【豆腐の日】 魔王城の廊下をタッパを手に、憂鬱な表情でトボトボと堕天使ライアが歩いている。 『ライアちゃ~ん!これ、ライアちゃんのご実家から頂いた豆腐だす。いぎなりうめぇだすよ』 と、忌まわしき故郷の幼馴染が、ライアの内心も知らずに、しかも公衆の面前で豆腐を届けてきたのだ。その時のライアの顔はきっとこの世の終わりのような顔をしていただろう。 「あんの馬鹿っ。こっちの苦労も知らないで、もう私の計画が滅茶苦茶よ!」 幻覚魔法を駆使してエリート大学を卒業した天使だと経歴を偽り、独学で猛勉強しながらコツコツと魔王軍で実績を上げてきたライアの努力は、一人の幼馴染の存在によっておじゃんになりかけていた(まだ破綻はしていない。きっと、たぶん。)。 「豆腐なんて、見るのも忌々しい…」 そもそもライアは豆腐屋の娘なんてポジションが嫌で故郷を飛び出した身。それがなぜこうやって実家の豆腐を手に魔王城を練り歩いているのか?『過去はバラバラにしてやっても石の下からミミズのようにはい出てくる』とはよく言ったものだ。 「でもまあ、豆腐に罪はないし…」 今夜は麻婆豆腐にでもするか。とため息を吐きながらライアは豆腐を揺らした。 【恋人の日】 旅の女性冒険者たちの女子会。和気藹々とした空間の中、ユーコの口にした話が皆の注目を集めた。 「ふ、ふへへへ…そういえば、明日は恋人の日なんですね」 「「「「「恋人の日?」」」」」 「ひい!ごめんなさい!」 周囲の思わぬ食いつきにユーコがビビった。ずかずかとハナコが前に進み出て平身低頭して詫びようとするユーコを押しとどめた。 「恋人の日ってなに?」 「え、えーと…」 まごまごしながら早口でユーコが説明を始める。 「ブラジ、いえ!なんべ、でもなく!とある国では女性の守護神で縁結びの神でもある聖アントニオの命日の前日を恋人の日っていうんですぅ…」 黙って聞いていたアル=コールとイザベラが、怪訝な顔をして顔を見合わせる。 「私、クリストからそんな聖人の話聞いたことない。アル=コールさんは?」 「うっぷっ…、私も、寡聞にして存じ上げません。そもそも何で命日の前日?」 「あ、あははは…どうもマイナーな雑ネタだったみたいですいませぇん…」 (こっちの世界の話です)とは言えず、青白い顔をしているユーコに助け舟出したのはハルナだった。 「まあ由来はそれぐらいにして……一体どんな日なのユーコお姉ちゃん?」 ホッとした顔をしながらユーコがハルナに答える。 「は、はい。贈り物をしあったり、フォトフォレーム、じゃなくて絵を贈ったり。他には…ぐへへ…」 ユーコが何とも嫌らしい笑みを浮かべる。その顔を見たジーニャは若干引いた。 「愛を確かめ合う行為をしたり、ですぅ…」 「ねぇギル。絵描いてあげよっか?」 「?なんだ急に…」 「な、なんでもいいでしょっ」 「スプドラート。これ、私の秘蔵の吟醸です。特別に…特別に……」 「…そんな震えるくらい惜しいなら無理して譲らなくていい…」 「ねえク、ク、クリスト。お互いの肖像画を二人で描いてみない?」 「それがイザベラ様の願いならこのクリスト、一世一代の絵を描いてみせましょう!」 「ジャック、これ」 「おわっ!なんだこれ?『雑学特集本』…?」 「詐欺師のアンタにはいい話のネタになると思って。感謝してよね!」「???お、おう」 「おいラーバル、ヤるぞ」 「まだ日も下がってないうちに!?」 【小さな親切運動スタートの日】 マジコモンはとある光景に目を釘付けになった。そこにはベンチに座る男の子の膝の怪我を治療するボルボレオの姿があった。 「よしっ。これでもう血は流れないであります」 「ありがとう!おじさんっ」 「お、おじ…」 男の子の擦り切れた個所の消毒をした後、薬草を使用したボルボレオベンチから離れると、男の子は元気よくお礼を言って立ち去った。手を振って見送っているボルボレオの背後にマジコモンが忍び寄る。 「おじさん、だって」 「おわぁ?!な、なんだマジコモンでありますか…」 慌てて振り向いたボルボレオが自分に声を掛けた人物がマジコモン出ある事を確認すると、胸を押さえてほっと息を吐いた。 無言で佇んでいたマジコモンが、ぼそりと「お人よし」と呟いた。 「はい?」 「だから、お人よし。あの程度の怪我に薬草使う必要あった?」 「ああ、なるほど」 冒険者にとって回復アイテムは貴重品である。持ち主が治癒魔法を使えないなら猶更。それをボルボレオは惜しげもなく男の子に使用した。 「ですが、怪我して泣いている市民を放っておくことはできないであります。それも子供を」 マジコモンが溜息を吐いた。なんというお人よしだろうか。 「そんなホイホイ回復アイテム使ってたら……いつか死ぬわよ」 「そのときは吾輩の運もそこまで、ということでありますなっ。はっはっはっ!」 「はぁ…」 マジコモンは頭を抱えながらベンチに座る。そんな彼女を慈しむような目でボルボレオが見下ろしている。 「──それに、小さな親切を、行う勇気、というのも大切であります」 「小さな、親切?」 大きく頷くとボルボレオがマジコモンの隣に座った。 「大変過酷な世界だからこそ、小さな不運を見逃さず手を差し伸べる勇気。それが大事なのであります」 「それって冒険者のすること?」 「冒険者だからこそ、であります。人を信じ、人を愛し、人に尽くす。それをわが身で示さなくて何が勇者か!」 握りこぶしを作り力説するボルボレオを相槌を打ちながらマジコモンは聞く。彼女は気づいてないだろう。自分が微かに微笑んでいることを。 「…ところで、一ついいですかな」 ギギギ…とボルボレオがマジコモンの方を向く。その顔には脂汗が滲んでいる。 「肩、貸してもらえませぬか。先程驚いた時に腰やってしまったようで」 「…それを、先に言いなさい!」 【献血の日】 ギルドの張り紙を見ながらイザベラとユイリアが話しているのを見かけた勇者ドアン・セスが、二人に何の話をしていたのか尋ねた。 「献血の呼びかけ、だって」 「ふーん?」 掲示板を見てみれば確かに「献血者募集中!」と、ナースの姿をしたシュティアイセ・アンマナインのイラスト付きのポスターが貼られている。 「私たちも参加しようかって話し合っていたところなの。ねっ」 「はい!こういう善行も勇者の使命だと思いますので」 イザベラの言葉に元気よく頷くユイリア。ドアンはそんな彼女たちを三白眼で見つめている。 「ドアンさんは、どう?」 「私か?やらん」 つれない態度で断るドアン。最も彼の返答は半ば予測していたのか、イザベラも苦笑するだけであっさりと引き下がった。 こういう無償の善行。それはドアンの最も忌避しているものであったから。 「残念。この献血に参加したらドーナツがお土産にもらえたのに」 「よし、参加しよう」 アッサリと前言を翻すドアンにユイリアは唖然とした顔を向ける。ドアンはポスターの要項を確認すると快活に笑いながら去っていった。 「事実上ただでドーナツをもらえるんだ。自分の血ぐらい安いもんさ!」 【家族送金の国際デー】 「はい…どうも、ありございございました」 丁重に礼を言ってシーフのフレイと傭兵アリシアは銀行を後にした。 今回の報酬の教会への送金が完了したことで、フレイは肩の荷が下りたような安堵感に包まれる。 隣りに立つアリシアの顔を見上げると、彼女もホッとした顔をしている。恐らく、フレイと同じ感覚を覚えているのだろう。 「いつまで、なのかな」 ぼそりと発したアリシアの言葉に、フレイは己の心に影が差すのを感じる。 「わからない、でも、十数年は確実かな…」 フレイの子供が成長して働けるようになれば、自分は解放されるかもしれない。だが、それは遠い先の話だ。アリシアも妹の事を考えているのか押し黙っている。 気まずい沈黙を、先に破ったのはアリシアだった。 「…よしっ!今日はリフレッシュにクラシックでも聞きに行こうか。フレイも行こ?」 「ええ!?でも、お金は…」 ニンマリと笑ってアリシアはポスターをフレイに渡した。 「大丈夫。これアマチュアコンサートで、入場料は無料なの」 「あっ…。じ、じゃあ、行こっかな…」 その後、慣れないコンサートに二人は見事に途中で熟睡し、苦笑いしながら会場を後にしたのであった。 【父の日】 『父上は、私の贈り物を受け取ってくれたか?』 その言葉に気の毒そうに侍従はエクレールに手に持っている者を差し出してきた。それは、何日も悩み抜いてエクレールが父のためにと、用意した贈り物だった。 『封も開けてくれなかった、か』 侍従に贈り物の処分を命じると、踵を返して足早にエクレールは去っていった。 「懐かしいことを思い出したよ、関超」 ソファに座り、手帳のカレンダーを眺めながすエクレールに、彼の隣に座っていた関超は無言で頷いた。 「全く、時が過ぎて少しは解消したと思ったが、まだ僕の心はあの国に囚われたままらしい」 自嘲を浮かべていたエクレールが、不安げな面持ちで関超に顔を向けた。 「僕は父上と違って子を愛せるだろうか?」 「なぜそのような疑問を抱きましたか?」 「…よく言われるだろ。愛された記憶のない子は、子育てに失敗しやすいって……。愛された記憶がないから、愛し方がわからないって」 「確かに、一般論としてそういう説もありますな」 長髭を撫でながら頷く関超に、エクレールの苦悩の色はより色濃くなった。関超は頭を押さえるエクレールの肩に手を置いた。 「ですが、エクレール殿の場合はそうはならないでしょう」 「なぜ、そう言える?」 三つあります、と関超は指を三本立てた。 「まず一つ。己がいい親になれるかという悩みは非常に健全なもの。恐れすぎるのも問題ですが、悩みを全く抱かない親というのも逆に不安でありますな」 「悩みを」 二本目の指を関超が折る。 「二つ目、エクレール殿は悪い例を、存分に学んだと捉えてみては如何?父上を反面教師として、同じ轍を踏まないと己を律するのです」 三つ目の指を関超が折った。 「三つ目。エクレール殿は一人ではありません。困ったときは我らに何時でも打ち明けてくだされ。今のように」 「うん…」 話し終え長髭触る関超に小さな声でエクレールが礼を言う。その時だった。 「産まれました。エクレールさん!赤ちゃんが産まれましたよ!母子ともに無事です!」 医師が分娩室が出てきて笑顔でエクレールに告げた。 関超が、呆然と腰を上げかけたまま固まっているエクレールの腰を叩いた。 「さ、父親初仕事ですぞエクレール殿。奥方にしっかりと褒めてあげなされ」 【カニの日】 魔王軍四天王、エビルソードとその配下のププールが無言で何かに夢中になっていた。強さの対価に捧げたのかという位コミュニケーション能力の低いエビルソードはともかく、普段多弁なププールまでもがなぜ無言なのかと言うと、それには理由があった。 「カニ、うめぇなあ…」 「………(こくり」 そう、二人は今カニ鍋真っ最中だった。 「カニ鍋は」 ふとエビルソードが話し出す。ぴくりとププールも動きが止まって彼の言葉の続きを待つ。 「美味いが、手が汚れるのが、困る」 「あー、確かに」 ププールも小鉢にカニを置くと、手をしげしげと眺める。エビルソードの言う通り、カニの身を夢中でほじくっていた手はカニのエキスでベトベトになってしまっていた。 「まあ、これも込みでカニ鍋の醍醐味ってやつじゃん?」 指をぺろりと舐めながらププールは主張すると、エビルソードもこくりと頷く。 「さて…カニも残り少なくなってきた」 「じゃあ、アレやるか?」 ニヤリと笑うとププールは席を立ち、暫くしてホカホカの白米の入ったお椀を持ってきた。 「締めはカニ雑炊だよな、やっぱ!」 【ボウリングの日】 「私、ボウリングっていまいち面白味がよくわからなくて」 「そ、そうか。まあ人それぞれ、だしな」 ボウリング玉を手にユイリアが言った言葉に、マーリンは苦笑するしかなかった。 浮かぬ顔をしながらユイリアがレーンの方に歩いていき、投球の姿勢に入る。 しっかりと利き腕側の足に重心を置き、膝と腰を軽く曲げてボールと頭が縦に並ぶように構える。ボウリング玉を両手で持ったまま、視線はまっすぐ前のスパットへ向ける。完璧なフォームである。 体の軸を全くぶれることなく、綺麗にスイングの姿勢に入ったユイリアは真っすぐにボールを投げると、その玉は"一度も床に触れることなく"ピンに一直線に飛んでいき、ピンをド派手に吹き飛ばした。 「ストラーイク…」 「むう、ボウリングってどこが面白いんでしょうか…」 憮然とした顔で戻ってきたユイリアを出迎えながら(そりゃ面白くねえよなあ)と、ちょっぴりマーリンはユイリアに同情した。 「あ、閃きました!ボウリング玉を何個か拝借して、戦闘時に敵に向かってボウリング玉を投げるというのはどうでしょうかマーリン!?」 「いい考えだが却下だ。ハンバーグが食えなくなりそうだ」 「むう…」 【不眠の日】 審判の勇者イザベルがベッドに腰かけ、寝室の窓から外の風景を眺めている。時計に目を移すと今は深夜2時らしい。物憂げにイザベルが時計から外の風景に視線を移したとき、ベッドで寝ていたボーリャックが体を起こすとイザベルに声を掛けた。 「眠れないのか?」 「…うん」 「そうか」とだけボーリャックは答えた。理由は尋ねない。彼も同じだからである。 「夢を見るのが怖い」 「そうだな」 己の意に添わぬ、イザベルに至っては、己の意すら存在しなかったとはいえ、二人の手は拭いきれないほど血で汚れ切っている。魔王モラレルを滅ぼした今も、その罪は二人を苛んでいた。 「そっちへ行っていいか?」 イザベルが頷くと、そっとボーリャックはイザベルの隣に腰かけ、イザベルの肩に手を回す。 ことん、とイザベルがボーリャックの肩に頭を乗せた。 「ボーリャックの手は、優しいね」 ボーリャックの手に自分の手を重ね、イザベルが小さな声で言った。 「イザベルの手は、暖かくて気持ちいいな」 イザベルの手を握りながら、ボーリャックが呟いた。 やがて、イザベルの口から小さな寝息が聞こえてくると、そっとボーリャックはイザベルをベッドに寝かせた。 【オリンピックの日】 「オリンピックとは、なんぞや?」 ユーコの口から出た聞きなれない単語に、ティアは首を傾げた。 「え、えへへ…4年に一度開催されるスポーツの祭典で、世界中の国が色んなスポーツで競い合う、どでかいイベントなんですぅ…」 「ほう」 レストロイカが感心したように頷くとテオクラシアと小声で何やら相談をしている。どうやら興が湧くらしい。 「面白いな、開催地はどこなのだ?」 「い、色んな国でこれまで行ってます。基本的に立候補制です…」 「スポーツの種目、とは?」 「か、格闘技から陸上、球技までなんでもありです…。あえて言うなら世界各地で行われてる種目、です…」 レストロイカとテオクラシアから次々に質問を浴びせられ、ドギマギしながら必死にユーコが答えた。 「…気に入った」 何度も感じ入ったように頷いていたティアが二人の王に大声で呼びかける。 「のうレス坊、テオっち!ワシらの世界でもそのオリンピック…?ってのできんかのう」 「……魔王軍の危機がある今は世論の理解を得られん可能性もある、が…」 慎重に答えながらも、レストロイカは含みを持たせた返答を返した。 「魔王軍の危機が去った時の平和を祝うイベント、として開催をぶちあげるのがいいかのう!」 満足げにティアが笑うとテオクラシアも相槌を打つ。 「各国に魔王軍崩壊後の連帯の機運を持たせるのに絶好のイベントになり得るな」 「…ダスタブのようなきな臭い国への楔を打つ場になりうるやもしれんな」 レストロイカがニヤリと笑った。 「レンハートに至急相談せんとのう!!あの国なら即乗ってくるじゃろ!」 「手に持つのが武器から、ラケットやボールの時代に代わったと民に知らしめる場にできれば」 「スケートやスキーもできるか?北国のスポーツも開けるのならサンク・マスグラードの民も諸手を挙げて喜ぶだろう」 「え、えへへ…私ちょっと席外しますね…」 「「「待った!」」」 どんどん話が進んでいくのを呆然と眺めていたユーコが離脱を試みるが、三人に大声で呼び止められた。 「ユーコ殿、もちっとワシらの打ち合わせに参加してもらえると有難いのじゃが!」 「開催式にはVIP待遇で呼ばせてもらうから」 「まあなんだ。減るものでもないし、な…」 引き攣った笑みを浮かべながら、オリンピックの話を迂闊に出した己の判断を呪うユーコだった。 【プリンの日】 「まあ、これは?」 「コーヒープリンと言う」 「牛乳を温め、砂糖とインスタントコーヒーをいれる。ボウルに卵を入れて混ぜ、先程の牛乳を少しずつ加えて混ぜる……。混ぜた液体を網に通してなめらかにしたら、器に液体を入れて蒸し器で中火1分、その後弱火で4~5分蒸す。その後冷やして出来上がり…簡単だろ?」 「まさかコーヒーをこのように利用するとは、驚きました」 「職場にコーヒーマニアがいましてね。その影響か色々覚えまして」 「"豪雨のバリスタ"でしたか?エビルソード軍の才女、として名の知られた猛将ですね」 「……」 「あら、甘くて美味しい。あの子が喜びそうですわ」 「…腕の立つ護衛を雇ってると聞きました」 「私には勿体ない、優秀な騎士です。甘い物に目がなく、過酷な過去を経て、なお信仰と正義心を忘れない強き人……貴方と同じように」 「なんのことだかわかりませんが、金貨とビタ銭を比べるような真似はよせ、とだけ言っておきます」 「…貴方もあの子と同じ、自分を許せず、どこまでも過酷な環境を追い彷徨う。…不器用な方ですね」 「…長話が過ぎた。情報交換といこうかヘルマリィ殿」 「…ええ、勇者ボーリャック」 「あ、そうでしたわ一つお節介を」 「はい?」 「女性とお話してるときに他の女性の影を匂わすのは感心しませんよ」 「…これは参りましたな…」 【プリンの日 おまけ】 サトーは今、温泉施設で珈琲風呂に入浴しながらしきりに頷いていた。思い返せば数週間前の事。 『コーヒーにサトーを淹れる。なんてな』 『なにバカバカしいこと言ってるんですか』 こちらをニヤニヤ見ながらコーヒー嗜むダテイワにサトーが呆れ顔でツッコミを入れてた時、ハルノが意外なことを言った。 『あ、でも本当にあるみたいだよ珈琲風呂って』 『なん…ですって…』 それから持ち前の調査力を発揮し、ウァリトヒロイ中の温泉施設を調べたところ…。 「まさか、本当に見つかるとは…」 ちゃぷりと浴槽に並々と満たされたコーヒーを掬いながらサトーは唸った。壁にかけられた説明文にサトーは視線を移す。 「血行障害、神経痛、肩凝り等健康に効能あり、か…ん?」 文章を読み進めると『美容効果』の効果が目に飛び込んできた。なぜか、ギャンの顔がサトーの脳裏に浮かんだ。 「な、なななななんでギャンさんは関係ないでしょ!」 己にツッコミをいれながらも、サトーは浴槽に深く腰を降ろした。 「…まあ、ギャンさんとの会話のネタにはなりますかね」 『ほんとにコーヒー風呂ってあるのか!?』と驚くギャンの顔が浮かび、一人笑うサトーだった。 【世界格闘技の日】 『レンハートは、ボクシングを国技とすることに決めた!俺の子供たちもプロボクサーとして大成させてみせるからお前も応援してくれよな!』 『ま、待ってください!プロレスはどうなるのですか!』 コージンの叫びに、ユーリンは冷ややかに答える。 『あれはショーだ。格闘技ではない』 『そ、そんなっ。父上、父上ー!』 ウィービングしながら去っていくユーリンをコージンは追いかけようとするが、一向に足は動かない。 肩を落とすコージンの背後から誰かが声を掛けてきた。振り返るとそこにはジャージ姿で、手に竹刀を持ったイザベルが、背後に聖騎士たちを従えて仁王立ちしていた。 『聖騎士たちを、総合のリングに上げようと思う。私は必ずや皆にチャンピオンベルトを捲かせてみせる!』 『なん…だと…』 なぜプロレスではないのかと、必死に問うコージンを憐みの目で見ながらイザベルが答える。 『正直、プロレスはリアリティが感じられなくてな。格闘技として見れん』 コージンは絶望しがくっと膝を付く。去っていく聖騎士たちの背に必死にコージンは叫んだ。 『待ってくれ!プロレスは…プロレスは最強なんだーー!!』 「はぁ…はぁ…!…夢か……」 【冷コーの日】 ハナコはキンキンに冷えたアイスコーヒーの満ちたグラスを手にすると、ストローを咥え勢いよく吸い込む。途端に口内に満ちるコーヒー独特の苦みにうぇぇ…と顔を顰めた。 「にっがぁ…」 給仕を呼んでケーキでも頼もうかと腰を上げかけては、腰を降ろすこと数回。ハナコがコーヒーに挑戦しているのには訳があった。 『コーヒーって何が美味しいのかしら。苦いだけじゃない』 ある日の夕飯後の休憩時のこと、コーヒーを啜っているギルを見たハナコが苦い顔をして言った言葉が切欠だった。それを聞いたギルがため息を吐いた。 『なによ』 『…いや、戦闘能力は高くても、舌はまだ子供だな』 『はぁぁぁぁ!!?』 その言葉を根に持つハナコは、コーヒーを克服しようとこの日喫茶店に突入した。ハナコにも幾度も修羅場を潜った一流の冒険者としてのプライドがある。 そしてなにより…。 (ギルに私を一人前のレディだと認めさせてやるんだから!) ギルに、自分を子供だと思われるのは、なぜか無性に悔しかった。 それでも、ブラックコーヒーはハナコの舌にはやはり苦い。シロップぐらいはいいかと席を立ったハナコの目に、店に入店したギルの姿が映った。 「あっギル!………え?」 笑顔でギルを呼ぼうとしたハナコの体が、ギルの後に続く美しい女性を見て硬直する。 慌てて座り直したハナコはギル達の方を注意深く眺める。幸いなことに二人に気づいた様子は見られない。 (あの人は…聖騎士、イザベル…) ギルと同じ、聖都の生き残りの聖騎士。何度かギルの口から名を聞いたことがある。とても強い、立派な人だと。 席に着いた二人はハナコに気づかず会話をしている。ギルの姿にハナコはハッとし、胸を締め付けられる。 ギルの顔に、微かにだが笑みが浮かんでいた。 ハナコは、ギルのまともな笑みを殆ど見たことがない。彼が笑う時といえば、己を蔑み傷つける自嘲か、敵への挑発的な笑みか。彼の自然な笑みを見るのがハナコの願いだった。 なぜか耐え切れない気持ちになりハナコはグラスを掴むと、一息にコーヒー飲み干し、急ぎ足でレジに向かう。気づかれないか不安だったが、目が合うのが怖くて振り返ることもできなかった。 急いで店を出たハナコがふと唾を飲みこむと、それまで夢中になってて気づかなかったコーヒーの苦みが再び口に広がる。 その苦みがお前は子供だと突きつけられたようで、ハナコの視界がじわりと滲んだ。 ******************** 【一年の折り返しの日・真ん中の日】 早いものでもう一年の半年が過ぎた。辛いことも、過酷なことも時の流れは時に優しく、時に無情に流し去っていく。そしてふとした瞬間に時の経過に気づき愕然とするのだ。 「どうしたの?アリシア」 「ううん?ただ、時が経つのは早いなって」 そんなことをつらつらと思いながらアリシアはフレイの髪を櫛でセットする。少し背が高くなったフレイの背中に姉心が芽生えそうになるのは、自分がお姉ちゃんだからか。 「そうだね…うん」 なにか考え込みながらフレイが頷くとアリシアの方を振り向いた。 「最初の頃なら、女の人に髪触らせるなんて絶対にしなかった」 ぎこちなくフレイは笑う。確かに女は恐怖の対象でしかなかったフレイにとってこれは大きな変化だろう。 「アリシアはどう?」 「私?」 アリシアは己を振り返るが、自分にフレイほどの変化があったかと言われると首を傾げざるを得ない。稼いだ賞金を妹の入院費として送金する日々は変わってない。既に体の成長は止まってるし、フレイとの関係だって、アリシアはお姉ちゃんだからこれは問題外だ。 「特にわかんないかな」 「ちぇー」 フレイの頭を撫でながらアリシアは笑う。さあ、今日も一日が始まる。 ******************** 【梨の日】 「ほう?今日は菓子が付くのか。フンッ豪勢だな」 午前の鍛錬を終え、汗を拭き終えたヤン・デホムがアジトに戻ると、先に戻っていた弟子のスパーデ・ディ・レンハートが昼食の支度を整えて待っていた。 「うむ、近場の市でタルト特売で売っていたのでな。買ってみたのだわが師ヤンよ」 スパーデが話しながら箱からタルトを取り出す。皿を並び終えたスパーデが笑いながら訊ねた。 「ヤンよ。何のタルトか口を付けずにわかるか?」 「梨だな」 即答するヤンに、流石は師、とスパーデが微笑んだ。 「7月4日だからわかりやすかったか」 「む……?」 なぜか、褒められた側のヤンが首を傾げた。その後数秒考え込んだ後「ああ」と納得したような声をあげた。 「そうか。そっちのほうがわかりやすかったか」 「ほ、他に何で判断したのだ師よ!?」 前のめりになって尋ねるスパーデに真顔のままヤンが答える。 「花だ。このタルトの入っていた箱、花の模様があるだろう。梨の花だそれは」 ヤンの言葉に慌ててスパーデはタルトの入っていた箱を手に持った。確かにタルトには花が一面に舞っている。だがこれが梨の花かはスパーデにはわからない。 「フッ、簡単なことだ。タルトに使われる果物は幾つかに限られる…。桃、梨、林檎、葡萄、無花果…」 フォークを教鞭のように振り上げながら解説していたヤンが、「次に」とタルトをフォークで指し示した。 「タルトの表面の果肉を見てみろ。中央から端まで果肉が届いている。ここまで大きいサイズの果物となると林檎か梨か桃…。だが林檎は普通皮を残すから、果肉だけのこのタルトだと可能性は低い。となると、桃か梨の二択。正直花だけだと林檎か梨か区別はつかなかったが……。ここまでの推測から梨と結論付けた」 「…感服しました。わが師よ」 感心したスパーデが深々と頭を下げた。無意識に言葉も丁寧な言葉使いになってしまっている。だが、不興気にヤンはスパーデを睨む。 「ここまでの推測、冒険者ならできて当然。これくらいの推察もできんようでは一人前の冒険者とは呼べん。心せよ」 「はっ」 話を終わりとばかりに料理に手を伸ばしかけると、スパーデが続いて質問をした。 「なら、梨の花言葉は知ってるか?ヤンよ」 「花言葉…?」 「知らん」、と短くヤンが返すと、「そうか」と小さく呟きスパーデがタルトにフォークを突き刺した。 (愛情だ、ヤンよ) 【セコムの日】 新聞を読んでいたヘルマリィが、突如イザベルを手招きした。イザベルが彼女の傍に歩み寄ると、新聞の広告欄の一点を指さした。 「警備の広告ですよ。なんと二刀流魔野球選手ビックバレーを載せてますよ」 「凄いお金かかったでしょうね」とヘルマリィは微笑むが、イザベルは苦い顔をして黙りこくっている。不審に思ったヘルマリィが理由を尋ねると、イザベルは思いがけないことを口にした。 「私では、やはり不足でしょうか?」 「…はい?なぜそうなるのです!」 思わずヘルマリィが大声を出した。常に冷静なヘルマリィが珍しく狼狽していた。 「これだけ派手な広告を出せるということは収益もいいということ。やはり個人よりも警備会社の方が、信頼面は…」 「あ…」 ヘルマリィは目頭を押さえた。確かに彼女の立場からすれば、胸がざわめくのは当然だった。己の浅慮を心中で深く恥じたヘルマリィは立ち上がると、イザベルに向き直った。 「いいですかイザベル。よく聞きなさい」 「…はい」 「確かに、企業の警備は信頼は高いです。それだけの実績を出してるのも確か」 ですがっ、とヘルマリィは声を張り上げた。 「私の護衛は、イザベル、貴女だけです」 【ビキニの日】 「海だーー!!」 回復術師ヒメ=ノハズダッタがまず一目散に駆けだした。続いてチャッテ=ナーンとユーコが砂浜に駆けていく。 三人の後を追いかけながらエクレールが抗議の声をあげた。 「僕一人に荷物持たせて自分たちは海に一目散かよ!」 「えー?それ相応の役得は与えてると思うんだけどなー?」 「そうそう、誰もいない貸切ビーチで、ビキニ姿の美女三人を独り占めにしてさ☆」 振り返ったチャッテが唇に指を当てながら笑うと、ヒメもぶりっ子ポーズ(死語)をエクレールに披露する。ヒメの言葉に褒められなれてないユーコがにたぁ、とした笑みをして悶えた。 「か、可愛い…えへへ…」 含み笑いしたチャッテがユーコの腕を引っ張るとヒメの左側に立たせ、自分は反対サイドに回るとポーズを見せながらエクレールに叫んだ。 「エクレールくん!私たちのビキニどう?」 「そうだな…」 荷物を砂浜に置きながらエクレールは三人を眺める。 まずは中央のヒメ。花柄の淡いピンク色の可愛いらしいビキニが、小柄なヒメに見事にあっている。 続いてチャッテ。クロスデザインの真紅のビキニが、スタイル抜群のチャッテの魅力を極限に引き出していた。 最後にユーコ。紫色単色のシンプルなビキニ。控えめな意匠がユーコの雰囲気にマッチしていて、二人と比べても見劣りしないと言えるものであった。 以上の感想をエクレールの述べると、アピールした三人の方が赤面した。特にユーコなんて顔が真っ赤になっていた。 「じゃ、じゃあさ☆。この中で彼女にするなら誰?」 目をキラキラさせて聞いてきたヒメに、ボソッとエクレールが答えた。 「誰も選ばない」 「「「……は?」」」 「考えてみてよ」 『この程度の基礎鍛錬にもへばってて良く冒険者を名乗れるな!3歳児のガキの方がまだ根性があるぞ!』 完全にイメージが鬼軍曹のヒメ。 『店でお客さん三人と○○したりとか□□したりしてた方がずっと楽だったよぉ!それに気持ちよかったし…うへへ』 聞きたくもない性体験交えて愚痴るチャッテ。 『おぇぇぇ!!もう帰るぅぅ!帰ってニートやる~~!』 ゲロと涙と鼻水と涎で顔ぐちゃぐちゃにしながら泣きじゃくるユーコ。 「仲間としてはともかく、恋人はちょっとねぇ」 自分の結論にうんうん頷くエクレールに、ゆらりと三人が近づいていく。 この後、砂浜に埋めたエクレールの頭でスイカ割り大会が開かれた。 【ピアノの日】 人里離れた山奥にある小さな一軒家。その中からピアノの曲が流れてくる。其の曲調はとても哀切な響きがあり、心あるものが聴けばきっと涙を漏らさずにはいられなかっただろう。 ピアノの演奏者、元・審判の勇者イザベルが演奏を終えた。物憂げな表情で楽譜を撫でていると、後ろから拍手の音が聞こえた。振り向かずとイザベルにはその拍手の音の主が誰かは分かった。この家の主、元・勇者ボーリャックだった。 「美しい曲だった。なんという曲だ?」 「【別れの曲】」 振り向かないまま短くイザベルが答えた。無断で聴いたことに気を悪くさせてしまったかと判断したボーリャックが詫びると、慌てて振り向いたイザベルが弁明しだした。 「違うの!少し物思いにふけってただけで…」 「…聞いてもいい話かな?」 暫しの逡巡のあと。イザベルが、手に握る楽譜に視線を落としながらゆっくりと話し出した。 「大した話ではないよ。この曲はピアノコンクールで賞を取った曲なの。お姉ちゃんすっごい喜んでくれて。…当事者の私よりも」 「そうか、確かに素晴らしい演奏だったしな」 ボーリャックの賛辞に、喜ぶどころか、なぜかムッとした顔でイザベルが顔をあげた。 「言っとくけどお姉ちゃんのほうが演奏は凄いんだからね。【きらきら星変奏曲】なんかプロ顔負けだったんだから」 「そうか、聴いてみたいな」 「……もう、聴けないけど」 哀し気にイザベルが俯く。「きっとイザベラも待っているさ」とボーリャックが慰めても静かに首を横に振った。 「会いにはいけない。合わす顔がない……貴方なら、この気持ちわかるよね」 「……すまん、そうだったな」 前言を詫び、ボーリャックがイザベルの肩に手を置いた。無言の空間が続き、先に口を開いたのはボーリャックだった。 「実は、クリストも演奏が好きでな」 「へえ、クリストさんが?どんな曲?」 露骨な話題転換だと気づきながらも、イザベルも話に乗った。 「【メヌエット ト長調】だ。魔王討伐の祝賀会で、何度も演奏してたよ。偽作と判明後の人気を保ってる所が琴線に触れたんだと」 「【メヌエット ト長調】か…。いい曲。お姉ちゃんと合うよ」 イザベルの顔に笑顔を浮かぶ。パンとボーリャックが手を叩いた。 「いい曲を聴かせてもらった礼だ。俺からも一曲弾こう」 ボーリャックがイザベルに代わってピアノ椅子に座った。暫し考えた後、【月の光】を弾き始めた。 【七夕】 (チャッテ編) 「天の川ってミルキーウェイって言うんだって。知ってる?」 「…いや、知らない。なんで」 エクレールの綺麗な金髪を撫でながらチャッテ=ナーンが聞くと、エクレールは暫し考えるが、諦めて首を横に振った。 「とある神話でね。天の川は赤子に父を与えようとして飛び散った女神さまの母乳なんだって」 自分の豊満な乳房を揉みながらチャッテが笑う。その卑猥な光景にエクレールが頬を赤らめて目を背けた。 「私の母乳を飛ばしてみたいとかエクレールくんは思う?」 「思わない」 エクレールの強い語気に、僅かにチャッテが息を飲む。 「赤子のために出来た大切な母乳を無駄にするのは好かない。それに母体の負担も気がかりだ」 エクレールの言葉にチャッテは頬を緩ませる。 「やっぱりエクレールくんは優しい子だね!」 「うわ!」 チャッテがエクレールに抱き着く。露になっている彼女の豊満な乳房にエクレールの顔が埋まり、胸の中でふごふご言ってるエクレールが可愛くて、チャッテは笑みを深くする。 このような関係は何時からだったろう。ヒメズブートキャンプの中で娼館で鍛えたコミュ力でエクレールと仲を縮めていき、彼女は彼の過去に触れてしまった。 『僕は父に愛されたことがない』と言うエクレールを前に、チャッテの中でとある感情が生まれ、気が付くとチャッテはエクレールの腕を掴んで己の胸に押し当てていた。 『悲しみを紛らわせる方法…知りたくない?』 今思えば踏み込み過ぎたとチャッテは思う。でも、彼女は、これ以上の殿方を元気づける方法を知らなかった。 「でも、その赤子は後に凄い英雄になったの。エクレール君はそれでも一考の余地ない?」 悪戯顔を浮かべるチャッテに、ようやく顔を脱出したエクレールが秀麗な顔でチャッテを見上げた。その強い意志の宿る瞳に一瞬チャッテの心が奪われた。 「てことは、チャッテが僕の女神様?」 「だめ、かな?」 軽口が過ぎたとチャッテに後悔の念がよぎる。元娼婦の己が女神など自惚れも甚だしい。 だが、エクレールは決意の籠った目でチャッテを見つめている。 「ありがとう。凄く嬉しい」 「でも、これだけは言わせてくれ。絶対に責任はとるから」 そのままエクレールに唇を奪われ、彼の甘い舌使いに脳を蕩かせながら、微かに残ったチャッテの理性が踏み込み過ぎたと警告を発するが、直後に襲ってきた快楽と歓喜の波にそれも流されていった。 (ユーコ編) ユーコは窓を開け、ベランダに出ると夜空を見上げる。視界に写る空は異世界の空とはかけ離れたものだった。 「やっぱり、こっちは暗いな」 部屋に戻るとユーコは本棚からゲームの設定資料集を取り出し、目当てのページを開くと、そこに載っている赤いマントを身に着けた金髪の少年のイラストを愛し気に撫でた。 艱難辛苦の末、現実世界に戻ることができたユーコ。多少はメンタルも強くなった彼女は、今は引きこもりを卒業し、バイトもしている。 でも、ユーコの心は、このゲームのとあるキャラクター奪われている。 「エクレールさん…」 ユーコと旅を共にし、元の世界に帰る瞬間まで一緒にいた少年。 「会いたい……エ、エクレールさんに会いたいよぉぉ……!グスッ」 ベッドに倒れこみ、資料集を抱きしめ、ユーコは涙を零した。その時、今日が七夕だったことにユーコは思い至る。 ノロノロと机に移動すると短冊を作り、”エクレールさんに会いたい”と書きかけてペンを止める。 思い返すのは別れ際の彼の一言。 『もうこっちにくるなよ。親悲しませるな』 一人頷くと、一気にユーコはペンを走らせた。 "エクレールさんが幸せに生きてますように" 【ナイスバディ―の日】 チャッテ=ナーンが試着室から出てくると、試着室の前で待っていたエクレールに披露した。 「エクレールくんっ。どう?」 「ど、どうって…」 感想を求められたエクレールが赤面した。黒いレースタイトスカートに白のブラウス。至ってシンプルな着こなしだが、その簡潔さゆえにチャッテ本人の美しさ、スタイルの良さが際立って伝わってきた。普段着けている不釣り合いな鎧を脱いだことも、印象に一役買ってるのかもしれない。 「ふっふーん。どうやら少年には効果は抜群だったみたいかなー?」 試着室から降りたチャッテがにやけながらエクレールの鼻をつつく。 「ば、馬鹿にするなよ。ハッタリ取れたら雑魚の癖に」 「ほー?言うねぇ」 チャッテがエクレールの頭に腕を回すと、自身の豊かなバストにグイッと引き寄せる。 「だったら格の違いを教えてほしいかなー?坊や」 「…容赦しないぞ」 チャッテがロックを解けば途端に離れたエクレールが赤い顔で睨み、その睨み顔の美しさにチャッテの背にゾクゾクしたものが走った。 「私はダークジェネラルを腹上死させた女だからね?エクレールくん」 「ッ!僕が、その男より上だということを今夜その体に教えてやる」 (おまけ) 「ところで…このブラウス、皺ついちゃったが、当然買うんだよな?」 「ゔっ」 「……まさか、考えてなかったのか?」 「あ、あははは………あの~~エクレール君、ちょっとお願いが…」 「僕は金は出さないから」 「そ、そこをなんとかっ、お願い一生のお願いだからエクレール君!」 「煩い!何度目の一生のお願いだ!」 「……く、ぅぅ…ひ、ひんっ、ぐすっ…ほんとうにお金ないの。ぐすっ…ううぅ……」 「…はぁ…今回だけだからな」 「やったぁ!さすがエクレール君!」 「(う、嘘泣き!)演技か!?だ、騙したなあ!」 「まぁまぁ、エクレール君。……ちゅっ♪」 「!?な、ななな公衆の面前でキスなど破廉恥な…!」 「ふふっ、今晩はい~っぱいサービスしてあげるからね♪」 【食器の日】 宿の洗い場で、せっせとエクレールが食器洗いをしている。この宿は値段は格安だが、食事は自分で用意しなければならない。『旅では無駄遣いは厳禁。できるならなるべく自炊』というヒメのありがたい教えは、卒業した後もしっかりと根付いていた。 チャッテ=ナーンはエクレールが、食後の食器洗いの光景を眺めるのを壁に寄りかかってしみじみと眺めている。その視線に気づいたエクレールが咎めるように彼女に理由を訊ねた。 「何が面白いんだよ」 「うーん?別に、というか、自分でもわかんない」 「なんだそれ」 会話の間も彼の手はせっせと食器を洗い続けている。熱心にエクレールを眺めていたチャッテが、ぽんと手を叩いた。 「そっか」 「なんだ?」 「別に」 (これが、家庭の光景か)とチャッテが自分の思念の正体に思い至り、チャッテは思わず苦笑いした。 己は元デリヘル嬢。性欲の解消を求めてくる男はわんさかいたが、ムードのためその場限りの愛の言葉を発しても、チャッテに家庭のイメージを持たせるに至る男は終ぞいなかった。それがまさかこんなとこで味わえるとは。しかもその人が一国の王子様とか。 「あーあ、人生ままならないな」 【ふくしま桃の日】 今日は待ちに待ったリャックボーによるアレンジコーヒーのお茶会の日。ワクワクしながら休憩室のドアを開いたバリスタは開口一番に叫んだ。 「今回も来てあげたわよ!」 「はは、走らなくてもコーヒーは逃げないさバリスタ」 背後に鬼を顕現させしオズワルドに(何度目かわからない)コーヒー制限令を宣告され、流石のエビルソード軍の猛将バリスタも真剣に取り組むことを誓わざるを得なかった。 涙目でジョッキに並々と入ったコーヒーをペロペロ舐めているバリスタを見かねたリャックボーは、彼女にある提案をした。 『もし改善できたら俺直々にコーヒーを淹れて慰労してやる』 「さ、召し上がれ」 かちゃりとコーヒーカップをテーブル椅子に座るバリスタの前に置くと、バリスタはカップを手に取り、まずは匂いを味わう。バリスタは直後、目を丸くした。 「果物の匂いがするわ」 慎重にカップを口に近づけ、ゆっくりと飲む。ほう、と一息ついたバリスタは感嘆した面持ちでリャックボーに顔を向けた。 「これ、桃が入ってるのね」 「そう!今回はフレーバーなコーヒーに挑戦してみた」 「斬新ね…でも、いい香り…」 頷きながらバリスタは珈琲に視線を戻す。もう一度珈琲を飲み、かちゃりとカップを置く。 「作り方を聞いても?」 「簡単だ、刻んだ桃をカップに入れる。その上からコーヒーを注ぐ。あとはお好みでハチミツや砂糖を加えれば出来上がり」 「………」 バリスタが無言でスプーンを手に取ってカップの中身をかき混ぜると、固い何かに当たった。救い上げてみればそれは果肉だった。 呆れて背後に立つリャックボーをバリスタが見上げると、愉快気にリャックボーが笑いだした。 それはまるで悪戯が成功した子供のようだった。 「おや?どうされましたかな。味に不満でも?」 「……いいえ」 ぶすっとした顔でバリスタは掬った果肉を口に放り入れた。咀嚼すれば桃の甘みと染みたコーヒーの苦みが口に広がり、思わずバリスタの頬が緩みかけ、慌てて表情を引き締める。 ふと気づくとニヤニヤしてリャックボーが自分を見ていることにバリスタは気づく。 まるで自身が満足していることを悟られてるようであり、気恥ずかしさを誤魔化すようにバリスタは再びカップを口に付けた。 【生命尊重の日】 深夜、暗い山中の道とすら呼べないけもの道を駆ける4人の姿があった。逃げる側はぼろきれのマントを羽織り、子供の手を引っ張り必死に山を駆ける。追う二人は刀を手に、無言で追跡する。 やがて、刀を持つ二人──ボーリャックと審判の勇者イザベルはゆっくりと歩みを進める。二人は抱き合って彼等の視線の先には崖際に追い込まれ震えるヘルメイノと、彼女を抱きしめ、必死な形相でボーリャックを睨むヘルノブレスの姿があった。 「リャックボー…!この裏切者め!」 「裏切者…?違うな。俺はスパイだった。いや、猶更悪いか」 薄く笑うとリャックボーは刀を握り直し一歩足を進める。殺気を感じ取ったヘルメイノが悲鳴をあげた。 「ッ!どうか。どうかこの子だけは見逃してくださいませ!それならわたくしはどうなってもかまいませんわ!」 だが、ボーリャックはその願いに静かに首を横に振った。 「…残念だが、それは聞けん。その子はお前の兄の忘れ形見…残しておけば魔王軍再興の神輿になる」 「ボーリャック…!」 イザベルが哀し気な目をボーリャックに向ける。それを無視してボーリャックが止めを刺すべく足を進める。 ヘルノブレスが信じられない行動に出た。なんと、ボーリャックたちに土下座をしたのだ。 「どうか…この子の命だけは……お願いですわ。私はどうなってもいい。この子の、ヘルメイノだけは…!」 「お前は、あの四天王、ヘルノブレスだろう!そのようにして乞うのか」 「ヘルお姉ちゃん!」 ヘルメイノが土下座するヘルノブレスにしがみついた。その姿にイザベルが過去の己の家族を幻視した。母に抱き着く姉の姿。己の手で消し去った幸せな日々。 気づいたらイザベルがボーリャックの前に躍り出て立ちはだかっていた。 ……何十秒たっただろうか。ため息を吐いてボーリャックが剣を鞘に納めて言い放った。 「二度と我らの前に顔をだすな。遠くの島国でも渡りそこで静かに生き、静かに死ね」 「あ、ありがとうございます!」 応えることなくボーリャックは背を向ける。イザベルは二人に駆け寄ると、荷物から食料と路銀を出しヘルメイノに握らせた。 2人が去った後、ボーリャックがイザベルを振り返った。 「俺は、馬鹿だな。血に汚れ切る覚悟をしたのに」 「この選択が正しいかはわからない…。でもボーリャックが決心した時、心から私は安堵した」 【閻魔参り・閻魔賽日】 「おじゃましまーす…」 恒例の様子見兼夕飯づくりでサトーがギャンの自宅を訪れた。出迎えたギャンの顔を見て、サトーが一寸驚いたような表情を浮かべる。 「どうしました?なんかアンニュイな顔してますよ」 「あ?ああ…そうだな…」 やはりおかしい、とサトーは自身の感触に確信を深めた。いつもなら軽口や憎まれ口の一つでも返すギャンが、今日は妙に静かだ。 「あ、あの…なにかありましたか?話、聞いても?」 サトーは台所で買い物袋を置くと、リビングに戻ってギャンに恐る恐る話を伺う。 わずかに、ギャンが思い悩むような顔をした。 「…いや、大したことじゃねえ。気にすんな」 「大したことないなら、なおさら言ってくださいよ」 サトーに圧に押され、リビングの椅子に二人が座ると渋々ギャンが理由を話し始めた。 「東の国で伝わる話なんだがよ。今日は閻魔参りって日なんだってよ」 「閻魔……?ああ!コトの地方で伝わる。死者を裁く裁判官ですね!」 「お、おお…よく知ってんな」 ギャンの反応に我に返ったサトーがカーッと赤面した。 「す、すいません…つい知ってる知識が出て」 「まあ、その閻魔だ。その閻魔参りってな。地獄の釜の蓋が開いて、地獄で罪人を罰する鬼っていう極卒や、亡者たちも苦しみから解放されて休日なんだってよ」 そこまで話すとギャンは遠い目をしながら窓の外に目を向けた。 「その中には、俺に手錠をかけられて死刑になった奴や、俺が弾いた奴もいるんだろうなって何となく、思ってよ……」 「ギャンさん…」 サトーの心配げな視線に気づいたギャンが苦笑した。 「別に悔いてるわけじゃねえよ。心配すんな」 「だがな」とギャンが天上を見上げる。その姿が、なんだか寂しいものにサトーは感じた。 「どうしようもねぇのもいたが、中には環境故に腐らざるを得なかったような奴もいた。もし地獄の刑期を務め終え生まれ変わったら、今度こそ道踏み外さないでくれって思ってな」 話し終えるとギャンが息を吐いた。食い入るように見つめるサトーの視線に気づき、気恥ずかしそうな笑みを浮かぶ。 「笑っちまうだろ?キャラじゃねえ「いいえ!」よ、な…?」 急にサトーが叫んだ。その目が、涙で潤んでいる。 「感じ入りました。ぜひ私も共に祈らせてください」 【かき氷の日】 「熱いのう…」 エゴブレインが汗をぬぐった。巨大な一つ目に拭いきれなかった汗が入り、エゴブレインは顔を顰める。 「この猛暑では冗談抜きで死につながります。人間の高齢者がバタバタ逝ってるらしいです」 アロハを着たエゴマッスルがサイドチェストを決めながら警告するが、その言葉がエゴブレインの癇に触れる。 「ワシを高齢者扱いするか!そもそも何でワシら砂浜にいるんじゃ!?」 「『ロリータが海行きたいって言っとるんじゃ!』って貴方がごねまくったからじゃないですか。ラボ中の反対を押し切って」 エゴマッスルの事実指摘罪にエゴブレインが硬直してると、エゴロリータが海水浴から戻ってきた。 「あれ?パパ、どうしてじーじは固まってるの?」 「ちょっと人生という道に迷ってるだけさ。ロリータ。海は楽しいか?」 「うん!」 それは良かったと、マッスルがロリータの頭を撫でた。 エゴボインが、かき氷機と氷を持って現れた。 「さ、皆さん暑いでしょう。かき氷でも食べて冷やしましょう。シロップは?」 「「「メロン!」」」 ですよね、とエゴボインがかき氷を作りながらクスクス笑う。今日もエゴファミリーは平和である。 【兄弟姉妹の絆の日】 魔王軍は崩壊した。魔王モラレルは戦士バニラの三段斬りの前に散った。 しかし、大陸の各地に魔王軍の残党が逃散し、世情も不安定な中、勇者の存在価値は未だ衰えていなかった。審判の勇者イザベルも、その一人である。 魔剣によって深い業を背負い剣士、イザベルは『お姉ちゃん達と一緒にいることは許されない』と、イザベラたちと袂を分かち、ソロで行動することを強く主張した。イザベラの精一杯の懇願も虚しく、頑なに首を振るイザベルにクリストが助け舟を出した。 『貴女と同じ苦しみを抱える不器用な勇者がおります。その人と共に行動したらどうでしょうか』 その人類こそ、聖都の勇者、ボーリャックだった。 難色を示すイザベラはクリストの説得に折れたが、せめてと一つの条件を出した。 『別れる前日の晩に、イザベルと一緒の部屋で寝たい』と。 「イザベル、そっち行っていい?」 宿屋の寝室のツインベッドに腰かけながらイザベラが就寝の姿勢に入っている妹のイザベルに問うた。暫し逡巡の後、イザベルが小さく「うん」と答えた。イザベラの顔に笑みが綻ぶ。 「おじゃま、します…」 「ん…」 遠慮がちにイザベラがベッドに体を入れる。 無言の空間が続く。そっと、イザベラがイザベルの背に触れた。 「苦労、してきたんだね。一人でずっと、誰にも言えず」 「…私の苦労なんて大したもんじゃない、よ。お姉ちゃん。私が」 「『殺した人の無念に比べたら』?」 イザベルがハッと息を飲んだ。 「貴女は魔剣に操られてた。そこに貴女の意思は存在する余地がなかった」 「私が弱かったから…!もしもっと心が強かったら!家族は今も生きていたっ!」 イザベラが、優しくイザベルの背を撫でる。姉の想いが背中からイザベルに伝わり、イザベルはギュッと瞼を瞑った。 正気を取り戻した日からイザベルは泣くことを禁じた。自己憐憫の涙など流す資格などないと。 「イザベルが、どれほど辛い思いをしてるかは、お姉ちゃんにはわかりきれないかもしれない…けど」 イザベラが、妹の背中にこつんと額を当てた。 「イザベルが辛い時は、たとえなんと思われようとも駆け付けるよ。だって、私は貴方のお姉ちゃんだから」 ビクッとイザベルの体が震え、やがて嗚咽の声がイザベルの口から洩れだす。彼女の涙が泣き止むまでの間、イザベラはずっとイザベルの背を優しく撫で続けた。 【プロレス記念日】 「今日はプロレスの日!見ろラーバル!!我が大胸筋も歓喜のビートを奏でている!!」 「うるせぇ!」 突如生えたリング上でスポットライトを浴びながら胸ピクさせ、マイクパフォーマンスするレンハートマンホーリーナイトに、ラーバルは心から叫んだ。 「ということでこれからプロレスの神に捧げるプロレスを行う!!」 「聞いてねぇよ!」 ラーバルのツッコミをスルーしたホーリーナイトは高らかに叫ぶ。 「青コーナー…レンハート王位継承者第一位、レンハートとサンク・マスグラード帝国の期待の星…ラーバル・ディ・レンハートォォォ!」 「えっ?なんか物凄い肩書ついてない俺!?」 ホーリーナイトの声と共にサンク・マスグラード帝国民が大歓声を挙げた。 「続いて、聖騎士ツートップの色男…強さも女心への鈍感さも一等級、聖盾のクリストォォォ!サーヴァイン・ヴァーズギルトォォ!」 「帰りたい…」 「悪夢だ…」 マイナスオーラを漂わせながら、クリストとギルがリングインする。 「あ、お二人ともうちの兄が本当に申し訳ございません…」 「いいんです…悪い人ではないですから…」 「アイツ、いつかふん縛ってレンハート送りにしてやる…」 クリストの苦笑いとギルの苦虫を嚙み潰した顔に、ラーバルの心がズキリと痛む。 「続いて赤コーナー…正体不明の謎のマスクマン!気ぶりマスク一号!二号!」 「「「うおおおおおおおおおおおお!!!」」」 マスグラ民の大歓声が沸き起こった!理由は勿論、気ぶりマスク二号である。 「陛下、何やってんですかぁ…」 「今の私はレストロイカではない、気ぶりマスク二号だ」 颯爽とリングインした二号がラーバルに言い放った。 「クリスト、まさか一号は……」 「そのまさかです…」 信じられないものを見るような目で一号を凝視してたギルが、恐る恐るクリストに尋ね、首肯され頭を抱える。 「最後の一人はこの私!レンハートマンホーリーナイト!」 ホーリーナイトが拳を突き上げると、爆発のような歓声がリングを包み込んだ。 「いい加減にしてくださいこの……自罰マタハラ野郎!」 「ふぼあぁっ!クリスト……強くなったな。今のお前はイザベラ殿を娶れる立派な男に…ぐふっ」 大激戦の末、クリストのシャイニングウィザードに気ぶりマスク一号が沈んだ。試合後もギルは気ぶりマスク一号のマスクを剥がそうと場外乱闘を繰り広げ、遺恨を残す展開となった。 〇クリスト   レンハートマンホーリーナイト  ラーバル VS 気ぶりマスク一号(ボーリャック)●  ギル     気ぶりマスク二号(レストロイカ) 28分53秒  シャイニングウィザード       →体固め 【世界母乳の日】 「ごめんなさいね」 赤子の泣きじゃくる声が聞こえると、お茶会のお喋りに興じていたハナコがスッと席を立ち、揺り籠から赤子を抱き上げてあやし始めた。」 「どうした坊や、お腹空いてるのかなー?」 ちょっとごめんね、と軽く頭を下げるとハナコは席を外した。恐らく乳を与えに行ったのだろう。 スナイプは、感慨深い思いを覚えながらハナコの後ろ姿を眺めていた。 「あのアズライールちゃんがなぁ…」 去りゆく時のハナコの顔は女を超え、立派な母親のものだった。 荒削りで元気一杯の少女だったのが昨日までのように思い出せるが、やはり時の流れは確実に進んでるのだ。当時14だったハナコが立派な人妻に、そして母親になるくらいには。 自分の感慨をハナコの夫、サーヴァイン・ヴァーズギルトに伝えると彼は噴き出した。 「スナイプ、お前年を取ったな。随分とおっさんの繰り言が似合うようになった」 「ちぇっ、軽口まで言えるようになっちゃって。棺桶男のくせに」 思えばギルも変わった。いや、元の彼を取り戻したというべきか。そうさせたのは今母乳をあげているハナコなのかとぼんやりとスナイプは思う。 「スナイプ。お前もいい加減身を固めろ。女装男子の尻ばかり追いかけてないで」 「ぶふっ!」 スナイプは飲んでいたコーヒーを盛大に噴き出した。 「好きで追いかけてるわけじゃねえぞ!」 「あんたー!ちょっと来てー!」 ギルに抗議しようとしたスナイプだったが、ハナコの声にギルは席を立つと、いそいそとギルは彼の妻のの下に向かった。 「…決めた、今夜は飲むとするか。とことん」 一人残され、独り身の寂しさが少しばかり身に染みたスナイプであった。 イザベラの母乳が入った哺乳瓶を手に、魔王城に乗り込む時のような気迫を纏いながらクリストは宣言した。 「今から、哺乳瓶デビューしますっ!イザベラさま!」 「うんっ頑張ってクリスト。あと様付けやめて」 「あっはい」 「じゃあ行くよクリスト」 「は、はい、イザベラ」 妻のイザベラから二人の愛の結晶を託されると、ドギマギしながらクリストは大切に抱き抱える。 「赤ちゃんの上体を起こすようにするのをわすれないでね」 「はいっ」 クリストの腕の中に納まった我が子は、つぶらな瞳で父のクリストの顔を見上げている。 「よ、よしっ…」 哺乳瓶を持ち直すと、慎重にクリストは赤ん坊の口に運んでいく。 「クリスト!ちゃんと赤ちゃんの目を見て!」 「目、目ですねイザベラ。よーし…」 赤ん坊は、キョトンとした目でクリストを見つめている。そっと、笑いかけながら、クリストは哺乳瓶を赤ん坊の口に運んだ。 赤ん坊が哺乳瓶を咥えた。んく、んくっ、と元気よく哺乳瓶からミルクを飲んでいく。 「イ、イザベラ様っ!飲みました!飲みましたよっ!」 「大声出さないのっ。あと様付けやめて」 「は、はいっ」 暫くすると満足した赤ん坊は哺乳瓶から口を離した。緊張しながらクリストがイザベラに顔を向けると、イザベラは両手で大きく丸を作った。 「クリスト、哺乳瓶初体験、おめでとうっ!」 「あ、ありがとうございますイザベラ」 イザベラとクリストが笑顔でハイタッチを交わした。 ミッションクリア!クリストは初めての哺乳瓶体験をクリアした! 「──ん、ごちそうさま?」 ハルナが赤子を乳房から離すと、赤子は可愛らしいげっぷをする。その様子にマーリンが愉快気に笑った。 「満足したようだな、こいつめ」 両手で高々と抱き上げると赤子が目を丸くしてマーリンを見つめてる。それが可愛くてまたマーリンは笑うと赤子に頬ずりをした。 「あまり雑に扱わないでよねジャック。見てて冷や冷やする」 ハルナの苦言をマーリンは鼻で笑った。 「俺がそんなヘマするかよカゲツ、それに…」 マーリンが赤子の頬を優しく突いた。ふにゅっと、弾力のある肌触りにまたもやマーリンの頬が緩む。 「俺とお前の子だぜ?殺しても死にゃしねぇよ」 「え、あんたの中で私も同じカテゴリなの!?」 ハルナのツッコミをスルーしたマーリンが、何かに気づき注目する。赤子の口元に指を添わせると、白い液体──ハルナの母乳を取り、マーリンは舐めた。 「薄いな」 「ちょ、ば、馬鹿ジャック!何してるの!?」 呆れ顔をハルナが浮かべるが、気にせずマーリンはもう一度指をぺろりと舐めると、ハルナを見てニヤリと笑った。 「でも、ちょっと甘いぜ」 「解説せんでいい!」 「痛てぇぇぇぇぇぇ!!」 顔を真っ赤にしたハルナがケタケタ笑うマーリンから赤子を取り上げると、マーリンの脛に蹴りを入れた。 妊娠後長く前線から離れても未だ衰えを見せないハルナの鋭い打撃に、マーリンが堪らず悶絶する。 転がりまわるマーリンをジト目で睨んでいたハルナだったが、赤子に目を向けると優しく話しかけた。 「あなたはこんなおバカなパパみたいにはならないでね?」 「うー?」 「ど、どういう意味だおめー!アイタタタ…」 【世界母乳の日&カフェオーレの日】 赤ん坊に母乳を与えているバリスタは、先程から感じている視線の主をジロッと睨む。そこには夫の、仮面魔候リャックボー改め、勇者ボーリャックが興味津々に妻の授乳シーンを眺めていた。 「…なによ」 「ああ、すまん。いや、あのコーヒー中毒のバリスタが、頑張ってるなって思ってな」 バリスタは愛する我が子へ視線を落とす。 「当然。私一人の命じゃなくなったんだから」 バリスタの妊娠が発覚したあと、魔王軍崩壊後個人診療所を開いたオズワルドの所に通ったバリスタは、そこで彼から口酸っぱく注意を受けた。 『いいですか?妊娠、授乳中のカフェイン摂取量は1日200〜300mgが限度。その程度なら赤ちゃんに影響は殆どありません。いいですねっ!?』 バリスタは、その言いつけを見事今日まで守り続けている。 授乳が終わったバリスタにお疲れさん、とボーリャックがカフェオレを渡す。 「わかってるわよね?分量は…」 「ああ、気持ちミルク多めさ」 「うむ、よろしい」 バリスタはカフェオレに口を付ける。ホッとした顔を浮かべるバリスタを、温かい目でボーリャックが見守る。 「ふぅ…今日も美味。褒めて遣わすわ」 「恐悦至極」 【肺の日&カフェオーレの日】 「ギャンさん、今日は何本目の煙草ですか?」 ベランダで至福の喫煙タイムを過ごしているギャンに、背後から洗濯物を手にサトーが声をかけた。 「俺は後悔と煙草の本数は数えねえことにしてんだ」 洗濯物干しに手際よく干していきながら、サトーが呆れた目でギャンを横目で見る。 形勢不利と見たギャンが目を逸らして部屋に戻る。 「今日は肺の日なんですよ!」 「なんだよ肺の日って」 洗濯物を干し終えリビングに戻ってきたサトーの言葉に、苛立たし気にギャンが返す。 「よくぞ聞いてくれました!呼吸器学会が「は(8)い(1)」から定めた記念日でして、肺や呼吸器の大事さに思いを馳せてもらう素晴らしい日なんです」 「単なる語呂合わせじゃねぇか…」 げんなりした声を出しながらギャンが新聞を広げると、カチャッとサトーがテーブルにカップを置いた。 「ちなみに8月1日はカフェオーレの日でもあります。ギャンさんに代わりにと言ったらなんですが、ぜひカフェオーレで喉と口の渇きを癒してください」 ジトッとした目をサトーに向けながらギャンはコップに口を付ける。不本意なことにサトーの淹れたカフェオーレは、大変美味しかった。 【ハモの日&八丁味噌の日】 「マーリンVSクリスト、ここで引いたら負け犬~~~~!!対決をこれより開催いたします。審判は、わたくし聖女カタリナ・イーネが務めさせてもらいます」 「しゃあ!」 「ヨシッ!」 カタリナの宣言が終わるとマーリンと、クリストが一瞬睨みあった後、気合の掛け声を入れた。 「今日のお題は「8/3の記念日の食材を使用した料理」です。さあ、まずは先攻のクリストさんどうぞ」 「はいっ」 お盆を手にしたクリストが、カタリナの座るテーブルの前に進み出ると、恭しく手作りの料理を広げた。 「これは…?スープですか?」 「はい、味噌とハモをを使用した味噌スープになります」 「なるほど、8/3はハモの日、そして八丁味噌の日ですね」 納得したように頷くと、カタリナはスプーンを手に取ってお椀の具を掬い己の口に運んだ。 「これは…!ハモのうまみが味噌とうまい具合に絡み合って…!」 「殆ど味噌以外の調味料は使用しておりません。ハモからにじみ出た出汁の旨味です」 感じ入った表情のカタリナがスプーンを置いた。 「お見事。次、後攻のマーリンさんどうぞ」 カタリナの声と共にマーリンが進み出てお椀をテーブルに置いた。 「俺のはハモの天ぷらだ!それもただの天ぷらじゃねぇ。味噌を使った天ぷらだぜ」 「ふむ…!」 目を輝かせてカタリナが天ぷらに視線を移す。 「天ぷらの衣に味噌を混ぜ込んで揚げた。旨さで目玉が飛び出るぜ?」 「…茶色の衣が見事な…いただきます」 カタリナがハモにフォークを伸ばした。 「ふっくらとしてハモの身に、味噌味の衣の甘みがなんとも…!美味しい!」 「よっしゃあ!」 二品を完食したカタリナがクリストとマーリンの間に挟まり、両者の腕を掴む。カッと目を見開いたカタリナが二人の腕を掲げた。 「引き分け!」 「はぁ!?」 「冗談じゃありません!」 カタリナの裁定にマーリンとクリストが口々に不平の声を挙げる。 「勿論お二人のために特別報酬です。この私、カタリナ・イーネの従者兼専属シェフとなる栄誉を授けます」 「「いや、それはいらねぇ(いりません)」」 「あら、残念。クリストさんのカリスマと、マーリンさんの弁舌と透明化の魔法があれば、私の布教も更に捗ると思ったのですが…」 全く残念でなさそうな顔のカタリナに、クリストとマーリンは顔を見合わせ、苦笑いを浮かべた。 「結局ただ飯食わせただけか。俺やっぱこいつ苦手だわー」 「あはは…僕もです」 【栄養の日】 「…あの。これって……」 おずおずとシーフのフレイが尋ねた。今、彼の座るテーブル席の前には野菜のゴロゴロ入った野菜スープ。美味しそうなソーセージにサラミ、それにパンを載せた皿が並べられていた。 「ん?足んなかった?」 「ちがっ」 勢いよくフレイが頭を振る。フレイは傭兵アリシアの深意を伺うような警戒した目で、彼女を注意深く見上げる。 「僕は食事は自分で用意する。これまでそうしてたはず」 「まさかあの、シリアルバーを食事と言うわけじゃないよね」 フレイが黙りこくった。(図星か)と、心中でアリシアがため息を吐く。 「ま、君の事情は知らないけどさ。そんな食生活してたら体壊すよ」 「でも、僕はお金がっ」 フレイの目と鼻の先に、アリシアがソーセージを突き刺したフォークを突き出し、思わずフレイは固まる。 「決してお節介でやってるんじゃない。これは投資」 「とう、し……?」 「そ、シーフが栄養不足で宝探しでしくじったらどうするの?フレイがソロで行動してるならともかく、周りにも迷惑がかかるじゃん」 「でしょ?」と、アリシアがフォークをさらに突き出すと、フレイがおずおずとソーセージに噛みついた。 【話す日】 カースブレイドは困惑しながら、こたつを前に立ち尽くしている。こたつの上には鍋があり、食べごろに煮えた蟹が美味しそうな匂いを漂わせている。こたつの奥にはエビルソードが、でんっと、胡坐をかいて座りカースブレイドを無言で見つめている。ハッキリ言って非常に怖い。 「…なんだこれは?」 「見てわからねぇか?カニ鍋」 何とか活動を再開させたカースブレイドが、取り皿を並べるププールに質問する。「何言ってんだ」という目つきと共に返ってきた返答に、彼はキレた。 「んなことわかっておるわ!なんで儂がこのような場に呼ばれたのかと聞いておる!」 「…今日は話す日だ」 エビルソードが短く答えた言葉にカースブレイドは疑問を噤む。今、彼の頭の中では無数の疑問が沸き起こっていた。 (話す?何をだ?わが軍の報連相事情か?リャックボーとバリスタの熱愛報道?まさか、儂の下克上計画か?) ごくりとカースブレイドが唾を飲みこんだ。緊迫した空気が場に漂ったのをいち早く察したププールがため息を吐きながらフォローする。 「エビルソード。何度も言ってるけどよぉ。おめー口数少なすぎんだよ。それだけじゃ伝わんねぇ」 「むっ…」 エビルソードが僅かに首を傾げた。もぞもぞと姿勢を直すと、再度口を開いた。 「今日は、話す日だ」 「うむ、それは先程聞いた」 「…さっさと、話せ」 カースブレイドは頭を抱えた、それでもなんとかエビルソードの台詞から意味を抽出しようと試みる。 「まさかとは思うが」 カースブレイドが言葉を絞り出す。 「今日は話す日だから、儂と会話がしたい。だから鍋を用意した。だが、特に自分からは話す内容もないから儂に何か話題を言えとお主は言った……ハッハッハッ!さすがにそんなことは(ry」 「おおっ………!」 エビルソードが僅かにだが、上半身を前のめりにさせた。心なしか彼の隻眼もキラキラしているような気配がする。 「うそ……だろ…?」 「残念。大正解だ」 苦笑いするププールの仕草を見たエビルソードは思わず天を仰いだ。深くため息を吐くとドカッと胡坐をかいた。 「……とことん儂を小ばかにしおって。いい度胸だ……」 荒々しく箸を掴むと、カースブレイドは蟹を摘まむ。 「いい機会だ。エビルソード、お前の軍人としてあるまじき振舞い、今日はとことんお主らにぶつけてやるわ!」 【ハグの日】 「あなた、痩せてるわね」 豪雨のバリスタの手が、審判の勇者イザベルの胸に触れた。訝し気にイザベルが眉を顰める。 「腕も、細い。剣士とは思えないくらいに」 バリスタの両腕が、イザベルの腰に回される、そのまま抱き寄せられたイザベルが呻くように声を出した。 「バリスタさん、お戯れはおやめください」 「臀部も、細いわ。不思議…」 イザベルを抱き寄せたバリスタが、イザベルの腰に目を落とす。その目にイザベルはヒヤリとしたものを覚えた。 「なぜ、貴女が」「ッ!!」 振り払おうとしたイザベルの手を、素早くバリスタが掴んだ。女性とはいえ、魔族の握力で握りしめられたイザベルの手首が悲鳴をあげる。 「くっ…ぐぅう……!」「なぜ、私より先に」 イザベルとバリスタ、両者の視線が間近でぶつかる。バリスタの目を見たイザベルはハッと動きを止めた。 「貴方が、私より先にボーリャックの子を孕めたの」 バリスタが、泣いていた。未だ愛する男の種を宿せぬ無念と、先に孕めた女への妬心で。 己の涙に気づいたバリスタが慌てて涙を拭うと、踵を返してその場を立ち去る。 痣の残る手首を、呆然とイザベルは見つめ、ため息をついた。 「魔族の女も、人間と変わらないんだね…」 王女シュティアイセ・アンマナインとの謁見に臨んだサンク・マスグラード王家親衛隊員、セターとメリアがティアの手の甲に恭しく口づけをした。 「他の者は下がっておれ」 ティアの声と同時に玉座の間にいた家臣たちが退室していく。扉が閉まる音と同時に、ティアは玉座から立ち上がり、おもむろにセターを抱きしめた。 「わぁっ!?へ、陛下!?」「ふむ…」 セターを離したティアは、そのままメリアにもハグをする。 「ひゃぁぁ!!?」「ほうほう」 メリアを解放すると、ティアは困惑する二人の顔を見渡し哄笑した。 「二人ともよき体つきしておるのう!世の尋常な男ならコロッと参ってしまいそうじゃ!」 笑いを収め、ティアが真顔になる。その時、セター達は場の空気が冷えた感触を覚えた。 「なのに、肝心の意中の男に手を出されぬというのは辛いのう。あの童貞王が」 「まあ、ワシも手を出される一人じゃが」、とティアが苦笑いすると、二人も苦渋の顔を浮かべた。 ティアがセターたちと謁見に臨んだ理由。それは「どうたってレストロイカと結ばれるか」相談するためであった。 「これは、ワシがベンケイ、という東方の聖職者に聞いた話なんじゃが…」 ティアがセターとメリアを抱き寄せると耳元で囁く。 「「御所巻」という興味深い風習があってのう…」 世継ぎ作りに不熱心だったりあまりにクソボケな主君を襲ってぐるぐる巻きにして、無理やり好きにさせる風習がある。そうティアが二人に告げると、セターとメリアは顔を見合わせた。 「ででで、でもっ私たちは以前【セック(略)部屋】を構築しましたが、や、破られたことが」 「それは己からは仕掛けなかったからじゃろう?健気にも、あの男の方から手を出してほしいという希望を捨てきれなかったから」 メリアが俯く。図星だった。痛まし気にセターがメリアの肩に手を置いた。 「…じゃが、もう我慢の限界じゃ。ワシも流石に17歳言い続けるのにはウンザリじゃからのう」 「お主らもそうじゃろう?」と尋ねるとセター達は同時に頷いた。その目に爛々と輝くものを見つけたティアは心地よげに頷いた。 「ではこれより我らは同志!あの鈍感漢を御所巻にして本懐を果たす!よいかのう!?」 「おお!」 「ええ!」 セターとメリアが大きく頷く。玉座の間に三人の恋する乙女の決意の鬨の声が響き渡った。 「はっ!?なんか急に寒気が!?」