「買ってもらっちゃった?」 金曜の夜。 大学近くの居酒屋。 「かんぱーい!」 ジョッキがぶつかり合い、店内に賑やかな声が響く。 「ルビィちゃん、それ新しいバッグ?」 「えへへ。」 ルビィは嬉しそうに肩へ掛けたバッグを持ち上げる。 黒を基調に、ピンクのハートチャームが揺れるブランドバッグ。 「かわいくない?」 「めっちゃ高そう。」 「限定モデルじゃん。」 「いいなー。」 周囲から羨ましそうな声が飛ぶ。 ルビィは照れ笑いしながらストロング系の缶を口へ運んだ。 「えへへぇ……。」 すっかり頬が赤い。 男友達の一人が首を傾げる。 「でもさ。」 「ルビィちゃんってバイトしてないよね?」 「うん。」 「そんな羽振り良かったっけ?」 ルビィは少し考え、 「あ。」 思い出したように笑った。 「これ?」 バッグをぽんぽん叩く。 「買ってもらったぁ?」 「え?」 「ご飯行った時に。」 「かわいいから似合うよって。」 酔っているせいか、隠す様子もない。 「欲しいなぁって見てたらぁ……。」 「そのままレジ行っちゃって。」 「気付いたらプレゼントされてた?」 「えへへ。」 隣で飲んでいたダイヤが、思わずジョッキを置く。 「……ルビィ。」 「何ぃ?」 「まさか。」 真顔になる。 「パパ活とか、そういうよろしくないことではありませんわよね?」 周囲が一瞬静かになる。 ルビィは目を丸くしたあと、 「違うよぉ!」 と笑った。 「そんな危ないことしないもん。」 「普通にご飯食べるだけ。」 「向こうが勝手に買ってくれるの。」 「それだけ?」 「本当ですの?」 「ほんとほんと。」 「変なことされたこともないし。」 「ルビィ、ちゃんと帰るし。」 ダイヤは数秒考え込む。 「……なら。」 小さく息をついた。 「まあ……。」 「ルビィが納得しているなら。」 「いやぁ。」 男友達が笑う。 「ルビィちゃん可愛いもんな。」 「そりゃ買いたくなる。」 「分かる。」 「俺でも何か買ってあげたくなる。」 「やめてよぉ?」 ルビィは照れながら笑う。 「そんなこと言われると調子乗っちゃうじゃん。」 「もう乗ってるじゃん。」 「えへへ。」 ダイヤはそのやり取りを眺める。 (……。) 少し注意した方がいいだろうか。 そんな考えが頭をよぎる。 けれど。 「お姉ちゃーん。」 酔ったルビィが腕へ抱きついてくる。 「見て見てぇ。」 「バッグかわいいでしょ?」 子どものように嬉しそうな笑顔。 ダイヤは思わず頬を緩めた。 「……まあ。」 「可愛いのは事実ですもの。」 頭を撫でる。 「この子は昔から可愛いですわ。」 「シスコンきた。」 「また始まった。」 男友達が笑う。 ダイヤも肩をすくめる。 「何とでも言いなさい。」 ルビィを軽く抱き寄せながら、 「この子はわたくしのですわ。」 「誰にもあげません。」 「お姉ちゃぁん?」 ルビィは嬉しそうにダイヤへすり寄る。 周囲から「はいはい、ごちそうさま」と笑いが起きた。 しばらくして。 話題が地元のことになった。 ルビィが缶を揺らしながら思い出したように言う。 「そういえばさぁ。」 「果南ちゃん。」 「ん?」 「付き合ってる人と結婚するかもって。」 ダイヤの動きが止まる。 「……果南さんが?」 「うん。」 「この前電話した時。」 「そんな話してた。」 店の喧騒が少しだけ遠く感じる。 「もうそんな歳なんだねぇ。」 ルビィは笑う。 「みんな大人だぁ。」 ダイヤはグラスを見つめる。 沼津を離れて三年。 大学。 サークル。 夜遊び。 酒。 煙草。 毎日が慌ただしく過ぎていき、気付けば実家へ帰る回数もすっかり減っていた。 「……。」 小さく笑う。 「たまには。」 誰に言うでもなく呟く。 「帰るのも悪くありませんわね。」 ルビィが顔を上げる。 「ほんと?」 「ええ。」 「千歌さんや曜さんにも会いたいですし。」 「果南さんのお話も聞いてみたいですもの。」 「やったぁ!」 ルビィは嬉しそうにダイヤの腕へ抱きつく。 「じゃあ今度一緒に帰ろ?」 「そうですわね。」 ダイヤは妹の頭を優しく撫でた。 「久しぶりに、沼津へ。」 そう口にすると、不思議と少しだけ胸が温かくなった。 店の外では東京のネオンが輝いている。 その光の向こうに、久しく見ていない海の景色を、ダイヤは静かに思い浮かべていた。