暗く静かな夜…哀れな少女は 人生最大のピンチに陥ていた… 「ぐふふ…さあ お嬢ちゃん?そっちの番だよ?」 (なんで?こっちは『ズル』までしたのに…!) 少女は慟哭する しかし現実は非常であった 豪華客船『オスポワール』において 弱者に救いはない。 「おやおやぁ?これはもしかして…」 相手がニヤニヤと笑い 札束で顔を仰ぐ 結果などわかっているだろうに わざと相手に尋ねるような口調で確認する 悪趣味であった。 「…この勝負…誰が見ても…」 いやらしい笑みを浮かべ 少女の相手は… 「これは…私の勝ちだねぇ!!!」 そういって『怖がり』さんは笑いながら、 崩れ落ちる少女から金をむしり取った。 まごうことなき カスであった。 〜腎臓賭博目次録 怖がり〜 『オスポワール脱出編』 そう…すべては些細なミスから始まった 初めての船旅に浮かれて、それが自分の乗る船かをしっかり確認もせず間違えて乗り込んだ。 きらびやかなシャンデリア、流れるワルツ、グラスを傾ける紳士淑女たち。 なんて素敵な船だろうと胸を躍らせた少女を待っていたのは、優雅なディナーでも海風に吹かれるデッキでもなく―― 地下のカジノだった。 震える手でテーブルに突っ伏しながら、涙目で振り返る。 (おかしいって思ったのよ。ちょっと楽しいゲームにでないかって誘われて。暇つぶしにいいかなってついて行ったら参加費がやたら高いなって。でも「勝てば何倍にもなりますよ」って言われて…そもそもオスポワールって何よ!?オスいないし!!) 気づいた時にはもう遅い。 チップ代わりに差し出したのは自分の身分証明書、そして今や借用書の山が少女の目の前に積み上がっている。 利息だけで首が回らない額に膨れ上がっていた。 「へぇ〜、船間違えたんだ?ウケる〜」 銀髪の小柄な少女がポテチを頬張りながらケラケラ笑う。 さっき少女から巻き上げた金で買ったらしい。 「笑い事じゃないの!!あんたに負けたせいで余計に…!!」 と、その時だった。 フロアの奥から、カツン、カツンとヒールの音が近づいてくる。 甘ったるい香水の匂いが空気を塗り替えた。 「お楽しみのところ失礼いたしますわ」 現れたのは、ディーラー衣装からはち切れんばかりの豊満な体を揺らす長身の美女。 目の前であぐらをかいてポテチを貪る貧相なカスとは正反対である。 にっこりと微笑んでいるが、その目は一切笑っていなかった。 「あら、こちらのお客様…随分と負けが込んでいらっしゃるようですわね?」 視線が少女Aに刺さる。 「そろそろ…『お支払い』のお話をしませんこと?」 ディーラーの笑顔が深まるたびに、少女Aの顔から血の気が引いていく。 「ご安心くださいませ。うちの船、『オスポワール』では『働いて返す』という選択肢もご用意しておりますの。そうですね…ざっと見積もって、五年ほど船内の雑務をこなしていただければ」 「ご、五年…!?」 「あら嫌ですの?でしたらもう一つ。腎臓のお値段ってご存知?最近なかなか良い値がつくんですのよ?」 「ひぃっ…!」 優しい声色で紡がれる内容が物騒すぎる。 「どちらがお好み?」と小首を傾げる仕草は可愛らしいのに、目が完全に捕食者のそれだった ふと、怖がりの目に怯える少女Aの制服に目が止まる。 見覚えのある校章。 「ん?……あー、あの子同じ学園じゃん」 怖がりはポリポリと頭を掻いた。 今日はもう勝ち分持って帰ってパチにでも寄るつもりだったのだが… 「…はぁ〜〜〜。めんどくさ」 同じ学園の生徒が行方不明になろうと、正直怖がりからすればお可哀想にとしか思わなかった。 しかし、目の前でその現場を目撃し、止められたかもしれないのに見逃すのは…また別だった。 「はぁ…はいはい、わかったわかった。勝たせてやったんだから偶には人助けでもしてみろってことねギャンカスの神様……ちょいちょい、そこのおねーさん、ちょっと待ってくんない?」 「…あら?あなたは先ほど大勝ちされていた…」 「そ、私がこいつの『連帯保証人』になってやるよ。いくら?」 ディーラーが目を細める 。 「…いいの?あたし…何も悪くないあんたに当たって…」 「いいのいいの気にしない!さっきは久々に稼がせてもらったし!」 「ふぅん…お優しいこと。ですが、あの負債額ですわよ?正気でして?」 電卓をパチンと叩く音。 表示された数字を見た怖がりの表情が一瞬固まったが―― 「…ま、なんとかなるっしょ!たぶん!!」 「たぶんって何!?」 こうして少女Aの命運は 怖がりへと託されたのだった。 ──意気揚々とテーブルに着いた三十分前の自分を殴りたい、と怖がりは心の底から思っていた 「ちょ…なんで?なんでぇ…?」 「ちょっとぉ!?めちゃくちゃ負けてるんだけどぉ!?」 チップが溶ける。 砂の城が波に攫われるように、熱湯に放り込まれた氷のように、クソボケを前にした浦和ハナコのように、みるみるうちに溶けていく。 ブラックジャック、ルーレット、ポーカー、バカラ……何をやっても勝てない。 いや、正確に言えば怖がり自身の腕が壊滅的にバチクソ下手なだけなのだが、それにしても減り方が異常だった。 「まあ、まあ。お強いですこと」 嘘である。 ディーラーは涼しい顔でカードを配り、ルーレットの玉を転がし、すべてを操っていた。イカサマの手口は完璧で、客の側からは絶対に見破れない。 シャッフルの度に彼女の胸元で揺れるたわわな胸だけが唯一の目の保養だったが、同性であり、そもそもそれどころではない二人に取っては何の関係もなかった。 むしろ屈辱だった。ちくしょう。 「あと…あと何枚…?」 ぐにゃあぁあ〜〜と歪む視界の中、手元のチップを数える指が震えている。 残りわずか。 次の一勝負で全てを賭けなければならなかった。 「あ、あの…もうやめない…?」 「うるさい!!ここで引いたらカッコ悪いでしょ!!」 カスの癖に ギャンブルに対するプライドだけは一丁前だった。 しかしディーラーが次のカードをシャッフルする音は、少女Aにとっては死刑執行人が斧を研ぐ音にしか聞こえなかった。 ディーラーはカードの束を指先で弄びながら、内心でほくそ笑んでいた。 (──また一人、堕ちましたわね) これで二人目。 船旅の浮かれた気分で乗り込んできたカモたち。 最初は威勢がいいのだが、少し搾ってやればすぐに顔が青くなる。 そして最後には決まって同じ台詞を吐くのだ 『船で働かせてください…』 誰一人として「内臓を売る」を選んだ者はいない。 あれはただの脅し文句、便利な常套句に過ぎなかった。 船での労働が『売るよりはマシ』と自らの意思で選ばせる為の嘘。 (ふふ…この子ももうすぐ…) 目の前の銀髪の少女。 先ほどまでは妙に自信満々だったが、今や目に涙を浮かべて手札を睨んでいる。 滑稽だった。 隣の小娘もろとも船底で皿洗いさせてやればいい。 いや、この見た目なら客室係に回してやってもいい、と下卑た計算が脳裏を走る。 (わたくしの夢…わたくしに相応しいオスのお嫁さんになるための資金、あと少し…!) そう、彼女には崇高な目的があった。 将来の夢はお嫁さん。 素敵なオスを見つけて、小さな白い家で暮らす。 そのためにはまず金がいる。 だからこうして毎晩カモを狩っているのだ。 全ては、いつか手にする愛のため…! 「申し訳ありませんわお嬢様方?わたくしにも生活がありますの」 ディーラーはにこりと営業スマイルを貼り付けた。次のゲームで仕留める。 手札の配り方は既に決まっていた。 どのカードがどこに落ちるか、彼女だけが知っている。 ディーラーの指先が閃いた。 袖口に仕込んだ薄い鋼線がテーブルの裏を走り、カードの並びを自在に操作する。 ディールシャッフルの最中に一組だけ別の場所に隠し、次のゲームで怖がりに配る札だけを選別。 完璧なイカサマだった。 「さあ、おやすみなさい」 配られたカード。 怖がりが手にしたのはキングのペア。 通常なら悪くない手だが、こちら側は既にエースのペアを確保済み。 どう転んでも勝てるはずがなかった しかし、その時。 船が大きく揺れた。 巨大な波が船体を直撃し、オスポワール全体が激しく振動する。 テーブルも大きく揺れ動き、カードが宙を舞った。 「きゃっ!?」 イカサマ用の鋼線が振動で緩み、隠してあったカードの束がバラバラと床に散らばる。 しかもそのうちの一枚が―ディーラーの足元に滑り込み、エースの片割れの代わりに彼女自身の手札に混ざった。 キングだった。 「…え?」 これにて、エースのペアが不成立となる。 最悪の組み合わせ。 ディーラーが顔面蒼白になる一方、散乱したカードの中から怖がりが無造作に拾い上げた手札は… 「――ロイヤルストレートフラッシュ」 「…は?なにこれ。え、勝ち?勝ちなの?」 「うそ…でしょ…?」 周囲のギャラリーがざわめく。 ディーラーは唇を噛み締めた。 ありえない。 こんな偶然、起こるはずがない。 だが現実は残酷で、賭け金の何十倍もの配当が怖がりと少女Aの前に積まれていく。 二戦目。 気を取り直したディーラーは即座にイカサマを修正し、鋼線を結び直した。 今度は完璧だ。 負ける要素はない。 「さあ、どうぞ」 怖がりがカードを開こうとした瞬間、船のスプリンクラーが暴発。 冷水がディーラーの顔面に直撃し、手元が狂った結果 怖がりがまた勝った。 「……………」 三戦目、四戦目、五戦目と続けるうちに、もはや偶然の域を超えていた。 ルーレットで怖がりが赤に賭ければ赤が出る。 ブラックジャックで怖がりがバースト寸前でディーラーだけがバーストする。 確率という概念を嘲笑うかのような幸運の連続に、ギャラリーは恐怖すら覚え始めていた。 「なんか今日めっちゃツイてるんだけど!あはは!」 「あ、あんた本当に大丈夫…?逆に怖いんだけど…」 そして今。 スコアボードに表示された数字をディーラーが凝視する。 「あと一回…あと一回勝たれたら…」 借金が帳消しになる。 それどころか、怖がりには多額の勝ち分が残る計算だった。 胸の下で心臓が早鐘を打つ。 額に冷や汗が伝った。 ディーラーの脳裏に、遠い日の記憶がよぎった。 (あの頃のわたくしは…まだ純粋だった) まだこの仕事を始めたばかりの頃。 客を騙すことが苦しくて、イカサマなんて一度もしたことがなかった。 正々堂々、真っ向勝負。 それがディーラーとしての矜持だと信じていた。 なのにいつからだろう、イカサマに手を染め、客の不幸を糧にすることに何の痛みも感じなくなったのは… 「…最後くらい、正面からやってやりますわ…」 ディーラーが静かに鋼線を外し、袖の中を確認する。 何も仕込んでいない。 デッキからカードを取り出し、丁寧にシャッフルする。 その手つきには、かつての初々しさが宿っていた。 「お、なんか急に雰囲気変わったね」 「ね、ねえ……なんか嫌な予感するんだけど…」 「最後の一戦ですわ。お互い、小細工なしで参りましょう」 ディーラーが五枚のカードを怖がりに配る。 自分の手札も開く。 ポーカーフェイスの仮面の奥で、彼女の瞳にはかつての輝きが微かに灯っていた。 (さあ…来なさい…!!) 船内が静まり返る。 全員が固唾を飲んで二人の手札を見守っていた。 怖がりが、手札を開いた。 「ストレート」 あっさりとした一言だった。 場の空気が凍りつく。 「…え?」 ディーラーが自分の手札を震える指で確認する。 ツーペア。 負けだった。 たったそれだけの、地味な敗北。あれだけの幸運が続いた直後に、こんな呆気ない幕切れ。 「…あんたさ」 怖がりが椅子の背もたれに体を預け、ニヤリと笑った。いつものヘラヘラした笑みではない。裏社会で生き残ってきた者特有の、底冷えする笑みだった。 「あんたのイカサマ、最初っから全部気づいてたよ」 「…さて なんの事でしょうか?」 「鋼線でしょ?」 全部お見通し。 ギャラリーがどよめく。 ディーラーの顔から一切の血色が消えた。 「でもさ、バラしたらつまんないじゃん? あんたが必死にズルしてるの見てる方が面白かったし」 「……っ!」 「でも、最後だけイカサマやめたでしょ。あれ、ちょっとカッコよかったよ」 その言葉に ディーラーさんの目から悔しさの色が消えた。 フッ…と微笑み どこか清々しい笑みを浮かべて、己の負けを認めたのだった。 「…え、ちょっと待って。じゃあ今まで負けてたの全部わざと…?」 「まあね〜」 「あんた最っ低!!めちゃくちゃ怖かったんですけど!?」 しかし怖がりの言葉は真っ赤な嘘であった。 実際のところ、イカサマに気づいていたのは最初の一回だけ。 鋼線を使っているのは偶然見えたが、それ以降のディーラーが仕掛けた巧妙な手口は何一つ読めていなかった。 ディール中に指先の微細な動きでカードを操作していたことなど知る由もない。 (あっぶなかったー…!!マジで破産するとこだった…!!) 内心は冷や汗ダラダラである。心臓が口から飛び出そうだった。 最後の勝負でたまたまストレートが来たのは天のギャンカスの神様に感謝するしかない。 もしブタだったら、今頃船の底でタダ働きさせられていたのは怖がりの方だった。 (でもここで弱み見せたら終わりだから…!!ハッタリ貫け私…!!) 虚勢という名の鎧を纏い、余裕綽々の態度を崩さない。 それが怖がりさんの生存戦略だった。 相手に「こいつには勝てない」と思わせた者が勝つ。 たとえ本当の実力と性格がゴミクズでも…!! 「あなた、最初から全部…」 「うんうん、全部ね」 彼女の人生くらい、大嘘である。 「ふふ…お見事ですわ…まるで…あの伝説の…」 「…ねえ、なんかさっきから変な空気になってるけど、大丈夫?」 「気にしない気にしなーい!!おらおらー!!賭け金さっさと持ってこいやー!!あたしの勝ち分まだ残ってんだろーが!!」 調子に乗った怖がりがテーブルをバンバン叩きながら吠える。 完全に勝者の余裕に浸っていた、が―― バンッ、と乾いた音。 銃声ではない。 ドアが蹴り開けられた音だった 黒服の女たちがぞろぞろと入ってくる。 五人、十人…その全員が無言で銃口を怖がり、少女A、そしてディーラーに向けていた。 「ひっ…!?」 「…わたくしもここまで、ですわね…」 「え、ちょ、なにこれ?」 黒服の一人が前に出て、低い声で告げた。 「全員動くな。このフロアはたった今から『オーナー』の管理下に入る。勝手にゲームを続けた者は全員処分対象だ」 「は、はぁ!?」 要するに、ディーラーがやられそうになったのを見て船の上層部が介入してきたのだ。 それも、ただやられるだけならまだしも、『イカサマ』の事実が広まり、挑戦者が居なくなるのは困るのだ。 「に、逃げ……!」 少女Aが叫ぶより早く、怖がりが二人を引っ掴んで走り出す。 「逃げるよぉぉぉ!!!死ぬ死ぬ死ぬ!!!」 背後から怒号と銃弾が飛ぶ。 三人は転がるようにカジノを飛び出し、薄暗い船内通路へと消えていった。 三人が通路の角に身を潜めた直後、銃声が壁を震わせる。 弾丸がすぐ横の手すりを弾き、火花が散った。 「あ、あなた…わたくしまで連れ出して…!」 ディーラーが目を潤ませる。 敵であるはずの自分まで庇ってくれた。 性格の悪いカスだと思ったら なんて勇敢で優しい子なのだろう。 「へへっなぁに…困った時はお互い様よ…!」 少女Aの目がすぅっと細くなり、ジトッとした視線が怖がりに突き刺さった。 「あんたさ」 「ん?」 「ディーラーさんがデカいから弾避けになると思って引っ張ってきたの?」 「あーバレた?うん、だって勝負中にずっとばるんばるん揺らしててムカついたじゃん?」 「えぇ…?」 「…わたくしの胸は防弾シールドではありませんのよ?」 ディーラーの感動が音を立てて崩れていく。 残ったのは「デカパイ盾」というあんまりな現実だった。 三人は船内を全力で駆け抜けていた。 目的はただ一つ、脱出。 しかし現実は甘くない。 ダダダダダッ!! 黒服たちの一斉掃射が襲いかかる。 通路が火線で埋め尽くされた。 「ぎゃああああ!!」 弾が怖がりの背中に直撃した。 バチンッと派手な音がして、小柄な体が前のめりにつんのめる 「いっったぁ!?」 しかし怪我はない。 キヴォトス人の頑丈さは伊達ではなく、痛いだけで済んでいる。だ が怖がりに当たった弾の反射で跳ねた流れ弾が―― 「きゃっ!?」 ディーラーの横乳を掠め 「うわっ!」 少女Aの足元に着弾し 「ひでぶっ!?」 怖がりへと 帰ってきた。 二人とも無事。 なぜか怖がりだけに弾が集中している。 物理法則へ勲章を授けてやりたかった。 「なんであたしばっか!?おかしくない!?」 「あんたが真っ先に逃げたからでしょ!?」 そしてまた一発。 今度は怖がりの尻に命中した 「ひぎぃッ!?」 「…あの、私に当たる角度だったはずですのになぜあなたばかり被弾なさるの…?」 船首の扉が見えてきた、あと少し。 しかしその手前にバリケードが築かれているのが遠目にも分かる。 逃走経路は、塞がれつつあった。 そして、3人の前には、巨大な影が立ちはだかっていた。 ロボットの頭部を持つスーツの大人。 船内の照明を反射して、金属の顔面がギラリと光る。 このカジノのオーナーであった。 「いけませんなぁ、お客様方」 低くくぐもった声が船内に響き渡る。 護衛の黒服の女性が十数人、ずらりとオーナーの両脇に並んでいた。 「当船のゲームを途中で放棄されるのは、規約違反でございますよ?」 少女Aが顔を青ざめさせた。 「や…やっぱり負けた人は内臓とか売られるの…!?あたし臓器取られるの!?」 「え…こわ…いえ普通にタダ働きですが…あなたどこでそんな発想を…」 「いやおかしくない!?こっち実際にそう脅されたんですけど!?」 オーナーがドン引きした顔で少女Aを見て、ディーラーさんがそっぽを向いた。 「もちろん。負債を返済されるまで、当船で働いていただくだけですとも。まあ…逃亡を図る方には、少々痛い目を見ていただきますがねぇ」 オーナーが指を鳴らすと、護衛たちが一斉に銃を構えた。 退路はなし。 前方には鉄壁の布陣。 三人は完全に追い詰められていた。 絶体絶命の状況。 少女Aはガタガタ震え、ディーラーは観念したように顔を伏せている。 そんな中、一人だけ空気を読まない女がいた。 「はぁ〜、仕方ないなぁ〜」 怖がりがのんきな声を出しながら、ごそごそと肩から下げたボロ鞄を漁り始めた。 護衛の一人が眉をひそめる。 「…おい、何をしている。動く――」 怖がりが鞄から取り出したもの。 それは小さな赤いスイッチだった。 中央に不吉なドクロマークが描かれ、導火線のイラストがびっしり周囲を囲んでいる。 「…なんです、それは?」 船内の温度が数度下がったような錯覚。 全員の視線がその起動スイッチに釘付けになる 「…ば、爆弾?」 「え?」 怖がりがニッコリ笑って、スイッチを親指でくるくると回した。 「いや〜、保険って大事だよね〜。船に乗る前にさ?あっ、ちなみに三箇所ね。機関室と燃料タンクと救命ボート置き場」 怖がりが設置場所を告げる度、護衛たちの顔色が変わっていく。 「ハッタリでしょう。こんな小娘に爆破テロの準備が――」 「押してみる?」 船内が凍りついた。 護衛たちは銃口を向けたまま、互いに顔を見合わせている。 「あなた…一体、何者ですの…?」 ディーラーの声が震えていた。 目の前の貧相な銀髪の少女が、まるで別人のように見える。 その問いを待ってましたと言わんばかりに、怖がりがニヤリと口角を吊り上げた。 スイッチを片手にぶら下げたまま、芝居がかった仕草で一歩前に出る。 護衛たちが銃口を向けるが撃てない。 あのスイッチが本物かどうか分からない以上、下手に刺激すれば船ごと吹き飛ぶ可能性がある。 静寂が落ちた。 波の音だけが遠くから聞こえる。 「私?私はねぇ…」 一拍の間。 怖がりが髪をかき上げ、わざとらしくポーズを取った。 「そうだな…『ホワイトゴースト』って言ったら…わかるかな?」 船内が一瞬 静寂に包まれた。 ドヤ顔。 完璧なドヤ顔だった。 顎を上げ、目は半開き。 自分に酔いしれていた。 そして、固まっていた護衛達が ようやくその名前を認識し───!! 「……誰?」 「さぁ、知らね」 「聞いたことある?」 見事なまでに 誰も知らなかった。 「…あたしも知らない」 ついでに味方からも刺された。 怖がりのドヤ顔がわずかにヒクつく。 「っ…!」 だが一人だけ反応が違った。ディーラーが目を見開き、一歩後ずさる。 その顔には明確な恐怖が刻まれていた。 「ホワイト…ゴースト…!?あの、裏社会で伝説の…!?」 「…なんです、それは」 「ご存知ないのですか!?どんなイカサマも絶対に見破り、負けそうになると周囲の人間が不自然に不幸に見舞われ、気づけば勝っている……あの『都市伝説』の…!」 ディーラーが早口でまくし立てる。 しかし護衛たちは依然としてポカンとしたままだった。 「ええい!とにかく押すぞ!押しちゃうぞ!」 怖がりが爆弾スイッチを頭上に掲げ、ぶんぶん振り回す。 もちろん本物かどうかは怖がり本人にもわからない。 九割ハッタリである。 だが残りの一割に賭けるのがこの女の流儀だった。 ヤケクソとも言う。 「…撃つな」 意外にもオーナーが即座に制止をかけた。 ロボット頭の奥で高速演算が走っているのだろう。 もし本当に爆弾が仕掛けてあった場合、船ごと沈む。 それだけは避けねばならない。 「追え、ただし発砲は許可するまで控えろ」 護衛たちは銃こそ構えているものの撃てない。 三人はその隙に船尾にある救命ボートの格納庫へ向かって全速力で走り出した。 「ちょ、ほんとに爆弾あんの!?」 「あるある!たぶん!」 「たぶんって何!?」 「あの…あなた本当にホワイトゴーストなんですの…?」 ディーラーが走りながら横目で怖がりを見つめる。 伝説のギャンブラーにしては貧相すぎる体つき、ビビり散らかした走り方、そしてさっきの「たぶん」 疑惑が深まるばかりだった。 ……結論から言おう。 爆弾など、存在しない。 怖がりは確かに船内をうろつきはした。 だが仕掛けたのは精々ポケットに忍ばせていたコショウの小瓶を換気口に詰めた程度の嫌がらせであり、爆発物など持ち込んですらいない。 そもそもこの女にそんな金も技術もついでに胸もない。 あるのは度胸と莫大な借金だけである。 (やばい…格納庫まであとどのくらい…?てか爆発音とか聞こえないけど大丈夫かな…いや大丈夫じゃないな!?ハッタリだってバレたら私殺される!!) 内心は冷や汗どころか滝である。 背後の護衛たちが発砲してこないのは爆弾があるかもしれないという懸念から。 もし本当はそんなもの存在しないという事実に気づかれた瞬間が、タイムリミットだった。 「ねえ!なんか後ろから聞こえるんだけど!「爆発物処理班を呼べ!」とか言ってるんだけど!」 「え」 「あら、大変ですわね。もし爆弾が本当に嘘ならすぐにバレて……まさか…ないんですの?」 タイムリミットは秒で訪れた。 この女の策略なんてこんなもんである。 格納庫の重い鉄扉を蹴破り、三人が飛び出した。 夜風が頬を撫でる。 目の前には救命ボートが三隻、波に揺られていた。 「逃げるぞーーー!!」 一番足の速い怖がりが真っ先にボートへ走る。 逃げ足だけは一流だった。 しかしそれが仇となった ダダダダダダダダッ!! 護衛がついに発砲許可を得たのか、弾丸の雨が降り注ぐ。 「ぎゃっ!!あだっ!!いたっ!!」 三発、四発、五発、数十発。 すべて怖がりの体に吸い込まれるように命中した。 まるで磁石である。 背中、尻、太もも、肩。 満遍なく被弾しながらもボートに辿り着き、転がり込む。 「あいつまた全部受けてる…」 「なぜ…ほんとなぜあの方ばかり…」 続いて少女Aとディーラーがボートへ飛び乗る。 二人は奇跡的に一発も当たっていない。 全弾が怖がりを経由して弾かれた形だ。 「撃て撃て!逃がすな!」 銃弾が怖がりのボートの船体を貫通し始め、穴が空いていく。 海水がじわじわと浸水していた。 「痛い痛い痛い!!てかボート穴空いてる!!沈む!!早く出して!!」 少女Aとディーラーが乗り込んだボートは幸いにも無傷だった。 二人が急いでエンジンを始動させ、ロープで怖がりのボートを引っ張る 「あーー!!お助けーーー!!」 浸水が腰まで達したボートの上で怖がりが必死にしがみついている。 護衛たちが桟橋から銃を撃ち続けていたが、距離が開くにつれ弾は海面を跳ねるだけになった。 「ほら!掴まって!」 少女Aがロープを投げる。 怖がりがそれを掴み、ディーラーが力任せに引き上げた。 豪華客船『オスポワール』が夜の海に遠ざかっていく。 甲板ではオーナーが悔しそうにしていた。 「…ふぅ、なんとかなりましたわね」 「はぁ…はぁ…しっ死ぬかと思った…」 少女Aとディーラーが安堵の息をつく中、問題の女はというと… 「…ねえ」 びしょ濡れで甲板に大の字に寝転がった怖がりが、ぼそりと呟いた 「ところでさ、あたし一文無しなんだけど。今日の稼ぎ、まだ受け取ってないんだよね、帰ったらお金貸してくんない?」 「…あんたまだ金の心配してんの?」 「ある意味、大物ですわね」 遠ざかりつつある豪華客船オスポワール。 その威容を眺めながら怖がりが頭を抱えた 「あー!ただ働きしちゃったー!!せっかく勝ったのに!あたしの金!」 その時、ふとポケットに手を突っ込んだ怖がりが何かを思い出す。 あの赤いスイッチ。 ドクロマーク付きの、いかにもなアレだ。 「…あーもう!あんな船爆発しちまえばいいんだ!!」 ヤケクソだった。 完全にヤケクソでスイッチを押した ドゴォォォォンッッッッ!!!!!!! オスポワールの船体中央部が轟音と共に吹き飛んだ。 炎が夜空を焦がし、黒煙がもうもうと立ち上る。 船がゆっくりと傾き始め、悲鳴のような金属の軋みが海面まで届いた。 「「「……は?」」」 3人の思考が完全に停止した 「え、ちょ、嘘でしょ!?爆弾あったの!?」 「あ…船が…沈んで……」 慌てふためく少女A。 呆然と沈む船を眺めるディーラー。 そんな3人の中で…怖がり自身が一番驚いており、スイッチを見つめたまま固まっていた。 「…え、あったの?マジで?」 ――真相はこうだ。 オスポワールは表向きは豪華客船だが、裏では非合法の賭博場を運営する違法船舶である。 当然、摘発された時の証拠隠滅や敵対組織の襲撃に備え、自爆用の爆薬が船底に仕込まれていた。 そして怖がりが走り回った際、護衛から逃げるために貨物室を突っ切ったことがある。 その際に体が偶然ぶつかり、不安定になっていた棚から転げ落ちた工具箱が転がり落ち続けて配線を傷つけ バチバチと飛び散る火花が爆弾に引火し…先ほどスイッチを押したの同時に 派手に大爆発をかましたのだった。 沈みゆくオスポワールから、小型ボートで必死に脱出する人影がちらほら見えた。 炎に照らされた海面がオレンジ色に染まっていた。 「あんた……本当に何者なの…?」 「…底知れない…どこまでが計算通り…?」 違う、ただの運がいいだけのギャンブル中毒のカスである。 「…ま、まあ結果オーライってことで!」 冷や汗をダラダラ流しながらサムズアップする怖がり。 相変わらず 悪運だけで生きている女だった。 港に降り立った二人の足取りは重かった。 背後ではヴァルキューレのサイレンが鳴り響き、沈没するオスポワールから救出されたオーナーや護衛たちが次々と連行されていく。 「…また一からやり直しますわ」 ディーラーが手錠をかけられたまま振り返り、どこか晴れやかな笑みを浮かべた。 将来の夢は素敵なオスのお嫁さん。 こんなところで挫ける女ではないらしい。 二人はディーラーに別れを告げ、港の夜道を並んで歩き出した。 潮風がべたつく髪を揺らし、遠くで野良ぬこが鳴いている。 さっきまでの修羅場が嘘のような静けさだった。 「…ねえ」 しばらく無言で歩いた後、少女Aがぽつりと口を開いた。 「あたし、借金の肩代わりしてくれたの、まだ返せてないよね」 少女Aの横顔は真剣だった。 命を救ってもらった恩がある。 だがこの目の前をふらふら歩く銀髪の少女に金を返すということは、カモが鍋に入る前に背負うネギを買う金を渡すのと同義ではないかという疑念が頭をよぎっている。 「…あんたに金渡したら、全部ギャンブルで溶かすでしょ」 「失敬な、溶かさないよ。増やすんだよ」 「同じことでしょそれ!!」 呆れる少女Aに対し、怖がりがひらひらと手を振った。 「まあ、もう借金のことはいいよ。ここ最近で一番楽しい賭けだったし」 それだけ言って、夜の繁華街に光るネオンに吸い寄せられるように走り出す 「おっ!あそこにパチあるじゃん!」 全速力だった。 命の恩人がたった今、我を忘れて新しいギャンブルという名の破滅にまっしぐらだった。 少女Aはその背中を見送りながら深いため息をついた 「…はぁ。なんなのあの人」 呆れた。心底呆れた。 でも不思議と嫌な気分ではなかった。 あの船で出会ってからずっと、彼女がいなければ今頃自分はどうなっていたか パチンコ屋の自動ドアに突撃していく銀色の小さな影。 その姿がガラス越しにどんどん遠ざかる。 「…ありがとう」 誰にも届かない声だった。 夜風にさらわれて消えていく。 少女Aはもう一度だけ怖がりが消えた方角を見つめて、それから反対方向へ歩き出した 一方パチンコ屋の中では、すでに怖がりが財布の中身を全額台に突っ込んでいる姿が目撃されていた。 勝つか負けるかは神のみぞ知る。 いや、神でなくても、この女がこの後負ける事は知っていた。 それから数分後、エンジェルマートののイートインスペースにて。 充電ケーブルに繋がれた少女Aのスマホの画面がようやく息を吹き返した 電源が入った瞬間、通知の嵐。 未読メッセージ九十七件、不在着信三十二件。 すべて同じ番号からだった 少女Aが恐る恐る発信ボタンを押す。 通話は ワンコールで繋がった。 「あなた今どこにいるの!?」 怒号。 鼓膜が破れそうな声量だった。 事情を説明しようとする少女Aを遮り、姉は一方的にまくし立てた 「船が来ないって連絡したのに返事がないし!どれだけ心配したと思って……!」 そして少女Aがぽろっと名前を出した。 「助けてくれた人がいて」と。 その瞬間、電話の向こうが沈黙した 「…その人、銀髪で貧相な体つきの子?」 少女Aの脳裏に怖がりがよぎる。 確かに銀髪だし貧相だ。 「…名前は?」 姉の声のトーンが明らかに変わっていた。 怒りではない。 もっとこう、信じられないものを聞いたような 「…まさかとは思うけど、その人の名前って…」 そう言って 少女Aの姉にして、彼女が通う学園の『生徒会長』は 客人である特徴的な容姿の少女…とある学園の『生徒会長』から手渡された この学園のある生徒を引き抜きたいという書類に載ってある少女の顔を見て、深くため息をついたのだった…。  ――それはそれとして あの港での別れからわずか三日後のことである キヴォトスの港湾地区に停泊する真っ当な豪華客船『グランド・メスポワール号』 今回は違法賭博など一切ない、連邦生徒会公認の健全なカジノクルーズ。 船内のカジノもライセンス取得済み、ディーラーは正規研修を受けたプロ中のプロ。 イカサマの気配など微塵もない、クリーンな遊び場だった。 そこに我らが怖がりが乗船した理由は単純明快。 タダ飯タダ酒目当てである。 船旅に憧れる乙女心など持ち合わせていない。 目的はビュッフェとバーだけだったはずが 『…あるのが悪い!!あるのが悪いから!!』 カジノに足を踏み入れたのが運の尽き。 ポーカーのテーブルに座り、チップを積み上げ、気づけば全額溶かし、さらに追加で借金までこしらえ、挙句の果てにイカサマをでっち上げて暴れ回った結果、船から脱走。 逃げた。全力で逃げた。 そして逃走中に船内のボイラー室で暴れ回り、配管を破壊し、なぜか燃料系統に引火させた。 前回と同じパターンである グランド・メスポワール号は港に停泊したまま大破着底。 死者こそ出なかったものの、損害額は天文学的数字に達した。 当然、賠償請求が怖がりの所属する学園へと請求される。 そしてその頃、学園都市のとある執務室では 「…あのバカがまたやらかしたって?」 机に叩きつけられた請求書の束を前に、彼女の引き抜きを一度は断った生徒会長は、静かにペンをへし折ったのだった。 次回 〜腎臓賭博目次録 怖がり〜 『追放されたギャンカスの私が新天地で活躍した結果後輩に懐かれて腎臓を抜かれた件について〜私まだ借りた金返してないけど、元の学園のみんな大丈夫?〜』 に続く…!!