「おのれボーリャック…!」 イザベルはハンドルを握りしめながら舌打ちした。 今日はゴールデンウイーク初日、コメトレルデに観光に行ってかの国の美食を堪能しようと、雇い主のヘルマリィとハチロクに乗って意気揚々と出発したとこまではよかった。 だが、二人は失念していた。ゴールデンウイークの交通の渋滞具合を。 「各地の高速道路を渋滞地獄にするとは…!考えたなボーリャック」 恐らく大陸の物流を麻痺させる意図だろう、とイザベルがヘルマリィの同意を求めるべく横を見た時、異変に気付いた。 「イ、イザベル…」 「へ、ヘルマリィ殿、まさか…」 何かを耐えるような顔、ピクリとも体を揺らすまいと硬直してるその姿。ぴくぴくと震える眉毛…。 「ト、トイレですか…?」 「…はい」 「なんでさっきのパーキングエリアを通過する時言わなかったんですか!!」 「その時は大丈夫だったから…あと怒鳴らないで、響きます…」 小さく謝罪するとイザベルは前方を焦慮した顔で睨む。次のパーキングエリアまであと数キロ。普通なら問題ない距離である。だが、この渋滞では…? (これも貴様の罠かっ!おのれボーリャックゥゥゥ!!) ******************** 「あっっっつう……」 ヘルマリィ宅のリビングのテーブルに聖騎士イザベルが突っ伏している。急激な気温の変化にとてつもなく参っていた。 「恐らくこの猛暑もボーリャックのせいか…」 「おのれボーリャックぅぅ」と、正当な怒りを募らせながら額の汗を左手で拭う。これ以上世界の温暖化が進行する前にボーリャックを討つ。三本目のアイスバーを齧りながらイザベルは心に誓った。 そのころ…。 「へっくし!」 「風邪か?リャックボーともあろう方が珍しいな」 くしゃみをするリャックボーの姿を見たカースブレイドが面白げに笑う。 仏頂面で、リャックボーの背後に立っていたバリスタが、一歩前に進み出て彼の後頭部を小突いた。 「昨晩暑いとか言ってパンツ一丁で寝てたからよ。反省しなさい仮面魔候」 「やかましい。この不眠症のカフェイン中毒末期患者」 「なんですって!?」 口喧嘩しながら去っていくリャックボーとバリスタを見送ったカースブレイドは、二人がいなくなった後首を傾げて呟いた。 「なぜ、バリスタがリャックボーの寝姿を知っているのだ…?」 ******************** ハチロクを運転しているサーヴァインは、自転車を追い抜きながら軽く舌打ちした。 「…法改正されてから危なくてかなわん。なぜ自転車が歩道を走ってはいかんの、か?クリスト」 宥めるように後部座席の、ギルの真後ろに座るクリストが声を掛けた。 「か、改正されてから原則として車道の左側走らなきゃいけないからしかたないです、よ。ねっイザベル先輩」 「よく考えてみろ、ジャンク」 険しい顔で助手席に座るイザベルが唸った。 「この改正、いや改悪にはボーリャックが絡んでいるとは思わん、か?」 「か、か、関係があるってのか自転車とあいつが!?嘘だ、ろ!?ゾルデ!」 後部座席の真ん中に座るジャンクが。驚いた顔を左隣に座るゾルデに向けた。一瞬ゾルデが「えっここで私に振るんですか」という顔をした。 「ろ、碌な動機じゃないと思いますが、聞かせてくださ、い。イザベルさん」 「いいだろう」 目を剝いてイザベルが車内の聖騎士たちを見渡す。車内に緊張感が漂った。 「自転車を車道に走らせる。ヒヤリとした運転手のストレスになる。自転車へのヘイトが溜まる。自転車派も反発し、社会の亀裂が深ま、る」 「ギル、どう思う」 ニヤリと笑ってイザベルが訊ねると、一瞬顔を顰めたギルがゆっくりと頷いた。 「…ルールはルール。できたものは仕方ない…。過去は元には戻ら、ぬ。…ジャンク、どう思う」 話を振られたジャンクが小さく悲鳴をあげた。 「ぬぬぬぬ……ぬぁぁんだと!?」 「「「「ダウト!!」」」」 途端に車内に4人の笑い声と、ジャンクの絶叫が響き渡る。 「ぬは卑怯だろうがよぉ!ギルてめぇ!」 「…俺は勝利のためならどんな手段でも使う男だ。…あれから、な」 シリアスな顔を決めながら運転するギルに、後部座席からクリストが顔を出して「その内容がぬ攻めですか」とツッコミを入れる。 「よし、今回のコメトレルデ旅行の帰りの運転担当はジャンクに決定!クリスト!ギル!飲むぞ!」 イザベルの掛け声にクリストとギルが歓声をあげる。イザベルが最年少のゾルデの方を振り向くと優しく微笑んだ。 「心配するなゾルデ。お前の分のドリンクも買ってある。なっギル!」 「ああ、棺の中にココアとミルクが入ってるから好きに飲め」 「あー!また私を子ども扱いしましたね!!」 顔を真っ赤にしたゾルデが抗議の声をあげると、また車内に笑い声が溢れた。 ******************** 「暑い…暑すぎる……はっ!?これもボーリャックの仕業か!?おのれボーリャック…!」 「馬鹿なこと言うんじゃありません」 「痛っ」 ヘルマリィに後頭部を小突かれたイザベルが、恨めし気に護衛対象を睨む。 「世界の気温を狂わせる魔王軍兵士なんて聞いたことがありません。素振りでもしたら変な考えも収まるでしょう。…プリンを買ってきていますから、稽古が終わったら食べますか。汗流した後の菓子は美味しいですよ?」 「!は、はいっ!」 その頃… バリスタは目をキラキラさせながらリャックボーの用意したグラスを見つめている。 「俺が用意した、コーヒーを凍らせた氷コーヒーをグラスに入れてから。コーヒーを注ぐ。こうすることで、いつまでも冷たいままのコーヒーの完成だ」 「ふ、ふふんっ、中々やるじゃない。まあ私も思いついてたけど」 ミルクの入れた容器をリャックボーが自分のグラスに注ぐと、即席のカフェオレが完成した。一口飲もうとグラスを持ち上げたリャックボーがバリスタの視線に気づいて苦笑した。 「ミルクならまだあるぞ?」 「べ、別に欲しいなんて言ってないわ!…まあ、もらってもいいけど」 ******************** >金髪デカパイは全てを解決する 「…だそうですよ。イザベル」 「ど・こ・を・見・て・言っているのですかヘルマリィ殿」 どことなく憐みの籠ったような目でイザベルの胸を見るヘルマリィに、イザベルが眉をひくつかせる。 「私、胸あるほうだと思いますが…」 イザベルは己の胸を見る。確かにカプナーマやナチアタ・コンナ―二と比べれば慎ましいが、これでも出ている所は出ている方だとイザベルは認識している。 「第一、金髪爆乳で物事が解決できるなら。ボーリャックは倒れ、獣害被害はなくなり、異常気象や猛暑が収まり、物価高は静まり、ガソリン代も落ち着き、ナチアタへのセクハラやスリップスへの幽霊差別も収まっているはずです!」 腕を組んで断言するイザベラを半目で見ていたヘルマリィが、紅茶を飲みながら一つ付け足した。 「そして貴女の血糖値も、ですね」 「ゔっ」 カップケーキを美味しそうに咀嚼するヘルマリィを、菓子類制限中のイザベルが恨めし気に見つめる。今日もヘルマリィ宅は平和である。 ******************** >復讐を為さんと憎悪に燃えるイザベル >ヘルマリィさんの護衛を務めるうちに丸くなるイザベル >何か起きたらボーリャックのせいにするイザベル >食い意地の張った甘党イザベル >妹のイザベル >みんな違ってみんなイザベル 「…とまあ、こんな落書きを見たのだが忌憚ない意見を聞きたい」 ギルドの会議室の一室で、落書きの写しを指さしながら聖騎士イザベルは会議室を見渡す。室内に集められたクリスト、ギル、ゾルデの三人はさっと顔を伏せ、或いは逸らした。 「……無言ではわかんないだろ?なあゾルデ」 「ひゃい!?」 指さされたゾルデが飛び上がった。他の聖騎士は一様に同情の目をゾルデに向ける。 「復讐者に堕ちたのは否定しない。今の私はボーリャックを討たんとする元聖騎士だ…ボーリャックの策謀への警鐘も鳴らしたのも確か。ヘルマリィ殿へ仕えてから少しは心に余裕が出来たのも、まあ否定できん。そして私は甘党だ…だが!最後の一つはどういうことだ!?なあゾルデ!」 「わかりません!」 涙目でゾルデは答えた。当然であろう、この場で最年少のゾルデに26歳のイザベルが妹キャラかなんて判断できるはずもあるまい。 何か言いたげに手を上げかけては、降ろすことを繰り返しているのはクリスト。おそらくパートナーのイザベラの妹の事が頭にあるのだろうが、確証がないのか証言をためらっている様子。 「…私は、本当に妹キャラなんだろうか?」 (((お前は何を言ってるんだ?))) 腕を組んで考え込んでいたイザベルの呟きに、その場にいた全員が心中でツッコミを入れた。キョロキョロと三人を見渡していたイザベルが、ギルに向かって歩み寄ると、上目遣いになって思わぬことを言った。 「ギル、お兄ちゃん?」 「!!!??!?」 「ギルおにいちゃん?どうしたのだ?」 「ク、クリストォォ!!」 恥も外聞もなくギルはクリストに助けを求めた。が、 「ゾルデさん、あそこ、クジラみたいな雲がありますよ!」 「わー!綺麗な青空ですね!」 クリストは完全に見て見ぬふりを決め込んでいた。ゾルデも誘ったのは精一杯の彼の良心か。 「お兄ちゃん。黙ってても分からないぞっ。…それとも、兄上の方がいいか?あにさま?お兄様?」 上目遣いで囁くイザベルに、やっとのことでギルは声を絞り出した。 「…失礼ですがご自身の年齢を鑑みた方が宜しいかと」 ******************** ダスタブ最大の軍事会社ダスタブ・マーティンCEOの「パイルバンカー使用者は頭に火薬の詰まった狂人」発言が報じられた時、サーヴァイン・ヴァーズギルトの行動は素早かった。 直ちに各地のパイルバンカー愛好者を召集すると、ダスタブに赴き抗議運動を開始。ダスタブ・マーティン本社前でデモ活動を繰り広げた。 対応に困った企業側は現地警察に内々に"対処"を依頼。なんと平和的な抗議運動だったにも関わらずギルは逮捕の憂き目にあった。 だが、不屈の男ギルは逮捕後もペンで抗議運動を継続。アズライールら冒険者や聖都関係者の間にも反発が広がり騒動は収まるどころか拡大。遂にはマチ様が不当逮捕を認め、遺憾の意を表明する事態にまで発展した。 釈放されアズライールに抱き着かれるギルを見ながら、クリストは思った。 (決めた。PTを離脱しよう)と…。 「さっぱり理解できないから、理由を教えてくれ」 酒場のテーブルで向かい合う形で座るイザベルは、真向かいに思い詰めた表情で座るクリストになるべく優しく尋ねた。 「僕、思ったんです。パイルバンカーのために戦い続けるギルさんに対して、果たして僕はそこまで武器に愛情を注いでたかと…」 「まてまて!」 思わずイザベルは口を挟んだ。 「お前が優れた大楯使いなのは皆理解している!幾度もお前は身を呈して仲間や民を護ったではないか」 「ええ、盾はそうですね」 クリストは頷くが、暗い表情は晴れない。 「でも、槍はどうですか?盾の方が注目される一方で、槍使いの方の自分を蔑ろにしてたのではないか。ギルさんを見ていてそう自問せずにはいられないのです!…僕は恥しい!巡礼の旅に出て、自分を見つめ直したい…」 二人の間に重い空気が流れる。やがて、フッと息を吐いたイザベルが重々しく頷いた。 「わかった。行ってこい。イザベラの方は心配するな」 「!ありがとうございます…!」 クシャリと顔を歪ませて礼を言うクリストの頭を撫でながらイザベルは思う。人は迷う。だが、迷いがあるからこそ人は強くなれるのだと…。 「…というわけでして、決して私はいい感じの剣を衝動買いしたわけではないのです。これも剣への愛と、打倒ボーリャックへの投資でして」 「なるほど、面白い陳弁ですね」 「ジ゙ュ゙ダ゙!ヴ゙リ゙ッ゙グ゙ズ゙!グリ゙ズドが゙居゙な゙ぐな゙っ゙ぢゃ゙っ゙だぁ゙!」 ******************** 「ク、クリスト…6月のイベントって知ってる…?」 期待の籠った目でチラチラ見ながらイザベラがクリストに話しかけた。 その言葉にはいっ、と笑顔でクリストは答えた。 「主のみこころの月ですね!神の愛に思いを馳せ、世界に思いやりの心を育むよう祈りを捧げ(略)他にも6月と言えばかのとある聖人の誕生日でしてその方はかの有名な洗礼者である~」 「……ワースゴイネー」 遠い目をしながらクリストの有難いお話にうんうんイザベラは頷く。そんなイザベラの後ろ姿を憐みの目でヴリッグズが見つめていた。 「俺は姐さんが不憫でしかたがなかった!何とかしてくれイザベル!」 「う、うむ…」 ヴリッグズの訴えを聞き終えた後、イザベルはギルドの会議室にいつメンを召集し対策を講ずる。だが、皆一様に煮え切れない様子。 「まあ、クリストも悪いっちゃあ悪いが…」 苦い顔をして口を開いたのはイゾウ。隣席に座るゾルデは恐る恐る異を唱えた。 「流石にクリストさん、悪くないですよ」 聖職者として、という小さな声に皆悩まし気な顔をする。そう、宗教関連の行事に熱心なことは信仰に生きる者として何も悪くない。そこが問題なのだ。 「ギル、お前は?」 「……ノーコメント」 「信仰から離れた者の意見を聞きてぇ。大事なことだ」 ジャンクに促され、渋々ギルが話し出した。 「……信仰熱心なのは悪いことではない。だが、世俗のイベントにも目を配るべきかとは…思わなくもない…女心も、まあ……独身の男として少しは、関心を…」 (お前がそれを言うのか) カルガモの親子のようにギルの後を追いかけてるアズライールのことを思い出しイザベルは呆れるが、本題ではないし、余計ややこしいことになるのでイザベルも追及はしない。 これ以上は無意味と判断したイザベルが議論を打ち切り、結論に入る。 「まあ、なんだ。ジューンブライドに気づかないクリストは鈍感だった。それとなく言ってやろう」 「『どうしてですか?』って質問されたらどうすんだー?」 イゾウのツッコミを無視しイザベルは締めの言葉に入る。 「皆、こういう時は?」 「「「「「恐らくこれもボーリャックの策だ」」」」」 ******************** 「また台風ですか。大変ですね」 イザベルはキレた。新聞を読みながら嘆息するヘルマリィの姿に義憤を燃やす。 「恐らくこれもボーリャックのせいに違いない!」 頻繁な台風襲来は人類の経済への打撃、そして人類と魔族の融和に心を砕くヘルマリィへの妨害工作に違いない。 なんと腐りきった男だろうか!イザベルは怒りに震えた。 「今すぐボーリャックの思惑を潰してきます」 「どうやってですか?」 ヘルマリィが胴体にあやとりさせながら質問してきた。イザベルが自信満々に答える。 「ギルドに台風を何とかできそうな仲間を募ります!!」 「そんなバカなことが」 「できるわけないと、本当に思いますか?」 ヘルマリィが黙りこくる。「勝った」と心中でイザベルはガッツポーズした。正直なんの根拠もないがギルドの名簿を調査すればどうにかなりそうでる。 「では行ってき「まった」ふぐぉぉ!?」 玄関に向け駆けだそうとしたイザベルがヘルマリィにマントを掴まれ大きく仰け反った。 「台風は迷惑。それはそうですが、その台風が大地に水の恵みをもたらすのにどれだけ貢献してますか知ってますか?…よろしい。まず台風のシステムから教えましょうか」 ******************** ヘルマリィ「競馬で飛んじゃってスッペンペンです」 イザベル「おのれボーリャック!」 ボーリャック「ああ…俺が悪い」 ヘルマリィ「旧友にまだ結婚しないの?とマウント取られました」 イザベル「おのれボーリャック!」 ボーリャック「そうだ…俺が悪い」 ヘルマリィ「………(ヘルマリィ無言の帰宅)」 イザベル「株価が下がってヘルマリィ殿が白黒になってしまった…おのれボーリャック!」 ボーリャック「ああ、俺のせいだ…」 ヘルマリィ「…ポーン……コポーン…ポコポーン」 イザベル「駄目ですヘルマリィ殿!ポコマーに呑まれてはいけません!おのれボーリャック!」 ボーリャック「ああ、俺が悪い…」 ヘルマリィ「イザベルの血糖値が心配です」 イザベル「おのれボーリャックッ!!」 ボーリャック「そうだ!俺のせいだ!」 ******************** ミサは己の意識が覚めた時に妙な異臭が己の体についていることに気づいた。恐る恐る身体を調べたが特に乱暴を受けたということはない。 ただ、異臭が何となく漂っていて消えないのだ。 辺りを調べながらミサは昨晩イゾウが自分が泊っている宿の部屋で聖騎士と宴会する予定だったということに気づく。まさかと苦笑しながらもゴミ箱を調べたミサは思わず仰け反った。猛烈な異臭の、腐った豆があった。しかもかなりねばついていて袋にへばりついる。 その時気づいた。己の口の中の味や手から漂う匂いが、この豆の匂いと同じということに……。 その事実に耐え切れず、ミサは意識を手放した。 「……で、イゾウさんと憑依先のミサさんが冷戦状態ですか。いやはや大変ですね」 イザベルの話を聞いていたヘルマリィは苦笑した。なんてことはない。ただの異文化コミュニケーションのミスマッチによるトラブルだ。ただ、そんな小さなトラブルにも真正面に受け止め案じているイザベルのが微笑ましく、ついヘルマリィは揶揄ってみたくなった。 それが彼女に災難を招くことになる。 「もしかしたらこれもボーリャックの陰謀かもしれませんね。腐った豆を使った離間策とは」 なにかとボーリャックの陰謀かと勘繰るイザベルの反応を期待して言った言葉だが、期待に反してイザベルの反応は冷たい視線だった。 「納豆で謀略企む変人がどこにいるのですか?あまり陰ボー論に嵌るのは感心しませんよヘルマリィ殿」 (心外!)と内心で叫ぶヘルマリィだがイザベルの言はまさに正論。引き攣った笑みをヘルマリィが浮かべてると、手を叩いてイザベルが立ち上がった。 「ちょうどいい機会です。イゾウから納豆貰ってますので一緒に食べてみますか」 「…はい?」 (私が?腐った豆を?)とヘルマリィの優秀な脳が思わずフリーズする間にも、一旦リビングを去ったイザベルが戻ってくると、藁でできた包みを持ってきてどんとテーブルに置いた。 「く、く、腐った豆!!」 「よぉくかき混ぜて…と」 「いやぁぁぁ!!豆が糸引いてるぅぅぅぅ!」 ぐっちょぐっちょイザベルが糸を引く納豆をかき混ぜる光景に、ヘルマリィの顔が強張る。 「ちょっと所用を思い出し「おっと」あふぅん!」 堪らず逃走を試みるが、イザベルに頭を持ち上げられ万事休す。胴体がイザベルを殴るも何の効果もない。 「さ。納豆パスタにでもしますか!ヘルマリィ殿」 その晩、ヘルマリィは千人の聖騎士に無限に湧き出る納豆を延々と食べさせられる夢を見た。 ******************** イザベルは激怒した。魔オクシアの株価が7万を割ったという知らせに顔色を青くした。 少し前までは魔オクシアの株価は11到達しようとしていた。それが今や約67,000である。新聞のマーケット面を青筋立てながら睨んでたイザベルは、キッと天井を睨む。 「クソッ、まだまだ上がると皆言うから買ったのに……はっ!?」 イザベルの直感が囁いた。この株価急落にはボーリャックが関わっている。恐らく、株式市場を裏で操ることで個人投資家の懐にダメージを与える魂胆に違いない。 「ふふ、どうするのですかイザベル?」 真向かいの席に座るヘルマリィが、微笑みながらイザベルに対応策を尋ねてきた。麗しい笑みを浮かべているのに何故か彼女の顔に「愉悦」の文字が見える気がして、それがイザベルにはなんとも腹立たしい。 「……損切りします!」 「あら、まぁ」 その頃、魔王城では豪雨のバリスタが仮面魔候リャックボーに泣きついていた。 「リャックボォォォォ!魔オクシアの株が大崩れで私の100株が大変なことに~~!!」 「だから個別は難しいから、投信でトラベルカントリーかS&P666でも積み立てて後は寝てろって言ったろバリスタ…」 ******************** 「お姉さまに近づく「あのひと」が、本当にしつこくて……」 マスターの店で。聖騎士イザベルはジョッキを傾けながら新しくできた友人、オトー・コギラウィンの愚痴に相槌を打っていた。 シーフというオトーに出会った当初は眉を顰めたイザベルだが、彼女の高い戦闘能力や技術、そして彼女が「お姉さま」と慕うネーサへの純粋な尊敬心を聞き、彼女への偏見を抱いた己を恥じた。 「シーフだからと穿った目で見てすまなかった」と詫びるイザベルに、笑ってオトーは手を差し伸べた。 「なら、本当の私を知ってもらったところで、改めてよろしくお願いしますね。イザベルさん」 「私が思うに、それはボーリャックの罠なのかもしれない…」 アルコールでとろんとした目を向けながらイザベルがひとつの推測を口にした。 「ボーリャック…?どういうことですか?」 ウーロンハイをチビチビ舐めながらオトーが尋ねる。うむ、と頷きながらイザベルは解説を始めた。 「ネーサのPTは女性たちで構成された極めて高いレベルのPTだ」 「はい、そうですね!」 「そこに、ネーサが「あなた」と呼ぶ異物が入った。」 「む…」 オトーが腕を組んでイザベルの話に聞き入る。 「「あなた」が女同士なら問題はなかった。だが、男だった。ネーサと親密になれば、そこに仲間を超えて男女の仲になるという可能性が発生する」 「そうですっ!まさに私はそこを危惧してるのです!」 オトーががーっと吠えた。 「異性の「あなた」に興味を抱くネーサ。変わりゆくPTの空気、それはいつしかPTの不和を生み出す恐れに繋がる。…そこがボーリャックの狙いなのだ!S級冒険者のネーサの力を削ごうというあやつの!」 「おおっ!」 オトーがイザベルに尊敬の目を向けた。だが、何かに気づいたような顔をすると、慌ててオトーが弁解を始めた。 「で、でも、「あいつ」に限ってあり得ません。た、確かにラッキースケベまんだしすけこましだし息をするように女の人を口説きますけど超お人よしですし!」 「うむ、「あなた」が黒と断ずるのは早計だ。もしかしたら、「あなた」も知らないうちにボーリャックの掌で踊らされてる哀れなマリオネットの一人なのかもしれんな…」 「ボーリャック、恐るべし…」 ぶるるとオトーが身震いした。己ボーリャックの恐ろしさを改めて感じながらイザベルが口にした酒は、なぜか、普段よりも一段と苦く感じた。 ******************** 『知略に長けるボーリャックと渡り合うには、剣だけでなく色々な経験を積んでおくのもいいんじゃない?』 スナイプにそう提案されたイザベルはなるほどと頷いた。 『だが何をすればいい?』 『例えば、俺とデートしてみるとか』 「へ、ヘルマリィ殿。一日休みを頂いても宜しいでしょうか?」 テーブルで書き物をしているヘルマリィにイザベルがおずおずと切り出した。 「珍しいですね普段私が口酸っぱく言っても休みをとらない貴女が」 ヘルマリィが筆を置いてにこやかに応じる。糞真面目なイザベルが自分から休みを欲したのがヘルマリィは嬉しかった。 「誰かとでかけるのですか?」 「え、ええ、買い物に…」 「あら、いいですね」 聖騎士の生き残りだろうか、と推察しながらヘルマリィは紅茶に手を伸ばす。 「そ、その。デートと、いうものを体験に…」 ヘルマリィが盛大に紅茶を口から噴き出した。 デートの日当日。待ち合わせ場所の公園でフリルのドレスを身に着け、おめかしをしたイザベルの所に、スナイプが手を振りながら現れた。 「や、今日はよろしくねイザベルさん。もしかして待たせちゃった?」 「い、いや別に私も今来たばかりだ」 「なーにが待たせちゃった?ですか…イザベルは1時間も前から到着してたのですよ…」 憎々し気に茂みに隠れるヘルマリィが毒づく。 「イザベルの一時間、あなたの一生で償ってもらいます」 スチャッ、とヘルマリィが弩を構え、スナイプの後頭部に狙いを定めた。 「やめなさい」 クリストが。ヘルマリィの頭をハリセンで叩いた。小気味よい音が公園に響く。 「なにするんですか!」 「それはこっちの台詞です!何考えてるんですかヘルマリィさん」 「今の私はヘルマリィではありません」 ヘルマリィがサングラスをかけ高らかに宣言する。 「スナイパー・ヘルマリィです!」 「それは聞いてないです!ギルさんからもなにか言ってください」 自分では手に余ると判断したクリストが、ギルに助けを求めた。 「ああ…安心しろ、俺なら一撃でスナイプを仕留められる」 ギルがボウガンを構え、スナイプに照準を定める。 「やめんか!」 クリストがギルの頭をハリセンで叩いた。 「ギルさんまで何考えてるんですか!」 「ギル?違うな。今の俺はパイル13だ」 「…ああもう!メトリさん頼みます!」 クリストは頭を抱えた。最後の希望、メトリに救いを求めると彼女は大きく頷いた。メトリが立ち上がり、人差し指をスナイプの背に向ける。 「安心してください。私のレーザー光線で一撃でスナイプを討ち取ります」 「メトリさんよ、あなたもか!」 クリストはメトリの頭をハリセンでぶっ叩いた。 「メトリ?違います。今の自分はメトリ・ザ・デストロイヤーです」 「やかましいです!」 ******************** ギルとクリストがボーリャックを撃退したという報にイザベルは全身の血が沸き肉が躍った。 「でかしたぞギル!クリスト!」 「逃げられはしたものの、奴のふざけた仮面をはいでやったぞ」 高らかに仮面を掲げるギルの肩を頼もし気に叩くと、イザベルも彼等に続くべく宣言した。 「よし、我らも続くぞ!プロレスリングに!」 (我らも?) クリストは首を傾げた。 「というわけでヘルマリィ殿、試合の準備はできてますか?」 「なにがというわけですか、この大陸一の大馬鹿騎士が…!」 プロレスコスチュームを身に纏ったヘルマリィが、更に青白くなった顔でイザベルを睨む。彼女は今、サンク・マスグラード帝国のプロレス会場にエントリーした、いや、護衛のイザベルにエントリーさせられていた。 「ふむ、相手はアントワネットとジョルトカウンター・サキュバスですか」 どこに護衛対象をリングインさせる騎士がいるのかと、そんな不満を全身で表しながらヘルマリィが不貞腐れていると、彼女の様子に気づいたイザベルがヘルマリィを励ました。 「ご安心くださいヘルマリィ殿、相手は格闘家とはいっても魔法少女に、お色気枠のサキュバス」 「む…」 「片やヘルマリィ殿は首を落とされてもピンピンしておられた生命力の持ち主、普通に考えて負けるはずがございません!」 ヘルマリィがイザベルの言や良し、と頷いた。思えば何を恐れているのか。腐っても自分はヘル家の女。魔法使いやサキュバスに負ける要素はないに等しい。そう思うとヘルマリィから恐怖は消え、逆に闘志が湧き上がってきた。 「イザベルのいう通りです。私はどうやら怯え過ぎていたようです」 「その意気ですヘルマリィ殿!」 その時、スタッフが控室を訪れ二人の出番を告げる。 「行きますよイザベル、私がただの文弱の徒でないことを思い知らせてあげます」 「はいっ」 ●ヘルマリィ    近接総合魔法格闘少女 アントワネット〇        VS   イザベル     ジョルトカウンター・サキュバス    10分21秒  スコーピオンデスロック 「考えてみたらリングに上がる魔法少女が弱いわけなかったですね。フフッ。いい勉強になりました」 「イザベルの嘘つき!噓つき!噓つき!噓つき!噓つき!」 ******************** 「スナイプさんから離れてくださいっ」 「スナイプは私の仲間ですが何か?」 「あ、あの。二人とも、一旦放してもらえると嬉しいかなぁ~って……」 繁華街の通りでスナイプの右手をメトリが、左手をリタ=ヘンリエッタが掴んで引っ張り合っている。テラス席でティータイム中だったイザベルは、角砂糖を次々に紅茶に入れながら嘆息した。 「なんと破廉恥な…近頃の若い者は節度を知らんのか」 公衆の面前で痴情のもつれを見せるとはと、モラルの低下に元・聖都の聖騎士として憤りを覚える。 (だが…) モンブランをフォークで大胆に切り分け、1/3ほどを一口で食べながらイザベルは思う。 「これもボーリャックの策なのかもしれぬな」 ああやって冒険者たちの醜態を人前に晒すことによって。市民の冒険者への信頼を失わせようという魂胆なのかもしれない。 なんと卑劣な男だろうかボーリャックは! 「だとすると、彼等もあの男に踊らされる哀れなマリオネットなのかもしれぬな…」 もはやスナイプたちへの怒りはない。あるのはボーリャックへの憤りだけだ。 ミシミシいう両腕に悲鳴をあげるスナイプに(仇はとる)と心中で告げ、イザベルはカフェを後にした。 ******************** ティータイム中、ふと疑問が浮かんだイザベルがヘルマリィに尋ねた。 「そういえば、ヘルマリィ殿は婚姻はなされないのですか?」 「ぶふっ」 「ヘルマリィ殿!?」 ヘルマリィが盛大に紅茶を吹き出した。激しく咳き込むヘルマリィの胴体の背を慌ててイザベルが左手で撫でる。 「……イザベル、どういう意味ですか」 「え、いや、ヘルマリィ殿はヘル家の生まれ。さぞよい家格の見合い話があるのかと」 咳が収まったヘルマリィが凛とした目で見つめられ、イザベルが口を噤んだ。 「いいですかイザベル。今の言葉はマリッジハラスメントと言って現代社会では言ってはならない言葉です」 ヘルマリィがチッチッチッと人差し指を振りながら警告し、イザベルは慌てて謝罪する。 「す、すいませんヘルマリィ殿っ!」 しゅんとし、頭を下げるイザベルに、厳しい顔を緩めたヘルマリィが彼女の頭を優しく撫でた。 「気をつけてくださいイザベル。これもボーリャックの罠なのですから」 ボーリャック。雇い主の口から出た言葉にバッと、イザベルが頭をあげる。その顔は驚愕に彩られていた。 「ボーリャックが!?どういうことですかヘルマリィ殿!」 「私にはわかります。最近のマリハラを始めとするハラスメントが蔓延する社会。それはハラスメントを蔓延させることによって人間、そして融和的な魔族の不和の種を撒き、あわよくば出生率及び結婚率を下げ、勢力を削ごうというボーリャックの企み!!」 「おおっ!」 バーン!と擬音が出そうな勢いで宣言した護衛対象の威厳に、ボディーガードが目を輝かせる。 「イザベル、貴女も独身だの未婚だの独り身だの、そのような言葉に一々惑わされぬよう」 「ヘルマリィ殿の忠言、心に刻みます」 深々と頭を下げるイザベルにヘルマリィは満足げに頷く。こうして主従はボーリャックの姦策を見事に退け、ますます絆を深めたのであった。 「あら、気が付いたらお菓子を切らしてました。イザベル、棚から何か追加を持ってきてもらっても?」 「はいっ!」 「……ふう、何とか話題を逸らせましたね」