月光に照らされて白く輝く丘の上に、巨大な影がふたつ。棍棒を手に、殺気立って睨み合うのは二体のトロルだ。丘をびりびりと震わせて、猛烈な罵り声が轟く。 「今夜こそその頭割ってやるわ!」 「うぬの頭こそカボチャのように割れるだろうとも!」 「あれがトロルか……」  その様子を物陰から伺う影4つ。シャムリーゲンが仲間達を振り返り、小声で話しかけた。 「ではウサバルド、打ち合わせ通りにお願いするよ」 「お任せあれ」  ウサバルドがウインクして、竪琴を爪弾く。 「ツジヒラさんは離れていてください。何かあった時には回復を……大丈夫、多分何もないですよ」  青褪めて汗まみれのツジヒラは、声もなく何度か頷いた。彼の肩を勇気づけるように叩くと、シャムリーゲンは堂々と月光の中に歩み出る。 「お二方!ちょっとお話をよろしいでしょうか」  まさに今殴り合い始めるところだったトロルたちは、怒りの形相のまま、ちっぽけな人間を睨みつける。 「なんじゃお前は」 「話し合いで解決できませんか?話を聞いた限り、お二人には相互に誤解があるように思うのです」  シャムリーゲンは朗々と語りかけ続ける。その背丈はトロルたちの腰ほどしかない。 「たわけ、言葉一つで済むものかよ」 「邪魔をするなら容赦はせんぞ」  トロルたちはやかましい人間に向け、拳を振ってみせる。シャムリーゲンは恐れる様子なく、彼らの巨大な顔を見上げる。 「お話できそうではないですね。仕方がない、実力行使だ。ウサバルド!」 「よしきた」  ぽろんと弦が音を立てる。切り株の上、気取った様子で陣取るのはウサバルドだ。 「誰だって不機嫌な日はある。でも待ってくれ、音楽はそんな時のためにあるのさ」  そう言うが早いか、ウサバルドは猛烈な勢いで竪琴を奏で始めた。陽気でご機嫌で、つい踊り出したくなる……を超えて、聞いているだけで手足が勝手に踊り始める旋律。呪曲である。 「あ、ああ〜っ」  トロルたちが踊り始める。シャムリーゲンも真顔で踊る。 「おのれ……なんという侮辱……!」  片方のトロルが呪曲に逆らい、陽気にステップを踏みながらも、ウサバルドに歩み寄ろうとする。その足元で、月光に照らされ、何かがきらりと光った。 「何いッ」  トロルは転倒しながら悲鳴を上げた。あらかじめ張り巡らされていた、目に見えないほど細い糸が、トロルの足首を引っ掛けたのだ。  アラクニスレッドが自身も踊りながら、片手に持ったボードを掲げる。 【奏者に触らないでください!】 「あああ〜っ」  哀れ、抵抗はここまで。立ち上がったトロルは、殺し合うはずの宿敵と、手に手を取って踊り出してしまった。 「何が望みだ、わしらを殺しに来たのか」  踊り疲れて、疲労困憊で横たわるトロルが、細い声で言った。同じく横たわるシャムリーゲンが、気息奄奄答えた。 「え……いえ……え、ゲッホゲホゲホ!ゲホン……えー……ちが、ちがいます」  戻ってきたツジヒラに背中をさすられながら、シャムリーゲンはつらそうに起き上がる。ぐったり伸びているアラクニスレッドが、震える手をなんとか持ち上げ、ボードを差し出す。 【つかって〜】 【ありがとう】  シャムリーゲンはボードを取り、まずはお礼の言葉を記した。次いでトロルたちに向けてボードを見せる。その字はミミズが這ったように曲がりくねっている。 【まずは、何か食べましょう】  鍋一杯の食材が、静かに湯気を上げている。シャムリーゲンは別の料理に使う食材を切っており、ツジヒラが慣れぬ様子でそれを手伝う。アラクニスレッドは時々鍋の様子を見ながら、編み物をしていた。トロルたちは厳つい顔に、何とも言えず気まずそうな表情を浮かべ、火を見ている。  竪琴の音がした。トロルたちが怯えた顔になる。ウサバルドは彼らを見上げ、少しすまなそうに笑いかけた。月光の下に静かな旋律が広がる。 「……それで?」  沈黙に耐えきれなくなったか、トロルのひとりが問うた。シャムリーゲンが手を止める。 「はい。冒険者ギルドに『満月の夜に現れて喧嘩するトロルをどうにかして欲しい』との訴えがありまして」 「さっきわしらを殺せば済んだ話ではないか?」 「誰も死なずに済むなら、その方がいいに決まっているでしょう?」  シャムリーゲンは当然のように言った。ツジヒラが悲しげな顔をして目を閉じる。今度はふたりめのトロルが問う。 「トロル殺しの名は要らんのか?」 「私、剣の方はさっぱり才能がありませんで。名を貰っても困ってしまいます」  アラクニスレッドが編み物を置いて、ボードを掲げた。 【煮えたよ〜】 「ありがとう、アラクニスレッド。……さあ、食事にしましょう。その後にお話を伺ってもよろしいでしょうか?」