「お前ら今から穴倉捜索だ! 全員行くぞ!」 漆號が逃走したライトたちを追い、広い地下下水道内を捜索しようと号令をかけている。 「我々は地上を捜索する。逃走より小一時間ほど経過したので捜索範囲を半径3km圏内まで広げる。地下は軍曹の部隊が行っているので我々は地上の建物の中を捜索する。総員出動だ!」 弐號の号令の後、小隊規模ほどの数の獣人たちが幌をかけたトラックに乗り込み四方へと散らばる。 その様子をライトたちは大講堂の片隅にあるマンホールから顔を覗かせて見ている。 「偶然とはいえナイスタイミングでしたね…」 ライトの提案で逃走ではなくミレーンの救出のために舞い戻ることになり、大講堂へ入る別ルートの入口から今まさに外へ出ようとしたタイミングであった。 恐らくあのまま逃走し続けていたら、地下か地上のどちらかで追手との交戦になることは免れなかっただろう。 同じ建物にあるこの出口を探そうとしなかったのは、彼らもすぐさま戻って来るとは想定してなかったためと思われる。 「まずはミレーンくんの居場所を探らないといけないが、どうやって探るつもりかね」 シュウがこの先のプランをライトに聞いた。 敵陣営の多くの人員が捜索側に割かれたとはいえ、この施設内にはまだ多くの獣人やライトたちと戦った肆號や陸號も残っているはずである。 うかつに見つかれば元の木阿弥である。 ライトはとりあえず建物の周囲を見渡す。すると部屋の天井に箱のような構造物が通っているのを見つける。それは換気用のダクトのようだ。 「ここから僕が入ってミレーンさんを探しに行きます。みんなはどこか見つかりにくい場所に隠れて下さい…」 ライトは通気口の網を外してダクトの中に入った。    *   *   *   *   * 「(………)」 目を覚ますと俺は真っ暗な見知らぬ一室の中で、手足を手錠で繋がれうつ伏せで寝転がされてた。 すでに覆面は剥がされている。どうやら戦いに敗れそのまま拘束されてしまったのであろう。 屈辱的ではあるが、考えようによってはその場で殺されてないだけでもマシなのかもしれない。 「(ライトたちは無事に逃げられたのか…?)」 仲間たちの安否に思いを巡らせていると、全身の至るところから激しい痛みを感じる。 恐らくこれは人造勇者弐號とかいう男の繰り出したアイゼンバイスという技のせいであろう。 心情的には思い出したくもないが、敗戦の状況を再び思い返す。 奴は防御障壁のような物でガードを固めさらにわざと上空に隙間を作り、誘い出された俺が上から攻撃を加えようとしたところを何かで挟みこみ、文字通りバイス(万力)のごとく締め込んだのであろう。 恐らく俺を挟みこんだ何かは頑丈さと厚みから考えて例の防御障壁だと思われる。 盾を攻撃に使うという発想は思いもつかなかった…。 「くっ…」 考えにひと段落がつくと全身の痛みがぶり返してくる。 バイスで挟まれたせいで全身の骨がバキバキにへし折られているのだろう。 「聖魔法『ホーリーヒールフル』」 治癒魔法をかけ全身を治すが、その代償として魔力を完全に使い切ってしまった。 よくよく考えるとこの手足に掛けられた拘束を壊してから治療をしても良かったのでは…と気づいたが、時すでに遅しである。 魔力を回復させるには十分な休息と時間が必要であるが、それだけの時を敵は与えてくれるのだろうか…、とりあえず助けを待つべきか…。 そんなことを考えていると部屋のドアが開き、人が一人入って来る。俺の前で立ち止まると身を屈め話しかけてくる。 「久しぶりね、コージンくん」 その聞き覚えのある声に俺は驚く。 なぜ生きているのだ?そしてどうして人造勇者という連中の元にいるのだ?と…。 「お前はパンドラか…?」    *   *   *   *   * 声の主が俺の言った人物であるのなら、間違いなくそれは知人である。 彼女の名はパンドラ。カンラークにて聖女をしていた女性であった。 彼女との出会いは俺がまだカンラークにいた頃の新人聖騎士時代。 座学のレポートとして「神器もしくは忌器について」が課題として挙げられたのがきっかけであった。 新人仲間たちは皆こぞって神器や聖遺物の管理部門、通称『墓守』へと足を向けた。 聖剣を始めとする華々しくも神々しい神器の数々を拝めるだけでなく、管理部門で働く聖女たちと正当な理由にて会話するチャンスを得られるからだ(『墓守』の聖女は美人が多いという噂があった)。 大勢で押し寄せたため順番待ちどころか数日先まで予約が埋まっている状況となってしまったので、呆れ果てた俺は忌器の管理部門へ行くことにした。 洗練されたシックなデザインの建物に構えていた『墓守』と違い、忌器の管理部門こと正式名称『忌器封殺機関』の事務所は裏路地にある倉庫のような建物のさらに地階にあった。 本当にこんなとこに厄ネタを仕舞い込んでいるのかよ…。 俺は半信半疑でドアを開けると、入ってすぐのところにある机で一人の女性が何やら書き物をしていた。 俺はすみませーんと呼びかけたが女性は作業に夢中になって一切反応がない。 仕方がないので俺は中に入り、女性の肩を叩いて改めて声をかけた。 「ひゃぃっ?!」 突然の来訪者に女性はまるで親の危篤でも知らされたかのような驚きようであったが、来客と気づくと動転しながら応対を始めた。 「あっばばばっ?! すっ、すみませせせんん! 作業に夢中になっちゃうといつもこうでして!!! それで一体何の御用でしょうかっ?!」 「座学のレポートの課題として忌器に関して書きたいんですが、正直分からないことだらけなんで教えてもらえないでしょうか」 俺の申し出に彼女はテンションが上がったのか、饒舌かつ早口であれやこれやと話し出す。 余りの情報量に頭が整理しきれなくなったのでもう一度頭から説明してくださいと申し出ると、彼女は顔を真っ赤にしながら俺に謝罪をした。 「すみません…。私、忌器について話し出すといつもこうでして…」 ようやく落ち着いたのか、そこからは彼女はゆっくりと嚙み砕きながら語り始めた。 彼女の話す内容は実に興味深かった。今から思うと俺の忌器破壊の旅の知識はこの時の経験が元になっているようだ。 神器・聖遺物は物語や伝説等で謳われるため名前を聞けば何となく知っている物も多いが、忌器に関しては語られるどころか存在を認知することすら憚られる風潮がある。 同じ神秘的な力を持つアイテムなのになぜこんなにも違うのか…、それが彼女と出会った初日に抱いた感想であった。 それからしばらくの間教練が終わると、封殺機関の事務所へ足を運び彼女からレクチャーを受けた。 レクチャーの礼にと甘い物を差し入れすると彼女はとても喜び、沈んだような仕事中の顔からは思いもよらない無邪気な笑顔で菓子を頬張る。 この笑顔を見るのはいつしか俺の隠れた楽しみになっていた。 事務所にはいつもパンドラ一人しかいなかったので他の人間は何をやっているのかと質問すると、彼女はこう答えた。 「みんな倉庫の管理に行ってます。管理と言っても倉庫でおしゃべりしてるだけで、みんなと言っても私を含めて4人しかいないんです。見れば分かると思いますけど、ここって窓際部署なんですよ。だからみんなヤル気なくしちゃって、どん臭い私が仕事を全部押し付けられたって感じなんです…」 「こんなに頑張っているのに報われないなんて悔しくないのか? 他の部署に移動を願ったりしないのか?」 「私、何やらせてもダメで魔力も全然足りないからここに飛ばされてきたけど、本当のことを言うと少し幸せでもあるんです…」 「それは何故だ?」 「この子たちがいるから…、あっこの子って忌器のことね。おかしいよねこんな言い方するのって。でも私はそれだけ忌器に愛着を持っているから、ちょっとぐらいきつくても頑張れるの」 「ねぇコージンくん、前に神器と忌器の違いは何?って聞いてきたでしょ。その答えはね…人間の都合よ。色々な文献を調べてみたけど忌器もかつては神秘的な力を持つアイテムとして神器として敬われていたけど、時代が経つにつれ都合の悪さが目立ち始めると権力者の手によって区別されたの」 「だから私はいつかこの子たちが全力を出せるように解放できないかな…なんて思ってるわ」 「そんなことをしたら人々の生活がめちゃめちゃになるだろ。さすがに無理じゃないのか」 俺の常識的な反論にパンドラはこう答えた。 「例えばあなたの持ってるそのナイフ。お料理を作ったり木を削ったり色々便利だけど、それを人に向ければ人殺しの凶器へと変わるわ。人間だって皆良いところもあれば悪いところもあるでしょ、忌器も神器もそれと同じよ。全てが解放されればいずれ交じり合い馴染むわ…」 えらく極端な話にストレスが溜まったせいで突拍子もないことを考えついたのかな…と思いその場はスルーしたが、彼女の言うナイフの理論はなぜか俺の心に刺さった。 レポートではこのナイフの理論について俺なりの解釈で文末の〆の部分として載せた。 レポート提出から数日後、俺は担当の講師に呼び出される。 呼び出しの理由はレポートの内容についてだ。 レポートの出来自体は良いが〆の一文は聖教会の見解とは異なるので修正しろであった。 俺は拒否した。後から考えれば一文削るだけの楽な作業なのになぜか? それをしなかったのは、削ってしまえばパンドラの気持ちを否定することになると思ったからだ。 修正を拒否したことでレポートの評価は「可」止まりに終わった。 何となくパンドラに顔向けができない気持ちとなってしまい、俺は二度とあの薄汚れた封殺機関の事務所へと足を運ぶことはなかった。 もっとも聖女と聖騎士は同じ組織に属してはいるが立場が明確に区切られており、聖女たちの清廉さを保つために聖騎士たち特に男性との接触は憚られているのもあった。 (もちろんマリアン様やジャンク殿のように聖騎士たちと気さくに関わろうとする者もいるが、当然ながらレアケースである) それ以降、食堂や休憩場や廊下などで彼女と遭遇することはあったが、言葉は交わさず会釈をする程度で終わった。 いつも一人であの仕事中のような俯いた表情の彼女を見ていると、今となってはもっと話をしてやれば…と思うのであった。    *   *   *   *   * 「久しぶりね、コージンくん」 「お前、パンドラか…。生きていたのか?」 彼女も言うなればカンラーク事件の被災者である。俺の頭の中ではすでに死んだものとばかり思っていた。 「心配してくれてたのね。ありがとう。今はここでお世話になっているの」 「ここでお世話? お前、ひょっとして…」 「そう今の私はヒジンドー機関の研究員。ドクトル・パンドラって呼ばれてるわ」 俺は愕然とした。そして少し考えた。ひょっとしたら連中に拉致でもされたのかもと…。 「それは違うわ。私は今自分の意思でここにいるの。前にコージンくんも言ってたじゃない『こんなに頑張っているのに報われないなんて悔しくないのか? 他の部署に移動を願ったりしないのか?』って」 「その願いは叶ったの。それがここよ」 衝撃の情報に頭が混乱しそうになったが、あの頃とは違う彼女の活き活きとした表情を見るとそうなのかもしれないと納得する。 「ひょっとして、エビルソードが現れたのはお前のせいなのか…?」 「さすがにそれは無理。あなたも知ってるでしょ、私にそんな能力も権限もないわ。でもそうなって欲しいと思ってたから、少しづつ情報を流したりはした…」 「お前裏切っていたのか…、聖都を仲間たちを?!」 突然のエビルソード降臨の数カ月前から魔王軍は聖都に対して攻略を進め、交戦が幾度となく行われていた。 所謂カンラーク事件はその渦中で起きたのであった。 「だから私にはそんな大それたことできる力はないって…。確かに聖都や信仰を裏切るようなことにはなったけど、仲間なんてあの街にはどこにもいなかった…」 たとえ短い期間だったにせよ、俺と彼女が過ごした日々は何も無かったことになっているのかと思うと空しく思えて来た…。 「今度は私の質問の番。あなたの目的は何?背後関係を教えてちょうだい? 聖教会の命でここに来たの?」 パンドラは俺への尋問を開始する。 俺は彼女の目を見据えながら答える。 人造勇者連中ならともかく、少なくともかつての同僚であるなら多少の交渉の余地はある。 ならば仲間に迷惑の及ばないことであれば答えた方が良策であろうと。 「俺の目的は忌器の破壊だ、この街にある全てのな。今の自分は教会とは全く関係はない。忌器を破壊するのは俺の個人的な事情だ」 「個人的な事情?人造勇者たちまで相手にするような真似を一体何のために?」 「理由は俺の中に封印されている忌器を破壊するためだ。どうやらコイツは他の忌器が失われる度に亀裂が入る。それを重ねて行けば完全に壊すことができると思ったからだ」 パンドラが眉をひそめた。どうやら俺の目的は彼女にとっては許されざるものらしい。 「質問を変えるわ。あなたの仲間の総員数は?アジトはどこにあるの?」 「ノーコメントだ」 仲間を売るような質問には決して答えられない。俺は口調も強く否定した。 「これ以上話し合うのは無理そうね。お互いに目的は平行線のようだし…」 「お前は何を目的としているんだ…?」 俺の問いにパンドラは耳を疑うようなことを言い放った…。    *   *   *   *   * 「全ての忌器の解放よ。他人にレッテルを貼られて、暗く陽の目を当たらない場所に閉じ込められてたあの子たちは昔の私と同じ…。今の私が必要とされる場所を得られたように、あの子たちにも秘められた力を発揮させてやりたいの」 「そんなことは馬鹿げている! いつかお前はナイフの理論を語っていたが、俺はこの旅路で何度か忌器と遭遇した。だがそいつらは皆ろくでもないものだった。持ち主の使い方次第とかいうレベルではないほどにな!」 「お前のやろうとしていることの果ては全ての破滅だ。それがお前のしたかったことなのか!」 「それがあの子たちの望んだ結果なのなら受け入れるわ。それにコージンくん、あなたが今生きていられるのは誰のおかげだと思っているの?」 「それは…この…『魂縛縛りの禍石』のせいだ…」 「そうこの子のおかげで生死の境を彷徨っていたあなたは現世に留まることができたわ。ついでに言えば今あなたが人造勇者と戦えているのもこの子のおかげ。忌器の能力で周囲の魂や肉体を取り込んだから、その強靭な力が生まれたの」 「今のあなたは雑に言ってしまえば人間サイズのサウザントケイル。この子の力で丁寧に魂が練り込まれているから巨大化もせずに力だけを発揮できるの…」 「だからこの子が破壊されたら、あなたはちょっと腕が立つだけの王子様に逆戻りよ。それでもいいっていうの…?」 「構わん…。人の身を取り戻せるというのならな。力なぞ後からいくらでも積み上げればいい…」 「お前は俺の体が蘇ってどのような姿になったのか知っているのか? 膨大な瘴気を吸い取り、腐腕の魔人と化した俺は故郷を襲い荒らし、そして妹までをその手にかけようとしたのだぞ!お前はそれを知らずに言うのか!」 「後半のことは知らなかったけど、前半のことは知っているわ。コージンくん、あなた今まで考えたことはあった? 自分がなぜこんな姿になったのかという経緯を…」 「まさか…お前…」 「そのまさかよ。エビルソードの攻撃の余波は封殺機関の建物を破壊した。私は幸い逃れることはできたけど、倉庫にいたあいつ等は皆瓦礫の下敷きになって死んだわ」 「私が逃げ場を求めて彷徨っていると、瀕死の状態のあなたを見つけた。そして今なら忌器の力を使えば助けることができると思った。こんなことを真っ先に思いつけたのも私が忌器オタクだったせいかもしれないわね」 「あなたの体を引きずりながら倉庫へ連れて行き。この子の封印を解いて福音を唱えると忌器は発動した。そして傍らに転がっているあの女たちの魂や肉体が取り込まれると、あなたは腐腕の魔人として蘇ったの。その神々しい姿は私がやるべきことは間違いではないと確信させたわ」 「それがあなたがその姿になった真相。そして私はあなたの恩人よ…」 俺は絶句した。瀕死の淵から生かしてくれた恩と、そこから連なる地獄のような日々との落差を全てこの目の前にいる女性にもたらされたという事実に。 部屋の扉が開くと2体の獣人が俺をどこかに連行しようとする。 「私からはもう話すことはないわ。次は私の上司の番。皆の者、この男を大尉の元に連れて行きなさい」 俺は最後に彼女に言いたいことをぶちまけた。 「パンドラ…お前のやろうとしていることは、どう言葉を言い繕っても結局は陰キャがリア充死ねって呟いている程度のもんだよ。無関係の人間にまで厄災を与えようとするのなら、俺はこうとしか言いようがない。死にたいだけなら勝手に首を括って死ねとな!」 (続く)