きにうねり、駄々をこねる。 苛立ち紛れに指に力を込めても、つるつるとした底面は彼の爪を易々と滑らせ、 危うくその生白い胴体を、したたかに地面に叩きつけるところであった。 高周波の唸り声が漏れ――一帯の壁から一斉に返ってくる音に脳が揺らされ、吐き気がする。 這い回ってようやく辿り着いた壁は垂直に他の壁と交わってまた彼を翻弄し、 狭い檻をぐるぐると巡りながら――なぜ自分がこんなところにいるかを考えさせるのだった。 その答えを知るものはもういない。既にこの施設は放棄されている。 銀河中から彼のような生物をかき集め、交配実験を行うためにあったのだが―― 悪どさゆえに法に触れ、また宇宙海賊のようなならず者の資金源ともなっていた。 どこぞの賞金稼ぎが首謀者を狩り、また火事場泥棒が金になる小動物たちを仕入れに来て―― 彼のように引き取り手の目処の付かないものは、そのまま放置されていたのである。 目の回るような四角い迷宮の中をもう何度目かもわからぬままに周回し終えたあげく、 ようやく彼の感覚器に、待ち望んだ湿気が触れる――喜び勇んで舌を伸ばすも、 それは何の栄養も溶け込んでいない水道水でしかなかった。渇きの代わりに、飢えが来る。 空腹感によって一層増した苛立ちに駆られて壁にぶつかっているうち――がこん。 彼の身は、急に何の支えもない空間に放り出された。視覚を有する生物ならば、 檻に出入りするための扉が壊れ、外に転がり出たことを察することもできようが、 細い金属の柵は、彼にはほとんど不可視である――狼狽しながら身体を起こし、 突然現れた広大な空間に、恐る恐る脚を進めていく。元の場所に残る選択肢はない。 そこにいたとて、得られるものは腹を満たすのには足りぬからである。 細く四角い道に、両手を突っ張りながら用心深く前へと進む彼の鼻には、 幾種かの生物がいた名残が漂う――舌先をそちらに伸ばして探ると、渇いた血の跡、 唾液に舐め溶かしてそれごとすすり上げると、僅かながらの栄養が全身に力を与えた。 生きた獲物が残っていればそれに越したことはないのだが――と、顔を手で擦りながら、 少しずつ少しずつ、白い影は人気も絶えた廃墟の中を這っていく。 ひい、と小さな声が聞こえた。思わずそちらに向き直る。 感覚器を稼働させて、得られたばかりの情報を統合していくと――ごく近くに、何かがいる。 そこからはもう、獰猛なる狩人の本領発揮というところだ。夢中になって身体を滑らせ、 音の出処へと、狭い隙間を縫いながらぬるりと忍び寄っていく。 獲物は、彼と同じく狭い空間の中に閉じ込められている生物のようだった。 だが、運動性は随分高いらしく、がさがさと動き回って狙いを定めにくい。 それでも距離がそう離れないのは、相手の移動できる範囲が広くないせいでもあった。 その両足には、壁と鎖で繋がった枷が付いていた――彼の知る由もないが。 獲物は、その限られた範囲内で、闖入者に対するべく臨戦態勢を取っていたようだったが、 有効打を有していないのは、その音からも明らかである――それも当然だった。 衣服を剥ぎ取られ、拘束された地球人種の雌ほど弱々しい生き物はこの宇宙時代にいるまい。 彼女が銀河最強などと嘯いていられたのは、幾重にも重ねられた外装に守られてのこと、 重金属の鎧に身を包んでいてこそ、である。指の指は足枷を外そうとして剥がれかけ、 白く柔らかな肌には、痛々しいすり傷があちこちにできていた――そこから昇る血の匂いに、 数十本もの舌はうち震え、久々の食事にありつける歓びを湛えていた。 だが彼は同時に思うのである――獲物からは、嗅ぎ慣れた匂いも同じくする、と。 それは同種の雌の匂いである。繁殖可能な雌の匂いが――何か別の臭いと混ざり合って、 煙幕のように、その正体をわからなくさせているのであった。この躊躇がなければ、 女はもう既に全身の体液をすすり取られ、呆気なく死亡していたであろう。 彼女の体内にある遺伝子――ある寄生生命体が膨大な種類の生物を喰らいつくし、 かき集めてきたもの。それが、彼の攻撃の手を緩めさせている。が、それは同時に―― 女は裸体の自分がこの生物に対して何一つ対抗手段を持っていないことを冷静に判断していた。 そして彼が生命以外の何かを要求してきた場合――それに従うほかないことも。 赤黒い、内臓を直に取り出したような性器。それが何を意味しているのかはすぐわかった。 無数の孔の開いた舌がひくひく動きながら、自身の女性器目掛けて狙いを付けているのを、 どこか諦念を持って見送るしかなかった――ずぶり、と生温かな感触が胎に通る。 反射的に膝で蹴り込んだものの、膂力の差は歴然としている。そもそも、腰が乗っていない。 彼女の肌に浮いた真新しい汗を、細い舌が美味そうに啜りながら――太い舌は、 食い縛った歯列をなぞるように、唾液の味を確かめ、涙をねぶり、鼻水を吸い上げる。 殲滅が完了したかを確認するための探索任務の折――生体捕獲用の機構に巻き込まれ、 そのまま檻の一つに閉じ込められた失態の代価にしては、あまりに高くついた。 身体を押し付けるように、奥の奥へと熱を吐き出してくるその重みに抗いながら―― 女は、彼の望みが生らぬことを願った。つがいとして扱われるのだけはごめんだ、と。 だが、虚しい限りである。拘束具を外すこともできずに繋がれ続けている彼女を尻目に、 この折を新たな巣と見定めた異形はあちこちを這い回り、 廃墟のどこぞに放置された屍から搾り取った体液で肥え太る。 そしてその生臭い収穫物を体内で濾過したものを――雌にも飲ませ、ねぎらうのであった。 何せその胎内には、自分の種つけた成果がいるのだ。何度吐かれたとて、栄養を付けさせねば。 廃液のような餌を与えられているうち、彼女の心はすっかり疲れ果ててしまった。 一方で、身体だけは丈夫に、大きく実った胎の中に、赤子をすくすくと育てている。 乳房の突端からは、絶え間なくたらたらと乳汁がこぼれ出ていた――それを彼の舌が舐め取る。 その甘みは、雄の繁殖欲を刺激した――臨月大に実った胎目掛け、また赤黒い槍が伸びる。 身重の身体を犯され、吐き気のするような餌で生き永らえさせられて――それでも、 彼女の肉体は死からは遠かった。数々の修羅場を潜り抜けてきた経験が、 安易な救いから遠ざけた――望むと望まざるとに関わらず。 女はただ、その子宮にて生命を育む役割以外を与えられていなかったし、 他の選択肢を模索するだけの力を失っていた――だが時間だけは確実に進む。 狩りから戻ってきた雄は、雌の身体が小刻みに震えていることに気付いた――と同時に、 彼女の股間周りに、嗅ぎ慣れない匂いを放つ液体が散っていることも把握した。 舌は水溜りに触れ――あまりの甘露に、思わず一滴足らず吸い尽くしてしまう。 そうしているうちに、女の股を伝ってまた、同じ液体が垂れ落ち、噴き出すことを理解した。 では彼はどうするか?当然決まっていよう。直に、そのあふれ出すものを飲み始めたのである。 破水の始まったばかりの膣口を、舌にて押し広げられた女は悲鳴をあげ、下腹部に力を入れた。 だがどうして、羊水を自分の意思で止められるだろう。まして、今は径を広げられている最中。 開いた穴を――無理やりに、啜られる。そして細い副舌が膣襞を鞭打つように撫でるのだ。 刺激によって、出したくもない愛液が噴き――彼の舌を喜ばせる。 ごぼり、ごぼり、と主舌が大きく膨らむほどの勢いで、女の胎内の水分は吸われ、 ぺたんと凹んだ胎は――その中の異形の胎児の存在を露骨なまでに描き出した。 皮の丸々と張っているうちは、直視せずともよかったその形に直面させられて、 女はわけもわからぬうちに泣き出した――だがその涙さえも舐め取られる。 勝手に垂れてくる母乳も。陣痛にて全身に噴き出る脂汗も。 そしてそれらは雄の胎内にてまた、溝水のようにかき混ぜられて、彼女自身の喉を通る。 おぞましい循環の中にあることに気付こうとして――ふと、思考が断ち切られたのは、 もうここから出ることの能わぬ己の末路を考えぬようにする、防衛機制のためであろうか。 股間から這い出てくる異形の胎児の姿も――ぼんやりとした靄に包まれて、よく見えなかった。