イ草の香りが漂う和室の中で、僕──狗鳴 空大(いぬなき くうだい)は汗をダラダラと流していた。  僕のようなサモエド獣人は暑さに弱い。太っているから尚更だ。けれど、この部屋はしっかりと冷房が効いている。普通だったらこんな風に汗だくにはならない。普通だったら。 「実虎く〜ん。暑いんだけど〜」  普通ではない状況を作り出しているのは、畳の上で胡座をかいてテレビを観ている僕を、背後からしっかりと抱きしめている虎獣人──小武海 実虎(こむかい さねとら)くんだ。 「オレも暑いです」  耳元で放たれた低いバスボイスが、僕の鼓膜を震わせた。 「暑いなら離れなよ!」 「そうですね、離れます。……そのうちに」 「今すぐに離れなよ!」  実虎くんは筋肉質な腕に力を込め、さらに強く抱き締めてきた。すぐに離れる気はないらしい。 「はあ……キミは本当に甘えん坊だよね」  実虎くんは、大手配送会社の須川急便で働く二十五歳の青年だ。元々はラグビーをやっていたみたいで、肩幅が広くて逞しい。  対して僕は、小さな居酒屋を経営している四十歳のおじさん。筋肉質な彼とは違い、脂肪まみれでだらしない身体をしている。  いくら冷房が効いた部屋とはいえ、八月の真っ昼間にマッチョの青年とデブの中年が密着したら暑い。風鈴が鳴る涼しげな音が外から聞こえてきても、誤魔化せない暑さだ。  実虎くんは今日の午前中、急な仕事の依頼が入って動き回っていたせいかいつも以上に体温が高い。しかも、青と白のストライプが目を惹く、須川急便の制服姿のまま僕の家にやってきた。着替えようよ。 「どうしてかなあ……」  こうして彼に懐かれるようになったのは、予想外だった。  同性愛者専用の出会い系アプリがキッカケでたまに会うようになった、性欲をサクッと解消するだけの関係。いわゆる、ただのセフレのはずだったんだ。  なのに、互いの休みが重なる日には、彼は必ず僕の家を訪れるようになってしまった。そして、一緒にテレビを観たり、お菓子を食べたり、こんな風にくっついてだらだら過ごしたり──セフレという言葉がしっくり来ない関係になってしまったのである。  かと言って、恋人という訳でもない。というか、そんな関係になってはいけないと思っている。  僕は実虎くんより一回り以上年上の、何の取り柄もない太ったおじさん。対して彼は、逞しくてかっこいい若者だ。口数が多くないという欠点はあるが、絶対にモテる。  将来有望な若者は、僕みたいなおじさんに時間を費やすべきではない。早めにこんな関係は断ち切るべき。そう思うのだが……。 「わっ!?」  実虎くんは腕の力を緩め、僕から離れた。と思った数秒後、胡座をかく僕の右フトモモに実虎くんが頭を乗せてきた。  普段は目付きがキリッとしていて凛々しい実虎くんが、僕のフトモモに頭をすりすりと擦り付けながら、目を細めて気持ちよさそうにしている。そんな姿を見て、僕の胸はキュッと切なくなった。  最悪な事に、僕は実虎くんに恋心を抱きそうになっている。いや、すでに手遅れだ。こんな振る舞いをする彼を可愛いと思って、半ば無意識に頭を撫でてしまっているのだから。 「……ん。空大さんの手、気持ちいいっす」 「それは良かった」  いや良くない。早くこんな関係は断ち切るべきだと思っている男がすべき振る舞いではない。なのに、手触りが良い彼の頭を撫でるのがやめられない止まらない。 「……あのお、実虎くん?」  実虎くんの頭の位置が、僕の中央部(ルビ:こかん)に向かって徐々に移動した。その状態で彼が頭をスリスリとするとどうなるか。答えは明白。僕の愚息に刺激が与えられ、反応してしまう。 「硬くなっちゃいましたね」 「キミのせいでね」  年甲斐もなく、僕の愚息は元気だ。ちょっと刺激を受けただけですぐに反応してしまう。 「……責任は、取るんで」  彼は僕のハーフパンツに手をかけ、ゆっくりと下にずり下ろした。硬くなった肉棒が揺れながら姿を現した瞬間、むわりと汗の臭いが漂う。 「汗臭いよ。せめてシャワーを浴びてから……」 「いえ。オレ、このニオイが好きなので」  実虎くんはクールな表情を浮かべたまま、僕の蒸れた肉棒の先端を口に咥えた。  生暖かい感触が、僕の屹立したモノを包み込む。  実虎くんの舌はザラリとしていながらも、柔らかい。それが僕の最も敏感な部分を這い回る。 「んっ……ふ……」  吐息混じりの低い声が彼の喉の奥から漏れ、それがまた僕の情欲を煽った。  まるで宝物でも扱うかのように、彼の舌が竿の裏側を何度も往復し、カリ首のくびれをねっとりと舐め上げる。時折、舌先でチロチロと鈴口を刺激されると、痺れるような快感が脳天を突き抜けた。 「はぁ……っ、さね……とらくん……」  僕は彼の頭を撫でつつ、押し寄せる快楽に身を委ねそうになるのを必死に堪えた。  汗ばんで臭い自分の肉棒を、制服姿の彼に咥えさせているという状況の背徳感で、頭の中が真っ白になりそうだ。 「……もっと、激しくしますね」 「えっ、ちょっとま……」  彼は僕の返事を待たず、肉棒を根元まで深く咥え込むと、ゆっくりと頭を上下に動かし始めた。  ジュポジュポという淫猥な音が、イ草と汗の臭いが漂う和室に響く。  彼の口内の温かさと巧みな舌遣いが合わさり、とてつもない勢いで絶頂感が押し寄せた。 「や、ばい……からっ、もう……出ちゃう……から、一旦やめ……っ!」  僕の制止の声に耳を貸さず、実虎くんはさらに動きを速めた。喉の奥できゅっと締め付けられ、我慢の糸がぷつりと切れる。 「あっ、だめ……イくっ!」  僕は身体を大きく仰け反らせながら、彼の口の中に大量の欲望をぶちまけてしまった。 「んぐっ、ん……」  子種を搾り取ると言わんばかりに、彼は強く肉棒を吸った。そして、ゆっくりと口を離した後にごくりと喉を鳴らす。 「……美味しい?」  つい口を衝いて出たおかしな問いかけに、実虎くんはふるふると首を横に振り、少しだけ微笑んで言った。 「美味しくはないですね。けど、空大さんのですから……好きな味っす」  その言葉が嬉しくて、同時に苦しかった。  なんでそこまでしてくれるんだ。ただの性欲処理の相手じゃなかったのか。こんな風に愛情表現みたいなことをされたら、僕は勘違いしてしまう。実虎くんみたいなかっこいい子が、僕なんかを好きになるはずがないのに。 「……ありがとう。もういいから、口、洗ってきたら?」 「いえ。このままで大丈夫です」  そう言って実虎くんは、自らのズボンを下着ごと一気に脱ぎ捨てた。そして僕のすぐ前に仰向けで寝転がり、開脚して秘部を晒す。  ピンク色のアナルが濡れそぼり、ヒクヒクと蠢いていた。 「次は空大さんがオレのこと気持ちよくしてください」 「えぇ……」  僕を見つめる彼の瞳は潤んでおり、どこか期待に満ちていた。  ──こんな顔を見せられたら、もうどうしようもないじゃないか。  僕はため息を吐きながらも、服を完全に脱ぎ捨てて臨戦態勢になった。 「……しょうがないなあ」  実虎くんの熱く湿った秘部に指を這わせながら、僕は静かに目を閉じた。  これから始まる行為は、きっと長くて濃厚なものになる。そしてまた、僕が彼に抱く恋慕の情は強くなってしまうのだろう。  ──でも、今はそんな事はどうでも良いと思ってしまっていた。ただ目の前の彼を感じたい。今の僕にある気持ちは、それだけだった。 「ちょっと待ってて。すぐに気持ち良くしてあげるから」  僕は、近くの座卓の上に置いてあったローションのボトルを手に取ると、中身を自分の人差し指と中指にとろりと垂らした。そしてそれを、実虎くんの熱を帯びたアナルへと伸ばす。 「ん……っ」  すでに十分すぎるほど濡れているそこに指を二本挿入すると、中は驚くほど熱く、きゅうっと指に絡みついてきた。 「すっかり準備万端だね。まさか来る前に解してた?」  恥ずかしそうに視線を逸らす姿を見るに、図星のようだ。思わず、笑みが溢れてしまう。 「くっ、ん……」  実虎くんの中は非常に敏感だ。少し指先に力を込めただけでも、彼はびくびくと身体を震わせる。 「ひぅ……あっ、そこ……っ!」  少し硬い部分──恐らくは、前立腺と呼ばれる部分を重点的に擦ると、実虎くんの口からいやらしい嬌声が漏れた。  普段のクールな表情からは想像できないほど蕩けた顔をして喘ぐ彼が可愛くて、僕は夢中になって前立腺を責め続けた。 「実虎くん……可愛いよ」  思わず溢れた言葉に、彼の顔が赤くなるのが見えた。 「嬉しい、っす……んっ」  もう我慢の限界だ。  指を引き抜いた後、既に充分すぎるほど勃起している僕自身を、期待でひくつく肉穴に宛てがう。 「いくよ……っ」  グッと体重をかけて腰を前に突き出すと、実虎くんの狭い肉穴を押し広げながら、肉棒がゆっくりと侵入していく。 「く、あっ……!」  じわりじわりと沈み込み、やがて根元まで僕の肉棒が挿入された。そこで一度、動きを止める。 「大丈夫? 痛くない?」 「大丈夫、っす……! すげえ、気持ちいいんで……」  彼の肉穴が、僕の肉棒をうねるように締め付けてくる。どうやら、痛みは無いようだ。それに安心した僕は、ゆっくりと抽送運動を開始する。 「はっ、あ、……っく」  最初は様子見のために浅い部分でストロークを行ったが、徐々にスピードを上げ、少しずつ深い部分を抉っていった。それに比例するように、実虎くんの声も大きくなっていく。 「んっ……あぁっ……んっ、んううぅっ!!」 「良いところに当たってるかな?」 「はい、すごく……気持ち、いいです……っ! が、あっ……!」  前立腺と思われる場所を肉棒の先端で重点的に抉ると、面白い程に良い声で鳴いてくれる。 「ふぅ……っ…! あっ、ん……! んん……っ!」  潤んだ瞳で虚空を見つめながらよがっている彼の姿は、あまりにも扇情的だ。 「空大さん……!」 「ん? どうしたの?」 「……好きっす」  それはぼそりと呟くようなか細い声だったが、確かに僕の耳に届いた。その瞬間、僕の理性の糸がぷつりと切れる。 「……実虎くんさあ」 「あがっ!?」  彼の中から肉棒が引き抜ける寸前まで腰を引き、また一気に押し込む。それをひたすらに繰り返す。 「好きなんて言葉、軽々しく言っちゃダメだよ!」 「がっ! あっ、ぐうぅうう! んあぁっ!!」  悲鳴にも似た叫び声を気にせず、激しく腰を振る。バチンバチンと肉同士がぶつかる音が響き渡る度に、結合部から泡立った液体が溢れ、畳を汚していく。 「僕みたいなおじさんはキミに相応しくないから身を引こうとしてたのに、そんな事を言われたら引けなくなっちゃうじゃん!」 「あっ、あっ……んああああぁぁぁっ!!」  実虎くんは一際大きな声で鳴きながら、びくんと身体を弓なりに反らせた。それと同時に、彼の肉棒から勢いよく精液が噴き出す。白濁色の液体は弧を描いて宙を舞い、須川急便のシャツを白く染め上げた。 「っく、僕もまた、イく……っ!」 「出してください……! オレの中に、沢山……っ!」  彼の肉穴が強く収縮し、僕の肉棒を締め付けてきた。その刺激に耐えきれず、彼の中で果てる。  実虎くんの中で肉棒がどくんどくんと脈打つ。僕が注ぎ込んだ大量の濁った欲望が、彼の腹をぽっこりと膨らませた。 「ふぅ……んっ」  長い射精を終えた後、少し柔らかくなった肉棒を彼の中から引き抜く。直後、ぽっかりと開いた実虎くんのアナルからどろりとした白い粘液が流れ出し、畳に白い水溜りが形成された。 「実虎くん……キミさあ……」 「はっ、はあっ……何、ですか?」  ぐったりと四肢を投げ出した彼は、荒い呼吸を繰り返しながらじっとこちらを見てきた。 その表情は何処か嬉しそうに見える。 「僕のこと、本当に好きなの? その、恋愛的な意味でさ」  僕の質問に対して、実虎くんは食い気味に、 「はい。好きです」  そう答えた。その声音には、確固たる意思が宿っている。そんな風に感じられた。きっと、本気なのだろう。 「そっか……」 「…………」  しばしの沈黙の後、僕は目を閉じ、小さく息を吐いた。そして──。 「……僕も、好きだよ」  思い切って、告白した。  一瞬の間を置いてから、実虎くんが驚いたような表情を見せる。そして次の瞬間、彼は僕に飛び付いて強く抱き締めてきた。お互い色んな汁まみれだったが、そんな事は全く気にならない。 「……ん」  僕たちは、どちらからともなく口付けをした。深く、甘い口付けを。  外から聞こえる風鈴の涼しげな音と蝉の鳴き声。それを聞きながら、僕たちはただ黙ってしばらく抱き合っていた。合間合間に、口付けを繰り返しながら。  もう後には引けない。こんなおじさんでも、好意を寄せてくれる若者を幸せにできる。これからは、それを証明しなければならない。  色々な不安が無いと言ったら嘘になる。けれど、それ以上に高揚感があった。 「……これからも、よろしくお願いします」 「うん。こちらこそ、よろしく」  僕は、実虎くんの逞しい身体を、さらに強く抱き締めた。  ──こうして僕達は、晴れて恋人となったのである。  実虎くんの体温を全身で感じながら、僕は静かに目を閉じた。心地よい疲労感と共に、眠気が襲ってくる。  まだまだ夏は始まったばかり。この夏は実虎くんと一緒に、沢山の思い出を作っていくんだ。  そんな事を思いながら、僕は穏やかな眠りへと落ちていった。 【了】