唐門(とうもん)は家門衰退し、借金は山積み、往時の栄光はもはやなく、今はわずか数人を残すのみ。 最後の門外漢として、あなたの物語はここから始まる。 ある日、唐門(とうもん)の練武場で団練に参加していたあなたは、明らかにあなたより経験が浅いのに、師長に抜擢されて入室弟子となった数名の師兄(しけい)から因縁をつけられた。 あなたは悲憤を胸に、深夜一人で唐門(とうもん)の裏山へ行った。憤慨したり、気落ちしたりして、一生夢を叶えることはできないと感じていた。 思いがけず謎の高人が颯爽と現れ、二言三言の指導で、あなたは蒙を啓かれた。 その高人は去り際に、一冊の秘笈(ひきゅう)をあなたに贈った。よく見ると、なんと苗疆(びょうきょう)五毒教(ごどくきょう)の『五毒秘録(ごどくひろく)』だった! あなたの心に燃え盛る炎が芽生え、あなたを軽んじた人々を見返してやると決意した。 大師兄(だいしけい)が気まぐれで、地元の小組織である飛石帮を挑発する罠を仕掛けようと誘ってきた。あなたは囮兼サンドバッグ役だ。 大分嫌だったが戦場に駆り出され、九死に一生を得てようやく免れた。 大師兄(だいしけい)はついでにくすねてきた飛石帮の秘笈(ひきゅう)をあなたに贈った。 この日、あなたが唐門(とうもん)にいて数年、数え切れないほど経験し、徒労に終わってきた定期試験の日がやってきた。 今日の成果は、師長たちの心象を拭い去ることができるか、それとも失敗の記録をまた一つ増やすだけか? 予想外だったのは、今回の定期試験は、めったに煉丹房から出ない二師兄(にしけい)が試験官を務めたことだ。 彼の鋭い眼光の下、誰も油断することなく、戦場に赴く兵士のように、死を覚悟していた。 弟子たちは二人一組になり、手合わせを始め、自身の武功(ぶこう)の進歩を実演し、試験官が審査し、一人ずつ講評し指導した。 最後に、ついにあなたが練武場の中央に立つ番が回ってきた。 案の定、あの日あなたを侮辱した入室弟子は、明らかにあなたをいじめやすい対象と見なし、同時に登壇するのを狙って、衆人環視の中であなたに恥をかかせようと準備していた。 奮戦の末、あなたは全員の目の前で対戦相手を撃破した。 軽蔑的な態度で臨んだいじめっ子は逆にお灸を据えられ、面子を丸潰れにし、顔を上げることもできず、こっそりと退場した。 多くの門人が密かにあなたに拍手喝采を送った。 勝ったのはあなたなのに、二師兄(にしけい)からの賞賛はなく、逆同門たちが進歩がないと罵倒された。 皆あまり良い気分ではなく、それ以来それぞれが苦功を重ね、次の機会に備えるようになった。 あなたの昼間の活躍を、同室の弟子たちは見ていた。あなたは自分が想像していたほど嫌われていないことに気づいた。 名前もよく覚えていないこれらの新人たちは、実はみんないい人たちだった。 かつて威張り散らし、弱い者いじめをしていた弟子に対し、あなたと新しい友人たちは負けじとやり返した。 あなたは強くなった。自身の枠を超え、他人と繋がる力を持っている。 夜に小師妹(しょうしまい)が訪ねてきたが、良い知らせではなかった。彼女から掌門(しょうもん)の病状が重いため、拝師入室の件は後回しにせざるを得ないことを知らされた。 あなたを慰めるため、小師妹(しょうしまい)はできる限りのポンポンをしたが、あなたに大声で怒鳴られた。 小師妹(しょうしまい)は驚いて、逃げるようにその場を去った。 あなたは何の慰めも得られず、受け入れがたい事実は、依然として受け入れがたいままだった。 この日の夜、用事を終えて寝室に戻ると、誰もいなかった。 戸惑っていると、四師兄(よんしけい)が入ってきてあなたを呼んだ。 それは他でもない、臨時に召集された唐門(とうもん)会議だった。 これまでは門中の長老や各職務を司る掌令使しか参加できず、入室弟子でさえめったに傍聴を許されなかった。ましてや外弟子など論外だ。 唐門(とうもん)に来て数年、参加するのはこれが初めてだ。 そして今宵、掌門(しょうもん)が門人を一堂に集めたのは、衣鉢(いはつ)を継承し、新掌門を立てるためだった。 掌門(しょうもん)は膝下の大弟子である唐布衣(とうふい)に掌門(しょうもん)の位を譲り、これからは彼に唐門(とうもん)を率いさせる意向だ。 それについてはあなたも異存はないが、掌門(しょうもん)は続けて、一人娘の小師妹(しょうしまい)を大師兄(だいしけい)に嫁がせると漏らした。 これにはあなたは耐えられず、その場で鮮血を吐き、仰向けに倒れ、あやうくそのまま逝くところだった。 この日、また毎月の評鑑の時が来たが、大師兄(だいしけい)が突然現れ、あなたを正心堂(せいしんどう)へ連れて行くと言い出した。 あなたが行くや否や、彼らはサイコロと酒肴を取り出し、大いに盛り上がった。 あなたは掌門(しょうもん)の意向により、唐門(とうもん)会議への列席を許された。 一介の外弟子の視点を参考にするための破格の抜擢とはいえ、 唐門(とうもん)創設以来、初めて席を与えられた外弟子でもある。 あなたの進言により、唐門(とうもん)は総動員で唐家大院を修繕し、屋敷は一新され、人々は誇らしく思った。 広州(こうしゅう)にも醜俠(しゅうきょう)・趙活(ちょうかつ)を名乗る者が現れ、唐門(とうもん)の名を騙って偽薬を販売し、至る所で詐欺を働き、薬で体を壊しても賠償もしないという噂を聞いた。 この日、あなたが掃除をしていると、四師兄(よんしけい)が慌ただしくやってきて、先に講経楼(こうきょうろう)へ行って茶を淹れて客をもてなすよう言いつけ、自分は急いで掌門(しょうもん)に知らせに行った。 なんと唐門(とうもん)の借金が山のように積み上がり、ついに債権者が取り立てに来たのだ。 しかし唐門(とうもん)の今の窮状では、食べるのさえ困っているのに、返す金などどこにあろうか? 天気は暑く、山道は険しく、道中ずっと不満を募らせていたところに、 金を返さないばかりか、こそこそと耳打ちし目配せして、何か悪巧みをしているのではないかと疑い、 呂翁(りょおう)は怒りを爆発させ、容赦ない言葉で厳しく責め立てた。 三師兄(さんしけい)から次回からは絶対に猶予しないという保証を取り付けたが、呂翁(りょおう)はまだ満足しなかった。 眼球をぐるりと回し、心に計略ありと、話鋒を急に変え、温情攻勢に出て、唐門(とうもん)の大俠を下山して客として招待したいと言い出したが、その実態は小師妹(しょうしまい)を狙ってのことだった。 あなたが同意するはずがない。 あなたは口だけで手は出さなかったが、目に凶光を宿していた。 三師兄(さんしけい)もあなたと同じ陣営に立ち、呂翁(りょおう)は利益を得られないと見て、忌々しげに帰っていった。 ただ心に怒りを抱いており、次回やってくる時は、恐らく一戦交えることになるだろう。 あなたの進言により、唐門(とうもん)外堡(がいほう)を買い戻し、居住の圧迫が緩和された。雑魚寝せずに済み、門弟たちも私事が得られ、あなたに密かに感謝している。 この日、あなたが休もうとしていると、突然一人の乞食が弟子部屋に乱入してきた。あなたは酷く驚いた。唐門(とうもん)と丐幇(かいほう)の関係がいかに良好でも、このように突然他人の門派(もんは)に押し入って人を探す道理はない。ましてやあなたはズボンを脱いで着替え、昼寝をしようとしていたところだったのだ。 練武場には大勢の人だかりができ、地面の人を囲んでいた。あなたはその顔を見て、雷に打たれたような衝撃を受けた。この男は顔立ちだけならあなたと幾分似ており、これこそ噂の、広州(こうしゅう)であなたの名を騙り詐欺を働いていた偽趙活だった。彼は偽薬を売って人を害するだけでなく、今回は盲目の乞食にまで悪だくみをし、盲目の乞食の椀から金を盗もうとして丐幇(かいほう)の者たちに現行犯で捕まり、袋叩きにされ弄ばれた挙句、後ろ手に縛り上げられて唐門(とうもん)に送られ、賞金を要求されたのだ。 人を正心堂(せいしんどう)の前に引き出し、掌門(しょうもん)の親審を仰ぎ、傍らには掌刑使(しょうけいし)である二師兄(にしけい)が補佐した。 冷徹な二師兄(にしけい)でさえ、この人物を見て驚きを禁じ得ず、近づいて確認してさらに驚いた。なぜならこの人物は変装ではなく、正真正銘この顔で生まれてきたからだ。 実際、二人が並んで立つと、よく見れば明らかに別人であり、五官はあなたとは大いに異なる。ただ彼は他人がじろじろ見るのを避けるのをいいことに、服装や髪型を意図的にあなたに似せ、外で大手を振って歩く際には、「「我こそは趙活(ちょうかつ)」」、「「我こそは唐門(とうもん)醜俠(しゅうきょう)」」と口にしていたため、あなたと面識のない者や、あなたをよく知らない者たちが騙されたのである。 彼は掌門(しょうもん)の顔を見るなり、両膝をついて号泣し、自分も被害者だと言い出した。 拝したのが偽の唐門(とうもん)だとは知らなかった、偽薬を売ったのも師兄(しけい)たちに指図されたからだ、馬で人を傷つけたのも本意ではなく、無理やり馬に乗せられただけで、自分も怖かったのだ、唐門(とうもん)醜俠(しゅうきょう)を名乗ったのはあなたに憧れていたからだ、掌門(しょうもん)を自称したのも他人のこじつけだ、良家の婦女への嫌がらせ云々も、ただ声をかけただけで色狼扱いされたのだと。 この者は名を騙って悪事を働いた。あなたは酷く報復するつもりはないが、放免するにはやはり不満が残り、掌門(しょうもん)の前で無礼を働くわけにもいかず、掌刑使(しょうけいし)である二師兄(にしけい)の意見を求めた。 二師兄(にしけい)はあなたと共に外に出て、自分のために公道を取り戻せと言った。 あなたは最終的に事を荒立てないことを選び、自分は大した名声もないし、あまり苛めると後で人の噂になると思い、彼を軽く放免した。 三師兄(さんしけい)は自ら彼を下山させ、道中彼が自分の運命の過酷さを泣きながら話すのを聞いて、大いに同情し、自分が節約して貯めた銀子を彼に贈り、運命に屈せず発奮するよう励ました。 しかし彼が去るや否や、晁和(ちょうほう)は背後で彼を騙しやすい馬鹿だと笑っていた。 彼、晁和(ちょうほう)とは何者か?ただのごろつき、人間のクズであり、賢い者は騙さず、三師兄(さんしけい)のようなお人よしばかりを騙す。 彼は自分の行いが人間界に残る僅かな善良さを踏みにじり、善人が他人を軽々しく信じられなくなることなどお構いなしで、自分さえ良ければそれでいいのだ。彼は学問はあるが読書を愛さず、読書人を嫉妬し、天下の学問ある者が早く死に、成仏できないようにと願っている。 この日は風和らぎ日麗らかで、あなたは裏山で練功をしていた。 桟道(さんどう)から一人の人物がやってきた。まさに二師兄(にしけい)への攻撃に失敗した唐仙(とうせん)兒であり、あなたが薪割りも水汲みもしていないのを見て、問いただすと練功中だという。 練功中だと聞くや否や、彼女はたちまち喜色を浮かべ、拳を鳴らしてあなたを殴りつけ、心労解消しようとした。 彼女はあなたを徹底的に打ち負かし、胸のつかえが取れ、心は晴れやかになり、人当たりも良くなって、あなたを二言三言慰めた。 しかし慰めは慰め、こき使うことは免れない。 結局、彼女は二師兄(にしけい)が痩せているのを見て憐れみ、鶏出汁を作って精をつけてあげたいので、捕まえて来いと言う。 このような唐突な要求には、あなたはとっくに慣れっこだ。彼女が二師兄(にしけい)のご機嫌取りの方法を思いつくたび、鶏だの兎だのを捕まえさせられる。だが今は日が沈みかけ、晩飯ももうすぐできるというのに、この時機で下山させるとは、いじめではないか? いじめならいじめで構わない、どうせあなたに抵抗する余地はないのだから。 隣の峰まで行って、ようやく数羽の山鶏を見つけた。 この何の悩みもない山鶏たちは世と争わず、悪いことなどしたことがない。 あなたが暗器(あんき)を一発放てば、彼らはあの世行きだ。 天も怒ったのか、先ほどまで晴れ渡っていた空が、突然黒雲に覆われ、雷鳴が轟き、大雨が降り出しそうだ。 あなたは急いで鶏を捕まえて走ったが、いくら足が速くても風雲の変化には勝てず、瞬く間に土砂降りとなり、やむなく山中の荒れ寺に逃げ込んで雨宿りした。 このご時世、嵩山(すうざん)派は旧魔教との戦いで元気を大いに損ない、その後全真が台頭し、各地の寺院の僧侶や住職(じゅうしょく)は相次いで還俗(げんぞく)したり、改宗(かいしゅう)したり、寺を離れて雲遊(うんゆう)したりして、香火の絶えた寺宇はこうして打ち捨てられ、各地で同様の状態となっていた。 既に空も暗くなり、雨も止む気配がない。あなたは心が沈んだ。怖いとはいえ、背に腹は代えられず、仕方なく荒れ寺で夜を明かす準備をし、手を合わせて四方を拝み、鬼神に祟らないよう祈り、一晩だけ厄介になると告げた。 あなたは雨に濡れていない枯れ枝や木片、稲藁(いなわら)を集め、火打ち石で火を点け、暖を取った。 あなたの腹は本当に減っていた。 しかし明日の天気が晴れるか雨か分からず、また山鶏に出会えるとも限らない。食べてしまって帰った時に言い訳が立たないのを恐れ、無理やり我慢するしかなかった。 あなたが葛藤している最中、また一組の男女が、一枚の上着を共に羽織って寺に雨宿りにやってきた。 その女子はなかなか美しく、見知らぬ人を怖がって情夫にぴったりと寄り添っていたが、男の方は気前が良く、挨拶をしてきて、荷物から乾き物や小さな甕に入った漬物、黄酒を取り出してあなたに分けてくれた。 あなたは口では遠慮していらないと言ったが、内心では密かに喜び、この若君は天があなたの空腹を案じて、わざわざ食べ物を届けに来させたのだと思った。 あなたの盗み見るような視線が絶えず若い娘の体を品定めし、彼女を大いに不安にさせた。 話している最中に、突然全真派の若い道士(どうし)が剣を提げて廟に飛び込み、開口一番、姦夫淫婦と罵り、二人に兄の命を償えと迫った。 そのカップルは慌てふためき、美しい娘が怯えながら「義弟さん」と呼んだのを聞いて、あなたは危うく頭が追いつかなくなるところだった。なんとこの二人は夫婦ではなく、不義密通の末に夫を殺してここまで逃げてきたのか? さらに美しい娘が泣きながら訴えるには、家が貧しく両親に夫へ売られ、苦しい生活も運命と諦めていたが、他心はなかった。だが運命の悪戯か、嫁いでから宿命の伴侶に出会ってしまった。 二人は意気投合し、愛のために一度だけ勇気を出して駆け落ちしようとしただけで、人を害するつもりはなかったが、娘の夫が思いつめて自ら命を絶ってしまったのだという。 その弟は遠く終南山(しゅうなんざん)で道を求めていたが、人づてにこの事を聞き、悲痛に暮れ、剣を執って下山し、この姦夫淫婦を誅して兄の霊を慰めようと誓った。二人を追い続け、この大雨のおかげで足止めされたところを、ついに追いついたのである。彼は義姉の言葉を一切信じず、不義密通の末の夫殺しだと断定し、双方は互いに譲らず、膠着状態となった。 あなたはこの薄幸のカップルが引き裂かれるのを見るに忍びず、武器を抜いて、その道士(どうし)の凶行を阻止することにした。 その全真(ぜんしん)の小道士は道を求めることに専念しており、武功(ぶこう)の鍛錬を怠っていたため、入門レベルの全真(ぜんしん)剣法しか使えず、あなたの敵ではなかった。血を吐き、あなたを睨みつけ、目から火が出るほどの怒りを見せながら、身を翻して門を飛び出し、その姿は暗闇と大雨の中に消えていった。 あなたは追い払えばそれでいいと思ったが、若君はどうしてもあなたに追いかけさせようとし、気前よくずっしりと重い金と全真(ぜんしん)派の武功(ぶこう)秘笈(ひきゅう)をあなたの手に握らせ、さらにあの美しい娘が以前受けた不当な扱いについて語った。 あなたは他人の不遇など知ったことではなかったが、若君があまりに気前よく振る舞うので、物をもらって断り切れず、仕方なく懐に物をしまい込み、寺を出て人を探しに行った。 しかし空は暗く、雨は激しく降り注ぎ、足跡などすぐに消えてしまい、追跡は容易ではなかった。 もちろん馬鹿正直に追うつもりなどなく、近くの茂った大木を見つけて登り、そこで一晩を過ごした。 翌朝戻ってみると、あの男女がどうしたわけか二人とも廟の外に横たわり、乱石に埋もれて、既に息絶えていた。 あなたは恐怖で魂が抜けそうになり、転がるようにして逃げ出した。 あの全真(ぜんしん)道士(どうし)が調虎離山(ちょうこりざん)の計を使い、戻ってきて復讐したのだと思い、密かに幸運だったと思った。 もしあなたが追跡に出て一晩戻らなかったおかげで、今頃あなたも死体の列に加わっていたかもしれないのだから。 あなたは唐門(とうもん)に戻り、鶏を提出し、任務を円満に達成した。 その後、二師兄(にしけい)は人の褌で相撲を取り、鶏出汁を掌門(しょうもん)に献上したが、あなたの尽力についても言及した。 前回の件が片付いて間もなく、今回またあなたを騙る晁和(ちょうほう)が山に登ってきた。今回は後ろ盾を見つけ、風を切って歩き、前回の卑屈な様子は微塵もなかった。 彼が見つけた後ろ盾は、唐門(とうもん)から嫁いだ資深の大師姑で、掌門(しょうもん)でさえ彼女を師姉(しし)と呼ばねばならない人物だ。 本門の出納帳簿が三師兄(さんしけい)に引き継がれる前は、すべてこの師姑(しじゅうと)が取り仕切っており、彼女が戻ってくるたびに威張り散らし、若手をいじめて先輩風を吹かせていたが、今回はさらにエスカレートし、乾児のために頭角を現し、強烈な威圧を与えようとしていた。 彼女の号令一下、対練という名目を借りて、師兄弟(しきょうだい)たちを使ってあなた一人を囲んで殴らせようとした。 師兄弟(しきょうだい)たちは彼女を恐れ敬ってはいるが、結局は畏れよりも敬いの方が大きく、彼女の過去の苦労に感謝しており、以前たまに山に来て威張って皆を困らせるくらいなら我慢できたが、今は突飛なことを考え出し、同門の子弟を使って自分たちの師兄弟(しきょうだい)を袋叩きにさせようなど、情理においても通る話ではなく、皆怒りの色を浮かべ、誰一人として命令を聞かなかった。 師姑(しじゅうと)は同門の子弟に面と向かって反論されたことがなく、顔を真っ赤にし、思わず慌てふためき、気勢を削がれた。威圧するどころか本題を台無しにしてはならぬと、怒りを強いて抑え、乾児を連れて正心堂(せいしんどう)へ掌門(しょうもん)に拝謁しに行った。 もし他人であれば、これほど理不尽な振る舞いをすれば、とっくに掌門(しょうもん)によって山門から追い出されていただろう。 しかしその師姑(しじゅうと)は特別で、彼女は講経楼(こうきょうろう)に二十年も座り続け、労苦功高く、唐門(とうもん)のために青春を捧げ、婚期を逃し、四十近くになってようやく妻を亡くした男やもめから求婚され、帰る場所を得たのだ。 掌門(しょうもん)は彼女に一つのことを約束した。天理に背き、先祖を忘れるようなことでない限り、唐門(とうもん)は必ず彼女のために天のように難しいことでも成し遂げ、彼女を盛大に嫁がせると。 今彼女が戻ってきて、その貴重な願いを、新しく認めた乾児のために使おうとしている。彼女には膝下に子がなく、晁和(ちょうほう)に母さん母さんと甘えられて有頂天になり、全ての愛情を彼に注ぎ、彼が唐門(とうもん)に入門し、武芸を身につけ、二度といじめられないようにと願い、師門の子弟に命じて乾児のために威を示させ、さらに苦労して貯めた蓄えを蜜餞(みつせん)菓子の下に隠し、乾児に持たせて同門を籠絡させ、飴と鞭を使い分けて、彼を一目置かれる存在にしようとしたのだ。 あなたは彼の菓子やわずかな金になど目もくれず、全く相手にせず、顔を背けて去った。 彼はあなたがそうするのを見て、歯ぎしりして悔しがった。彼が入室を果たし、歌訣(かけつ)を伝授されれば、彼の絶頂の天資をもってすれば、瞬く間にあなたを踏みつけにし、その時こそあなたが偽物になるのだと考えていた。 四師兄(よんしけい)の公用は、自腹を切っても人が集まらないことが多い。それは彼自身の自業自得で、よく仕入れの職務権限を利用して、ついでに私物を運ぶよう人に頼み、山に上げたり下ろしたりして、それを高値で売りつけ、大儲けし、身内の金でさえ容赦なく巻き上げる、まさに六親不認だからだ。 師兄弟(しきょうだい)たちが一通り彼に騙されると、もう誰も引っかからなくなり、どうしようもなくなると、あなたを引っ張り出して誤魔化すのだ。 今日もまたあなたが一人で三人分働き、腰を折られるかと思いきや、大師兄(だいしけい)が気まぐれか、目の前にふらりと現れ、自ら志願した。 これらの雑用は本来、彼のような一番弟子がやるべきことではないが、自分からやって来た以上、四師兄(よんしけい)も遠慮せず、いつものようにこき使うことにした。 ごく平凡な一日になるかと思いきや、下山したあなたたちを待っていたのは尋常ならざる事態だった。 器量の良い二人の娘が外堡(がいほう)に押し入り、開口一番、あなたの大師兄(だいしけい)に純潔を汚され、捨てられたと言い放ち、大声で騒ぎ立て、外堡(がいほう)の住民たちにこの薄情者の顔を見せろと迫った。 大師兄(だいしけい)は奔放で、よく遊郭に出入りしているため、潔白を主張しても誰が信じようか? 錦香宮(きんこうきゅう)の女俠でさえ俗説からは逃れられず、旅の途中で唐門(とうもん)の飛俠(ひきょう)の浮名を嫌というほど聞いており、今また二人の被害女性が面と向かって証言しているのを見て、信じまいとしても九割方信じてしまった。 当世の女子は貞節を極めて重んじ、良家の女子が純潔を失えば、死を選ぶ者も少なくない。誰が理由もなく自分の名声を傷つけてまで人を冤罪に陥れようか?ましてやその中の一人は肌に「唐布衣(とうふい)」の三文字を刺青しており、まるで所有権を主張するかのようで、龍湘(りゅうしゃん)が見て怒らないはずがない。 しかし世の中には色々な人がいるもので、大師兄(だいしけい)が人情の借金を抱えているのは嘘ではないが、今回は本当に無実だった。 その二人の女子のうち、一人は大師兄(だいしけい)への愛が得られず、玉石混交の心境で、彼を死地に追いやろうとしており、体に彫った「唐布衣(とうふい)」も自作自演だった。もう一人はあなたの大師兄(だいしけい)の人柄や容姿などどうでもよく、彼を陥れたのは、自分が人知れず妊娠し、子の父親の身分を公にできず、豚籠に浸けられるのを恐れたため、あなたの大師兄(だいしけい)に罪を被せ、龍湘(りゅうしゃん)が一剣で彼を斬り殺すのを待ち、その時子供を彼の子だと言い張れば、死人に口なしとなるからだ。 彼女が剣を抜いたのを見て、明らかに本気だと悟り、あなたは慌てて仲裁に入った。 大師兄(だいしけい)は最初余裕綽々で、龍湘(りゅうしゃん)の威勢がいいのは、怖いもの知らずの若造だからだと思っていた。 同世代とはいえ、数歳の差はある。彼は江湖(こうこ)を十年渡り歩いた名のある俠客だ、どうして駆け出しの小娘に後れを取ろうか?そのため油断し、彼女の体力を消耗させてから、金銭鏢(きんせんひょう)で経穴(けいけつ)を突いて勝負を決め、その後で潔白を説明しようとした。 ところが龍湘(りゅうしゃん)の剣法の妙は、彼の知るどの錦香宮(きんこうきゅう)の弟子よりも遥かに優れており、剛柔を兼ね備え、攻守ともに隙がなく、手並みにも迷いがない。戦うほどに速くなり、招招が急所を狙ってくるため、内心密かに驚き、懐を探ると金銭鏢(きんせんひょう)は尽きており、勝つには奥の手を使うしかない。 しかしこの龍という娘は騙されているとはいえ、弱者のために不平(ふへい)を鳴らしているのだ。大師兄(だいしけい)は彼女の命を奪うに忍びなかったが、これ以上手心を加えれば彼女の剣の下で命を落とすことになる。手首の羽毛を握りしめ、殺す準備をした。 その時、吹き飛ばされて地面に落ちていたあなたが突然二人の間に割って入り、大師兄(だいしけい)にぶつかり、龍湘(りゅうしゃん)の頬にキスをした。 龍湘(りゅうしゃん)は一瞬呆気にとられ、すぐに顔を真っ赤にし、羞恥と怒りが入り混じったが、幸い剣で斬りかかるのではなく、恥ずかしさに耐えきれず足を踏み鳴らして逃げ去った。 大師兄(だいしけい)はそこでようやく安堵のため息をつき、手首の羽毛を離した。 先ほどあなたたちが激しく戦い、危険な状況だった間、四師兄(よんしけい)も遊んでいたわけではない。形勢不利と見るや、役所に駆け込んで太鼓を鳴らし冤罪を訴えた。武林(ぶりん)人が一般人を訴えるなど、前代未聞のことだ。 折よく神捕・宋悲(そうひ)が近くにおり、飛俠(ひきょう)の人柄も知っていたので、冤罪に違いないと判断し、直ちに隊を率いて殺人を教唆した二人の犯婦を捕縛し、現場に連行した。少し尋問すれば、事情はすぐに明らかになった。 大師兄(だいしけい)と宋悲(そうひ)は江湖(こうこ)での旧知の仲であり、親密とは言えないが互いの名声を尊敬しており、あなたの大師兄(だいしけい)がこの二人の女子と争うことを望んでいないと察し、宋悲(そうひ)は彼の顔を立てて、警告を与えただけで釈放した。 事件はこれで落着し、あなたたちは食糧と四師兄(よんしけい)の私物を持って無事帰宅した。その頃、龍湘(りゅうしゃん)は小川のほとりで這いつくばり、息を止めて頭を水に浸し、顔の火照るような屈辱を小川の流れで洗い流していた。通りがかりの人は、誰かが溺れているのかと思った。 あなたは連日働き詰め、一気に門中の大小の雑務を片付けてようやく一息つき、薪割りを終えた後は、疲れすぎて飯も喉を通らず、蒸したての肉まんを一つ懐に入れて、少し仮眠をとってから食べようとした。 あなたが去った直後、晁和(ちょうほう)が斧を持ち上げてもったいぶり、割り終わった薪をまた割るふりをし、疲れ果てた様子を装った。師兄弟(しきょうだい)たちが尋ねると、彼は厚かましくも、大言壮語してあなたの連日の苦労をすべて自分の手柄にした。師兄弟(しきょうだい)たちは皆驚き、それを信じ込み、ここ数日忙しく立ち働いていたのはあなたではなく、この男であり、あなたはどこへ遊びに行っていたのかと思っていた。 あなたはしばらく忙しく働いて仕事を片付け、ようやく一息ついて自分のことをしようとしただけだった。 その日どうしたわけか、師兄弟(しきょうだい)たちが皆あなたのことを噂し、わざと意地悪をしているように感じた。 あなたは理由が分からず、ただ密かに心を痛めた。 龍湘(りゅうしゃん)は心の中で、あなたの大師兄(だいしけい)に会った時どう謝ろうかと予行演習をしており、丐幇(かいほう)のすりの手口に全く警戒しておらず、包みを切り裂かれ、銀子を盗まれてしまった。 あなたは非常に機敏で、彼の慌ただしい様子を見て、異常があると察した。 龍湘(りゅうしゃん)に告げ口する暇もなく、その乞食は路地へ逃げ込み右往左往していた。あなたは躊躇せず後を追った。 なんとその小乞食の背後には黒幕がおり、それは丐幇(かいほう)の旧派の長老だった。 彼らは年長であることを笠に着て、幇主(ほうしゅ)の制約に従わず、昔のような「採生折割」のような陰湿な稼業を公然とは行えないものの、こそ泥や詐欺といった悪習はどうしても改められない。 あなたが追ってくるのを見て一瞬怯んだが、すぐに失笑した。その面構えで、人助けの真似事をしようというのか? 幸いなことに、その老乞食は面倒臭がって直接手を出そうとせず、横で野次を飛ばし、蛇を操るだけだったので、あなたは何とか持ちこたえた。 戦いの最中、突然一匹の犬が臭いを嗅ぎつけてやって来て、老乞食に向かって吠え立てた。 老乞食は向こうからやって来たご馳走だと思い喜んだのも束の間、すぐに事の重大さに気づいた。 その犬は相手にできても、飼い主は相手にできない――丐幇(かいほう)の狂犬・樊嘯天(はんしょうてん)だ。 彼は小柄だが、彼の犬に手を出せば、長老だろうがなんだろうが乱打して殴り殺す。これまでに何人の長老が彼に殴られたか知れず、四、五人がかりでないと引き離せない。 彼の加勢を得て、相手の二人は即座に崩れ去った。若い方は年寄りに盾として前に押し出され、また樊嘯天(はんしょうてん)に飛び乗られ、地面に押し付けられて死ぬほど殴打された。もう八割方死んでいるのを見て、それを放置し、老乞食を追いかけ始めた。 あなたは散らばった砕け銀を拾い集めたが、倒れて動かない乞食に袖を掴まれ、驚いた。 先ほどの戦いであなたは手加減したが、樊嘯天(はんしょうてん)は拳の一撃一撃が命を奪う勢いで、一切の手心がなく、骨が何本折れたか分からない。彼は吐く息が多く吸う息が少なく、傷は実に深刻だった。 あなたは結局見殺しにするには忍びなかったが、医術の心得がなく、彼が重傷を負い内臓破裂による出血があることを知らず、無闇に動かしてしまったため、診療所にたどり着く前に彼は突然息絶えた。 役所が調査に来て、彼が指名手配中の常習窃盗犯であることが判明し、あなたは報奨金をもらい、表彰された。 しかし、事情を知らない丐幇(かいほう)の弟子たちはそれを見て、あなたを逆恨みした。 あなたは人を救うために多くの時間を費やし、龍湘(りゅうしゃん)の行方をあちこち尋ね歩き、夕日が沈む頃になってようやく彼女を見つけた。彼女は木の下に座り、箱を抱え、放心状態だった。 彼女は外堡(がいほう)に来れば会えると思っていたが、聞いてみると唐門(とうもん)の弟子は本来外堡には住んでおらず、大院(だいいん)を訪ねても会えるとは限らないと知り、途方に暮れた。 物事は当初の想定通りには運ばず、どうしていいか分からなくなり、お茶でも頼んで座ってゆっくり考えようとしたが、包みを探ると、いつの間にか穴が開けられており、旅費はすでに消え失せていた。 画中仙(がちゅうせん)が銀五両と引き換えに用意してくれた賠償の贈り物でさえ、中身は食べ物ではなく、彼女、龍小娘子の生辰八字(せいしんはちじ)であり、食べられないどころか、廟に行って焼かねばならない代物だった。 まさに泣き面に蜂、最近は本当についておらず、龍湘(りゅうしゃん)はこれまでこれほど立て続けに挫折を味わったことがなく、悔しさの極みだったが、気丈な性格のおかげで涙はこぼさなかった。 彼女はひとしきり葛藤した後、ようやく現実を受け入れたが、まさか旅費が戻ってくるとは思わず、大いに喜ぶとともに、あなたに対して感謝と誇りを感じた。 世の中は暗く、人の心は険しいと言うが、それがどうした?夜道で灯りを掲げてくれる、あなたのような善人が必ずいるのだ。 「人を知り面を知りて心を知らず」と言うが、師匠の教えは、これ以上ないほど正しかった。 龍湘(りゅうしゃん)はそう思い、あなたを大いに見直した。 龍湘(りゅうしゃん)は感謝の意を表すため、胸を叩いて夕食を奢ると言い、夜市の端から端まで食べ歩き、二人とも動けなくなるほど満腹になった。 この日、あなたは心身ともに疲れ果て、昼寝でもしようかと思った矢先、外で誰かが公差だと叫んだ。 三師兄(さんしけい)の話を聞いて初めて、外堡(がいほう)で騒ぎが起き、呂翁(りょおう)が助けを求めて山へ来たことを知った。 大抵の江湖(こうこ)の事件と同じく、原因は呆れるほど些細なことだが、江湖(こうこ)の人間は血気盛んで、一度へそを曲げると争えば争うほど腹を立て、腹が立てば刀を抜いて人を殺すことさえある。道士(どうし)や坊主であっても例外ではない。 ましてや今回は僧侶と丐幇(かいほう)の弟子が布施を奪い合ったのだから、争っているのは意地だけでなく、飯の種でもあるのだ。 仲裁役や和事佬は南宮(なんきゅう)世家の本職であり、呂翁(りょおう)が唐門(とうもん)に頼んでくるというのは、どう考えても不安を感じる。 唐門(とうもん)の手段とは、奴らと戦うことだ。 人は腹が満ちて暇すぎると内輪揉めをするが、天災に直面すれば団結する。 丐幇(かいほう)の弟子と嵩山(すうざん)の僧侶を和解させる最も簡単な方法は、矛盾を転嫁することであり、そのために唐門(とうもん)は義を辞さず天災の化身となるのだ。 三師兄(さんしけい)などでは状況を全く制御できない。 彼はあなたに身内を止めるよう頼み、自分は騒ぎの元凶と理屈を戦わせに行くしかなかった。 あなたは同門に殴り殺される危険を冒してでも、硬い頭皮を下げて反対側に立つしかなかった。 あなたたちが勝手に介入したことで、彼らは本当に恩怨を投げ捨て、同仇敵愾して唐門(とうもん)と戦い始めた。 三師兄(さんしけい)がどう収拾をつけようかと悩んでいると、誰かが放火したという知らせが入り、さらに慌てふためいた。 幸い三方の勢力は皆俠義の人々であり、民に災難が及ぶと知るや、即座に干戈を交えて玉帛と化し、心を一つにして消火活動に当たった。 当時の騒動の責任を追及すると、元凶の二人は共に苦渋の表情を浮かべ、どこから話せばよいのか分からなかった。 当時、僧と乞食が餅を奪い合ったのは事実だが、福韞(ふくうん)和尚(おしょう)が李富貴(りふき)の餅を奪ったのには深い意味があった。 いじめではなく、これによって丐幇(かいほう)の汚名を雪ごうとしたのだ。近隣住民に、丐幇(かいほう)の豪傑は腹を空かせても俠義を堅く守り、決して力に任せて民をいじめたりはしないことを見せようとしたのだ。 本来なら美談となるはずだったが、ある心無い者に口実として利用され、故意に挑発された。 その晁和(ちょうほう)が動き回り、嵩山(すうざん)の僧侶の前では丐幇(かいほう)の悪行を痛罵し、丐幇(かいほう)の連中には嵩山(すうざん)の弟子を誣告した。ついには大禍を招くこととなった。 その男は事あるごとに卑屈になるが、自分に関係なければすぐに傲慢になる。実際、彼が双方を唆して争わせたのは、結果など全く考慮しておらず、動機は実に浅はかで、単にあなたが気に入らず、あなたの評判を地に落としたいというだけだった。 そのために何人死のうが痛くも痒くもなく、どうせ後で追及されてもあなたが罪を被ることになるのだからと、閻魔大王の前に出ても、これらの人命は自分とは無関係だと言い張り、すべてあなたのせいにするだろう。 矛先があなたに向けられ、あなたは言いようのない悔しさを感じた。あなたがやったのならまだしも、何の得もしないのに冤罪を着せられるなど、あんまりではないか? 幸い三師兄(さんしけい)は聡明で、考えるとすぐに事態がおかしいことに気づいた。犯行に及びながらわざわざ名を残すなど、この手口はどこか聞き覚えがある。もしやあの常習犯が、自分が蜀中(しょくちゅう)にいることを忘れ、また同じ手口を使ってあなたに濡れ衣を着せようとしたのではないか? 死傷者が出なかったため、実のところこの件は大きくも小さくもできたし、冤罪を着せられたのも取るに足らないあなただった。 晁和(ちょうほう)は誰もあなたのために立ち上がらないと踏んでおり、数日隠れてほとぼりを冷まし、事態が収束して皆の怒りが静まってから何食わぬ顔で現れればいいと考えていた。仮に誰かが追及したとしても、精々一泣きして自分の頬を張れば済み、まさか命まで取られることはないだろうと高を括っていた。 彼の予想は大方当たっていた。皆面倒を嫌い、死んでも認めなければ、唐門(とうもん)としても拷問して自白させるわけにはいかない。 唐門(とうもん)の掟では、確かに拷問による自白強要は禁じられており、確たる証拠がなければ、掌刑使(しょうけいし)も彼をどうすることもできない。 幸い彼は自ら墓穴を掘った。自分が賢いと思い込み号令を無視し、理由もなく三度の呼び出しに応じなかったことは、掌門(しょうもん)を軽視したに等しく、不敬の罪を犯したことになり、二師兄(にしけい)は名正言順をもって彼を捕らえ、山へ連行することができた。 晁和(ちょうほう)は大隠は市に隠れると思い込み、唐門(とうもん)が強硬手段に出れば、地面を転げ回って泣き叫び、近隣住民に指弾させようと考えたが、辣手相公の名が伊達ではないことを知らなかった。そんな手は二師兄(にしけい)には全く通用せず、通りで彼の手足を分筋錯骨の手法でへし折り、さらに金を払って人を雇い、縛り上げて山へ連行させた。 晁和(ちょうほう)が義母と慕う唐小楼(とうしょうろう)は凶報を聞き、商売を放り出して急いで止めに入ったが、彼女が何を言おうと二師兄(にしけい)は聞く耳を持たず、彼女が山までついてきて正心堂(せいしんどう)に押し入り、掌門(しょうもん)に訴えるのを黙認した。 彼女は涙ながらに、あなたと二師兄(にしけい)がいかに凶暴で横暴か、義理の息子を汚したかを訴え、掌門(しょうもん)に裁きを求め、あなたと二師兄(にしけい)の武功(ぶこう)を廃し、破門にするよう懇願した。 しかし、そのようなでたらめを、掌門(しょうもん)が耄碌もしていないのに信じるはずがない。 晁和(ちょうほう)を破格の扱いで門下に加えたのも、既に同門の情を汲んでのことであり、彼女が勝手気ままに是非を転倒させるのを容認するわけにはいかない。 ただ彼は情義を重んじすぎるあまり、過去の出来事を思い出して、どうしても心を鬼にすることができなかった。 そこで自ら犯人である晁和(ちょうほう)に代わって罰を受け、掌門(しょうもん)の身でありながら掌行使に処罰を請うた。 唐小楼(とうしょうろう)は昔から人を見て法を曲げる傾向があり、最も身内贔屓で、膝下に子がなかったため、この口のうまい義理の息子を迎え、将来自分の老後の面倒を見てくれることを期待して溺愛していたが、掌門(しょうもん)とて彼女がかつて共に学び、共に育った親族ではないか。 他人が正論で諭しても、彼女は屁とも思わなかったが、掌門(しょうもん)が彼女のわがままのために傷つくのを見て、ようやく少し目が覚めた。 正心堂(せいしんどう)を出ると、晁和(ちょうほう)が鼻水と涙まみれで、手足を繋いでもらったばかりなのに、あなたと二師兄(にしけい)を唐門(とうもん)から追い出したかと聞いてきたのを見て、怒りがこみ上げ、その顔を平手打ちした。 彼女は身内には甘いので、彼がまた泣き出すのを見て心疼し、優しくあやして下山させたが、これっきりにすると心に決めた。 その晁和(ちょうほう)は首謀者でありながら最終的に無傷で済んだが、逆に丐幇(かいほう)の李富貴(りふき)と嵩山(すうざん)の福韞(ふくうん)の二人は良心の呵責を感じ、外堡(がいほう)に住み込み、破壊・焼失した外堡(がいほう)の器物すべての修復を手伝うことになった。 あなたは理由もなく冤罪を着せられかけ、腹が立たないわけではなかったが、彼には守ってくれる人がいることを知っていた。あなたとは違うのだ。 彼がどうしてそんなに幸運なのか、過ちを犯しても義母が守り、守り切れなければ掌門(しょうもん)が代わって受けてくれるのかと、あなたは一見公道を取り戻したようだが、やはり心は晴れなかった。 皆あなたが不当な扱いを受けたことを知っており、その日は同情的な目であなたを見ていた。飯を盛る師姉(しし)はあなたの茶碗に山盛りにし、飯の上にラードをかけ、底には脂身の肉を隠してくれた。 この日、唐門(とうもん)会議で衆弟子が一堂に会した際、掌門(しょうもん)が一つの重要事項を話した。それは同じ武林(ぶりん)三大名家の一つである南宮(なんきゅう)世家の太上当家、南宮横(なんきゅうこう)老先輩の百歳の誕生日が近いことだ。両家は代々親交があるだけでなく、掌門(しょうもん)が若い頃に江湖(こうこ)を放浪して引き起こした揉め事も、南宮横(なんきゅうこう)の顔で大が小になり、小が無になったものが少なくない。 そのため、この寿宴は断れないが、掌門(しょうもん)は近年体調が悪化の一途をたどっており、遠出は不便である。おそらく一筆書いて、門下の弟子を遣わせて謝罪すれば、南宮(なんきゅう)老先輩はあのように仁厚な方なので、責めることはないだろう。 掌門(しょうもん)は衆弟子の意見を求めた。本来は寿宴にどんな贈り物を用意するのが適切か相談するためだったが、大師兄(だいしけい)が発言したがり、誰も相手にしなかったのに、あなたは彼がどんな奴か知っていながら支持した。 案の定、大師兄(だいしけい)の口からはろくなことが出ず、開口一番皆を唖然とさせ、掌門(しょうもん)はあやうく卒倒しかけ、怒って家法杖で大師兄(だいしけい)を痛打しようとした。あなたは形勢不利と見て、すぐに大師兄(だいしけい)と一線を画し、大師兄(だいしけい)一人に罰を受けさせた。 大師兄(だいしけい)は恨みを抱き、肩甲(けんこう)と結託してあなたという裏切り者に報復しようと企んでいる。 協議の末、三師兄(さんしけい)は長年大切にしてきた江湖(こうこ)快報のページ隅の印花(いんか)を献上することに決めた。 印花(いんか)は耕陽読書斎(こうようどくしょさい)に送って賞品と交換できるもので、創刊当初、耕陽読書斎(こうようどくしょさい)が資金不足のため、新聞を広めるために交わした約束であり、創刊号の印花(いんか)を持つ読者だけが享受できる。 創刊号は極めて稀少で、発行は百部に満たず、江湖(こうこ)に流落し踏みにじられ、破壊されたものがどれほどあるか知れない。 おそらく三師兄(さんしけい)の手にあるこれが、最後の創刊印花であろうが、それでも、師門の面子のために、彼は義無反顧して宝物を献上した。 あなたは大切なものを集める習慣はないが、共感することはでき、三師兄(さんしけい)の名残惜しさを理解した。 その夜、三師兄(さんしけい)は講経楼(こうきょうろう)で灯火を囲んで夜読し、最終的に汗と涙で宝物を手放し、印花(いんか)を切り取って冊子にし、一筆書き、四師兄(よんしけい)に託して信頼できる行商人に耕陽読書斎(こうようどくしょさい)へ届けさせた。 あなたが下山して歩いていると、丐幇(かいほう)の李富貴(りふき)に出会い、今回初めて正式に付き合うことになった。 彼は外堡(がいほう)の修繕費を工面するためにあちこちで働いて金を稼いでおり、あなたは思わず心の中で呟いた。「働いて金を稼ぐ乞食なんて、それはもう乞食とは言えないんじゃないか?」 この言葉は心の中で思うだけで、口に出す勇気はなかった。彼が逆上してあなたを殴るのを恐れたのと、彼が我に返って努力するのをやめてしまうのを恐れたからだ。 南宮(なんきゅう)の寿宴の日取りも近づいてきたので、四師兄(よんしけい)は馬車を借り、御者を雇い、ゆっくりと出発することにした。埃まみれになって失礼にならないようにするためだ。 一月余りの旅を経て、ついに江陵(こうりょう)府南宮世家の地元に着いた。 見れば街は石畳で、家々の門は新しく塗られ、往来は激しく、賑わいは非凡で、唐門(とうもん)の麓の小さな町の素朴な風景とは全く異なっていた。 先に道を探っていた師兄(しけい)たちは一足先に到着しており、三師兄(さんしけい)は道中の手配をしながら、大師兄(だいしけい)が脱線して失踪しないよう見張り、かなり苦労したようだ。 南宮(なんきゅう)世家はさすが武林(ぶりん)三大名家の一つ、この寿宴には、武林(ぶりん)で顔の利く人物の十中八九が招かれていた。 南宮(なんきゅう)世家の先祖がかつて武状元を出し、武林(ぶりん)盟主(めいしゅ)を出したことは言うまでもなく、この上下二代の人々も交際が広く、江湖(こうこ)の風雨がいかに激しくとも、依然として数百年屹立して朽ちず、武林(ぶりん)で南宮(なんきゅう)の名を知らぬ者はない。 家丁が招待状に従って名を読み上げ、贈り物を受け取り、当主が前で出迎え、賓客は順に入って挨拶を交わす。 ついにあなたたち唐門(とうもん)一行の番が来た。 当主の南宮遠(なんきゅうえん)はあなたたちを見てとても親切で、唐門(とうもん)が衰退したからといって少しも冷遇せず、気度の広さを見せた。 三師兄(さんしけい)は掌門(しょうもん)を代表して、耕陽読書斎(こうようどくしょさい)の書画一幅を寿礼として献上した。 耕陽読書斎(こうようどくしょさい)の文人たちの気位の高さは世に並ぶ者がなく、斎の中は皆才能が当世に冠絶する隠士ばかりである。 野に隠れ耕し、浮華を恋わず、功名を慕わず、宰相史弥遠が人を遣わして招こうとしたが、乱棒で書斎から追い出された。 斎主(さいしゅ)かつて曰く、昇平には歌舞すべし、乱世には詩を作らず。寧ろ治世の無能な輩となるとも、昏朝の有用な臣とはならじ。 世間に凍死する骨がなくなって初めて山を出て、四海の昇平を歌い上げる。さもなければ死んでも朝廷(ちょうてい)の一石の米の俸禄も食わず、自分の読書は天地人の三才に仕えるためであり、一人の人君に仕えるためではないことを明らかにする。 この書斎はもっぱら江湖(こうこ)快報を書くのみで、その他の墨宝(ぼくほう)は万金でも求め難い。 南宮(なんきゅう)家主はこの墨宝(ぼくほう)を得て、狂喜し、賓客の前で唐門(とうもん)の祝いの品を大いに称賛し、無数の視線を集めた。 賓客は文才がなくとも江湖(こうこ)快報は読んでおり、江湖(こうこ)快報を読んでいなくとも南宮(なんきゅう)家主の顔色は読める。 唐門(とうもん)は昔ほどの勢いはないが、付き合う友人は皆尋常な人物ではなく、決して侮れないと言われている。 この宴は盛大で、南宮(なんきゅう)世家が資金を惜しまず、四司六局(ししろくきょく)に手配を依頼したものである。官府(かんぷ)の貴族、各派の掌門(しょうもん)、武林(ぶりん)の名宿などの貴賓をもてなす上席があり;各帮各派の門人弟子、かなり名のある独行俠客をもてなす次席があり;府外に卓を並べた下席は、礼儀に拘らない江湖(こうこ)の草莽(そうもう)、丐帮、さらには町の村人までが気ままに来て相伴に与れるようになっていた。 席の間では各派の門人が騒いでおり、誰もあなたを相手にして挨拶に来ないので、あなたは一人で楽しみ、自分の酒と料理を食べ、大いに楽しんだ。 南宮(なんきゅう)太上家主南宮横は、武林(ぶりん)にわずかに残る古老であり、徳高望重(とくこうぼうじゅう)、今日の誕生日に各方の友人を広く招き、おそらく江湖(こうこ)で活動しており名の通った人物で、来ていない者は少数だろう。 南宮横(なんきゅうこう)は年は取っているが、徳望は高く、性格は非常にユーモラスで平和的、話せば冗談ばかりで、賓客たちを大笑いさせている。 その冗談は面白いとは限らないが、あなたはこの人が年甲斐もなく振る舞うのが可愛らしく思え、思わず微笑んだ。 老寿星には一つの願いがあり、武林(ぶりん)の同道を広く招いて共に盛挙を成し遂げなければならないが、一体どんな願いなのかはまだ言わず、先に前置きをするようで、自分の話は長くて退屈だから、忍耐のない若者は先に居眠りをしていてもいい、後で要点を話す時にまた起こすと言って冗談を言った。 南宮横(なんきゅうこう)は以前二度、江湖(こうこ)人が武林(ぶりん)盟主(めいしゅ)の号令の下、軍を結成し、外侮に力抗し、国を守った昔話を語った。 しかし結末は美しくなく、この二度の交渉により、江湖(こうこ)と朝廷(ちょうてい)は完全に決裂し、偏見は深く、この恨みは百年経たねば消え去ることは難しい。 昔話を終え、ようやく本題に入ろうとし、居眠りしていた人たちを起こした。 南宮横(なんきゅうこう)は本題に入り、今から約十数、二十年前に、西域(せいいき)の極楽教(ごくらくきょう)が武林(ぶりん)に災いをもたらした往事について語った。いわゆる魔教は歴朝歴代絶えず存在したが、極楽教(ごくらくきょう)の危害の大きさは、空前絶後だった。 当時、正道の各派はバラバラで、互いに牽制し合い、座して死を待つしかなく、極楽教(ごくらくきょう)に各個撃破された。 極楽教(ごくらくきょう)の勢いは凄まじく、大々的に兵馬を募り、中原(ちゅうげん)に覇を唱え、九五の至尊となり、中原(ちゅうげん)を奴隷にしようとしていた。嵩山(すうざん)派の高僧が衆生(しゅじょう)を憐れみ、身を捨てて義を取り、ついに武林(ぶりん)各派の領袖を感化し、前嫌を捨て、新任の武林(ぶりん)盟主(めいしゅ)の指導の下、団結して極楽教(ごくらくきょう)を包囲討伐した。 最終的に華山(かざん)頂上での決戦で、万悪の首魁「快活王」が誅され、左右の護法(ごほう)は一人が死に一人が逃げ、残った極楽教(ごくらくきょう)徒は領袖を失い、兵は山が崩れるように敗れ、徹底的に殲滅され、こうして江山の主が変わる危機は解消された。 盟主(めいしゅ)龍淵(りゅうえん)は戦後行方不明となり; 唐門(とうもん)掌門(しょうもん)は重傷を負い生涯治癒しない持病を残し; 青城(せいじょう)の達人は敗北後、さらに道心が潰え、心より魔を生じ、今日の泥教(でいきょう)六道法王の一人となった。 あの一戦を目撃した者は稀で、結末はさらに人々を嘆かせた。 今や極楽教(ごくらくきょう)は滅び、泥教(でいきょう)がまた起こり、南宮横(なんきゅうこう)が宴席で泥教(でいきょう)に言及すると、たちまち群情が湧き上がり、燎原の火のごとく広がる前に扼殺しようとした。 あなたはこの状況に愕然とした。未雨綢繆は正論だが、問答無用で、理由もなく先に泥教(でいきょう)の根拠地に攻め込むというのは、あまりに覇道的で、南宮(なんきゅう)世家が常に宣揚している仁徳の理念に反するように思えた。 しかし老寿星の真意は、人々の予想を大きく裏切るものだった。 彼は生涯を武林(ぶりん)の紛争調停に捧げ、常々思っていた。もし各派にそれほど多くの不和や門戸の偏見がなければ、武林(ぶりん)の同道が互いに殺し合う惨事は、七八九割は減らせたはずで、以前のように各々が勝手に行動し、妖人に隙を突かれ、各派各帮が殲滅併合されるようなことにはならなかっただろう。 彼老人が考え出した方法は実に奇抜で、なんと各派に弟子を交換させ、半年を期限として留学見習いさせ、それによって将来の良好なコミュニケーションの架け橋を築くというものだった。 この方法は多少世間を驚かせるもので、中原(ちゅうげん)の各路の俠士(きょうし)は腹の中で笑っていたが、南宮(なんきゅう)太上家主は武林(ぶりん)の古老であり、誰が彼の顔を立てないことができようか? まして南宮(なんきゅう)世家が金も力も出すと言うのだから、次々と各派の領袖が声を上げて態度を表明した。 唐門(とうもん)はあまりに貧乏で、三師兄(さんしけい)は思わず利益に駆られ、賛成票を投じた。 あなたはこの決議に期待を膨らませ、他派の弟子のついでに、自分も正規に入門する機会があるかもしれないと思った。 考え込んでいると、突然一人の家丁が慌ただしく入ってきて、無理やりあなたの前の酒席を撤去し、遅れていた上官(じょうかん)家の千金がついに到着し、様々な珍品、宝物、布地などを携えてきたので、どうしてもあなたの席を撤去して、道を開けなければならないと言った。 あなたは上官螢(じょうかんけい)を一目見て、美しいとは思ったが、気にも留めなかった。天下に女子は多いが、あなたはいくら情けなくても、見るたびに好きになりたいとは思わない。 あなたが新しい席を探そうとしていると、また一人の家丁がやってきて、あなたの大師兄(だいしけい)が泥酔して嘔吐し、着替えに行かなければならず失礼になるので、無理やりあなたに彼の代わりをするよう要求した。あなたも一応来賓なのに、訳が分からず、怒るわけにも、理を説くわけにもいかず、この理不尽な家丁に内院へと押しやられた。 ところがそのせいで、他の家丁が二公子をいじめ、こき使っている場面に出くわしてしまった。 あなた自身も唐門(とうもん)でよくこき使われているが、あなたを怒鳴りつけるのは、少なくとも師兄(しけい)師姉(しし)であり、正当な理由がある。今日、堂々たる二公子が下僕にいじめられているのを見て、あなたの視野は広がった。 あなたはこの光景にどうしても我慢できず、進み出て二公子南宮浅に挨拶し、その二人の悪僕を無視して、南宮(なんきゅう)浅を手伝おうとした。彼らは承知するはずもなく、南宮(なんきゅう)世家の威勢を借りて傲慢になるのに慣れているのだろう、あなたが外部の客だと知っていながら、大胆にも手を出してきた。あなたは穏便に済ませたかったが、ここまでいじめられては、彼らに遠慮する必要もなく、その場で大喧嘩になった。 南宮(なんきゅう)浅も無辜に巻き込まれ、二対二の局面となった。 あなたが二人の悪僕を懲らしめると、その家丁はまだ諦めず、大公子に告げ口すると言い放ったが、意外にも彼の言葉は霊験あらたかで、大公子南宮深が颯爽と現れ、顔色を沈めて二人の家丁を追い払った。 あなたは南宮深(なんきゅうしん)が婚約者の前で大事を小事にし、やり過ごそうとしているのを聞き、即座に口を出して説明した。 南宮深(なんきゅうしん)はこの件を追及しないどころか、かえって家僕を庇おうとし、あなたの越権行為を非難した。 上官螢(じょうかんけい)は南宮(なんきゅう)浅の不甲斐ない様子にも腹を立て、彼がまだおどおどしてこだわっているのを見て、鋭い言葉で彼を叱りつけた。 正庁の寿宴会場に戻り、南宮(なんきゅう)浅とあなたは先ほどの事から自身の身の上について語り合った。 あなたは彼もまた身不由己の可哀想な人で、幼い頃から江湖(こうこ)を流落し、七、八歳になってようやく南宮(なんきゅう)家に連れられて認祖帰宗したが、当然のことながら、上下から冷遇され、実の父さえ彼を見て見ぬふりをしていることを知った。 寿宴が終わった後、あなたと同門は南宮(なんきゅう)世家に引き留められ、客室に一泊することになった。 今日は色々とあり、あなたもひどく疲れていたので、身支度を整えてすぐに寝てしまい、一夜夢も見ず、ぐっすりと眠った。 帰路は順風満帆で、沿道の山水を楽しみながら、急がず焦らず、一ヶ月ほどで家に着いた。 師兄(しけい)たちは掌門(しょうもん)に挨拶し、今回の結果を報告しに行ったが、小師妹(しょうしまい)だけがあなたを迎えに来た。 初春よりも暖かい小師妹(しょうしまい)が出て行った直後、厳冬よりも寒い顔をした同門の師兄(しけい)が突進してきてあなたを捕まえて放さず、彼らは皆あなたの南宮(なんきゅう)寿宴に出席できた幸運を妬み、どうしてもあなたに二ヶ月分の空白の仕事を埋めさせようとした。 今日から、あなたはまた雑用係に戻らなければならない。 あなたが下山すると、偶然酒屋の外に人だかりができているのを見つけた。聞けば嵩山(すうざん)の福韞(ふくうん)法師が托鉢(たくはつ)をしているという。托鉢(たくはつ)自体は珍しくもないが、珍しいのは彼が弱い相手には手を出さず、郷里(きょうり)で幅を利かせている悪覇ばかりを選んで、巧みな弁舌で相手を激怒させ、拳を振り上げさせていることだ。 義を見てせざるは勇無きなり、俠義の本懐として、どうして座視できようか?即座に手を出し、福韞(ふくうん)と共にその滄幇(そうほう)の悪覇・許大鯨(きょだいけい)と戦った。 二対一とは言うものの、福韞(ふくうん)は喋り続けるばかりで全く手助けしなかった。手助けこそしなかったが、彼の話は実に腹立たしく、許大鯨(きょだいけい)は元来短気な性格なため、気を散らさずにはいられなかった。あなたはその隙を突き、小剣で彼を破った。 人を正心堂(せいしんどう)の前に連れて行き、経緯を説明すると、掌門(しょうもん)は髭を撫でて微笑み、あなたを密かに誇らしく思った。 掌門(しょうもん)は悪覇を見慣れており、数多く始末してきた。素性など関係ない、手中に落ち、犯行が確認されれば、軽ければ指を切り落として懲戒とし、重ければ一律格殺する。 許大鯨(きょだいけい)を尋問した際、既に上官(じょうかん)世家に代わってこの敗類を始末しようと考えており、彼が少しでも言い逃れや言い訳をすれば、自業自得の結果を味わわせるつもりだった。 ところがこの許大鯨(きょだいけい)は腹に一物もないようで、苦情を訴えるように事の経緯を洗いざらい話し、自分がどれほど不当な扱いを受けたかを語り続けた。紅米をダメにして滄幇(そうほう)を除名されたことから始まり、郷民が余所者の自分をいじめ、新鮮な魚介なのに高すぎると言って買わず、あくどいと罵ったことまで。唐大鯨(とうだいけい)は異郷を流浪し既に十分苦悶しており、和気生財どころではなく、その場で相手と殴り合いになり、後の騒動を引き起こしたのだ。 掌門(しょうもん)はそれを聞いて事情を察した。この男はあまりに愚かで、状況を全く理解しておらず、ここがまだ福建(ふっけん)だと思っており、滄幇(そうほう)の庇護がなくとも、個人の力で他人と駆け引きできると思っていたのだ。 そこで厳罰に処す気も薄れ、官府(かんぷ)に出頭するか、上官(じょうかん)世家に戻って罪を受けるか選ばせた。もし両方とも嫌なら、唐門(とうもん)の刑罰を受けろと。 言外の意味は、彼を受け入れ、唐門(とうもん)の戒律で律するということだ。 許大鯨(きょだいけい)は大喜びし、掌門(しょうもん)が前言を翻すのを恐れ、言葉もなく、その場でドンドンと三回響くほど頭を叩きつけた。 さらに勝手に姓を唐と改めたが、掌門(しょうもん)は彼の率直さを見て密かに微笑み、訂正もしなかった。 この日の唐門(とうもん)会議で、南宮横(なんきゅうこう)が提案した弟子交換の件が議論され、掌門(しょうもん)はすでに定見を持っていた。折衷案として粗末な技芸を教えることにし、待遇は外弟子とあまり変わらない。 違いは、派遣された弟子は自分の起居を整理するだけでよく、雑役をする必要がないことだけだ。 あなたは密かにほくそ笑んだ。少なくともあなたは暗器総綱(あんきそうこう)と毒経を一冊ずつ持っており、師長から直接伝授されてはいないものの、少なくとも独学で研究することはでき、派遣された弟子よりはマシで、他派の弟子が唐門(とうもん)の武功(ぶこう)を使ってあなたに対抗するという悲惨な状況にはならないだろうと。 掌門(しょうもん)は病を抱え、閉関しようとしており、その場にいる皆に幾つか言い含めた。 皆は掌門(しょうもん)が二師兄(にしけい)に部外者に少し譲るよう求めたのを聞いて、冷や汗をかいた。 もともと大師兄(だいしけい)の奔放さと二師兄(にしけい)の傲慢さが、唐家掌門唐中翎の処世の作法であり、はっきり言えば、大師兄(だいしけい)と二師兄(にしけい)の性格はどちらも掌門(しょうもん)の昔の姿に似ているのだ。 しかし彼が病を患って以来、性格は大きく変わり、親しみやすくなったとはいえ、人々を不安にさせている。 また三師兄(さんしけい)を励まし、小師妹(しょうしまい)に武功(ぶこう)を勤勉に練り道を覚えるよう促した。 最後にあなたに一番の励ましを与え、あなたは非常に感動し、師門への帰属感がさらに深まった。 あなたは勇気を振り絞り、唐門(とうもん)の家族会議で掌門(しょうもん)に他派への留学を願い出た。 長年派閥に尽くし、功労はなくとも苦労はあったことを鑑み、掌門(しょうもん)は二つ返事で快諾した。 掌門(しょうもん)はあなたのために、特に四通の手紙を書き、崆峒(こうどう)派へ宛てた。 これは崆峒(こうどう)派の掌派人(しょうはじん)が不在で、四人の掌門(しょうもん)がそれぞれ指導しているためである。 唐門(とうもん)と崆峒(こうどう)派の仲は良くも悪くもなく、普段は交流もない。 ただ唐掌門の江湖(こうこ)における地位は、本来なら崆峒(こうどう)派掌派人と同等であり、崆峒(こうどう)四門の掌門(しょうもん)よりは少し格上であるため、唐門(とうもん)からのこの頼みを断ることは難しいだろう。 荷造りを終え、師門に別れを告げて下山し、崆峒(こうどう)山へと向かった。 道のりは遠く、四師兄(よんしけい)はあなたが期日に遅れるのを恐れて、安い痩せ馬を用意してくれた。馬のおかげで旅を急ぐことができ、数日後、あなたはついに秦州(しんしゅう)の崆峒(こうどう)派の地界に到着した。 山に登ったその日、崆峒(こうどう)の顔である飛天門(ひてんもん)人が山を下りて出迎え、あなたたちに崆峒(こうどう)派の現状を簡単に説明した。 崆峒(こうどう)派は秦州(しんしゅう)に位置し、宋、金、西夏(せいか)、吐蕃(とばん)各国の接壌地であり、歴朝の勢力図の変遷に伴い、幾度も奉じる官家(かんか)を変え、また多くの異国の能人異士を山に受け入れて定住させたため、忠君愛国の心は特に薄い。 崆峒(こうどう)山にはかつて十数もの門派(もんは)、帮会が林立し、山の一角を占拠して各自独立していたが、数朝の変遷、併合を経て、ようやく飛天、奪魄、鉄拳、玄功の四門の下に収束された。四門にはそれぞれ掌門(しょうもん)がおり、中原(ちゅうげん)の各大派に対抗するために一つになり、併せて崆峒(こうどう)派と称し、四門から一人を推挙して掌派人(しょうはじん)を務めさせている。 今や先掌派人が駕鶴西帰し、崆峒(こうどう)派は群龍無首、四門は互いに譲らず、まさに多事の秋である。 あなたがこの時期に崆峒(こうどう)派に来たことは、一種の宿命と言っても過言ではないだろう。 出迎えを担当した崆峒(こうどう)弟子は簡単に状況を説明すると、あなたたちを無色広場(むしきひろば)に残し、通報して師長を呼んで会わせると言ったが、半日待っても来たのはまたしても若い文秀な娘だった。 すぐに不満を漏らす者が現れた。あなたたち一行は少なくとも各派から選ばれ、本派の顔を代表するに足る江湖(こうこ)の新星であり、たとえ崆峒(こうどう)掌門(しょうもん)が身分を重んじて自ら出迎えなくとも、せめて発言力のある年配の先輩を招いて挨拶させるべきであり、そうして初めて誠意が見えるというものだ。 そこで次々と抗議の声が上がった。 あなたは各派の弟子の言うことに同意できず、彼らと一緒になるのを嫌い、その場で皆に嘲笑された。大局が読めない、将来江湖に伝われば、唐門(とうもん)はいとも簡単にいじめられる、崆峒(こうどう)は若い女弟子を寄越しただけでお前を追い払ったと言われるぞ、と。 思いがけずその黄色い服の娘はこの時初めて、自分の姓は魏、名は菊、身分は崆峒(こうどう)玄功門(げんこうもん)の現任掌門であると名乗った。 その場にいた誰もが唖然とし、目を見張り舌を巻き、先ほどの不満を腹の中に飲み込みたいと思った。 魏掌門は意図的にあなたを贔屓し、直接言葉に出してあなたを彼女の玄功門(げんこうもん)に見習いとして入るよう誘った。 あなたは陰口を叩かれるのが嫌で、やはり自ら志願してくじを引いた。 魏掌門は少し驚いたが、あなたの骨気を高く評価した。 回り回って、あなたはやはり玄功門(げんこうもん)を引いた。 玄功弟子があなたを玄功洞(げんこうどう)に案内し、魏掌門の手が空くのを待って、ようやく会うことができた。 彼女は謙虚で、掌門(しょうもん)の尊さでありながら、あなたに対して少しも驕り高ぶることなく、対等の礼で接し、話し方は上品で、自らお茶を点てて差し出した。 江湖(こうこ)の人間は概して豪快な性格で、あなたは外弟子とはいえ例外ではなく、風雅を気取るのを好まず、茶が来れば飲み、美味しいと思えば美味しいと言う。 嘘ではないが、行家の目には、やはりお茶を飲むのが水を飲むようで、粗俗に流れ、風雅を欠き、雅士の好むところではないと映る。 飲み終わって本題に入り、魏掌門はあなたに説明した。玄功門(げんこうもん)の功夫は、どれも一朝一夕で成る外功ではなく、あなたが半年留学しても、焼け石に水で、徒労に終わるだけだと。 その代わり、彼女は玄功門(げんこうもん)司書の職権を使って、あなたのために他の三門の武功(ぶこう)秘笈(ひきゅう)を借りてくることができる。 あなたは秘笈(ひきゅう)を贈られ、また案内されて招待所に泊まった。 魏掌門はあなたと約束し、数日後にまた様子を見に来ると言った。その時になって初めて直接指導してくれるのだろう。 唐門(とうもん)に入門して以来、これほど遠く家を離れるのは初めてで、多少不安はあるが、今あなたは秘笈(ひきゅう)を握りしめ、心の中は希望に満ち、血が沸き立つようだ。 あなたの崆峒(こうどう)派での半年間の留学生活が、正式に始まった。 この日もあなたは早起きし、朝食まで少し時間があるので、拳を打つには十分だった。 その時突然誰かがあなたを呼ぶ声がし、あなたがきょろきょろしていると、よく見れば窓辺で一匹の鶴形刁手が話しており、あなたに遊びに行こうと唆していた。 あなたが鶴手に窓越しに話しかけ、断っても相手はしつこく絡んでくるので、仕方なく、あなたは外に出て来訪者に会いに行った。 あなたが来訪者を見ると、雪の中に咲く梅の花のように白く紅が差し、清純で美しい。 梅の花に霊があり仙に修練できれば、このような佳人になるだろう。 思わず心酔し、我を忘れた。 少女の名は、虞小梅(ぐしゃおめい)という。 飛天門(ひてんもん)の嫡伝(ちゃくでん)女弟子で、今の崆峒(こうどう)山では、四掌門を除けば、彼女の地位が最も高い。 小梅(しゃおめい)はあなたが崆峒(こうどう)に留学に来てから、ずっと同輩から仲間外れにされているのを見て、容貌のせいか、あるいは師門の悪名のせいで巻き添えを食っているのかと推測し、慨然として、わざわざ訪ねてきてあなたに声をかけ、自ら進んでガイド役を引き受け、あなたを連れて崆峒(こうどう)の景勝地を案内した。 一路漫遊し、佳人と連れ立ち、人生の快意これに過ぐるはなし。 早朝で人も少なく、会っても、小梅(しゃおめい)に対して格別に丁寧で、道中何の忌憚もなかった。しかし玄功洞(げんこうどう)で釘を踏んでしまった。そこは崆峒(こうどう)のあらゆる典籍を司る要地であり、小梅(しゃおめい)は飛天門(ひてんもん)の嫡伝(ちゃくでん)女弟子とはいえ、みだりに侵入すべきではなく、ましてやあなたを連れていたため、運悪く魏掌門に現場を押さえられてしまった。 あなたのとりなしのおかげで、魏掌門は小梅(しゃおめい)を深く責めることはなかった。 小梅(しゃおめい)が密かに感謝しただけでなく、魏掌門もあなたの義俠心溢れる敢えて言う気迫に深い印象を持った。 魏掌門は本来、あなたが玄功門(げんこうもん)の記名弟子であることを理由に、強引にあなたを引き留めるつもりだった。 あなたは小梅(しゃおめい)の困った顔を見て、バカな真似をして冗談を言い膠着状態を打破し、なんとか魏掌門に放免させた。 ようやく現場から逃げ出し、二人はまだ動悸が激しく、心臓がバクバクしていた。 次回は今日遊んだ経路で競走しようと約束した。 あなたはふと唐門(とうもん)の小師妹(しょうしまい)を思い出し、胸いっぱいの柔情を抱いた。 崆峒(こうどう)はどこも良いが、彼女がいないことだけが欠点だ。 小梅(しゃおめい)と別れ、顔を洗って朝飯を食べようとすると、招待所で三人の悪意ある崆峒(こうどう)弟子に出くわした。 通常、崆峒(こうどう)四門は互いに仲が悪いが、あなたと小梅(しゃおめい)が散歩した件で同仇敵忾し、申し合わせてあなたに因縁をつけに来た。崆峒四姝(こうどうよんしゅ)は未来の掌派人(しょうはじん)の許嫁であり、崆峒(こうどう)の人間でさえ密かに慕っても腹の中に飲み込むしかないのに、お前ごとき一介の留学生が手を出していいものではないと言うのだ。 あなたは自分が何か道を踏み外した覚えもなく、人に詰め寄られる覚えもないので、即座に言い返し、相手と争いになった。 その三人の陣形は玄功門(げんこうもん)の位置を欠いていたとはいえ、やはり三対一であり、あなたは対応に追われ、苦しくも数合支えていたところ、ふと一人の縞衣(こうい)剣少が多勢に無勢をいじめるのを見かねて、場に飛び込み助太刀した。その三人は彼の顔立ちが美しいのを見ると、途端に矛先を変え、六拳六脚すべてを彼に向けてきた。 幸いその人は武功(ぶこう)がかなり高く、守りに徹して攻めず、あなたが彼らを片付ける余裕を作ってくれた。 その後互いに名を名乗り、この通りすがりの不平(ふへい)を鳴らす少年は、名もない小門派から来た、瑞笙(ずいせい)という名だと知った。 彼はあなたが次回また訳も分からず殴られるのを恐れ、親切に崆峒(こうどう)掌派人(しょうはじん)が四姝を娶るという故事を教えてくれた。 彼は性格が率直で親しみやすく、また世に出たばかりの武林(ぶりん)の新人でもあり、あなたがこの時彼に会った時は、彼と話すのに何のプレッシャーも感じなかったが、まさかこの出会いが、あなたと一代の江湖(こうこ)伝説の運命が交錯する瞬間だとは知る由もなかった。 崆峒(こうどう)は先代掌派人が仙遊して以来、四門の心は離れ、武功(ぶこう)の切磋琢磨も久しく行われていなかった。折しも南宮(なんきゅう)老太爺が留学を推進し、各派の若い弟子たちが客として崆峒(こうどう)に来ており、季試に反対し続けていた鉄拳・雷掌門と玄功・魏掌門も、飛天と奪魄がいかに激しく争おうとも、部外者の前で顔を潰すわけにはいかないと考え、ついに同意し、六月に季試を再開することになった。 一つには名声を高め、武林(ぶりん)の俠士(きょうし)たちに誇示するため、二つには掌派人(しょうはじん)選挙の前哨戦として、崆峒(こうどう)の気脈を活性化させるためである。 留学中の他派の弟子たちは季試のことを聞き、皆拳を摩して掌を擦り、躍起になっていた。 顔を洗い飯を食べると、力の限り武功(ぶこう)の修練に励み、この機会に江湖(こうこ)に名を揚げようとした。 ある日、お前は崆峒(こうどう)山の鉄拳巷(てっけんこう)へと足を運んだ。 鉄鍛冶の店の前で、職人の装束を纏った緑衣の少女を見かけた。目を細め、眉を寄せ、不機嫌そうな顔つきではあったが、林の中に芽吹いたばかりの春筍のように清らかで美しく、愛らしさを感じさせた。 その様子を見て、お前の心は思わずときめいた。 ところが彼女が口を開くと、店に入れと促され、唐突にお前の武器を見せるよう求められた。獲物を見つけた狩人のような喜びようで、金はいらないから研磨させてくれと喚く。 お前が困惑していると、青衣の奪魄門(だっぱくもん)人が意気揚々と鍛冶場に入ってきたが、表情を凍りつかせ、激怒した。少女が約束していた自分の武器の手入れを後回しにし、お前を優先したからだ。彼は怒り狂い、後先考えず、人を傷つける言葉をまくし立てた。 お前は傍らで警戒していたが、奪魄門(だっぱくもん)の弟子が一歩踏み出したのを見て即座に反応し、武器を取り戻して彼を退け、戦いになった。 お前の腕が勝り、追撃しようとしたその時、少女が慌てて後ろからお前を引っ張った。その力は凄まじく、万鈞の巨力が加わったかのようで、まるで飛竜に掴まれて銀河へ昇るが如く、お前の体は雲霧に乗ったように宙を舞い、棚に激突して瓦礫の中に埋もれた。 奪魄門(だっぱくもん)の弟子は彼女に救われた形となったが、感謝もせず、絶縁の言葉を残して袖を払って立ち去った。 お前は助け起こされた。どこかの骨にひびが入ったようで鈍痛が走ったが、娘の前では強がる必要があった。彼女はお前が頑丈なのを見て、ようやく安堵の長息をついた。 彼女は来意を問うたが、お前が客だと分かると構う気も失せ、人違いだったと悔やみながら適当に追い返した。お前が去るとすぐに、噂好きの婦人が店に入り、郁竹(いくちく)にあることないこと吹き込んだ。お前は生きた人間ではなく、妖怪が化けたもので人を食うのだと。 崆峒(こうどう)派には飛天門(ひてんもん)があり、祭祀や祈祷、魔除けを専門としており、山の人々は崆峒(こうどう)の加護を信じている。鉄拳門(てっけんもん)の掌門(しょうもん)である雷謙(らいけん)も、暇さえあれば怪談で若い弟子を怖がらせるような老人だ。そのため鉄拳門(てっけんもん)の者は魑魅魍魎の実在を信じており、特に小竹はその傾向が強い。先ほどの出来事を思い返し、人違いをしたのは妖術に惑わされたからだと考え、底知れぬ恐怖を抱いた。 一方、宿舎に戻ったお前も、小竹の江湖(こうこ)での渾名が「砕骨魔」であることを知る。彼女は怪力の持ち主で、かつて師兄(しけい)の前途を容易く破壊し、猛虎を引き裂いてその血で剣を鋳造するような残酷な人物だという。彼女を怒らせたお前は、次は引き裂かれて剣の材料にされるかもしれない。 あまりに真実味を帯びた話に、お前も半分信じてしまった。江湖(こうこ)には奇人変人が多い、信じるに越したことはないと思い至り、戦々恐々とするのであった。 この日ついに久しぶりの崆峒(こうどう)季試が開催され、飛天、奪魄、鉄拳、玄功の四掌門、四護法が半雨屏(はんうへい)に集結し、門下弟子が各一方を占拠し、その威勢は凄まじかった。 留学中の他派の弟子たちも拳を摩して掌を擦り、躍起になっており、美名のもとに盛挙に参加すると言いつつ、実のところ皆この機会に名を揚げようとしていた。 あなたと南宮(なんきゅう)浅は観客席で観戦していたが、各派の門人が次々と下りて行って試合をするのを見て、留学以来の武学の進歩を試したくてうずうずしてきた。 南宮(なんきゅう)浅は南宮(なんきゅう)世家の二公子であり、家族の厚い期待を背負っているため、何としても人に見下されるわけにはいかず、武芸が低いと自覚していても、執意に下りて行って挑戦しようとした。 あなたは胸を張り、参戦を決意した。 場ではちょうど勝負がついたところで、南宮(なんきゅう)浅の勝利だった。彼が武功(ぶこう)に優れているわけではなく、弱すぎて相手が困惑したのだ。何度か手合わせして底が見え、彼がまだ攻守進退の要領を得ておらず、自分の敵ではないことは分かったが、南宮(なんきゅう)家学は守りに長けており、並の技では彼をどうすることもできず、勝つには絶招を出さねばならなかった。しかし二公子がどれほど家主に疎まれていようと、腐っても南宮(なんきゅう)二公子であり、大衆の面前で彼を完膚なきまでに叩きのめせば、南宮(なんきゅう)世家を敵に回すことになるのではないか? そう考え、彼と戦っていた小道長はいっそ棄権し、彼に花を持たせて退場したのだ。 南宮(なんきゅう)浅が喜んだのも束の間、すぐにまたあなたと当たってしまった。 あなたはわざと手加減し、彼と一進一退の攻防を繰り広げてから彼を倒し、彼に一勝させ、さらに立ち回ってから退場し、彼の顔を立ててやった。 南宮(なんきゅう)浅はあなたが手加減してくれたことを知り、心中密かに感謝した。 あなたは二戦目まで戦い、敗れたが、それほど恥じることではない。 留学中の他派の弟子たちが雰囲気を盛り上げた後、ようやく崆峒(こうどう)四門の代表が入場して試合を行った。 季試は掌派人(しょうはじん)選挙の前哨戦とも言え、四門は精鋭を尽くし、各々神通を披露した。 あなたが賞を受け取りに玄功洞(げんこうどう)に入ると、上官(じょうかん)家の令嬢が魏掌門と話しているのに出くわした。 上官螢(じょうかんけい)はあなたに対してひどく冷淡で、言葉の端々に対抗心を覗かせたが、魏掌門の手前、発作を起こして印象を悪くするのを避け、懸命に怨気を抑え込んでいた。 魏掌門はあなたに名貴な文房四宝一式を贈った。 筆は崆峒(こうどう)紫毫(しごう)、墨は徽墨(きぼく)、紙は澄心堂紙(ちょうしんどうし)、硯は澄泥硯(ちょうでいけん)。たまには字を書き、詞を詠み、絵を描いて、修身養性するようあなたを励ました。 この日の早朝は雨で、走ることはできなかった。あなたが部屋に戻ってもうひと眠りしようとしていたところ、招待所で尋常ならざる動きがあり、何か大事が起きたようで、人が来てあなたを半雨屏(はんうへい)に呼んだので、あなたはその門の列に加わった。 四掌門の協議が定まり、ようやく飛天掌門火龍仙君が皆に告示した。 中原(ちゅうげん)武林(ぶりん)で一大事が起きたのだ。あの武林(ぶりん)の泰斗(たいと)南宮(なんきゅう)世家のある江陵(こうりょう)城が、なんと突然魔教に包囲され、城郊の駐屯軍も分断され、愁城に困じているという。 泥教(でいきょう)畜生道(ちくしょうどう)、修羅道(しゅらどう)もそれに伴い表面化し、一つは弟子が天下に散らばる丐帮、二つはゼロに分散し、宋軍の中に潜伏し、内外から呼応し、突然発難したため、防ぎようがなかった。 この局面の展開は、泥教(でいきょう)の蓄謀が久しいことを示しており、皆おののき、暗黙の了解をした:この江湖(こうこ)、どうやら変天しようとしているようだ。 招待所では、留学していた他派の江湖(こうこ)人が次々と荷物をまとめ、別れを告げて山を下りた。 師門や家族を心配する者もいれば、大局を重んじ、救援に急ぐ者もおり、また名を上げるために、人に遅れるのを恐れる者もいた。 この日、あなたが道を行くと、突然呼び止められた。振り返ると、四師兄(よんしけい)があなたの道中に残した唐門(とうもん)の記号を見て、同門の師兄弟(しきょうだい)を連れて一路追いかけ、あなたと合流したのだった。 あなたは同門の師兄弟(しきょうだい)と同行し、胆気が大いに強まり、独行の時の不安も消えた。 そういえばあなたが唐門(とうもん)弟子の身分で遠征するのはこれが初めてで、胸いっぱいの豪情壮志で、躍起にならずにはいられず、足取りも軽くなった。 あなたと四師兄(よんしけい)の一行は路上で何の障害にも遭わず、皆若者なので、大きなことをしに出かけるとなると、どうしても心が浮き立ち、溢れる熱血を抑えきれず、軽功(けいこう)を使って速さを競い合い、数日と経たずに、荊州(けいしゅう)の境界に着き、あと一、二刻もすれば、江陵(こうりょう)城下に着くところだったが、四師兄(よんしけい)は性格が慎重で、臆病に近いほどなので、軽進を敢えてせず、一晩泊まり、夜が明けてから戦場へ向かうことを主張した。 四師兄(よんしけい)が掌櫃(しょうき)に部屋を予約し、一通り指示して師弟(してい)たちを解散させると、包みを提げて出かけようとした。 あなたが好奇心から二言三言尋ねると、こいつが医術を心得ていることを思い出し、その場であなたを海賊船に乗せ、夜市で薬を売りに行った。彼が客引きをし、あなたが診察し、薬を買えば脈診(みゃくしん)のおまけ付きで、商売は大繁盛だった。 まさにその時、衣類が襤褸で、体格の小柄な乞食が近づいてきて、何か言いたげだった。あなたの知っている丐帮の友人樊嘯天でなくて誰であろうか? 四師兄(よんしけい)は即座に全神経を戒め、構えを取り、この泥教(でいきょう)弟子が不意打ちを仕掛けてこないようにした。 あなたは彼が絶対に害をなさないことを知っており、手招きして彼のために脈をとった。樊嘯天(はんしょうてん)は胸襟を開いており、考えることなく脈門(みゃくもん)をあなたの手に委ね、四師兄(よんしけい)を唖然とさせた。 彼があなたの医術を見込んだのは、自分の体調が悪いからではなく、彼の犬が病気になったからで、あなたに彼と一緒に近くの廃廟へ行って犬の治療をしてほしいと頼みに来たのだ。 樊嘯天(はんしょうてん)は文字も読めないが、一片の赤誠があり、彼は極悪非道な輩ではなく、あなたの恩恵を受ければ、一文無しでも報いたいと思うが、ただあなたが彼の持っているたった半分のカビた饅頭を欲しがらないだけだ。 あなたは樊嘯天(はんしょうてん)の犬を治し、おずおずと立ち去る許可を求めた。 樊嘯天(はんしょうてん)も引き止めず、あなたに全く興味がない様子だった。 彼は心念一動し、あなたが先ほど丐帮の事情を探っていたことから、江陵(こうりょう)へ救援に行くつもりだと察し、たとえ今日あなたが彼の手で命を落とさなくても、明日戦場で会えば、やはり逃れられないだろうと思った。 意外にも彼は恩を知っており、明日もし会うことがあれば、あなたを避ける、たとえあなたが死ぬとしても、彼の手にかかって死ぬことはないと言い、今日の恩返しとした。 あなたはこの狂犬を凝視し、彼が突然発作を起こして攻撃してこないか心配し、彼もあなたを凝視し、あなたたちがお互いの視界から消えるまで続いた。 あなたたち一行は江陵(こうりょう)城の郊外に来て、遠くから多くの乞食と官兵が激しく戦っているのを見た。 四師兄(よんしけい)は老獪だが、和気生財を主張し、人と武を動かすことは少なく、このような大場面を見たことがなかった。一つ間違えば命を落とすのではないかと恐れ、彼が率いる隊だったが、どう対応すべきか決めかね、掌に汗を握った。 あなたはまず情勢を見極め、謀を定めて後に動くことを主張した。 四師兄(よんしけい)のような世慣れた老江湖でさえ戦場の情勢が見えないのに、ましてやあなたは。 もしこの時入陣すれば、勝敗は予測できないが、毅然として亀縮すれば、絶対に負けないと断言できる。 どう考えても草むらに隠れている方が安全だ。 師兄(しけい)はあなたの意見に従い、同門の師兄弟(しきょうだい)を率いて林の中に潜伏し、好機を待った。 あなたたちが林の中に身を潜め、形勢の変動を観察していると、突然隣の人が軽功(けいこう)を使い、風を切って通り過ぎていった。なんと全真(ぜんしん)、峨嵋(がび)の両派の弟子が到着したのだ。彼らが戦局に介入すると、あなたたち唐門(とうもん)も人に遅れるのを良しとせず、次々と敵を殺すために入陣した。 城に入ると、大公子南宮深が自ら出迎え、全真(ぜんしん)、峨嵋(がび)の両派の弟子には非常に熱心で、上賓として扱ったが、唐門(とうもん)が暗所に隠れて動かなかったことに対しては、深く不満を抱いていた。 幸い傍らに控えていた家丁はまだ礼儀をわきまえており、大公子の代わりに弁解し、あなたたちをなだめ、ようやく院に案内して宴席を設けてくれた。 武林(ぶりん)各派が江陵(こうりょう)に集結し、大公子は意気揚々と、中央で指揮を執り、各派の人馬を配置し、明日丐帮が自ら網にかかるのを待つばかりとなった。その時が来れば各派は官兵に応呼し、四方八方から退路を断ち、丐帮の人馬を一網打尽にできる。 今回の手出しは、以前のように互いに牽制し合い、小競り合いをし、捕まえては放し、放しては捕まえ、常に一線を守っていたのとは違う。明刀明槍と戦場で生死を懸けるのだ。 同席の俠士(きょうし)たちは皆拳を擦り合わせ、血を沸き立たせて躍起になり、彼らが来るなら、彼ら泥教(でいきょう)畜生道(ちくしょうどう)を不意打ちにして、群邪を掃討し、中原(ちゅうげん)武林(ぶりん)に清明な気象を取り戻そうと思っていた。 あなたと衆師兄弟も皆群情に煽られ、闘志が高揚し、今すぐ戦場に行って、あの誰からも愛されない臭い乞食どもを殺してやりたいと思っていた。 協議が定まり、各人の人馬は次々と別れを告げ、枕を高くして待つことになった。 江陵(こうりょう)決戦前夜、あなたの心は波立ち、不安で落ち着かず、どうしても眠れないので、起きて練功し、少し疲れれば眠れるだろうと思った。 あなたは庭の静かな場所で、拳脚を展開し、思うままに乱打した。 少し汗をかいたところで切り上げた。泥縄式もあまり実用的ではなく、疲れすぎると、かえって本末転倒になるからだ。 その時、音を聞きつけた大公子とその婚約者の上官螢(じょうかんけい)があなたの前に現れた。 南宮深(なんきゅうしん)はあなたに対して非常に丁寧で、あなたは一介の外弟子に過ぎないが、それでも礼を尽くそうとし、あなたに詫びて、意図的にあなたの練功を覗き見たわけではないと言った。 あなたの一身の武功(ぶこう)はすべて独学で、見られるのは怖くないが、笑われるのが怖いだけだ。南宮深(なんきゅうしん)はそれを聞いて驚いた。あなたは広く引用し博く引くことができ、天賦の才があることがわかるが、各派の心法、形意はすべて異なり、もし欲張れば、学べば学ぶほど雑になり、神髄を失うだけでなく、一時の不注意で、走火入魔(そうかにゅうま)になるのを恐れた。 招数はさておき、内功(ないこう)の習練は最も危険であり、南宮深(なんきゅうしん)はあなたが師長の指導を受けていないことを知り、あなたが無理に内功(ないこう)を修練し、陰陽が背離し、体を傷つけ脈を損なうことを深く憂慮し、あなたに一組の内功(ないこう)図録を贈った。名は巫山洞府九宝図(ふざんどうふきゅうほうず)という。 南宮深(なんきゅうしん)は謙遜して、これを習っても絶世の武功(ぶこう)は練り出せず、ただ両儀を調え、五行(ごぎょう)を温養するだけで、あなたには必ず役立つだろうと言ったが、実はあなたがこの図が貴重であることを知って、軽々しく受け取らないのではないかと恐れたのだ。 この図は巫山と長江(ちょうこう)が交わる鍾乳洞の中の壁画に刻まれており、幾朝を経たか知れず、非常に神秘的で、その洞窟は今や江水に水没しており、この図録は絶版である。 この図の内功(ないこう)は南宮(なんきゅう)家学と殊途同帰であり、彼南宮深にとっては無用だが、それでも千金の価値がある。 あなたは彼の盛意を見て、断るのも失礼だと思い、厚かましく書を受け取った。 表面上は感謝したが、内心では悪口を言い、彼がケチで、絶世の武功(ぶこう)も練り出せないような図録を贈るくらいなら、直接金をくれればいいのにと思った。 二人が去った後、あなたは水を汲んで部屋に戻り汗を拭き、蝋燭(ろうそく)の光でしばらく図録をめくり、喜びを抑えきれず、図に従って何度か比劃し、何か得るものがあり、満足して就寝した。 夜が明けると、泥教(でいきょう)畜生道(ちくしょうどう)と雌雄を決する時が来た。 南宮(なんきゅう)世家を筆頭に、正道各派の俠士(きょうし)、江陵(こうりょう)の将士が枕を並べて待機していた。 家主は城中に坐鎮し、南宮深(なんきゅうしん)が群俠を率いて出陣し、弟の南宮(なんきゅう)浅が傍らで補佐した。 南宮深(なんきゅうしん)は威風堂々と大股で城を出て、高きに臨んで遠くを眺め、意気揚々としていたが、その婚約者である上官螢(じょうかんけい)が城から追いかけてきて、数珠を一連贈ろうとした。それは彼女が敬虔に仏を礼拝して寺で求めたものだったが、思いがけず南宮深(なんきゅうしん)の忌諱に触れてしまった。世家は道教(どうきょう)を篤く信じており、彼女の信仰とは異なっていたため、顔を曇らせ、どうしても受け取ろうとしなかった。 それと同時に、噂の大公子の紅顔の知己、江陵(こうりょう)城第一の楽女楽屏も心配そうな顔で、城から追いかけてきて、香り袋を贈った。 一つは金を払って寺で求めたもの、一つは夜なべして縫ったもの、どちらの心が赤誠であるかは、一目瞭然である。 南宮深(なんきゅうしん)は大いに感動し、婚約者の目の前で、人の香り袋を受け取った。上官螢(じょうかんけい)は怒り心頭に発し、もう我慢できず、言葉を飾らず、皆の前で南宮深(なんきゅうしん)の体面を欠く行いを論駁した。 南宮深(なんきゅうしん)は公衆の面前で顔を潰されるのを最も嫌い、まして今日彼は父に代わって出征し、隠然たる正道の領袖の気風を見せているのに、どうして衆人環視の中で、このような指摘を受け入れられようか。思わず勃然と大怒し、捨て台詞を残して、袖を払って去り、二度と上官螢(じょうかんけい)の苦言に耳を貸そうとしなかった。 あなたは傍らで見ていて、冷や汗をかいた。英雄気短、児女情長、陣に臨んでこんな茶番を演じるとは、天下の豪傑に笑われ、自分の威風を損なうだけではないか。 しかしそれはあくまで他人の家事であり、殴り合いにならない限り、どうなっても、あなたが口を出す幕ではない。 大公子は高みに登って呼びかけ、太鼓を叩かせて士気を高め、先頭を切って陣中に突っ込み、江湖(こうこ)の俠士(きょうし)たちも次々と号令に応じ、共に戦場へ赴いた。 形勢が次第に明らかになり、丐帮の敗色が濃くなり、これ以上戦っても死傷者を増やすだけだと見て、王二壮(おうじそう)は身を挺して出て、真気(しんき)を鼓舞し、獅子の咆哮のような叫び声を上げ、その声は平野を震わせ、両軍の人馬は皆驚愕し、期せずして手を止め戦いをやめた。 王二壮(おうじそう)は四方を見渡し、一人の力で天下の豪傑に挑戦すると豪語し、誰であろうと、男女老少を問わず、かかってこい、彼に勝てれば、首を差し出し、丐帮の子弟も一緒にお縄につくと言った。 この言葉はあまりに傲慢で、その場にいた俠士(きょうし)たちは彼がこれほど唯我独尊であるのを容認できず、即座に誰かが衆を排して進み出て、挑戦した。 挑戦者の声は清らかで、一人の黄衣の少女が崆峒(こうどう)派の中からしなやかに歩み出てきた。崆峒(こうどう)玄功門(げんこうもん)現任掌門魏菊である。 彼女が前に出てくるのを見て、王二壮(おうじそう)も驚いた。 一見か弱そうに見えるが、実は武功(ぶこう)が高い女子は彼も見慣れていたが、この女の挙手投足には武術家の構えが全くなく、まるで無防備で、一掌下せば、たちまち命を落としそうだった。 思わず彼女の胆力を大いに称賛した。 魏掌門は開口一番、褒め殺しで正道の人士に花を持たせ、王帮主はますます驚き、崆峒(こうどう)派にこれほどの奇女子がいるとは知らなかった。彼女の考えを見抜いたが、少しも逆らわず、かえって密かに称賛した。 彼女が自分を皮肉り、三掌受けると言うのを聞いて、計略に乗ることにし、掌力は三分で攻めて様子を見、七分を守りに残し、彼女がか弱い女流だからといって油断せず、案の定詐術があり、両掌が触れると、王二壮(おうじそう)ははっと悟った。この女は勝算があって、実は内功(ないこう)の修為が驚くべきもので、陰陽調和(いんようちょうわ)し、純厚を極め、自分にも少しも劣らないが、ただ彼女はそれをうまく使えず、自分の七分の守りで受け止められ、軽々と送り返された。 魏菊(ぎきく)も人を傷つけるつもりはなく、王帮主が油断し、弱者を憐れむ隙に乗じて、崆峒(こうどう)鉄琵琶功(てつびわこう)を使って人を震懾し、彼に天下の英雄を侮らせないようにし、正道俠士のために先手を取ろうとしただけだった。 しかし彼女はこれほどの内家高手に出会ったことがなく、不意に自分の内力(ないりょく)で震退され数歩後退し、内傷(ないしょう)は負わなかったものの、顔色を失うほど驚いた。また幸いにも彼女は仁厚な心の持ち主で、悪意を持って重い手を下さなかったため、もしこの震動を受けていれば、命はなかっただろう。王帮主は口では女子供に容赦しないと言っていたが、実は彼が出した三分の内力(ないりょく)は、すべて相手を守るために使われていた。 彼女にやめるよう勧め、三掌の約束はなかったことにしてもいいと言った。魏菊(ぎきく)は顔面蒼白になりながらも、約束を破ることを良しとせず、無理をしてあと二掌受けようとした。 思いがけずこの一掌を、不招請の客が横から割り込んで受け止めた。王二壮(おうじそう)は風音を聞いただけで、来者がただ者ではないと知り、後ろ足を一歩踏み出し、構えを変え、バンという音と共に、縞衣(こうい)の少年は空中で一歩後退し、王帮主は来る勢いをすべて地底に逃がし、自身は無傷だった。 それでも、やはり驚きを禁じ得なかった。数年怠けている間に、江湖(こうこ)にはこれほど多くの英雄少年が現れたのか。あの黄色い服の小魏掌門に続き、また一人の縞衣(こうい)剣少が来た。内力(ないりょく)は小魏掌門ほど厚くはないが、掌法は精妙無比で、両掌が接するや否や、即座に勢いを収め、掌力の大半を消し去った。 瑞笙(ずいせい)も密かに心驚し、魔教法王の名は虚伝ではなく、内力(ないりょく)の強さは、実に生平僅見で、この一掌だけで、彼はあやうく足がすくむところだった。 あなたが傍らで観戦していると、向こうでは、王二壮(おうじそう)が弾指連環し、気度は広大で、妙技が次々と繰り出され;瑞笙(ずいせい)は剣を手にし、円転自在、変化無双。 ある時は稲妻のように速く、身を揉んで接近戦を行い、瞬く間に十数回の攻防を交わし; ある時は微動だにせず、両者対峙し、数息の間に、ただ一招を出すのみだが、それがまた極めて険しく、極めて妙である。 嵩山(すうざん)派が敗れて以来、世人は長年嵩山派の神功の真の姿を目にしていなかった。今王二壮が使うのを見ると、気象は森厳で、神威は凛々しく、どこに邪魔外道の影があろうか? 不倶戴天(ふぐたいてん)の仇敵でさえ、彼の一身の絶世武功には感服せざるを得ない。 さらにその名もない少年剣俠を論じれば、一襲の縞衣(こうい)が掌影の間を縫う。剣舞は雄奇爛漫、意境は清新俊逸、優雅にして奔放、行雲流水、渾然天成(こんぜんてんせい)、宛ら剣仙の再来の如く、精絶であるだけでなく、艶絶でもあり、思わず喝采を叫びたくなる。 あなたは舌を巻いた。自分の目で見なければ、世にこれほど神妙な武功(ぶこう)があるとは到底信じられなかっただろう。見れば見るほど恥じ入るばかりだ。 実はあなたの境界が達人まであと一歩のところにあるからこそ、心を動かされるのだ。今日の平野の上で、感嘆する者は稀で、多数の人は茫然としてその妙を解せず、ただあなたのように百川が合流して海となる者だけが、見聞を心に納め、自分の不能を補うことができるのだ。 あなたは舌を巻いた。もし親しく目にしなければ、世にこれほど神妙な武功(ぶこう)があるとは到底信じられなかっただろう。見れば見るほど慚愧の念を感じる。 実はあなたの境界が高手との距離がただ一歩を欠くのみであるからこそ、心を動かされるのだ。今日平野の上で、感嘆する者は稀で、多数の人は茫然としてその妙を解さない。ただあなたのように百川が匯流してこそ、見聞を心に納め、あなたの能わざるところを増益できるのだ。 瞬く間に三十二招が過ぎ、一見したところ勝負がつかないようだったが、当事者二人だけは心中数を数えており、瑞笙(ずいせい)は汗をだらだらと流し、恭しく一礼して退いた。この一戦を経て、彼の功夫はまた一段上のレベルに進んだ。 その後、王帮主は一夫当関、次々と正道の手練れを打ち負かしたが、少しも疲れを見せず、見た目は意気軒昂だったが、実のところ真気(しんき)の消耗は激しく、大芝居も終わりに近づき、名残惜しくとも、幕引きの時が来たことを知っていた。気力を振り絞り、声を張り上げて叫び、城中に鎮座する南宮(なんきゅう)家主に戦いを挑んだ。 南宮遠(なんきゅうえん)が城を出て応戦しなければ、戦いを恐れる臆病者という汚名を着せられ、二度と胸を張って江湖(こうこ)を歩くことはできなくなる。どうしようもなく、頭を硬くして出て行って王二壮(おうじそう)と会うしかなかった。 ただ目の前の薄汚い男は、見れば見るほど見覚えがあり、驚きと喜びが入り混じった。別れてから早二十年、まるで昔日の少年のようだが、目の前の人物は彼が苦労して探し求め、ついに見つからなかった旧友ではないか? あの年、彼は自分を成就させるために、失意のうちに家を捨てて去り、定遠将軍家の名門子弟であることをやめ、馬を引いて単身北へ行き、江湖(こうこ)を放浪して何年になるか知れず、別れてから早二十年、音信不通で、南宮遠(なんきゅうえん)は彼がとっくにこの世にいないと思い、時々夜遅くに悲しみに暮れて涙していたが、まさか彼が名前を変え、丐帮の帮主になっていようとは。 悲しみと喜びがこみ上げ、たちまち熱い涙が目に溢れたが、かつての生死の交わりも、今朝は生死を決しなければならない。 一方は正道の領袖、一方は魔教の法王、正邪は両立せず、公においても私においても、この戦いは避けられないからだ。 王帮主はこの喧嘩をもう一度するためだけに、今日まで苦労して耐えてきたのだ。 二人は武を比べて心を交わし、すべては言葉にならず、一拳一脚に、千言万語が宿っている。 二十年前は互角で、伯仲していた。道を分かって二十年、二人はもはや昔の少年ではなく、南宮遠(なんきゅうえん)は気を散らして多くのことに手を出し、琴棋書画すべてに手を出していたが、王二壮(おうじそう)の専心致志、千錘百錬の絶世武功にどうして敵うだろうか? 王二壮(おうじそう)が手を挙げて生死を決めようとしたその時、丐帮の中から突然一人が飛び出し、鋭い刃物を手に、王二壮(おうじそう)の体を突き刺した。しかし刺された人は顔色一つ変えず、刺した人が涙を流し、助けられた人も驚き怒った。 なぜならこれらすべては、王二壮(おうじそう)の計略だったからだ。彼は万夫の敵となり、一身に憎しみを集め、義子に大義滅親(たいぎめっしん)させたのだ。 彼が死ねば、彼を首領とする泥教(でいきょう)畜生道(ちくしょうどう)は頼りを失い、旧派の勢力に対抗できなくなり、逃げるか降伏するかで、これより後、丐帮は二度と泥教(でいきょう)の支配を受けなくなる。 彼は身を捨てて、潔白な丐帮を武林(ぶりん)正道に返そうとしたのだ。 彼は一身の狂騒の熱血を流し尽くし、江湖(こうこ)と朝廷(ちょうてい)の旧恨を洗い流し、血が乾いて固まれば、同じ血が流れる人々は、一つに団結するだろう。 南宮遠(なんきゅうえん)は悲痛に暮れ、二十年待ち続け、再会がすなわち訣別の時となった。 旧友を背負い、急いで城に入り医者を探したが、彼は知らなかった、王二壮(おうじそう)が自分で最後まで歩いてきたことを。願いは足り、人間界に足を止め、誰にも借りはなかった。 最後に琵琶(びわ)の音を聞き、王二壮(おうじそう)は満足して目を閉じ、思考は遠く飛び、彼ら三人の最も良い時代へと戻っていった。 それと同時に、高楼(こうろう)の上、月の輪の下、絶代の佳人が世を捨てて独り立ち、夕陽が落ちるのを見送り、衣に涙をこぼした。 丐帮は内乱し、包囲の勢いは土崩瓦解し、最終的に内紛は旧派の全勝で終わった。 その後丐帮は生まれ変わり、正道の列に復帰し、江陵(こうりょう)の危機は解除され、全城が歓喜し、家々が提灯を灯し、夜になっても、依然として灯火が輝いていた。 あなたは一日中苦労し、南宮(なんきゅう)の大邸宅に戻ると、家丁があなたに入浴と着替えを勧めた。今日は大勝したので、少し遅く夜宴があり、魚や肉のご馳走は欠かせず、各路の英雄に報い、正道の威風を揚げるのだという。 あなたが大広間に来ると、死のような静寂に包まれ、少しも祝いの雰囲気はなく、夜宴があるはずなのに、広間は空っぽで、挨拶に来る人もいなかった。 四師兄(よんしけい)が急いであなたを脇へ引っ張っていき、あなたは大事が起きたことを知った。なんと丐帮の万千の衆を興して江陵(こうりょう)を包囲し、各派の援軍を引きつけたのは、調虎離山(ちょうこりざん)計で、江陵(こうりょう)にいる間に、各門各派が同時に泥教(でいきょう)の奇襲に遭ったのだ! それと同時に、南宮(なんきゅう)老太爺の死報も突然入ってきた。南宮(なんきゅう)世家は武林(ぶりん)の心でありながら、深い悲しみと霧の中に沈み、各派は自家の存亡を心配し、次々と辞去して行った。江陵(こうりょう)城は祝賀ムード一色なのに、広大な南宮(なんきゅう)の家宅は、格別に冷え冷えとしており、皮肉極まりない。 あなたは驚愕し、凶報が相次ぎ、悪夢の中にいるようで、抜け出すことができなかった。 大公子南宮深は老太爺のような内家の達人が、急病で急死するとは信じず、誰かが毒を盛って暗殺したに違いないと考えた。そして今この時江陵の中で、毒使いの第一人者といえば、あなたたち唐門(とうもん)の人間に他ならない。 南宮(なんきゅう)家主が出てきて会ったが、感情を抑えようと努めてはいるものの、一日のうちに兄弟を失い、父を失い、すでに六神無主となっており、ただ一股の真気(しんき)で心を守り、かろうじて平静を保っているだけだった。 再び出てくると、大公子はもう丁寧な態度はやめ、顔を強張らせて客を送った。 彼は今日あなたたちを江陵(こうりょう)から去らせたが、それはあなたたちを疑っていないという意味ではない。 この件が片付いたら、必ずまた事情を徹底的に調べ上げ、もし唐門(とうもん)が本当に関与していたなら、彼南宮深は決して許さないだろう。 この時、顔色を失った上官螢(じょうかんけい)も老太爺の訃報を聞いて、急いで家門に駆けつけ、婚約者の口から事実を確認すると、たちまち涙を止められず、こぼれ落ちた。ただでさえ断腸の思いで、中に入って叩頭しようとしたのに、婚約者が婚約を破棄すると言うのを聞いて、さらに悲痛の極みに達し、声も震え、普段の鋭い気勢は跡形もなかった。 これは南宮(なんきゅう)、上官(じょうかん)の家事であり、あなたたちは関知するのに適当ではなく、黙って別れを告げ、馬に鞭打って急ぎ、唐門(とうもん)へ帰った。道中星を戴き月を被り、飲食はすべて馬上で済ませた。 天有不測風雲、道中で突然の土砂降りに見舞われ、唐門(とうもん)の一行はずぶ濡れになった。 幸い、山道に茶屋があり、雨宿りをして一息つくことができた。 お前はかけそばを頼んだ。冷たい山雨の中で啜る温かい汁そばは格別で、心身ともに温まった。しかし店主に代金を請求され、懐を探って無一文であることに気づく。仕方なく四師兄(よんしけい)に金を借りようとすると、他の兄弟弟子たちもそれを見て、四師兄(よんしけい)が気前よく奢ってくれるのだと勘違いし、群がってきた。四師兄(よんしけい)はドケチだが人付き合いも大事にするため、引くに引けなくなった。最終的に泣く泣く腹を括り、全員の飲食代を支払い、人情と名声を買うことにした。 人生は浮き草の如く定まらない。今この時、集い、高らかに歌おう。兄弟弟子たちは山村の小さな店に集まり、麺を啜り酒を飲み、山歌を歌って大いに楽しんだ。 たとえ将来離れ離れになっても、「今日」という日は記憶の奥底で輝き続けるだろう。 唐門(とうもん)に戻ると、大院(だいいん)の中はひっそりとしており、あなたたちは唐門(とうもん)が襲撃されて被害甚大かと思ったが、二師兄(にしけい)が出てきて説明し、本門はほとんど無傷で、人が減ったと言えば、怖気づいて自ら下山を申し出た臆病者たちだけだと知った。 あなたたち一行はそれで安心した。 あなたたち一行は中に入って掌門(しょうもん)に拝謁し、四師兄(よんしけい)は江陵(こうりょう)での見聞を一部始終報告した。 掌門(しょうもん)もあの丐帮の帮主とは久しく交友があり、彼が一人で天下の俠士(きょうし)に挑戦したと聞いて、その気魄がどれほどのものか、もし自分がその場にいたら、きっと真っ先に出て行って教えを請うただろうと言った。 さらに南宮(なんきゅう)老太爺が仙逝したと聞き、思わず呆然とし、密かに心を痛め、まるで自分の身内を失ったかのように悲しんだ。 あなたは正心堂(せいしんどう)を出て、練武場にしばらく立ち尽くし、江湖(こうこ)の雨風はすべてあなたから遠ざかった。 あなたは家に帰った、空は晴れ渡っている。たとえ明日風雲が変わろうとも、あなた一人が背負うわけではない。 いつも退屈だと思っていた平凡な日々も、かけがえのないものになった。 江陵(こうりょう)の一戦で、武林(ぶりん)正道は大勝したが、この勝利を皮切りに、山雨来たらんとする気配があった。 各派が江陵(こうりょう)に集まり、南宮(なんきゅう)の危機を救ったが、魔教が本当に畜生道(ちくしょうどう)を餌にし、調虎離山(ちょうこりざん)し、その機に乗じて各派の空門を強襲するとは万万予想していなかった。 各派が知らせを聞いて師門に戻ると、そこには満目瘡痍が広がり、六大門派を筆頭に、江陵(こうりょう)に参加した者は一人として免れず、軽ければ秘笈(ひきゅう)を盗まれ、重ければ一門皆殺しにされており、ただあなたの蜀中(しょくちゅう)唐門(とうもん)だけが無傷だった。 地面の血痕は拭えても、恥辱は拭えない。 この恨みは晴らし難く、武林(ぶりん)正道は必ず公道を取り戻し、魔教に血で償わせると誓った。 しかし魔教の勢力は大きく、中原(ちゅうげん)武林(ぶりん)が団結しなければ、どうして対抗できようか? 折あしく誰もが服さず、誰が牛耳を執るか定まらず、外患未だ除かれざるに、六大派(ろくだいは)が先に争い始めた。 武林(ぶりん)の和事佬であった南宮(なんきゅう)老太爺が亡くなり、家主南宮遠は悲しみのあまり大病を患い、終日ぼんやりとしており、諸般の家事方針は、長子南宮深が代わって取り仕切っているが、残念ながら彼はまだ若く、威信が衆を服するに足らず、唇を尽くしても、兵を休め鼓を息めることは難しい。 江湖(こうこ)は動乱し、今や風雨飄揺の時、掌門(しょうもん)は病を抱え、舵を取ることができず、大師兄(だいしけい)はずっと姿を見せず、三師兄(さんしけい)と二師兄(にしけい)がついに本門の方針を巡って論争を始めた。 一人は本門の名誉を憂い、積極的に武林(ぶりん)の事に関与し、それによって自ら潔白を証明することを主張し;一人はそれを鼻で笑い、清き者は自ら清しと言い、波に随い流れることを願わなかった。 多事の秋に遭遇し、また悪報が伝わり、南宮(なんきゅう)老太爺が亡くなって間もなく、飛石帮がすぐに蠢動し始め、人を派遣して唐門(とうもん)の縄張りを荒らし、威を示そうとした。 丐帮は正道に復帰し、好機を待って、いくつかの大手柄を立てて心象を挽回し、名誉を取り戻そうとしている。そしてあなたたち唐門(とうもん)は魔教の襲撃から全身全退し、注目の的となっており、世人は皆唐門こそ魔教の一味だと言い、新旧の恨みが重なり、丐帮があなたを血祭りにあげずして、誰に不運を求めようか? 四師兄(よんしけい)は命を受けて隊を率いて山を下り、飛石帮と街で激戦を繰り広げた。 幸い双方は様子見が目的で、死に物狂いにはならず、重大な死傷者は出なかった。 あなたたちは負けただけでなく、相手にはまだ伏兵がおり、あなたたちを全滅させるのは容易いことだった。それを思うと思わず心驚し、いつの間にか、飛石帮は侮れないほどに成長していたのだ。 この戦いで唐門(とうもん)は惨敗し、人心は動揺し、噂が広まり、名声も大きな影響を受けた。 掌門(しょうもん)は長い間眠り続け、一日中昏々としており、たまに目を開けても、魂が抜けたようで、寝たきりだった。 この日ついに意識を取り戻し、家会を主宰した。二師兄(にしけい)は脈を取りながら、慎重に江湖(こうこ)の近況を報告し、常に掌門(しょうもん)の脈象(みゃくしょう)に注意を払い、それが古井戸のように波立たないのを見て、ようやく安心した。 数日間の静養のおかげで、脈象(みゃくしょう)は次第に安定してきたが、気血(きけつ)両虚で、まだ補益(ほえき)が必要である。休養期間中は無明の火を大きく動かすのが最も忌まわしく、ただ平心静気していれば、煉丹房の主炉の霊丹が成るのを待って、康復が望める。 掌門(しょうもん)のこの夢は隔世の感があり、自身の状態は軽く流し、ただ家門の興衰を憂えた。今や江湖(こうこ)は動乱し、処世の方針も掌門(しょうもん)がその位にいないため、懸案となっており、もし自分がまた長い夢から覚めなければ、唐門(とうもん)を巻き添えにし、列祖列宗に申し訳が立たないと深く憂慮した。 そこで心を決め、もはや躊躇することなく、本門を召集するよう命じた。 二師兄(にしけい)は命を得て出かけ、使命を分担し、あなたもついて出た。 あなたは自ら進んで、二師兄(にしけい)の代わりに煉丹房の主炉の火の番をしようとしたが、思いがけず二師兄(にしけい)はそれを聞いて大いに腹を立て、あなたを激しく罵倒し、煉丹房に近づくことを厳禁した。 蜀中(しょくちゅう)で活動している唐門(とうもん)弟子は皆掌門の号令に応じ、山門に集結し、一時の間、唐家大院は人で溢れ返り、久しぶりの賑わいで、かつての輝かしい光景を彷彿とさせた。 しかし掌門(しょうもん)の言葉は、衆弟子を唖然とさせ、寒心させた。彼の言葉の端々には、自ら老いて体が弱り、もはや唐門(とうもん)を率いる力がないことを認め、門下の弟子を山に遣わして、長らく姿を見せない大師兄(だいしけい)を探し出し、掌門(しょうもん)の位を継がせるという意図が含まれていたからだ。 議論が紛糾する中、突然誰かが大声で抗議した。その場にいた誰もが驚き、一体誰がそんなに大胆にも、公衆の面前で掌門(しょうもん)の命令に反駁するのかと思った。振り返ると、眉目秀麗な少年が、唐門(とうもん)の服色の服を着ていたが、誰も彼の素性を知る者はいなかった。 来者は自ら唐衫(とうざん)と名乗り、唐門(とうもん)の師叔(ししゅく)が離反した後にとった弟子だと言った。 まだ反応できないうちに、後ろから慈眉善目の老僧が仏号を唱え、ゆっくりと唐家大院に入ってきた。それは嵩山(すうざん)分院(ぶんいん)の有名な釈明禅師であり、彼の保証があれば、唐衫(とうざん)の身分は疑いようがなく、元々不満を持っていた者たちも、嵩山(すうざん)の高僧の前で、その場で叱責することはできなかった。 二人に続いて、また一人がしなやかに院内に入ってきた。紫衣の華服、鳳眼桜唇、容姿秀麗で、良家の令嬢の気品と、女傑の凛々しい威風を兼ね備えており、まさに武林(ぶりん)三大名家、上官(じょうかん)家の千金、上官螢(じょうかんけい)だった。 釈明大師と掌門(しょうもん)は一通り挨拶を交わしたが、この二人は旧知の仲ではあるものの、友でも敵でもなかった。 掌門(しょうもん)が若い頃、あなたの師母(しぼ)を軽薄した放蕩貴公子を千里追殺したことがあり、誰が説得しても聞き入れず、相手を追い詰めて逃げさせ、遠く嵩山(すうざん)派福建分院に逃げ込ませ、住職(じゅうしょく)釈明方丈に庇護を求めさせた。 掌門(しょうもん)は亦正亦邪だが、仏門(ぶつもん)の人に対しては礼を尽くし、薄い木の扉一つ、蹴れば開くのに、彼は大人しく外で百回叩き、日夜僧侶の読経を聞き、その後南宮、上官(じょうかん)両家の家主が揃って説得に来て、ようやく納得し、怒って帰った。 掌門(しょうもん)は長い夢の中で、釈明の夢も見た。 あの年彼は新任の住職(じゅうしょく)で、かなりの雄心と魄力があり、開けないと言えば、開けなかった。 今日はすでに衣鉢(いはつ)を伝人に譲り、寺を離れて雲遊(うんゆう)して数年、慈眉善目になり、老態龍鍾としている。 その人はすでに逝き、往昔の種々も、雲煙の如く、隔世の感があり、昔彼に対する怒りも、薄れ、もう恨む気にもなれず、当時追殺したあの貴公子がどんな顔をしていたかさえ、覚えていなかった。 釈明は掌門(しょうもん)の思いを知る由もなく、数言挨拶を交わすと、本題に入った。彼が上官(じょうかん)世家の嫡女を連れてきたのは、この自称唐門分家の弟子を後押しし、彼に後顧の憂いなく、思う存分発言させ、掌門(しょうもん)を力諫させるためだった。 その唐衫(とうざん)は掌門(しょうもん)の許可を得て、身を翻して正心堂(せいしんどう)の軒に上がり、気を提げて大声で発言し、利害を力説した。彼は口々に唐門(とうもん)子弟を自任し、憂心忡忡として、大師兄(だいしけい)は慷慨仗義だが、豪放不羈で、自律さえ難しいのに、まして門人を統率することなどできるだろうか? 江湖(こうこ)は一波未だ平らがざるに、一波また起こり、もし徳高望重(とくこうぼうじゅう)で、江湖(こうこ)で発言力のある人物を選んで掌門(しょうもん)を継がせなければ、唐門(とうもん)百年の基業は、朝には夕べを保てないだろう! 彼のこの言葉は唐門(とうもん)諸人の心に的中した。唐門(とうもん)には内憂外患が多く、門人は苦しみに耐えられない。期せずして皆思った:自分は唐門(とうもん)の威名を慕って山に登り拝師学芸したのに、百年の世家が、今日のような境地に落ちぶれ、少しの威風もなく、江湖(こうこ)を歩けば至る所で冷遇されるとは思いもしなかった。 大師兄(だいしけい)という人は、良く言えば随和で率直、悪く言えば、確かに少しの威厳もなく、彼が唐門(とうもん)を統領して、どうして安心できようか? 折あしく江湖(こうこ)では風波が絶えず、人心はさらに安定し難い。 上官螢(じょうかんけい)はそれを見て、一歩前に出て、堂々と語り始めた。 彼女は幼い頃から商売を学び、父に代わって上官(じょうかん)の産業を取り仕切り、桃李の年にも満たないのに、すでに女当家の気風を漂わせ、最も口が達者で、また世交の嫡女でもあり、彼女が傍らで唐衫(とうざん)の師匠を推薦するのは、最も公明正大に聞こえる。 一時の間、誰もが彼女の言うことはもっともだと思い、その師叔(ししゅく)唐守鴻(とうしゅこう)は楽善好義で、江湖(こうこ)での評判も良く、また仏縁があり、嵩山(すうざん)の高僧とも親交が厚く、この庇護を得れば、唐門(とうもん)が江湖(こうこ)の大波を無事に乗り越えられないという憂いはないだろうと、二師兄(にしけい)だけは依然として顔色を変えず、冷言で刺激したが、上官螢(じょうかんけい)は悠然自適で、軽描淡写して彼の言葉を受け流した。 その場で唐門(とうもん)の服色の見知らぬ人々と、一団の武僧が四方八方から唐門(とうもん)に湧き出し、明らかに待ち伏せしていたようで、乱戦が一触即発! 同じ師門から出て、習練しているのは同じ唐門(とうもん)暗器総綱(あんきそうこう)の武芸だが、広州(こうしゅう)新唐門のものはやはり正宗には及ばず、敗北した。 門派(もんは)の乱戦に乗じて、釈明は軽功(けいこう)を使い、こっそりと忍び寄り、掌門(しょうもん)が病弱な隙に乗じて、一挙に彼を捕らえようとしたが、唐門(とうもん)は暗器(あんき)の行家、どうして生きた人間が忍び寄るのを見逃すだろうか? 掌門(しょうもん)は微かに冷笑し、軽功(けいこう)を使って、彼を地面から離れさせ、巻き添えを避けるために屋根の上で戦った。 しかし両掌が接すると、掌門(しょうもん)はドタドタと数歩後退し、一口鮮血を吐き出した。 釈明はこの掌でまだ五割の力しか出しておらず、様子見のつもりだったが、昔日の凶名赫赫たる唐門(とうもん)の怪傑が、今日これほど不甲斐ない姿になっているとは思わず、驚きと喜びが入り混じり、恐怖心が消え、荘厳な顔を捨て、また昔の話を持ち出し、決着をつけようとした。 小師妹(しょうしまい)は遥かに父が劣勢にあるのを見て、何もかも構わず、近くの一人を捕まえて肩を踏み台にして宙返りし、両足で蹴って、蝶のように舞い飛び、赤い衣がまた軒先で一転し、一筋の軽煙のように、雲霄に突き抜けた。数十丈の高さの楼閣を、壁さえ踏まずに、まるで重さがないかのように、下にいる人々は皆呆気にとられ、世にこのような軽功(けいこう)があるとは信じられなかった。 彼女は後から発して先に至り、楼閣を登る途中の唐衫(とうざん)より速く、釈明に一招攻めかかり、手には入らなかったが、彼女の武功(ぶこう)はもともと軽霊敏捷に勝っており、その場で飛梭(ひさ)を連発し、釈明に応接の暇を与えず、隙を見せると、小剣を提げて必殺の一撃を加えようとしたが、いかんせんその唐衫(とうざん)が斜めから殺到し、技を受け止めた。 釈明は内心喜び、夜長くして夢多し、また変事が起こるのを防ぐため、十成の功力を運んで、即座に掌門(しょうもん)を掌の下に撃ち殺そうとしたが、掌を出す前に、また一握りの碧緑の毒煙に迫られ退き、二師兄(にしけい)が適時に駆けつけて救った。 二対二、一方は速さで速さを打ち、もう一方は誰も軽挙妄動できず、以心伝心のように、次々と戦場を移した。 掌門(しょうもん)は独り屋根に座って気を整えていたが、丹田(たんでん)の中は空っぽで、逸散した真気(しんき)は二度と戻らず、百骸に散らばった内力(ないりょく)を収納することもできず、また再生することもできず、思わず万念灰し、彼の一世の威風、武功(ぶこう)高強を頼んで、恐れることなどなかったが、今や武功(ぶこう)を失い、鶏を縛る力もなく、廃人のようになり、これ以上江湖に未練を残しても、ただ人に魚肉とされるだけで、彼がまたどうして顔をしかめて、威厳あるふりをして、号令を発せられようか? 一波未だ平らがざるに、一波また起こり、始終頭を隠して顔を出さなかった昔日の師弟(してい)、「仏手香(ぶっしゅこう)」唐守鴻(とうしゅこう)は唐門(とうもん)にはもはや掌門(しょうもん)を守れる者はいないと見て、ついに現れた。彼は悠然としており、まだ急いで殺しはせず、たとえ傍らに観客がいなくとも、芝居を十分に演じ、彼の慈悲深い美名を全うしようとした。 彼が下す殺手は、情已むを得ざるものであり、大義の在る所であり、諸天神仏、唐門(とうもん)列祖列宗が上にあって見ても、彼を毒辣だと責めないだろう。 この一念の差で、良機を逸し、あなたがようやく間に合って、掌門(しょうもん)を護衛した。師叔(ししゅく)の敵ではないことは自知しているが、唐門(とうもん)にはあなただけがいるわけではない。敵がどれほど強くとも、掌門(しょうもん)を狙う限り、卵で石を打つ勇士が後から後へとやってくるだろう、彼に唐門(とうもん)の人間を一人残らず、皆殺しにする能力がない限り。 唐守鴻(とうしゅこう)はあなたの決死の顔を見て、苦笑を浮かべた。彼は出奔して久しく、あなたのような外弟子を見たことはなかったが、あなたの名は、少しは耳にしていた。軽くため息をつき、逆にあなたのために不平(ふへい)を鳴らし、どうして唐門(とうもん)に入って長年、師長の目に留まらず、入室できなかったのか? 実はこれらすべては掌門(しょうもん)の授意であり、彼が自ら下した厳命で、誰にもあなたに武功(ぶこう)を伝授することを禁じたのだ。 あなたは愕然として顔色を変え、掌門(しょうもん)の顔色を見ると、否定する様子はなく、心は一気に沈んだ。 少しでも脳みそがあるなら、彼の戯言など信じないだろう。あなたの冷ややかな「お前は唐門(とうもん)の人間でもないのに、何の権利がある?」という一言で、彼は羞恥と怒りで、あなたを殺そうとした。 この時唐衫はすでに小師妹(しょうしまい)を山林に誘い込んでいた。彼は自分が力不足で、小師妹(しょうしまい)の敵ではないことを自知しており、また同門のよしみで、この愛らしく可憐な小師妹(しょうしまい)を傷つけるに忍びず、計略を使って左に曲がり右に回り、彼女を道に迷わせ、自分は回り道をして山に戻り、再び屋根に飛び上がり、師に戦いを請い、あなたと相闘った。 唐守鴻(とうしゅこう)はわざとらしい態度を取りつつも、遅れれば変事が生じることを知っており、得意弟子が来たので、あなたを彼に任せ、自分は師兄(しけい)に教えを乞い、弟子対弟子、師父対師父、なんと整っていることか。 掌門(しょうもん)は長く嘆息した。今となっては、彼は心拍脈拍さえも残った内力(ないりょく)で心臓を圧迫してようやく維持している状態で、実のところ強弩の末である。 彼は権位に未練があるわけでも、愛弟子をえこひいきしているわけでもないが、ただ唐門(とうもん)を非現実的で、大言壮語と空論ばかりの偽善の輩に渡すわけにはいかないのだ。 再び師門を眺め、これを訣別とする。 掌門(しょうもん)は袖の中から一枚の羽を取り出した。これが今生最後の一戦だ。 あなたは掌門(しょうもん)に投げ出されたが、柔和な巧勁に包まれ、空中で重心を崩さず、安々と地面に着地した。 それに続いて、血の雨が降り、唐守鴻(とうしゅこう)は慌てて降りてきて、人混みをかき分けて逃げ出した。 掌門(しょうもん)の病状はあまりに重く、一本の羽さえ振るうことができず、必殺の一撃を出し切れずに脱力し、相手の皮肉を少し切っただけで、往日の威勢で大敵を退けたものの、すでに彼の残った元気を使い果たしていた。 成敗は決したが、塵埃は未だ落ちていない。 二師兄(にしけい)はあの釈明禅師と悪闘しており、勝負はまだ見えない;三師兄(さんしけい)、四師兄(よんしけい)は規律を整えるのに忙しい;小師妹(しょうしまい)は山林の中に閉じ込められ、一時戻れない。空っぽの正心堂(せいしんどう)、ただあなた一人だけが座前に侍っている。 掌門(しょうもん)は目を閉じて養神しており、長い間動かず、呼吸も低い。もし彼の胸がまだわずかに起伏していなければ、あなたは彼がすでに仙逝したと思っただろう。 過去の様々なことを思い出し、感慨無量で、掌門(しょうもん)が目の前で亡くなるのを望まない一方で、彼に対して恨みを抱かずにはいられなかった。 唐守鴻(とうしゅこう)師叔(ししゅく)の先ほどの言葉は、あなたの心の井戸に毒を投げ込んだに等しく、今も蔓延し、拡散しており、あなたという人間を別の色に染めようとしている。 口を開いてはっきり聞きたいが、一時口が開けない。 二師兄(にしけい)がいないので、本来なら出過ぎた真似をするべきではないが、あなたは掌門(しょうもん)の状態がどうしても心配で、大胆にも脈を取らせてほしいと頼んだ。 掌門(しょうもん)は驚いて失笑したが、すぐに許し、あなたを近くに呼び、脈門(みゃくもん)をあなたに委ねた。 彼は一生敵が多く、軽々しく脈門(みゃくもん)の要害を他人の手に委ねることはなかった。恩師、亡き妻、二師兄(にしけい)を除けば、あなただけだ。 あなたは恭しく進み出て脈を取ったが、驚いて顔色を変えざるを得なかった。脈位は浅く、極めて微弱だが、心拍は速すぎ、明らかに尋常ではなく、絶脈であり、掌門(しょうもん)の気血(きけつ)がすでに尽き、内力(ないりょく)が消耗し尽くしており、人間界の凡術では回天の力なく、おそらく瞬く間に、仙遊して逝ってしまうだろうことを象徴していた。 掌門(しょうもん)が症状を尋ね、あなたを試そうとしたが、あなたは心中大いに慟哭し、涙が止めどなく溢れ出た。 二師兄(にしけい)は自分の重傷も顧みず、慌ただしく殿内に駆け込み、あなたを突き飛ばし、掌門(しょうもん)の脈を取ると、戦慄して顔色を変えた。あなたと三師兄(さんしけい)は彼が妙手回春するのを期待していたが、思いがけず二師兄(にしけい)は突然脈絡もなく、掌門(しょうもん)の信物のことを尋ね、掌門(しょうもん)の答えを得ると、容赦なく、一粒の丹薬を無理やり掌門(しょうもん)の口に押し込み、口を塞いで飲ませた。 三師兄(さんしけい)はその丹薬の来歴に気づき、制止しようとしたが間に合わず、驚きと焦り、悲しみと怒りが入り混じり、二師兄(にしけい)に一体どういうつもりかと問い詰めた。なんとその丹薬はまさに二十年前、極楽教(ごくらくきょう)が武林(ぶりん)に災いをもたらした際に、江湖(こうこ)の人士を支配するために用いた活毒『屍心丹(ししんたん)』だったのだ。 この毒は血に触れると蝋封が解け、繭を破って出てきて、人体に入り込み、すぐに人身の血肉に偽装する。医術がいかに高明な大夫でも、駆逐することは難しく、もし毒虫が脳に入り込めば、施術者の許可がなければ、自ら命を絶とうとしても叶わぬ夢であり、極めて凶悪である。 三師兄(さんしけい)はこの毒によって人間とも鬼ともつかぬ姿にされた数多くの硬骨な豪傑を見てきた。当時の師母(しぼ)もこの毒に侵され、人に制御されたために、無窮の憾事を生んだのだ。 極楽教(ごくらくきょう)が覆滅した後、この毒はすべて焼き払われたと思っていたが、長年を経て、自家掌門の身に施されるとは、どうして驚き怒らずにいられようか? あなたと三師兄(さんしけい)は今日連戦し、すでに精疲力尽していた。ましてあなたは身世を知り、心が動揺し、また二師兄(にしけい)の麻毒にやられ、もはや追撃する力もなく、ただ二師兄(にしけい)が悠々と去っていくのを見送るしかなかった。 三師兄(さんしけい)は掌門(しょうもん)から託された令牌(れいはい)を持ち、弟子に下山して追撃するよう命じたが、皆成果なく戻ってきた。 小師妹(しょうしまい)はボロボロになって家に駆けつけたが、父と一言も話すことができず、呆然とベッドの端に伏し、小さな手で掌門(しょうもん)の体を軽く叩き、声もなく涙をはらはらと襟に落とした。 掌門(しょうもん)を失い、衆弟子は頼りを失い、さらに大師兄(だいしけい)は失踪し、二師兄(にしけい)は逃亡した。唐門(とうもん)は内憂外患が多く、強敵を追い払ったとはいえ、少しも喜べず、一人として憂心忡忡、神情粛穆としない者はいなかった。 その日の夜、多くの弟子が告げずに去った。 あなたが意識を取り戻したのは、翌日のことだった。 同門の師兄弟(しきょうだい)が呼びに来て、あなたは掌門(しょうもん)が回復したのかと、喜び勇んだが、すぐにあなたが恐れていたすべてが、現実であることを知った。 美しかった昨日はあなたから遠ざかり、人間界は一夕にして色を変え、どんなに必死に抵抗しても手綱を引くことはできず、ただ身を由にせず、巨大な奔流に押し流され、浮き沈みし、口に含む涙は、苦くしょっぱく、今になってようやく悟った、これが江湖(こうこ)の真の姿なのだと。 あなたは正心堂(せいしんどう)に来て、代掌門に参見した。師兄弟(しきょうだい)は昨日会ったばかりだが、今朝会うと、不勝唏噓を感じた。 唐門(とうもん)の内戦で、至る所狼藉を極め、血痕が地面に満ちていたが、ただ正心堂(せいしんどう)の中だけは、相変わらず煙がたなびき、悠然として世を隔てていたが、人はすでに非なり。 強敵を撃退したとはいえ、勝ち方は悲惨で、まるで喪家の犬のようだった。あの釈明禅師に逃げられ、あちこちでデマを流され、白黒を転倒され、一方は慈眉善目の方外の高人、一方は亦正亦邪の武林(ぶりん)世家、誰だって前者を信じるだろう。 一夕にして唐門(とうもん)が恩義を顧みず、同門を濫殺したという流言が広まり、唐門(とうもん)が魔教の一味であるという噂もこれに混じって、瞬く間に広まった。 皆、唐家掌門は戾気が強すぎ、釈明禅師が仏法の箴言をもってしても、度化できなかったと言う。最終的に自業自得となり、走火入魔(そうかにゅうま)し、一代の怪傑はそれ以来病床に伏し、廃人となった。 この強敵に囲まれている時に、三師兄(さんしけい)がもしこの門を訪れて騒ぎを起こした偽唐門を処罰すれば、噂を事実と認めることになり、自ら短所をさらけ出すことになる。将来嵩山派、南宮(なんきゅう)世家が訪ねてきて和解を勧めた時、どう説明すればいいのか? 三師兄(さんしけい)は板挟みになり、何事にも余地を残すしかなく、大師兄(だいしけい)捜索の号令も撤回し、敵に虚を突かれるのを防ぐため、弟子に山門を守らせた。 内戦の後、広州唐門(こうしゅうとうもん)は逃散するか、あるいは南宮(なんきゅう)世家が仲裁に入って身柄を保証された。唐門(とうもん)はかき回されて鶏犬不寧となったが、この裏切り者たちを処分する暇もなく、ただ小懲大誡として、生涯二度と蜀の地を踏まぬよう命じるしかなかった。 他の共犯者たちは命が助かったことを密かに喜んだが、ただ一人唐衫だけは諦めず、大院(だいいん)の門外に跪き、痛改前非したと言い、収容を請うた。 唐門(とうもん)は百廃待興の時であり、本来ならまさに人材が必要な時だ。 しかし考え直すと、この人物は聡明で機転が利き、かなりの城府を持っており、唐門(とうもん)に残せば養虎為患となりかねないため、拒絶した。 あなたは掌門(しょうもん)の言葉を思い出し、情けをかけて口添えし、彼を観察期間として残し、あなたが以前やっていた雑用をさせることにした。他の師兄弟姉妹(しきょうだいしまい)たちが彼に良い顔をするはずもなく、もし彼が耐えられなければ、自ら去っていくだろう。 大師兄(だいしけい)の姿が江陵(こうりょう)から消えて以来、広大な中原(ちゅうげん)武林(ぶりん)で、飛俠(ひきょう)の事績を語る者を聞くことは二度となく、まるでこの人が忽然と消えてしまったかのようだった。 これには、あなたの三師兄(さんしけい)もひどく焦った。あの飛石帮主石公遠は、かつて大師兄(だいしけい)と決闘を約束しており、石公遠(せきこうえん)が日時を決め、大師兄(だいしけい)が場所を決めることになっていた。あなたの大師兄(だいしけい)は決して戦いを恐れる人ではないが、思いがけず約束を破った。 普通の武林(ぶりん)人士が決闘を約束し、一方が来なければ、 その公証人は敵手が戦いを恐れたと判定し、戦わずして負けとなり、噂になれば、戦って負けるよりも恥ずかしい。 これで事態が収まれば、恥ずかしいとはいえ、悪くはない。しかし困ったことに、大師兄(だいしけい)は相手の夫人を連れ去り、今も行方不明なのだ。 夫人が一日帰らなければ、あの石帮主が勝ったからといってそれで済ませるはずもなく、再三再四唐門に挑戦状を送ったが、大師兄(だいしけい)は約束を果たさず、怒り狂い、今回は江湖(こうこ)の挨拶を省き、もし約束を果たさなければ、飛石帮全帮の衆を挙げて、唐門(とうもん)に攻め込み、唐家大院を血祭りにあげると明言した。たとえあなたたちの武芸が高強で、飛石帮を恐れなくとも、人海戦術で、死体の山であなたたちの山を押し潰し、共倒れになろうとも構わないと言うのだ。 三師兄(さんしけい)、四師兄(よんしけい)は今の唐門(とうもん)で数少ない古参の師兄(しけい)であり、彼らは唐門(とうもん)の盛衰を共にし、また起死回生し、今日まで耐え忍び、江湖(こうこ)の閲歴も豊富で、本門と飛石帮の争いが、決して大師兄(だいしけい)の悪行が招いたものではなく、それはあくまできっかけに過ぎず、真の原因はやはり名利の二字にあることを深く知っていた。 要は本門が蜀中(しょくちゅう)に根を下ろし、信用、人望はすべて数代にわたって積み重ねてきたものであり、凡そ我が地界の内、郷里(きょうり)の村人で代々唐門の恩恵を受けていない者はいない。今の若者はまだよく知らないかもしれないが、年配の者は皆知っている。唐門(とうもん)が盛んだった頃のその威風は、天災、人災に遭えば、官府(かんぷ)に問う前に、逆に唐門(とうもん)に助けを求めた。 役所の中で官官相衛して得られない公道も、唐門(とうもん)に行けば、無実の罪は必ず雪がれ、三大名家でも、唐門(とうもん)だけが朝廷(ちょうてい)と正面から対立する勇気があった。 今や飛石帮が人心を得て、縄張りを広げ、武林(ぶりん)の一流大帮になろうとすれば、蜀中(しょくちゅう)唐門(とうもん)は筆頭の強敵となる。たとえ唐門(とうもん)に争う気がなくとも、飛石帮は決して容認できず、一度良機を窺えば、因縁をつけて発難し、唐門(とうもん)を撃破し、取って代わろうとするだろう。 むしろ大師兄(だいしけい)が機先を制して、相手の帮主夫人を誘拐して隠し、飛石帮主に手出しできないようにさせ、軽々しく人の命を奪えないようにしたおかげで、情勢が今まで安定していたのだと感謝すべきだろう。 ただ残念なのは、あなたがあの石夫人(せきふじん)の隠れ場所を知る由もなく、さもなければ人を連れてきて毒を使って拷問し、あの石帮主がまだ威圧的になれるかどうか見てやるところだった。 あなたたち三人が情勢について議論し、大師兄(だいしけい)が速やかに帰ってくるようにと賭けたり願ったりしていると、その人はいつものように何食わぬ顔で突然現れた。 瞬時に、あなたたち三人は喜びと怒りを感じた。喜ばしいのは飛俠(ひきょう)が帰還し、本門に主柱ができたことだ。怒りなのは彼が一言もなく長い間姿を消し、音信不通で、外で危険に遭ったのかと思っていたのに、明らかにすべて取り越し苦労で、この人はただの頼りにならない放蕩者だったということだ。 不思議なことに、彼がいない時はただ遊びに夢中で遅れているだけであってほしいと願っていたのに、いざ彼がへらへらとふらつきながら帰ってくるのを見ると、心の中のあの殺意が抑えきれずに湧き上がってくるのだ。 大師兄(だいしけい)は唐門(とうもん)の最近の相次ぐ凶報を聞いても、依然として顔色一つ変えず、あなたたち師兄弟(しきょうだい)三人を怒らせつつも安心させた。まるで空はまだ落ちておらず、これらは彼にとって些細なことであるかのように。 大師兄(だいしけい)は掌門(しょうもん)の信物を固辞し、依然として三師兄(さんしけい)に代掌させ、自分の決策は三師兄(さんしけい)に及ばないと考え、各々職を司り、内を安んずるは三師兄(さんしけい)に任せ、外を攘うは彼が処理するとした。 急いで協議した後、大師兄(だいしけい)は二階へ上がって掌門(しょうもん)を見舞いに行き、あなたたち三人は大師兄(だいしけい)帰還の知らせを伝えに行き、門中上下は奮い立った。 大師兄(だいしけい)が今回降りてきた時、小師妹(しょうしまい)を連れていた。 小師妹(しょうしまい)は大師兄(だいしけい)が戻ってきて、とても喜んだが、大師兄(だいしけい)は彼女につきまとわれるのを嫌がり、追い払い、小師妹(しょうしまい)はポンポンしたくてもできず、どうしていいかわからず、ただ頬を膨らませてふてくされ、脇へ退いた。 大師兄(だいしけい)は本門の大患である飛石帮を全く意に介さず、血を流さずに敵を友に変える妙計があるという。 いわゆる結んだ鈴は結んだ人が解かねばならぬというやつで、彼がこれほど自信満々なので、皆も安堵のため息をついた。 二師兄(にしけい)の件に関しては、大師兄(だいしけい)は何か思うところがあるようで、二師弟(にしてい)が師を欺き唐門(とうもん)を裏切ったとは容易に信じず、中に必ず隠された事情があるはずだと言い、当面の急務が解除されたら、いずれ旅に出て、彼を引っ張り出してボコボコにし、真実を吐かせると言った。 大師兄(だいしけい)は生き生きと、江陵(こうりょう)から消えて以来の千里の決行について語り始めた。 まずは襄陽(じょうよう)の戦場に乱入し、宋兵に加勢して金軍を撃退し、道法将軍(どうほうしょうぐん)丹霞子(たんかし)、襄陽(じょうよう)守将趙方と知り合い痛飲し、翌朝早く告げずに去り、一路北上し、道中縁あっていくつかの青楼の商売を世話し、ついでに金人(きんじん)の観光客から妙手空空し、最も恩賞を得難い青楼の姉妹たちを撫恤した。 酒宴の席で酒が回り耳が熱くなった頃、応天(おうてん)、開封(かいほう)、河南(かなん)、河中(かちゅう)の山賊が、連合して決起集会を開こうとしているという噂を耳にしたが、一体どんな大きな商売をするつもりなのかわからず、再三尋ねてみると、あの金国(きんこく)の皇帝完顏珣が誰かの密信を得たのか、気まぐれで対宋前線へ将兵の慰問に向かうことを知った。 衆山賊は宋では反賊だが、金では義士であり、連合したのは、当然協議して、この天下一の大仕事をやり遂げ、成功すれば名利共に収め、青史に名を残すことも夢ではなく、失敗すれば身死するのみと考えたからだ。 大師兄(だいしけい)は目を輝かせ、単身山賊の大本営に乗り込み、武で友と会したが、さすがに武功(ぶこう)が高強でも、各山寨から来た緑林(りょくりん)の好漢を一人で相手にするのは難しかった。 大師兄(だいしけい)は行いは軽薄だが、決して猪武者ではなく、その日も身を捨ててこそ、感服の情を訴え尽くせると考えた。 彼は一で百に当たり、死を覚悟し、衆山賊の兄弟が金国(きんこく)皇帝の車駕を伏撃するのも、同様に慷慨赴義であった。 力が尽き意識が朦朧とするまで戦わなければ、この群れなす緑林(りょくりん)の好漢たちが言葉だけで彼に心服するはずがあろうか? この戦いの後、大師兄(だいしけい)は山賊王として奉じられ、各寨の緑林(りょくりん)義士を統轄し、金国(きんこく)皇帝完顏珣を伏撃した。 大師兄(だいしけい)は博浪沙の義士が秦を刺したのに倣い、峡道の上風処で重型暗器を投げて完顏珣(かんがんじゅん)の車駕を撃破しようとしたが、思いがけずこの人は疑り深く、なんと随行の侍従を主車に乗せ、自分は副車に乗るという卑屈さで、幸運にも難を逃れた。 大師兄(だいしけい)は一撃で仕留め損なうと、金国(きんこく)皇帝の隊列と金軍の帳中の主力がまだ合流していない隙に乗じ、衆山賊に坂を下って強襲するよう呼びかけ、殺戮を繰り広げたが、重重の防鎖を突破するのは難しいと見て、いっそ旗を奪い馬を奪い、金兵を誘って追わせ、旗を振りながら軍営に突っ込み、まさに出迎えようとしていた元帥僕散安貞が猛然とやってくるのを見て、悪口雑言を浴びせ、開口一番彼を逆臣だと冤罪を着せ、自分は陛下の命を受けて、わざわざ隊を率いて捕らえに来たのだと言うと、顔色は死灰のようになり、反抗する勇気もなく、鎧を解いて縛につき、冤罪だと叫び、陛下に明察を請うたが、残念ながら皇帝陛下が彼の潔白を証明する間もなく、彼は大師兄(だいしけい)に一刀で首を斬り落とされた。 金を刺すことは失敗に終わったが、反手で金国(きんこく)の兵馬大元帥を殺したのも、奇功一件と言える。 あなたたち三人は、小師妹(しょうしまい)も含めて、皆呆気にとられて聞いていた。 あなたはともかく、三師兄(さんしけい)、四師兄(よんしけい)は全く信じておらず、何しろ大師兄(だいしけい)はあまりに法螺吹きで、悪跡斑々だからだ。 大師兄(だいしけい)は肩をすくめて苦笑するしかなかった。信じるか信じないかはあなたたち次第だが、とにかく彼は説明の義務を果たしたのだから。 三師兄(さんしけい)は掌門(しょうもん)の嘱託を受け、小師妹(しょうしまい)の終生の大事を手配しなければならない。 小師妹(しょうしまい)は心が単純で、男女の情愛の事には疎く、晩熟ではあるが。しかしこの風雨飄揺の江湖(こうこ)で浮き沈みし、あとどれくらい安らかな日々が過ごせるか定かではなく、強敵が周囲を伺っていることを知れば、当然早急に決断を下さなければならず、もし大師兄(だいしけい)と小師妹(しょうしまい)に本当に情愫がないというなら、目を皿のようにして、小師妹(しょうしまい)のために頼れる良い夫婿を探し、嫁がせてしまえば、これより後彼女は唐門(とうもん)の人間ではなくなり、九族を株連するような大禍でない限り、実家の恩讐は、彼女とは目に見えない壁で隔てられ、これより後彼女が関与すべきではなく、また彼女を巻き込むこともない。 大師兄(だいしけい)が出かける日になり、大院(だいいん)に住む師兄弟姉妹(しきょうだいしまい)たちは皆練武場に集まった。 大師兄(だいしけい)が飛石帮主と臥雲崗(がうんこう)で決闘するのに、同門の助っ人を連れて行かないのは、安心でもあり心配でもある。安心なのは彼が自信を持っているようで、この恨みは解消できるかもしれないことだ。心配なのは誰も見張っていないので、万一大師兄が途中でまた気まぐれを起こして花や蝶に惹かれ、道を逸れて姿を消したら、どうすればいいのか? 好いことに大師兄(だいしけい)はあなたを指名して同行させた。他の人なら皆まだそれほど安心できないが、あなたは違う。 あなたは唐門(とうもん)の最後の一人の真伝を得ていない外弟子だが、山の古木や、頑石のように当たり前の存在で、まるで唐家大院が焼き払われても、追い出せないかのようで、たまに出かけて、どんなに遠くへ行っても、必ず戻ってくる。 あなたが同行すれば、大師兄(だいしけい)が翼をつけても飛んで逃げるのは難しいだろう。 大師兄(だいしけい)の脚力なら、この外出の進行速度は奇妙なほど遅く、ある時は歩き、ある時は金を払って車を雇い、のんびりと数日歩いて、ようやく臥雲崗(がうんこう)に隣接する村に着き、宿をとって休息し、英気を養った。 あなたが執拗に追及した末、大師兄(だいしけい)はついに飛石幇との恩讐を包み隠さず明かした。 実は彼は飛石幇がまだ勢力を成す前から、相手の内情を探りに行ったことがあり、ちょうど石幇主と夫人が院中で言い争っているところに出くわした。 大師兄(だいしけい)は屋根の上に伏せて、思わず腹の中で笑った。堂々たる一幇の主が、普段は雄々しく意気揚々とした大の男なのに、家では唯々諾々として、妻を虎のように恐れる輩だったのだ。 可笑しいのは可笑しいが、夫婦二人の会話を聞くにつれ、ますます驚いた。壮志を抱き、飛石幇を大きくして唐門(とうもん)と覇を競おうとしているのは石幇主ではなく、この可憐な石夫人(せきふじん)だったのだ。 逆に石幇主は腰を屈めて、夫人に懇ろに諫言した。人は恩を忘れてはならない、たとえ一滴の水の恩であっても。彼らは当年、山を捨てて潭州から逃れ、一路西へ来て蜀中(しょくちゅう)に至ったが、何の生業をすべきか分からなかった。官府(かんぷ)の者から隠れねばならず、商売もできない。郷里(きょうり)の者は彼の凶悪な容貌を見て、出身地も当地ではないため、誰も雇おうとせず、飢えのあまり心を決めて山に上り、昔の本業に戻ろうかと思ったほどだ。 その時彼らを受け入れたのが、唐門(とうもん)の義田だった。稼ぎは多くないが、身を立て命を立てるには十分で、絶境から立ち直り、危険を冒す考えを捨て、最終的に自立して飛石幇を成立させ、専ら人のために粗雑な仕事を請け負い、これで生計を立てた。 今や飛石幇は日増しに大きく強くなったからといって、唐門(とうもん)に目をつけるとは、これは恩知らずではないか。 議論が白熱すると、石幇主はどれほど硬い外功を持っていても、夫人が次々と繰り出す平手打ちには敵わず、手を上げて払いのけた際、指が意図せず夫人の吹けば飛ぶような頬に触れてしまった。 彼の三本の指を合わせれば、石夫人(せきふじん)の掌よりも大きい。意図せず顔に触れただけで、痛いが傷はない。しかし石夫人(せきふじん)は夫と知り合って以来、ずっと掌中で護られ、少しでも不注意で傷つけてしまうのを恐れられていた花のような存在で、厳しい言葉すら言われたことがないのに、まして殴られるなど。 瞬く間に胸中に辛酸が満ち、涙が目に溢れ、極度に憤り恨み、足を踏み鳴らして去った。 石幇主は訥々として追えず、ようやく我に返って追いかけた時には、夫人は既に姿を消していた。 大師兄(だいしけい)は一時、姿を現してこの石兄に懇ろに諫言すべきか、それとも石夫人(せきふじん)を追うべきか迷ったが、思案の末、やはり石夫人(せきふじん)が一介の女流で、単身外出し、侍女一人連れていないことを憂慮し、乱事が起きるのを恐れて、後を追って密かに保護し、良い言葉を尽くして、ようやく彼女の投身自殺の考えを思いとどまらせ、住処を手配した。 石夫人(せきふじん)は気性が烈しく、死を以て脅し、大師兄(だいしけい)に自分の行方を決して漏らさないよう誓わせた。さもなければ自分が死ねば、飛石幇と唐門(とうもん)は死の仇となり、もはや和解の余地はないと。 大師兄(だいしけい)は方法がなく、やむを得ず承諾した。彼は一世の聡明さを持ちながら、最も失策だったのはこの時で、石夫人(せきふじん)が二、三日冷静になれば、事を考え直して家に帰ると思っていた。 誰が知ろう、この女の気性は牛よりも頑固で、本当に意地を張り、今に至るまで出てこようとせず、この小さな家事がこうして両派の争いを醸成したのだ。 唐門(とうもん)の飛俠(ひきょう)と飛石幇の幇主(ほうしゅ)が決闘する当日、蜀中(しょくちゅう)の豪傑たちが観戦に訪れ、立会人となった。 峨嵋(がび)派、青城(せいじょう)派の若手達も予定通り到着し、遠く崆峒(こうどう)派からは奪魄幽蘭(だっぱくゆうらん)までもが姿を現した。 石幇主は待ちくたびれてイライラしているが、肝心のあなたの大師兄(だいしけい)は、刻限が迫っているというのに姿が見えない。 刻限が過ぎようとする頃、あなたと大師兄(だいしけい)はようやくのんびりと会場に現れた。 仇敵同士、顔を合わせれば殺気立ち、もったいぶった挨拶もなく、二言三言交わしただけで手合わせが始まった。 あなたは脇に退いて戦いを見守った。 向こうでは、大師兄(だいしけい)と石公遠(せきこうえん)の戦いが始まっていた。二人の武功(ぶこう)の系統はまさに正反対だ。 一方は軽妙で変幻自在、定まらぬ風の如し。一方は重厚で堅実、揺るぎなき泰山(たいざん)の如し。 金銭鏢(きんせんひょう)は石公遠(せきこうえん)の鉄布衫を貫けず、鉄臂神拳(てっぴしんけん)も唐布衣(とうふい)の衣の裾にかすりもしない。 静と動が入り乱れる攻防は、一時は勝負がつかず、観衆は大いに沸き立った。 金銭鏢(きんせんひょう)が効かないのを見て、あなたは密かに焦りを感じた。 戦いが白熱すると、大師兄(だいしけい)は突然、飛石幇の武功(ぶこう)《擲石問天(てきせきもんてん)》を使い出した。 この秘伝書は、石公遠(せきこうえん)が髪を結う前の少年時代の石投げの心得をまとめたもので、後に石夫人(せきふじん)が複製し、高深な武功(ぶこう)だと称して幇内の弟子たちに回覧させたに過ぎず、本来は大した技ではない。 ところが大師兄(だいしけい)の手にかかると、たちまち見違えるような技となり、石つぶては旋回し跳ね回り、なんと曲がって人の背後を襲うまでになった。威力は限られているが、石など身をかがめればいくらでも拾え、暗器(あんき)は尽きることがない。大師兄(だいしけい)が一気に連射すると、石幇主はたちまち四方八方からの石弾の雨に包囲された。 あなたもかつてその秘伝書を学んだことがあり、それを平凡と呼ぶのさえおこがましいと思っていたが、まさかこんな使い方ができるとは。まさに目を見張る思いで、ふと心が動き、あの日の裏山での覆面の先輩の言葉を思い出し、驚きの声を上げた。「……忘形篇(ぼうけいへん)、これは忘形篇(ぼうけいへん)じゃないか!」 大師兄(だいしけい)は石幇主が対応に追われている隙に、唐門(とうもん)の飛蝗石(ひこうせき)を取り出した。これはただの石ではなく、精鉄で鋳造されており、非常に重い。大師兄(だいしけい)はめったに使わないが、今は石の雨に混ぜて投げたため、誰も見抜けず、石幇主の急所に命中して彼を制圧した。 傍から見れば大師兄(だいしけい)が不意打ちしたとは知らず、本当に相手の武功(ぶこう)で相手を倒したように見えた。同じ負けでも、唐門(とうもん)の武功(ぶこう)が飛石幇の武功(ぶこう)に勝ったわけではない。 しかし石公遠(せきこうえん)は恩義など感じていない。妻を奪われた恨みは天を共に戴けぬものであり、勝負がついただけで和解できるものではないからだ。石公遠(せきこうえん)は震えながら立ち上がり、大師兄(だいしけい)と死ぬまで戦うと誓った。 観衆の中に、質素な服を着た少女がその様子を見て、近くの慈雲庵(じうんあん)へと急いで走っていくのが見えた。誰も彼女に気づかなかったが、あなたの大師兄(だいしけい)だけが目の端でそれを捉え、密かに安堵のため息をついた。 大師兄(だいしけい)が待っていたのはこれだ。 遠くから近づいてくる焦った呼び声が聞こえたが、聞こえないふりをした。石幇主もかすかにその声を聞き、ハッとして、自分が決闘中であることを完全に忘れて振り返った瞬間、大師兄(だいしけい)に隙を突かれた。一発の鏢が筋骨を貫き、背中の経穴(けいけつ)を突き、その場で気血(きけつ)が凝固して動けなくなり、言葉も出せなくなった。 視線だけが観衆を越え、狂おしいほど想い続けてきた人の上に落ちた。 彼女が家を出る前、着ていたのはこの黄色い衣だった。 もう一度この目で見られただけで、死んでも悔いはない。 大師兄(だいしけい)は彼女に聞こえないことを恐れ、わざとらしく飛燕流星翎(ひえんりゅうせいれい)の名を叫び、数筋の寒光が走り、石幇主の体に七、八本の浅い切り傷を刻んだ。 これは大師兄(だいしけい)が神功を大成させ、手加減を覚えたからではない。実は強引に傷を抑え込み、ここまで苦戦してきたため、ついに力が尽き、羽根が石公遠(せきこうえん)の体に触れた時には、すでに威力がなくなっていたのだ。 石夫人(せきふじん)が家を出た当初、自殺を図ったことがあった。大師兄(だいしけい)は石夫人(せきふじん)の前で飛燕流星翎(ひえんりゅうせいれい)を披露した。毒酒の壺は一見無傷に見えたが、石夫人(せきふじん)が毒を飲んで死のうとした瞬間、酒壺は崩れ落ち、きれいな切り口の破片となって散らばり、毒酒が卓一面にこぼれた。 今日、銀光が閃くのを見て、夫が呆然と動かなくなった。心はまるで氷の洞窟に落ちたかのように冷え切り、手足が震えた。信じたくないが、信じざるを得ない。 一年ぶりに会った夫と、これでもう今生の別れだ。 彼女は悲しみと怒りに襲われ、自分が家出して事態を招いたことは棚に上げ、なぜ大師兄(だいしけい)はあんなに律儀に秘密を守り、なぜ自分の夫に殺されてやらなかったのかと逆恨みした。理不尽極まりない罵詈雑言を浴びせかけたが、石幇主は身動きもできず言葉も発せないものの、その一言一句を耳にし、心の中で甘美な喜びに浸っていた。妻が操を守り、この小僧とは清廉潔白であることを確信し、有頂天になったのだ。妻が死をもって潔白を証明しようとするのを聞いて、魂が飛び出るほど驚愕したが、幸い大師兄(だいしけい)がまた金銭鏢(きんせんひょう)で石夫人(せきふじん)の経穴(けいけつ)を突き、夫婦二人を向かい合わせに立たせた。二人は互いを見つめ合った。 石夫人(せきふじん)が落ち着いてよく見ると、夫の眼球がクルクルと動いており、ピンピンしている。恥ずかしさと怒りがこみ上げ、なぜさっきは動転して唐布衣(とうふい)のような狡猾な小僧に騙されたのかと密かに悔やんだ。大勢の前であんなことを言ってしまい、今後どう顔向けして生きていけばいいのか。 江湖(こうこ)の人間は刀の切っ先で血を舐めるような連中が多い。今日、臥雲崗(がうんこう)へ野次馬に来たのも、死人が出るのを見たいがためだった。ところがあなたの大師兄(だいしけい)にまんまと計算され、まるで芝居のような喜劇的な結末を見せられた。皆、苦笑せずにはいられず、空気を読んで散っていき、ほどなく喧噪はすべて止んだ。 飛石幇の一行を除いて、丘の上からはまたたく間に人がいなくなった。 あなたは大師兄(だいしけい)、龍湘(りゅうしゃん)と共に山を下りた。 あの喧嘩ごしの夫婦はいまだに睨み合っている。一人は愛想笑いを浮かべ、もう一人の目からは火が出そうだ。 もし大師兄(だいしけい)がこの夫婦の唖穴(あけつ)を突いていなければ、妻のほうは罵詈雑言を浴びせていただろう。たとえ面の皮が薄くとも、体裁の悪い言葉で恥を隠そうとしても無理だったはずだ。 長い長い時が過ぎ、恨めしげな表情は次第に柔らかな情愛へと変わり、初対面の時のように恥じらいながら向かい合った。 一刻後、穴道が自然に解けると、石幇主の誠心誠意の願いにより、石夫人(せきふじん)はついに帰宅することに同意した。 臥雲崗(がうんこう)の決闘と飛石幇との因縁の戦いはひとまず一段落し、あなたと大師兄(だいしけい)、龍湘(りゅうしゃん)の三人は山を下りて村に戻り、宿をとった。 あなたは龍湘(りゅうしゃん)と大師兄(だいしけい)が楽しそうにふざけ合い、仲睦まじい様子を見て、思わず笑ってしまった。 大師兄(だいしけい)は聡明で狡猾、奔放で型破りだが、龍湘(りゅうしゃん)のような素朴で実直、武功(ぶこう)は高いがどこか危なっかしい女性が追いかけ回し、絡み、たまに気を揉ませ、時には酷い目に遭わせなければ、遅かれ早かれ一筋の煙となって空へ飛んで行ってしまうだろう。 あなたと大師兄(だいしけい)は上等な部屋を一室とって同宿した。これはケチだからではなく、先祖の教えによるものだ。唐門(とうもん)の先祖は子孫に対し、勤倹節約を家風とし、南宮(なんきゅう)家や上官(じょうかん)家のように派手に浪費してはならないと懇々と諭した。 大師兄(だいしけい)が金銭鏢(きんせんひょう)を愛用するのは先祖への反抗心からだったが、今や反抗期も過ぎ、癖は直らず、自然体でやっている。 あなたは午前中の大師兄(だいしけい)と石幇主の大戦を思い出し、胸の高鳴りが収まらず、静かで広い場所を探して外に出た。記憶が新しいうちに、見て得たものを一つにまとめ、自分のものにしようとしたのだ。 行きはよいよい、帰りは怖い。 道中、仇敵、恋敵、大師兄(だいしけい)を倒して名を上げようとする者がひっきりなしに現れ、三日にあげず道を塞いで挑戦してくる。 幸いあなたと龍湘(りゅうしゃん)が同行しており、彼に代わって相手を追い払ったため、大師兄(だいしけい)は元気を回復することができた。そうでなければ、負けずとも消耗して死んでいただろう。 今日も例外ではなく、山道のはるか向こうから誰かが近づいてくるのが見えた。 あなたが自ら名乗り出たので、二人は肩をすくめ、相手をあなたに任せることにした。 激闘の中、二人は相手の奇妙な表情を見て、何かがおかしいと直感した。手を止めて問いただすと、互いに人違いをしていたことがわかった。 あなたは彼が大師兄(だいしけい)に因縁をつけに来た敵だと思い、彼はあなたが宝剣を奪いに来た山賊で、さっき会ったばかりなのに不意打ちをしてきたと思ったのだ。 あなたは一瞬呆然としたが、考えるまでもなく真相を察し、激怒した。これ以上見過ごすわけにはいかない。今回こそ師門のためにこの害悪を取り除くと決めた。 あなたは不吉な予感がし、急いで礼を言って別れ、足早に立ち去った。 大師兄(だいしけい)ら二人は前を行き、唐門(とうもん)の茶屋に着いた。店の中には客以外は、青衣と紅衣の者ばかりだ。身内を見て、大師兄(だいしけい)は家に着いたと悟った。唐家大院までは、あと十里もない。半時もすれば家だ。長く息を吐いた。道中奇妙な出来事は多かったが、幸い大きな問題はなく、無事に家に着いた。 大師兄(だいしけい)ら二人は前を行くが、少し先にまだ人が来るのが見えた。しかしその人は足取りがおぼつかず、時折後ろを振り返り、全身血まみれだった。挑戦しに来たのではなく、強盗に遭ったのだ。 そんな非道なことに出くわして、龍湘(りゅうしゃん)が黙っているはずがない。柳眉を逆立て、剣を抜き、一歩踏み出し、一気呵成に悪賊を斬り捨てた。一滴の血も衣の裾につけない、見事な腕前だ。 惜しくも襲われた人は傷が深く、助かりそうにない。宝物を埋もれさせるよりは、彼が鋳た宝剣を恩人に捧げたいと思った。喉をやられて声は出ないが、その目の期待は言葉にするまでもない。 龍湘(りゅうしゃん)は彼を無念のまま死なせまいと、宝剣を受け取り、この剣で妖魔を斬ると約束した。 大師兄(だいしけい)は横で見ていて何もおかしな点はなかったが、長年江湖を渡り歩いた勘か、龍湘(りゅうしゃん)が剣を取り、抜こうとした瞬間、ふと胸騒ぎがした。急いで大声で制止したが、一歩遅かった。剣には細工がされており、刀身は寸断され、鞘には毒煙が仕込まれており、龍湘(りゅうしゃん)はまともにそれを浴びて即座に劇毒に侵された。 大師兄(だいしけい)は急いで駆け寄り、携帯していた唐門(とうもん)の救命霊薬・万霊丹(ばんれいたん)を取り出し、蝋封を砕いて龍湘(りゅうしゃん)の口に押し込み、毒死を防いだ。 推理するまでもなく、犯人は待ちきれずに姿を現した。来たのは崆峒(こうどう)派飛天門の有名な達人、金烏上人(きんうじょうにん)だ。 あなたは大師兄(だいしけい)に頼まれて解毒に向かい、敵を彼一人に任せた。 金烏上人(きんうじょうにん)の側には、さらにしなやかな体つきの覆面の女賊が助っ人として加わり、二対一となった。 龍湘(りゅうしゃん)は中毒していたが、一つには彼女の内功(ないこう)が優れており、若手俠客の中でも傑出していたこと、二つには大師兄(だいしけい)の処置が迅速で、毒性を抑え込んだことによる。 龍湘(りゅうしゃん)は素早く小周天(しょうしゅうてん)を行い、血行を促進させると、あなたに早く大師兄(だいしけい)の援護に行くよう促した。 万霊丹(ばんれいたん)が効いたのを見て、あなたも安堵し、戦いの輪に飛び込んだ。 向こうでは、大師兄(だいしけい)が二人の刺客と激しく戦っていた。技の応酬は間髪を入れず、二人とも達人であり、しかも静と動、軽と重の組み合わせで、互いを補い合い、まさに天衣無縫といえる。 大師兄(だいしけい)が万全の状態でも防ぐのは難しいが、ましてや彼は不意打ちされていた。先程飲んだ茶には、泥教(でいきょう)の五色泥(ごしきでい)が入れられていたのだ。この物は非常に霊験あらたかで、唐門(とうもん)の万霊油(ばんれいゆ)と似たような効果を持ち、他人には無害だが、毒を服して気を養う唐門(とうもん)の人間には大いに害がある。大師兄(だいしけい)は密かに驚き、敵の策にはまったことを悟り、顔色は非常に厳しかったが、幸いあなたが戻ってきて共闘したおかげで、何とか対抗できた。 あなたの相手は、あのしなやかな体つきの女飛賊だ。 あなたは渾身の力を振り絞って女飛賊を撃退し、金烏上人(きんうじょうにん)を挟み撃ちにしに行った。 あの金烏上人(きんうじょうにん)は皮が厚く肉も頑丈で、内外共に修練しており、石公遠(せきこうえん)よりも手強い。並の暗器(あんき)では傷つけられない。大師兄(だいしけい)は必勝の奥義を持っていたが、消耗しすぎて、もう一人の敵につけ込まれるのを恐れ、奥義を温存していた。 あなたが来たのを見て、心の重荷がようやく下りた。あなたが手を出すまでもなく、大師兄(だいしけい)は指先で羽根を弾き、流星と化して縦横に斬り裂いた。金烏上人(きんうじょうにん)は死ぬ間際まで、世にこれほど鋭利な暗器(あんき)があるとは信じられなかった。 君と大師兄(だいしけい)が話している最中、突然目の前がくらみ、一人の人物が二人の間に割り込んだ。君と大師兄(だいしけい)の経験と内功(ないこう)をもってしても、これほど近づかれるまで気づかなかったことはない。来訪者は内功(ないこう)で衣擦れの音さえ消しており、小師妹(しょうしまい)の天地無音勢(てんちむおんせい)を修めたのでなければ、内功(ないこう)が常軌を逸した境地に達しているということだ。 君と大師兄(だいしけい)が反応する前に脈門(みゃくもん)を掴まれ、瞬時に天が崩れるような圧力がのしかかった。相手の内功(ないこう)の下で内力(ないりょく)の主導権を奪われ、内力(ないりょく)がとめどなく流出していく。 大師兄(だいしけい)は顔色を変えた。この邪功は天下無双、かつて誅された極楽左護法と全く同じだ。間違いなく、長年失伝していた恐るべき饕餮真経、吞天宝鑑である。 その吞天宝鑑は比類なく覇道で、内功(ないこう)が術者をはるかに凌駕するほど深くない限り、抵抗するのは至難の業だ。君の唐門(とうもん)の武功(ぶこう)は技巧で勝負するもので、内功(ないこう)を特に重視していないため、抜け出そうなど夢のまた夢だ。敵の手に落ちた今、たかが小剣一振りさえ持ち上げられない。 二人は大豆のような汗をだらだらと流し、苦しくても声が出ない。申屠龍(しんとりゅう)は余裕しゃくしゃくで談笑し、特に君に対しては容赦なく、冷笑と皮肉を浴びせた。君のような俗人は、群衆の中で顔も見えない羊として、人に屠られるべきだと言い放つ。 君の一身の功力、すべての心血、今まで貫いてきた夢、そのどれもが君のものであるべきではない。 いわゆる天下とは、天に選ばれし者が競う戦場であり、彼と争うには、君はあまりに不相応だ。 君の脳裏に、不意に過去の様々な出来事が走馬灯のように駆け巡った。 唐門(とうもん)の外弟子として長年生活してきたが、結局は不本意なことばかりだった。君をいじめる者は後を絶たず、皆が夢を見るのはやめろ、身の程を知ってまともな生業を探せと勧めた。唐門(とうもん)の師長たちがいつまで経っても君を入室させないのは、態度として十分明白ではないか、と。 君は屈辱や苦労を理由に諦めたりはしなかった。君は特別ではない。ただ天下の無数の凡人の中で、まだ努力の途中にいる一人に過ぎない。 資質は平凡で、根骨も並の人間は、夢を抱くことさえ許されないのか? 「平凡」であることが、いじめられ、嘲笑され、奪われる理由になるのか? 裏山で覆面の先輩に指導を受けたあの夜を思い出し、諦めなくてよかったと思った。 定期試験の日、練武場で正々堂々と入室の師兄(しけい)を打ち破り、皆が驚愕の眼差しを向け、見直してくれたことを思い出した。 正心堂(せいしんどう)で勇気を振り絞って留学を願い出た時、掌門(しょうもん)が驚きつつも安堵したような温かい微笑みを浮かべ、称賛を含んだ眼差しを向けてくれたことを思い出した。 君は生まれつき逸材でもなく、天に恵まれた異能の持ち主でもない。 今日この身にある武功(ぶこう)は、すべて君自身が負けを認めず、朝夕苦練したからこそ成し得たものであり、たとえ多くなく強くなくとも、自分にとってはかけがえのないものだ。 ただ天に愛されなかったというだけで、夢を抱くことを許されず、身の程を知れと迫られるのか。勤修苦練しても成功に値せず、人に奪われ虐げられて当然だというのか? 世の中はそうあるべきではない。だが君の耳をつんざくような無言の咆哮は、自分にしか聞こえない。 大師兄(だいしけい)は丹田(たんでん)が砕けるのも厭わず反撃に出た。流星を撒き散らし、闇を切り裂き、敵を退けた。 惜しくも今の内力(ないりょく)は十分の一も残っておらず、絶招を駆動するのは難しかった。羽根が敵の体をかすめたが、そよ風が吹いた程度で、浅く細い傷を数箇所つけたに過ぎなかった。 申屠龍(しんとりゅう)はまさか大師兄(だいしけい)が絶体絶命の淵から反撃してくるとは予想しておらず、心底恐怖した。惜しくも大師兄(だいしけい)はすでに油尽灯枯おり、死に物狂いで挑んでも勝つことはできず、申屠龍(しんとりゅう)に君たち師兄弟(しきょうだい)ともに一掌ずつ食らわされ、口から鮮血を噴き出し、もはや反撃する力もなかった。 大師兄(だいしけい)は普段気ままに振る舞っているが、実は細心で、道中ずっと警戒していた。微かに奇妙な感じはしていたが、尻尾を掴むことはできなかった。敵の重なる埋伏、一環また一環と続く罠、最初は仇敵や敵を唆して道を塞いで挑戦させ、焦点をずらし、火炎山剣閣(かえんざんけんかく)の鍛冶屋の手を借りて大師兄(だいしけい)の助っ人を排除したことを知らなかったのだ。 唐門(とうもん)の縄張りから離れた場所で待ち伏せ暗殺するという冒険を犯しただけでなく、奸細を買収し、大師兄(だいしけい)の茶に泥教(でいきょう)の解毒薬を混ぜた。この薬は常人には無害だが、毒を服して気を養う唐門(とうもん)の弟子にとっては大いに有害だ。これによって散功(さんこう)し、真気(しんき)を守れなくなったからこそ、申屠龍(しんとりゅう)にこれほど容易く内力(ないりょく)を吸い尽くされたのではないか? 今にして思えば、大師兄(だいしけい)でさえ身震いせずにはいられない。この敵が自分を排除するために用いた毒辣な用心は、前代未聞と言える。 申屠龍(しんとりゅう)はかつての仙人のような気品をかなぐり捨て、残忍で暴虐な本性を露わにした。 自ら素性を明かした彼はいわゆる隠遁の道士(どうし)などではなく、その正体は、かつて中原(ちゅうげん)を蹂躙した極楽教(ごくらくきょう)の教主であり、伝説の暗殺組織・千燈楼(せんとうろう)の主、そして現在の西夏(せいか)皇帝の実父であった。 彼は老いて朽ちた肉体を捨て、極楽教(ごくらくきょう)の鎮教三宝(ちんきょうさんぽう)の一つ《九転輪廻大法(きゅうてんりんねだいほう)》により、魂を体から離脱させて肉体を奪い、転生を繰り返してきたと言う。 あまりに荒唐無稽な話で、誰が信じられようか?しかし、もし出まかせだとしたら、この驚世駭俗な内功(ないこう)と気迫はどう説明がつくというのか? 危急の時、龍湘(りゅうしゃん)が剣を抜いて飛び出したが、長剣と払子が交わると、たちまち全身に衝撃を受け、数歩後退して余勁を逃がした。 龍湘(りゅうしゃん)は芸成りて江湖(こうこ)を渡り歩いて以来、敵なしで、大師兄(だいしけい)が万全の状態であっても、せいぜい互角という腕前だ。しかしこの若き道士(どうし)は払子を一振りしただけで、彼女の半身を痺れさせ、剣を取り落とさせそうになった。 これほど強烈な内功(ないこう)修為は、少なくとも六十年の修練がなければ望めない境地であり、恩師の温夫人(おんふじん)でさえ一歩及ばない。生涯の敵となり得るのは、亡き王幇主くらいのものだろうが、どこからこんな若い絶世の達人が現れたのか、心底驚愕した。 彼女は申屠龍(しんとりゅう)を知らなかったが、申屠龍(しんとりゅう)はこの見知らぬ故人の娘を一目で見抜いた。 周知の通り、彼女の父・龍淵(りゅうえん)は前任の武林(ぶりん)盟主(めいしゅ)であり、二十年前に極楽教主(ごくらくきょうしゅ)と戦い、天地を驚かせ鬼神を泣かせた。その功力は共に当時最強で、互角の死闘を繰り広げた。最後は鬼蓮王刀(きれんおうとう)が人を殺しすぎて血に泣き折れなければ、天殤剣でもこの万悪の魔魁を誅することはできなかったかもしれない。 申屠龍(しんとりゅう)は龍淵(りゅうえん)に触れ、無限の追憶を浮かべた。今、彼は転生して蘇ったが、宿敵はこの世になく、嘆息せずにはいられなかった。 龍湘(りゅうしゃん)は実はまだ毒が抜けきっておらず、やむを得ず剣を抜いて守りに入っただけだ。本気で戦えば、たとえ負けずとも毒が心脈に流れ込み、助かる見込みはなくなる。 このような佳人が命を落とすのは惜しく、ましてや宿敵の末裔だ。申屠龍(しんとりゅう)はしばし考えた後、気まぐれを起こし、敵を育てることにした。龍湘(りゅうしゃん)が偉大な父の道を歩み、極みに達することを期待し、いつか再び雌雄を決して、前世の敗北の雪辱を果たすために。 もちろん、龍湘(りゅうしゃん)が毒の苦しみに耐え、生き延びられればの話だが。 申屠龍(しんとりゅう)が背を向けて去ろうとした時、あの金烏上人(きんうじょうにん)が突然蘇って飛び出してきた。皆は驚愕したが、この男は以前から九命豹(きゅうめいひょう)と呼ばれ、九転輪廻大法(きゅうてんりんねだいほう)の一部を垣間見、転生はできないが九つの命を持ち、死んだふりを得意とし、何度も死地から生還したという伝説があることを知らなかった。 彼は君たちを見逃すのが不満で、申屠龍(しんとりゅう)に斬草除根にして後患を断つよう強く勧めたが、申屠龍(しんとりゅう)は相手にせず、手を後ろに組んで去っていった。彼の言葉によれば、君たちのことなど眼中にないのだ。真の敵は、宋金(そうきん)の交戦の地にいる。金烏上人(きんうじょうにん)はその言葉を聞いて身震いし、歯を見せて笑わずにはいられなかった。かつて西夏(せいか)に君臨し、何も恐れなかった王者が真に帰還したことを、信じないわけにはいかなかった。 「あの方」と比べれば、君たち若造など取るに足らない。飛俠(ひきょう)さえ死ねば十分だ。 そうして嬉々として命令に従い、主人に付いて去っていった。 龍湘(りゅうしゃん)は陣前で運功して毒を駆逐しようとしたが、どうしても気が焦り、非常に大胆な行動だった。いざ手を出す段になると、収功する暇もなく、内家の大忌を犯して内傷(ないしょう)を負い、さらに残毒に乗じられて臓腑(ぞうふ)まで侵入を許してしまった。 今、大敵が去ったのを見て気が緩み、もう支えきれずに昏倒した。 君は昏睡して目覚めず、大師兄(だいしけい)は体内の真気(しんき)が霧散して殆ど残っていないことを自覚し、毒の侵食を抑えるのは難しく、今回は生還できそうにないと感じていた。 大師兄(だいしけい)は残った力を振り絞り、パパンと連続で君に平手打ちを食らわせ、そのまま眠ることを許さなかった。君は泣き笑いした。この人は死にそうなのにまだ騒いでいる。前世で何を借りたら、今生でこんなにこき使われる羽目になるのか。 大師兄(だいしけい)も君も重傷を負い、呼吸するだけで痛むが、死ぬ間際になっても、やはり軽口を叩かなければ気が済まない。 泣いて来たのだから、せめて笑って逝きたい。 君の息が弱くなり、次第に駄目になっていくのを見て、大師兄(だいしけい)はようやく君が目を閉じるのを許し、心訣を伝えると言った。唐門(とうもん)の裏山を想像しろ、夜明け前、涼しい風を受けながら兄弟二人で酒を飲む、昔と同じように。 死の間際、君の想像は現実よりも鮮明で、本当に家に帰ったかのようだった。 彼は聞いた。「何を飲んでいる?」 君は答えた。「あんたが隠していた猿酒(えんしゅ)だ」。大師兄(だいしけい)は惜しげもなく、取りに行けと指示した。岩壁の三丈(さんじょう)高いところ、風雨の当たらない窪みにあると。 君は本当に軽功(けいこう)を使って、危険を冒さずにそれを手に入れたような気がした。 酒を満たし、杯を干す。なんと痛快なことか。 二人は外を流浪していたが、心はすでに家に帰っていた。 死への恐怖は薄れ、遠くの空は漆黒だが、誰が言わずとも、別れの時が来たことは分かっていた。 大師兄(だいしけい)は前方の重く垂れ込めた鉛色の雲を指差し、夜明けが近いと予告した。 逃げないなら、身を挺して戦え。 世間は唐門(とうもん)の人材が凋落したと言うが、お前がまだいる。俺の出番は終わった。舞台を降りて見ていてやる、喝采を送ってやる。次の主役はお前だ。お前の時代は、今だ。 目が覚めた時、すでに唐門(とうもん)に戻っていた。三師兄(さんしけい)、四師兄(よんしけい)、小師妹(しょうしまい)が君の目覚めを見て喜んだが、大師兄(だいしけい)のことを尋ねると、一様に沈痛な面持ちになった。 君はしばらく信じられず、これは悪夢だと何度も願った。次に目が覚めれば、大師兄(だいしけい)がまたへらへらと現れるはずだ。彼は唐門(とうもん)の大師兄(だいしけい)なのだから、永遠に余裕しゃくしゃくで、向かうところ敵なしのはずだ。 この白昼夢のどこまでが真実で、どこからが幻覚なのか分からない。 あるいは最初から最後まで幻境なのかもしれない。 兄弟弟子たちは大師兄(だいしけい)を裏山に埋葬した。唐門(とうもん)の先烈たちと共に。墓石にはこう刻まれている。『飛俠(ひきょう)・唐布衣(とうふい)、ここに眠る』。 龍湘(りゅうしゃん)は唇をきつく結び、目の前の事実から逃げ出そうとした。涙がこぼれ落ちる前に全速力で逃げようとした。 しかし、思い出に追いつかれない者などいるだろうか?悲しみは影のように付きまとい、涙雨を降らせる。 空は晴れているのに、唐門(とうもん)だけが厚い雲に覆われている。雨が降り注ぎ、衣を濡らす。まるで人間界が雨に洗われ、冷え冷えとしてしまったかのようだ。 人生は浮き草の如く、出会いと別れは定まらない。明日はすべてが変わらずにあると、誰が保証できようか? 君は一人で正心楼の屋上に登り、遠くを眺めた。 内力(ないりょく)を全て失い、手足の動きが武功(ぶこう)を知らぬ農夫にも劣る身であることも顧みず、少し間違えれば階下に落ちてしまうのに、ただ唐家大院の景色を見たかったのだ。 四師兄(よんしけい)は下から君を見て、肝を冷やした。他の人が登るならともかく、君がそんな高い所に登るのは心臓に悪い。急いで降りてくるよう叫んだ。 君は軽功(けいこう)を使わず、大人しく階段を使って降りた。 四師兄(よんしけい)が君を探していたのは、龍湘(りゅうしゃん)が別れの挨拶に来たことを伝えるためだった。 彼女は唐門(とうもん)では大師兄(だいしけい)と君以外に知り合いがおらず、当然君が見送るべきだ。 龍湘(りゅうしゃん)は君に会うと、ただ挨拶をしただけで、見送りは不要だと言った。去り際に、もう悪事を働かないよう忠告し、もし彼女が見かけたら、一度目は見逃すが、二度目は容赦しないと言った。 彼女は笑って言ったが、君は身の毛もよだつ思いがした。彼女が決して冗談を言っているのではなく、交渉の余地もないことを知っていたからだ。 定例会議が終わったばかりだが、代掌門が臨時招集をかけた。三師兄(さんしけい)の決然とした顔色を見るに、重大な決断を下したようで、君たちは皆戦々恐々としていた。今日彼が招集して議論することは、確かに事重大で、公私ともに最重要事項であり、唐門(とうもん)の命脈に関わると言っても過言ではない。 それは掌門(しょうもん)が三師兄(さんしけい)に託した、小師妹(しょうしまい)の終身大事についてだった。 掌門(しょうもん)は本来、大師兄(だいしけい)に衣鉢(いはつ)を継がせて掌門(しょうもん)とし、小師妹(しょうしまい)を嫁がせるつもりだったが、今やその願いは叶わない。 そこで彼は江湖(こうこ)に布告し、各派の優秀な若き俊英を広く招き、唐門(とうもん)で競わせるつもりだ。武功(ぶこう)や才能だけでなく、学問や家柄も競い、さらに小師妹(しょうしまい)の眼鏡に叶う者でなければならない。要するに、婿養子ではなく嫁に出すということだ。 この言葉が三師兄(さんしけい)の口から出るとは信じがたいことだ。三師兄(さんしけい)は聖賢の書を読み、礼節を最も重んじ、頑固なまでに三書六礼(さんしょろくれい)を欠かさないはずなのに。今の江湖(こうこ)の情勢により、掌門(しょうもん)の託を誤り、唐門(とうもん)最後の血脈を断絶させることを恐れ、やむを得ず臨機応変に、小師妹(しょうしまい)を嫁に出して災禍を避けさせようとしているのだ。 君も心の奥底では分かっている。小師妹(しょうしまい)を嫁がせ、夫の家に従わせることでしか、本門の災禍から彼女を切り離すことはできないと。 小師妹(しょうしまい)は心が純潔で世事に疎いが、愚かではない。本門がここまでの苦難に遭い、彼女は口にこそ出さないが、心境は大きく変化している。彼女は君たち全員が彼女のためを思っていることを知っており、心の中で考えを巡らせていた。結婚によって師門のために強力な援軍を引き入れ、父の病気の厄払いができれば、嵐が過ぎ去った後、すべてが良い方向へ向かい、青山は彼女の幼い頃の風景のように戻るかもしれないと。 三師兄(さんしけい)はこの決断を下すまで何日も眠れなかったが、小師妹(しょうしまい)から直接承諾を得て、ようやく大きく安堵した。彼はすでに吉日(きちじつ)を選んでおり、来月、唐門(とうもん)で婿選びを行うことにした。 唐門(とうもん)が娘を嫁がせるのだから、おろそかにはできない。四師兄(よんしけい)も財を惜しまず、自ら進んで小師妹(しょうしまい)のために嫁入り道具を揃え、婚礼の準備をすると申し出た。その時は唐門(とうもん)で大宴会を開き、江湖(こうこ)の俠士(きょうし)たちを観礼に招き、小師妹(しょうしまい)を盛大に嫁がせてこそ、掌門(しょうもん)の恩情に報いることができる。 光陰は矢の如く過ぎ、瞬く間に吉日(きちじつ)が来た。唐門(とうもん)の一人娘の花のような美貌を聞きつけ、多くの未婚の江湖(こうこ)俠士(きょうし)が求婚のために蜀中(しょくちゅう)へ集まり、たちまち唐門(とうもん)の地界は人で溢れかえった。山下の小さな町は江陵(こうりょう)とは比べ物にならず、唐門(とうもん)も南宮(なんきゅう)世家のように裕福ではないため、客の宿泊場所を用意するだけでも一苦労だった。小屋を建てたり村人と相談したり、唐門(とうもん)が徒党を組んで謀反を企てていると疑われないよう、知県(ちけん)に届け出たりもしなければならなかった。 小師妹(しょうしまい)は山を出て世間を歩いたことはないが、どこから噂が漏れたのか、彼女は清らかで俗世離れしており、守ってあげたくなるような可憐さだと言われている。唐門(とうもん)は衰退したとはいえ、赫々たる伝説は健在で、美しい嫁を得ると同時に名声も得て、将来的には小師妹(しょうしまい)を通じて唐門(とうもん)の武功(ぶこう)や毒薬の秘伝を垣間見ることができるかもしれないと、誰もが考えた。 そのため求婚者は極めて多く、外堡(がいほう)や町の宿屋は部屋がなく、苦労を厭わぬ者は座って寝て、場所を借りて身なりを整えなければならなかった。 三師兄(さんしけい)はやはり礼節を重んじ、期待はしていなかったが、接待を統括する師弟(してい)に状況を尋ね、どれだけの人が礼儀を守り、仲人を連れてきたかを知りたがった。 唐門(とうもん)は度重なる挫折で精鋭を失ったが、威勢は残っている。今の武林(ぶりん)で軽んじる胆力のある者はいない。 特別に有名な者でない限り、無門無派で後ろ盾のない遊俠は気後れし、ただ野次馬に来るだけで、求婚など軽々しく口にできなかった。 すべての求婚者は慎重を期して仲人を立て、礼儀を尽くし、結納品の相談をする前でさえ、名刺代わりの吉祥の贈り物が牛車数台分もあり、外堡(がいほう)を借りても置ききれないほどだった。 三師兄(さんしけい)は喜び、ようやく掌門(しょうもん)の命を辱めることなく、小師妹(しょうしまい)の婚儀を体裁よく執り行えると思った。 名簿、名刺、結納書はすべて講経楼(こうきょうろう)に送られ、三師兄(さんしけい)が一つ一つ確認し、家柄や門地で順序を決める。明日の朝、順序に従って仲人を招き入れ、それぞれの弟子を推薦させる。その席で話しぶりや人柄を試し、その次に武功(ぶこう)を試験する。 君はあまり油断できず、夜明け前に目を覚まし、夜番の師弟(してい)と雑談した。今日は忙しいが、重大な事件はない。一部の仲人が焦って、袖の下を渡して代掌門と早めに面会しようとしたが、断られると強引に大門に祝儀袋を押し込んできたという。 この光景は君も以前見たことがないわけではない。昔、本門に特に美しい師姉(しし)が嫁いだ時も、これほど盛況だった。 彼と昔話に花を咲かせ、笑い合い、いつの間にか君も古株になっていた。 彼が本当に疲れているのを見て、寝に行くように勧め、代わりに夜番をすることにした。 彼は一瞬固まった。確かに疲れているが、怪しんで即答しなかった。君も気まぐれで言っただけで、口に出した途端に後悔し、すぐに前言撤回しようとした。 ここ数日、唐門(とうもん)の上下は婚儀の準備に追われており、この師弟(してい)も古株なので、当然君と同じ道をたどり、能ある者が苦労し、客の接待から夜番までこなし、数日間まともに寝ていなかった。君が背を向けて去ろうとするのを見て、慌てて呼び止め、愛想笑いを浮かべて、前言撤回しないでくれと頼んだ。 君は同門の師兄弟(しきょうだい)には義理堅いが、本性は悪劣なので、それにかこつけて彼を脅迫した。 満足いく金額を脅し取ってから、彼を寝かせた。 その師弟(してい)は腹の中で罵った。君と四師兄(よんしけい)はそっくりの守銭奴だが、四師兄(よんしけい)は詐欺まがいで、君は強盗そのものだ。君のほうが数段タチが悪い。 この夜は風もなく静かだった。 唐家大院の灯りは消え、風が木の葉を揺らす音だけが聞こえる。 夜が更け静まり返るほど、思い出は騒がしくなる。何年も前、辛儒(しんじゅ)師姉(しし)が嫁いだ時、唐家大院は銅鑼や太鼓の音で溢れ、賑やかで、多くの客が訪れたことを思い出した。 二師兄(にしけい)は珍しく笑みを浮かべ、掌門(しょうもん)も少しそわそわしていた。四師兄(よんしけい)が迎えの輿が門前に着いたと言うと、宴席も始まらないうちに大師兄(だいしけい)が酔っ払って花嫁の被り物をめくろうとし、二師兄(にしけい)が激怒して問答無用で殴り合い、喧嘩しながら遠ざかっていった。 あの年、小師妹(しょうしまい)はまだ体が小さく、今よりもっと華奢で、客の間でもみくちゃにされ、多くの見知らぬ人を見て怖がり、「お父さん」と叫んだ。掌門(しょうもん)は急いで駆け寄り、彼女の小さな手を引いて、師姉(しし)がなぜ行くのか、それは新しい家族ができたからだと教えた。 遅かれ早かれ彼女も家を離れる時が来る。その時は必ず今日よりも盛大に、賑やかに送り出し、天下の人々に祝福させると約束した。 思い出の中の笑い声や曲の音は煙のように消え、君の意識は今、冷え冷えとした唐門(とうもん)大院(だいいん)に戻った。 時は過ぎ去りやすく、掌門(しょうもん)が娘にした約束の日は、瞬く間に目の前に来てしまった。 武林(ぶりん)において婿選びの武術試合は珍しくないが、唐門(とうもん)は三大名家に数えられ、全盛期ほどの勢いはないとはいえ、小規模な門派(もんは)とは比べ物にならない。唐門(とうもん)の令嬢が婿を募集していると聞き、江湖(こうこ)の未婚の若き俠士(きょうし)たちが続々と蜀中(しょくちゅう)に集まり、唐家大院は一時立錐の余地もないほど混雑した。 練武場には日よけ棚が設けられ、求婚者と仲人たちが日差しを避けている。皆緊張した面持ちで、対策を練る者、文試があると聞いて泥縄式に勉強する者、自信満々で余裕綽々の者など様々だ。 名簿順に名を呼ばれると正心堂(せいしんどう)へ入り、自ら名乗り出て、三師兄(さんしけい)による文才、会話、見識の試験を受ける。 あなたと師兄弟(しきょうだい)たちは広間の脇に立ち、あれこれ品定めをした。 午前中だけで多くの奇人異士を見た。求婚者は武林(ぶりん)の人間だけに限らず、小師妹(しょうしまい)の芳容を一目見ようと慕って来た才子(さいし)や富豪の息子も多く、才色兼備で驚かされる者もいれば、失笑を買うような変わり者もいた。 傲慢な物言いをする者、粗野な振る舞いの者、軽薄な者、大げさで気取った者、富をひけらかす者は、貴賤を問わず一律退場させられた。 今日求婚に来た少俠や公子(こうし)の中で、最も有望視されているのは南宮(なんきゅう)世家の大公子・南宮深(なんきゅうしん)だ。家世、財産、名声、武功(ぶこう)、才学のすべてにおいて上質であり、彼が連れてきた仲人も江湖(こうこ)の名宿で、三師兄(さんしけい)とは旧知の仲であり、まさに非の打ち所のない候補者だ。 ただ、南宮深(なんきゅうしん)と上官(じょうかん)家の令嬢との間に婚約があったことが、議論を呼んでいるだけだ。 南宮(なんきゅう)世家は武林(ぶりん)の世家であり、書香門第でもある。大公子は次期当主として幼い頃から英才教育を受けており、武功(ぶこう)も学問も言うまでもない。江陵(こうりょう)の戦いでは、群俠を率いて畜生道(ちくしょうどう)の侵攻に対抗し、その功績は言うまでもない。 三師兄(さんしけい)が経書や史書で試験をしても意味がなく、逆に出題者の浅薄さを露呈するだけだ。 三師兄(さんしけい)は考えを巡らせ、難問を出した。 題して『農夫は稲を植えて天下を養い、樵は木を伐って紙を造り学問に利する。夫れ武人は学成りて以て国に事えず、何ぞ民生に用いん?儒は文を以て法を乱し、俠は武を以て禁を犯す。如何にして云衢に見入れられんや?』 この問いが出されると、堂内は静まり返った。 学のない者は意味さえ分からず、分かった者は息を飲んだ。 儒俠(じゅきょう)・唐三爺(とうさんや)は大公子に愛想が良かったので、手心を加えると思っていたが、まさかこんな難題を出すとは。 この問いの意味はこうだ。農夫は稲を育てて民を養い、樵は木を伐って煮炊きや製紙に役立てる。我々江湖の人間は苦労して武芸を身につけても、国に報いることなく、自分の名利を追うだけで、蒼生に何の益があるのか?義俠を行うどころか、国には国法、家には家規がある。儒生は仁愛や人情を説いて朝廷(ちょうてい)の法治を妨げることがあるが、ましてや俠客は武功(ぶこう)をもって当局の禁制に挑戦する。朝廷(ちょうてい)は何を根拠に今まで江湖(こうこ)を野放しにしてきたのか? 答えは簡単だが、誰も口にしたがらないだけだ。下手に答えれば、天下の武林(ぶりん)人を敵に回すことになる。 南宮深(なんきゅうしん)は少し考えると、すでに腹案があり、『礼記』大学の一節を引いて朗々と語った。文武を問わず、まずは格物致知(かくぶつちち)、大義を明らかにし、栄辱(えいじょく)を知り、意を誠にし心を正す。心を込めて文を修め武を習うのは、皆修身のためであり、宗派(しゅうは)を成すのは斉家であり、家が整って初めて治国を論じることができる。 苟も国に利することあらば、匹夫にも責あり。将兵は外敵を払い、俠客は内を安んじる。故に私は、江湖(こうこ)の人間は一人残らず国のため民のためであると論じる。 この一席の弁舌は、すべての武林(ぶりん)人を国のため民のための英雄に仕立て上げ、彼らの顔を立て、満堂の喝采を博し、雷のような拍手を受けた。 君は横で聞いていて、まるで自分のことのように誇らしく思い、天にも昇る心地だった。 すぐに我に返った。自分がどんな人間かはよく知っている。君でさえ褒めそやすとは、この大公子は本当に弁が立つ、大した人物だ。 三師兄(さんしけい)はこの高論を聞いて、可もなく不可もなく、深く追及せず、彼を中に通してお茶を出し、食後に武試を行うことにした。 南宮深(なんきゅうしん)は顔色を見て、自分の言葉が核心を避けており、儒俠(じゅきょう)の眼をごまかせなかったことを悟ったが、気にしなかった。今日の彼の発言はすでに多くの人心を掴み、世家にとって大きな利益となったからだ。 一通りの求婚者と面接したが、小師妹(しょうしまい)は誰一人として気に入らなかった。誰でもよくて、誰でもダメなようだった。 三師兄(さんしけい)は名残惜しくもあり困ってもいたが、唐門(とうもん)は累卵の危うきにあり、心を鬼にして彼女を嫁がせなければ、掌門(しょうもん)の託に背くことになる。 席を立って食事に行こうとした時、名前を呼び上げる係の唐門(とうもん)弟子が慌てて報告に来た。また一人求婚者が現れたが、来たのは大師兄(だいしけい)と名を並べ、生涯の好敵手と認め合っていた峨嵋(がび)の「風神(ふうじん)」解無塵(かいむじん)だった。 三師兄(さんしけい)は望外の喜びで、畏敬の念を持って急いで招き入れた。 解無塵(かいむじん)は容姿端麗、五官は整い、背は高く、眉宇には豪気が漂い、長年名を馳せているが、義俠を行う話ばかりで、女性の噂はなく、潔癖で自愛している。峨嵋(がび)は中原(ちゅうげん)六大派(ろくだいは)の一つで、唐門(とうもん)からも近く、小師妹(しょうしまい)の良き配偶者だ。 しかし三師兄(さんしけい)は解無塵(かいむじん)の意図を見誤っていた。彼は小師妹(しょうしまい)のために来たが、求婚のためではない。女色よりも、この武術馬鹿の心にあるのは好敵手のことだけだ。唐布衣(とうふい)の好敵手として、二人は百回以上競い合い、心の奥底では互いに敬服していた。本来唐布衣の妻となるはずだった小師妹(しょうしまい)が、俗世の凡人に狙われるのを許せるはずがない。 だから彼は、大師兄(だいしけい)に代わって小師妹(しょうしまい)のために審査をするために、勝手にやって来たのだ。 その後、三師兄(さんしけい)は九牛二虎の力を費やしてようやく彼をなだめ、食後に少し休憩してから手合わせをするように説得した。 多くの野次馬や運試しに来た人々は、解無塵(かいむじん)まで参戦したのを見て、食事もせずにすごすごと山を下りて行った。 君は山を下りて外堡(がいほう)へ行き、南宮深(なんきゅうしん)を訪ねた。行くとすぐに南宮(なんきゅう)の家丁が食事を運んでくるのが見えた。仲人を務める南宮(なんきゅう)の老俠客は気まずそうな顔をしていたが、用心に越したことはないとは言えず、明らかに唐門(とうもん)を警戒していた。 君は少しも容赦せず、核心を突いた。相手の老人が顔を赤らめただけでなく、多くの賓客も恥ずかしそうな顔をした。唐門(とうもん)は毒薬と暗器(あんき)で有名であり、唐門(とうもん)の縄張りで食事をするのに警戒しない者がいるだろうか?満卓の料理に箸をつける者は少なく、皆持参したものを食べていた。 君は言いたいことがあったが、先礼後兵で、大公子に一杯勧めた。大公子は首を仰向け、杯を逆さにして飲み干したことを示した。君は「いい度胸だ」と心で呟き、自分も杯を飲み干した。 大公子の唐門(とうもん)に対する見方はともかく、君に対する軽蔑の態度は隠そうともしなかった。 君が言いたいのは、江陵(こうりょう)大戦の後、老太爺が逝去し、唐門(とうもん)が大公子に疑われ、当時は不倶戴天(ふぐたいてん)の敵のようだったのに、なぜ今日また求婚に来たのかということだ。 南宮深(なんきゅうしん)は内心腹を立て、君を見下していたが、この件には答えざるを得なかった。江陵(こうりょう)戦後、彼は多方面から調査し、唐門(とうもん)の尻尾を掴もうとした。努力の甲斐あって、ほどなく唐門(とうもん)の犯行の証拠が見つかったが、問題は証拠があまりに多く、どれも辻褄が合わず、真犯人が濡れ衣を着せようとした意図が明白だったことだ。 彼は唐門(とうもん)への疑いを一時保留したが、完全に信じたわけではない。しかし完全に信じられなくとも、武林(ぶりん)の気数を考え、私情で公を害し、天下の正気を無視することはできなかった。 縁談に来たのは、まさに二大世家の力を結集し、高らかに正道を呼びかけ、共に魔教に対抗するためだ。 練武場に日よけ棚が組まれ、各派の求婚者たちが順に場に出て手合わせを行った。武功(ぶこう)だけでなく、武品や武徳も競い合い、皆小師妹の前で腕前を披露し、深い印象を残して芳心を射止めようとした。 三師兄(さんしけい)は小師妹(しょうしまい)に付き添い、場の俠士(きょうし)たちを講評しながら、こっそり彼女の顔色をうかがったが、小師妹(しょうしまい)は終始無表情で、少しも心中が読めなかった。 何組もの若い俠士(きょうし)が登場しては退場し、各々が神通力を発揮したが、小師妹(しょうしまい)の目にはどれも退屈に映った。 彼女は江湖(こうこ)を歩いたことがなく、人との手合わせも少ないため実戦経験は浅いが、長年脇目も振らずに集中してきたため、すでに唐門(とうもん)武学の奥義を垣間見ており、その眼識の高さは三師兄(さんしけい)をも上回っていた。 三師兄(さんしけい)が絶賛するこれらの俠士(きょうし)も、小師妹(しょうしまい)から見れば動きが奇妙に思えた。 技の勢いが雄大かどうかばかりを気にかけ、力を使いすぎて隙が生じることを全く気にしていない。自分自身にさえ勝てないのに、なぜこれほど自信満々なのか? 南宮深(なんきゅうしん)の手合わせは、江湖(こうこ)の調停役としての処世術を体現していた。熱くならず、不敗の地に立ち、随所で手心を加えた。他の組は戦うほどに殺気立ったが、大公子の対戦相手だけは負けても満面春風で、心から敬服していた。 峨嵋(がび)の解無塵(かいむじん)が手を出して初めて、小師妹(しょうしまい)は刮目した。 誰が出てきても、拱手して挨拶した直後に一蹴りで倒した。一蹴りで倒れなければ、二蹴り、三蹴りと、目にも止まらぬ速さで蹴り飛ばし、数戦続けても、誰も彼に一撃も返せず、一方的な攻撃だった。 今回は三師兄(さんしけい)だけでなく、小師妹(しょうしまい)も心服した。この解無塵(かいむじん)はこれほど武功(ぶこう)が高いのに、なぜ大師兄(だいしけい)は以前彼をダメだと言っていたのか? 実は解無塵(かいむじん)は風神(ふうじん)と称され、飛俠(ひきょう)と名を並べているが、体魄や基礎の頑健さは大師兄(だいしけい)をも上回っている。彼が江湖(こうこ)でよく負け、戦績が大師兄(だいしけい)に及ばないのは、大師兄(だいしけい)が狡猾で、戦っても利益がなく、勝てる確信のない相手には手を出さないからだ。 対して解無塵(かいむじん)は尚武の気風が強く、好戦的で、名声を重んじるため、江湖(こうこ)で名の知れた俠士(きょうし)に会えば必ず教えを請い、結果として強敵にぶつかることが多くなる。 大師兄(だいしけい)が彼をダメだと言ったのは、別の意味であって、武功(ぶこう)のことではない。 唐家大院の空き地は限られており、棚を組むとさらに狭くなった。外で交通整理をしたり、煉丹房、講経楼(こうきょうろう)、正心堂(せいしんどう)などの要所を守る師弟(してい)妹以外は、皆弟子部屋に詰め込まれ、窓から盗み見るしかなかった。狭いのを嫌って屋根に登って観戦する者もいた。 勝負はついた。武功(ぶこう)以外にも武品、武徳、才学、家世が問われるとはいえ、実力差は歴然としており、皆すでに希望を捨てていた。幸いこの場に立ち会えたことで、祝い酒を飲んで福にあやかれるだけでなく、天下の俠士(きょうし)たちと出会い、見識を広めることができた。 今日の争いは、最後の一戦が特に素晴らしく、拍手喝采が鳴り止まなかった。この一戦を見られただけで、はるばる蜀中(しょくちゅう)へ集まった甲斐があったというものだ。 四師兄(よんしけい)は三師兄(さんしけい)から資金を受け取り、さらに自腹を切って四司六局(ししろくきょく)を雇い、外堡(がいほう)の竈を借りて料理を作らせ、温盤に盛って山へ運び、客をもてなした。 南宮(なんきゅう)世家ほど豪勢ではないが、皆が自分のできる限りの力を尽くした。 食事のために部屋に入ろうとした時、提灯を持った師弟(してい)が慌てて山を駆け登ってきて報告した。 崆峒(こうどう)の金烏上人(きんうじょうにん)が手下を連れて外堡(がいほう)で騒ぎを起こし、唐門(とうもん)第一の使い手に挑戦すると叫んでいるという。 悪意があるのは明らかだ。よりによってこの大事な時に来るなんて、唐門(とうもん)の慶事を狙って故意に因縁をつけに来たに違いない。 四師兄(よんしけい)は外堡(がいほう)で客をもてなしていたが、すぐに人を率いて阻止しようとした。しかし相手は準備万端で勢いが強く、辛うじて足止めするのが精一杯で、山へ援軍を要請してきたのだ。 君は聞いて激怒した。大師兄(だいしけい)の死の件もまだ決着がついていないのに、家まで押し掛けてくるとは、あまりに囂張すぎている。 向こうでは、金烏上人(きんうじょうにん)が手下を連れて外堡(がいほう)で騒ぎを起こし、大師兄(だいしけい)がかつてその芳名を慕って三度崆峒派に侵入し、夏侯蘭(かこうらん)の美貌を一目見ようとしたことを口実に、さらに大師兄(だいしけい)の素行の悪さを捏造し、彼が邪術や淫薬で害をなしたと汚名を着せた。唐門(とうもん)の名声を地に落とすため、身内まで引き合いに出し、二人が不義密通し、風紀を乱し、夏侯蘭(かこうらん)も感化されて陰険で毒辣になったと言いふらした。 今、夏侯蘭(かこうらん)が数ヶ月行方不明なのも、あの飛石幇主(ひせきほうしゅ)の夫人のように、唐門(とうもん)の淫賊の手に落ちたからに違いないと。 夏侯蘭(かこうらん)はただの女弟子ではなく、崆峒(こうどう)奪魄門(だっぱくもん)の嫡伝(ちゃくでん)女弟子であり、崆峒四姝(こうどうよんしゅ)は皆四門の嫡伝(ちゃくでん)であり、遅かれ早かれ掌派人(しょうはじん)に嫁ぎ、自家の地位を固めるための重要な駒である。 崆峒(こうどう)掌派人(しょうはじん)の婚約者を汚すことは、崆峒(こうどう)派を侮辱するに等しい。是可忍,孰不可忍、崆峒(こうどう)の弟子たちが義憤に駆られないわけがない。 大師兄(だいしけい)は江湖(こうこ)を渡り歩き、奔放で型破りなため、毀誉褒貶が激しく、敵味方を問わず彼を気にかけつつも憎んでいた。本人は公明正大だと思っているが、知らず知らずのうちに多くの少女の芳心を奪っており、彼を嫉妬する者は数知れず、デマを流して中傷する者も少なくない。 今、金烏上人(きんうじょうにん)がもっともらしく、激しい口調で語るのを、人々は信じないわけにはいかなかった。 先程の話を布石として、金烏上人(きんうじょうにん)は話の矛先を一転させ、小師妹(しょうしまい)に向けた。 大紅色の僧衣をまとい、仏道を修め善を行うべき者が、口にする言葉は極めて悪毒で、なんと大師兄(だいしけい)と小師妹(しょうしまい)が未婚で密通していたと汚名を着せた。小師妹(しょうしまい)が妊娠していなければ、唐門(とうもん)がなぜこれほど急いで娘を嫁がせようとし、天下の俠士(きょうし)を蜀中(しょくちゅう)に集めたのか説明がつかない。これは詭計であり、実際は彼女の腹の子のために、うまいカモを見つけて父親に仕立て上げようとしているだけだと。 この話はもちろん悪意ある捏造であり、少し考えれば嘘だと分かるし、時間が経てば自然と崩れる嘘であり、四師兄(よんしけい)が反論するまでもない。 しかし金烏上人(きんうじょうにん)の狙いは議論に勝つことではなく、デマを広めることにある。江湖(こうこ)の人々の野次馬根性、騒ぎが大きくなるのを喜ぶ心理につけ込み、生臭く扇情的に語れば語るほど、噂が広まり、唐門(とうもん)の名声は地に落ちる。 彼の嘘が先に暴かれるか、唐門(とうもん)が先に過街老鼠となって叩かれるか。真相が明らかになる頃には手遅れになっており、その時には彼が崆峒(こうどう)掌派人(しょうはじん)に就任し、手のひらを返すように唐門(とうもん)を一族皆殺しにしているだろう。 君はちょうどその場に駆けつけ、その言葉を聞いて激怒し、拳で金烏上人(きんうじょうにん)を殴り飛ばした。 金烏上人(きんうじょうにん)がなかなか手を出さず、唐門(とうもん)の達人に挑戦すると言い張っていたのは、多勢に無勢でいじめたという悪名がつくのを避けたかったからだ。君が人を連れて下りてきたのは彼にとって好都合で、自陣に戻ると、四大護法を呼び寄せた。 君はかつて崆峒(こうどう)に留学しており、この四大護法がただ者ではなく、各門の精鋭であり、実力は金烏上人(きんうじょうにん)より上かもしれないことを知っており、密かに恐怖を感じた。 金烏上人(きんうじょうにん)は、今の唐門(とうもん)には人材が枯渇しており、対抗するには総力戦しかないと踏んでいた。また今日の祝宴のため、山に守りを残さねばならず、全軍での包囲は不可能だ。ならば、こちらは人数が少なくても、個々の武芸の高さで一時的に対抗し、劣勢にはならないと踏んでいた。 唐門(とうもん)が多勢で少数を囲めば、口実を与え、自ら悪名を被ることになる。崆峒(こうどう)派が敗退しても、「強龍も地頭蛇を圧せず」と言い訳し、家に帰って援軍を呼び再起を図れる。 逆に、彼の提案通りに達人を一人選出して決闘させれば、まさに思う壺だ。 唐門(とうもん)に残る僅かな達人を再起不能にすれば、唐門(とうもん)の揺らめく火種を消したも同然。門弟たちは前途を悲観し、鳥獣が散るように去り、唐門(とうもん)は空っぽの抜け殻となるだろう。 四師兄(よんしけい)はすでに負傷しており、出陣できない。 君はその場の師兄弟(しきょうだい)たちを見渡す。表情は様々だ。 怯えを見せる者、傷を負いながらも屈しない者、今すぐ戦いたくてうずうずしている者。だが誰一人として口を開かず、ただ君を見つめ、君の号令を待っている。 かつて君が人混みの中で誰かを頼りにしたように、彼らは君を信頼しているのだ。 今となっては、君こそが師門の先鋒となるしかない! 金烏上人(きんうじょうにん)は大声で叫び、自らが崆峒(こうどう)を代表して唐門(とうもん)の達人に挑戦すると宣言した。勝負がつくまで、両陣営は決して手を出してはならない。 一対一、正々堂々と戦い、決して誰の助太刀も許さない。違反した者は両派の公敵となる。 この言葉は両派に向けたものであると同時に、その場にいる賓客に向けて、自らの正当性を誇示するためのものであった。 君の内力(ないりょく)は申屠龍(しんとりゅう)によって無効化されており、金烏上人(きんうじょうにん)は君を廃人同然とみなし、全く相手にせず、軽敵の心を抱いていた。 誰も君に期待しておらず、飛俠(ひきょう)が死んで以来、唐門(とうもん)には達人と呼べる者は一人もいないと思われていた。 しかし君は衆人環視の中で、たった一人で強敵金烏上人を打ち負かし、皆を驚愕させた。 崆峒(こうどう)の弟子たちは、自派の達人が自ら挑発して勝負を挑んだにもかかわらず惨敗したのを見て、顔面蒼白となり、恥ずかしさのあまり地面に顔を埋めたい思いでうなだれた。 唐門(とうもん)の師兄弟(しきょうだい)たちは歓声を上げ、誇らしげだった。 君は豪快な性格で、偽善的な挨拶などしたこともなく、少しの顔も立てず、遠慮なく客人を追い返し、来た場所へ帰れと言い放った。 ただし、この騒動を煽り立て、デマを流した張本人だけは拘束した。 さらに隠すことなく、将来必ず報復すると言い放った。この恨みは彼らの掌派人(しょうはじん)選挙まで取っておき、その時崆峒へ行って「彼らのやり方で彼らに返す」と宣言し、どう思うか見てやろうと言った。 これを聞いた崆峒(こうどう)の面々は、穴があったら入りたい気持ちになり、どうして留まる顔などあろうか? 面の皮が厚い者は拱手して体裁を取り繕い、薄い者は無言で出て行った。 誰かの警告を待つまでもなく、君は素早く身を翻し、剣を回転させて振り下ろし、金烏上人(きんうじょうにん)を撃退した。 彼は目を丸くした。君が彼の死んだふりを見抜くとは信じられず、君のその小剣で重傷を負わされた。刃は柄まで没し、大きな傷口を開けた。生ある者ならば、この一撃を受けて生き延びられる者はいない。 金烏上人(きんうじょうにん)は骨の髄まで凍り付いた。今この時になって初めて、自分が本当に死ぬかもしれないと信じた。絶世の達人の手にかかるのではなく、誰も気に留めないような下っ端の手にかかって死ぬのだと。 そう思った瞬間、彼はハッと悟った。自分は間違っていた、君は決して下っ端などではなく、非常に強く、決して侮れない相手だと。 この絶体絶命の窮地にあって、もはや面目などを考えている余裕はなく、生き延びることが最優先だ。目くらましの煙幕弾を取り出して地面に叩きつけ、なんと金蝉脱殻の計を使い、一身の贅肉を捨てて空へ飛び上がった。 君は煙に視界を遮られ、即座に阻止できず、金烏上人(きんうじょうにん)は狂笑と共に去り、川の流れのような人混みに消えた。君は彼の真の姿を知らず、どうやって見つけ出せばよいのか? 君は悲憤のあまり狂わんばかりになり、天を仰いで咆哮した。その声は四野を震わせ、聞いた崆峒(こうどう)の者たちは皆肝を冷やした。 同門の師兄弟(しきょうだい)たちが集まってきて、口々に慰めた。良い方に考えよう、君はあの金烏上人(きんうじょうにん)の正体を暴き、逃げ出させたのだ。その場にいた全員が目撃しており、あの妖怪は二度と崆峒(こうどう)派に身を隠すことはできず、間接的に一大正派が悪人に乗っ取られるのを防いだのだと。 崆峒(こうどう)の面々は金烏上人(きんうじょうにん)が皮を脱いで逃げようとしたのを目の当たりにし、愕然として顔色を変え、しばらく言葉が出なかった。 中には彼と親しく、付き合いの深かった者も少なくなかったが、誰一人として彼の正体を見抜いていなかった。 金烏上人(きんうじょうにん)の出家前の悪行を知らぬ者はいなかったが、先代掌派人に屈服させられて教化され、仏門(ぶつもん)に入ってからは改心したと思われていた。人格に問題はあっても、崆峒(こうどう)には忠実だと信じられていたのだ。 今にして唐門(とうもん)の言い分が、あながち嘘ではないと知った。金烏上人(きんうじょうにん)が本当に唐門(とうもん)の言う通り千燈楼(せんとうろう)の出身かどうかは分からないが、彼が人皮の衣をまとっていたことは、あまりに邪悪であり、正道にあるまじき行為だ。 鉄脊山君(てっせきさんくん)は若い頃、生計のために遺体収容と納棺の仕事をしていたことがあり、近づいて見て、すぐに金烏上人(きんうじょうにん)が脱ぎ捨てた肉の衣が本物の人間の血肉であると断定した。 そう思うと恐怖で震えが来た。もし君がこの妖魔の正体を暴かなかったら、彼らはいつまで騙されていたことか。 掌派人(しょうはじん)の選挙の後、権力が金烏上人(きんうじょうにん)の手に渡っていたら、百年の基盤はどうなっていたことか? 顔疆は思わず声を上げて君を呼んだ。 君は崆峒(こうどう)に対して激怒しており、近づいても愛想よくするつもりはなかった。もし彼がまだ戦いたいのなら、最後まで相手をしてやる。 顔疆は図々しいが、根は正直者で、振り上げた拳を下ろす場所がなく、いっそ足を折る覚悟で舞台から飛び降りるように、君に頭を下げて礼を言い、謝罪した。 崆峒(こうどう)は名門正派であり、悪人に騙されて道理に背く行いをしたとはいえ、是非が明らかになれば強弁はしない。善悪の判断がつかなかったことを認め、崆峒(こうどう)に戻り次第、四掌門に報告して自ら罰を請い、山中の規律を正し、後日改めて唐門(とうもん)へ負荊の謝罪に来ると言った。 玄功門(げんこうもん)の師姉(しし)が君に話しかけてきた。その口調は幾分親しげで、誇らしげでもあった。自派の掌門(しょうもん)師妹(しまい)が慧眼で君を見抜き、反対を押し切って入門させたことで多くの非難を浴びたが、君の活躍を聞けばどれほど喜ぶだろうか。 傍らの三人はそれを見て嫉妬し、当時魏掌門がくじを引いていなければ、君は自派に入っていたかもしれない、そうすれば鞠冬音(きくとうおん)がこれほど得意顔をすることもなかったのにと思った。 礼を述べた後、四人は次々と作揖して去っていった。 君の活躍のおかげで、小師妹(しょうしまい)の婚儀は順調に執り行われた。 その夜、雨が降り出し、翌日の嫁入りの時も止むことはなかった。 古来より、雨の日の婚儀は天の祝福と言われるが、唐門(とうもん)が新たに生まれ変わることの隠喩のようでもあった。 今回の月例会に四師兄(よんしけい)が遅れてきた。聞けば、彼が常々口にしていた商隊がついに出発することになったという。 彼は君とは違い、行きたいと言いながらも常に名残惜しそうにしていた。遠遊して商売をすることは四師兄(よんしけい)が長年計画していた野心であり、とっくに掌門(しょうもん)の許可も得ていたが、唐門(とうもん)に不幸が続いたため、自分だけ良くなるのが忍びなく、今日まで延期していたのだ。 今、大きな出来事が一段落し、吉日(きちじつ)も見つかったため、ついに心を鬼にして決行することにした。自分がまだ未練を抱くのを恐れ、昨日までに商隊を順次出発させていた。彼は唐門(とうもん)の月例会に参加するためにわざわざ戻ってきたのだ。 四師兄(よんしけい)が料理を注文し、三師兄(さんしけい)が酒を用意し、君が調理した。 四師兄(よんしけい)の送別会だ。一晩中、過去の酸いも甘いも噛み締め、時には泣き、時には腹を抱えて笑った。 互いに助け合ってきたが、人々の往来を見送り、ついに各々の道を歩む時が来た。 君たちは同門であり、血の繋がらない家族でもある。 この別れの後、いつ会えるかは分からない。杯の新酒で、旧友の遠遊を送ろう。 夜明けと共に宴は終わり、衣を払い拱手して、引き留めはしなかった。 この日、君が掌門(しょうもん)の病状を見舞って正心堂(せいしんどう)から出てくると、慌てん坊の師弟(してい)が正心堂(せいしんどう)に駆け込んできて、掌門(しょうもん)に会いたいと叫んでいるのに出くわした。 彼は三師兄(さんしけい)を見つけられなかったが、君を見て安心したようで、落ち着きを取り戻した。 山にお役人が来たとのことで、決して粗相があってはならない。君に先に出迎えさせ、彼は講経楼(こうきょうろう)へ代掌門を呼びに行った。 君は後ろめたいことがあり、すぐにお役人が自分を捕まえに来たのだと思い込んだ。 客人を大院(だいいん)に迎え入れた。来訪者は宋神捕(そうしんほ)の他に、滄幇(そうほう)の弟子が一人いた。 前回の唐門(とうもん)内乱は、上官(じょうかん)世家が裏切り者を支持したことが原因で、深い遺恨が残っている。 同門の師兄弟(しきょうだい)たちはこの時、滄幇(そうほう)の弟子を見て、目から火が出そうなほど怒っていた。 君は宋神捕(そうしんほ)を見たことはあったが、知り合う機会はなく、今日初めて言葉を交わした。 彼は君の多くの事績を聞いていたが、それらはすべて悪名であり、会うなり厳しく叱責し、最初から威圧してきた。 三師兄(さんしけい)がようやく出てきて、二人の客人を正心堂(せいしんどう)に迎え入れて茶を出した。 一通りの挨拶の後、その滄幇(そうほう)の弟子が用件を切り出した。彼はただの幇衆(ほうしゅう)ではなく、五堂香主の一人、九仙堂の朱五であり、上官(じょうかん)家主直属で、滄幇(そうほう)の中では一人の下にあるのみという地位だ。 宋悲(そうひ)の同行はあくまで客としてであり、付き添いに過ぎない。 朱五はまず謙遜し、すぐに滔々と話し始めた。唐門(とうもん)と上官(じょうかん)の恩怨を軽く流し、口を開けば大局を語り、江陵(こうりょう)包囲以来、江湖(こうこ)の風雨は滔々たる川の如く絶え間ないと述べた。 南宮(なんきゅう)世家は尊長を失い、中原(ちゅうげん)正派各派も魔教の調虎離山(ちょうこりざん)の計にかかり、元気を大いに損なった。その上、暗闘が続き、武林(ぶりん)の心が仲裁せねば紛争は四起きりがない。団結して魔教に対抗するのは容易ではない。 もし泥教(でいきょう)が六派の牽制し合う隙に乗じて再び発難し、十万の部衆を率いて山を出て、北は襄陽(じょうよう)を乱して金兵を関に入れ、南は南宮(なんきゅう)を襲撃して武林(ぶりん)の心を掌握すれば、内憂外患で大宋(たいそう)の江山は危うくなる。 これは朝廷(ちょうてい)の懸念だけでなく、社稷の禍根であり、天下万民の喉元に突きつけられた刃である。 彼は激昂して語り、その意図は明白だった。大義名分で唐門(とうもん)を追い詰め、独善的であってはならないと迫っているのだ。 君と三師兄(さんしけい)は聞いていて密かに驚いた。この男は海の男で学がないと自称しているが、弁舌は爽やかで、伊達ではない。言うことにも理があり、反論の余地がない。 彼は続けて言った。上官(じょうかん)家主は江湖(こうこ)を引退したが、民が塗炭(とたん)の苦しみを味わうのを見るに忍びず、朝廷(ちょうてい)に上奏し、官家(かんか)の聖旨(せいし)を受けて三品に昇進し、武林(ぶりん)大会を開催して、武林(ぶりん)正派に逆賊討伐の大計を協議するよう呼びかけると。 宋悲(そうひ)の立会いのもと、武林(ぶりん)大会の招待状を渡し、拱手して去って行った。 君と三師兄(さんしけい)は協議した。朝廷(ちょうてい)の介入には大いに懸念があり、唐門(とうもん)は官府(かんぷ)と組むことを潔しとせず、正派を自認したこともないが、天下の興亡には匹夫も責あり、家園を守ることは義として辞退できない。 そうでなければ、かつて掌門(しょうもん)が師門を率いて中原(ちゅうげん)正派と同一陣線で極楽教(ごくらくきょう)に対抗し、最終的に零落する結末を迎えることもなかっただろう。 いずれにせよ、この武林(ぶりん)大会には行かねばならない。 招待状には、武林(ぶりん)大会は今年の十月十五日、風雨山(ふううざん)で開催されると記されていた。 その風雨山(ふううざん)は岳陽(がくよう)の南、西は洞庭湖(どうていこ)の水に接する場所で、名山ではなく、かなり荒れ果てた場所だ。上官(じょうかん)世家がここを選んで武林(ぶりん)大会を開くのは、洞庭(どうてい)の錦香宮(きんこうきゅう)を借り、南宮(なんきゅう)世家を困らせようという深い意図がある。 誰もが知っている通り、二大勢力は家主、宮主(きゅうしゅ)の昔年の葛藤により、南宮(なんきゅう)一族は錦香宮(きんこうきゅう)の縄張りを通る際に頭を下げざるを得なくなっている。風雨山(ふううざん)で大会を開くのは、南宮(なんきゅう)世家の面目を潰し、彼らが二度と武林(ぶりん)の泰斗(たいと)を自任できないようにするためだ。 唐門(とうもん)を代表して大会に参加する者は、君をおいて他にいない。 これは君が長年待ち望んでいた、頭角を現す機会であると同時に、師門の名声を背負っており、栄辱(えいじょく)はすべて君一身にかかっている。 道中、官兵の隊列に出迎えられた。一行は朝廷(ちょうてい)が唐門(とうもん)を粛清しに来たのかと肝を冷やしたが、宋悲(そうひ)が前に出てきたことで、彼が唐門(とうもん)の敵の多さを懸念し、襲撃に備えて各地から護衛を呼び寄せたのだと知った。 唐門(とうもん)には勅旨に逆らった前科はあるが、理由なく朝廷(ちょうてい)を挑発したり、納税を怠ったりしたことはなく、厳密には良民である。昨今の朝野(ちょうや)の情勢変化により、関係修復の兆しがある中、お前は熟考の末、前例を作るべく宋大人の好意を受け入れ、官兵との同行を決めた。 道中で青城(せいじょう)派と遭遇した。お前は申屠龍(しんとりゅう)の正体を暴きたくてたまらなかったが、鄒掌門はお前の言葉に対し不快感を露わにし、微塵も信じなかった。 話が通じなければ多言は無益、お前は袖を払って立ち去った。 この日、ついに荊州(けいしゅう)の境界に到着した。茶店の店員に聞くと、ここからあと数日で江陵(こうりょう)、岳陽(がくよう)だという。 錦香宮(きんこうきゅう)主は武林(ぶりん)の先輩であり、深窓にあって滅多に出ないが、その江湖(こうこ)での地位は極めて高い。 宮主(きゅうしゅ)からの招待を受けて、江湖(こうこ)の後輩である君が背くわけにはいかないだろう? しかし錦香宮(きんこうきゅう)と南宮(なんきゅう)世家は水と火のような関係だ。最も恐ろしいのは、宮が唐門(とうもん)を客として招くのは建前で、南宮(なんきゅう)を困らせるのが本音である場合だ。 行くか行かぬか、どちらにせよ人を怒らせることになりそうで、君は大いに悩んだ。 官兵の兄弟や同行の友人たちと別れ、唐門(とうもん)の一行は錦香宮(きんこうきゅう)の用意した大船に乗り込み、道中の川景色を楽しみ、佳人も同伴しており、風光明媚な様子に門人たちは我を忘れた。 錦香宮(きんこうきゅう)に到着すると、随行の女宮人が君たちを外庁へ案内して茶菓子を出し、すぐに辞去して宮主(きゅうしゅ)に伝えに行き、貴客を迎える準備をした。 君は宮に入って温夫人(おんふじん)に拝謁した。彼女は女性だが、武林(ぶりん)を渡り歩き、自ら錦香宮(きんこうきゅう)を創設し、天下の弱い女性を収容して武芸を授け、強権に侵されないようにした、一代の奇女子である。 奪魄幽蘭(だっぱくゆうらん)が名を成す前、温夫人(おんふじん)もかつて武林(ぶりん)第一の美人だと称えられていた。南宮(なんきゅう)家主と同じくらいの年齢、少なくとも四十代半ばのはずだが、歳月の痕跡は微塵も見られない。 錦香宮(きんこうきゅう)は湖南にあり、南宮(なんきゅう)世家とは恩怨が絡み合っているが、蜀中(しょくちゅう)の唐門(とうもん)とはあまり付き合いがない。 このような盛大な招待は、実に予想外だった。 温夫人(おんふじん)も隠さず、唐門(とうもん)に力を貸してもらい、軽薄な輩を追い払いたいのだと言った。 相談事があるが、君たちは長旅で疲れているだろうから、今は一旦置いておくとした。 君は宮主(きゅうしゅ)が何を相談したいのか知らなかったが、十中八九南宮世家と関係があるだろうと推測し、何となく不安を感じた。南宮(なんきゅう)世家の機嫌を損ね、後で申し開きができなくなるのを恐れたのだ。 君は以前から錦香宮(きんこうきゅう)に憧れていた。どこもかしこも良い香りがして、まるで極楽浄土のようで、たちまち心がうずいた。未来の嫁がここに見つかるかもしれない。 君は身を清め、ゆったりとした衣に着替え、宮中の洗塵の宴に臨んだ。 それから錦香宮(きんこうきゅう)に滞在することになった。 武林(ぶりん)大会が迫り、師兄弟(しきょうだい)たちは皆拳を摩り下ろし、躍起になって名を上げようとしていた。 招待を受けて錦香宮(きんこうきゅう)に半月滞在し、朝夕共に過ごすうちに、宮人たちは唐門(とうもん)に対する見方を大きく変えた。江湖(こうこ)の噂のように卑劣で陰湿ではないと感じ、中には宮を出て遊歴したことがなく心の単純な娘も多く、唐門(とうもん)男子の気概を見て、密かに思いを寄せる者も少なくなかった。 ただ君だけが終始孤独で、寂しさと永遠に抱擁していた。 出発が近づき、温夫人(おんふじん)はようやく宮人に命じて君を殿内に招き、協議した。 温夫人(おんふじん)は単刀直入に、武林(ぶりん)大会の後に宮人を解散させ、江湖(こうこ)を引退するつもりだと言った。 君は驚いて呆然とした。錦香宮(きんこうきゅう)は唐門(とうもん)とは違い、十数年前の錦香築、錦香閣(きんこうかく)の頃から芳名は知れ渡っており、ここ十年で洞庭(どうてい)に移り、錦香宮(きんこうきゅう)に入ってからはさらに名声が高まり、噂を聞いて身を寄せる女性が日に日に増え、まさに日の出の勢いなのに、なぜ突然解散するのか? 温夫人(おんふじん)は諄々と語った。彼女が宮人を収容し、技芸や武学を教えたのは、彼女たちに自重、自尊、自愛を持たせ、天下の女子のために意地を見せ、天下の男子を恥じ入らせ、男子にできることは女子にもできると証明するためだったと。 常軌を逸しているとは言え、君は温夫人(おんふじん)の理想も悪くないと思った。 君は錦香宮(きんこうきゅう)の世話になった以上、湧き水のように恩を返すべきだ。唐門(とうもん)の宗旨は、流離い行き場のない者であれば、行商人や人夫でさえ拒まない。まして芳名高き錦香宮(きんこうきゅう)人ならなおさらだ。宮人を唐門(とうもん)に収容することは百利あって一害なし、即座に引き受けた。 風雨山(ふううざん)に登ると、武林(ぶりん)大会の会場には各派の旗がはためき、場内は黒山の人だかりで、千人は下らないだろう。 勅旨を受けて武林(ぶりん)大会を準備した上官(じょうかん)家主は江湖(こうこ)を引退したとはいえ、その威光は依然として残っており、武林(ぶりん)の人々の多くは彼の顔を立てた。ましてや武林(ぶりん)の未来を協議する重要な会議であり、百通の招待状を出せば九十九通は返ってきたほどだ。一時に中原(ちゅうげん)の豪傑たちが風雨山(ふううざん)に集い、場面は空前の盛大さで、人声が沸き立っていた。六大派(ろくだいは)はそれぞれ一角を占め、門人は色とりどりの制服を着ていて識別しやすかったが、無門無派の武林(ぶりん)人の服装は適当で、誰が誰だか見分けがつかない。 経歴の長い古株の江湖(こうこ)人は人情や世故を重んじ、知人に会えば挨拶を交わす。一方、血気盛んな若者たちはハリネズミのように互いに譲らず、中には特に格好つけたがる者もいて、誰もが口に草をくわえ、天涯孤独(てんがいこどく)の一匹狼を自称し、帰る家がないことを誇りとし、親が健在でも家が崩壊して人が亡くなったと言いふらす始末だ。まるで家族が死に絶えていなければ面目が立たないとでも言うように。 君は自分のふてぶてしいほど落ち着いた表情がどれほど頼もしいかを知らない。 笑うと相変わらず醜いが、なぜか人を見るだけで安心させるのだ。 しばらくして滄幇(そうほう)の者が案内役としてやって来て、招待状を受け取り、君たちを涼棚の下へ案内して休息させた。 吉時が来ると、上官(じょうかん)家主は太鼓を打たせ、自ら中央に立ち、大義名分を掲げて滔々と語った。 今の世は内憂外患が入り混じり、外には金の賊が虎視眈々と狙い、内には魔教が悪意を抱いている。江湖(こうこ)の危機は中原(ちゅうげん)の危機、大宋(たいそう)の危機、そして国家の危機である。 我ら俠義を自任する者が、民衆が水火の中にいるのを座視してよいものか? 衆議を集め、未然に防ぐために、武林(ぶりん)大会を開催し、天下の豪傑を招いたのだと。 上官(じょうかん)家主の言うことに理があるとは分かっていても、氷は一日にしてならず、朝野(ちょうや)の心は長く離れている。今、官家(かんか)が勅命を下して開催した武林(ぶりん)大会は、果たして武林(ぶりん)人の大会と言えるのだろうか? 誰もが針のむしろに座るような思いで、上官隼(じょうかんじゅん)の言葉を完全には信じられなかったが、幸い宋神捕(そうしんほ)が助言した。この大人も朝廷(ちょうてい)の命官(めいかん)だが、清廉潔白で、高位にありながら江湖(こうこ)を奔走し、情理に通じ、評判も極めて良く、江湖(こうこ)では皆神捕と尊称している。同じ道理でも、彼が言えば耳に入りやすい。 ましてや衆人は、泥教(でいきょう)の強大化を座視し続けるのが得策ではないと分かっている。今日朝廷の後ろ盾を得て、一挙に禍根を断つのは悪いことではない。機転の利く者は、この機会に功績を上げて投降し、運が良ければ官職に就けるかもしれないと考えていた。 誰かが賛同の声を上げると、他の者も先を争って同調し始めた。 あなたは最初から最後まで一言も発さず、心配そうにしており、大会の熱狂はあなたに少しも伝染しなかった。江湖(こうこ)を渡り歩いてきて、泥教(でいきょう)の徒が悪事を働くのを見たことがないわけではないが、悪事を働く者が泥教(でいきょう)だけだろうか?どの門派(もんは)にも善人もいれば悪人もいる。偏見を持つべきではない。 今日、泥教(でいきょう)が魔教の汚名を着せられ、武林(ぶりん)盟が朝廷(ちょうてい)に使われて集団で殲滅しようとしているが、もし次回朝廷が唐門(とうもん)を魔教だと言ったら?もし次回朝廷が全真(ぜんしん)を魔教だと言ったら? あなたが何を言っても武林(ぶりん)の人間は聞かないだろう。彼らが求める正義は、必ずしも真の公平ではないのだ。 武林(ぶりん)が同盟を結ぶなら、武林(ぶりん)盟主(めいしゅ)が必要だ。古来よりそうだ。 この武林(ぶりん)盟主(めいしゅ)は文武両道で、仁義がなければ、衆人を心服させることはできない。 衆人は内心不安で、朝廷(ちょうてい)が羊頭狗肉(ようとうくにく)で、武林(ぶりん)大会を開くと言いながら、実際には強引に盟主(めいしゅ)を据えて各派を牽制するのを最も恐れていた。 武芸で盟主(めいしゅ)を選ぶという意見が上官(じょうかん)大人にその場で採用されたと聞き、皆ほっと胸をなでおろした。 また約法三章をし、武芸の切磋琢磨は寸止めとし、各門各派各幇は一人だけを推薦して競わせ、泥仕合にならないようにした。 上官(じょうかん)家主が真っ先に刀を持って場に下りて挑戦者を求めたので、その場にいた全員が驚いた。 この規則はあまりに簡素で、先に場に出る者が最も不利であることは誰もが知っている。上官(じょうかん)家主が自ら捨て石となり、さらに黄金千両を懸賞にして敗北を求めたのは、誰かが自分を倒してくれるのを切望しており、武林(ぶりん)盟主(めいしゅ)の座に未練がないことを示している。思わず感服し、疑念も薄れたが、上官(じょうかん)世家の威圧感は強すぎ、朝野(ちょうや)の溝も深く、一時ざわついたものの、誰も敢えて戦おうとする者はいなかった。 上官(じょうかん)世家は唐門(とうもん)に敵意を抱いており、以前から陰で唐門(とうもん)を陥れてきた。さらに広州唐門(こうしゅうとうもん)の後ろ盾となり、唐門(とうもん)の内戦を引き起こした。この仇を討たないわけにはいかない。あなたは即座に自らを推薦し、陣中に飛び込んで手合わせを求めた。 上官隼(じょうかんじゅん)が唐門(とうもん)に手を下す前に、あなた自身が送られてきて殺されに来たので、彼は呆気にとられたが、すぐに喜びの色を浮かべた。まさに「鉄鞋を踏み破りて覓むる処無し、得来れば全うして工夫を費やさず」だ。彼は武林(ぶりん)盟主(めいしゅ)の座を争っていないので、規則を気にする必要はない。唐家の掌門(しょうもん)は病床にあり廃人も同然、高弟の飛俠(ひきょう)は死に、辣手相公は逃亡し、あなたの四師兄(よんしけい)も上官(じょうかん)世家の計略で遠ざけられている。今日の好機に乗じて手違いを装ってあなたを殺せば、唐門(とうもん)に残るのは儒俠(じゅきょう)・唐陞(とうしょう)一人となり、もはや恐るるに足りない。 あなたは小剣で上官(じょうかん)家主の大刀と力戦し、刀の波が押し寄せてくると、流れに身を任せて反撃し、互角に戦った。 彼が引退して久しく、全盛期ほどの力はないとはいえ、上官(じょうかん)家学の技は精妙で、気勢は覇道、最も威圧的であり、今の世の若手で受け止められる者は少ない。ましてや彼は殺す気で、滄幇(そうほう)翻浪(ほんろう)刀法ではなく、奥義の娑竭羅刀を使い、荒波の中で斬りかかってきたので、避けるすべもなかった。あなたは驚愕しながらも、刀の勢いが完成する直前を狙って截撃し、口から鮮血を噴き出しながらも、どさくさに紛れて暗器(あんき)を放ち、敵を傷つけた。 上官隼(じょうかんじゅん)は戦うほどに驚いた。長年引退して武術を使っていなかったため鈍ってはいたが、数十年の功力をもってしても若造のあなたを倒せないとは。焦りが募り、刀風は肌を切り裂くほど痛かったが、これ以上戦って生涯の技を全て破られれば面目丸つぶれだと恐れ、危険を冒して奥の手を出し、あなたを小剣ごと真っ二つにしようとした。 ところが彼の全力の一刀「龍王分海」は、あなたに一口鮮血を吐かせただけだった。 宋悲(そうひ)も古強者であり、上官隼(じょうかんじゅん)の顔色が変わるのを見て勝負ありと知り、急いで場に入って止めた。 借りはまだ返していないが、その場で彼を殺すわけにもいかず、衆人の前で恥をかかせたことで、一矢報いたことにはなる。 上官隼(じょうかんじゅん)は非情ではあるが、達人の風格を持っており、負けを認めるのは不服だが、あなたに勝ちを譲りすぎるのも嫌だった。 引き分けとしたが、実際の勝敗は、当事者とその場にいた少数の達人だけが知っている。 それにしても、一介の若造が天下に名高い達人と互角に戦うとは驚天動地であり、唐門(とうもん)の達人は死に絶えたと言われていたのに、またあなたのような手練れが出るとは。 武功(ぶこう)はこれほど高いのに、見た目はいじめやすそうで、あまりに陰険だ。 中小門派の中には、もともと腕に覚えのある者が多く、盟主(めいしゅ)にはなれなくとも目立とうとしていた。 上官隼(じょうかんじゅん)が一通り渡り合ってから退場し、後輩の顔を立て、気前よく金を配ったのを見て、やはり言行一致で虚名に執着していないと分かり、恐怖心が薄れ、中・小門派は次々と自前の候補者を送り込んで切磋琢磨させた。 目的は優勝ではなく、六大派(ろくだいは)の領袖が出る前に名を売り、場を盛り上げ、金を稼ぐことだ。 誰かが六大派(ろくだいは)に挑戦し、点蒼双尊(てんそうそうそん)の聴海生(ちょうかいせい)がついに手を出して初めて、待望の武林(ぶりん)大会が正式に始まったと言える。 点蒼(てんそう)派は当今の武林(ぶりん)第一の剣派であり、剣聖が隠居した後、点蒼(てんそう)双剣が尊ばれている。聴海生(ちょうかいせい)の名は伊達ではなく、登場するやいなや技で衆人を驚かせ、満堂の喝采を浴びた。 しかし彼は相手に勝つとすぐに、武林(ぶりん)盟主(めいしゅ)争いからの撤退を宣言し、衆人を騒然とさせた。 全真(ぜんしん)、嵩山(すうざん)に続き、点蒼(てんそう)までもが辞退するとは。これは一種の意思表示ではないか?中原(ちゅうげん)六大派(ろくだいは)というが、実際には全真(ぜんしん)と嵩山(すうざん)は金国(きんこく)の領内にあり、点蒼(てんそう)は大理(だいり)にある。二十年前なら武林(ぶりん)盟主(めいしゅ)の座を争うこともできただろうが、今日の大会は宋の朝廷(ちょうてい)が開催したものであり、武林(ぶりん)盟主(めいしゅ)の座を得ることは、宋に投降するに等しい。 そうなれば大金や大理(だいり)の朝廷(ちょうてい)は黙っていないだろう。泥教(でいきょう)を攻める前に、自分が滅ぼされるのを恐れているのだ。 聴海生(ちょうかいせい)は武林(ぶりん)盟主(めいしゅ)を争う気はないが、まだ退場しようとせず、峨嵋(がび)派に挑戦した。 両派は近年大きな揉め事はないが、剣法に関して言えば、点蒼(てんそう)が天下の英雄に服したことなどあるだろうか? 数百年前、蜀中(しょくちゅう)には他の門派(もんは)はなく、峨嵋(がび)一強だったと言われている。 当時、峨嵋(がび)は天下第一の剣派であり、蜀山剣派と呼ばれていた。 今の峨嵋(がび)派は剣を使わないが、「蔵剣在心」:手に剣なくとも心に剣ありという心剣の説があり、これが点蒼(てんそう)には我慢ならない。そこでこの好機に峨嵋(がび)掌門(しょうもん)を指名し、武を以て友と会し、技を競い剣を論じようとしたのだ。 峨嵋(がび)の向掌門は出場して以来、向かうところ敵なしで、数々の強敵を連破した。 終始袖をなびかせ、悠然としていた。 青城(せいじょう)掌門(しょうもん)の鄒博(すうはく)道長(どうちょう)も腕が鳴り、挑戦を申し入れ、青城(せいじょう)の上乗剣法、掌法を繰り出した。気度は厳かで、峨嵋(がび)の霊動な身法(しんぽう)とは対照的で、静と動、まさに対極だった。 向無憂(こうむゆう)は数人と連戦しており、命のやり取りではないにせよ、真気(しんき)の消耗は避けられないはずだが、鄒掌門は極めて公平で、意図的に自分の長所を捨て、青城(せいじょう)の高深な内功(ないこう)を使わず、技だけで勝負を決しようとしたため、当然不利になり、戦うほどに敗色が濃厚となり、両掌を交えて双方が退き、顔を見合わせて笑い、相手の度量と武功(ぶこう)に感服した。 青城(せいじょう)掌門(しょうもん)でさえ負けを認めたので、場内は静まり返り、誰が自ら恥をかきに行こうか?ましてや向無憂(こうむゆう)は風格超凡で、仙風道骨(せんぷうどうこつ)の姿があり、衆人は心で慕っており、彼が力尽きたところを突くような卑怯な真似はしたくなかった。勝っても名誉ではないからだ。 官府(かんぷ)が裏で監視していることを知っており、唐門(とうもん)の人間はどうあがいても盟主(めいしゅ)の座とは無縁だと分かっていても、あなたは嫉妬に狂い、相手をよく知りもしないのに悪口を言って皮肉った。 誰も挑戦しようとせず、錦香宮(きんこうきゅう)、南宮(なんきゅう)世家、丐幇(かいほう)も競争する気がないようで、大勢は決し、向掌門の武林(ぶりん)盟主(めいしゅ)就任は疑いようもないと思われたが、ただ一人納得していない者がいた。それは向無憂(こうむゆう)自身だった。 上官(じょうかん)家主を引き止め、南宮(なんきゅう)家主を招き、残念ながら唐家掌門は来ていないので、あなたも数合わせに呼び、三大名家に三つの問いを投げかけた。 第一問:泥教(でいきょう)と武林(ぶりん)正道は共存可能か? 上官(じょうかん)家主は今や官職にあり、何事も朝廷(ちょうてい)のために考えるので、泥教(でいきょう)が乱を起こし国の根幹を揺るがすことは当然容認できない。一方、南宮(なんきゅう)家主は留保し、国家や民の利益になるなら、和解も不可能ではないとした。 あなたは南宮(なんきゅう)家主の意見を支持し、共存の道はあると考えた。 続いて第二問:金国(きんこく)は度々我が大宋(たいそう)の領土を侵しているが、ある日朝廷が号令したら、諸君は命令に従い、宋を守り金に抗するか? この問いに疑いの余地はない。情理においても、公私においても、従わない道理はない。上官(じょうかん)家主が真っ先に賛同し、南宮(なんきゅう)家主もすぐに同意した。 あなたも同意見だ。これは善悪とは無関係だ。 国家の大義を前にして、まともな人間なら反対はしない。江湖(こうこ)の私怨など、国家の大義に比べれば些細なことだ。 朝廷(ちょうてい)が号令しなくとも、血気盛んな男児なら放っておくわけがない。 前の二問は布石に過ぎず、向無憂(こうむゆう)のこの第三問こそが核心であり、驚くべきものだった。いつか君たちが金兵を殲滅し、軍に従って北伐し国土を回復した時、将軍の号令一下、兵士は必ず沿道で略奪し、軍資を補充するだろう。果断な将軍なら、虐殺や略奪を行い、街を焼き払い、金兵再興の道を断つだろう。 両国の戦争は時代の奔流であり、一概に善悪を論じることはできないが、民に何の罪があろうか?あの日、金国(きんこく)の民が宋人(そうじん)の刀斧の下で命を落とした時、君たちはまだ俠客と名乗れるのか? 古来より王侯将相は領土を広げ、功業を立ててきたが、何の功を立てたというのか?立てたのは殺業ばかりではないか?一将功成りて万骨枯る、それは他人の成功であり、踏み台になった枯骨が何を得意がる必要があるのか? ここにいる俠士(きょうし)も金人(きんじん)も、同じく天地の間にあり、他人に生殺与奪の権を握られ、他人の功業のために殉じる民に過ぎない。 この問いは問いであって問いではなく、聞く者によって感じ方は異なる。 動揺し省みる者もいれば、激怒し、向掌門は中原(ちゅうげん)の人間でありながら国威を貶め、国賊に等しいと考える者もいた。 上官(じょうかん)は智を尊ぶ。この問いに彼なりの解はあるだろうし、おそらく最も現実的な解だろうが、口に出すことはできない。それは衆人が聞きたがる言葉ではないからだ。だから鼻で笑い、論評しなかった。 南宮(なんきゅう)は仁を尊ぶ。この問いは世家の宿願と合致する。南宮(なんきゅう)世家の先代、先々代、そしてかつて武林(ぶりん)盟主(めいしゅ)を務めた高祖父も皆、一生を捧げ、不可であることを知って為し、この理想に向かって全力で走ってきたではないか? 大道の行わるるや、天下を公と為す。 それは容易なことではなく、信頼は無償ではない。 険しく、道は遠いが、今の一人一人から始めなければ、大同の理想郷は永遠に絵空事だ。 聖人が位にあっても、一人の力では世の中を変えることはできず、天下の志を同じくする士が立ち上がらなければならない。 他国の言葉を学び、他郷の風習を尊重し、善意を示し、我が身をもって人の身となす。他人を貶めず、自強不息を忘れない。卑屈にならず傲慢にならずにいるには、まず自分に実力がなければならない。 我々が一生かかっても成し遂げられなくとも、世に同じ期待を抱く者がいる限り、火種は消えず、受け継がれていく。数百年かかっても諦めなければ、いつか必ず世の中から戦争はなくなる。どの家も衣食足り、他人の不幸を呪う人などいなくなる。 南宮遠(なんきゅうえん)は少年時代のように意気揚々と語った。 天下の俠客が彼の仁義の心に感服しただけでなく、温夫人(おんふじん)も心を動かされた。今や散り散りになった旧友たちは皆、南宮遠(なんきゅうえん)の夢に惹かれ、身を挺して荒波に飛び込んだのだ。ずぶ濡れになりながら顔を見合わせて笑ったあの日々は、今も輝き続けている。 あなたも心を奪われ、彼の大同の理念に賛同した。 向無憂(こうむゆう)は破顔一笑し、武林(ぶりん)盟主(めいしゅ)の座を辞退し、南宮遠(なんきゅうえん)を推薦し、喜んでその下につくと言った。 南宮遠(なんきゅうえん)は驚き、辞退しようとしたが、できるはずがなかった。 彼は大志を抱き、武芸に優れ、財力があり、人望も厚い。群雄(ぐんゆう)を江陵(こうりょう)に集め、朝野(ちょうや)のわだかまりを捨てさせ、万衆一心の局勢を切り開いた南宮(なんきゅう)世家の求心力は疑いようがない。 二十年前に極楽教(ごくらくきょう)が台頭し、龍淵(りゅうえん)が彗星のごとく現れたのは、時勢が英雄を作ったのであり、彼は盟主(めいしゅ)の座を逃したが、二十年間爪を研ぎ、広く学びて約を取り、厚く積みて薄く発した。 武林(ぶりん)を率いる資格があるのは誰かと言えば、今の世において、彼を置いて他にいない! あなたも喜んで退場した。 吉時を待って線香を上げ、祝文を読み上げて天に祈り、血をすすって誓いを立てれば、今日の武林(ぶりん)大会は円満に幕を閉じる。 正道が武林(ぶりん)盟主(めいしゅ)を選出した以上、唐門(とうもん)が従うつもりはなくとも、せめて顔を出して各派と付き合い、存在感を示さねばならない。 各幇各派の掌門(しょうもん)、長老たちが次々と前に出て武林(ぶりん)盟主(めいしゅ)に祝賀を述べた。君の唐門(とうもん)は正道を自認していないが、同じ武林(ぶりん)の人間として、また南宮(なんきゅう)世家とは世交があるため、挨拶せざるを得ない。 祝賀は祝賀だが、唐門(とうもん)の我が道を行く気風は変えられない。民生に利あり俠義に背かない盛事なら参加してもよいが、武林(ぶりん)盟の言いなりになるとは限らない。 君が口を開くまでもなく、南宮遠(なんきゅうえん)は君の言葉を遮った。彼は唐門(とうもん)と長く付き合っており、唐門(とうもん)の傲気を知らないはずがない。 唐門(とうもん)は桀傲不遜であるべきで、その傲骨を削ってしまってはあまりに惜しい。 武林(ぶりん)には束縛されない俠客もいれば、朝廷(ちょうてい)の号令に進んで従う義士もいるべきで、その間を取り持つのが南宮(なんきゅう)世家なのだ。 君は南宮(なんきゅう)家主の口から掌門(しょうもん)が言っていた言葉を聞き、二十年前、掌門(しょうもん)が群を抜き、当世の豪傑を見下ろし、独往独来していた姿を思い描いた。それはなんと意気揚々とし、なんと気迫に満ちていただろうか。胸が高鳴り、唐門(とうもん)の弟子であることを誇りに思った。 六大派(ろくだいは)、丐幇(かいほう)、滄幇(そうほう)、飛石の三大幇、各州の中小門派、聯会、さらには火炎山剣閣(かえんざんけんかく)までもが盟主(めいしゅ)を拝謁し終えても、錦香宮(きんこうきゅう)主はなかなか現れなかった。 彼らはこの日を二十年待った。二十年前、蘇迎香(そげいこう)は南宮遠(なんきゅうえん)の傍らに立ち、彼のために策を練っていた。 無数の賢才が名を慕って集まり、皆彼の高遠な志に傾倒し、頭をさらし血を流すことも厭わず、この世を変えると誓った。 二十年後、人の世は変わり、顔を合わせても取り戻せない遺憾があるのみ。 温夫人(おんふじん)は氷のような表情で、言葉はさらに鋭く、氷封三尺一日にしてならず。南宮遠(なんきゅうえん)が何を言おうと、彼女の冷え切った心を暖めることはできなかった。 公衆の面前で錦香宮(きんこうきゅう)の解散を宣言してでも、南宮遠(なんきゅうえん)を盟主(めいしゅ)とは認めなかった。 錦香宮(きんこうきゅう)の人々は重荷を下ろしたような様子で、ある者は独り江湖(こうこ)を遊歴するつもりで、ある者は剣を封じて隠退し、結婚して子をなし、それぞれの前途へ向かうつもりだった。 錦香宮(きんこうきゅう)と親しい江湖(こうこ)の友人は名残惜しそうだったが、引き留めはせず、次々と祝福を贈った。 潮が満ちる時は快意恩仇(かいいおんしゅう)、一時の栄華を極め、潮が引く時は金盆洗手、平穏に隠退する。これこそ江湖(こうこ)人の心からの願いではないか? 武林(ぶりん)大会はこれで幕を閉じるかと思われたが、終始冷遇されていた南宮(なんきゅう)世家の二公子、南宮(なんきゅう)浅が慌てふためいて飛び出し、手にした密書を振り回し、公衆の面前で錦香宮(きんこうきゅう)主の正体を告発した。まさに泥教(でいきょう)人間道(にんげんどう)法王であると! これを聞いた山上の俠士(きょうし)たちは苦笑するしかなかった。南宮(なんきゅう)世家の二公子は表に出せない庶子で、家族に恥をかかせるような馬鹿な真似ばかりしていると聞いていたが、今回はどこの小道消息を信じたのか、また衆目を集めようとしていると思ったのだ。 嵩山(すうざん)南院の釈明禅師が衆人の中から進み出て、正義然として手紙を借りて見ると、大げさに驚愕の表情を浮かべ、手紙を盟主(めいしゅ)に呈した。 南宮(なんきゅう)浅の言うことは誰も鼻で笑っていた。釈明の一言でも、衆人はまだ完全には信じなかった。 しかし南宮遠(なんきゅうえん)が手紙を読んだ時の鉄青色の顔色は千言万語に勝り、信じない者はいなくなった。 錦香宮(きんこうきゅう)の人々は訓練されており、形勢が悪いと見るやすぐに陣を組み、陣眼を定めると絶え間なく流転し、一人が剣を出せば八方の宮人が互いにカバーし合った。この陣は三国時代の名宰相諸葛亮が推演した《八陣図(はちじんず)》から変化したもので、正道武林の人数は錦香宮(きんこうきゅう)の十倍以上いたが、烏合の衆に過ぎず、ただ喚き散らすだけで、どうしてこの陣を破れようか? そこで陣の外に阻まれ、一時膠着状態となった。 錦香宮(きんこうきゅう)は名を揚げて以来、世間の偏見に苦しむ哀れな女子ばかりを受け入れてきたが、全宮の中でただ一人、龍湘(りゅうしゃん)だけは自らの意思で入宮したのではなく、幼い頃から温夫人(おんふじん)の手元で育てられた。師徒とは名ばかりで、実際は母娘のようだった。 今日初めて錦香宮(きんこうきゅう)が人間道(にんげんどう)であると知り、まるで夢の中に落ちたようで、足が地につかず、ぼんやりとして、焦って目を覚まそうとしたがどうしても抜け出せず、温夫人(おんふじん)に宮を追放され、どうしていいか分からず途方に暮れていた。 南宮遠(なんきゅうえん)は錦香宮(きんこうきゅう)のために弁明したかったが、盟主(めいしゅ)である以上、旧情のために私情を挟んで公を害するわけにはいかない。ましてや衆人は長年騙されており、真相が明らかになった今、驚きと怒りが交錯し、一時群情が激昂して、とても人の話を聞ける状態ではなかった。 彼は焦って分別を失い、かつて兄弟と呼び合った人々と決裂して手を出しそうになったが、温夫人(おんふじん)が突然声を上げ、武林(ぶりん)盟主(めいしゅ)と上官(じょうかん)大人を陣の中に招いて話がしたいと言った。 これでようやく静まった。武林(ぶりん)盟主(めいしゅ)が口では包容と平和を唱えながら、いざ火の粉が自分に降りかかった時、平静を保ち、危険を冒して陣に入り、あの怨婦と話ができるのか見ものだ。 それに上官(じょうかん)家主は朝廷(ちょうてい)の命官(めいかん)であり、逆賊とは両立しない。彼が傍らで監督していれば、盟主(めいしゅ)が私情を挟む心配はない。 もし上官(じょうかん)大人が陣中で不測の事態に遭えば、武林(ぶりん)盟主(めいしゅ)の責任は免れない。 上官隼(じょうかんじゅん)は巨万の富を持ち、今や官職もあり、極めて高貴な身分であり、本来なら身を危険にさらすべきではないが、かつて江湖(こうこ)で鳴らした豪気は少しも減っておらず、快諾した。 逆に南宮遠(なんきゅうえん)は板挟みになり、行きたいのは山々だが、盟主(めいしゅ)として疑いを避けねばならず、そうでなければ何を話しても非難を免れず、衆人を納得させることもできない。どうすることもできず、大公子の南宮深(なんきゅうしん)を代行として派遣するしかなかった。 君たちの側も大混乱となり、数日前に錦香宮(きんこうきゅう)に泊まった時の快適さを思い出すと、今は肝を冷やす思いだった。極楽かと思いきや、龍潭虎穴(りゅうたんこけつ)だったとは! 彼女たちが害そうと思えば、夜のうちに君たちの首を掻き切ることなど造作もなかっただろう。 夫人の号令一下、陣法に道が開かれ、上官隼(じょうかんじゅん)、南宮深(なんきゅうしん)を陣に入れ、すぐさま閉じて流動した。この陣は内外兼備で、入るのは易いが、出るのは天に登るより難しい。 上官隼(じょうかんじゅん)は波乱万丈を経験した武林(ぶりん)の名宿、南宮深(なんきゅうしん)も文武全才、新世代武林の逸材で、大将の風格がある。二人は重囲に入ったが、少しも恐れる色はなく、人々はそれを見て密かに称賛した。 三人は陣中で対談したが、あえて声を張り上げ、その場にいる群雄(ぐんゆう)に聞こえるようにし、公明正大さを示した。 温夫人(おんふじん)は冒頭から問うた。錦香宮(きんこうきゅう)がいかなる大罪を犯したというのか、朝廷(ちょうてい)と武林(ぶりん)盟はなぜこれほど追い詰め、決して許そうとしないのか? 上官(じょうかん)家主は官界で揉まれており、温夫人(おんふじん)の言葉に棘があり、朝廷(ちょうてい)と武林(ぶりん)盟の関係を分断しようとする意図があることを見抜けないはずがない。はっきりと答えられなければ、後患は尽きないだろう。 そちらではまだ核心を避けて探り合っていたが、南宮深(なんきゅうしん)は功を焦り、言葉は力強かったが熟練度が足りず、温夫人(おんふじん)が彼に先に口火を切らせ、その言葉尻を捉えて反撃するのを予期していなかった。温夫人(おんふじん)は軽々と論破し、さらに逆に正道武林を脅した。もし交渉が決裂し、本当に敵対するなら、宮人はこの陣を頼りに、いずれ力尽きるとしても一時は持ちこたえられる。その間に彼女が琵琶(びわ)を奏で、音波功で敵を傷つければ、内功(ないこう)や定力が不十分な者は、即座に発狂死せずとも、気が乱れて体を傷つけ、一生治らないだろう。 江湖(こうこ)には古くから「真情假意、琵琶(びわ)問心」という言葉があり、温夫人(おんふじん)は音波功で江湖(こうこ)に知れ渡っており、その場の俠客で虚勢だと思う者は一人もおらず、実際に痛い目を見た者も少なくない。 錦香宮(きんこうきゅう)の人を娶ろうとすれば、誰であれまず温夫人(おんふじん)の琵琶(びわ)を一曲聴かねばならないからだ。 曲を聴いて内功(ないこう)や定力が不足していれば、必ず幻境に陥り、本性が暴かれ、軽ければ手足をばたつかせて醜態をさらし、重ければ経脈(けいみゃく)を傷つけ、走火入魔(そうかにゅうま)する。 衆人は敵を包囲し、多勢に無勢で勝利は確実だと思っていた。 まさか逆に脅されるとは、たちまち皆顔色を変えた。 武林(ぶりん)盟が元気を大いに損なえば、名ばかりの存在となる。功力の低い官兵に至っては、一人として生き残れないだろう。 官兵が風雨山(ふううざん)で全滅すれば、官家(かんか)は必ず上官隼(じょうかんじゅん)の失態を責め、勝者のいない最悪の結末となる。 しかし、そのような共倒れの局面は、温夫人(おんふじん)の望むところではない。 江湖(こうこ)の正道俠士が不仁を先にしたが、錦香宮(きんこうきゅう)は不義を忍びず、明らかに優位に立ちながら、自ら武器を捨てて投降すると宣言した。 泥教(でいきょう)の餓鬼道(がきどう)、地獄道(じごくどう)は悪名高いが、人間道(にんげんどう)には悪名はなく、さらに身元が謎であるため、これまで朝廷(ちょうてい)から懸賞金をかけられたこともない。そうなれば、温夫人(おんふじん)は投降ですらなく、「投誠」となる。 衆人は双方が話し合った末に激戦は避けられないと予想していたが、温夫人(おんふじん)の三言二言で俠士(きょうし)を震え上がらせ、今また急転直下投降を宣言したのを聞き、感情の起伏が激しすぎて、何とも言えない気持ちになった。 良識ある者が聞けば、皆恥じ入り、心の底で自問し始めた。泥教(でいきょう)は本当に許されざる罪人なのか?自分は人の言に惑わされ、十把一絡げにしていなかったか? 少数の深謀遠慮の持ち主や、人を疑うことを忘れない者だけが、聞けば聞くほど驚き、冷や汗を流した。 温夫人(おんふじん)の才学と見識をもって投誠した後、陣を朝廷(ちょうてい)に献じて外敵に抗し、泥教(でいきょう)を招安して国邦を固めれば、それはどれほどの大功となるか?泥教(でいきょう)を除けば、宋国(そうこく)内に憂いはない。強いて言えば、いわゆる武林(ぶりん)正派だけだ。 俠は武をもって禁を犯す。当今の官家(かんか)は善人か悪人かなど気にしない。自ら任命した将軍さえ警戒するのに、江湖(こうこ)の草莽(そうもう)が集まって武を習い、政権を脅かすのを容認するはずがない。 その時は、朝廷(ちょうてい)が武林(ぶりん)盟を籠絡して泥教(でいきょう)を消耗させるのではなく、正邪が逆転し、朝廷(ちょうてい)が泥教(でいきょう)を使って武林(ぶりん)盟を殲滅することになるだろう。 彼女は卑屈にならず傲慢にもならず、実力を示しつつ善意を表したが、実際は裏で朝野(ちょうや)の矛盾を煽り、血を一滴も流さず、借刀殺人(しゃくとうさつじん)を企んでいるのだ。 上官隼(じょうかんじゅん)にとっては、公私ともに迷う必要はないように思えた。 岳州(がくしゅう)現地の通判(つうはん)は本来招待されておらず、せいぜい協力する程度だったが、この時突然飛び出してきて、大声で制止した。 彼はわずか六品で、宋悲(そうひ)や上官隼(じょうかんじゅん)より一級低く、職責もここにはないため、越権の嫌いがあるが、京官から岳州(がくしゅう)に派遣された身で自負心が高く、知州(ちしゅう)さえ眼中にない上、江湖(こうこ)の草莽(そうもう)をさらに軽蔑しており、上官隼(じょうかんじゅん)に思い知らせてやろうと、官位を笠に着て人の前に割り込み、上官(じょうかん)遠を脅した。もし聖旨(せいし)を奉ぜず独断専行するなら、必ず弾劾すると。 上官(じょうかん)遠は一方の富豪であり、金も権力もあり、まるで福建(ふっけん)の土皇帝のようで、元々江湖の塵にまみれる気などなく、武林(ぶりん)盟主(めいしゅ)にもなりたくなかった。もし弾劾され、謀反通敵で訴えられ、天子に疑われれば、失うものの方が大きいのではないか? 彼と蘇迎香(そげいこう)の付き合いは南宮遠(なんきゅうえん)よりも長く、互いにまだ垂れ髪の子供の頃からの知り合いだ。 しかしこれらの物語は彼自身以外、誰も知らない。 二十年分の歳月が一頁ずつ切り取られ、火の中に投げ込まれた。まるで火口のように、隠されて静かに燃え続け、一日として消えることなく、風が吹けば、死灰が復燃する。 かつての縁を思えば、利益が衝突しなければ情けをかけることもできるが、今の結果はどうだ、火を見るより明らかだ。 号令一下、官兵は槍や刀を持ち、錦香宮(きんこうきゅう)の反逆者たちを完全包囲し、武林(ぶりん)の人々も遅れをとらず、次々と絶技を繰り出し、錦香宮(きんこうきゅう)の人々に攻撃を開始した。 君に血の気がなく、すべてを見ていながら心静かだったわけではない。あまりに多くの人の信頼を背負っているため、軽挙妄動できず、手をこまねいて傍観し、どちらにも加担しなかったのだ。 錦香宮(きんこうきゅう)の人々は精妙な陣法により、一時は劣勢にならなかったが、いかんせん武林(ぶりん)盟の人数が多すぎ、温夫人(おんふじん)の音波功の助けもないため、次第に力不足を感じ始めた。 一方、錦香宮(きんこうきゅう)の画中仙(がちゅうせん)は南宮(なんきゅう)大公子と激しく戦っていた。 画中仙(がちゅうせん)の武功(ぶこう)は一枚も二枚も上手だが、彼女の武学の道筋は回避と防御に重点を置いており、南宮(なんきゅう)の家学はさらに護心を至上とし、九守一攻、全力で防御すれば、水も漏らさぬ守りと言え、強い画中仙(がちゅうせん)でさえ一時彼をどうすることもできなかった。 一方、温夫人(おんふじん)は上官隼(じょうかんじゅん)と対決していた。 彼女は内力(ないりょく)を催して音波功を使うのを得意とし、発動すれば広範囲に及び、影響も甚大で、真剣勝負に引けを取らないが、接近戦は得意ではなく、傍らで護法(ごほう)を務める宮人が不可欠だ。 明玉(めいぎょく)、画中仙(がちゅうせん)、あるいは龍湘(りゅうしゃん)、盛雪(せいせつ)は攻守合一の双人絹法、剣法を練っており、護法(ごほう)にうってつけだが、今この時、誰もそばにおらず、功力の浅い二名の女弟子がかろうじて支えているだけだった。彼女たちは上官隼(じょうかんじゅん)の刀の波に巻き込まれてよろめき、血を吐き、二人とも敗れ去った。 温夫人(おんふじん)は絶技を施すことができず、なすがままにされるしかなかった。 悲鳴が上がり、白衣が血に染まり、陣形の一角が崩れた。かろうじて保っていた均衡は一気に崩壊し、錦香宮(きんこうきゅう)の大勢は決し、温夫人(おんふじん)は音波功で敵を退けようとしたが、自身の心弦が乱れ、七情が心を攻め、声を発するたびに自らを傷つけ、喉から込み上げる生臭さをこらえきれず、血を吐いた。すでに重い内傷(ないしょう)を負っていたのだ。 多勢に無勢、防衛線は突破され、敗走を重ねた。 上官隼(じょうかんじゅん)は武官ではなく、これ以上温夫人の命を取ろうとすれば鋒芒を露わにしすぎ、官家(かんか)の不興を買う恐れがある。まして彼は冷酷非情ではあるが、やむを得ない場合を除き、故人の血で手を汚したくはない。 そこで刀を収め、この大手柄を李富貴(りふき)に譲り、彼に温夫人(おんふじん)の命を取らせ、丐幇(かいほう)の忠誠の証とし、汚名をそそがせることにした。 李富貴(りふき)が功績を焦っているのは確かだが、それは義父王二壮の遺言のためであり、丐幇(かいほう)の兄弟たちの面倒を見、彼らが軽蔑されたり尊厳を忘れたりして、かつてのようなドブネズミの日々に戻らないようにするためだ。 義父が忘れられずにいた温夫人(おんふじん)のことを知らないはずがなく、心底彼女に手を下したくはなかった。 李富貴(りふき)は天人交戦の末、小我を犠牲にして大我を成すことを選び、この役目を引き受け、棒を握りしめ、速やかに解決して温夫人(おんふじん)に余計な辱めを受けさせまいとした。 しかし彼が動こうとした瞬間、温夫人(おんふじん)の背後から冷たい剣光が放たれ、彼の武器を両断し、胸元に突きつけられた。目がくらむと、龍湘(りゅうしゃん)がすでに剣を持って温夫人(おんふじん)の前に立ち、殺気を漂わせ、剣先の一滴の血を払い落としていた。 李富貴(りふき)は愕然として後退し、もう死んだと思ったが、見下ろすと無傷のようで、胸元から細い血が滲んでいるだけだった。相手が手加減したのは明らかで、これほど正確な剣術は天下無双、錦香宮(きんこうきゅう)の繞指柔剣(じょうしじゅうけん)をおいて他にない。 驚きと感服、僥倖(ぎょうこう)と恥辱、様々な感情が入り混じり、もう戦う気など起きず、足がすくんでしばらく立ち上がれなかった。 温夫人(おんふじん)は愛弟子が手を出したのを見て、喜ぶどころか怒った。せっかく龍湘(りゅうしゃん)を追い払って安全を確保したのに、この世間知らずの少女は我慢できず、慌てて戻ってきて死にに来たのだ。怒らずにいられようか。 龍湘(りゅうしゃん)は幼くして父を失い、温夫人(おんふじん)が手塩にかけて育てた。師徒とは名ばかりで情は母娘のようであり、特に偏愛され、罰せられることはあっても打たれたことはなかった。 いくら説得しても聞かないと知っていた温夫人(おんふじん)は、どうしても彼女に道を誤らせたくなく、心を鬼にして掌を打って彼女を目覚めさせようとした。この一掌には内力(ないりょく)が込められており、かなり手厳しく、龍湘(りゅうしゃん)は不意を突かれて一掌を受け、その場で内傷(ないしょう)を負って血を吐き、数歩よろめいて下がり、信じられないという顔をした。 龍湘(りゅうしゃん)は再び追い払われ、広大な天地に家と呼べる場所はもうどこにもないと感じた。 遠くに独りぼっちで立ち、近づくこともできず、去ることもできなかった。この日、風雨山(ふううざん)には陽光が降り注いでいたが、彼女が生涯この日を思い出すとき、記憶にあるのはいつも狂風暴雨だった。 温夫人(おんふじん)は情勢を推し量った。陣法は破られ、宮人の死傷者も多く、彼女自身も重い内傷(ないしょう)を負い、再び音波功を使っても挽回は難しい。大勢は決したと言える。深く長い溜息をついたが、依然として従容としていた。命を差し出すのは構わないが、刀剣の下で死ぬのは甘受できない。もし朝廷(ちょうてい)と武林(ぶりん)盟が人間道(にんげんどう)の衆生(しゅじょう)を風雨山(ふううざん)から生かして帰さず、根絶やしにするつもりなら、自分がいっそ火を放って宮人を連れて逝き、美しく散ろうと言った。 温夫人(おんふじん)は宮人を集め、車座になった。雪のような白衣は泥と血で汚れ、死期が近いことを悟り、姉妹を亡くした悲しみと、自身の薄幸を嘆いた。もはや涙をこらえることはできず、その涙には恐怖も、無念も、悔しさもあった。 錦香宮(きんこうきゅう)の人々は一箇所に集まり、車座になり、宮主(きゅうしゅ)の言葉に従って木剣の鞘を砕き、絹(けん)索を引き裂いて前に積み上げ、火をつけて燃やした。 どうせ彼女たちはもう江湖(こうこ)を引退したのだから、二度と戦う必要はない。 涙を拭い、次々と持参した楽器を取り出し、温夫人(おんふじん)に合わせて演奏し始めた。 音楽は悠揚として、曲調は悲壮だった。 初めは深窓の囁きや夜半の泣き声のように聞こえ、また煙波浩渺たる川を行く船が見えるようでもあった。 小雨は紛々と降り止まず、点滴は心に零れ落ちる。別れて二十年、俯仰すべて無奈。 西窓の蝋燭(ろうそく)を切り尽くし、傷心事を語り尽くせず。細やかに涙を捻じて詩となし、弦を張り言葉に代えて君に訴えん。 この曲は温夫人(おんふじん)の心の声であるだけでなく、宮人たちの決別の詩でもあった。 今日集まった武林(ぶりん)人の中には、俠義を重んじる者も少なくなかった。正邪は両立しないとしても、捕らえてから詳しく尋問するつもりで、根絶やしにしようとは主張していなかった。 しかし朝廷(ちょうてい)の命令があり、群情も激昂し、もはや大勢は決しており、傍観するしかなかった。この時、曲を聴き香を嗅ぎ、皆心悲しくなり、隠退の心が芽生えた。気性の真っ直ぐな者が数人罵声を浴びせたが、誰も相手にしないので、憮然として去っていった。 しかし温夫人(おんふじん)の深謀遠慮には誰も及ばなかった。彼女が宮人と示し合わせるのに、口を開く必要があろうか? 曲調が突然変わり、原曲に異音が混じった。錦香宮(きんこうきゅう)の者以外には違いが分からなかったが、宮人たちはそれぞれ驚き、宮主(きゅうしゅ)の弦外の音を聞き取って、皆喜んだ。 温夫人(おんふじん)は神通力が広大で、この災難をとっくに予期しており、事前に画中仙(がちゅうせん)に命じていたのだ。ただ画中仙(がちゅうせん)がなぜ難色を示したのかは分からなかったが、残念ながら弦を言葉に代えても話すようにはいかず、駆け引きはできなかった。画中仙(がちゅうせん)は火の勢いが盛んになった隙に身を伏せ、功を焦って陣に入り刺殺された武林(ぶりん)人を適当に選び、その五官に合わせて自分の人皮面具の下の粘土を推し揉み、瞬く間に顔を変え、服を脱いで着替え、死体を火の中に押し込んで焼却し、驚いて目覚めたふりをして大声で叫びながら火の輪の外へ飛び出した。知人は彼女が恐怖で顔を引きつらせ、髪も焦げて叫び罵るのを見て、誰も疑わなかった。 温夫人(おんふじん)はまるでこの災難をとっくに予期していたかのようだった。だから集会に参加する際、山道に近い場所ではなく、風上の場所を占拠していたのだ。焼身自殺はただのポーズで、最後の計略が今まさに明かされようとしていた。 錦香宮(きんこうきゅう)の人々さえ、自分たちの剣鞘と絹(けん)索に仕掛けがしてあることを知らなかった。片方だけなら無害な香りだが、両方を燃やすと毒煙が混ざり合う。この高度な毒の使い手は他でもない、君の唐門(とうもん)二師兄(にしけい)がかつて温夫人(おんふじん)に頼まれて密かに手配したものだ。 人々が気づいた時にはすでに遅く、毒の香りは風に乗って広がり、瞬く間に大勢の人が倒れ、一時風雨山は哀鳴に満ちた。 燃やせる燃料には限りがあり、倒せたのはせいぜい十中の一に過ぎない。人質を取って包囲を突破し下山しても、錦香宮(きんこうきゅう)の人々は追撃戦で死に絶え、運良く逃げ延びた者も安らぎはなく、朝廷(ちょうてい)や武林(ぶりん)盟に指名手配されれば、一生逃げ隠れしなければならない。 温夫人(おんふじん)は自信満々で、淡然と微笑み、宮人たちにその場に伏せるよう命じ、何を聞いても見ても起き上がってはならないと言った。一人で火の輪をまたぎ越え、端正で大らかな印象を一変させ、喉を張り上げて高笑いし、武林(ぶりん)人を嘲笑し、この毒は「化骨毒香」だと自称した。その名の通り、解毒薬がなければ二刻以内に骨が膿血と化し、一生泥のように這いつくばり、生きることも死ぬこともできなくなると。 人々は想像しただけで毛骨が逆立ち、恐怖で震え上がった。 気骨のある者は強がり、死んでも屈しないと口汚く罵ったが、命惜しい者はすでに見る方向を変え、命乞いを始め、あの六品通判でさえその中にいた。 香を嗅がず中毒しなかった者たちも、彼女が解毒薬を持って脅しているため近づけず、軽挙妄動して彼女の機嫌を損ね、解毒薬を壊されれば、前の被害者たちが助からないと恐れた。 温夫人(おんふじん)は左手の中の解毒薬をもてあそびながら、右手で別の毒薬を取り出した。それはかつて極楽教(ごくらくきょう)が武林(ぶりん)を害するために用いた毒丹「屍心丹(ししんたん)」だった。若い世代はその恐ろしさを知らないが、少し経験のある者は聞いて顔色を変えた。この丹を飲めば、毒香の解毒薬を得ても、これからは操り人形となり、人のなすがままにされ、その味わいは生き地獄だという。 それでも、丹を飲まなければ生きる道はない。骨がなくなって廃人になれば、誰が生きたいと思うだろうか?だから毒だと知りつつ、先を争って温夫人(おんふじん)に投誠し、泥教(でいきょう)の手先になろうとした。 南宮遠(なんきゅうえん)が板挟みになり、上官隼(じょうかんじゅん)が痺れを切らして、快刀乱麻を断つように中毒した者を皆殺しにし、事態の悪化を防ごうとしたその時、突然もう一人の白衣の貴婦人が軽功(けいこう)を使って場内に飛び込み、手にした薬瓶を高く掲げ、解毒薬はある、妖人に屈する必要はないと叫んだ。 人々が目を凝らして見ると、皆驚愕し、見間違えたかと思った。目の前の人物は容貌、服装、気度、声色、すべて温夫人(おんふじん)と瓜二つで、双子の姉妹でもこれほど似ていない。向かい合って立っても、どちらが本物か見分けがつかない。 しかし一方は辛辣で悪毒、解毒薬を盾に毒を飲むよう脅し、もう一方は正気凛然、無償で皆を救おうとしている。誰しも後者が本物だと信じたがった。 温夫人(おんふじん)もまた自らの口で皆の推測を裏付けた。彼女は顔を歪め、焦って思わず口走ったかのように、自ら正体を暴露した。その場で誰もが疑うことなく、新しく来た温夫人(おんふじん)こそが本物の錦香宮(きんこうきゅう)主だと認定した。 温夫人(おんふじん)は語った。自分がいかにして人間道(にんげんどう)法王に錦香宮(きんこうきゅう)の地下に幽閉され、錦香宮(きんこうきゅう)の人々も屍心丹(ししんたん)と魔音によって操られていたか、そしてこの妖女が今日また同じ手口で天下の英雄を害そうとしているが、自分がいる限り決して思い通りにはさせないと。 人々はこの言葉を聞いて歓呼し、先ほど命乞いのために変節した者たちも次々と前言を翻し、身の潔白を証明するために、自分も人間道(にんげんどう)法王の魔音に惑わされていたのだ、先ほど言ったことは本心ではないと言い張った。 温夫人(おんふじん)は聞いて密かに笑った。今後宮人が自ら証明する必要はなく、これらの計略にかかった江湖(こうこ)の名ある俠客たちが必死に錦香宮(きんこうきゅう)の人々のために弁明してくれるだろう。 表面上は計略を破られ、気急敗壊し、羞恥が怒りに変わったふりをして、自分に変装した画中仙(がちゅうせん)を指差して口汚く罵った。罵り言葉は酷いものだったが、すべて蘇迎香(そげいこう)を名指ししており、罵っているのはすべて自分自身だった。 彼女は言った。「「この死に損ないの賤婦め!二十年前に清廉に死んでおくべきだったのだ!」」また言った。「「賤しい命を拾ってやって、今まで生き延びさせてやったのに、恩も知らぬとは!誰とでも寝る淫乱女め!」」どれも自分自身への痛烈な自責と呪いだった。 画中仙(がちゅうせん)は自分が罵られても彼女の自責ほど辛くはなかった。温夫人(おんふじん)と技を競い合い始めた。 江湖(こうこ)の伝説では、武を交えれば心が通じ合うと言う。 この姉妹は半生をそれぞれの主に仕え、武器を向け合い、そんな戯言を信じたことはなかった。 もちろん互いの心の声は聞こえないが、一拳一脚すべてが決意を訴えているようで、無比に澄み切っていた。 惜別、慶幸、感激、眷恋、期許、すべてが言葉にならず心に響き渡った。 最後に温夫人(おんふじん)は拍子を数えて段階的に力を収めた。これも錦香宮(きんこうきゅう)の暗号で、妹に「さよならだ」と伝えたのだ。 画中仙(がちゅうせん)は歯を食いしばり、猛然と力を発して温夫人(おんふじん)を震退させた。彼女の白衣は血に染まり、髪は乱れ、まるで手負いの獣のように牙を剥いて爪を立て、口汚い言葉で罵り、早く手を下せと促した。 画中仙(がちゅうせん)は誇り高い姉がこれほど自分を貶めるのを見るに忍びず、掌を出して送ろうとしたが、終始傍観していた南宮(なんきゅう)盟主(めいしゅ)がこの時突然手を出して彼女を弾き飛ばした。 人々は彼がまた慈悲の心で手加減したのだと思い、口々に諌めた。画中仙(がちゅうせん)は気を落ち着け、温夫人(おんふじん)のいつもの高慢で冷淡な口調を真似て彼を叱責した。その調子、口ぶりには微塵の隙もなく、世間の知る錦香宮(きんこうきゅう)主そのものだった。 対して温夫人(おんふじん)は這って行って南宮遠(なんきゅうえん)の太ももに抱きつき、一声一声「「遠郎、助けて」」と張り裂けんばかりに叫び、ずっと和解したかった、南宮(なんきゅう)家に嫁ぎたいと言い、媚びへつらいの限りを尽くした。まるで死に物狂いで足掻く野良犬のようで、かつての冷傲高潔な気高さなど欠片もなかった。 ただ南宮遠(なんきゅうえん)だけが本物の蘇迎香(そげいこう)を見抜いていた。彼女のその言葉を二十年も待ち続けていたのだ。悲しくもあり嬉しくもあり、今後誰が錦香宮(きんこうきゅう)主であろうと構わない、目には目の前の尊い旧人しか映っていなかった。 温夫人(おんふじん)は彼に見つめられて心慌て、意を決して簪(かんざし)を抜き、一突き刺した。痛がって怒り、自分の手で殺してくれればいいと思ったのだ。しかし南宮遠(なんきゅうえん)は逆に彼女が非情になりきれないのを恨み、自分の簪(かんざし)を抜き、容赦なく心臓に突き刺して自害した。本物と偽物の温夫人(おんふじん)は顔色を失い、目撃した全員が互いに顔を見合わせて驚愕した。 南宮遠(なんきゅうえん)はすぐさま天下に告げた。自分は粗野で徳がなく、今や女色に迷い、信に足るものではない。よって武林(ぶりん)盟主(めいしゅ)の位を辞し、南宮(なんきゅう)世家も長子に託すと。そして蘇迎香(そげいこう)の手を取り、この喧騒から遠ざかっていった。誰も彼らを止めることはできず、次々と道を空け、手を取り合って去る二人を見送った。 残された時間、彼らは焦らずゆっくりと、緑の草が茂る洞庭湖(どうていこ)畔を散歩し、世間話をした。 風は和らぎ日は暖かく、昼寝には最適の時間だったが、眠れば二度と目覚めることはなかった。 一組の冤家、二十年の情仇、共に白髪になる約束は果たせなかったが、ようやく死して相守ることができた。 温夫人(おんふじん)が使った毒香は実は命を奪う毒薬ではなく、ただの強力な麻酔香で、解毒薬を飲めばすぐに治るものだった。 君の唐門(とうもん)は毒の扱いに長けており、騙されるはずがない。ただ言ったところで何の得もなく、誰も信じず、人を怒らせ、さらに温夫人(おんふじん)の苦心を無駄にし、人を不義に陥れることになるので、知らないふりをしただけだ。 激戦は終わり、両陣営とも死傷者は甚大で、唐門(とうもん)の弟子たちは肝を冷やし、この泥沼に足を踏み入れなくてよかった、勝っても負けても何の得もないと密かに喜んだ。 君は唐門(とうもん)の代表として、南宮(なんきゅう)世家に哀悼の意を表しに行ったが、彼らが家事の協議中なのを見て、あまり近づくのは憚られ、傍らで静かに待った。 南宮深(なんきゅうしん)は家主に就任するや否や、庶弟を問罪した。彼が功を焦って錦香宮(きんこうきゅう)を告発しなければ、南宮(なんきゅう)世家が巻き添えを食らい、盟主(めいしゅ)の座を逃すだけでなく、父を殉情させて死なせ、名誉を地に落とすこともなかったからだ。 彼が兄と呼んだ袁無憲(えんむけん)は、有名な峨嵋(がび)の裏切り者袁乗風の子孫だ。この男は数々の悪事を働き、悪名は極めて高く、長年江湖を歩いていないとはいえ、少しでも武林(ぶりん)の故事を覚えていれば、悪徒を恩公(おんこう)と見なすことはなかったはずだ。彼が公衆の面前で賊を兄と認めた以上、実の兄として情けをかけられるだろうか?そこで彼を南宮(なんきゅう)世家から追放するよう命じた。口調は穏やかで、多大な忍耐をもって、体面を保ちつつ、南宮(なんきゅう)浅に対しては諦め、もはや何の期待もしないことを示した。 君は別れを告げ、哀悼の意を表しに来た。南宮深(なんきゅうしん)は仏頂面で、拱手して見送った。 上官螢(じょうかんけい)も訃報を聞き、急いで南宮(なんきゅう)へ哀悼に来た。 そこで別れを告げ、君は去った。 あのかつての同窓、幼馴染、婚約者は、南宮(なんきゅう)老太爺が亡くなった時に別れを告げ、再会したのはまた南宮(なんきゅう)家主が世を去った時で、共に悲しみに暮れた。 名分がなければ、抱き合って大泣きしたいところだった。南宮深(なんきゅうしん)には悔悟の念があったが、上官螢(じょうかんけい)の決意は固く、将来どこへ行こうとも、二度と南宮(なんきゅう)世家には戻らないつもりだった。 彼女はまるで温夫人(おんふじん)のように鉄石の心を持ち、君を裏切らない時は生死を誓うが、一度見限られれば二度と機嫌を直すことはない。 君は同門の師弟(してい)妹に声をかけ、山を下りて近くの岳陽(がくよう)で一泊し、明日帰路につく準備をした。 君たち一行が出発しようとした時、釈明が突然また飛び出し、高い所から叫び、君たちを悪徒と罵り、軽々しく逃がしてはならないと言った。 福韞(ふくうん)法師は驚き、急いで衆人の中から出てこの南嵩山(みなみすうざん)の師叔(ししゅく)祖を諌めようとしたが、釈明はまるで重りを飲み込んだかのように心を決め、頑として動じず、証拠もないのに君たちを邪魔外道と罵った。 君たちが風雨山(ふううざん)に来る前、錦香宮(きんこうきゅう)に客として滞在していたことが、彼によって大げさに取り上げられた。 また錦香宮(きんこうきゅう)が魔教人間道であることを知りながら、故意に袖手傍観したと。 金烏上人(きんうじょうにん)は大会中終始目立たず、慈悲深い顔で一言も発しなかったが、ここに至ってようやく飛び出し、助け船を出した。崆峒(こうどう)掌派人(しょうはじん)までそう言うのを聞き、武林(ぶりん)の衆人は唐門(とうもん)に対する警戒を強めた。 この時、かつて君の名を騙って悪事の限りを尽くした晁和(ちょうほう)も現れ、口々に唐門(とうもん)こそが魔教修羅道であると指摘し、確信ありげに、一族郎党の命を懸けて誓う勢いだった。 このような小者の言うことなど本来誰も信じないが、釈明という嵩山(すうざん)福建(ふっけん)分院(ぶんいん)の老住職が証人となれば無視できない。彼は徳高く望み重く、先ほども人間道(にんげんどう)法王の正体を暴く証言をしたではないか? この老僧は唐門(とうもん)を恐れ、除き去りたいと願っていた。 数年前、南嵩山(みなみすうざん)が一時の慈悲心で唐門(とうもん)の仇敵を庇護した際、唐掌門が福建(ふっけん)莆田まで千里を追ってくるとは思わず、九九八十一回の叩頭は僧衆の肝を潰し、円陣を組んで夜明けまで読経してようやく唐中翎(とうちゅうれい)を送り返した。 その後釈明は住職(じゅうしょく)の座を辞したが、心にわだかまりがなくなったわけではなく、逆に恐怖から恨みを生じ、一生心魔に悩まされることとなった。 彼は一人の力では唐門(とうもん)を揺るがすことができないため、仲介に入って広東唐門(かんとんとうもん)を抱き込み、上官(じょうかん)世家に依附させ、唐門(とうもん)の内戦を促したが、最終的に功敗垂成した。 唐老魔(とうろうま)は倒れたが、唐門(とうもん)は彼を恨んでおり、多事多難の時期だったため今まで無事だったが、未来はどうなるか分からない。虎を野に放つより、ここで一か八か賭けに出て、武林(ぶりん)盟の手を借りて後患を永遠に断つ方がましだ。 江湖(こうこ)に身を置く者は、誰しも大俠となって人から敬われたいと思うものだが、思うだけで、多くは自ら俠義を名乗り、群衆の中に身を隠し、公平を装った悪意を持っている。 悪口を言う者たちが必ずしも君を知っているわけではないが、推測だけで一言ずつ君を死地に追いやることができるのだ。 君と同門は怒り狂ったが、議論が紛糾し、君たちの反論の声はかき消された。 宋悲(そうひ)と上官隼(じょうかんじゅん)は堂内で武林(ぶりん)大会を延期して日を改めるか、無理をして続けるかを協議していたが、知らせを聞いて急いで出てきて、この光景を見て愕然とした。一難去ってまた一難とは。 もし唐門(とうもん)が錦香宮(きんこうきゅう)のように確たる証拠があれば話は別だが、今の紛争はすべて釋明(しゃくめい)が勝手に引き起こしたものだ。上官隼(じょうかんじゅん)は唐門(とうもん)を相手にしたくないわけではないが、出発前官家から特に唐門(とうもん)を厚遇し、朝廷(ちょうてい)の度量を示すよう言いつけられていた。釋明(しゃくめい)がこの時機で群情を煽り、唐門(とうもん)を始末しようとするのは、彼に勅命違反をさせる気か? 釈明は上官隼(じょうかんじゅん)がまさか唐門(とうもん)を庇うとは思わず、騎虎の勢いで降りられなくなった。唐門(とうもん)が山を下りられないのではなく、自分が山を下りれば唐門(とうもん)に捕まって毒殺されるのが一番怖い。 上官(じょうかん)大人の機嫌を損ねても、硬骨漢を装って最後までやり通すしかない。 そこで策略を使い、わざと上官隼(じょうかんじゅん)を誘導して十日の期限を口にさせ、言葉尻を捉えて上官隼(じょうかんじゅん)を動き取れなくし、改口できないようにした。名目を設けて唐門(とうもん)を風雨山(ふううざん)に強引に留め置き、数日尋問してから下山させれば、彼らがいくら軽功(けいこう)が高くても武林(ぶりん)盟の追撃は振り切れず、必ず帰路で覆滅すると踏んだのだ。 上官隼(じょうかんじゅん)は一瞬呆気にとられ、すぐに激怒した。彼は簡単に騙せるような人物ではないが、飼い犬が主人に噛みつくとは予想していなかった。 釋明(しゃくめい)は心腹の大患を除けば、上官(じょうかん)大人が喜んで事を不問に付すと思っていたが、自分の片足がすでに棺桶に入っていることを知らなかった。唐門(とうもん)には彼を相手にする暇はないかもしれないが、上官(じょうかん)世家には不忠な悪犬をしつける時間と精力はいくらでもある。 釈明は必死に煽動し、小さな事を大きくし、各派の掌門(しょうもん)や幇主(ほうしゅ)を引き出して態度を表明させようとした。 全真(ぜんしん)派は唐門(とうもん)の悪名を聞いており、ずっと敬遠していた。君を敵視しているわけではないが、留まって事情をはっきりさせるよう頼むのは間違いではないと考えた。 唐門(とうもん)と嵩山(すうざん)派の僧侶はかつて心を合わせて極楽教(ごくらくきょう)の中原(ちゅうげん)侵入に抵抗した。当時の老方丈は生死を悟りきれず、大いなる恐怖を抱き、義に殉じた同門の師兄弟(しきょうだい)を思って、時折夢から覚めて涙を流していた。 今、唐門(とうもん)の俠名が汚されるのをどうして忍びようか?よって万事は謙虚に忍ぶとしても、この件だけは同意できない。 公衆の面前で釈明と一線を画し、嵩山(すうざん)南北院はこれより義絶すると宣言した。 青城(せいじょう)は代々蜀の地に住み、唐門(とうもん)とは数え切れないほど付き合いがあり、掌門(しょうもん)鄒博(すうはく)はかつて君の家の掌門(しょうもん)と肩を並べて戦い、極楽七仙(ごくらくしちせん)と力戦した。往時の関係は友好的だったと言えるが、君たちは青城(せいじょう)が極楽教(ごくらくきょう)の奸邪を隠匿していると指弾し、今日自分たちも告発された。 冤罪かどうかに関わらず、青城(せいじょう)は論評しない。 点蒼(てんそう)派は唐門(とうもん)の世仇であり、大小の衝突は百を下らない。当然君たちの側には立たず、即座に釈明の言葉に賛同した。 峨嵋(がび)の向掌門も板挟みだった。彼は滅多に外出せず紅塵に染まらないようにしているが、紅塵は自ずと染まるもので、心にもない社交辞令をいくつか言わざるを得ず、軽々しく断定はできないと示した。 金烏上人(きんうじょうにん)はこの日をどれほど待ち焦がれたことか。彼が唐門(とうもん)殲滅の可能性を拒絶することなどあり得るだろうか? 南宮遠(なんきゅうえん)は小我のために大我を犠牲にした。武林(ぶりん)盟主(めいしゅ)に選ばれたばかりで、私情のために捨て去り、汚名を大公子に背負わせた。南宮深(なんきゅうしん)はどうやって焦点をずらそうかと悩んでいたところに、うまい具合にカモが飛んできた。君の唐門(とうもん)を血祭りにあげれば、食後の話題が一つ増え、南宮(なんきゅう)家主と人間道(にんげんどう)法王の密通醜聞は自然と薄まるだろう。 丐幇(かいほう)は状況を静観し、いつでも人数の多い側に付く準備をしていた。 唐門(とうもん)を留めて尋問すべきだという声が多かったが、李幇主はまた迷い始めた。 李富貴(りふき)は最終的に百万(メガ)の丐幇(かいほう)弟子のことを考え、大勢に従うことを選んだ。 飛石幇の台頭は早かったが、人数が多いだけで烏合の衆だ。武林(ぶりん)大会に招かれたのも、顔を売って善縁を結ぶためでしかない。 本来、各派の高人や先輩がいる前で、石公遠(せきこうえん)が口を挟む幕ではない。しかし唐門(とうもん)が重囲に陥り、名門正派たちが不善な眼差しを向け、今にも抜刀しそうなのを見て、内心激しく揺さぶられ、思わず唐門(とうもん)を支持すると口走った。唐門(とうもん)が泥教(でいきょう)の徒党であろうとなかろうと、飛石幇は君たちと同一陣線に立つと。 唐門(とうもん)が盛んな時は錦上添花必要はないが、唐門(とうもん)が困窮している時は、必ず雪中送炭せねばならない。 彼は君たちの大師兄(だいしけい)に借りがあるのだから。 大勢は決し、唐門(とうもん)を支持する声があっても多勢に無勢、非難の声にかき消された。 風雨山(ふううざん)を見渡せば、見渡す限り敵ばかりだ。 君はここへ来る時、朝廷(ちょうてい)が悪意を抱いている可能性は予想していたが、まさか唐門(とうもん)が武林(ぶりん)の公敵になるとまでは思っておらず、これ以上ないほど失望し、心が冷え切ってしまった。 武装解除して潔白を証明しろと言うが、武林(ぶりん)盟が唐門(とうもん)を信じないように、唐門(とうもん)もまた彼らを信じられるはずがない。釈明や晁和(ちょうほう)らの根拠のない一方的な言い分だけで強引に人を留め置くのだ。君たちが制圧された後、彼らが偽証を捏造し、拷問で罪を認めさせることなど造作もないことだろう? 唐門(とうもん)は敵が多い。十日の期限が来て官兵の禁令が解かれれば、各路の仇敵が道中に埋伏し、四方八方から殺到して、唐門(とうもん)の精鋭をことごとく殲滅するのも不思議なことではない。 君は天を仰いで長嘆し、小剣を投げ出した。強引に戦えば全滅は免れないと知り、武林(ぶりん)盟の中にまだ明智を持つ者がいて、目を凝らして唐門(とうもん)に公平をもたらしてくれることを祈るしかなかった。 君たちの公平は武林(ぶりん)にはなく、神捕宋悲にあった。 彼は官吏として朝廷(ちょうてい)の命令に従うだけではない。高官厚禄の身でありながら自ら江湖(こうこ)を奔走するのは、公平と正義のためだ。このような不公不義を許せるはずがない。武林(ぶりん)人は学がなく見識も狭いが、彼はこの悪僧に左右されるわけにはいかない。 この件はもはや武林(ぶりん)だけの事ではなく、彼が公平を期して仲裁に入っても越権行為にはならない。 彼は唐門(とうもん)を庇っているのではなく、人を誣告した釈明に対して怒っているのだ。数言の厳しい叱責と官威に圧され、釈明の顔から得意げな色は消え失せ、掌に汗をかき、目は泳ぎ、身分を笠に着ようとしたが、宋大人は身分など気にしない。御賜の金牌(きんぱい)を手にしており、天下において天子以外なら、誰が悪事を働こうとも捕らえることができるのだ。 ちょうどその時、突然山賊がよろめきながら山に駆け込んできて大声で叫んだ。宋悲(そうひ)はそれがここから遠くない趕山(かんざん)趕風砦の山賊だと気づき、驚いた。今回の武林(ぶりん)大会は白道だけを招待しており、緑林(りょくりん)の好漢には招待状を出していないのに、なぜ自ら網にかかりに来たのか? 問いただすと驚くべき事実が判明した。彼らが山で大会を開いている間に、東海(とうかい)の泥教(でいきょう)餓鬼道(がきどう)、西蜀(せいしょく)の地獄道(じごくどう)も座して死を待つことを良しとせず、風雨山(ふううざん)を包囲し、山に火を放つ準備をしているというのだ。 山上の武林(ぶりん)俠客たちは指導者を失っており、これを聞いてたちまち大混乱に陥り、先を争って山下へ逃げ出した。六大派(ろくだいは)などの大幇大派もじっとしていられず、次々と門人に下山して敵を迎撃するよう指示した。 唐門(とうもん)が今去らずして、いつ去るというのか?そこで君は声を上げ、衆を率いて包囲を突破し下山した。 君は兵馬の乱れに乗じて、同門を率いて包囲の薄い場所へ突進し、何とか重囲を突破して戦場を脱出した。 風雨山(ふううざん)を下りた頃にはすでに黄昏時で、これ以上進めば日が暮れて次の集落にも着けない恐れがあったため、近くの村で宿を取るしかなかった。幸いこの村には酒屋や宿屋があり、それほど寂れてはいなかった。 君たちはようやく虎口(ここう)を脱したが、まだ不安でいっぱいだった。十日の約束が来れば、武林(ぶりん)盟が襲撃してくるのではないかと恐れていた。 一方、君は肝が据わっており、武林(ぶりん)盟の脅しなど全く気にしていなかった。 君はその場で隊列を解散し、師弟(してい)妹たちにそれぞれ休息をとらせ、一息ついて明日英気を養うように言った。 客室の扉を閉めると、君は両肩の力が抜け、一人になって初めて、人前では見せられない疲労を露わにした。 君が人から聞いていた俠客の江湖(こうこ)行は、快意恩仇(かいいおんしゅう)で、落拓不羈であるはずだった。しかし事実は必ずしもそうではない。 江湖(こうこ)を渡って初めて水の冷たさを知り、滄桑を経て初めて心が寒くなる。 風雨は連なり、苦労との遭遇は久しい。君が無名(むめい)の小卒から今日の師門の棟梁へと脱皮したのは、決して偶然ではない。 責任が重くなるにつれ、足跡は深く刻まれる。 背負うものが多すぎて、ついに歩みは困難になり、足取りは二度と軽やかにはならないだろう。 君は小二に湯を用意させ、温かい湯に浸かった。この時、夕日が窓から差し込み、空中の浮遊塵がはっきりと見えた。 心の塵は洗い流せず、倦怠感で目を閉じればすぐにでも眠ってしまいそうだった。 君は本当に疲れ果てており、飯も食わず、全身埃まみれのまま、枕につくや否や死んだように深く眠った。 錦香宮(きんこうきゅう)の人々の無実の泣き声や、風雨山(ふううざん)での武林(ぶりん)群俠の怒号が聞こえてくるようだ。 君はあれこれと思い悩み、板挟みになり、焦りと不安に苛まれ、判断を誤って師門を巻き込むことを恐れた。 夢が深くなるにつれ、君は昔に戻った。誰もがまだそこにいて、天が崩れても誰かが支えてくれ、君が心配することは何もなく、ただ自分のことだけを考え、一日中非現実的な大俠の夢を見ていた頃に。 翌朝出発前、君は大俠を夢見る少年から武林(ぶりん)大会のその後を聞いた。 西蜀(せいしょく)の地獄道(じごくどう)、東海(とうかい)の餓鬼道(がきどう)が座して死を待つのを良しとせず、岳陽(がくよう)に集結して風雨山(ふううざん)を包囲攻撃したという。 正邪両派の戦いは天も暗くなるほど激しく、鮮血が洞庭湖(どうていこ)を赤く染めた。武林(ぶりん)の群俠は武功(ぶこう)こそ高いが、元気を大いに損なっており、大派や大幇は指導者を失って烏合の衆と化し、敗走を重ねた。 まさに正道の危機というその時、白衣を翻す英雄少年が宝剣を掲げ、一声長嘯すると白龍の化身となり、無人の境を行くが如く、一剣で百万(メガ)の雄兵を防いだ。 生死存亡の関頭、各派各幇はようやく偏見を捨て、一人の号令に齊しく従い、心を合わせて劣勢を覆し、二道を挫き、轟々たる勝利を収めた。 その若き剣客の名は瑞笙(ずいせい)という。 これほどの不世出の功績により、武林(ぶりん)盟主(めいしゅ)に推挙されたのは当然の帰結であり、誰もが服従した。 君は聞いて複雑な心境になり、どう思うべきか分からなかった。 それこそ君が数え切れないほどの昼夜、江湖(こうこ)に憧れ、なりたいと夢想した人物ではないか?だが彼は結局、君ではない。 君たちは荷物や貴重品をまとめ、瓢箪(ひょうたん)に水を満たし、道中の非常食として乾糧を買い、帰路についた。 道中は晴れたり雨だったりしたが、険しい場所に差し掛かった時、また激しい雨が君を狙い撃ちし、君たちは狼狽した。傘を持っていても防ぎきれず、やむなく荒れ寺に避難して雨宿りすることになった。 雨はしばらく止みそうにない。どうせ町には着けないので、道中で暗器(あんき)を使って仕留めた野兎や竹鶏をすべて供出し、焼いて食べることにした。 君たちはあちこちから薪や藁を集め、三つの焚き火を起こして囲み、肉を焼き酒を飲んだ。やがて肉の香りが漂い、冷たい雨夜に微かな温もりを添えた。 賑やかな時が過ぎ、再び静寂が訪れた。廟の外では風雨が呼嘯し、時折薪がパチパチと音を立てる。各人は横になったり座ったりして、互いに言葉を交わさず、皆が心に重荷を抱えていた。言いたいことがあっても、口まで出かかっては飲み込んでしまう。 第一班の夜番を担当していた唐門(とうもん)の古参弟子が戻ってきた。皆が沈んでいるのを見て、心の内で考えていることは皆同じだろうと察し、彼もまた長らく不安を抱えていたが、道中で何度も逡巡した末、ついに心の内を打ち明けた。 彼は君より遅く入門したが、とうの昔に正式な内弟子(ないでし)となっていた。君が唐姓でないことを除けば、今や唐家で四師兄(よんしけい)より下で、まだ生きており師門を離れていない者の中では、彼が最も古参である。 ずっと夢を抱き、名を上げて天下の英雄たちと覇を競いたいと願ってきた。人より抜きん出なければ名を残せず、さもなくば平凡に半生を費やし、死んでもなお唐門(とうもん)弟子甲として、黄土に埋められ、たちまち世人に忘れ去られる。 江陵(こうりょう)の戦、風雨山(ふううざん)にも参加し、常に「今度こそ自分の機会だ」と念じてきたが、残念ながら天は味方せず、常に行く手を阻まれ、今に至るまで無名(むめい)のままである。大師兄(だいしけい)や二師兄(にしけい)には及ばず、君のように顔で有名になることすらできない。 今回の武林(ぶりん)大会では、拳を握りしめ、大いに腕を振るうつもりだったが、誰がこのような結末を予想できただろうか。 唐門(とうもん)が潔白かどうかが、他派の人間が高みから投票して決めることになろうとは、誰が怒らずにいられようか? あの釈明が名声と地位を笠に着て、証拠もなく人の生死を判決できるとは、誰が絶望せずにいられようか? 皆分かっているはずだ、実は各派とも唐門(とうもん)を憎んでいるのだ。 武林(ぶりん)大会に行こうが行くまいが、唐門(とうもん)は武林(ぶりん)の公敵になる運命だった。泥教(でいきょう)が倒れれば、次は君たちの番だ。 君たちに罪を着せなければ、正当な理由で攻撃できない。悪を懲らしめ悪を除かなければ、どうして俠名を高められようか?だから君たちは悪人でなければならないのだ。 この言葉は彼自身だけでなく、すべての唐門(とうもん)弟子の心の声だった。 悔しいが認めざるを得ない。君たちは実はとても弱く、戦える者が一、二人いたとしても、ただ戦えるというだけなのだ。 掌門(しょうもん)が倒れて以来、唐門(とうもん)弟子はずっと彼の昔日の威光を頼りに江湖(こうこ)を渡ってきたが、もはや傲慢でいられる底力はない。 従わなければ、内情を知られた時、錦香宮(きんこうきゅう)が前車の轍となるだろう。 誰かが口火を切ると、唐門(とうもん)の師弟(してい)妹たちは皆不安でざわめき始めた。死なずに済むなら、誰が去るのを惜しむだろうか? 来る時は皆志に燃えていたが、帰る時は興味を失い、胸の熱い血はもう滾っていないかのようだった。 江湖(こうこ)はこんなにも冷たい。命を懸ける価値のあるものなど、何が残っているというのか? 皆は君が士気を鼓舞するような言葉を言うのを期待していたが、君は歌おうと言い出し、全く気に介さなかった。 人生は元々浮草が集まるようなもの、曲が終われば人は散り、雲は淡く風は清らか、それもまた良いではないか? 夢を諦めるには勇気が要る。この道が通じなければ、別の道を探すのも悪くない。 誰も行けないわけではない。誰もが必ずしも命を賭けねばならないわけではなく、君だって、遅かれ早かれ旅立つ日が来るかもしれない。 いっそここで互いを忘れ、今宵は酒があれば今宵酔い、去るも留まるも惜しまず。十数年後にふと思い出し、消息を尋ねて、もし旧友の便りを聞ければ、それは無上の喜びではないか? 今を良く生きること以上に重要なことはない。生活が苦しければ苦しいほど、苦しみの中に楽しみを見つけねばならない。 君が歌い始めると、皆声を合わせて歌い、歌えない者も腿を叩いて拍子をとった。 風雨瀟々、高歌吟嘯するに良し。黒髪が愁いで白くなろうとも構うものか、杯中の狂薬に背くことなどできようか。 浮き沈みは波のまにまに、潮が来れば風雲際会し、潮が去れば人は散り寂寥(せきりょう)となる。 君たちはようやく家に着いた。行って帰ってきただけで、皆十歳老け込んだようだ。 岳陽(がくよう)風雨山(ふううざん)での出来事は、すでに江湖(こうこ)快報によって中原(ちゅうげん)中に広まっていた。 三師兄(さんしけい)もある程度聞いており、詳細は君と話して確認する必要があるが、急ぐことはない。君たちが無事に帰ってきたこと以上に尊い知らせはないのだから。 この日、君を唐門(とうもん)会議に呼ぶ声があった。 君は今や会議に欠かせない一員だ。 君たちは武林(ぶりん)盟からの檄文(げきぶん)を受け取った。唐門(とうもん)を弾劾するもので、書中には罪状が列挙され、君たちに思いとどまるよう勧めつつ、天下の俠士(きょうし)に蜀中(しょくちゅう)へ集結するよう呼びかける、飴と鞭の内容だった。 決議の日、三師兄(さんしけい)は紙と筆を取り、自らの決定を書いた。 最後に君たちは決心した。保身は賢明だが、君たちはあえてどこへも行かない。ここには君たちが江湖(こうこ)を渡る意義があり、世に立つ骨気がある。逃げれば、生きていても死んだも同然だ。 胸を張って天地に恥じることがなければ、たとえ千人に指さされ、万人に敵対されようとも、屁とも思わない。 飛石幇主(ひせきほうしゅ)夫妻が来訪したと聞き、三師兄(さんしけい)は慌てて出迎えた。 彼ら夫妻を大師兄(だいしけい)の墓前に案内し、線香を上げて拝ませ、恩に感謝させた。 あなたが傍らで見守る中、門人の中にわだかまりを持つ者がいても、彼らの誠実な心を見て、鬱屈は大半が晴れた。 大師兄(だいしけい)への墓参りを済ませると、飛石幇主(ひせきほうしゅ)は武林(ぶりん)盟の東来について話し始めた。 飛石幇が加わったところで、武林(ぶりん)盟を防ぐのは万に一つも難しいと知っていながら、彼は依然として頑固だった。 彼の号令に従う兄弟は従い、死を恐れたり価値がないと思う者には強制しない。 死ぬのは怖くないが、情けなく死ぬのは御免だ。 彼は脱走兵も土匪も経験したが、今回は大俠になりたいのだ。たとえ殴り殺されようとも、決して退かない。 足音が東から近づき、武林(ぶりん)盟が風雨を伴ってやってくる。 今宵の夕日は沈み、決戦前夜はことのほか静かだ。人事を尽くし、成敗はすべて明日にある。 情報の収集と伝達を担当していた唐門(とうもん)の師弟(してい)が戻ってきたが、顔には憂いの色が濃く、皆が奔走して説得にあたったものの、結局各派を翻意させることはできなかった。 武林(ぶりん)盟は東から進軍してきたが、まだ唐門(とうもん)の領地に踏み込む度胸はなく、眉山(びざん)鎮を四方八方から包囲している。せいぜい半日の距離だ。唐門(とうもん)が徒党を組んで謀反を企てたという名目が確実になり次第、武林(ぶりん)盟主(めいしゅ)の号令一下、唐家大院に攻め上り罪を問う構えだ。 君たちは顔を見合わせ、万策尽きた思いだった。苦労して奔走したが、結局この日を迎えてしまったのだ。 この日こそ、武林(ぶりん)盟が唐門(とうもん)を殲滅する日だ。 練武場には悲壮な空気が漂い、今回ここに残れば死ぬしかないことは誰もが知っていた。 去った者もいたが、彼らが義理を欠いたわけではなく、ただ人として当然の感情だった。 残った者は死を覚悟した。入門の時期は様々だが、誰もが唐門(とうもん)を家とし、唐姓を誇りとしていた。 武林(ぶりん)盟の大軍が迫る中、本格的に動く前に、まず三名の達人を山へ送り込んで挑戦させ、威圧して抵抗を減らそうとした。 ある時は個別に戦い、ある時は手を組んで敵を撃つ。その三人は飛俠(ひきょう)が死に、辣手相公が裏切り、唐門(とうもん)は人材不足で、君のような出来損ないまで数合わせに出てきたと思い、全く恐れていなかった。 いざ手合わせをして初めて、人の言葉がいかに恐ろしいかを知った。世間はただ容貌だけで君を貶め、誰もが嘲笑し、噂が真実のように広まっていたため、彼らは情勢を見誤り、ここで惨敗することになったのだ。 大院(だいいん)の上で、心は一つになった。 武林(ぶりん)盟は人を送って唐門(とうもん)弟子の命を奪おうとしたが、残念ながら命が硬くて奪えなかった。君たちは地主としての務めを果たし、自ら彼らに届けに行き、蜀中(しょくちゅう)唐門(とうもん)の歓待ぶりを見せてやるべきだ。 君たちは背水の陣で全軍出撃し、山道で武林(ぶりん)の俠士(きょうし)の一団と遭遇した。師弟(してい)妹たちは自ら進んで殿を務め、雪辱の悲願を君に託した。 唐門(とうもん)が武林(ぶりん)盟に対抗するなど、蚍蜉が大樹を揺らすようなもので、身の程知らずも甚だしい。 武林(ぶりん)盟は眉山(びざん)に着くや外堡(がいほう)を制圧し、人を送って大院(だいいん)を攻撃し、労せずして速やかに勝利し、泥教(でいきょう)に対抗する力を温存しようとしたが、思わぬ反撃に遭った。唐門(とうもん)はかつてほどの勢いはないが、決して侮れない存在だった。 君の唐門(とうもん)の上下は最も反抗的で、希望が薄いほど逆らいたがり、座して死を待つことを良しとせず、なんと守りから攻めに転じて山を下ってきた。 師弟(してい)妹たちは全力を尽くして、君のために一本の道を開いた。それは生きる道ではなく、必死の窮途だ。 師弟(してい)妹たちが生死を忘れたように、君もまた義無反顧に行った。 小師妹(しょうしまい)は嫁いだ後も師門を気にかけており、そのために奔走し、出せる限りの値打ち物を人に託して根回しに使った。 残念ながら彼女は心が純粋で、悪だくみを知らず、託した相手が悪かった。晁和(ちょうほう)だったのだ。 彼女は晁和(ちょうほう)が本門を裏切ったのを恨んでいないわけではないが、晁和(ちょうほう)が泣いて謝罪したため、小師妹(しょうしまい)は心が優しく、同情し、晁和(ちょうほう)もかつては唐門(とうもん)の弟子だったのだから、改心したのなら罪滅ぼしの機会を与えてもいいと思ったのだ。 結果、彼女の装飾品や宝石はすべて晁和(ちょうほう)に浪費され、青楼での遊びに使われてしまった。 彼女は口下手で、瑞笙(ずいせい)に望みを託し、夫君が多少なりとも夫婦の情を汲んで、唐門(とうもん)を降伏させるだけで命は取らないでほしいと願った。これが彼女の一生の願いだったが、結局希望は破れ、芳心は花びらのように散った。 この事が原因となり、彼女は残りの人生で二度と夫君に心を開くことはなかった。 君は満身創痍で盟主(めいしゅ)の前に辿り着き、求めるものは一戦のみ。彼はゆっくりと宝剣を抜き、その目に映る君は江湖(こうこ)の雑魚ではなく、百戦錬磨の尊敬すべき強敵だった。 ある者は天に恵まれ、生まれながらにしてすべてを持っている。無数の機縁、瀟洒で英俊、錦の服、絶頂の天資、紅顔の知己は一目惚れし、剣を抜けば風雲を呼び、江湖(こうこ)は彼にとってゲームのように容易だ。 そして君のように卑微な者がいる。 比較すれば雲泥の差、君たちの足掻きは彼の伝説に一筆加えるに過ぎない。 結局は負ける、初めから不公平なのだ。 数十年後、江湖(こうこ)の後輩が老盟主に尋ねた。生涯で遭遇した最強の敵は誰かと。 瑞笙(ずいせい)は迷わず君だと答えた。 天道(てんどう)法王の天地を開く拳脚にも及ばず、極楽教主(ごくらくきょうしゅ)の群雄(ぐんゆう)の内力(ないりょく)を一体化した力にも及ばない。 しかし君の最後の拳には、天下一の傲骨が宿っていた。 体に当たっても痛くも痒くもないが、肉体を浸透し、一拳一拳が心を震わせ、鼓動に溶け込み、余威は数十年にわたり鳴り止まず、毒のように彼を苛み悔やませた。これぞ唐門(とうもん)最後の暗器(あんき)である。