白銀の雪原が、冬の陽光を反射して眩いばかりに輝いていた。
澄み切った青空の下、色とりどりのスキーウェアに身を包んだ人々が、思い思いのシュプールを描いてゲレンデを滑り降りていく。ここは谷川岳の麓に広がる、広大なスキーリゾート。
ゆりの招待によってこのスキー場へとやってきたももこ、ゆり、ひなぎく、そしてようすけとたくろうの五人は、日常の喧騒や、愛天使としての過酷な使命をひととき忘れ、純白の世界で冬のレジャーを心ゆくまで満喫していた。

しかし、彼女たちの平和な休日は、すでに邪悪な影によって狙われていた。
ゲレンデから少し離れた、人目のつかない雪深い林の中。そこに、場違いな和装に身を包んだ不気味な男が立っていた。スキンヘッドに奇妙な模様を浮かべたその男――悪魔族の幹部、ペトラーこと岩本である。

「ふふふ……愛天使どもめ、浮かれおって」

岩本は忌々しげに、しかしどこか嗜虐的な笑みを浮かべてゲレンデを見下ろしていた。彼は自身の配下である悪魔、雪之丞変化魔（ゆきのじょうへんげま）を呼び出した。

「雪之丞変化魔よ。奴らの仲を引き裂き、いがみ合わせろ。そして、そこから生み出されるたっぷりの『邪悪なウェーブ』を集めるのだ」

岩本の指示を受け、雪之丞は妖しく微笑みながら雪の中へと溶け込んでいった。手始めに、最も感情の起伏が激しいももこを標的に定め、彼女が想いを寄せるようすけの姿へと変化して、卑劣なイタズラを仕掛けるのであった。

◆

「ようすけ君がおかしい？」

ゲレンデの中腹、少し開けた場所で、ゆりはももこの言葉に首を傾げた。

「うん……」

「一体どうしたんですの？」

ももこはピンク色のスキーウェアの袖をギュッと握りしめ、プンプンと怒った様子で息を荒らげている。

「それがね……！」

ももこが先ほど受けた理不尽なイタズラの顛末を語ろうとした、まさにその時だった。

「やっと追いついたか」

背後から、聞き慣れた少年の声がした。振り返ると、そこには緑色のウェアを着たようすけが、スキー板を滑らせて二人の元へとやってきたところだった。

「ようすけ……！」

ももこの声に、ようすけは呆れたような、しかしどこか不満げな表情で口を開く。

「待っててくれると思ったのに、先に行っちまうなんてよ」

その言葉は、ももこの神経を逆撫でするには十分すぎた。先ほど散々イタズラをしておいて、どの口がそんなことを言うのか。

「よくも抜け抜けと！」

ももこの脳内で、何かがプツンと切れる音がした。

「何のことだ？」

と不思議そうにするようすけの言葉など、今の彼女の耳には入らない。

「騙してくれちゃってこのー！　うりゃー！」

ももこは怒りに任せ、履いていたスキー板ごと、ようすけの足元へ強烈な蹴りを見舞った。

「ちょっとー！　あーっ！」

不意打ちを食らったようすけはバランスを崩し、悲鳴を上げながら雪の斜面を無様な格好で転がり落ちていった。遠ざかっていくようすけの姿を見下ろしながら、ももこは

「ふんっ、おとといおいで！」

と鼻息を荒くする。

「何てこと……」

ゆりは、転がっていったようすけの軌跡を見つめながら呆れ果てていた。

「いいのよ、あんなやつ」

ももこが吐き捨てるように言った、次の瞬間だった。

「ゲレンデの真ん中で何してるんだよ」

「ええっ！？」

背後から聞こえた声に、ももことゆりは弾かれたように振り返った。そこには、緑色のウェアを着たようすけが立っていた。

「どうなってるのこれ……」

「わかりませんわ……」

ももことゆりは完全に混乱していた。たった今、ようすけは斜面を転がり落ちていったはずである。それなのに、なぜ無傷のようすけが背後に立っているのか。
戸惑う二人の前に、ももこのウェアのポケットに隠れていたじゃ魔ピーが飛び出してきた。

「悪魔族の匂いがするでちゅ！」

じゃ魔ピーは空中で鼻をヒクヒクさせながら、目の前にいるようすけを指差した。

「この匂いは、雪之丞変化魔に違いないでちゅ！　お互いを憎しみ合うように仕向けて、邪悪なウェーブを吸い取る奴でちゅ！」

「なんですって！？」

正体を見破られた偽ようすけ――雪之丞は、チッと舌打ちをすると、スキー板を巧みに操り、猛スピードで斜面を滑り降りて逃走を図った。

「こらー！　待ちなさーい！」

ももことゆりはストックを強く突き、偽ようすけの背中を追って雪煙を上げながら滑り出した。

◆

一方、そんな騒動が起きていることなど露知らず、ゲレンデの初心者コースでは、ひなぎくとたくろうがのんびりとした時間を過ごしていた。

「違う違う、もっと膝を深く曲げるんだ」

ひなぎくは、へっぴり腰でスキー板の上に立つたくろうに、身振り手振りで熱心に指導していた。

「こ、こう？」

たくろうは言われた通りに膝を曲げるが、どうにも格好がつかない。

「そう、内股にして、こう踏ん張る感じで」

ひなぎくがお手本を見せる。

「こうかい？」

たくろうが真似をして内股で踏ん張るが、その姿はひどく滑稽だった。

「……たくろうがやると気持ち悪いな」

ひなぎくは思わず本音を漏らす。

「ひどいなー」

「わりぃわりぃ」

ひなぎくがカラカラと笑い、たくろうも苦笑いする。二人の間には、穏やかで平和な空気が流れていた。

「ひなぎくー！　ちょっとちょっと！」

そこへ、猛スピードで滑り降りてきたももことゆりが、急ブレーキをかけて雪を散らしながらひなぎくの元へやってきた。

「なんだ？」

ひなぎくが不思議そうに尋ねると、ももこは切羽詰まった表情で手招きをする。

「ちょっと来て！」

事態の異常さを察知したひなぎくは、小さく頷いた。

「ちょっと行ってくる」

ひなぎくはたくろうにそう言い残すと、ももこたちと共に足早にその場を離れていった。

「あ、うん……」

一人残されたたくろうは、遠ざかっていく三人の背中を、ただポツンと見送ることしかできなかった。

◆

合流した三人は、じゃ魔ピーの案内を頼りに雪山の中を捜索し始めた。
しかし、広大なゲレンデと、その周囲に広がる深い雪林の中で、姿を自在に変える雪之丞を見つけ出すのは至難の業だった。

「ダメだわ、全然見つからない」

ももこが息を切らしながら周囲を見渡す。

「この広い雪山を闇雲に探しても、埒が明きませんわ」

ゆりも同意するように頷いた。

「こうなったら、手分けして探すしかないな。……変身しよう」

ひなぎくの提案に、ももことゆりは力強く頷いた。意を決した三人は、周囲に人目がないことを確認すると、各々の変身アイテムを掲げた。

「ウェディング・ビューティフル・フラワー！」

ももこの叫びと共に、眩い光が雪原を包み込む。光の中から現れたのは、純白のウェディングドレスに身を包んだももこの姿だった。

「ウェディング・グレイスフル・フラワー！」

続いてゆりが、気品溢れるウェディングドレス姿へと変わる。

「ウェディング・アトラクティブ・フラワー！」

最後にひなぎくが、可憐なウェディングドレス姿へと変身を遂げた。
三人は愛のウェーブを高め、周囲の邪悪な気を浄化していく。しかし、このままの姿では雪山での戦闘や捜索には不向きである。三人はすぐさま、お色直しの呪文を唱えた。

「エンジェル・アムール・ピーチ！」

ももこのドレスが光に包まれ、真紅と白を基調とした活動的なファイターエンジェルのコスチュームへと変化する。

「エンジェル・プレシャス・リリィ！」

ゆりのドレスが、青と白の清楚かつ凛々しい戦闘服へと変わる。

「エンジェル・クラージュ・デイジー！」

ひなぎくのドレスが、黄色と緑のスポーティな戦闘服へと姿を変えた。

「愛天使！　ピーチ！　リリィ！　デイジー！　長らくお待たせ！」

三人の愛天使は、雪原の上に凛とした姿で降り立った。

「よし、手分けして探すわよ！」

ピーチの号令と共に、三人はそれぞれ別々の方向へと散開し、雪山深くへと足を踏み入れていった。

だが、その一部始終を、雪山の上方の崖から見下ろしている影があった。雪之丞である。

「ふふふ……なるほど。あの小娘どもが愛天使だったとはね」

雪之丞は、岩本ことペトラーが担任を受け持つ生徒たちが愛天使の正体であったことに驚きつつも、口元を三日月のように歪めて邪悪な笑みを浮かべた。

「ペトラー様にご報告するだけでも十分な手柄だが……ここで愛天使どもを始末し、そのたっぷりの愛のウェーブを頂戴すれば、麻呂の功績は計り知れないものになるわ」

雪之丞の目に、底知れぬ欲望の火が灯る。
都合の良いことに、愛天使たちは自ら戦力を分散させ、単独行動をとっている。一人ずつ確実に仕留めていくには、これ以上ない絶好のチャンスであった。

雪之丞は両手を高く掲げ、呪々しい妖術の詠唱を始めた。
彼女の指先から放たれたどす黒い『邪悪なウェーブ』が、周囲の空気を急激に冷やし、天候を強制的に捻じ曲げていく。
空は瞬く間に鉛色の厚い雲に覆われ、猛烈な風と共に、視界を真っ白に染め上げるほどの猛吹雪が巻き起こった。「さあ、たっぷりと絶望を味わうがいいわ……」
強烈な吹雪のノイズに自身の気配を紛れ込ませながら、雪之丞は白い闇の中へと姿を消した。

一方、突然の猛吹雪に見舞われた愛天使たちは、それぞれが雪山の中で完全に孤立し、足止めを余儀なくされていた。
並の自然現象による吹雪であれば、愛天使の力をもってすれば怯むことはない。しかし、この吹雪には雪之丞の放った高濃度の『邪悪なウェーブ』が込められており、彼女たちの体力と精神力をじわじわと削り取っていた。

「くっ、何だよこの吹雪……！　前が全然見えねぇ！」

デイジーは、腕で顔を庇いながら、猛烈な風雪に耐えつつ一歩一歩、雪を掻き分けるように歩みを進めていた。
露出の多いファイターエンジェルのコスチュームでは、邪悪な冷気が直接肌を刺し、体温を奪っていく。

「ピーチ！　リリィ！　どこだ！」

叫んでも、その声は風の音にかき消され、数メートル先にも届かない。
そんな中、吹雪の向こう側から、ぼんやりとした人影が近付いてくるのが見えた。

「……ピーチか！？」

デイジーが目を凝らすと、そこには赤いコスチュームに身を包んだピーチの姿があった。

「デイジー！　無事だったのね！」

ピーチは安堵したような声を上げ、デイジーの元へと駆け寄ってきた。

「ああ、なんとか無事だ。お前も無事でよかったぜ。それにしても酷い吹雪だな。悪魔の野郎、どこに隠れやがった」

デイジーは、目の前にいるピーチが雪之丞の化けた偽物であることに全く気付いていなかった。極限状態での仲間との合流が、彼女の警戒心を無意識のうちに解いてしまっていたのだ。

「私も全然見つけられないの。この吹雪じゃ視界も悪いし……ねえ、一緒に探しましょうよ」

偽ピーチは、デイジーの横に並び立ちながら提案した。

「そうだな。まずはリリィと合流しよう。あいつ、こういうの苦手だからな。ついて来い！」

デイジーは頼もしく頷くと、偽ピーチに背を向け、先陣を切って歩き出そうとした。その瞬間だった。

「ええ、ついていくわ……地獄の底までね！」

背後から、偽ピーチの両手がデイジーの背中を激しく突き飛ばした。

「うわあっ！？」

完全に無防備だったデイジーは、前のめりにバランスを崩し、凍りついた雪原の上を無様に転げ回った。

「ぐっ……ああっ……！」

硬い氷の塊に身体を打ち付け、デイジーは苦痛に顔を歪めてうずくまる。ダメージが大きく、すぐには立ち上がれない。

「な、何するんだよピーチ……！」

デイジーが痛みを堪えながら振り返ると、そこには冷酷な笑みを浮かべて見下ろす偽ピーチの姿があった。

「……お前、ピーチじゃないな！？」

デイジーが叫ぶと、偽ピーチの姿がドロドロと溶け崩れ、元の不気味な雪之丞の姿へと変わった。

「ご名答。でも、気付くのが遅かったわね、おバカさん」

雪之丞は、倒れ伏すデイジーを嘲笑うように見下ろした。

「てめぇ……よくも騙し討ちしやがったな！　許さねぇ！」

デイジーの瞳に、激しい怒りの炎が宿る。

「ふふふ、その怒り……待っていたわ！」

雪之丞は両手を広げ、デイジーに向けて妖しい光を放った。
雪之丞から放たれたどす黒い光の波が、デイジーの身体を包み込む。

「な、なんだこれは……！？」

お誘いウェーブは、デイジーの心の中にある「怒り」の感情に強制的に反応し、彼女の力の源である純粋な『愛のウェーブ』を、どす黒い『憎しみのウェーブ』へと反転させていく。

「ああっ……！　力が……抜けていく……！」

デイジーは必死に抵抗しようとするが、怒れば怒るほど、その感情は憎しみのウェーブへと変換され、雪之丞の元へと吸い上げられていく。

「素晴らしいわ！　なんて強烈な憎しみのウェーブ！　もっと、もっと怒りなさい！」

「やめろ……！　オレの……愛のウェーブが……！」

間接的に愛のウェーブを根こそぎ奪われ、デイジーの身体から急速に生気が失われていく。

「くそっ……ピーチ……リリィ……逃げ……ろ……」

最後に仲間たちの名を絞り出すように呟くと、デイジーの瞳から光が消え、その身体は雪原の上に力なく崩れ落ちた。

「ふふふ……まずは一人」

◆

その頃、リリィもまた、突然発生した猛吹雪に阻まれ、雪深い斜面で立ち往生を余儀なくされていた。

「なんて酷い吹雪……前が全く見えませんわ」

リリィは腕を組み、ガタガタと震えながら周囲を見渡した。
邪悪なウェーブを含んだ冷気が、彼女の体力を容赦なく奪っていく。見つからない敵、そして悪天候の中での孤独が、リリィの心にじわじわと不安と恐怖を募らせていた。

「ピーチ……デイジー……どこにいますの……」

心細さに押しつぶされそうになっていたその時、吹雪の向こうから、黄色いコスチュームを着た人影が近付いてくるのが見えた。

「……デイジー？」

リリィは警戒しつつも、その人影に声をかけた。

「リリィ！　よかった、無事だったか！」

現れたのは、デイジーだった。いや、正確には雪之丞が化けた偽デイジーである。

「デイジー！　ああ、よかった……一人でとても心細かったんですのよ」

極限の不安の中にいたリリィは、仲間の姿を見て心の底から安堵し、警戒心を完全に解いてしまった。

「オレも悪魔の野郎を探してるんだが、この吹雪じゃ全然見つからねぇ。一度ピーチと合流して、態勢を立て直そうぜ」

偽デイジーの提案に、リリィは深く頷いた。

「ええ、賛成ですわ。このままでは各個撃破されてしまうかもしれませんし」

「よし、オレが先導する。ついて来い！」

偽デイジーが背を向け、歩き出す。リリィもその後を追おうと一歩を踏み出した。
その瞬間、偽デイジーが振り返りざまに、リリィの胸ぐらを強く突き飛ばした。

「きゃああっ！？」

リリィの華奢な身体は宙を舞い、冷たい雪原に激しく叩きつけられた。

「うっ……ああっ……！」

気を失いこそしなかったものの、全身を打った衝撃と寒さで、リリィは雪の上に倒れ伏したまま動くことができない。

「デ、デイジー……？　何を……」

混乱するリリィの前に立つ偽デイジーは、リリィに見せつけるように、その姿をドロドロと溶かし、雪之丞の正体を現した。

「ふふふ……お上品なお嬢様には、少し乱暴すぎたかしら？」

「あ、あなた……雪之丞！」

リリィの瞳に、恐怖と、それを上回る激しい敵意が宿る。

「よくもデイジーの姿で……！　デイジーは、本物のデイジーは何処ですの！？」

激昂するリリィに対し、雪之丞は余裕の笑みを浮かべたまま、吹雪の向こう側をスッと指差した。

「お友達なら、あそこで大人しく待っているわよ」

雪之丞の意図をくむかのように、指差した方向の吹雪が一部分だけ、まるで幕が開くように弱まっていった。
白いノイズの向こう側に、何かの影が見え始める。
リリィは本能的に嫌な予感を感じ、心臓を早鐘のように打たせながら、その影に目を凝らした。
やがて吹雪が完全に晴れ、露になったその光景に、リリィは息を呑んだ。

「デ……デイジー……？」

そこにあったのは、ファイターエンジェルの姿のまま、分厚い氷に閉じ込められたデイジーの変わり果てた姿だった。その瞳は虚ろで、微塵の生命力も感じられない。

「ああ……あああっ……！」

リリィの口から、絶望の悲鳴が漏れる。

「ふふふ、綺麗な氷細工でしょう？　あなたもすぐにああしてあげるわ」

「許しませんわ……！　よくも、よくもデイジーを……！」

リリィの心は、親友を奪われた絶望と、雪之丞に対する激しい憎しみで満たされた。

「その顔、その感情……最高だわ！」

雪之丞は待っていましたとばかりに、お誘いウェーブを放った。どす黒い光がリリィを包み込む。

「ああっ……！　いやっ……！」

リリィの純粋な愛のウェーブが、彼女自身の憎しみの感情を媒介にして、どす黒いウェーブへと変質し、雪之丞へと吸い込まれていく。

「やめ……て……力が……」

リリィはなんとか立ち上がろうと雪を掴むが、抵抗する力はすでに残されていなかった。愛のウェーブを奪われる苦痛に、彼女の意識は急速に遠のいていく。

「ああああっ……！　ピーチ……ごめんなさい……っ」

最後に残された親友への謝罪を口にした瞬間、力尽きたリリィが崩れ落ち気を失ってしまった。

「ふふふ……これで二人。残るは、あの小娘一人ね」

雪之丞は、倒れているリリィを満足げに眺めると、最後の獲物を狩るべく、再び吹雪の中へと歩を進めた。

◆

最後の一人となったとは知らず、ピーチは猛吹雪の中を必死に歩き続けていた。

「雪之丞……どこにいるの……！　リリィ、デイジー、無事でいて……！」

寒さと疲労で足取りは重いが、仲間を想う気持ちが彼女を突き動かしていた。そこに、不意に後ろから声がした。

「ピーチ！」

振り返ると、青いコスチュームを着たリリィが立っていた。

「リリィ！　無事だったのね！」

ピーチは駆け寄ろうとしたが、偽リリィはそれを制するように手を出した。

「ピーチ、急いで！　デイジーが雪之丞を見つけて、今交戦中ですの！」

「えっ！？　本当！？」

「ええ！　早く合流して加勢しなくては！　ついてきて！」

偽リリィは焦った様子で背を向け、歩き出そうとする。しかし、ピーチはその場から動かなかった。

「……待って」

ピーチの脳裏に、先ほどのゲレンデでの出来事がフラッシュバックした。ようすけに化けた雪之丞。あの時も、偽物は言葉巧みに自分たちを騙そうとした。
目の前にいるリリィは、本当に本物のリリィなのだろうか？

「どうしましたの、ピーチ？　早くしないとデイジーが！」

偽リリィが振り返り、急かすように言う。

「あなた……本当にリリィ？」

ピーチの真っ直ぐな視線に、偽リリィは一瞬だけ表情を強張らせたが、すぐに心外だというように眉をひそめた。

「何を言っていますの？　わたくしが偽物だとでも言うんですの？」

「だって……雪之丞は姿を変える悪魔よ。疑いたくはないけど……」

ピーチが後ずさる。すると、偽リリィはため息をつき、呆れたように言った。

「冷静に考えてみてくださいな、ピーチ。もしわたくしが偽物なら、あなたが背中を見せた瞬間に、後ろから攻撃しているはずですわ。わざわざこんな風に話しかけて、あなた
を警戒させるような真似をすると思いますの？」

その理路整然とした言葉に、ピーチはハッとした。確かに、悪魔なら不意打ちを狙うはずだ。こんな風に正面から話しかけてくるのは、不自然かもしれない。

「……ごめんなさい、リリィ。私、疑い深くなってて……」

ピーチは申し訳なさそうに俯き、警戒を解いた。

「分かればいいんですのよ。さあ、急ぎましょう！」

偽リリィが微笑みかけ、再び背を向ける。

「うん！」

ピーチは疑ってしまった罪悪感から、急いで偽リリィの後を追おうと駈け出した。その瞬間。
偽リリィが振り返りざまに、ピーチの胸を両手で思い切り突き飛ばした。

「きゃああっ！？」

ピーチは宙を舞い、背中から雪原に激しく叩きつけられた。

「うっ……ああっ……！」

肺から空気が押し出され、ピーチは雪の上に倒れこんだまま、苦痛に顔を歪めてうずくまった。

「リ、リリィ……？　どうして……」

ピーチが顔を上げると、偽リリィがゆっくりと近付いてくる。その顔には、リリィが決して見せることのない、下劣で邪悪な笑みが浮かんでいた。

「……っ！　あんた、雪之丞ね！」

偽リリィが変化を解くより先に、ピーチはその正体に気付いた。

「あははははっ！　ご名答！　でも、気付くのが遅すぎたわね！」

雪之丞は高笑いしながら、元の不気味な姿へと戻っていった。

「くっ……騙したのね……！」

ピーチは痛む身体を必死に起こそうとするが、ダメージが大きく立ち上がれない。
次第に周囲の吹雪が晴れていき、視界が開けていく。

「アンタで最後よ、愛天使ウェディングピーチ」

雪之丞が見下ろすように言う。

「最後……？　どういうことよ！　リリィとデイジーはどうしたの！？」

ピーチが怒りを露わにして叫ぶと、雪之丞はニヤリと笑った。

「お仲間なら、ここにいるじゃない」

雪之丞がパチンと指を鳴らす。
すると、ピーチの目の前の雪原が突然ボコボコと盛り上がり、その中から二つの巨大な氷の塊が姿を現した。

「え……？」

ピーチは、その氷の塊の中にあるものを見て、絶句した。氷の中には、ファイターエンジェルの姿のまま凍りついた、リリィとデイジーの姿があった。
二人の瞳に光はなく、完全に事切れている。まるで、精巧に作られた悲しい彫像のように。

「リリィ……！　デイジー……！」

ピーチの喉から、悲痛な叫びが絞り出される。

「あははははっ！　いい顔ね！　その絶望に染まった顔、最高だわ！」

雪之丞は、ピーチの反応を見て腹を抱えて嘲笑した。

「許さない……絶対に許さないわよ、雪之丞ぉぉっ！！」

ピーチは逆上し、全身の痛みを忘れたかのように、ふらつきながらも立ち上がった。彼女の全身から、かつてないほどの激しい怒りのオーラが立ち昇る。

「ええ、その怒りよ！　アンタも仲間に入れてあげるわ！」

雪之丞は両手を突き出し、最大出力のお誘いウェーブをピーチに向けて放った。

「ああっ……！！」

どす黒い光がピーチを包み込む。
ピーチの心の中にある、仲間を奪われた激しい怒りと絶望が、お誘いウェーブによって強制的に『憎しみのウェーブ』へと変換されていく。

「力が……愛のウェーブが……吸い取られていく……！」

ピーチは胸を押さえ、雪の上に崩れ落ちた。
純粋な愛の力が、どす黒い憎しみへと変わり、自分の身体から抜け出していく感覚。それは、身を引き裂かれるような激しい苦痛だった。

「あははははっ！　素晴らしい！　なんて強大で、なんて美味しい憎しみのウェーブなの！」

じわじわと愛のウェーブを奪われ、雪の上でもがき苦しむピーチを、雪之丞は恍惚とした表情で眺めている。

「だめ……負けちゃ……だめなのに……」

ピーチは必死に意識を保とうとするが、抗う力はもう残されていなかった。
視界が徐々に暗闇に包まれていく中、ピーチの脳裏に、愛する者たちの笑顔が浮かんだ。

「リリィ……デイジー……」

そして、最後に浮かんだのは、いつも喧嘩ばかりしているけれど、誰よりも大切に想っている少年の顔だった。

「ようすけ……」

その名を微かに呟いたのを最後に、ピーチの瞳から完全に光が失われた。
彼女の身体は雪原に倒れ伏し、ピクリとも動かなくなった。

「あーっはっはっはっは！！」

猛吹雪が完全に止み、静寂を取り戻した白銀の雪原に、雪之丞の狂気に満ちた高笑いが響き渡る。

「やったわ！　ついに愛天使どもを全滅させてやった！　これほどの邪悪なウェーブを持ち帰れば、ペトラー様も、いや、悪魔界全体が私を称賛するに違いないわ！」

目論見通り、愛天使の打倒と膨大な愛のウェーブの簒奪に成功した雪之丞は、思わぬ大手柄に歓喜の声を上げた。


雲の隙間から冬の陽光が差し込み、雪原を再び眩く照らし出す。しかし、そこにあるのは平和なスキー場の風景ではない。
誰もいない静寂の雪原の中央に、三体の愛天使の氷像だけが、物言わぬ屍のように、ただ冷たく立ち尽くしているだけであった。
