魔術師マーリンは詐欺師である。人を騙して飯を食う人間。言わば悪党。マーリン自身もそれを自任してるし、悪びれもしない。 「さすが、レンハートでも1と評判のお店。特に紅茶の風味がなんとも…。そう思いませんか?」  だが、悪には上下があり、例えば目の前で優雅に紅茶を嗜んでいる自称聖女、カタリナ・イーネに比べれば、自分など足元にも及ばないと確信している。 「──ところで、先程の件、協力は頂けますでしょうか?勿論礼は弾みます。なんなら、"私の奇跡の仲間"に加えてもいいですよ。フフッ…」 「ああ…クリストについて知りたい、願わくばPT入りしたい。ってことだったな…なんで?」 「答えましょう」  マーリンの疑問に、カタリナはカップをテーブルに置くと姿勢を正して微笑んだ。美女と言っていいはずの彼女の笑みが、酷く悍ましいものにマーリンは思えた。 「私、調べました。クリストさんの数々の武名、功績を」  唄うように身振り手振りを交えながらカタリナは語る。その姿は舞台にたつ花形役者を彷彿とさせる。マーリンは自分に酔いしれるように振舞うカタリナを冷めた目で眺めながら脳内で彼女に関する情報を整理した。  聖女カタリナ・イーネ。数々の奇跡の体現者として尊崇を集めている、急速に台頭してきた聖女。特に無学な貧困層の間でカルト的な信徒が今急激に増えているとされている。…表向きは。  念を入れて、ハルナに探りを入れてもらった結果、判明した事実は驚くべきものだった。  実際は自ら考案した「パンを石に変える術」「一時的に死人になる術」など独自に開発した魔術を駆使し、民衆を幻惑させ──さらには己の使い魔で民を四六時中監視させ、自身のイメージアップに繋がりそうな悩みを抱える信徒を四六時中探しているという、病的とすら言える承認欲求の塊と言える俗物。それがカタリナ・イーネだった。 『あの女はまだ私の知らない術を幾つも持っているはず。一瞬の油断もしてはいけない女』 『己の承認欲求を満たすためならば神どころか悪魔とも取引しかねない俗物』  それが、聖女カタリナへ最終的に下したハルナの評価だった。 「勿論彼自身が優秀なパラディンなのは事実。ですがそれ以上に、彼の相方に理由がありました」  ピクリとマーリンの眉が動いた。 「漆黒の勇者イザベラ。最も世間はクリストさんを勇者と認識しているようですが…。彼女の武功の大半をクリストさんの手柄だと誤認されてる点が大きい」 「嗚呼、何という方なんでしょうか!勇者イザベラ、剣士のゴブリン、剣士ジュダ!三人の功績を一人占めにするその強欲!違和感を持たれることなく自らを売り出すその手腕!そして、なによりっ!”PTの誰からも反感どころか不満すら抱かれないそのカリスマ”!」  堪らないという風にカタリナは、恍惚とした表情を浮かべながら両腕で自分の体を抱きしめた。 「『主は言われる、わたしがあなたがたに対していだいている計画はわたしが知っている。それは災を与えようというのではなく、平安を与えようとするものであり、あなたがたに将来を与え、希望を与えようとするものである』……まさにこの言葉の通り、神の祝福を一心に受けたような方!私のような敬虔でか弱き一匹の子羊にすぎない聖女にとって憧れのような聖人!」 「──なんとも、妬ましい」  ゾッとするような冷酷な顔。マーリンの背中にゾクッとしたものが走った。 「で?お前はどうする?クリストを潰したいのか」 「まさか!」  有り得ないという風に、大げさな態度でカタリナは首を横に振る。 「私、あの方を大変尊敬しております。だって彼は、私の理想像ですから!いったいどんな工作や手段で己を高く世間に魅せているのか、私は知りたい学びたい盗みたい…!是非とも、その術を観たいのですっ」 「そうかい」 『僕は、自分が許せない…!イザベラ様への、皆への偏見と誤解を解くことができず………更には。イザベラ様たちの功績を掠め取っている始末!』 『マーリン………。どうすれば、偽りの盛名を浴び、仲間の真実の姿を、本当の働きを誤解という霧で覆っている、状況で、平然と過ごせるのですか……』  一瞬、己の虚名に苦しむクリストの姿が脳裏に浮かび、マーリンは吐き気を覚えた。  (俺もどうやらアイツの偽善っぷりに当てられちまったらしい)  散々クリストのキレイごとを揶揄しては、くだらない口論を繰り返してきたマーリンだった。だが、どうしたことだろうか?目の前のカタリナの論評を聞いていると腹の内にヘドロのような澱んだ物が溜まるかのような──不快感を覚えずにはいられない。  (アイツから見れば、俺もこいつのように見えていたのかもねぇ)  マーリンは苦い笑みを浮かべる己に気づいた。それは──これまで数々見舞われてきた、つまらぬトラブルや、ギャンブルで大敗した時に浮かべた時とは違う──本当の意味での自嘲と言えるものかもしれなかった。 「……一つ聞きてぇ。どうして俺に相談したんだ?」 「私と似た思いを抱いていると思ったからです。だってあなたも」  そこで言葉を止めカタリナは微笑する。その目は"あの人の事が妬ましいでしょ?"と語っていた。憤怒がマーリンの全身を駆け巡るが、それを表に出すことはなくマーリンは嗤った。 「俺とお前が似たもん同士だと?冗談じゃねえ。ミソとクソを一緒にしてんじゃねえよ」 「あなたがミソ?目くそと鼻くそ程度の違いでは?『ユイリアさんを偽勇者と売り出して飯の種にするあなたが』」 「…ほざけ。聖女どころか生臭まみれの俗物が」 「っ…!?…ぐぅ…!!」   (彼の逆鱗に触れた)  そう気づいた時には遅かった。  一瞬、マーリンの体から発せられた殺気にカタリナは腰を浮かせる。その直後、カタリナの視界がぐらりと歪んだ。  目くらましの魔法。マーリンの得意とする魔法の一つと判断したカタリナは、目をつむりながら強い口調で失望の言葉をぶつける。 「同業者、と見て近づきましたが、どうやら見込み違いでした。随分と青い方なのですね!」  低く、くぐもった笑い声が暗闇の世界のカタリナの耳に聞こえてきた。 「鈍い奴だな。青は俺のトレンドカラーだぜ?」  その言葉を最後に、完全にマーリンの気配が消えた。手探りでカタリナは自作の魔封じの秘薬を取り出し、一息に煽ると目を開く。  幻覚で揺らめく店内の様子が、徐々に輪郭をはっきりとした光景へと戻っていく。魔法の解除を確認したカタリナが目を擦りながら周囲を見渡すと、テーブルに一枚のメモ用紙が置かれているのを発見した。 『悪いが持ち合わせがねえ。ツケで頼むぜ』 「まあ…」  笑い声が。カタリナの口から洩れた。それは心中こみ上げる敗北感を覆い隠そうとするような、玉のように可愛らしい笑い声だった。 ********************  喫茶店を出たカタリナは繁華街を抜け、路地裏へと足を運ぶ。人通りもまだらとなり、やがて彼女以外誰もいなくなったことを確認すると、カタリナは指を鳴らして使い魔を召喚した。 「マーリンを追跡し、告発の気配をみせたら速やかに消し…」 『消しなさい』と言おうとしたカタリナが暫し考え込む素振りを見せ、また口を開いた。 「私に知らせなさい」  使い魔が去った後、カタリナは先程己に一杯食わさせた男の名を呟いた。 「魔術師、マーリン」  勘、と言っていいだろう。ギルドで自分に都合のいい仲間を探していた彼女は、マーリンの姿を見た時ピンときたものを覚えた。  それは、言葉にするなら異国の地で自国の人と出会えたような驚きと親近感と言ってもいいだろう。  使い魔を派遣して彼の動向を探り、驚き。そしてシンパシーを覚えた。  戦闘データを集める限りマーリンは大した呪文を覚えてはいない。せいぜい転ばせる魔法と、今回カタリナに使った目くらましの魔法。そして透明化になる魔法程度。  彼の本当の恐ろしさは彼自身の機転の速さと、その巧みな弁舌によるもの。  石橋を叩いて渡るかのように、工作と薬と魔術で奇跡を演出するカタリナとは、全く違うタイプの詐欺師。そこにカタリナは興味を抱いた。 「フフ…これからどんな声望を築くのか、楽しみにしてますよ。聖盾のクリスト……魔術師マーリン」  獲物がかかったような歪んだ笑みを浮かべたカタリナが転移魔法を使い、姿を消した。後に残ったのは彼女の使い魔が一体のみ。  そう、彼女は聖女カタリナ・イーネ。助けを求めている人がいるならば、直ぐに駆け付け救いの手を差し伸べる。それが彼女なのだから。