【激怒シリーズ】 イザベルは激怒した。あの邪知暴虐なる我が夫、ボーリャックを捨て置けぬと決心した。 彼女の手には今日届いたばかりの実の姉イザベラと、腐れ縁のハナコからの二通の手紙が握られている。イザベラからは何重にもオブラートに包んだ婉曲な表現で、ハナコからはドストレートな激烈な表現で「おまえの旦那まじでふざけた真似しやがって…」というお気持ちの文章が記されていた。 深いため息を吐いて手紙を懐に仕舞うと、揺り籠で眠るわが命に等しい愛児へ視線を向ける。 「ごめんね。貴方のパパに天誅を下します」 わが子に詫びるとイザベルは砥石を取りに倉庫へと足を運んだ…。 ボーリャックは疲れていた。魔王軍崩壊後も魔王軍残党、ルタルタ、ヒュドラなど蠢動収まらぬ不穏勢力の鎮圧に大陸を飛び回る日々。心身が悲鳴をあげていた。 「イーンボウめ、俺のことも考えず愚痴ばかり連ねやがって…」 陛下、徹夜残業、ドラゴンカーセックス、陛下、ルタルタ、陛下、デスマ、後継者問題、己の風評被害、陛下、外交…グチグチグチグチ酒を煽りながら愚痴り続けること数刻。キャバクラの嬢たちもウンザリした顔をしてたし、ギルとクリストに至っては目が死んでいた。 「あいつらに悪いことをしたな…」 ギルとクリストには頭が上がらない。一度は魔王軍についた自分を許しただけでなく、イーンボウの慰労の会にまで付き合ってもらったのだ。 自宅が目に入り、ボーリャックの頬が緩む。早く子供を抱き上げて、あの柔らかな頬に頬擦りをしたい。自然とボーリャックの足も速くなっていった。 「今帰ったぞー」 「おかえ…り!」 「うおおお!!?」 家の玄関を開けた途端、我が最愛の嫁、イザベルが包丁を手にツッコんできた。間一髪で躱したボーリャックが自宅から飛び出ると、イザベルも彼を追いかけてくる。 イザベルの素早い包丁での斬撃をボーリャックは躱し、或いは仰け反り、或いは飛び退いて何とか凌ぐ。 やっとのことで鞘で包丁を受け止めたボーリャックはイザベルに叫んだ。 「待ってくれ!俺の報いの時か!?」 「浮気、したでしょ!!クリストさんとサーヴァインさんも巻き込んで!」 思わずボーリャックは天を仰ぐ。イーンボウの慰労会。それがイザベラとクリストに誤って伝わったに違いない。 「違う!俺もキャバクラだと知ってれば行かなかった!イーンボウ殿に嵌められたんだ!」 「ハメたのは貴方でしょうが!」 ******************** イザベラは激怒した。必ずや妹・イザベルの夫、ボーリャックを詰めねばならぬと決意した。 イザベラは政治はわからぬ。大陸を飛び回り、人助けをして暮らしていた。けれども、恋人のクリストに近づく女の気配に関しては人一倍敏感であった。 ある日、新聞を見たイザベラは仰天した。王都大臣イーンボウ、レンハートマンホーリーナイトと共にボーリャックがサーヴァイン・ヴァーズギルト、そしてクリストを引き連れてサカエトルのサキュバス修道院を訪問し、熱烈な歓待を受けたとの記事を挿絵付きで報じていた(断っておくがイザベラにサキュバスへの偏見があるわけではない)。 「許せない」 新聞を振るえる手で握りしめ呟いたイザベラは直ちにハチロクに乗り込みレンハートに急行。ハナコと対策を講じた。ハナコも意中の男性であるギルがサキュバス修道院で歓待されたことに赫怒しており、まずはカンラークに乗り込みギルとクリストを締め上げ、じっくりとお話した。 「ボーリャックさんたっての願いで、断り切れなくて…」 「魔王軍討伐前にアイツに剣を向けた過去がある。それを思うと無下にもできなくてな…」 イザベラとハナコは顔を見合わせると互いに頷き合う。 「大丈夫、"クリストのことは"怒ってないよ」 「ギルの気持ちは、私が一番よくわかってるわ」 二人は再びハチロクに乗ると、イザベラの妹、イザベルの自宅に向け急発進させた。山のように育児グッズやお土産を用意し詰め込んだ後部座席を眺めながら、ハナコはイザベラに語りかけた。 「ちょうどいいお中元になったわ。久々にイザベルとも旧交を温めるいい機会ね」 「うん、赤ちゃん会いたいし、ボーリャックさんにも"とっくりとお話"させてもらいたいからね…」 「「フフフフフフフ………」」 「くくっ…困ったことになったな。まさかすっぱ抜かれるとは思ってなかったのだ…」 「別にいいではないか。英雄たるもの、愛妾の一人や二人は問題なかろう」 「コージン殿、王族の倫理観をボーリャックにも持ち込むんじゃない!」 「……はぁ。本当に知らなかったんだね。うん、了解したボーリャック」 「わかってくれたかイザベル!」 「まだ床から頭上げていいとは言ってないよ?」 「ハイ…」 ******************** ジャンクは激怒した。魔王軍崩壊後、多少心と時間に余裕ができたボーリャックが、創作デビューしてみたから漫画を見てくれと申し込んだとき事件は起こった。 お出しされたものはボーリャック(仮称)×イゾウ(仮称)BL本。表紙絵の耽美な二人の絡みがジャンクの読書欲を引き立てる。 中身は期待以上だった。二人の互いへの甘酸っぱい想い、ページ数の制限こそあるもののよく描写され引き込まされる心理描写。 壁ドン、顎クイからのキス。そして前戯。ここまでは完璧である。ジャンクは胸を高鳴らせながらいよいよ本番へとページを捲った。 「はぁぁ!?」 そこには、突如現れた魔法少女マリアソによってTSされ、黒髪爆乳俺っ娘美女と化したイゾウ(仮)がいた! 「これで何も問題ないな」とキザに笑うボーリャック(仮)の手によって愛撫は再開され、本番。最後はウエディングドレスのイゾウ(♀)でENDとなった……。 ジャンクが顔を上げると、ワクワクしながら批評を待つボーリャックの姿があった。 「…一つ聞きてぇ。どうしてこうなった?」 「うむ!BL本で性別に悩むシーンは山ほどあるからな。TSさせて問題を解決してハッピーエンドにしてみた!」 堪らずジャンクは絶叫した。 「バカヤロォォォ!BL本で女にTSさせるなんてなぁっ。おねショタ本と銘打ってオッサンを竿役にさせるに等しい愚行なんだよ!」 「うむ、確かにそれはわかるぞジャンク、が…あえて言わせてもう!文化とはいつの世でも常識に挑戦することによって、発展してきたのだ!」 プチッ 遂に元々あまり強くはないジャンクの堪忍袋の緒が切れた。 ゴゴゴゴ…っと擬音を響かせながら、ゆらりと近づくジャンクの姿に、危機を察知したボーリャックは即座に身を翻し脱兎のごとく逃げ出した。 怒りのホーリーステゴロを見舞うべくジャンクも彼の後を鬼気迫る顔で追いかけていった。 「待ちやがれボーリャック!同人の世界の先輩として、やっていいことと悪いことがあるっちゅうことを、テメェの体に教えてやる!」 「はーっはっはっは!自分の頭に沸き立つものを腕を振るって形にする快感!これが創作の楽しみだなジャンク!」 余談だが、後日、マリアンに詰められるボーリャックの姿があったとか。 「あー?どうして私をこんな役回りにした?言ってみろよ。うー?」 「残念だがこいつは俺のオリキャラ"マリアソ"だ。マリアンではない」 ******************** ハナコは激怒した。あの初恋泥棒の薄情者、サーヴァイン・ヴァーズギルトと、その親玉のボーリャックを許すまじと心に誓った、 事の発端は元冒険者の女子会の際に起こった。 「クリストがサーヴァインさんが今プロレスのリングに上がってるらしいけど、もう試合は見に行ったのかって気にしてたよ」 イザベラから言われた言葉の内容を、ハナコは最初理解することができなかった。一変したハナコの顔色を見たイザベラは息を飲んだ。 「まさかハナコちゃん、知らされてなかったの…?」 魔王軍崩壊後、宛てもなくギルが去ってから三年。親衛隊メイドとして働くハナコはギルの事を案じてはいたものの、消息不明のまま半ば諦めていたと、震える声でハナコが打ち明けると思わずイザベラはもらい泣きした。 瞬く間に女子会はハナコの思い人の対策会議の場と変貌した。イザベラによるとクリストはギルから度々手紙を貰って(その話を聞いた時ハナコは絶叫した)近況を知っており、放浪者という名の高等遊民の身のギルを案じたボーリャックが、一仕事持ちかけた。 『マスクマンとしてリングに上がる気はないか?』 その時のギルは金欠で、背に腹は代えられぬと渋々承諾。 気ぶりマスク二号と名乗り、気ぶりマスク、レンハートマンホーリーナイトらの相方してリングに上っているとのことだった。 「…許せない」 ハナコが怒りに震える。十代女子の初恋を奪っておいて、三年も放ったらかしにしたギルが許せない。金銭に困っているなら自分に助けを求めればすぐにでもレンハートで城兵に、伝手を使って雇ってあげたのに、それが嫌なら金銭の援助もできたのに、自分ではなくボーリャックを選んだことも腹立たしい。 ボーリャックもボーリャックだ。なぜギルの近況を伝えてくれなかったのか。もし知ってれば直ぐに駆け付けて、首根っこ掴んででもレンハートにギルを連行したのに。レンハートでなく、プロレスリングなどにギルを送ったあの男に天誅を下さねばならない。 「フフ、フフフフ……覚悟なさい」 その場にいた誰かが悲鳴を漏らした。それほどハナコの笑みは壮絶だった。 「イザベラ、アントワネット、ユイリア、バニラ、ユーコ、チャッテ、ヒメ教官……力を貸して!気ぶりマスクとホーリーナイトやらを潰し…ギルを取り戻す!」 目を爛々と輝かしてハナコは宣言した。諦めかけていたハナコの恋心が、今再び赤々と燃え出した瞬間だった。 ******************** バリスタは激怒した。いよいよ口八丁な男、ボーリャックへ反旗を翻す決意を固めた。 がらんとした料理店「BALLISTA」の店内で、絶望のため息を吐きながらバリスタはメニュー表を開く。そこにはどんと大文字で書かれた”当店一番人気!かつ丼”の文字が躍っていた。 「なんでなのよー!!」 「どうした急に」 バリスタの怒鳴り声に、厨房の清掃をしていた、ボーリャックがひょこっと姿を見せた。 「どうしたもこうしたもないわボーリャック!今日こそ言ってやるわ!メニュー明らかにおかしいでしょ」 開いたメニューをバンバン叩きながらバリスタは叫んだ。 「だが、今日も盛況だったろ?」 「ええ!そこは否定しない。……でも!」 ビシッとバリスタはコーヒーマシンを指さす。 「ここは、喫茶店よ!!」 そう、BALLISTAは喫茶店なのだ。なのに店内のメニューと言ったら丼ものを始めとする重たい料理ばかり。バリスタのイメージする喫茶店とは、大きくかけ離れていた。 「ちゃんと丼もの以外のご飯も出してるだろ?炒飯とか」 「ピラフじゃだめだったのかしら!?」 「麺も出してるだろ?五目焼きそばや担々麺とか」 「パスタ!スパゲティ!」 「最近始めたカレーも人気は上々だ!」 「普通ハヤシライスやオムライスよね!」 ボーリャックに関わりの深い聖騎士たちは腹持ちのいい料理を好み、ボーリャックもそれに応えた結果どんどんメニューは喫茶店から脱線していった。 かといって売れてないかというと実態は真逆で、お昼時はガッツを求めてガテン系のお客さんが来店し、BALLISTAは肉体労働者の味方の料理店として大繫盛していた。 …繰り返すがこの店は喫茶店である。 テーブルに突っ伏すバリスタの前に、カタッと何かをボーリャックが置いた。バリスタが顔を上げてみればそれはコーヒーだった。 反対側の椅子にボーリャックが座った。 「俺は今、とても楽しい。エビルソードを倒すためといえ、人を欺き、罪を重ねて生きていた俺が、誰かの生きる糧を与える料理鍋を振るってるのが、今でも夢ではないかと思う…こんな俺に付いてきてくれてありがとう」 「…別に、嫌なわけじゃないわよ」 バリスタはコーヒーカップを口に付けた。魔王軍にいた時と変わらない、疲弊するバリスタ癒し続けた大好きなコーヒーの味。 「貴方は打算だったかもしれないけど、そんな貴方に救われてた人もいるのよ」 照れた顔を隠すように一気にコーヒーを飲み終えると、売上の集計をしに左手で髪をかき上げながらバリスタが立ち上がった。一瞬。その手の薬指に付いてる指輪がきらりと光った。 ******************** ヘルマリィは激怒した。必ずやあの朴念仁にわからせねばならぬと決意を新たにした。 魔王は滅び、ボーリャックへの誤解が判明すると、イザベルと言ったらこれまでの武人肌はどこへやら、借りてきた猫のようにボーリャックの前では萎縮するようになってしまっていた。 打開のため海の日に聖騎士たちで慰労に、海水浴に出かけると聞いたヘルマリィはとある計画を練った。 (回想) 『こ、これは…!』 『そう、ビーチと言ったらビキニ、ビキニと言ったら?ゴールデンビキニです!』 ビキニを手にわなわなと震えるイザベルに、ヘルマリィはばーんっ、と擬音が見えそうな勢いで叫んだ。 『あなた、いつまでも病院に連れてこられた犬みたいにしょぼくれてるんですか!前のようにあの方と接したいのでしょう?』 『う…でも、私にはもうそれを望む資格など』 『イザベル』 ヘルマリィの声にイザベルが俯いていた顔を上げると、そこには慈愛に満ちたヘルマリィの笑顔があった。 『大丈夫です。あの方もイザベルの正義心は伝わってる筈です。ぜひ、これを機に腹を割って話し合ってきなさい』 『は…はいっ』 『そして、あわよくば彼を誘惑してゲットしてきなさい!』 こうしてイザベルを送り出したのが数日前のこと、首尾はどうかとソワソワして待っていたヘルマリィの宿泊してるホテルに、この世の終わりのような顔をしたイザベルが戻ってきた。 「ヘルマリィ殿ォォォ…全然駄目でした……」 「な、何があったのですか!?」 ゴールデンビキニを身に着けたイザベルは、羞恥と緊張、そして期待で顔を赤くしながらボーリャックの所に向かった。 「ボ、ボーリャック殿ッ!お待たせしてすまな、かっ……」 そこには、反則レベルのどたぷんなおちちにゴールデンビキニを付け、砂浜に鎮座するナチアタ・コンナーニがいた。 「おっぱいでっけぇなぁ…」 ボーリャックはあんぐりと口をあけながらナチアタの一部分を見上げていた。 「ボ、ボーリャックどの…」 「おっぱいでっけぇなぁ…」 「……」 話を聞いたヘルマリィはキレた。イザベルの、乙女の決意をなんだと思ってるのかあの男は! こうなっては手段を選んでられない。ヘルマリィは最後の手段に出た。 「サンク・マスグラード帝国に頼み込んで、メリア殿に「セック(略)出られない部屋」を構築してもらい、そこに貴女とあの男をぶちこみます!」 「ヘルマリィ殿!?」 ******************** イーンボウは激怒した。必ずやボーリャックを表舞台に引きずり出してやると決意した。 人里遠く外れた僻地、そこにはボーリャックの隠れ家があった。イーンボウは眼光するどい目で隠れ家の扉にノックをすると、返事を待たずに扉を開けた。体を半分ほど入れたところでイーンボウの動きが止まった。喉元に白刃が突きつけられていた。 「ククッ…審判の勇者イザベルだな。ボーリャックと師弟ごっこに興じてると聞く」 薄く笑ってイーンボウは己に刃を突き付ける女剣士──イザベルの名を呼んだ。イーンボウの揶揄交じりの声にイザベルの眉間の皺が増す。 「ボーリャックに関わるな」 「関わるな?何の権限があってそれを言うか。業深き女よ」 緊迫した空気を解いたのはこの家の主だった。 「下がってくれイザベル」 「っ!ボーリャック!でもこいつは」 「わかっている。目的ならな」 それ以上何も言えずイザベルは刀を鞘に納めると踵を返す。鼻で笑うとイーンボウは足を踏み入れた、 「いつまでお前は竹林の賢人を気取るつもりだ」 イザベルが湯呑に淹れた紅茶に一口付けると単刀直入にイーンボウは尋ねた。 「活動はしてる。この前も魔王軍残党を討伐した」 「いつまでフリーの冒険者気取りでいるのかと聞いている」 ボーリャックが口を噤み、代わりにイザベルが口を開いた。 「ウァリトヒロイに引き入れ、己の駒とする気でしょ!」 「そうだ、だが、それの何が悪い」 イーンボウが立ち上がって二人を見下ろす。 「ヒュドラ、魔王軍の残党、ルタルタ、モラレルという枷が消え野に放たれた魔族ども…まだこの世は平穏とは程遠い。ハッキリ言う。お前らがそうして僻地に閉じこもる事。それ自体が世界の損失なのだ」 「もう、立身出世など求めん。聖都に戻るつもりもない」 説得は不可能、と判断したイーンボウがため息を吐いた。紅茶を煽ると「邪魔したな」と立ち上がった。 「待った、どうせならなんか買っていけ。例えばどうだ?その湯飲みとか」 「……これは売り物なのか?」 マジマジとイーンボウが湯呑を見つめると、初めてボーリャックが笑い声を上げた。 「よくできてるだろう。イザベルが作った湯呑なのだそれは。結構売れ筋なんだぞ」 途端にイザベルの顔が赤く染まる。 「ボ、ボーリャック、恥ずかしいよ…」 唖然として二人のやりとりを見ていたイーンボウだが、やがて苦笑しながら財布を取り出した。 ******************** ゾルデは激怒した。必ずやボーリャックに、自分が一人前のレディだと思い知らさねばならぬと誓った。 事の発端は聖都奪還1周年の記念日の無礼講。へべれけに酔っ払ったボーリャックがゾルデを指さして笑った。 「おい…!おいっ。ゾルデにはビールは駄目だぞっ。…サワーも駄目だ。…ミルクだ。それかジュースを出してやれ」 周りのアルコールで出来挙がってる聖騎士たちがボーリャックの軽口に大盛り上がりする中、ゾルデは復讐を誓った。 「マスター!カシスソーダおかわりっ けふっ」 この日ゾルデはサカエトルの繁華街で飲み歩きを敢行。既に彼女の飲酒量は5杯目に突入していた。 「うへへへぇぇ……お酒って毛嫌いしてたけど、わるくないものですねぇ」 酒を飲むと決まって人は馬鹿になる。ゾルデの尊敬する聖騎士、それこそボーリャックだってそうだった。 「なんかふわふわして気持ちいい…!へへぇ…」 だが今なら酒飲みの気持ちがわかる。そんなことを思ってると公園が目に入った。 「ベンチ…」 頭が重い。瞼も。おぼつかない足取りでベンチに向かうと、どさっとゾルデは倒れこんだ。 「えへへ…世界が回ってる…」 「……い…かな…可愛」 「……酒で…潰れ…」 「持ちかえ………いけそ……」 男たちの話し声が聞こえる。危ない、早く起きなきゃ。そう思うが酩酊したゾルデの体が言うことを聞かない。 「貴様ら、ゾルデに何か用か?」 凛とした声、なぜかその声ははっきりとゾルデにも聞こえた。ふわっとゾルデの体が持ちあげられ、声の人物──ボーリャックに抱き上げられる。 「ボーリャックさんだぁ…」 「馬鹿たれが。たまたま見かけたからよかったものの、もし俺が現れなかったらどうなってたか…!」 「ボーリャックさんに、わたしはおとなだっておしえたくて」 ボーリャックの叱責が止む。その後、ため息を吐いてお姫様だっこされてるゾルデの頭を小突く。 「お前は立派な聖騎士だ。師の名誉のために魔王城に侵入を目論む強心臓などお前ぐらいだ。外ならぬ俺が一番わかってる」 「ボーリャックさん…」 ゾルデの胸が温かいもので包まれた。ボーリャックの首に手を回すと、ゾルデは彼の頬に頬ずりをした。 「ゾルデ…?」 「えへへへぇ…ボーリャックさんだーいすき…」 ******************** クリストは激怒した。それ以上に恐怖した。 ある日、王都大臣イーンボウの特使がクリストの家を訪れた。驚きつつも応対したクリストは告げられた内容に絶句した。 『イザベルと結婚することになった。あと、イザベルの体には新しい命が宿っている(要約)』 要はデキ婚である。ボーリャックの手紙をテーブルに叩きつけるクリストに、特使は心から同情の目を向けていた。 特使を見送ったあとクリストは椅子に座り頭を抱える。 「どうやってボーリャックさんとイザベルさんがデキ婚したと伝えれば…」 「誰と、誰がデキ婚したって?」 クリストの体が飛び上がった。恐る恐る振り返るとそこには買い物袋を手に持つ、同棲相手のイザベラがいた。 クリストの喉がひゅっと鳴る。硬直して声も出ないクリストに構わず、イザベラはクリストの手から手紙を取り上げると、無言で読み進める。 読み終えるとイザベラが深い深いため息を吐いた。その様子は一見平静で、だがそれがクリストには何よりも恐ろしかった。 「クリスト?」 「はいっ」 「ボーリャックさんを頼むむに足る人だと推したのは誰だっけ?」 「僕です」 「二人の交際報告、受けてたっけ?」 「…自分の記憶の限りではありません」 「つまり、恋人関係を飛ばして二人は結婚したということ。でいい?」 「……おっしゃる通りかと」 ゴウッとイザベラから強大なオーラが噴出し、瞬く間に彼女の手に持つ手紙が発火し塵と消える。 「もうっしわけございませんでした!!」 クリストは跪き、平伏した。ジュダから教わった最大限の謝罪の意思を示す『土下座』である。 「えっクリスト!?」 「絶縁したいというのなら即刻僕は貴方の前を去ります!憤りを晴らしたいというのなら幾らでもサンドバッグになります!どのような罰も受け入れます…ですが、ですが…」 ふわっと、イザベラが土下座するクリストの頭を抱きしめた。 「クリストに怒ってるんじゃないよ?だってクリストも被害者だもん」 「イザベラ様…」 「様づけはやめて。でも、一つ、悲しいことがあるな……」 「そ、それは…?」 緊張した面持ちでクリストが尋ねると、なぜかイザベラは顔を赤らめてもじもじしだす。 「わ、私お姉ちゃんなのにイザベルより後になっちゃった…私も、欲しいな」 クリストの赤ちゃんと、イザベラが小さく言うと、クリストの口から間の抜けた声が漏れた。 ******************** ギルは激怒した。ボーリャックへの憤りで手がわなわなと震えた。 魔王軍崩壊後も、一度は信仰を捨てた自分への罰と放浪を続けるギルはある日、新聞の一面の見出しに驚愕した。 『王都大臣イーンボウと親衛隊メイドハナコがご成婚。仲介者はボーリャック』 「なんだこれは…」 一面に載る悪役面のイーンボウの挿絵を忌々し気にギルは睨みつける。記事によるとウァリトヒロイとレンハートの親善を深める政策の一環としてボーリャックが持ちかけたらしい。 「…要は政略結婚ではないか」 くしゃりと新聞を握りしめながらギルは吐き捨てた。ギルにハナコへ恋愛感情があるわけではないが、それでもギルにとっては苦楽を共にした仲間であり、自分を慕ってくれた妹分だった。 『ギルッ待ってよ!』『ギル~お腹すいた』『ギル!こいつは私が倒すわ!』 頭に思い浮かぶは旅をしてた時のハナコのコロコロ変わる顔。暫し佇むギルだったが、やがて意を決するとギルは馬に跨り駆けだした。 「手を煩わせてすまんなクリスト。何分俗世に疎くてな」 「ギルさんのお役にたてるならどうってことありません」 深くフードを被ったギルがクリストと連れ添ってレンハートの城下町を歩く。 ハナコに直言し、なんとしてもこの結婚を止めねばならない。そう考えたギルはクリストに密書を出して助力を依頼した。一際慎重で、顔も広い彼が協力者に最適とギルは判断した。 ふと、ギルは違和感に気づく。城下町を行き交う人が少なすぎるのだ。疑問をクリストに伝えようとした時だった。 左右の建物の屋根から空砲がなった。直後に四方八方からレンハート兵士、そして親衛隊メイドが現れギルを包囲しようとする。 「なに!?」 ギルは驚愕した。クリストが魔法で作った壁を横道を塞ぐように設置したのだ。逃げ道がなくなったことを察したギルは絶句する。 「ごめんなさいギルさん。彼女が不憫で仕方なく」 クリストが手を叩くと、レンハート兵たちが左右に分かれ、一人のメイドが姿を現した。黒髪の、特徴的な目つきの少女、ハナコである。 「やっと現れたね。どれだけ私があんたを探したと」 「ハナコ…!これはどういうことだ!イーンボウとの結婚は!?」 「ああ、あれね?狂言よ。あんたをおびき寄せるための」 くるくるとモップを回しながらハナコが足を進める。ギルの前に立つとハナコが案じ顔でギルの顔を見上げた。 「ギル、痩せたわね。ちゃんと食べてる?」 「なぜっこんな芝居をした」 「だからあんたをおびき寄せるためよ」 壁際に追い詰められたギルの顔にハナコの手が伸びる。 「言っとくけど結婚話が舞い込んでるのはほんとよ。でも、私の決めた人は一人だけ」 ギルの顔に触れ、ハナコが微笑む。その笑顔が何故か直視できず、ギルは目を逸らした。 「…俺のような男に出会ったのが間違いだった。お前なら幾らでも幸せな結婚ができる」 「私の番となる男は私が決めるわ!…そして」 グイッと、ハナコがギルの服の襟を掴んだ。 「私の惚れた男を悪く言うのは、たとえギル自身でも許せない」 涙でキラキラと輝くハナコの目がギルを見つめる。なぜかギルはその姿がなにより美しいものに見え、目が離せなかった。 ******************** イゾウは激怒した。手に持っていた筆ペンを放り投げ、己をこんな境遇に置いたボーリャックに怨嗟の声をぶつけた。 「やってられっか!もう俺は辞めるぜ"団長"!」 「全く同じ言葉を3日前も聞いたな"副団長殿"」 表情を微動だにせず山盛りに積まれた書類を淡々と処理していくボーリャック聖騎士団長に、副団長のイゾウの苛立ちが募る。 「耳にタコができるほど言ったが今日も言わせてもらうぜ。やっぱ俺には副団長なんて無理だ!そんな達者な頭に生まれてねぇ!」 「ボーリャック殿直々の任命だから諦めろ。それにお前の書類は確りまとまっている。ミサ殿に感謝を伝えるのだな」 ぐっ、とイゾウが言葉に詰まった。机に山積みとなった書類を憎々し気に睨みつける。ボーリャックの言った通り書類の書き方は大まかにはわかってきたし、内容も生前より遥かに頭に入る。恐らく憑代となっているミサの頭脳が明晰さの賜物だろう。 盛大にため息を吐き机にイゾウが突っ伏した。 「クリストはいつ戻ってくんだよぉ。畜生…」 クリストは今聖都にはいない。イザベラと結婚し、盛大に祝われた彼は今、新婚旅行の最中だった。 わが意を得たりとボーリャックが話に乗る。 「うむ、戻ってきたら俺は即刻あいつに団長の座を譲ろうと思う」 「は?」 聞き捨てならない台詞だった。 「ちょっと待て。クリストは副団長で俺の代わりにお前を補佐するはずじゃ!?」 話が違うとイゾウが叫んだ。ボーリャックも「心外!」という表情で言葉を返す。 「いやいや、俺が思うに戦乱はともかく平時に移行時の組織の長はアイツが適任だ」 「アイツは№1より№2向きだろ!ということで俺が譲る!」 机を叩きながらイゾウが怒鳴った。ボーリャックも顔を真っ赤にしてイゾウを睨みつける。 「何と言われ様とも俺はクリストに団長の座を譲るぞ!そして即刻下野して隠居生活を送るんだ俺は!」 「馬鹿野郎!おめぇのような多才野郎が逃げれると思うな!辞めんのは俺だ!」 騎士団長と副団長の威厳はどこへやら、醜い言い争いをすること数分。肩で息をしながらボーリャックは、同じく呼吸を荒げるイゾウに妥協案を出した。 「よし、こうしよう。何とかしてイザベルか、ギルを聖都に連れ戻す。そして二人のどちらかとクリストに後を任せ、俺たちは即刻下野する」 「イザベルはヘルマリィが手放すか?ギルも絶賛放浪中。自信はあるのか?」 「…何とかする」 「イザベル、もしよろしかったら秘書として、改めて貴女を雇いたいと考えております。……なるほど。でも、まだボーリャックに会う決心がつかないのでしょう?貴女の心が落ち着くまで、私を支えてくれないでしょうか?」 「ふふっ、そう言ってくれると信じてました。それでは契約書を新たに交わして……これからもよろしくお願いしますね、イザベル」 「ギル、陛下が貴方の活躍を耳にして、一度お会いしたいと会食を望みなの。面倒かもしれないけど……一度、レンハートに足を運んでくれない?たぶん、ギルの才を求めてると思うの」 「ホント!?レンハートに来てくれるのねギル!じゃあ鉄は熱いうちに打てともいうしすぐ行きましょう!あっ、宿泊場所は私の実家でいいわね!」 「クリスト、コトが気になってたよね?向こうの宗教事情が知りたいって。このままコトの方に海を渡って、ジュダに会いに行ってみない……?」 「……うんっ。クリストならそう言うと思ってた。権威とか名声が通用しない異国の地で、己の才能で道を切り開いて見たかったんでしょ?…『なんでわかった』?だって私、クリストの奥さんだから」 ******************** マリアンは激怒した。あの1級フラグ建築士に雷を落としてやると心に決めた。 俗世の喧しさを避けるため僻地に設けた一軒家。そこで三人の美女がマリアンの前で神妙な顔で正座していた。 マリアンは向かって左側の女性に目を送る。彼女の名前はイザベル。クリストのパートナー、イザベラの妹。 魔剣によって運命を狂わされし悲劇の女性であり、魔王軍征伐後も、贖罪のためソロで旅を続けると言い張るイザベルを案じたクリストは、ボーリャック達に彼女を託した。 『任せな。せめて心の傷が癒えるまでは二人でしっかり見守ってあげるよ』 妹をお願いしますと、何度も頭を下げるイザベラに、マリアンは胸を叩いてみせた。 向かって右側の女性に目を送る。彼女の名前は聖騎士イザベル。魔王軍に加わったボーリャックに誰よりも憤り、糾弾したイザベルは、彼の真意を知った後、酷く打ちのめされ、己を責めた。 思い詰めるあまり極端な選択をすることを恐れたヘルマリィは、マリアンにイザベルを託した、 『どうか、イザベルとあの方の橋渡しをしてもらえないでしょうか』 己の護衛のために深々と頭を下げるヘルマリィの姿に胸打たれたマリアンは、彼女の願いを快諾した。 Wイザベルに挟まれた中央の女性に目を送る。彼女の名はバリスタ。スパイとして活動していたボーリャックと親密になり、やがてボーリャックの説得もあって軍を離れた元、エビルソード軍の軍人。 ボーリャックと共に活動したいというバリスタの願いを受け入れるか悩むボーリャックに、マリアンは静かに言った。 『お前は、あの子の運命に大きく関わった責任がある』 その言葉でボーリャックは彼女を受け入れる決意を固めた。 その三人が今、緊張した顔で勢ぞろいしている。信じられないことに三人ともボーリャックに惚れてしまったのである! 「で、どうする…?」 やっとの事でマリアンが尋ねると、三人は顔を見合わせた後交々に喋り始めた。 「わ、私はボーリャック殿の命を狙った身…愛される資格はないから身を引いてここを去ろうと」 「元々私は魔王軍にいた身。私と結ばれてもボーリャックにいいことはないわ。だから…」 「…私は、二人ほどボーリャックと関りが深くない。それに血で汚れた私が愛される資格は…」 「もういい!わかった。マリアンさんに任せな」 「嘘だろ…」 傭兵稼業の任務から戻ってきたボーリャックは事の次第を聞いて絶句した。 「ところがどっこいこれが現実。この女の敵め。で、彼女たちの思いにどう応える?」 「…三人とも俺にはもったいない女性だ。いやそもそも、俺に愛される資格などっ…!?」 マリアンがボーリャックの胸倉を掴んだ。 「逃げんな馬鹿。お前さんが一人悪人になるだけで四人の女が救われるんだよ」 ボーリャックが四人、と小さく呟く。暫し逡巡の時を経て、ボーリャックが「わかった」と小さく、だがはっきりと答えた。 「よし、じゃあ後は任せる」 ほっとしたマリアンがボーリャックに背を向ける。すると、ボーリャックが背後からマリアンを抱きしめた。 「な、なにしてるのさ!?」 「四人の愛に答えて見せるさ。まずはマリアン。お前からさ」 マリアンは愕然とした。確かに自分は4人とは言った。だが"こういう意味"ではなかった。誤解を解こうとマリアンは口を開く。 「私は、アンデットだよ。愛される資格などないよ」 マリアンは己の口から出た言葉に愕然とした。 (何だ今の私の言葉は。三人とまるで変わらないじゃないか!) 「気にしないさ、そんなこと」 ボーリャックの腕に力がこもる。それに喜びを感じる自分がいることを、マリアンは自覚せざるを得なかった。 ******************** コージン・ミレーンは激怒した。必ずやボーリャックにプロレスの奥深さを思い知らさねばならぬと誓った。 ある日、格闘技総合雑誌を読んでいたコージンは飛び上がらんばかりに驚いた。そこにはボーリャックの独占インタビューがあった。それはいい。問題はそこからだった。 『貴方が一番夢中な格闘技は?』「やはりボクシングですかね…。プロレスも魅力的ですが、ボクシングの緊迫感には勝てない」『何かきっかけでも?』「一人のサキュバスのリングでの雄姿を見かけてからはまっちゃって。今では大ファンです!」 「この裏切者がぁ!」 コージンは雑誌を引き裂いた。コージンは臆病者である。魔王軍との最終決戦でG.C.レックスを破るという大功を挙げながらも、未だにレンハートに帰る決心のつかないチキンである。それでも、プロレスへの愛と情熱は本物だった。 ただちに仮の姿、レンハートマンホーリーナイトに変装したコージンはプロレスの敵、ボーリャックを討つべく颯爽と旅立った。 「ここがあの男のハウスか…」 サカエトルにあるボクシングジム、『ウァリトジム』をコージン改めレンハートマンホーリーナイトはギラついた目で睨む。 「頼もーーー!!」 ドアを荒々しく開け、ホーリーナイトは敵陣に乗り込んだ。思わぬ乱入者にジムの門下生の目が彼に集中する。 その中にボーリャックもいた。ボクシンググローブを装着して。コージンはキレた。 「ボーリャック!プロレスリングの裏切者、貴様を誅しに来た」 「まあ、待て」 殺気だつホーリーナイトをいなすように、ボーリャックは鷹揚な態度を崩さない。 「俺もプロレスへの愛は忘れていない。だが…俺は一人の女神にあった。そしてボクシングへの愛に目覚めたのだ」 「なら、そいつを討つ!」 コージンが叫んだ直後、リングの上から一人の女性がホーリーナイトに声を掛けた。 「あんたの恋敵はアタシさ!文句があんならリングに上がんな!」 リングの上の彼女を見上げた時、ホーリーナイトの体に電撃が走った。 「あれが我らのジムのアイドル。ジョルトカウンター・サキュバスさ」 ボーリャックの自慢げな声もホーリーナイトには半分も届いていない。それほど彼が受けた衝撃は大きかった。 リング上の彼女は世間一般のサキュバスとは大きく違った。 極限まで鍛え上げた筋肉質な肉体。女性らしさの欠片もない粗野な振舞い。そして。生傷だらけの彼女の顔面。 全てが、彼女の過酷な軌跡を雄弁に物語っている。だがそれが、なによりもコージンにとっては──。 「美しい…」 「お?物好きな方だ。ハハッ!」 本心とは思わずにジョルトカウンターサキュバスは笑う。リングに上がったホーリーナイトはジョルトカウンター・サキュバスと相対する。 「ボーリャックをボクシングのリングに引っ張り上げたのは私さ。文句があんなら私を倒しな」 「ああ…ついでにもう一つのリクエストしてもいいかな」 「なんだい?」 ホーリーナイトはジョルトカウンターサキュバスの目を見据え、一息に告げた。 「もし私が勝ったら、私とデートしてもらえないだろうか?」 「はい?」 「「「はぁぁぁぁぁ!!??」」」 リング外の屈強な男たちが一斉に叫んだ。意外にも一番大きな声を挙げたのはボーリャックだった。 意外な申し出に少し戸惑った様子のジョルトカウンター・サキュバスだが、直ぐに平静を取り戻すと豪快に笑う。 「あんた、とことん変人だね!私のような女に。…いいよ、もし勝ったらデートしようか!」 「うむ!」 ホーリーナイトが満足げに頷く。既に当初の目的は彼の頭からはすっかり消え去っていた。 ******************** ジュダは激怒した。理想に燃えるクリストを出迎えながら、彼を送ってきたボーリャック聖騎士団長に思いっきり心の内で叫んだ。 (なんでイザベラはんと一緒に連れてこんかったんや!?) 「よろしくお願いしますジュダさんっ」 気負いこんだ顔つきのクリストが深々と頭を下げた。彼は今、コトに聖都の信仰の布教のために訪れていた。 「ほんま久しぶりやわぁ、クリストはん」 チラリとクリストの後ろに控えるシスターに視線を送りながら、ジュダはクリストと旧交を温める。 「でも、イザベラはんを連れてくると思っとったけど…?」 「ああそれは、理由がありまして、妹のイザベルのことです。少しでも二人の時間を取っておいた方がいいと思いまして」 「…ほんまに優しいお人やなあ、クリストはんは」 ジュダは好まし気な顔をクリストに向ける。惨劇で引き裂かれた姉妹が失われた時を取り戻すように寄り添うのを邪魔しない、という考えはジュダにも納得できるものだった、 「それにもう一つ、理由が加えるなら」 クリストが答える前に、彼の背後で無言で佇んでいたシスターが口を開いた。 「イザベラさんは聖職者ではありません。餅は餅屋、ということですね」 「…へえ」 薄く笑いながらジュダはシスター、カタリナ・イーネを見据えた。カタリナが百点満点の営業スマイルで微笑みを返す。 一瞬、温度が下がったような感覚をクリストは覚えた。 「とにかく、二人とも歓迎するで!コトを活動拠点にするんやろ?」 既にジュダの実家ではクリストたちを出迎える準備を済ませ、今や今やと待ち構えている。だが、カタリナはまたも首を振った。 「申し訳ありませんが、活動拠点は魔古屋にしようと思ってます」 「なんでや!?コトでええやろ!」 驚いたジュダがクリストに詰め寄る。カタリナは二本、指を立てた。 「理由は二つ、私の調べた限りではコトは有数の宗教都市、そこに基盤のない私たちがいきなり踏み入れるのはリスクが大きいと判断しました。二つ目はまだ私たちはこちらの風習に疎いということ、前述の理由と合わさって反感を買いかねません。まずは軋轢のリスクの少ない地方がいいと」 「なら、ウチがクリストはんが、クリストはんたちが迷惑を被らないよう案内役をすればええだけの話やありまへんか」 クリストを間に挟んで二人の美女が激しく言い争い始める。クリストは青い顔をしてオロオロするばかりだった。 「ボーリャック団長、なぜ、カタリナをクリストに同行させたのですか?」 聖都の大聖堂で、祈りを捧げる聖騎士新団長、ボーリャックにおずおずとゾルデが尋ねた。 「本人からの強い自薦があった」 「それだけなら、他の人だって…」 釈然としないゾルデの頭を撫でながら、ボーリャックはカタリナとの面談時での記憶を回想する。 『クリストさんはとにかく望まずでも声望が集まってしまう方。その声望にどう接すればわからず彼は大変苦労したと聞きました』 『そこで私が、彼に集まる声望をうまく利用して、布教へのプロデュースに活用してみせます。この手のことは得意なんです』 『まあ、あとは……興味が個人的に湧くんですよね。これが羨望か、嫉妬かわかりませんが…。望んでもいないのに名誉が転がり込むところを見分し、そこから何かを掴み取りたいのです』 「……リャック……ボーリャックさん!?」 「あ、ああ。すまない」 ゾルデの大声に回想から戻ったボーリャックが慌てて返事をした。 「まあ、あえて言うなら…気ぶりを感じたからかな」 「気ぶり…?」 なんでもないさ、と再度ゾルデの髪を撫でるとボーリャックは大聖堂を後にした。 ******************** ブライは激怒した。必ずやボーリャックをぶちのめさねばと心に誓った。 ブライは政治がわからぬ。ちゃんとした軍で心から戦いを楽しめればそれでよかった。 だが、魔王軍は滅んだ。敗戦の中でブライは死ななかった。いや、死ねなかった。 放浪するブライの前に現れたのが、かつての同僚、仮面魔候リャックボー。いや、魔王軍崩壊の功労者、勇者ボーリャックだった。 『何しに俺の前に現れたスパイ野郎』 ブライが荒んだ声をあげた。 『死にぞこないに介錯してやろうと思ってな。死にきれず、魔王軍復活などという愚には付けず、かといって今更正道に戻る気にもなれんお前のような死にぞこないを』 『はっ、そうかい』 ブライが哄笑した。笑いを収めると素早く刀を抜き、剣先をボーリャックに突き付ける。 『なら、殺してもらおうか。お前なら笑って死ねそうだ』 不敵に笑みを浮かべ、ブライが刀を構える。応えるようにボーリャックが剣の鍔を鳴らした。 「それがなんで今、俺は生きてるどころかこんなことをしてんだぁぁ!?」 『万事屋ボーちゃん』の看板がかかった建物を憎々し気に見上げると、憤懣をぶつけるがごとく玄関の扉を勢いよく蹴り飛ばす。 「きゃあ!?」 「おらぁっ!迷いネコのみーちゃん見つけてきたぜ!」 悲鳴をあげる事務のバリスタに構わず、ブライは社長椅子にふんぞり返るボーリャックの前にずかずかと進むと、猫の入った籠を丁寧にデスクに置く。 「ご苦労、流石潜伏時から俺が見込んでいた人材だ」 「ふざけんな!なにが介錯だバカヤロー!」 「介錯しただろ。あの時放浪してたブライは俺に完敗し死んだ。今のお前は我が事務所の優秀な社員だ」 「こ、こいつ…!」 ブライは喉元までこみ上げる怒声を必死に抑える。何を言ったところで口ではボーリャックの相手ではないのだ。それに大声は猫がビックリする。 「では次の依頼だ。浮気調査に廃教会に住み着いた魔物の討伐、ヘルメイノの逃亡の護衛」 「今やばい内容がなかったか?」 「気のせいだ。お前ならやり遂げられると信じている」 ボーリャックが合図を送ると頷きながらバリスタが立ち上がり、会議室の扉を開ける。すると中から青肌の魔族の少女が出てきた。 「よ、よろしくお願いします…」 「マジかよ…」 「仕方ねえか」と頭を掻きながらブライは呟く。 この後訪れる波乱の日々を思い、沸々と湧き上がる闘争心に笑みを浮かべた。