シャークリーが客に商品の提供を始めて、すでに38分45秒が経過していた。 メンタル内のシミュレーションで、という枕詞はつくが。 要するに暇潰しに興じなければならないほど、今のシャークリーは手持ち無沙汰だった。 シャークリーを自室に呼びつけた金髪の人形はこの40分弱の間、ずっとあーだのうーだの言いながら、口をもごもごさせてはダサい恐竜のリュックを弄んでいる。 自分で話があると言っておいてこの有様は気の短い人形なら、というか長い人形でも我慢ならずしびれを切らすだろう。シャークリーも例外ではなく、例えばマキアートが同じ態度を取ったなら5分と経たずに去るだろうことは確実だった。 それがいかなる道理か、メンタルで忙しなくコーヒーを淹れながら、無言のままに視覚モジュールに人形の一挙一動を映し続けていた。 仮想のズッケロでの来店人数が1000人に到達しようかというとき、ようやっとヴェプリーが口を開いた。 「………あのね、ヴェプリー、好きな人ができたの」 「………そうなんだ」 言葉そのものに驚きはなかった。ヴェプリーの様子がおかしいのはこのところ感じていたことだったし、シャークリーを呼びつけた時点でそれが相談に類するものなのもわかっていた。 対象も言わなくともわかる。 この移動要塞に乗っている人形たちは、皆『彼』が好きだからここにいるのだ。 敬愛、親愛、家族愛。カタチは違えど、誰もが『彼』を想っている。グリフィンにいたスプリングフィールドたちはもちろん、比較的最近出会ったというキャロリックやコルフェンも彼を信頼していることがわかる。 けれど、ヴェプリーの好きのカタチはきっとその中でも最も面倒なもの。 「でもね、ヴェプリーはアイドルだから、誰か1人を好きになっちゃうなんていけないし……恋愛なんてもっとダメだよ」 「………………」 シャークリーは人間に恋をしたことなんてない。 だから、目前の少女の気持ちを理解することはできない。仮に恋をしていたとしても、一生ヴェプリーの気持ちはわからないだろうとシャークリーは確信しているが。 「こんなのシャークリーにしか相談できないの。ヴェプリーどうしたらいいんだろう」 「知らない。自分で決めればいいでしょ。いつもの無謀さはどこ行ったのよ」 「でもでも、ヴェプリーはアイドルだから、ファンのみんなを裏切っちゃうわけにはいかないよ〜」 今にも泣きそうな顔はヴェプリーの本心だろう。 シャークリーは表情モジュールを直接操作して笑顔を作ることもあるが、ヴェプリーは常に感情モジュールの動きに合わせて表情モジュールを動かす。 きっと彼女なりに迷い悩み行き詰まり、救いの手をシャークリーに求めた。 「なんでシャークリーなの。他にもいるでしょう。コルフェンとか、メイリンとか、グローザ……はライバルだろうけど」 「だってシャークリーはヴェプリーのアイドル仲間で親友だもん!」 シャークリーはメンタルで何かがショートしたのを感じた。 歓喜と嫌悪。憤怒と絶望。全てが同時に襲ってきた。 目前の少女は、シャークリーの内心の混迷具合を察しないばかりか、きらめく瞳と無邪気な信頼をシャークリーに向けている。 「…………シャークリーたちのグループの規範に、恋愛禁止なんてなかった」 「え?」 「エルモ号で職場恋愛禁止なんてルールも聞いたことない。第一、アイドルだって恋愛ソング歌っといて恋愛素人でい続けなきゃいけないなんてバカな話。だから、あんたが恋愛することを咎める人は誰もいない」 シャークリーは一つ一つ障壁を剥がしていく。地獄への道を悪意で舗装していく。 この完璧なアイドルを汚したくなった。 「えっと……じゃあヴェプリー、恋してもいいのかな……?」 「知らない。それを決めるのはあんた自身でしょ」 「そっか……よし!アイドルは決めたら一直線!今から指揮官に告白してくる!」 仮にもぼかしていたのに、堂々としたものだった。 「相談に乗ってくれてありがとうシャークリー!今度お礼するから!」 迷いを無くした表情はいつものヴェプリーで、先までの涙目はすでにカケラも見えない。 「じゃあお願いがあるの」 「うん!ヴェプリー、シャークリーのお願い聞くの初めてかもしれない!」 「歌をね、歌って。あんたが告白して、感じた想いを歌にして、あたしに聞かせて」 きっとそれは失恋の歌。 シャークリーの見る限り、指揮官と最も長い付き合いのグローザとの関係性に、愛欲が混じっている気配はなかった。ならばヴェプリーの恋が成就する可能性などコンマ以下で表記できる。 それでもヴェプリーは一晩泣き喚いた後、またアイドルに戻り、元気にパフォーマンスを行うだろう。アイドルを辞めさせられ、メンバーが散り散りになり、イエローエリアで戦術人形となってもなおアイドルだった少女は、きっと永遠にその在り方を変えることはない。 シャークリーは『人間』に恋をしたことなんてない。 指揮官に向ける感情は、ヴェプリーに向ける感情とは異なる。だから、シャークリーは指揮官に恋をしていない。 この二段論法の狭間にあるものを、シャークリーは見ようとしない。きっとこれから先もメンタルの奥深くにしまい続けていく。 「わかった!ヴェプリーの甘々恋愛ソングをシャークリーのために作ってあげるね!」 「期待してる」 感情モジュールと表情モジュールの接続をシャットアウトしたシャークリーは、穏やかな笑みを創り上げて、部屋の主人を送り出した。 「これであんたも、あたしと一緒」 無意識に溢れた呟きは、シャークリー本人にさえ届かなかった。