前回なんて無いけど前回のあらすじよ、デビドラモン!ヴォーボモン!! バロッコ東部の港町で誠実の紋章と所持者のデジヴァイスを取り返した片桐達は、ひと屋の支援を受け中央に向けて侵攻を始めた南のファラオモン打倒を次の目標に決めたのよ。 そんな中、またバロッコとレイヤーが重なった上、妙な森で私達とはぐれた勇太の前に現れたのは林花英(イム・ファヨン)……いつぞやの偽姉!あいつも鮎川のいっしょに越谷出禁にしてやる! しかもよりによって家に誘いやがって!!デジタルワールド・バロッコは私の脳に優しくないから嫌いよ!!二度と来るかこんなデジタルワールド!! ……あらすじは終わりよデビドラモン、ヴォーボモン……勇太ぁ!!その偽姉は鮎川とは別方向で怪しいから惑わされんじゃないわよ!!? ──── 「ここがアタシ達の家。とにかく上がって」 鬱蒼とした森に似つかわぬ板張りの一軒家に、日野勇太は戸惑いながらも林花英に言われるがまま、足を踏み入れる。 玄関からすぐ、居間が見える。フローリングの床、ベージュのソファー、木目調のテーブル。視線を動かす度に見える光景は、まさしくどこかにありそうな一軒家そのものであった。 (でも何で、こんな森に……?) 戸惑いを強めた勇太は、双眼鏡を玄関の壁にかけ、開けっ放しの自室であろう部屋へと近づくファヨンに尋ねようと、視線を移した。 「ファヨンさん。この家にいつカラァ!?」 その瞬間、既に浅葱色のコートと白いブラウスをベッドへと投げていたファヨンが、普段からしているような動きで薄桃色の下着のホックを外し、同じように放り投げた。 予期せぬ物が見えてしまった勇太は、顔に湧き上がった熱を抑えて、顔を逸らす。直後に駆け寄ったギリードゥモンが、後ろから勇太の目を塞いだ。 「どうしたの勇ちゃん!?虫かなんか「あんたよファヨン!勇ちゃんも居るのにそこで脱ぐな!!」 それからすぐ、勇太の耳には後悔の叫びと慌ただしい足音が響いた。 「ミアンヘ!いつものクセでやっちゃった!!」 「その……見えてませんし……大丈夫です……」 ソファーに向かい合わせで座り、青い部屋着姿で両手を合わせて謝るファヨンに、勇太は彼女の背中越しに見えてしまった胸の膨らみを記憶から掻き消しながら、目を逸らし答えた。 「気をつけなよ勇ちゃん。こいつホント抜けたことするから」 呆れ声で湯呑みをテーブルに置いたギリードゥモンをに対し、ファヨンは睨みながら「シックロウォ」と吐き捨てた。 二人のやり取りとまだ消しきれない記憶で引き攣った表情のまま、勇太は湯呑みを覗くと、湯気立つ薄橙の液体の底に果実が見えた。 啜ると、熱と同時に柑橘や蜂蜜の味が口に広がり、勇太は自然と表情が緩むのを感じた。 「中々いいでしょ、勇ちゃん。私もファヨンの柚子茶は気に入ってる」 「うん……ちょっと落ち着いてきた」 ギリードゥモンが勇太に話しかけ、自分の柚子茶を一気に啜る。ファヨンもその様子に切れ長の目で微笑みながら、自分の湯呑みに口をつけた。 「ふぅ……あの、本当にありがとうございます、ファヨンさん」 「いいのよ。アタシはお姉ちゃんだから」 柚子茶を飲み干した勇太は、相も変わらず姉を自称するファヨンに、困りながらも硬く笑い返した。 「夜になったら危ないからさ。ここはまだ安全地帯だけど、勇ちゃんを無視できないよ」 ファヨンが眉を動かし、窓の外を見た。勇太もそれに続き夕焼けで燻る樹木と葉のくすんだ緑が続く森に目をやり、光とパートナー達の顔を瞬時に思い浮かべた。 「光、怪我してないかな……ヴォーボモンもデビドラモンも大丈夫かな」 勇太は呟いたと同時に、樹上から自分達を分断させた樹木のライフルや、どこから放たれたかも分からぬ矢の鈍い光沢を思い出し、背の冷えと薄っすらとした怒りの熱を、感じ始めた。 「光ちゃんには、デビドラモンとヴォーボモンがついてくれているんでしょ?大丈夫よ」 その様子にファヨンが、穏やかな声音で答えると、勇太からは一旦、熱と冷えが引いていく。 「分かってます。でも、やっぱり」 「不安だよね、でもさ」 声音を変えずファヨンが立ち上がり、勇太に近づき膝を曲げた。 それから目線を合わせ両手で肩を掴むと、勇太は窓の外に見える葉のような暗い緑の瞳と香水であろう花の香りに、心臓が大きく鳴ったのを感じた。 「光ちゃんとパートナー達を信じて。 明日からは、アタシ達も一緒に探すから」 「……良いんですか!?」 ファヨンの言葉に勇太は破顔し、喜びから声を高くした。 「森を抜けたいのは私達もよ、勇ちゃん。 この家見つけて結構経ったけど、三日くらい前から急に周りが森になってさ」 「ってことは、今まで森じゃ無かったの?」 「そうよ。外の肉畑とこいつの浪費癖で買い込んだ物資で、今は何とかなってるけどね」 ギリードゥモンがファヨンを咎めるように見ると、彼女は即座に顔を逸らした。 「アタシ達も森から抜けようとしてるけど……変な銃や弓矢で攻撃されるし、デジモンも攻撃的で中々……ね……」 「あの、俺も出来ることはします。デジヴァイスはあるので、やれることがあるんです」 「そっか。なら、まずはさ」 そう言って笑ったファヨンが立ち上がると、どこか軽く楽しげな足取りで、キッチンへと向かった。 「晩御飯の用意するから、待ってて」   ──── 「サンチュの代わりもシャリの実もある。ごま油も味噌もあるし……やる、か」 炊飯器のスイッチも押し、一通りの調味料も揃えたファヨンは、冷蔵庫から塊肉を出してまな板の上へ置くと、息を大きく吸う。 【あの時】から包丁を自然に持てず、肉を切るのも苦労するようになった。 唾を飲み込み、引き出しにある調理用のサバイバルナイフの柄を、ゆっくりと握る。 「……よし、出来る」 柄を掴んだ右手が小さく震え、生ぬるい湿りが拡がっていく。ファヨンはその不快感を抑え込みながら塊肉に刃を当て、厚めに切る。 切れた肉の弾力がナイフから右手へ、腕へ肩へと伝わる。やがて全身に右手と同じ湿り一瞬拡がり、ファヨンは微かに呻いた。 「っ……大、丈夫……」 切った肉をどけ、再び切る。また弾力が右手に伝わり、大丈夫と呟く。 切る、弾力を感じる。呟く。そう繰り返していくうち、右手の湿りは全身にも現れ始めた。 それでもファヨンは堪え、肉を切ろうと手を動かすと、ナイフをまな板に叩きつけてしまった。 その瞬間、右手から伝わっていた湿りが、へばりつくものに変わり始めた。 「オットカジ……(どうしよう……)」 それからしばらく肉が切れず、動けなくなった。 ファヨンの全身は右手からの湿りに包まれ、ナイフから指も剥がせない。 焦りと動揺で震える中でも手を動かし、たまたま肉が切れた。その瞬間、はっきり【あの時】を、両親を刺した感触が蘇った。 「オンマ……アッパ……」 蘇る悔恨からの震えと叫びたい衝動を堪え、ファヨンは荒い呼吸のままナイフを離すべく、力を抜こうと指を意識し、動かそうと藻掻く。 「あの、俺にも手伝わ……ファヨンさん!?どうしました!?」 「ファヨン、落ち着いて! くそっ!最近大丈夫だったから油断した!!」 足音すら聞こえないまま現れた勇太とギリードゥモンの声に、ファヨンは一瞬呼吸が落ち着き、ゆっくりと二人に顔を向けた。 「どう、したの……ごめん、もうちょっと待ってて……今日は……」 「ファヨン。まず深呼吸。それからゆっくり、ナイフ離して」 パートナーの言葉に従うも、指は接着剤で固められたように動かなかった。 「ご、めん……離、れ……」 「ファヨンさん。大丈夫。大丈夫ですから……」 「待ちなさい勇ちゃん。流石に危な……」 涙声となり、目も潤み始めた。そんなファヨンに向かい、勇太が大きく息を吸って唾を呑み込むと、ギリードゥモンの制止に構わずに歩み寄った。 「ごめ、勇ちゃん。離……」 「放っておけませんよそんな状態!」 そして勇太は言葉も聞かず、ファヨンの左手をゆっくりと握ると、全身に伝わる湿りが、少しずつ、乾き始めた。 「っ……俺の手をふり払って落ち着くなら、すぐそうしてください。突き飛ばしてもいいです。 とにかくまず、ギリードゥモンの言う通り……」 優しい表情を浮かべながらも、声音と橙の瞳には、恐れがあった。 それでも自分より30cm近く背の低い少年が、かつての愚行から生み出された後悔で震え、ナイフを握ったまま反射でどう動くかも分からない自分の手を、優しく握っている。 ふと、何かが肩と背中から落ちたように思えた。そして自然とファヨンの手からナイフが離れ、湿りも生暖かさも、消えていく。 噴き出していた汗の感覚を自覚したファヨンが、勇太に握られている左手を握り返し、惜しさを感じながら力を抜くと、勇太も優しく笑い、手を離した。 「あの、料理なら俺にも手伝わせてください」 「うん。ありがとう。勇太君」 それに返したファヨンの声音は、自分でも驚くほど自然なものであった。 ──── 油が鉄板で小さく泡立ち、跳ねる音と共に香ばしい匂いが部屋を満たす。 肉の旨味はそれだけで鼻と目を通じ、脳へと届き発された胃と舌の望みをファヨンは一度抑え、焼けた厚切り肉を葉物に包む。 そして一番に勇太の皿へと置くと、彼は喜んでタレをかけて箸で摘み、一噛みで表情を綻ばせた。 「うま……美味しいですよ、ファヨンさん」 「たくさんじゃないけどシャリの実もあるから、遠慮しないで食べてね?」 微笑んだファヨンの言葉に、勇太は一瞬考えた様子で天井を見た。そこにギリードゥモンも同じように肉と葉物を渡すと、彼はまた、もう一度同じように口に入れて表情をまた綻ばせた。 「光ちゃん見つけて森を出たら、また同じようにみんなで食べましょ、勇ちゃん」 「っ……!そう、だね!」 ギリードゥモンは言うと、自分の分を手づかみで口に運ぶ。勇太はその言葉に、この家に入ってから最も嬉しそうな笑みを見せ、ファヨンは胸中と左手に温かなものを感じながら、自分も肉と葉物を口に入れた。 「あ。アタシは勇太君みたいに優しくしないから。 光ちゃんにもきっちり葉物で巻いて、玉ねぎも乗せて食べてもらうから」 「あっ。そこは遠慮しなくてください。むしろお願いします」 勇太の即答にファヨンは笑うと、釣られてギリードゥモンが苦笑し、夕食の場はファヨンにとって何年ぶりかも分からない和気藹々とした雰囲気に包まれた。 「というかごめんね、勇太君。 アタシ、久しぶりにああなっちゃってさ」 「気にしないでください。俺も小さい頃に刃物で襲われたら、同じようなるかもしれません」 一旦手を止め顔を伏せたファヨンの言葉に、勇太は穏やかに返し、肉と共に椀に盛られたシャリの実を口にする。 真実は、口が引き裂かれても言いたくなかった。そのためについた嘘で、息が詰まる。目を合わせたギリードゥモンも「言わなくていい」とばかりに目を伏せ、頷いた。 「ここの所は大丈夫だったから油断したわ……ごめんなさいファヨン」 ギリードゥモンの謝罪に「気にしないで」と伝えると、勇太がコップの水を飲み干し、遠慮がちに口を開いた。 「あの、俺でいいなら……代わりに食事、作ってもいいですか?」 「ホント!?またカレー作ってくれる!?」 ファヨンが喉元まで昇った喜びを口に出すより先に食いついたギリードゥモンに、勇太は硬い笑みのまま僅か仰け反った。 「さっき出来ることはするって言いましたし…そういう意味でも……勿論、ずっとって訳じゃ……」 目線は逸らさずも不安げに話す勇太に、ファヨンは口から出そうとした喜びを笑みに変え、告げた。 「なら明日からお願い」 「……はい!」 一瞬だけ覚悟した様子を見せた勇太は、それでも明るく笑い返した。 ──── 片付けと換気を終え、入浴も済ませた。ファヨンは安堵と疲労からソファーで寝息を立てる勇太の髪に手を触れ「チョンマルクィヨプタ(本当に可愛い)」と呟くと、自身もソファーに腰掛けた。 「良かったわね。あの子が居て」 ギリードゥモンの言葉に、目を伏せる。その言葉で刃物を握った感覚が、右手にぼんやりと蘇る。 そして勇太が自分を落ち着かせるため、幼少の頃には優しく握ってくれた両親のような手を思い出し、右手の感覚は消え失せた。 「ま、いいわ。私も勇ちゃんはまぁまぁ気に入ってるから。またカレー作ってもらいましょ」 「いや、まぁまぁじゃないでしょあんたも」 ギリードゥモンは目線も返さず「うるさい」とだけ返し、缶の茶に手を付けた。 「ファラオモンの支援も兼ねて【作った】森に、まさかまた、勇ちゃんが来るなんてね。 で、どうするの?」 続いた問いに、ファヨンは自分のしたこと……ひと屋の一員として、全く意味のない行動に初めて気づき沈黙すると、ギリードゥモンもため息で返した。 「……オークションに出すにしても戻すにしても、決めなさいよ」 「いま迷ってるのよ……光ちゃんと合流させたいけど、返したくないって」 ため息を切っ掛けに不意に出たファヨンの答えに、ギリードゥモンは勢い良く振り向き、茶を握ったまま身動ぎもせず、沈黙する。 ファヨンもそこから続く気持ちと言葉が思い浮かばず、魔化すため、沈黙するパートナーに朗らかな笑みを向け直した。 「ベッドはアンタが使いなよギリードゥモン。 アタシはしばらく、ここで寝る」 「私もここで寝る。あんたが勇ちゃんに何するか分かったもんじゃないしね」 話を変えられても、ギリードゥモンは咎めなかった。だが返された言葉の意味が分からずファヨンは目を丸くすると、ギリードゥモンはため息をつき「要らない心配か」と呟いた。 ──── 翌日、見渡す限り樹木と葉の色だけの中、僅かな花と木々の隙間から差し込む陽光だけが彩りの森を、勇太は緊張したまま面持ちで土を踏みしめファヨン達と共に歩く。 その最中に吹いた風で擦れた茂みの音に、反射で目をやり、何も起きないことに安堵した勇太は茂みに意識は向けたまま、落ち着くために息を吐いた。 「そうそう。時々は肩の力を抜いてね、勇ちゃん。 人間もデジモンも、ずっと気を張れないものよ」 ライフルを携えて前を歩くギリードゥモンの言葉を聞き、勇太はデジヴァイスに触れた。 これがあるなら出来ることはある。そう考えると緊張は僅かに解れ、再び擦れた左の茂みに焦らず視線をやると、暗い緑の茂みの中に、はっきりと違う色が見えた。 「勇太君の左真横の茂み。その後、右手前の樹」 勇太が叫ぶ前に、ファヨンが淡々と告げる。ギリードゥモンは目も向けずにライフルの引き金を引くと、茂みから砕けた音と共に、茶褐色の木片が散らばった。 それからすぐ、ファヨンの指示した方向の暗い色の葉が生い茂る樹から、茶褐色の樹木のライフルが現れ、同じように砕かれた。 「ありがとう。俺、樹の上は気付けなかったよギリードゥモン」 「私だって伊達に完全体に進化したわけじゃないよ。勇ちゃん。 それに、ファヨンが見てくれてたのもあるしね」 勇太は自分の右隣を歩くファヨンに視線をやると、彼女は誇らしそうな笑みで返し、望遠鏡で周囲を見渡した。 「しばらく変な感じは無し……勿論、茂みとか葉の多い樹には注意はいるけど」 見渡し終えたファヨンが、近くの樹木に左手で持ったサバイバルナイフで自然な動きでバツ印をつける。その最中、勇太は予期せぬ、だが今の自分にとって唯一の頼みとなるファヨンのことを考えた。 知り合ったのは2週間近く前。あの時は妙に距離が近くなる抜けた人としか思わなかったが、今は良い人だとも思っている。 だが、根拠は無いが何かを隠しているとあの時から勇太は感じていた。 それが昨日知ったトラウマなのかもしれない。だが少なくともデジタルワールドに迷い込んだだけの人とは、未だに思えなかった。 (ファヨンさん、これまで何をしてた人なんだろ……) そこまで考えた勇太はまた葉が擦れる音を聞き取ると、100mは先の大木の枝葉の中からまたライフル銃が現れ、ギリードゥモンが即座に撃ち抜いた。 「この銃を操ってるデジモンが居るのかな……そもそも、倒せば解決できるか……?」 光達とはぐれる切っ掛けとなった銃の破片を勇太は渋面で一瞥し、歩こうとした。その瞬間、ファヨンが「上!」と叫び、勇太も即座に見上げた。 枝葉に隠れていたか、樹上に現れたシューシューモンが妙に緊張した顔で腹部のジッパーをあけると、大量のドングリを降り注がせた。 「シューシューモンなら爆弾っ……すぐに「なら俺が!」 上から迫る【ドングリボム】に対し妙に落ち着いていたファヨンの言葉も待たず勇太はデジヴァイスを握ると、足は0と1に覆われフェアリモンの脚へと作り替えられ、風音と共に足元の短い草が大きく揺れ、周辺が微かに音を立て、揺れた。 「勇太君なにその足!?この突風もそれ!?」 「ちょっと色々あって!でもこれなら!!」 迫る爆弾以上に驚くファヨンに構わず、勇太は彼女とギリードゥモンの手を掴み、風を自分の足底へと送り、後ろ足に力を溜めていく。 「勇ちゃん!?まさか飛ぶ気!?」 「飛ばないよギリードゥモン!安全そうな場所まで一気に行くだけ!」 「なんにせよ、お願い」 流石に戸惑いのあるギリードゥモンの声とは対象的に、驚いていたファヨンは妙に落ち着いて、勇太の手を握り返した。勇太は不安からのものとは違う感触のファヨンの手に戸惑いながら、足底に送った風を推進力として地を蹴り、吹き上がった土煙と共に一気に駆け抜けた。 「ふぅ……大丈夫ですか?ファヨンさん、ギリードゥモンも」 走り抜けた後、遠くで連鎖する爆発音に耳を向けながら、勇太は足に纏う風を止めファヨンとギリードゥモンに硬い笑みで話しかけた。 「無事よありがと……でも何それ勇ちゃん。フェアリモンの足?」 「まぁ、そうだね……今は俺がこういうこと出来るってことだけ、分かってくれればいいよ。 こうなった経緯の説明ちょっと困るし」 感心した様子のギリードゥモンに、勇太は困り顔のまま返し息を整えると、ファヨンが自分の足を何か考えている様子で見続けているのに気づき、戸惑い気味に視線を送った。 「あっ……いや、さ。アタシお姉ちゃんなのに、2回も……この前も含めたら3回もかな? 勇太君に助けられちゃったなって」 視線に気付いたファヨンはすぐに顔を上げ、苦笑を浮かべた。 「いえ!俺に出来ることなら、何回だって力になります!!」 勇太がそう笑って返すと、ファヨンの表情が一瞬消えたように見えたが、すぐ満面の笑みを浮かべ勇太の頭を強く撫で始めた。 「わっ!ファヨンさん、ちょっと何を……」 「そうやって誰にでも、懸命に出来ることしながら旅をし続けてきたんでしょ? 光ちゃんは君と一緒で良かったと思ってるはずよ。アタシはもう、そう思ってるし」 「ひ、光はそ、そんな…こと……思ってて、欲しいかな……なんて。 ……えっと、そろそろ、行きましょうよ!」 思わぬ言葉に、太は胸元からの熱が喉までせり上がり、ファヨンの手が頭から離れた瞬間、照れを誤魔化すように早足で歩き始めた。 「アムハンテド アン ジュルコヤ」 それからぼそりと、だが鋭く穿つような言葉が聞こえ振り向くと、ギリードゥモンに急かされながら歩き始めたファヨンが見え、勇太は彼女が余計なことでも言ったかと思い、意味も聞かずにまた歩み始めた。 ──── 「……さっきから似たような所ばっか……」 家を出てから、三時間は経っただろうか。襲撃は途絶え、これといった罠も今の所はない。だが延々と代わり映えもしない空間を歩む苛立ちと疲れからか、勇太は俯いてこぼした。 「嫌になるでしょ。こういう森なのよここ」 「それもだけどさ、ギリードゥモン。光達が森から出れたのかって、不安になってきて……」 「……勇太君、一旦休みましょ。アタシも流石に疲れてきた」 ファヨンの提案に、勇太は現状から噴き出した不安を堪えて頷き、一度周りの確認を行った。 樹木、枝葉、土。似たような色が続く森。襲撃は無くとも、風が一つ吹いて茂みが揺れるだけで反応してしまう現状に、勇太は気の滅入りからため息をつき「昼食べようかな……」と呟いた。 「こっちは大丈夫だよ。じゃ、勇太君が作ってくれた昼ご飯にしよっか」 「俺、そこまで期待されるような立派なものは作って……あれ?」 どこか子供のように楽しげ笑いシートを敷こうとするファヨンに、勇太は困り笑いを浮かべながら周辺を再確認すると、樹木にバツ印を見つけ、デジヴァイスを握りながら近づいた。 「あれ、この印ってさっきファヨンさんが……」 思い出したと同時に茂みや樹の枝葉が擦る音を鳴らしライフルが現れると、ギリードゥモンの放った銃弾により即座に破壊された。 「またか……勇ちゃん、大丈夫?」 「助かったよギリードゥモン……あのさ、これなんだけど」 ギリードゥモンに礼を言うと、勇太が改めてバツ印をつけた樹を指を差した。それから印を見たファヨンは目を眇め、望遠鏡も用いて周りを見渡した。 「戻ってきた……?この森、こんな事まで?」 「まさかゲームみたいに、特定の道順で進まなきゃ戻される……とかじゃないですよね……?」 勇太の例えに、ファヨンは今ひとつピンときていない様子で「そうかも」と頷き、微かでも違う所はないかと一向は周囲を見渡し始めた。 「光……これ、本当にまずいかも……」 自分の発想とファヨンの言葉が本当ならばと考え浮かんだ思いから、共に旅してきた少女の顔が鮮明に浮かぶ。勇太は真綿で締め付けられるような苦しさを感じ、嫌な汗が背に現れ始めた。 無事であって欲しいし、もし森から出れたなら、どこかで待っていて欲しい。そう口に出かけた思いは、突如左足に走った鋭い痛みに掻き消された。 「ぐっ……!?いま何が……」 「矢よ!いまギリードゥモンが撃ってきた奴を探ってる!!」 左足の灼けた痛みと血が垂れる感触に構わず、勇太は再びフェアリモンの足を装着すると、背後の木の根本に刺さった矢を一瞥し、足へ風を送り込む。 痛みはあるが動ける。また一旦離れるべきか。そう考えた瞬間、ギリードゥモンの発砲音の後、遠くから鈍色の光が見え、ファヨンへと風切音と共に迫りだした。 「っ……ファヨンさん、ごめんなさい!!」 勇太の反射的に右足の爪先へ風を集中させ、地面ごと蹴り抉って横殴りの突風を起こすと、ファヨンへ迫る矢を逸した。 「っ……ありがとう勇太君。また助けられたよ……」 突風を堪えたファヨンが自分から逸れ木に刺さった矢を硬い表情で一瞥すると、すぐにギリードゥモンに顔を向けた。 「ギリードゥモン!手応えあった!?」 「ない!とっくに離れたかも!!」 パートナーからの返答に、ファヨンは目線を落としてから小さく唸ると、勇太に苦い顔を向けた。 「勇太君、一旦離れましょう」 「はい、まだフェアリモンの足は使……え……?」 勇太が再び風を足に集め、ファヨン達へと近付こうとした瞬間、息苦しさと鉄塊を括り付けられたように重くなった体に耐えかね、膝をついた。 「勇ちゃんどうし……まさか毒矢!?」 矢が掠めた左足が、直接火を当てられているように痛み始めた。駆け寄ろうとするギリードゥモンから毒矢と聞いた瞬間、勇太は狭まる気道と全身の重みに刃を食いしばって耐えながら、頭を上げた。 「っ……だ、大丈夫だよギリードゥモン。治療ディスクならあ……ぐっ!」 勇太がデジヴァイスを操作し治療ディスクを取り出そうとした瞬間、視覚外から右手に叩き込まれた鈍い衝撃に耐えかね、デジヴァイスを手放した。 突然の痛みを呻きながら堪え、重い動きでデジヴァイスを拾い直そうと手を伸ばし、掴む。その瞬間、視界に映ったシールズドラモンが勇太の腹を蹴り飛ばし、デジヴァイスを拾い上げた。 「この……!返せ!!」 風の力で無理矢理立ち上がり、勇太がシールズドラモンへ接近を試みるも、シールズドラモンは嘲笑うように手近の樹上へと飛び、ギリードゥモンが放つ弾丸を軽々と回避しながら木から木へと飛び移り、去っていく。 「っ……ごめんなさいファヨンさん!デジヴァイスを取り返さないと俺、この足いずれ使えなく……」 「分かった!一応アタシも治療ディスクは一つだけ持って……っ!?」 薄緑色のデジヴァイスの操作を始めたファヨンの足に矢が掠め、彼女も膝をついた。 「ファヨン、さん」 勇太が名前を呼んだ瞬間、鈍化した時間の中で感情と現実が間欠泉のように頭の中で噴き出し、重みと息苦しさが抜けないまま、思考を始めた。 治療ディスクはファヨンさんの一つだけ。家に戻れば毒は治せる?ギリードゥモンは平気。 フェアリモンの足はまだ使える。奪われたデジヴァイスに治療ディスクはある。今からシールズドラモンに追いつけるか。取り返せるまでこの足が使えるのか、自信がない。 ファヨンさんも毒矢を受けた。そもそも矢を撃ってきた奴はどこだ。シールズドラモンに追いつくまで体が持つか怪しく思えてきた。そもそも、見つけられるのか? 最悪、ファヨンさんか自分が死んだら── 「ファヨンさん、ギリードゥモン」 体内外の苦しみや熱の中、現状の羅列だけでしか出せなかった答えに、勇太は歯噛みしながら再びファヨンとギリードゥモンの手を掴むと、地面を踏みしめながら告げた。 「家に戻ったら毒、何とか出来ますか?」 「……出来るよ。家にも治療ディスクがある」 ファヨンはやけに落ち着き払ったまま、勇太に治療ディスクを使用すると、勇太はまた一息に駆けた。 ──── 「……良かった。傷も毒も、何とかなる範疇で」 「というよりもまず、戻れて良かったですよ……」 無我夢中で駆け、家まで辿りついた。ファヨンが家に残していた治療ディスクを用いて自身の解毒を行うと、ソファーに力が抜けたように腰掛けた。 ギリードゥモンも彼女に続くと、勇太も息を吐いてから同じように腰掛け、考え始めた。 デジヴァイスを奪われ、最悪は自分かファヨンが死ぬかもしれなかった。想像を超えた森の異様さを思い返すと、塞がった矢傷がまた熱を持ち、後悔と森の気味悪さに、臓器を鷲掴みにされる心地がした。 (最悪は避けたけど……ここならどうすれば……) 勇太はただ歯噛みし、沈黙が家を支配し始めた。 「勇太君。ごめん……アタシが」 「いいんです。ファヨンさん」 沈黙を破り俯いたまま話すファヨンに、勇太は必死で笑みを作っね答えた。 「俺もえっと……ファヨンさんが倒れたらまずいから……その……自分のために動いたのもあるんです。 それに、元は」 「言わないの、勇ちゃん」 俺のせいです。と続きかけた所をギリードゥモンに制され、勇太は何も言えずにまた沈黙が流れるであろう空気となった。 それに構わずファヨンが立ち、勇太の目の前まで歩むと、膝を曲げて目線を合わせた。 「そう。勇太君のせいじゃない。むしろ、アタシ達も助けられた側だから」 そう言ってあくまで微笑みながらファヨンが両肩を掴むと、勇太は思わず目を逸らし、何か言おうと必死に言葉を探り始めた。 「えーと……ファヨンさん、その……えーと……」 何も、出てこない。それでも何かを言おうと、目をファヨンに向き直したまま、喉を震わせ続けた。 「……まだ、俺に出来ることがあったら言ってください。迷惑じゃなかったら……いや、何でもは出来ませんけど……」 結局、しどろもどろで無意味な言葉しか出なかった。それでもまだ自分の肩から手を離さないファヨンに引け目に感じながら、暗い緑の瞳から目だけは逸らさず、勇太は只々、思いついた先から続けようとした。 「あの、本当に迷惑じゃなかったらです……確かに俺、デジヴァイスが無かったら何も……わっ!?」 話の途中で、ファヨンは何も言わずに勇太を抱きしめた。 「勿論だよ。アタシはお姉ちゃんだから。 君の力になってあげる」 柔らかな感触と漂った花の香りに、勇太の顔が一気に熱を持った。 しかし、ファヨンが背中に回した手の、どこか自分を引きずり込もうとする力と、香水であろう花の香りの中に混じる微かな血の匂いに、勇太の熱は、少しずつ理性で引き始めた。 ──── 「えっ……こんな所に森?」 遥か先まで続く木々と茂みに篤人は目を眇め、デジヴァイスで地図を確認する。 石造りの街道が続くはずであったバロッコ中央から南部に至る道程は、地図上のものとは程遠い、石すらない鬱蒼とした森へと変貌していた。 「……何かあって出来た森だな」 ジャンクモンの言葉に篤人は頷き、空を見る。夕焼けが不気味に映る森を暗く照らし、吹いた風に揺れる枝葉や茂みの既に何かが潜んでいる雰囲気に、篤人は背中に一筋の汗を感じた。 「アツト。南に向かうにしても、いまここを通るのはやめない?」 「ソフィーさんの言う通りです。今日は、前の集落に戻りませんか?」 ソフィーと三幸の意見に、篤人は迷わず頷いた。 「森を通るか回り道するかは、戻ってから……」 「ん……何か……いや、誰か居るぞ」 その瞬間、何かを嗅ぎ取ったファングモンが身構え、一行も戦闘態勢を取ると、夕焼けで暗く映る森の中から黒い竜が2体と、黒い服を着た白髪の少女が現れた。 「鬼塚さんにデビドラモンにヴォーボモン……え?ヴォーボモン、だけ?」 「あっ!三幸と篤人に……その人も仲間?」 現れた少女とデジモン達、そして【もう一人】が不在の状況に篤人は驚き、彼女達の観察を始めた。 ヴォーボモンの鉱石の体の一部は欠け落ち、デビドラモンも翼ひ穴が穿たれ、その爪の一部も砕かれており、三幸が慌てて回復ディスクを手渡した。 少女、鬼塚光も黒い服の袖や肩口は微かに裂け、白い肌と白髪は土埃と微かな血で汚れている。篤人は彼女達の姿に、息を呑んで森を見た。 「Enchante。ワタシはソフィー・カンブルラン。彼はワタシのパートナーのミミックモン。 ……皆、アツト達の知り合いね?」 光達の様子から、微笑むことなく名乗ったソフィーを見て、光は全員を一瞥し、口を開いた。 「久しぶりね、三幸も片桐も。で、ソフィーは始めましてか。 私は鬼塚光。こいつはパートナーのデビドラモン」 「む。ならばそのヴォーボモンは?」 ミミックモンの問いに、光が表情を歪ませた。それを制するようにヴォーボモンが歩み出て、俯いたまま口を開いた。 「僕にも日野勇太ってパートナーが居るんだけど、森ではぐれちゃって……」 俯いて弱々しく話すヴォーボモンの前に、光が苛立った様子で大股で歩み出た。 「知らないうちにまたバロッコと重なったと思ったら、この森の中だったのよ! 何よここ!変な銃や弓が飛んでくるし!どこ歩いても、いつの間にかここに逆戻り!!」 光の苛立ち荒げ始めた声に、篤人は鞄から缶の茶を差し出すと、光は落ち着きを取り戻したか、息を吐いてから小声で礼を言い、プルタブを開けて飲み干した。 「そして、勇太君とその間にはぐれてから今までずっと探していた、と」 「うん。昨日からね、勇太がたくさん飛んできた弾丸から光を守ったら……その時に……」 光から飲み物を受け取り、一旦落ち着いた様子でデビドラモンが三幸の問いに答えると、光は抑えていた苛立ちを漏らしたように唸った。 「バカ勇太……デジヴァイスはあるにしても、今頃どこに……」 「繋がりは感じるから、森に居るのは確かなんだ。ただ、どこにいるかは……」 同じく飲み物を受け取り、声音を戻し始めたヴォーボモンの言葉に、篤人はまた夕焼けを見上げ、三幸達に振り向いた。  「ごめん二人とも。明日から森に入って、日野君を探す」 「勿論!見捨てられませんもの!」 篤人の言葉に三幸もソフィーも頷くと、光が一瞬、口元を緩めた。 「この森、かなり危ないし……何か、すごく強いのがいる。本当にいいの?」 「おう。こいつは止めても聞かねェぞ」 嬉しさと躊躇いが同居したデビドラモンの言葉にジャンクモンは誇らしげに話すと、篤人はすぐ光達へと向き直った。 「鬼塚さん。君と日野君には悪いけど、まずは整理と準備をして、明日」 「……礼は言うわ。でも、ちょっと待って」 光はそれだけ言うと森をにらみつけて大きく息を吸い、ありったけであろう声量で叫んだ 「二度とくるかデジタルワールド・バロッコ!! そしてさっさと森から出てこい勇太!!これで誰かに保護されてましたとかだったら!その場ではっ倒してやるからな!!!」 奥底に残った苛立ちや不満の全てを込めたであろう光の叫びで、篤人は額や背中に多量の汗を感じたまま後退った。 ──── 夜となり、ファヨンは勇太が眠ったことを確認すると物音を立てぬよう動き、家の外へ出る。 既にギリードゥモンが、ベンチにライフルを持ったまま腰掛けており、ファヨンも何も言わず、その隣へと座った。 「あんた、自分を撃たせるとか正気? ザミエールモンもシューシューモンも、気が気じゃなかったって言ってたわよ」 「でも上手くやったし、良い仕事だったわよ。 勿論、シールズドラモンも」 不服げなパートナーにファヨンは小声ながらも朗らかに返すと、ギリードゥモンは苦い顔をした。 「というかあんた。勇ちゃんどうするか決めた?」 「決めたわよ。誰にも渡さないって」 ファヨンは自分でも驚くほどに早く、そして淡々と出た言葉に目を見開き凝視するギリードゥモンに構わず、続けた。 「勇太君のデジヴァイスは部下にいじらせてバロッコからの離脱を不可にさせた。 これで元のデジタルワールドには戻れないはず」 「……で、その次は?」 「【管理室】のみんなにこの家をダークエリアに転送させる。時間はかかるけどね。 そうすればあの子、アタシから離れられないはず」 淡々と出続けるファヨンの執着に、ギリードゥモンは一度、目を伏せた。 「私もあの子は気に入ってるわよ。でも、あんたは入れ込みすぎじゃない?」 ファヨンが「分かってる」とまた即座に返すと、左手の温かさを薄っすらと思い返し、その手を掴みながら続けた。 「あの動ける意志の強さ、優しさと可愛げと懸命さ、全部一生、アタシが欲しい。 純真(わがまま)なのは百も承知。でもそのためには……何でも……」 それから思い出した様子で目を伏せしばらく沈黙すると、ファヨンはため息をつき溢した。 「光ちゃんは……殺せないかな……」 その後にすぐ、冷たく切り替わった声音で「それ以外に邪魔するやつは消す」と呟いた。