　白銀に染まった雪山。本来ならば息を呑むほどに美しいはずのその大自然のパノラマは、今や邪悪な妖気によって完全に支配され、凍てつく死の世界と化していた。

「出たでおじゃるわね愛天使！　あんたたちのウェーブも、丸ごと吸い取ってあげるわぁ！！」

　甲高く、それでいて底知れぬ悪意を孕んだ声が雪原に響き渡る。声の主は、悪魔族の刺客・雪之丞変化魔（ゆきのじょうへんげま）であった。
　つるりとした禿頭に、額と両頬に浮かぶ不気味な赤い紋様。平安貴族を思わせるような古風でゆったりとした狩衣風の装束に身を包みながらも、その背後には巨大な狐の尾が揺らめいている。細められた狐のような目は、獲物をいたぶることを心底楽しむかのように、嗜虐的な光を放っていた。

　彼と対峙するのは、愛と平和を守る使命を帯びた三人の少女たち――愛天使ウェディングピーチ、エンジェルリリィ、エンジェルデイジーである。
　彼女たちの身を包むのは、それぞれ赤、青、黄色を基調とした戦闘服（ファイター・エンジェル・フォーム）。華奢な少女の体躯でありながら、彼女たちの内からは、悪魔の冷気を力強く跳ね返すほどの熱く清らかな「愛のウェーブ」が立ち昇っていた。

「させるかー！」

　三人は一斉に勝気な声を張り上げる。彼女たちは強大な敵を前にしても一歩も引くことなく、先制攻撃を仕掛けようと同時に駆け出した。

「おーほっほっほっほ！」

　だが、目前に迫る愛天使たちを見ても、雪之丞は慌てる素振りすら見せない。両腕を大きく広げ、天を仰ぐようにして高笑いを上げる。
　その瞬間、彼の全身からどす黒い妖気が爆発的に噴き出した。バチバチと紫色の稲妻が空間を走り、雪之丞の周囲の空気が急激に歪んでいく。

「きゃあっ！？」 「な、何！？」

　直後、猛烈な吹雪が三人を襲った。ただの自然現象ではない。邪悪なウェーブが込められた、視界と体力を同時に奪う呪われた猛吹雪である。
　吹き荒れる雪の粒はまるで無数のガラス片のように鋭く、愛天使たちの柔らかな肌を容赦なく打ち据える。凄まじい風圧に煽られ、三人は前に進むどころか、その場に立っていることすら困難になってしまった。

「前が、全然見えない……！」

　ピーチは腕で顔を覆いながら、強風に耐えるように姿勢を低くした。隣にいるはずのデイジーやリリィの姿すら、分厚い雪のカーテンに遮られて見失ってしまう。轟々と唸る風の音が、互いの声すらも掻き消していった。

「前進あるのみーっ！」

　一方のデイジーは、持ち前のガッツで威勢のいい声を上げると、猛烈な風雪を押し切るように一歩、また一歩と力強く足を踏み出していた。視界は真っ白に染まり、どこに敵がいるのかもわからない。それでも目を凝らした彼女は、吹雪の中に微かに揺れる人影を見つけ、それに向かって一直線に突進する。
　相手を仕留めるべく、勢いよく腕を振りかぶった。

　しかし、人影が何者か視認できる距離まで近づいた瞬間、デイジーは目を疑った。目の前にいたのは、敵ではなく他でもない親友のピーチだったのだ。

「と、と、と……」

　慌てて足を踏ん張り、何とか打撃の寸前でピタリと止まるデイジー。

「何するのよデイジー？！」

　いきなり殴りかかってきたデイジーに対し、目の前のピーチは驚いたように声を上げた。

「悪い悪い……でも、何でピーチが？」

　敵に向かっていったはずなのに、なぜここでピーチと鉢合わせしたのか。戸惑うデイジーの背後から、不意に聞き覚えのある声が響いた。

「私が何だって？」

　その声に驚きながらも振り返るデイジー。そこには、吹雪の向こうから歩み寄ってくる、もう一人のピーチの姿があった。

「ピ、ピーチが……二人！？」

　デイジーは混乱の極みに達した。愛天使としての直感も、この猛吹雪と悪魔の妖気によって著しく鈍らされている。片方が悪魔の化けた偽物であることは明白だが、外見からは全く見分けがつかない。

「あっちは偽物よ！」

　後から現れたピーチが、先にいたピーチを指さして声を上げる。

「偽物って……？」

　パニックになったデイジーが、目の前のピーチに尋ねる。だが、彼女がそちらへ気を取られた隙を突いて、背後に回っていたもう一人のピーチが音もなく忍び寄っていた。その顔には、普段の心優しい彼女ならば絶対に見せるはずのない、冷酷で邪悪な笑みが浮かんでいる。

「うわあああっ！」

　放たれた強烈な一撃が、デイジーの無防備な背中を打ち据えた。凄まじい衝撃に身体を吹き飛ばされ、雪原を転がりながらデイジーは苦悶の声を上げた。

「デイジー！！」

　少し離れた場所で悲痛な叫びを聞きつけたピーチは、倒れた親友を助け起こすよりも先に、怒りに任せて背後へと向き直った。

「よくも……！　……えっ？！」

　ピーチの視線の先には、いつの間にかエンジェルリリィの姿をした者が立っていた。青い戦闘服、美しい栗色のロングヘア。だが、先ほどのデイジーの惨劇を目の当たりにした直後であり、ピーチは目の前にいるリリィを完全には信じ切ることができない。

「リリィ？　あなた……本物？」

「当たり前ですわ」

　リリィは優雅に微笑みながら答える。その仕草も、声のトーンも、ピーチがよく知るリリィそのものだった。

「そうよね……それじゃあ、悪魔は……」

　親友の言葉に、ピーチは張り詰めていた警戒心をわずかに緩めてしまった。それでも完全に疑いを拭い去ることはできず、納得のいかない表情で悪魔の気配を探ろうと、吹雪の中へと視線を巡らせる。
　だが、リリィから目を逸らしたのは致命的な隙だった。
　リリィはその一瞬を見逃さず、柔らかな微笑みをスッと消すと、鋭く両手を構えて無防備なピーチの背後へと音もなく忍び寄る。

「ここですわ！」 「きゃあああっ！」

　デイジーの時と同様に、放たれた強烈な一撃でピーチが悲鳴を上げて吹っ飛ばされる。為す術もなく宙を舞った彼女は、雪原に激しく叩きつけられた。

「ピーチ……デイジー……」

　一人吹雪に耐えていた本物のリリィは、風に混じって微かに聞こえた二人の悲鳴に、たまらない不安を募らせていた。
　どこから声がしたのかと目を凝らす彼女の視界に、分厚い雪のカーテンの向こうから近づいてくる一つの人影が映る。初めはぼんやりとしたシルエットでしかなかったが、風を突いて近づいてくるにつれ、その姿がはっきりと見えてきた。

「えっ！？　……私？」

　リリィは驚愕に目を見開き、思わず呆然と立ち尽くした。吹雪の中から現れたのは、自分と全く同じ青い戦闘服に身を包み、同じ顔をした「リリィ」だったからだ。鏡を見ているかのように瓜二つの存在を前に、彼女の思考が一瞬だけ白く染まる。
　そんなリリィの目の前で、もう一人のリリィは突如として満面の笑みを浮かべると、鋭く両手を構えた。

「お馬鹿さん！！」 「きゃあああっ！」

　放たれた強烈な一撃をまともに浴び、リリィは雪煙を巻き上げながら後方へと激しく吹っ飛ばされ、そのまま雪原に倒れ込んだ。

「ほほほほほ……」

　吹雪の中、倒れ伏すリリィを見下ろしながら、もう一人のリリィが薄笑いを浮かべて佇んでいる。
　やがて荒れ狂っていた猛吹雪が次第に収まっていくと、そのリリィの姿がぐにゃりと歪み、元の雪之丞変化魔の姿へと戻っていった。

「愛天使なんて言っても、所詮はこの程度の他愛ない小娘に過ぎないわぁ」

　雪之丞は嘲笑うように周囲を見渡す。そこには、ピーチ、デイジー、リリィの三人が、それぞれ雪原に散らばるように倒れていた。三人とも、親友の顔をした者からの非道な騙し討ちによって深く昏倒しており、ピクリとも動かず目を覚ます気配はない。

「さぁ、麻呂を憎めマロ」

　雪之丞は倒れている愛天使たちに向け、両手をかざして妖しい光を放った。
　それは「お誘いウェーブ」――相手の心に潜む怒りや憎しみの感情を強制的に増幅させ、清らかな愛のウェーブをドス黒い憎しみのウェーブへと変質させてしまう、悪魔族の秘儀である。

　先ほどの卑劣な騙し討ちによって、愛天使たちの心にはすでに強い怒りと疑念の感情が植え付けられていた。お誘いウェーブを浴びた三人は、気絶した無意識の状態でありながらもその感情を増幅させられ、身体から立ち昇る清らかな愛のウェーブが、次々と禍々しい憎しみのウェーブへと姿を変え、雪之丞のもとへと吸い上げられていく。

　かつて、愛天使の想い人に化けて心を揺さぶろうとした際には失敗に終わった雪之丞だったが、今回は見事に彼女たちの怒りを引き出し、作戦を成功させたのだ。今の愛天使たちは完全に気絶して無防備な状態であり、このおぞましいウェーブの簒奪を止める術を一切持っていなかった。

「おーほっほっほっほ！」

　憎き愛天使の撃破に加え、大量の憎しみのウェーブを手に入れるという大手柄に、雪之丞は狂喜の高笑いを雪山に響き渡らせた。

　　　　　＊　＊　＊

　同じ頃。
　吹雪が吹き荒れる愛天使たちの戦場とは打って変わり、穏やかな晴天が広がる雪山の別の場所を、一人の少年が歩いていた。丸い眼鏡をかけ、青と赤の防寒着に身を包んだ少年――雨野たくろうである。
　彼は愛天使たちの危機など知る由もなく、ごく普通にひなぎく（デイジー）の姿を探して雪道を進んでいた。「ちょっと行ってくる」と言ってどこかへ行ったきり、しばらく戻ってこない彼女のことが心配になり、一人で探しに出てきたのだ。

「ひなこたち……どこへ行ったんだろう……」

　ふと、たくろうは足を止めた。山の向こう側の空に、奇妙な淡いピンク色の光が三つの帯のように浮かび上がっているのに気づいたのだ。
　何だろうと不思議に思い、しばらく立ち止まってその光を眺めていたたくろうだったが、不意にその光がふっと途切れてしまう。

「消えた……？」

　たくろうは不思議そうに呟いた。光の正体が何なのか彼にはわからなかったが、どうにも気になってしまったたくろうは、ちょっと様子を見てみようと、雪を掻き分けながらあの光が消えた方へと急ぎ足で向かっていった。

　　　　　＊　＊　＊

　愛のウェーブの吸収を終えると、三人の身体から立ち昇っていた光は完全に失われていた。

「ほほほ……これほどの憎しみのウェーブが集められるとは」

　雪之丞は満足げに息を吐き、その手にある大きな瓶のようなものを見つめた。その中には、先ほど愛天使たちから搾り取った憎しみのウェーブがなみなみと詰まっている。

　彼の上司である悪魔族の幹部・ペトラーは力の大半を封印されており、大幅な弱体化を余儀なくされていた。彼が本来の強大な力を取り戻すためには、大量の憎しみのウェーブや邪悪なウェーブが必要不可欠なのである。
　当初、彼はそのエネルギーを集めるため、ペトラーが「岩本」という偽名で潜入している聖花園学園の生徒たちを標的にしていた。しかし、途中でその正体を見破られてしまい、逃走する途中で愛天使たちと遭遇し交戦となってしまったのだ。

　一時は予定になかった愛天使たちとの直接戦闘に慌てもした雪之丞だったが、いざ蓋を開けてみればこの通りである。厄介な愛天使たちの打倒に加え、ペトラー復活のための大量のエネルギー確保という、またとない大手柄となった。
　雪之丞は自らの輝かしい成果に頬を緩めながら、集めたエネルギーの詰まった瓶を、妖気を使って主であるペトラーの元へと転送した。

「さて、こやつらをどうしたものか」

　瓶を送り届けた雪之丞は、周囲を見回した。雪原には愛天使たちが未だ倒れたままであり、起き上がる気配はない。このまま放置して凍え死にさせるか、それとも確実なトドメを刺すか。彼女たちの始末を思案し始めた、その時だった。

「くそっ……よくもやってくれたな……！」

　不意に、微かな、しかし確かな闘志を宿した声が静まり返った雪原に響いた。
　見れば、エンジェルデイジーが凍てつく雪を力強く掴み、ふらつく足元に鞭打って必死に立ち上がろうとしていた。体中が痛みに軋み、限界を訴えているにもかかわらず、その瞳からは決して折れない強い光が放たれている。

「……これくらいで、負けるもんですか……！」 「もう……同じ手にはかかりませんわ……！」

　デイジーに呼応するように、ピーチとリリィも雪まみれになりながら立ち上がる。極限までウェーブを奪われた彼女たちの顔色は青白く、荒い息を吐きながら震える手足を必死に動かし、なんとか体勢を立て直していた。

「あらまぁ……」

　その様子を、雪之丞は驚いたような、それでいてどこか感心したような様子で見つめていた。しかし、それは彼の中に確固たる余裕があることの表れでもあった。
　先ほどのお誘いウェーブによって、雪之丞は愛天使たちが持つ清らかな愛のウェーブのかなりの量をドス黒い憎しみのウェーブに変換し、吸い上げることに成功している。途中で用意していた瓶がいっぱいになってしまったため、完全に吸い尽くすには至らなかったものの、あらかた奪い尽くしたという確かな手応えがあったのだ。
　普通ならば二度と立ち上がれないはずの絶望的な状況下で、なおも立ち上がってきた愛天使たちの執念に、純粋に感心した格好である。

「まだ立ち上がるだけのパワーは残っているようね」

　雪之丞は余裕の笑みを崩さず、まるで羽虫でも見るかのような冷ややかな視線を向ける。見たところ、三人の愛天使たちに残された愛のウェーブは風前の灯火のようにほんの僅かであり、到底まともに戦えるような状態ではないのは明白だった。

「そうならそうと、言ってくりゃりんせ」

　それでもなお懸命に抗い、立ち上がってくるというのならば引導を渡してやるまで。雪之丞は嗜虐的に目を細め、フラフラとした足取りで自分を睨みつける愛天使たちを見回した。

　先ほどの偽物戦法で雪之丞の周囲に散らばるように倒された愛天使たちだったが、怪我の功名か、そこから立ち上がった今は奇しくも彼を三角形に包囲する陣形になっていた。
　これならば、また吹雪による目くらましや偽物への変化をされてもすぐに対応できる――三人は互いに視線を交わし、決意を込めて頷き合う。
　だが、そんな愛天使たちの目論見など、雪之丞にはすべてお見通しであった。

「そぉーれっ！！」

　雪之丞が両手を大きく広げると、彼を中心にして強力な邪悪なウェーブが放たれる。その妖気は、波紋のように雪の表面を伝って四方八方へと広がっていった。

（今度こそ、騙されるもんですか……！）

　雪之丞の次の動きを注視して身構えるピーチ。しかし、一向に吹雪が起こる様子はなく、彼が何者かに変化する気配もない。

「……？」

　その時だった。不意に足に妙な冷たい感触を覚えたと同時に、足場がぐらりと揺れる。思わず視線を下に向けるピーチ。

「あぁっ！？」

　突如、足元の雪原がせり上がるようにして鋭い氷の結晶となって伸び上がり、ピーチの足先から足首のあたりが分厚い氷の中に閉じ込められたところが露になった。

「な、何だこりゃ！？」

　異変が起きていたのはピーチだけではない。自身の足元に広がる氷の拘束に、デイジーが驚愕する。

「足が……動きませんわ！」

　リリィも慌てて足を引き抜こうと藻掻くが、すでに完全に凍り付いた足はピクリとも動かず、悲鳴のような声を上げた。

　さらに凍結は足を凍らせただけに留まらず、まるで氷そのものが邪悪な意志を持っているかのように、じわじわと上へ向かって広がっていく。鋭い氷柱が絡みつくように伸び、愛天使たちの身動きを完全に封じ込めていく。

「あぁっ……大変！」

　なんとかこの悪魔の術を打ち破ろうと、ピーチは必死に身体をよじって力を振り絞る。しかし、先ほど愛のウェーブの大部分を奪われ、極限まで消耗しきった彼女たちには、分厚い氷を砕いて脱出するどころか、僅かに抗う術さえ残されていなかった。

「このままじゃ、氷のオブジェになっちまうぜ……！」

　デイジーが悔しげに唇を噛みしめる。無情にも氷は容赦なく彼女たちの腰の高さまで到達し、戦闘服ごと下半身をすっぽりと包み込んでしまった。骨の髄まで凍りつくような絶対零度の冷たさが、彼女たちの体温と意識を容赦なく奪っていく。

「はぁっ……ああぁっ……！」

　自らの華奢な肢体を這い上がるように凍結が広がり、ついに胸元にまで冷酷な氷が迫りつつあるリリィ。既に両腕まで分厚い氷の塊に覆い尽くされ、身じろぎ一つできなくなってしまった彼女には、もはや迫りくる氷の恐怖と寒さに怯えるように、小刻みに震えることしかできなかった。

「ほほほ……憎き愛天使たちがどうすることもできずに怯えている様はなかなか乙なものでおじゃるな」

　その様子を、雪之丞は何をするでもなく愉し気に眺めていた。
　邪悪なウェーブによって引き起こされたこの氷の拘束は、彼の意志一つで自由にコントロールすることができる。その気になれば、瞬く間に凍結を広げて愛天使たちを一瞬で氷漬けにすることも可能なのだが、雪之丞は敢えてそうはしなかった。
　愛のウェーブをあらかた奪われ、無力になった愛天使たちがもはや碌な抵抗もできないことは分かりきっている。ならば、迫りくる氷への恐怖を煽りながら彼女たちを弄び、最後までじわじわといたぶるほうが、彼にとっても愉しめると考えたからだ。

　一方の愛天使たちも、極限まで消耗した今の自分たちに、この状況を打破するだけの力が残されていないことは自ずと分かっていた。
　だが、頼みの綱であるリモーネは今は遠く離れた天使界におり、到底助けが間に合うとは思えない。もう一人の愛天使であるエンジェルサルビアも、今回のスキー旅行には来ていないのだ。
　いよいよ逆転の望みもなくなり、愛天使たちの間に絶望的な空気が漂い始めた、その時だった。

「あぁっ？！」

　不意に、雪に覆われた林の向こうから何者かが姿を現した。

「デイジー！」

　その正体は、ひなぎくの身を案じ、一人で広大な雪山を探索していたたくろうだった。
　荒い息を吐きながら顔を上げた彼の目に飛び込んできたのは、あまりにも凄惨で絶望的な光景だった。恐るべき悪魔族と交戦中の愛天使たち――しかし、たくろうが目にした彼女たちは、反撃どころか身動きすら取れず、今まさに下半身から這い上がる冷酷な氷に全身を包み込まれ、生きながら氷漬けにされようとしている惨状だったのだ。

「たくろう？」 「たくろうくん？！」

　絶体絶命の戦場には到底そぐわない、思いもよらない人物の登場に、デイジーとピーチが信じられないといった様子で驚きの声を上げる。

「デイジー！　今助ける！」

　幼馴染の危機を前に、たくろうは恐怖も自身の無力さも忘れ、弾かれたように雪を蹴って駆け寄ろうとする。しかし、デイジーは凍りつく体から最後の力を振り絞り、必死にこれを止めた。

「バカ野郎、来るなーっ！」

　ただの人間であるたくろうが飛び込んだところで、この悪夢のような状況をどうにかできるはずがないのは明白だ。それに何より、愛のウェーブを奪い尽くされて氷に囚われた今の自分たちでは、たくろうが悪魔に襲われたとしても、彼を庇ってやることすらできないのだ。

「そうよボウヤ、今いいところなんだから邪魔しちゃダメよぉ！」

　極上の娯楽を愉しんでいたところに現れたお邪魔虫とばかりに、雪之丞が鬱陶しそうに無造作に腕を振るう。その指先から、たくろうに向けて漆黒の邪悪なウェーブが放たれた。

「うわぁっ！」

　普通の人間であるたくろうに、悪魔の攻撃をかわす術などあろうはずもない。黒い衝撃波をまともに腹部に受けた彼は、くの字に折れ曲がりながら雪の斜面へと激しく吹き飛ばされる。

「たくろう！！」

　デイジーの悲痛な叫びが雪原に響き渡る。だが、彼に手を伸ばそうとした彼女の身体は、既に肩の高さまで分厚い氷に覆い尽くされていた。
　雪原に叩きつけられ、全身の痛みに顔を歪めながらも、たくろうは雪を力強く掴んで必死に立ち上がろうとする。だが、そんな彼に見せつけるかのように、雪之丞はあざ笑いながら凍結の速度を急激に速め、愛天使たちの首元から顔面へと、容赦なく氷を這い上がらせていく。

「ああ……あ……」

　ついに冷酷な氷が顔全体を覆い尽くし、完全に氷漬けとなった愛天使たちの瞳から、生気の光が完全に失われていく。
　助けに来たたくろうの身を最後まで案じ、叫びを上げていたデイジー。理不尽な拘束から何とか抜け出そうと、必死に抵抗を試みていたピーチ。迫りくる氷の恐怖に、怯えるように表情を強張らせていたリリィ。三人の愛天使たちはそれぞれの最期の表情を凍らせたまま、息を呑むほど美しい、しかし物言わぬ氷の彫像と化してしまったのだ。

　全てが凍りつき、死の静けさを取り戻した雪原に、己の無力さを呪うたくろうの嗚咽だけが微かに響く。

「ひなこぉぉぉーっ！！」

　堰を切ったように、心の底から絞り出すようなたくろうの絶叫が迸る。だが、愛する少女を喪った少年の悲痛な叫びは、誰に届くこともなく、ただ空しく白銀の雪山へと吸い込まれていくだけだった。

　愛天使の美しい氷像も完成し、残るは目の前に這いつくばるちっぽけな人間一人だけ。このまま放っておいてもどうすることもできずに絶望に暮れるだけだろう――完全な勝利を確信した雪之丞がそう考えた、その時だった。
　雪原に思いもよらない奇跡が起こった。

　たくろうの身に着けていた腕輪が、突如として眩い光を放ち始めたのだ。
　その腕輪は、かつて敵でありながらも彼と深く心を通わせ、散っていった悪魔族の戦士・イグニスの形見である。それが、愛する者を失ったたくろうの深い悲しみと純粋な想いに呼応するかのように激しく脈打ち、強烈なピンク色の光――極上の「愛のウェーブ」を放出したのである。

「な、何と！？」

　雪之丞は驚愕に目を見開き、思わず声を漏らした。無力なはずのただの人間から、にわかには信じがたいほどの強烈な愛のウェーブが放たれたからだ。

「うおおおおおっ！」

　悲しみと怒り、そして何よりデイジーへの強い愛を胸に、たくろうは自らの内と腕輪から溢れ出る圧倒的な愛のウェーブを、感情の赴くままに解き放つ。
　彼から真っ直ぐに伸びた強烈なピンク色の光の波は、氷漬けにされた三人の愛天使たちのもとへと瞬く間に届き、その冷え切った身体を温かく包み込んだ。

「ま、まさか……そんな……？！」

　雪之丞は信じられないものを見るように、よろめきながら後ずさった。ただの人間から、これほどまでに強大で純粋な愛のウェーブが放たれるなど、悪魔族の長い歴史と常識に照らし合わせても、絶対にあり得ない事象だったからだ。

　雪之丞が戦慄する目の前で、愛天使たちを閉じ込めていた絶対零度の氷が、嘘のようにみるみると溶け出していく。たくろうの放つ極上の愛のウェーブが、彼女たちの凍てついた身体を芯から温め、先ほど奪い尽くされたはずの力を急速に回復させていく。それと同時に、白蝋のように青ざめていた肌に、みるみる生気が戻っていく。

　氷の拘束から完全に解放され、デイジーの瞳に再び生きた光が宿り、ゆっくりと意識を取り戻した。

「これは……愛のウェーブ……？」

　自分が完全に氷漬けにされ、意識が闇に沈んだことまでは覚えているデイジーだったが、なぜ今生きてここに立っているのか、何が起こったのかすぐには理解できなかった。真っ先に気付いたのは、自らの体を優しく包み込んでいる、信じられないほど暖かく、強烈な愛のウェーブの存在だった。
　導かれるようにその光の元へと目を向けると、そこには、全身から愛のウェーブのオーラを立ち昇らせながら、穏やかな表情でデイジーを見つめるたくろうの姿があった。

「大丈夫だったかい、デイジー」 「たくろう……お前……？」

　意識を失っていたデイジーには、詳しい経緯などわからない。しかし、自分たちを絶望的な死の淵から救い出してくれたのが、他ならぬたくろうの放った愛のウェーブであるということだけは、言葉を交わさずともはっきりとわかった。彼の瞳に宿る真っ直ぐな優しさが、何よりもそれを物語っていた。

「たくろうくん！」 「凄いですわ！」

　デイジーと同じく氷から解放され、息を吹き返したピーチとリリィも、自分たちを絶望的な窮地から救ってくれたたくろうに対し、感嘆と心からの感謝の言葉を漏らした。

「よくも……やってくれたわねぇ！」

　十中八九手にしていたはずの勝利が突如として零れ落ち、雪之丞は激昂した。 忌々しい人間を排除すべく、再びたくろうに向けて漆黒の邪悪なウェーブを放つ。

「うわぁっ！」

　雪之丞の激情を表すかのように、先ほどよりもさらに激しく吹き飛ばされたたくろうが、雪原に倒れ伏す。

「たくろう！」

　デイジーの瞳に、かつてないほどの激しい怒りの炎が宿った。愛する者を傷つけられた怒り。それは、愛天使としての彼女の力を限界を超えて引き出した。

「許さねぇ……！」

　デイジーは胸元のペンダントを力強く握りしめ、天高く掲げた。

「愛のメモリアルキャンドル！」

　デイジーの叫びと共に、彼女の手に黄金に輝くステッキが出現する。ステッキの先端には、純白のデイジーの花があしらわれている。彼女の背後に、無数のキャンドルの幻影が浮かび上がり、聖なる炎が灯っていく。

「セント・トルネード・ドリーミング！」

　デイジーがステッキを力強く振り抜くと、燃え盛る黄金の光が巨大な竜巻となって巻き起こり、雪之丞へと真っ直ぐに襲い掛かった。

「ひぃっ！？」

　雪之丞は慌てて防御の姿勢をとるが、怒りに満ちたデイジーの一撃は彼の分厚い妖気を容易く切り裂き、その身体を大きく吹き飛ばした。

「今ですわ！」

　リリィが続く。彼女の耳元で輝くイヤリングから、青白い光の帯が放たれる。

「乙女の恥じらいヴェール！」

　リリィの手に、美しいバトン状の武器・セント・シュトラールが握られる。彼女は優雅に宙を舞いながら、バトンを大きく振りかざした。

「セント・シュトラール・スターダスト！」

　リリィのヴェールから、無数の星屑のような光弾が放たれる。それは美しい軌跡を描きながら、体勢を崩した雪之丞へと情け容赦なく降り注いだ。

「ぐわあああっ！」

　光弾の連撃を浴び、雪之丞は苦悶の声を上げて雪原に膝をつく。

「でも……まだまだよぉぉっ！」

　デイジーとリリィの必殺技をその身に受けながらも、怨念に塗れた雪之丞は、愛天使に向けて再び巨大な邪悪なウェーブを放つ。
　だが、ピーチが一歩前に出た。彼女の指先で、赤いルビーの指輪が眩く輝く。

「セント・クリスタル！」

　ピーチの手に、巨大な水晶玉を戴く聖なるステッキ・セント・クリスタルが顕現する。
　ピーチは迫り来る雪之丞の邪悪なウェーブをセント・クリスタルで全て吸収し、そこにさらに自身の愛のウェーブも限界まで注ぎ込む。

「ウェディング・結納返し！」 「セント・クリスタル・ラブ・フォー・ユー！！」

　ピーチの掛け声と共に、セント・クリスタルから圧倒的な光の奔流が放たれた。それはあらゆる邪気を浄化する巨大な光の渦となって、雪原を照らし出しながら雪之丞の体を完全に飲み込んだ。

「あ、あああああああっ！！」

　光の奔流の中で、雪之丞は断末魔の叫びを上げた。
　だが、それは死の苦しみではない。愛天使たちの放つ純粋な愛のウェーブが、彼の魂にこびりついた邪悪な妖気を洗い流し、浄化していく過程の叫びだった。

「姿形は変わっても……愛する心は変わらないのよ……！」

　光が収まると、雪之丞の身体から禍々しい悪魔の紋様が消え去り、その表情からは邪悪な気配が完全に抜け落ちていた。彼は穏やかな顔つきとなり、やがてキラキラと輝く光の粒子となって雪山の空へと溶けていった。

　戦いが終わった。 空を覆っていた分厚い雪雲が割れ、そこから暖かな陽光が雪原へと降り注ぐ。凍てついていた死の世界は、再び美しい大自然の姿を取り戻していた。

「たくろう！」

　デイジーは一直線にたくろうのもとへ駆け寄り、雪の上に倒れている彼を抱き起こした。

「ひなこ……無事、だったんだね……」

　たくろうは弱々しく微笑みながら、デイジーの顔を見つめた。

「バカ……無茶しやがって……」

　デイジーの目から、大粒の涙がこぼれ落ちる。それは戦士としてのエンジェルデイジーの涙ではなく、一人の少女、珠野ひなぎくとしての安堵の涙だった。彼女はたくろうの肩に顔を埋め、彼を強く抱きしめてその温もりを確かめた。
　ピーチとリリィも、そんな二人を優しく見守りながら、静かに微笑み合っていた。

　愛の力は、どんなに冷たい氷をも溶かし、どんなに深い絶望をも打ち砕く。 その真実を、彼女たちは今日、改めて心に刻み込んだのだった。
