がっちりと組み合った二組の手はもう一分近く、小刻みにふるえるだけで前にも後ろにも動かない。  手の甲に浮き上がる血管、二倍もの太さに膨れ上がった二の腕、岩石のように硬く張り詰めた肩。  声はない。両者とも歯の間から、細くするどい息をしぼり出すだけだ。 「…………ッ」  やがて一方が背中の筋肉を大きくうねらせ、半歩だけ押し込んだ。残る力をふりしぼって最後の勝負に出たのだ。 「……ッ!!」  だが、相手にはそれに応じるだけの力がまだ残っていた。踏み込みを受け止め、さらに押し返す。  それこそが誘いだった。  絶妙のタイミングで力が抜け、バランスを崩した上体がすくい上げられる。世界がぐるりと回転し、気がついたときにはフリッガはマットに押しつけられ、右腕をレモネードガンマにねじり上げられていた。 「く……」  フリッガの上腕の筋肉に力がこもる。が、肩は完璧な形に極まっており、関節をこわす覚悟なしに脱出は不可能だ。一瞬の躊躇のあとフリッガは力を抜き、床を叩いてギブアップの意志を示した。 「プフーーーーぅ……!」  するりと離れたガンマが、大きく熱い息を吐く。深呼吸して息を整え、汗で貼りついた髪をはらってから何かに気づいて笑った。たくましい二の腕の筋肉が両腕とも、ピクピクと断続的に細かくふるえ続けている。 「はは、痺れてやがる。全力のレスリングなんざいつ以来だろうな。楽しかったぜ」 「鍛え直してまいります……いずれぜひ再戦を」  苦い笑顔で差し出されたフリッガの手を、ガンマはかるく握り返した。  アラスカでのホワイトストーカーとの戦いから数日。  医療班が首をひねるほどの速さで回復したレモネードガンマは、リハビリと称してオルカ号内のジムへ毎日のように顔を出し、腕っ節の強そうな者を捕まえてはスパーリングをふっかけている。 「お疲れ様でーす! いやーガンマ隊長最強! ガンマ隊長無敵! ガンマ隊長シビれる!」  マーリンがニコニコ顔で水とタオルを持ってくる。ガンマは汗をぬぐって水のボトルを一口、うまそうにあおった。 「ガーディアンシリーズのフリッガか。チビからスペックだけは聞いてたが、あれほどとはな」 「ヤバいでしょー。フォールンの脚を引きちぎって棍棒代わりに振り回すんですよあいつ。もう怪獣ですよ怪獣」 「あー、聞いた。お前イギリスでボコボコにやられたそうだな」 「やられてませんけど? あれは私ちゃんがボディを取り戻す前の話ですからノーカンですけど?」わざとらしく目をそらしてから、マーリンは笑う。「どうですかオルカ。楽しいでしょ」 「ふん。まあ悪くはねえ、って程度だ」  マーリンの期待に反して、ガンマは小さく肩をすくめただけだった。「どいつもこいつもお行儀がよすぎる。先週まで敵同士だったんだ、もう少し喧嘩をふっかけてくる奴がいるかと思ったが」 「うわー武闘派。まあそこはアーサーの人徳といいますか、彼が認めたんだから仲間だってみんな受け入れてるんですよ」 「アーサーアーサー、アーサーね。じゃあさしずめ私はペリノア王か」 「いい方に回りますねえ。でも、スパー相手には不自由しないでしょ? 北米じゃそうもいかなかったんじゃないですか」 「それはまあな」ガンマは顔をしかめて頷く。「こんなのがゴロゴロしてるんなら、連合戦争でも無精してないでもっと前線に出ておきゃあよかったぜ」 「いやいや、さにあらず。連合戦争の時じゃあこうはいきませんよ」 「なんだ、モデルチェンジでもしたのか?」 「そうじゃなくて、オルカにいる子は大抵スペックより強いんですよ」 「ほおん?」ガンマが空になったボトルを握りつぶし、片方の眉を上げた。 「私ちゃんもオルカで参謀やって長いですからね。ある時思ったわけですよ、『うわっ…オルカの隊員、強すぎ…?』ってね」  カフェに移動して、マーリンはいそいそと情報パネルを取り出す。 「転職屋のCMかよ」 「それでまず戦史研究から始めたわけです。青い数字は今年の頭の、鉄の塔作戦の記録。赤いのが滅亡戦争の時のエルベ川防衛戦の記録。ね、全然違うでしょ? 命令伝達時間、命令変更回数、射撃精度、全部オルカの方がずっとハイレベルです。これを元に補正クレフェルド交換比係数を出したのがこちら。兵科ごとに違いはありますけど、一番差の小さいAAキャノニアでもオルカは旧時代の1.4倍、一番大きいスチールラインではなんと2.7倍も開いてます」 「ふむ?」  今ひとつピンときていない様子のガンマに構わず、マーリンは矢継ぎ早に画面を切り替えて滔々としゃべり続ける。 「補正クレフェルド係数ってのはバイオロイドの死傷が物損扱いでクッソ安いんで、これをオルカ基準で人命と同等まで引き上げると倍率ドン、さらに倍、いやもっと。しかもこっちは戦死者ゼロですから長期戦になるほど人員補充の差が効いてきます。私ちゃんの見立てじゃ、オルカのスチールライン一個連隊いれば旧時代の平均的なスチールライン一個師団に勝てますね」 「あー……」 「要因についてはもちろんアーサーの指揮と、あと練度と士気が段違いなのが一番効いてますが、個人能力も間違いなく上がってるんですよね。兵士個人の戦闘力ってのはもともと数値化しにくい情報で、実際オルカでも身体測定なんかではそこまで違ってるわけじゃないんですが、逆に係数比から逆算してそういうのを詰めていけないかなって今ちょっと研究を」 「わかった、よくわかった。お前が数字をいじくるのが好きなのはな」とうとうガンマが手を上げてマーリンを遮った。 「私はそういうのには興味ねえよ。どんな数字を持ってようと、17インチ砲を食らえば吹っ飛ぶ。私の言ってる強さってのはそういうことじゃねえ」 「でもほら、例えばこのスチールラインで見ればですよ」 「あんな雑魚の群れが何倍になったって何も変わらねえよ」 「それは聞き捨てならんな」  突然背後からかけられた声に、レモネードガンマはゆっくりと振り返った。  隣のテーブルで、湯気の立つコーヒーカップを口元から下ろした不屈のマリーが、まっすぐこちらを見ていた。 「……不屈のマリー4号機か」ガンマが目を細める。「雑魚の元締めがなんか用か?」 「私個人はともかく、スチールラインへの暴言は容認しがたい。訂正してもらいたい」 「訂正するようなことを言ったか?」ガンマが口元をゆがめた。「スチールラインてのは、チェスでいやあポーンだろ」 「ポーンはチェスの魂、という格言があるのを知らないようだな」  マリーが椅子を立って、ガンマのテーブルへゆっくりと歩を進める。ガンマは少しも動じない。 「チェスの試合ならそうかもな? だが、本物の戦争は違う。ルークやナイトをどれだけ揃えてポーンなんぞの代わりに並べられるか、戦争ってのはそこから始まるんだ」 「実にポセイドンらしい思考だな」 「だろう?」ガンマも立ち上がった。  息のかかるほどの近さで二人の軍人が向かい合う。背丈はマリーの方がわずかに高いが、筋肉の厚みによる存在感はガンマの方が上だ。 「品性を欠く、という意味だ」 「おやおや。ポセイドンへの暴言は容認しがたい、とか言うべきかな?」 「容認できなければどうする?」 「ジムへ行こうぜ」ガンマは愉快そうに親指をぐいと立てた。「もうひと汗かきたかったところだ」 「武器の使用、噛みつき、目潰しは禁止。決着はKOかギブアップのみ。それでいいか?」  ぴっちりしたレスリングウェアに着替え、髪を結い上げたマリーが軽く屈伸をしながら問いかけた。ガンマは手首をもみほぐしながら顔をしかめる。 「細けえ奴だな、私は何だっていいぜ。お得意のエレクトロキネシスとやらも存分に使えよ」 「そうか。では遠慮なく」  マリーのポニーテールがわずかにふくらんで、すらりとした長身がマットから数センチ浮かび上がる。  ジムは静まりかえっていた。トレーニング中の隊員が何人かいたが、みな自分のトレーニングどころではなく、固唾をのんで二人のいるレスリングコーナーを注視している。レプリコンが一人、小さな声で「隊長」とつぶやいた。  マリーが滑るように移動し、ガンマと正対する開始位置へと移動した。 「えー、では不肖私ちゃんがレフェリーを」マーリンが進み出ようとすると、 「いるか、んなもん」 「不要だ」  きれいに揃って言い捨てた二人の肉体が、マットの中央でぶつかり合った。  はじめのうち、試合は一方的な展開に見えた。  パワーとタフネスではガンマがはるかに勝る。テクニックもほぼ互角。浮遊移動できるマリーの方が機動力は上だが、不利をひっくり返せるほどではない。  しかし、まわりで見守っている隊員たちもやがて気がついた。一方的に攻めているはずのガンマの表情がじょじょに険しくなっていく。 (つまんねー戦いをしやがる……)  ガンマは声に出さずに毒づいた。優勢なのはこちら、流れを作っているのもこちら。ダメージだって相手の方が大きい。にもかかわらず、気持ちよく攻められない。すべての攻撃が微妙に芯を外されている。  マリーがどこまでも丁寧にガンマの攻撃をさばき続けているからだ。そうしながらガンマの動きが乱れ、カウンターを狙う隙が生まれるのを待っている。力で劣る者がガンマと戦う時のお決まりの戦法。ガンマがもっとも軽蔑する戦い方だ。 「いかにも雑魚らしい戦い方だなあ。スチールラインの名誉を挽回するんじゃなかったのか、ええ?」 「上手くいかないと口数が増えるのが、強者らしい戦い方なのか?」  挑発にも動じない。ガンマは舌打ちをして、肘からのコンビネーションを繰り出し距離を詰めた。  不屈のマリー4号機のことはもちろん知っている。史上初の指揮官級モデルにして、旧時代から百年以上もの間最前線で戦い続けたベテラン中のベテラン。軍用バイオロイドで彼女を知らない者などいない。ポセイドンでは彼女の詳細なスペックデータを収集しており、それはガンマの頭にも入っている。  無敵の龍を仮想敵として生み出されたガンマのスペックは、当然マリーなどは軽く上回っている。人類滅亡後の年月で経験と技量が向上していたとしても、同じだけの年月こちらも鍛錬と実戦を重ねている。今のマリーが今のガンマに勝てる要素などない。そのはずなのだ。  このマリーは、ガンマの知るマリーの範疇には収まらない。悔しいが、そう認めざるを得ない。 (マーリンの言う通り、アイツの下にいると強くなるってのか……?)  司令官の顔が脳裏をよぎり、蹴りの軌道が雑に流れた。待っていたとばかりにすくい上げられ、膝と足首にマリーの腕が絡みつく。  折られる。本能でもう片方の脚が跳ね上がり、マリーの肩口を全力で蹴りつける。 「ぐ……!」  体をひねって、さらにもう一発。ほとんど飛び蹴りのような体勢から、ガンマはマリーを蹴り飛ばして脚を引き抜いた。マットに手をついて起き上がると、右脚の膝と足首に鋭い痛みが走る。  極まりかけた関節を強引に抜いたせいで腱を傷めたようだ。壁まで吹っ飛ばされたマリーが、鼻血を拭ってすばやく戻ってくる。 (よーしよし、落ち着け。……落ち着け)  深い呼吸をして意識を鎮める。今のはこちらのミスだった。相手の技量も想定以上。だが依然として、向こうの方が選択肢が少ないことに変わりはない。  油断も焦りも消し去れ。相手の強みにも弱みにも構うな。冷静に、揺るぎなく、虫の肢をもぐように選択肢を一つずつ潰していく。強者が弱者を蹂躙するとはそういうことだ。  右脚のダメージは向こうもわかっている。次の攻めは膝を直接狙うか、フェイントをかけて重心を振らせに来るか、いずれにせよこちらの下半身をターゲットにしたものになる。それをただ待つのは性に合わない。 「オラよ」 「む……」  構えを変え、右脚を見せつけるように前へ出して踏み込む。痛みが強くなるが、大したことはない。多少ねじられた程度でこの脚がお前の思い通りになるものか、やってみるがいい。  するり、とマリーが距離を詰めてきた。  腕をとられた。 (上体から崩しに来るか、それならこっちは) 「がァぅっ……!?」  右腕全体に強烈な痺れが走り、思考が中断された。 (電撃!?)  肘の内側、俗にファニーボーンと言われる箇所に焼けるような痛みがある。マリーがそこに触れ、電流を流したのだ。生体電気を操るのは知っていたが、こんな使い方もできたとは。  右脚の痛みをこらえて動くには集中が足りない。右腕は動かない。右半身が完全に無防備になったのは一秒の半分にも満たない時間だったが、それで十分だった。マリーは蛇のようにガンマの身体を這いのぼり、首に両脚を巻きつけると、そのまま4の字に捕らえて締め上げたのだ。 「むぐっふ……!」  つかんで引き剥がそうとするが、いかに膂力で勝るとはいえ腕と脚では思うようにいかない。ガンマの爪が皮膚をやぶり、肉に食い込んでも、マリーは脚を少しも緩めない。 「ぐ……の……」  これを狙っていたのか。最初からこれを。  電撃そのものに大した威力はなかった。おそらく、本来の使い方ではないのだろう。そのまま当てても何のダメージにもならない。だからこそ、ここぞという時まで温存していた。そんなものが使えるそぶりさえ見せずに。 (この、この…………)  呼吸が苦しくなる。視界が赤く染まり、それとともに思考も紅く染まっていく。  怒りだ。呪いとして己の遺伝子の奥底に刻み込まれた情動、焼けるような憤怒が熱く噴き上がり、理性を消し飛ばしていく。  顔を真っ赤に膨れ上がらせたまま、ガンマは一歩前へ出た。首から上に一人分の体重がかかっていても、その体は倒れるどころか揺るぎもしない。大きくのけぞる。そして、首に絡みついたマリーの体を壁に叩きつける。 「……ッ!」  二度、三度。マリーが体を丸めて耐えている。ガンマの上体がくずおれた。いや崩れたのではない、自分から体を折って、今度はマリーをマットへ叩きつける。  ジムの床が揺れた。背中をまともに打ったマリーが苦しげに息を吐くが、声は出ない。  ガンマはもう一度起き上がり、もう一度全身で倒れ込むようにしてマリーを床へ叩きつける。声にならない叫びが上がるが、マリーはなおも脚を離さない。ジムの床がさっきまでとは違う音を立てる。マットの下の床材がゆがみ始めているのだ。  また起きる。ぬるり、と口元にしょっぱい鉄の味がある。唇が切れたか、鼻血が出たか。どちらでも構うものか。思いきり腰を跳ねさせて飛び上がり、二人分の体重をもろにマリーの脳天へぶつける。床材に亀裂が入る音がして、マリーの口からとうとう苦鳴が漏れた。  しかし、それきりガンマは起き上がらなかった。マリーの足首をつかんでいた手が、力なく落ちる。  マリーはゆっくりと脚をほどき、凹んだマットの上に立ち上がって、動かないガンマを見下ろした。握った片手をしずかに天井へ突き上げ、それから声もなく倒れ込んで意識を失った。 「よお、元気か」  陽気に手を上げて病室へ入ってきたガンマに、マリーは首だけ動かして答えた。 「見ての通りだ」  試合後、全身打撲で入院したマリーは一週間の絶対安静を言い渡された。一方のガンマは首と膝に包帯を巻いているだけで、元気にスタスタ歩いてベッドサイドへやってくる。今の二人を見て、勝ったのがマリーの方だとは誰も思わないだろう。 「私も頑丈さには自信があったが、貴殿はまた桁違いだな」 「当たり前だ」ニヤリと笑ってからガンマは背筋を伸ばし、笑顔を消して頭を下げた。 「非礼を詫びよう。お前みたいなのが率いてるんなら、確かにオルカのスチールラインは半端な連中じゃあなさそうだ」 「そこはすべてのスチールライン、と言ってほしかったところだが……」マリーは苦笑し、枕に頭を沈めたまま手だけで答礼する。「まあいい。オルカにおいて、私たちが格段に強くなったのは確かだ」 「それも司令官のおかげか?」 「その通りだ」マリーは澄ました顔で言ってから、「その閣下にさんざん叱られてしまったがな」 「私もだ。当分の間ジムは出禁だとよ、おかげで暇で仕方ない」  なんでも床材ばかりか、その下の構造材にまでひずみが出ていたという。ガンマに言わせればそんなヤワな構造材を使っている方が悪いが、まあ自分の艦というわけでもないのだから文句は言えない。 「しかしだ。私はまだ納得がいってねえ」ガンマは枕元のスツールに腰を下ろし、見舞いのリンゴを勝手にとって一口かじった。 「いくらオルカの居心地がいいったって、それだけでああまで強くなれるわけはないだろう。何か他にも秘密があるんじゃねえか?」  するどい眼差しに、マリーはもう一度苦笑する。 「秘密というほどのものはない。だがそうだな、強いて言えば……私は格上との戦いに慣れている」 「格上……?」 「そうさ。貴殿はそういう経験はあまりなかろう? というより、敵のことを『格上』と見たことなどないのじゃないか」  マリーの言うとおり、どんな相手だろうと呑んでかかるのがガンマの戦い方だ。戦う前から相手の方が強いと思っているような腰抜けにポセイドンの指揮官は務まらない。唯一、無敵の龍と……それに暫定で司令官を互角と認めたのみだ。 「…………」 「図星か」ククッ、とマリーは愉快そうに笑った。「己の弱さを知ってこそ見えてくるものもある、ということだ。月並みな言葉だがな」 「月並みすぎて言い返す気も起きねーよ」 「ま、いずれわかる。ここには猛者が大勢いるし……何より閣下がいる」 「アイツが? そりゃ多少腕は立つようだが……」ガンマはそこまで言ってふいに眉根を寄せた。「待て、お前の言ってんのはもしかして」 「ご想像に任せる」 「どいつもこいつも龍と同じようなことを……」  苦々しげなガンマの頬がわずかに赤らんでいるのを見て取って、マリーはもう一度笑い、ゆっくり枕へ頭を落とした。 「ところで、マーリン大佐の処遇についてだが」 「なんだ、気づいてたのか」 「気づかいでか」  あの時マーリンは後ろの席にマリーがいるのを知っていて、わざとスチールラインの話を振った。ガンマの評価を聞けば、マリーが黙っていないとわかっていたのだ。つまり、あの試合はある意味マーリンに仕組まれたものだった。  龍以外のブラックリバー組とガンマとの顔つなぎのためか。不完全燃焼気味だったガンマに真剣勝負を提供するためか。あるいは、単に騒動を起こして面白がりたかったのか。目的がどこにあったのかはわからないし、一つとは限らない。優れた戦略家とは、一つの行動に複数の目的を込めるものだ。 「カラカスに着けば立派なジムがいくらでもある。今度は床下を気にする必要もない」 「いいねえ。私が責任を持って、マーリンをそこへ引っぱってってやるよ」  そして優れた指揮官とは、決して誰かの思い通りに転がされるだけでは終わらないものである。 「私もレッドフード237大佐を連れていこう。火の玉のように勇猛だ。きっと貴殿と気も合うだろう」 「ますますいい。お前がマーリンを痛めつけてる間、私はそいつと遊ぶとしよう」 「おいおい、人聞きの悪いことを言っては困るな。あくまで親睦をかねた鍛錬さ、鍛錬」  とびきり優れた二人の指揮官は顔を見合わせて、同時にニヤリと笑った。 「というわけで、私ちゃんの絶妙な気配りのおかげで、我らがガンマ隊長とスチールラインのマリー隊長との親睦がガツンと深まったわけ。どや、すごいだろ」 「……それ、本当に親睦が深まってる? 火種を生んだだけにならない?」 「わかってないなー、一流の戦士はお互いを強敵(とも)と認め合うもんなのさ。でもまーこれは大人の世界だからなー、メロメロメロッピにはまだちょっと難しかったかなー!」 「ムッカつく……」  そして優れた戦略家は何も知らず、カフェでメローペ相手にドヤり倒していた。 End