薄っすらと白い冷気が漂う灰被りの城の地下、斃れたデジモンであろう一部をキャタピラで踏み潰し、フロゾモンは大扉の前に立ち塞がるブルーメラモンへ、後ろから放たれたロケット砲と共に突き進む。 ブルーメラモンが拳を突き出し氷色の炎を放つと、凍てつく炎に呑まれたロケット砲は推力を失い落ち、砕ける。フロゾモンも凍り始めたキャタピラを無理矢理動かしたまま、ブルーメラモンへ向けてグラシエイトミサイルを放つ。 雪山を歩む中、十二分に取り込んだ雪の塊が再び放たれた氷色の炎と触れ、瞬く間に巨大な氷柱へと変化する。そしてすぐ、再び飛んだロケット砲が、氷柱とフロゾモンのキャタピラの氷を破壊した。 「乱暴な奴め!まぁ今回は許す!!」 フロゾモンはロケット砲を放ったウルヴァモンとそのテイマーである小麦肌の少女、ラリッサの方を振り向かず突き進み、右の巨腕を振り上げてブルーメラモンを殴りつけた。 巨腕の重みと威力に、ブルーメラモンは体勢を僅かに崩した。その機を逃さずフロゾモンが振り上げた左腕の赤熱する剣が青い炎の魔人を両断し、魔人は0と1と化し地下室の天井へと消えた。 「馬鹿者め、吾輩の救助の邪魔をするからだ」 フロゾモンはそう呟き、ラリッサ達に振り返った。 「全員無事だな!?」 「う、うん。ありがとう」 「よし!今から城の主を……なっ!」 ラリッサ達と更に後ろを固めるテイマー達の様子を確認したフロゾモンは木製の大扉を開くと、氷の中に囚われたサンドリモンの姿に、声を漏らした。 「これは……なんという……」 フロゾモンは道中で現れた鳥谷部とそのパートナーの姿を連想し、気にする事では無いと思い直し首を横に振ると、かつてのことを思い返した。 いつも通り、バロッコ各地に招待状をバラまいていたある日「しばらく戻るな」とサンドリモンから一方的な通告を受け、それからしばらくして連絡すら取れなくなった。 その間に自分は、戸惑いと憤りを抱えたままフロゾモンへと進化を果たした。そして数日前に、かつてサンドリモンの許にいたテイマーから異変が起きたと聞き……戻ることに決めた。 まずは【遭難者】を出さぬため、そして、力と志を持つものと共に【要救助者】を救うため。 自分の目的は、果たされる寸前。フロゾモンは目の奥に熱を感じながら、息を吐いて己を鎮めた。 「……出力が足りぬ!すまぬが、貴様らの力も分けてくれぬか!!」 「……ラリッサの、私のテイマーの力を分けるのは癪だけど、今回だけ許す」 ひと屋に城に囚われ、無理矢理組まされただけのテイマーとパートナーの関係と思えぬウルヴァモンの言葉に、フロゾモンは小さく笑いデフロストソードの出力を高め、呟いた。 「姫様、しばしお待ちを」 ──── ミミックモンが乱射するオベリスクの銃弾は最低限の動きと鎧で凌がれ、デストロモンの砲撃は大きく動き、避けられない光弾は刀で切り裂きながら、ガイオウモンはデストロモンへと距離を詰めていく。 雪山に聳え立つ城の中、鉄と光の雨嵐を乗り越え巨竜と檻の怪物を討つべく駆ける鎧武者。古臭い物語の一幕のような光景を前に、ソフィーは敵である鎧武者の動きを注視し、思い返す。 サンドリモンを……恩人を救うため、篤人達に助けを求めた。当然、戦いは覚悟していた。だがその相手が自分を誘拐した組織で、あまつさえデジタルワールドの侵攻を企ているとは思わなかった。 鳥谷部の言葉には驚きのあまり、言葉が出なくなった。自分のための……このままはイヤと思っただけの行動が想像よりも大きいものを巻き込んでいた。 それでも、やめるつもりはない。隣に立つ篤人はそれ以上に強い感情を持ってるはずだ。 だが自分だって、あいつらがムカつくのだ。 そう断じ、ソフィーは冷たく震える城の空気を大きく吸って吐き、ガイオウモンとそのテイマーである傷だらけの顔の女を睨んだ。 「ミミックモン!今度は電撃!!」 「ロード。プラズマクラック!」 ミミックモンがオベリスクから電撃を放つ。駆ける最中に稲光を見たガイオウモンは、電撃を前足を大きく引いて躱し、二振りの刀の柄を合わせ大弓へと変え、ウィルオウィスプのように青白く燃える矢を射た。 ミミックモンは矢を落とすため鉄球を振り回し、投げつける。だがガイオウモンの矢は鉄球を砕き、その勢いのままミミックモンを射抜き、彼は0と1を金属片のように飛び散らせ、呻きを漏らし倒れた。 「ガイオウモン、ミミックモンは後で!」 生源寺の声に応え、ガイオウモンは倒れたミミックモンを一瞥し大弓を刀へ戻すと、デストロモンに向かって再び駆け始めた。 「ぐっ……すまぬ、ソフィー」 「生きてるならいいわ。悪いけど無理して。 究極体の相手は流石にアツトだけじゃ……」 ミミックモンは苦痛で呻きながらも起き、デッドショットを構え直す。ソフィーは向いた銃口の先を……デストロモンへと接近するガイオウモンを注視した。 「っ……パワーなら勝ってるはずだデストロモン! 何とか弾き飛ばして!」 篤人が接近されたデストロモンへ、苦しげに指示する。デストロモンもやむを得ずという様子で、左の大爪をガイオウモンへと振るう。 城壁ごと抉り取るような風圧と轟音を響かせ迫る大爪を、ガイオウモンは逆袈裟に斬り上げる。 ぶつかり、火花が散った瞬間、デストロモンの大爪はバターのように切り裂かれ、0と1となり消えた。 「っ……こんな簡単に!」 「爪だけでは済まさぬ!燐火斬!!」 歯噛みする篤人を嗤うようにガイオウモンが叫ぶと、逆袈裟に振るった刀の軌跡から青白い炎が放たれ、デストロモンの左腕を糸鋸のように引き裂いた。 デストロモンの絶叫と共に、落ちた左腕も0と1となり消える。 城へと転送される直前、デジモンの群れを無慈悲に、そして一方的に討ち果たした巨竜の腕は、その半分程の背丈しかない鎧武者の一撃により容易く失われ、ソフィーは言葉が出せず、目を見開いた。 「ぐおっ、ぁ……腕くらいで怯むか!!」 デストロモンは絶叫を無理矢理呑み込み、ガラス片を撒き散らしながらガイオウモン目掛けて尾を振るうと、鎧武者は迫る尾に向け、刀を振り上げた。 「ミミックモン、止められるわね?」 「一瞬はな……スネークバンデージ!」 ソフィーは声を絞り出し、額から滲み出る汗を無理矢理作った笑みでごまかしながら、ミミックモンに指示を出すと、デッドショットから放たれた包帯が、刀を振り上げたガイオウモンに腕に巻きつき、動きを止めた。 「……小賢しい真似を!!」  包帯は、一瞬で千切られる。しかし、尾の切断は間に合わないと踏んだガイオウモンは守りを固めると、巨竜の尾を一振りを受けて呻き、勢いよく壁に叩きつけられた。 「助かったよソフィーさん、ミミックモン」 ソフィーは篤人へ微笑み手を振って返す。ミミックモンが即座にデストロモンの失われた左腕を黒い霧で覆うと、斬り落とされた左腕は、同じ大きさの剣へと変化した。 「ナイトモンの大剣か!すまねェミミックモン!」 「構わんさ。我がそれを振り回したとて、何の役にも立たぬ」 篤人が無言のまま僅かに口元を緩め、パートナーの腕にロードされた剣を見るも「アテにしすぎるなよ」というミミックモンの苦々しい声音に、彼は想像はしているとばかりに渋面で頷いた。 「斬られたら終わり、ね……フロゾモンが戻るまで耐えろって話にはならないわよね」 ソフィーは逡巡し、地下室へと扉に目をやってからデジヴァイスを取り出し、篤人達に苦笑を見せた。 「アツト、デストロモン。ワタシね進化させるのに人より少し時間がかかるの……時間、作れる?」 「……勿論!」 篤人とデストロモンは期待した表情で頷くと、ミミックモンの前に出て、壁に叩きつけたガイオウモンを睨みつけた。 「ソフィー、無理は」 「無理じゃなくて当然」 ミミックモンの言葉は聞かず、ソフィーはデジヴァイスへと力を送ると、皮膚に開けられた針穴から水が流し込まれていくように、体が重くなり始めた。 「それ、ひと屋が最初期に作ったデジヴァイス……何故、その不良品を……?」 生源寺が訝しみ、少し前に颯乃が投げ捨てた物と同じデジヴァイスに目を向けると、何かを思い出したように瞼を動かし、「今はいいか」と呟いた。 「ガイオウモン。癪だろうけど……デストロモンには力勝負では押し負けるわよ。 でも斬れるなら、何とでもなるわね?」 「癪でござるが……無論!」 舌打ちをしたガイオウモンを、生源寺も同じ気持ちからか目を細めて嗜める。ガイオウモンはその言葉に気を取り直すように小さく唸り、再度駆けた。 「アツト。何とかミミックモンを」 「言われなくてもだよ!ね、デストロモン!」 身体が、徐々に重くなる。拍動は強まり額から不快な汗が滲む。ソフィーはそれらを堪え篤人へと懇願すると、彼とデストロモンは笑い返して応えた。 駆け始めたガイオウモンに、再びミミックモンとデストロモンは砲撃と稲妻を振りまくも、左腕が斬り落とされた影響が如実に現れ、先程よりも容易く、鎧武者が接近する。 「くそっ!手数が足りねェ!!」 デストロモンは先んじて弾き飛ばそうと尾を振るい、ミミックモンも包帯での拘束を試みた。だがガイオウモンは好機と捉え、迫る尾を真っ向斬りで斬り落とし、返す刀で包帯も容易く切裂く。 そして再び放たれた燐火斬が、デストロモンの背部の砲塔へ迫り、デストロモンは苦痛を抑え込んで叫び、大剣の左腕を力任せに振り下ろす。 巨竜の剣が膂力と質量を以て燐火斬を掻き消し、鎧武者を粉微塵にせんと獣の唸り声のような轟音を鳴らす。ガイオウモンは倍以上の巨体から振り下ろされた一撃を無理に受けず、跳んで躱した。 「Merci!もういける!!」 大剣が空を斬り潰しながら城の床へと叩きつけられた瞬間、ソフィーが篤人にウインクを投げ、デジヴァイスを強く握り締めた。 「Sors de la cage……ミミックモン、進化!」 ミミックモンの檻が鍵もなくひとりでに開くと、中に蠢くものと檻は仄暗い光に包まれ、ソフィーの背丈と同じ大きさの本へと変貌する。 風もない中で本がひとりでに捲られ、最後のページへと差し掛かったと同時、ソフィーにも…多分篤人や生源寺にも読めないであろう刻まれた文字が、赤く輝き始めた。 呪文のように埋め尽くす文字が全て輝くと、本から薄紫の光が天井まで伸び、赤茶色のローブと白いフードを纏った魔術師が召喚され、両手を握り球体状に集めた0と1を水晶玉へと変える。 そして、檻から解き放たれた魔術師は、低い声で名乗りを上げた。 「ワイズモン」 「完全体!これなら……あっ!?」 篤人が進化に喜び目を輝かせ振り向いた瞬間、ソフィーは膝から崩れ、床に手をついた。 「箱……いや、檻入り娘だから体力無いの。 ちょっと疲れただけ」 気道が細まり、息が荒れる。水を注がれ終えて重いままの体から、別の水分が不快な滲み出している。それでもソフィーは必死で口元を緩め、フラフラと自力で立ち上がろうとし、篤人はソフィーの制する手に構わず、掴み取った。 「……貴方、話聞いてくれないのね」 「聞かないよ。そんな状態の人の話なんて」 ソフィーは不満げに頬を膨らませ、手を握り返して立ち上がる。そして篤人が庇うように前へ立つと、ソフィーは膨らませた頬を緩め、灰の床を両足で踏みしめた。 「我らのデジヴァイスは……生源寺が不良品と言ったが、その通りだ。 出力も低く消耗も大きい。この姿でいられる時間も長くはない」 「向こうも短期決戦がお望みだ。お互い、時間はかけられねェか」 進化してなお、好転すると言い切れない歯がゆさが混ざった低い声で話すワイズモンに、デストロモンは気にした様子もなく返し、構えた。 「というワケよ。焦らず急いで、勝って頂戴。 ワタシもワイズモンも、いつひっくり返ってもおかしくないんだから」 一向に軽くなることがない体に耐えかねたソフィーは、思わず篤人の腕を掴んだ。 「勿論勝つよ、しっかり掴まってて」 振り返りも咎めもせず、もう片手でデジヴァイスを握り締める篤人の声を聞いた後、ソフィーはさらに強い力で彼の腕とデジヴァイスを握った。 ──── 「速……どこに……あっ!」 三幸の視界に隅に灰色の光を一瞬映ると、それを纏ったフロスベルグモンが、カラテンモンに風の刃を撒き散らしながら、蹴りかかる。 だが動きを【悟っている】カラテンモンは【衝撃羽】で風の刃を打ち消し、恐竜の爪のような足での蹴りを剣で防ぐ。 防がれたフロスベルグモンも予想はしていたというような顔のまま反動で大きく飛ぶと、カラテンモンはすぐに追跡を始めた。 「あの鳥公!ずっとちょこまかしやがって!!」 「あいつら最初からそう決めて戦ってるんだ! 正面からはやり合わないってな!!」 憤りに任せて放ったヘルガルモンの火球も、クリスペイルドラモンが雪面から隆起させた氷柱も、飛翔するフロスベルグモンは速度を落とさずに左右に動き悠々と回避し、追跡するカラテンモンを徐々に引き離していく。 「本当に厳しいわね……こうなったら、やるしか……」 少し遠くで鳥谷部が細い目を険しくさせ、仕方なさげな声音で、片手を握りしめた。 「カラテンモンのおかげで、どこから何を仕掛けてくるかは分かるが……」 「捕まえるってなると……ですね」 颯乃と三幸が顔を顰め、遠ざかる灰色の光を目で追う。神田颯乃、今はソフィーから借り受けた薄紫の防寒着を着た艶のある黒髪の少女とカラテンモンが来てから、状況ははっきりと好転した。 敵の手を【悟り】で読み、追いすがれるスピードがある。それだけで、フロスベルグモンに決め手を打たせる余裕を消した。 「後は、どう決めに行けるか、なんだけど……」 決め手が、お互いに打てない。杖を雪面に着けたまま渋面を浮かべ雪奈の呟きに。三幸もまた、膠着した現状に小さく唸って目を細めた。 「何にせよまずは追いつかないとな……雪奈、カラテンモンに魔術を「備えろ!!やべぇのが来るぞ!」 何かを【悟った】カラテンモンが追撃を取りやめ、叫んだ。雪奈が守りを固めるため杖を輝かせる間に、三幸は鳥谷部の握るデジヴァイスが青天の色に激しく輝くのが見え、身構えた。 「フロスベルグモン!一瞬だけ!!」 「……一瞬ならば!」 雪山の淀んだ灰色の空とは真逆の、青天から差すような光がフロスベルグモンの体を包み込むと、巨鳥は鳥の翼を持った空色の巨大な龍へ変貌した。 「ウソ!?ヴォルテクスドラモン!? もう一段階あるの!?」 「落ち着け雪奈!いま【悟った】がほんの一瞬……があぁっ!?」 フロスベルグモンから変貌した空色の龍が、羽ばたきと咆哮で積もる氷雪と岩山もを巻き上げ、打ち砕きながら暴風を巻き起こす。 「なんだこ……ぐあぁ!?」 「ヘル……がっ……!」 巻き起こされた暴風は雪奈が作った氷壁も、三幸を守るため前へ立ち塞がるヘルガルモンも容易く弾き飛ばし、三幸も自分の身長を超える鈍器を体全体に叩きつけられたような衝撃を受け、悲鳴すら上げる間もなく雪面へと叩きつけられた。 「ぐっ……いった……み、皆さん!?ヘルガルモン!?」 「心配するなミユキ……クサレ鳥公、あんなもんまで隠してやがったな……」 体の正面全てに感じる鈍い痛みと腫れ上がったような熱を堪え、三幸はヘルガルモンと共に起き上がる。すぐ近くで雪奈が杖を支えに体を起こし、颯乃に手を差し出しゆっくりと引き上げた。 「感心したくねぇが、元のデジヴァイスの持ち主もあいつらも、良い魔術師だよ。 一瞬とはいえ、ヴォルテクスドラモンになれるとはな……」 クリスペイルドラモンが忌々しそうに吐き捨てる。ともかく、全員、命は無事。三幸はそれに一先ず安堵したが、当然のようにフロスベルグモンと鳥谷部は視界から消えている。 続きが、想像出来た。三幸は背筋に冷たいものが走り、雪奈に表情を歪ませた。 「落ち着いてくれ雪奈。今は私達が探れる」 颯乃の言葉を受け、雪奈は歪んだ表情で落ち着くため息を吐く。すぐにカラテンモンが雪面に剣を突き刺し、飛び消えたフロスベルグモンを探り始めた。 「……大分遠くにいるな。まだ動いてねぇ」 「よし。雪奈、すぐに追えば……うっ……!」 カラテンモンが【悟り】によってフロスベルグモンの居場所を突き止めた瞬間、三幸が想像した通り、礫混じりの猛吹雪に見舞われ、颯乃は思わず目元を抑えた。 敵の策は、一貫している。距離を取り、吹雪で視界も動きも奪い、仕留める。その仕留める策はあのドライアイス光線か、それともあの歌か。 何にせよ、鳥谷部は決めにかかった。そして自分達は追い込まれた。歯噛みして何が出来るか考え始める三幸の肩を、雪奈が叩いた。 「大丈夫だよ。全員で力を合わせれば、突破出来るから」 笑いかける雪奈に、三幸は少し間を置いて頷いた。 「……カラテンモン、フロスベルグモンの場所はずっと分かる?」 「……何する気だ、雪奈」 カラテンモンの頷きとクリスペイルドラモンの疑問に、雪奈は口元を緩め杖を薄青に輝かせると、巨大なスノーモービルを作り上げた。 「全員の力で、突っ込む」 ──── 「パンドーラ・ダイアログ。プラズマクラック!」 ワイズモンが時空石を輝かせると、複数の青白い稲妻が降り注ぎ、稲光に篤人は目を抑えようとするのを堪え、ガイオウモンの動きを注視する。 稲妻と移動先に合わせるようらデストロモンほ砲撃により、雷嵐の真っ只中となった城の広間をガイオウモンは刀と己の足で凌ぎ、生源寺も稲光と巻き上がり続ける煙の中、表情を強張らせ始めた。 「日本には雷除けのお守りもあるんでしょ? 今から買いに行けば当たらないと思うけど」 ソフィーの笑みに、生源寺は無言の睨みで返した。 それからすぐ、ガイオウモンの目前に、稲妻が落ちた。足を止めた矢先に光弾が迫り、ガイオウモンはやむを得ず跳躍して回避すると、時空石から複数のスネークバンテージが伸び、着地したガイオウモンの四肢を絡め取った。 「ぐっ!小ざかしい……」 「そのまま落ち武者の霊にでもなるといいわ! ワイズモン!デストロモン!」 篤人の背後で、ソフィーが勝機を得たとばかりに叫ぶと、稲妻と光弾がガイオウモン目掛けて放たれる。いけるか?篤人はそう考えながら、拘束を脱しようと動くガイオウモンを見据えた。 「っ……ガイオウモン!まとめて吹き飛ばせ!!」 奥底に何かを堪えた生源寺の叫びに、雷雨の余波で巻き起こる衝撃と煙の中、ガイオウモンもやむ無しとばかりに顔を顰め、拘束に抗いながら刃を合わせると、青白いエネルギーが収束し始めた。 「……ガイアリアクター!!」 何をする気だ。篤人が言葉として発する間もなく起こった刀を起点に青白い爆発が連鎖し、大波のように稲妻と光弾を呑み干した。 「一手でか……ぐっ!」 ワイズモンが金の目を歪める。ガイオウモンの四肢を拘束していた包帯はまたたく間に消え、ワイズモンも爆発の衝撃で壁へと叩きつけられた。 「っ……ワイズモン!」 篤人はふらつきからか自分の背を掴み、パートナーの名を呼び爆風に堪えるソフィーを気にしながら、爆風の矢面に立つデストロモン越しに、生源寺とガイオウモンを睨んだ。 「まだその目を向けれるんですか、あなた」 生源寺が篤人の睨みに何かの苛立ちを含んだ声音で応えた。それからすぐ、ガイオウモンは壁に叩きつけたワイズモンへと、一直線に駆け出した。 「てめェ!行かせるかよ!!」 ワイズモンを守るべく、デストロモンは剣の左腕を這うように薙ぎ払うと、ガイオウモンは待っていたとばかりに逆袈裟に斬り上げた。 大剣を受けたガイオウモンは、力負けして壁まで弾かれた。だがデストロモンの左腕は切り裂かれ、借り物の剣は黒く霧散して消え失せた。 「これで拙者の刀を防ぐ手は消えたな」 デストロモンは壁に叩きつけられてなお、鼻で笑うガイオウモンを忌々しそうに睨んだ。 「……まずいな」 篤人は再び腕を失ったデストロモンの姿を見て、首筋に冷たい渇きを感じた。接近を許せばデストロモンは斬られる。脳裏には腰部から両断され、崩れ落ちていく姿すら鮮明に見える。 バロッコに来て始めて生源寺達と戦った時、タンクモンの銃口も砲塔も切り裂かれた瞬間、本当の意味で死が見えた時を思い出し、唇を噛んで堪えた。 接近を許してはいけない。だが、防ぐ頼りの剣もなく、波状攻撃も先程のガイアリアクターで防がれるだろう。 何が、出来る。篤人は打開の一手よりも先に死が見えている現状の否定を、ひたすら考えを巡らせて続けた。 「アツト、火力に自信……あるわよね?」 乱れた息のまま後ろから問い掛けるソフィーに引き戻され、篤人は迷わず頷くと、彼女は重い足取りで篤人の隣に立ち、ガイオウモンを指差した。 「全出力叩き込んでやって。ガイアリアクターを引き出すのと動きを止めるのはワタシ達でやるから」 「……作戦が、あるんだね」 「一回きりの切り札を使う。 後は貴方が起こしたい奇跡に全賭けよ」 ソフィーは人差し指を顎に添え「責任重大よ?」と片目を瞑って、篤人に告げた。 「っ…そっか。じゃあ絶対に勝たなきゃね」 篤人は唾を呑み込み、強張った笑いで返す。壁に叩きつけられたワイズモンもゆっくりと動き、作り上げた時空石を握りしめ、篤人へと振り向いた。 「再び時間をくれ。勿論、気休めは出来る」 そう言うと、デストロモンの左腕が再び黒い煙に覆われ、マミーモンのオベリスクが取り付けられた。 「助かるぜ」とデストロモンが礼を言うと、ガイオウモンに向けて砲弾とオベリスクによる銃撃を始め、ワイズモンは時空石を鈍く輝かせ始めた。 「策があるならば、ワイズモンから仕留めますか」 動きを察した生源寺の指示に応え、銃弾と砲撃を掻い潜りながらガイオウモンが刀を合わせた大弓で矢を放ち、ロードされたオベリスクを霧散させた。 「俺様のこたァ気にするなワイズモン! 切り札出すのに集中してくれ!!」 ワイズモンはデストロモンの後ろで呻きを堪えながら、少しずつ時空石へと力を送り、その光は鈍く暗い色から明るいものへと変わり始める。 「頼みの綱の大砲も!すぐ叩き斬ってガラクタにしてくれる!!」 弓を剣へと戻し接近するガイオウモンは、足掻くように放たれるデストロモンの砲撃を捌き、掻い潜る。既に振り払う尾も剣もないデストロモンは容易く接近を許し、刀で片足を貫かれた。 「っ……ワイズモン!早く……っ!」 「これでも急いでいる!頼む、どうにか……」 デストロモンは絶叫と共に膝から崩れるも、苦し紛れに右の爪を振り払い、ガイオウモンはそれを屈んで躱し刀を引き抜くと、脚を切り裂こうと大きく振り上げた。 「っ……デストロモン!ロングレンジキャノンに全出力!」 篤人は躊躇いから声を震わせ、力を送る。デストロモンが叫ぶと背中の砲塔に少しずつエネルギーの充填され、収束する緑色のエネルギーが大きくなるにつれ、砲塔が軋む音が城の中を反響し始めた。 「っ!この出力を至近距離で……冗談じゃない!!」 微かに目に恐怖を滲ませた生源寺が、放たれるであろう大出力に怯み、後退る。ガイオウモンも大事を取ったか、息を呑んで跳躍すると、デストロモンの背中の砲塔を切り裂いた。 両断された砲塔が地に落ち、行き場を失ったエネルギーが消えていく。そのまま空中で身を翻したガイオウモンは刀を弓に変え、デストロモンの後ろに身を隠すワイズモンへと青白い矢を放った。 「……くそっ!手荒いが許せ!!」 デストロモンは、ワイズモンを健在の右手で弾き飛ばす。放たれた矢は、デストロモンの腕に貫いた。 苦悶を堪えたままガイオウモンの着地地点に右手の砲を向けると、空中でまた放たれた矢が三連装砲を貫き、巨竜は【殆どの】武装を失った。 「これで貴様のパートナーは独活の大木」 着地したガイオウモンが篤人に弓を向け、淡々と言い放つ。篤人は息を呑むことすらせず、顎を引いて鎧武者を無言で睨みつけた。 「この期に及んで、まだその目……精々矢が外れる奇跡でも祈ってなさい!」 生源寺が、その睨みに苛立ったように語気を荒げ、ガイオウモンも不快げに眉を動かし、矢を放った。 ソフィーが、篤人の名を叫んだ。薄暗い城の広間を青白い一閃が切裂きながら、やがて篤人の体へと届き、貫こうとした。 「……パンドーラ・ダイアログ!」 その直前、ワイズモンの叫びと共に時空石は砕け、突如として現れたかぼちゃの馬車の一つに矢が突き刺さると、赤く爆ぜた。 「……随分な、数ですね」 かぼちゃの馬車は続け様に現れ、いつしか広間を埋め尽くした。生源寺は眉を動かし一帯を見渡すと、思い当たるフシに行き当たり、舌打ちをした。 「なにこれ!?ワイズモン、何をしたの!?」 「時空石にはら、我が受けた攻撃やミミックモンの時に取り込んだデータが保存されている。 これを再生するためには、この通りだ」 圧巻とすら感じる光景に、焦りすら現れた篤人に、ワイズモンは時空石の破片を拾って、見せた。 「これが切り札。ワタシ達が散々しごかれた時に喰らってきた、サンドリモンの攻撃よ」 疲労からか、荒い息遣いと紅潮が見えた顔で嫌そうに笑うソフィーに、篤人は気圧されたようなところを感じ、息を吐いた。 「再生したのは【ノーブルファミリアーツ】 ……Rduisez-les en miettes!」 ソフィーがガイオウモンと生源寺を睨み指差すと、御者のネズミが鞭を振るった音を皮切りに、馬車はガイオウモンと生源寺へと突進を始めた。 「……アツト!今のうちに力をくれ!!」 膝をついたままガイオウモンを見据えるデストロモンの言葉に、篤人は無言で頷き、デジヴァイスを握りしめた。 「サンドリモンの技……ガイオウモン!これは流石にガイアリアクターで!!」 無数に押し寄せる車輪と馬蹄の音が響く中、生源寺は壁際まで後ずさり、ガイアリアクターの指示を出す。ガイオウモンは近づく馬車を斬り伏せながら生源寺の前へ辿り着き「備えを!」と叫び、生源寺は壁を背に張り付け両腕で顔を覆った。 「……ガイア!リアクター!!」 床に突き刺した刀から青白い爆発が広がり、馬車爆弾は連鎖的に爆ぜていく。 馬蹄と車輪の音は青白と赤の爆発音に次々とかき消され、生源寺は安堵で表情を戻すと、一転してソフィーを睨み、彼女もまた睨み返した。 「あなたもまだ、そういう顔が出来るんですね」 生源寺の睨みの中に戦意とは別の物が見えたソフィーは、眉だけを動かし無言で応えた。 「まぁ、いいです。あなたも片桐共々ここで「百蓮殿!来ますぞ!!」 ガイオウモンの叫びと未だ続く爆発音を上書きする低い響きと輝きに、生源寺は目を見開くと、片膝をついたデストロモンが、胸部にエネルギーを収束させていた。 「……仕留められれば最高だったが」 「でも狙い通りには行ったわ。アツト、デストロモン、後はお願い」 ソフィーがそう言って笑うと、ワイズモンと共に床に両膝を着いた。音に反応して一瞬だけ彼女達の姿を確認した篤人は、すぐにデジヴァイスを更に強く握り、源寺とガイオウモンを見据えた。 「っ……ガイアリアクターはまだ使えますか!?」 脚を震えさせたまま動けず、刀を構えたまま首を横に振るガイオウモンに、生源寺は苦し紛れに残った力をバイタルブレスを通して送り込んだ。 「力勝負なら行けるね!デストロモン!!」 「おうともよ!ジャガーノート!ブラスト!!」 篤人の号令と共に、デストロモンが唯一にして最高火力である巨大な光線を放ち、ガイオウモンはそれを刀で切り裂こうと渾身の力で振るうも、軌跡の炎は瞬く間にかき消された。 「これが、ライジンモン殿も打ち倒した力か……なんたる……」 続けて振るった刀がジャガーノートブラストを幾らか切り裂くも、先の言葉を続ける暇もなく、ガイオウモン止められない力の奔流に呑み込まれた。   光が掻き消えると、ガイオウモンはコテモンまで退化し、息を荒げ竹刀と膝を床につけ動かず、面の奥に何かを宿した目を見せ、やがて倒れた。 「……負け、ですか」 生源寺は生存したパートナーに安堵を見せると駆け寄り、バイタルブレスを操作して錆びついた色の【鍵】を取り出した。 「あら。家に帰るの? でも貴方が行くのは家じゃ…なく牢……やっ……」 立ち上がろうとしたソフィーの握っていたデジヴァイスが、砕け散った。一瞬のことで思わず目線をソフィーに移した篤人に、彼女は申し訳無さそうに視線を送ると、そのまま床に倒れ込む。 「……すまぬ、篤人」 ワイズモンもバコモンまで退化し、その場に倒れ込む。篤人は続けてデストロモンを見ると、ジャンクモンまで退化し、動けずにいた。 篤人は生源寺の顔を見てから歯を食いしばると、ジャンクモンを抱え、ソフィーの前に立ち塞がることを選んだ。 「あなたは結局、こうなると人を守ることを優先するんですね」 生源寺の関心が無いような言葉に、篤人は「うるさい」とだけ言い、睨みで応えた。 「退かせてくれるなら、礼に教えてあげますか」 「……なにをだよ、生源寺」 「彼女のパートナー、元ひと屋ですよ。 私が入る前に、抜けたと聞いてます」 篤人が声を漏らし目を見開いたのに構わず、生源寺は取り出した鍵を床に当て、徐ろに回した。 「後は勝手に聞きなさい。 それと片桐……二度とその顔を見ないこと、私は祈ってます」 足元に現れた黒紫の穴にゆっくりと沈みながら、生源寺はまた、何かの苛立ちを含んだ目を向けたまま、消えていった。 「……くそっ。最後の最後で」 篤人は歯噛みし、倒れたバコモンに視線を送る。彼が、ひと屋の一員だった。ならば何故、歯向かうような行動を取ったのだろうか。 考えるのは、後か。篤人はそう思い直し、一先ずジャンクモン達を休ませる事に決め、重い足を動かそうとした。 「彼女達は私達で対応します」 その直後に女の声が聞こえ、やがて白いドレスを纏い、砕かれた片腕と大槍のようなガラスの脚を持つデジモンが甲高くも優雅な脚音を響かせ、現れた。 「……あなたが、サンドリモン?」 篤人の問いに城の主、サンドリモンが「如何にも」頷くと、彼女は気を失ったソフィーの頭を微笑みながら優しく撫でた。 「ソフィー・カンブルラン……まぁ、よく来てくれた、よくやったと言ったあげますか」 サンドリモンは使い魔を召喚し二人に運ばせると、篤人にも仮面で覆われた顔を向け、口元を優しく緩めた。 「さて、選ばれし子供……片桐篤人。礼を言いましょう。おかげで、私も助かりました」 「礼よりも仲間を助けに行く力が欲しい。もしくは助けて欲しい」 「迷いがないですね。私は嫌いではありませんが」 間髪置かない篤人の返しに、サンドリモンは感心したように頷いた。 「馬車を2つ、用意しましょう。 恐らく私が不覚を取った鳥谷部とやら相手でしょうが……リベンジには良い機会です」 篤人は淡々と話すサンドリモンに礼を言いジャンクモンを彼女の使い魔に引き渡すと、踵を返し城の入り口へと向かった。 「全く、彼といいソフィーといいガー……フロゾモンといい、皆して無茶をする」 歩き始めたサンドリモンは息を吐くと、どこか温かみもある声でそう呟いた。 ──── 十分に、距離が取れた。鳥谷部はその安堵から息を吐き、フロスベルグモンが強めていく吹雪で既に薄くしか見えない視界の先を、細目を凝らして見据え続ける。 「後はあの子達がどう動くか……」 一瞬の進化ですら、賭けであった。それでも制御し、視界と動きを奪い仕留める理想の形へと、持ち込んだ。 「逃げるのはあり得ないと思うけど……ん?」 見据え続ける視界の先に、薄っすらと赤いものが見え、鳥谷部は口元を真一文字に結び直す。 「何かしらあれ……?」 「……来ましたぞ、母上。それも、力技で」 吹雪を強めるを止めたフロスベルグモンの言葉を聞き、雪を踏みしめ二歩三歩と進むと、赤いものは、ヘルガルモンだったことに気付いた。 「来たわね。それにしては早いけど……どうやって……あっ」 それまでの動きより遥かに早く、四足で構えたままのヘルガルモンに違和感を感じ、更に目を凝らす。 力技。そうフロスベルグモンが言ったことがすぐ分かり、細目のまま口元を緩めた。 「確かに、これは力技ね」 魔狼を先頭とした氷のスノーモービルが、轟音と羽ばたきを掻き鳴らしながら現れたのが見えた鳥谷部は、デジヴァイスを握りしめた。 ──── 「やっぱり居た!このまま進むぞ!!」 逆風と雪が、三幸の右頬の傷を少しずつ引き剥がすように痛ませる。手を離した瞬間すぐ宙へと放り出されるような圧と瞑りたい目を堪え、最後列のカラテンモンの声に振り向かず、目の前と取っ手に意識を集中する。 全員で移動するための形だけの氷のスノーモービルには、突然エンジンなどはない。最後列のカラテンモンの羽ばたきとクリスペイルドラモンの推進力を頼りに、切れるような音を鳴らし滑り進んでいく。 スキーやスノーボードではないだけ、ずっといい。三幸はそれだけ考え、再び取っ手と目の前に意識を戻した。 「追いついたぞ鳥公!今度こそ逃さねぇ!!」 最先端、四足の爪を食い込ませたヘルガルモンが火球を放つと、迎え撃つフロスベルグモンは局地的な雪風でそれを打ち消した。 「なら次は……あっ!?」 三幸が叫ぼうとした瞬間、フロスベルグモンの嘴に灰色の光が集まり、三幸は背中の熱が瞬く間に消え、震えすら感じ始めた。 「来るぞ!フリージングレイだ!!」 「アレか、かすることすら許されないのは」 ヘルガルモンが恐れの滲む叫びに、颯乃が薄っすらと声を震わせると、すぐに首を横に振り、カラテンモンに告げた。 「カラテンモン!予定通り下に向かって衝撃羽!」 「みんな!飛び降りるよ!!」 颯乃の指示の後、雪奈は杖を薄緑に輝かせた。それからすぐ、急激に雪面から離れたスノーモービルから、三幸は息を呑んで、飛び降りた。 一瞬だけ、車に括り付けられ後ろに引っ張られたような感覚があった。それからすぐ、三幸の身体は浮遊感を覚えながら、ゆっくりと雪面へ降りて行く。 やがてアイゼンが硬い音を立て、三幸は地に足がついたことに気付くと、すぐに飛んでいく氷のスノーモービルとフロスベルグモンを視界に入れた。   「私達は先に動く!あの光線は頼んだ雪奈!!」 「うん……あれは貫通しないなら、こうすれば!」 同じく雪面に着地した颯乃の声を聞き、カラテンモンが動く。すぐに雪奈も杖を薄青に光らせ、スノーモービルの面積を変え氷壁とすると、フロスベルグモンが放った灰色の光を防いだ。 「っ……貫通力は課題ね」 鳥谷部は苦々しく呟き、ドライアイスと化し飛んでいく氷壁から目を切り、フロスベルグモンに接近するカラテンモンへと視線を移した。   「カラテンモンが近づけた!オレも行くぞ!」 「頼みましたわよヘルガルモン!」 安堵から鼻を鳴らしたヘルガルモンを三幸が激励すると、魔狼は一瞬振り向き、走っていく。 それから三幸すぐ雪奈へと振り向くと、彼女は体を杖で支えたまま、雪面を向き息を荒くしていた。 「雪奈さん!?ひょっとして相当無理……」 「しないと負ける!だからここで決めて!!」 冷や汗と疲労で青くなり始めた顔を必死で上げる雪奈に、三幸は何も言わず、頷いた。 「カラテンモンが近づけたなら……わたし達は動きを止めるよ!クリスペイルドラモン!!」 「……カロス!ディメンション!!」 雪奈の光らせた杖に応え、クリスペイルドラモンが吹雪を巻き起こした。 ──── 接近したカラテンモンの剣の一振りをフロスベルグモンが翼で抑え、蹴りで返す。カラテンモンは二振り目の刀でそれを受け止め後退したのを見て、鳥谷部は策を察し、周囲を見渡した。 ヘルガルモンは近づいてきてるが、まだ距離はある。クリスペイルドラモンは動いていない。 何故、動いていない?鳥谷部は疑問を感じた瞬間、風向きが自分たちへと向った。 「っ……これはクリスペイルドラモンの……」 吹雪に堪えた目元を覆いながらも再び周囲を見渡すと、フロスベルグモンの周りに分厚い氷の壁が形成され始めた。 「あの【鳥籠】は肝を冷やしたが……最早粗雑な囲いしか出来ぬようだな!!」 フロスベルグモンは焦ることなく、氷壁の形成が遅れている方へと駆け始めた。 「……え?なんで遅いところが……あっ!」 鳥谷部がそれを策と悟った瞬間、作られた【出口】へ回り込んでいたカラテンモンが、飛び立とうとするフロスベルグモンへ斬り掛かった。 「此奴、最初から……!」 「囲師必闕ってやつだ!もう逃がさねぇ!!」 「良い連携だな……だがそれだけで某を止めたつもりならば、生温い!!」 カラテンモンが振り降ろした二振りの剣を、フロスベルグモンは凍った翼で受け止めるとそこから冷気を這わせ始め、剣を、そしてカラテンモンの腕を凍結させた。 「カラテンモン!くそ、こんな手まで……」 「あなたのお友達の真似よ神田さん。 ドライアイスじゃないから、安心して頂戴」 歯噛みする颯乃と凍った腕で抵抗するカラテンモンに、鳥谷部は細い目を向けデジヴァイスに力を送ると、フロスベルグモンの足へ風を纏わせ、槍のような形状を作った。 「まずは貴様からだカラテンモン!デジコアに風穴を「やれ!ヘルガルモン!!」 カラテンモンの叫びに鳥谷部はハッとして振り向くと、氷壁の前にたどり着いたヘルガルモンが、大きく息を吸い、爪を振りかぶった。 「フロスベルグモン!すぐに離れっ……」 「もう遅せぇ!!インフェルノクロー!!」 ヘルガルモンは息を吐き、氷壁に向けて渾身の力で貫手を放つと、フロスベルグモンの体は氷壁ごと貫かれた。 ──── 悲鳴を雪山に鈍く響かせ、フロスベルグモンはそれでも堪え、カラテンモンの剣の凍結を解き、ヘルガルモンの爪から抜け出そうと抵抗する。  逃がすな。捕まえねば、終わりだ。三幸はそう思い、すぐに【自分の思考】から、叫んだ。 「ヘルガルモン!アリーナでやったあれ!!」 「もとよりそのつもりだ! デジコアごと吹き飛ばしてやるよ鳥公!!」 ヘルガルモンは振り向かずに応え、身に纏う魔炎を突き刺した爪へ送り込み、骨の体を露わにしていく。 「フロスベルグモン!いや、もしかしたら!!」 鳥谷部が悲痛な声で、それでも何かを思いついたように力を送る。三幸も大きく息を吸うと、自分も残ったものを一気に、デジヴァイスへの影響を一切考えずに送り込む。 ヘルガルモンも応え、送り込んだ炎を一気に爆ぜさせる。フロスベルグモンの体は内側から炎の柱により四方八方も突き破られ、重く響く叫びと爆発音共に、巨鳥は体をだらりと枝垂れさせた。 「母、上……デジコアは、無事……」 炎柱は氷壁を突き破り、フロスベルグモンは更なる爆発の勢いで吹き飛び雪面に叩きつけられると、ペンモンへと退化した。 「くそっ、まさか倒しそこ……ね……」 その様子を見届けたヘルガルモンも力尽き、ガジモンへと退化し、倒れ込んだ。 「仕留め損ねた……?」 「防御が間に合ったのよ……ギリギリでね」 鳥谷部が倒れたペンモンに近づき、ゆっくりと抱き上げる。手袋の赤い染みと雪面に垂れ続ける血を、三幸はガジモンを抱えて凝視した。 「何をしたかは知りませんが、あなたも随分と無茶をするんですね」 「私にとってこの子は子供だもの……親なら、このくらいするわよ」 「その親から子供を奪うような組織に居て!よくそんな言葉をほざく!!」 三幸の怒りで歪んだ顔に俯きもせず、鳥谷部は無言のままデジヴァイスを操作し、鍵を取り出した。 「私の娘は……辱められた上に、殺された。 冬の川に投げ捨てられて、この雪山よりも冷たくて暗い場所で、娘は死んだわ」 三幸は表情を戻し、最初に鳥谷部と戦った時の言葉を、思い返した。 「だから、何をしてでもあいつらを地獄に落としてやると誓って……ひと屋と契約したのよ。 仇討ちは終わったわ。人体実験がしたいデジモンに格安で買わせて、もう使えなくなったって」 鳥谷部はぶり返した恨みから、嘲笑で口元を歪める。三幸が無言のまま言葉を選ぶ間に、雪奈が歩み出た。 「あなたの気持ちも行動も、多分、分かります。 でも!いまあなたがやってることは!!」 「言って無かったわね。雪奈ちゃん。 私の仇討ちが終わったら、今度は社長さんの仇討ちの手伝いをする契約なのよ。 あの人の、デジタルワールドへの復讐のね」 鳥谷部は雪奈からは顔を背け、雪面に鍵を突き刺して回すと、彼女の周りの雪面はいつしか黒紫の渦となり、鳥谷部とペンモンはゆっくりと沈み始めた。 「おい!逃げるつも……うっ……」 追いかけようとしたカラテンモンとクリスペイルドラモンが、限界が来たのか膝をつき、成長期まで退化する。それを見た鳥谷部は「命拾いね」と呟き、やはり雪奈の顔だけは見ないまま、言葉に続けた。 「覚えておいて。例え【愛情】や【勇気】が始まりでも、そこから生まれた憎悪のために動いた瞬間、どんな人でも、道を踏み外す。 例え【奇跡】や【優しさ】が始まりだとしてもよ」 我が事だけではなく、三幸達に何かを告げるような声音で、鳥谷部とペンモンは静かに消えていった。 「あの人の気持ちも行動も、分かる。それでも……」 「ええ、とっくに道を違えた、許すべきではない人です」 僅かに目を動かし逡巡はした様子の颯乃の言葉に、三幸は同調すると、雪奈もすぐに頷いた。 吹雪が、はっきりと弱まる。自分達が、勝った。やっと現れた実感に三幸は全身の力が抜け、雪面から引っ張られたように座り込むと、雪奈と颯乃も同じように動いた。 「今聞くのも悪いが、あの人……いや、灰被りの城に居た連中は、何者だったんだ?」 颯乃の質問に、三幸はそのまま自分の知っている限りのひと屋の話をすると、彼女は顔を徐々に青ざめさせて「私、相当危なかったのか……」と呟いた。 その呟きが聞こえたか、雪奈が杖を支えに何とか立ち上がり、颯乃に近づいた。 「だから、これ片桐くんや三幸ちゃんに聞いた時……ホントにどうしようって思ったのわたし」 「……すまない。本当にありがとう。私も抜け出すつもりはあったんだが……」 雪奈から差し出された手を受け取りゆっくりと立ち上がった颯乃を、とうとう感情の堰が切れた雪奈がわんわんと泣きながら抱き締めた。 「良かったぁ!無事で!!でもわたし達、本当に死ぬかと思った!!ありがとう!!来てくれて!!」 ただひたすら、湧いた感情のままに言葉を発し続ける雪奈に、颯乃は何も言わず、目をはっきりと潤ませたまま抱き返す。ゴブリモンもブルコモンは何も言わず、安堵した表情を見せた。 「……本当に良かったですわね」 三幸も大量の安堵から自分の目に少し潤みを覚え、ふと親友の八木原ハルカの顔を思い出そうとした。しかしその瞬間、何かが接近する音に反応すると、雪奈も颯乃も身構える。 敵なら、手はあるのか。緊張と不安で押し潰されていく感覚の中で見えたのは、二つのかぼちゃの馬車であった。 来たのは、城の方。そう考えて期待した三幸の前に、手前の馬車からガラスの仮面とドレスを纏ったデジモンが現れた。 「えっと……あなたが……サンドリモン、ですか?」 「ええ。あなたが選ばれし子供、の」 サンドリモンは三幸を見て、少し何かを言い淀むとすぐに咳払いをした。言葉の続きに疑問を感じた三幸は首を傾げるも、奥の馬車から降りてきた篤人の姿を見ると、その疑問は吹き飛び、本能で動き笑みを向けた。 「こっちも勝ったよ……みんな、無事だね」 「何とか……あの、ソフィーさん達は?」 「フロゾモンとジャンクモンもだけど、相当無理させちゃったから先に休んでるよ。 ……みんな、無理をしたと思うけど」 篤人の見慣れた硬い笑みとソフィー達の無事に三幸はまた、力が抜けたように雪面に座り込みそうになるのを、堪えた。 「えっと……神田さんにも霜桐さんにも、お礼をたくさん言わなきゃいけないよ。 とにかくまずは、ありがとう」 「それを言うのは私もだ。君達には感謝しかない」 颯乃が口元を緩めて礼を言うと、雪奈が「わたしもだよ」と続けて笑いかけた。 「礼は私も言わねばなりませんが……一先ず城へご案内しましょう。 温かいスープは、すぐにお出しします」 温かいスープ、その言葉だけで三幸は体の芯の冷えを感じ体を震わせると、サンドリモンに促されるまま、篤人と共に馬車へと乗り込んだ。