地下道から獣人たちに運ばれた担架が出てくる。その上には腹部に血の滲む包帯を巻いた少女が乗っていた、人造勇者肆號フォルタ=アフィーツィアである。 「いい恰好だな!フォルタ! いつも冷静ぶってるお前がこのざまとはなぁ! 油断でもしちまったかぁ~」 目つきの悪い軍服姿の男がにやつきながらやって来る。フォルタの人造勇者の同僚でもある漆號レーベン=フィールである。 「わざわざつまらん嫌味を言いに来たのか。下種な男が…」 元々馬の合わない性格ではあるが、この男は何かとウザ絡みをしてきたりマウントを取ろうとしてきたりする。 もっとも普段はそんな言動を完全スルーするのであるが、今回は自分のミスで敵を取り逃がしただけでなく、搬送されるような手傷を負っている。 感情の起伏が乏しく見えるような彼女にもやらかしたという落ち度を感じていた。 「嫌味じゃないさぁ~。心配だから『わざわざ』見に来たんだよ。何せ可愛い『部下』が敵に腹刺されたっていうんだからよぉ」 「今はもう存在しない組織の階級で下らないマウント取りのつもりか。それを言うなら私の方が先輩だぞ」 「へっ!それこそ無くなっちまった組織の入った順なんて意味ねぇだろ。大体俺の方が年上なんだから、ちゃんと『さん』付けで呼ぶんだな」 「まぁいいや。これからまた穴の中潜ってアイツらを取っ捕まえに行くからよぉ。『部下』の尻ぬぐいってのも上官の仕事だからつらいけど仕方ねぇな!」 肆號は舌打ちをしながら吐き捨てるように言う。 「私が倒せなかったような相手をお前が倒せるというのか? 返り討ちに逢ってくたばらないように気を付けるんだな」 漆號は笑いながら返す。 「そんな冗談がまだ言えるなら大したダメージじゃないようだな。俺が死ぬわけないだろ。100回だろうが1000回殺されようが、最期まで立っているのはこの俺だ」 「で、お前をやったのはあの中のどいつだ? 覆面被ったデカいやつの方か?」 漆號はミレーンとの交戦経験でその強さを知っているため、奴なら肆號を倒せるかもしれないという予感は抱いていた。しかしながら肆號の答えは違っていた。 「仮面を付けていたので詳細な人物像は不明だが。私と戦ったのはお前の言うデカい覆面男と一緒にいた恐らくではあるが少年の方だ…」 「マジかよ!お前あんな小僧にやられちゃったのかよ?!」 初見のパッと見はただの少年にしか見えない。しかし両腕に刃を生やし、4体の合成獣人を倒したのは彼である。油断はできねぇな…と漆號は心の中で肝に命ずるのであった。 言い合いをしていた漆號と肆號の背筋にゾワッとするような感覚が走る。そして二人の背後から声をかける者がある。 「仕事中デスよ…。ケンカは止めて下サイ…漆號に肆號…」 物の例えで棒人間という言葉がある。 通常その意味は絵心のない人間が丸と棒線だけで書いた人間の絵のことを差すのだが、彼ら二人の背後にいたのは手足の生えた木の棒に服を着せたビジュアルの文字通りの棒人間であった。 「なんだファルテか…、いきなり後ろから来るのはやめろよ。お前なんか妙な圧があるから姿見えないとビビるんだよ」 一見何かのオブジェか衣文かけのようにしか見えないが、彼女は人造勇者仇號ことファルテ准尉である。ミレーンたちの追跡任務の追加として呼ばれたのであった。 「面倒をかけて済まないファルテ…」 漆號に対する態度とは打って変わってしおらしくなる肆號である。 見た目が得体のしれない存在というのもあるが、彼女自身の人柄や実力自体が人造勇者たちの中では評価されているということなのであろう。 仇號は獣人たちに移動を即し、肆號は担架に運ばれて行った。 「じゃあそろそろ俺たちも穴倉の中にでも行くか。アイツらのせいで『犬』が全滅しちまったから、この中を探す方法が見つからねぇ…」 『犬』とは恐らく下水道の中をミレーンたちの臭いを辿って追跡してきた犬型獣人のことであろう。 「補充するにはまた『ガチャ』回さなきゃいけねぇけど『素材』がもうねぇんだよな。アイツらとっ捕まえたら絶対ブチ込んでやるからな!」 漆號のボヤキに答えるように仇號もこぼす。 「この中は臭いし暑いから行きたくナイ…」 仇號の不満を耳にした漆號はそうだろ!とでも言いたげな笑顔を見せて提案を持ちかけた。 「実はな…ちょっといい作戦があるんだよ」    *   *   *   *   * 地下下水道の中を4つの人影が進む。まともに人間に見えるのはミレーンとライトの二人だけであるから、正確には二人と一体と一台とでも言えば良いのだろうか。 かなりの時間を歩いた気もするのだが、入り組んだ構造の上に周囲の位置関係がわからないために堂々巡りをしているようである…。 「臭いし暑いししんどい…。いいなぁ…スヮリさんは…」 ライトが不快な周囲環境に愚痴をこぼす。 そして一行のすぐ横を流れる水路の汚水の中をスヮリゲーターは、まるでプールで遊泳でもするかのようにはしゃぎながら泳いでいた。 「きついのは判るが人としてそれは止めておけ。あんな汚水の中に入れば赤痢かコレラか知らんが命に関わるぞ…」 「ところでこの辺はさっきも来たような気がするんだが、後どれぐらいかかるんだメトリ?」 目を閉じて機械の動作音を立てながら、メトリは何かの解析をしているようである。 「どうやら道に迷ったようだ。ここにはナビやGPSの電波は届かないから、どこかで方向を謝ったらしい」 「どうします?一度地上に上がりますか」 「人造勇者の一味、最初に戦った漆號やその手下たちが俺たちを捜索している可能性は捨てきれんからな…」 この先の方向性に一考をしていると、周囲に焦げ臭い匂いが漂い煙が広がり始めた。 「とりあえず煙の無い方向に向かいましょう!」 ライトがこの場からの避難を提案した。 主通路と横にぶつかる管路に入り進んでいく。抜けようとした先では炎が燃え立ち、軽い爆発のようなものも起きていた。 「仕方がない地上へ上がろう…」 危険ではあるが地下ルートからの退避を決めた。    *   *   *   *   * 煙が立ち上る蓋の開いたマンホールから10mほど離れた場所に、漆號と仇號が何かが来るのを今か今かと待ち構えていた。 彼らのいる場所から半径1kmほどのエリアでは地面からいくつも煙が上がってきている。 「どうよこの策!俺って頭良くね! 敵が地下に潜って隠れてるなら、燻り出しちまえばいいって寸法よ!」 漆號の提案した作戦とは地下下水道内で火を放ち、炎と煙で居られなくさせるというものであった。 もちろん遠くへ逃げて行く可能性もあるため多くの獣人たちを広範囲に散らばらせ、遠くから徐々に漆號たちの待つ出口へと追い込むように仕向けていた。 「知ってるか下水道ってのはな、メタンや硫化水素といった可燃性のガスが溜まりやすいんだ。そんな場所に火を放り込んだら即ボーン!ってわけよ。しばらく待って出て来なかったら焼け死んだか窒息死のどっちかってことで、明日獣人たちにでも捜索させればいい…」 (※下水道にはメタンや硫化水素は溜まりやすいが仮に爆発するレベルまで濃度が上がると、燃える燃えない以前に酸欠で中にいる人間は即お陀仏になるのだが、ここはファンタジーな創作物なので気にしないでもらいたい) 作戦が始まってから20分程経過すると煙の立ち上るマンホールの中から何かが出てくるのが見える。 それは二人と一体と一台のミレーン一行であった。 「や~っと出て来たか、散々待たせやがって。さーてこれからお仕置きタイムだ。何せ可愛い『部下』の仇を取らなきゃいけねぇからなぁ…」 待ち疲れがようやく終わり清々したのか、漆號は嬉々とした顔で挑発する。 「やはり罠だったか…」 ミレーンは周囲を見渡す。 敵は漆號の他に手足の生えた棒としか例えようのない物体が一つ、そして20体ほどの獣人たちが距離はあるものの一行を取り囲んでいた。 大がかりな策を行うために獣人も多めに動員していたためである。 「あれ?なんか獣人が増えてんぞ。ウチから逃げ出したってわけではないよな」 新たにミレーン一行に加わったスヮリゲーターを漆號は訝し気に見ている。 「よく見テ…首輪がないデスよ…」 仇號が漆號の抱いた疑問に答える。 首輪?棒人間がこぼした言葉が気になり、ミレーンは周囲の獣人たちを見回してみる。 確かにその首には黒い金属製と思われる首輪が嵌められていた。 そして観察を続けていると敵獣人には一つの違和感を感じた、それは知性の欠如である。 言葉を発しコミュニケーションも取れてパーソナリティも人間時代と変わらないであろうスヮリゲーターと違い。 敵獣人は唸り声しか上げられず本能的な暴力を振るうものの人造勇者たちには従う。そして時折何かに抵抗するかのように苦しんでいるようでもある。 もちろん個体差というのもあるだろうが、同じ天使像から作られた合成獣人がここまで差があるのは何らかの手が加えられているのは確実だ。 「ひょっとしてその首輪で獣人どもを操っているのか?」 「そうだよ、躾の道具ってやつだ。せっかく獣人になってパワーアップさせたのに反抗的だと収集がつかなくなるからな」 「何てことを…。反抗するってことは獣人になった連中は素直に従ったわけでもなさそうだな」 「正解だ。こいつらの素体はな粛清で処されるとこだった機関の開発者や技術者、バルロスで悪さをしようとした盗賊連中、ゴミ漁りに来た冒険者や住みつこうとした流民どもってとこだ。本来だったらブチ殺されるところを生き長らさせてお仕事もくれてやったんだぜ。まぁこっちも人手不足だからwin-winの関係ってやつだな」 「お前ら仲間をこんな姿にしたのか! 盗賊はともかく罪のない冒険者や流民の人まで!」 思うところがあったのか、ライトが俺たちの会話に割って入る。 「人の家に勝手に入って盗みをしたり住みつこうとするような泥棒どもは殺されても文句言えねぇんだよガキィ! それに仲間とか言ってるがコイツらは実験と称して俺らの体を好き勝手にいじくってきた連中だ。こいつはなぁ因果応報ってやつだよ憶えておけ」 「もういい…お前らと話す必要はなくなった。目の前から消えろ」 静かな物言いであるがライトは完全にキレている。 かつて邪竜教団による改造手術で異形の姿になり友を失いかけた彼からすれば、奴らは許されざる敵であり獣人たちには多少のシンパシーを感じるのであろう。 「そういえばフォルタをやったのはお前だったな。この甘ちゃん小僧に世の中の現実を教えてやるよ…」 漆號が剣を構えるよりも早く、ライトが奇襲を仕掛ける。これが戦いのゴングであった。 (続く)