『では、今回のNEMEANでの快進撃の立役者である、チームの司令塔――アドラさんにインタビューです!』 弾んだ声とともに、目の前に浮かぶホログラム映像が切り替わった。 淡い光が室内を照らし、その中心に一人の少女の姿を映し出す。 『よろしくお願いします☆』 アドラはカメラに向かって軽く手を振った。 銀河最大のスポーツの祭典、NEMEAN。 数多の星系から選手たちが集まり、その勝敗に銀河中が熱狂する大舞台で、太陽系代表チーム――ARG☆Sの司令塔を務めているのが彼女だ。 今となっては、わざわざ説明する必要もないだろう。 小規模な星系に過ぎなかった太陽系が、今大会で見せている異例の快進撃。その中心にいる人物として、アドラの名前と顔は連日のように報じられている。 映像の向こうでは、ひっきりなしに歓声が飛んでいた。 地球から彼女たちを追いかけてきた熱心なファン。 そして、NEMEANで初めてARG☆Sを知り、その戦いぶりに魅せられた他惑星の観客たち。 『今日も凄かったー!』 『アドラちゃん最高ー!』 幾つもの声が重なる。 『ありがとうみんなー☆』 アドラは笑顔で手を振り、仕上げとばかりに片目を閉じた。 それだけで、また歓声が一段大きくなる。 ‥‥随分、板についている。 そんな感想が自然と浮かんだ。 『今大会、初めて出場してから絶好調ですね! どうですか? 今の率直な気持ちを教えてください!』 インタビュアーから向けられた質問に、アドラは少しだけ考えるように首を傾げる。 『うーん‥‥チームメンバーとの連携も絶好調☆ まだまだ頑張るから応援してほしいです☆』 淀みのない答え。 笑顔も、声の調子も、カメラに映る角度まで綺麗に決まっている。 今回、ARG☆Sは強豪を相手に幾度も番狂わせを起こしてきた。 競技の結果が単なる勝ち負けで終わらず、時には星や銀河同士の関係にまで影響を及ぼすNEMEANにおいて、その意味は大きい。 辺境の小さな星系。 そんな扱いだった太陽系は、今や大会屈指の注目株だ。 期待の新勢力――そんな言葉さえ、珍しくなくなった。 そして当然、その視線の多くは司令塔であるアドラへと集まっている。 『ファンもこの大会で非常に増えましたよね。今の所感は?』 『応援してくれる人がたくさん増えて、とっても嬉しいです☆ これからも皆を楽しませられるように頑張りますね☆』 きりっとした笑顔。 いかにも今のアドラらしい返しだった。 昔から彼女を知っている身としては、その姿には少しだけ面白さを感じる。 以前は、こんなキャラクターではなかった。 話し方も、振る舞いも、見せ方も違う。 けれど、今の彼女になってからファンは明らかに増えた。 だから世間にとっては、こちらのアドラこそが当たり前なのだろう。 昔の彼女を知っている人間の方が、今ではずっと少ない。 別に、それが良いとも悪いとも思わないけれど、上手くやっているな、とは思う。 『それでは、誰に一番感謝を伝えたいですか?』 その質問に、アドラは一瞬だけ視線を上へ向けた。 『うーん‥‥ずっと一緒にやってきたチームの皆☆』 そこで言葉を区切り、笑みを深める。 『それに何より、ここまでずーっと一緒に支えてくれたマネージャーかな☆』 観客から、また歓声が上がる。 俺は何も言わず、目の前の映像を眺めていた。 ホログラムの中では、そのまま次の質問へと進んでいく。 『それでは最後に、これからの抱負をお願いします!』 『もちろん――』 アドラが胸の前で拳を握る。 そして、カメラへ真っ直ぐ笑いかけた。 『このまま優勝トロフィーを持ち帰っちゃいます☆ お楽しみに☆』 満面の笑み。 それに合わせて、観客からの歓声が沸く。 その表情を最後に、映像が暗転した。 歓声も、インタビュアーの声も途切れる。 さっきまで華やかな会場を映していたホログラムは光を失い、部屋に静けさが戻った。 窓の外へ目を向ける。 視界いっぱいに広がっているのは、暗闇と、その中に散らばる無数の光だった。 キラキラと煌めく星々は、地球から見上げていたものと、同じ星であるはずなのに。 こうして眺めていると、どうにも別物に思えてくる。 ここが地球から遠く離れた宇宙なのだという事実を、嫌でも意識させられる景色だ。 「‥‥はぁ」 小さくため息を吐く。 その直後だった。 背後で、扉が開く音がした。 振り返らなくても誰なのかは分かる。 そもそも、この部屋へ自由に出入りできる人間なんて、一人しかいない。 「いやー、疲れたー☆」 つい先ほどまでホログラムの向こうにいた少女が、何でもないように部屋へ戻ってくる。 この部屋の主――アドラだ。 「お疲れ」 「ありがとー☆」 用意していた飲み物を差し出す。 アドラはそれを受け取ると、よほど喉が渇いていたのか、ほとんど一息で飲み干した。 「ぷはっ。うーん、やっぱり君から貰う飲み物は美味しいね☆」 「冷蔵庫から出しただけのスポンサードの市販品だけどな」 「えー? じゃあ愛のパワー? キャッ☆」 悪戯っぽく片目を閉じる。 さっきまで映像の中で散々見せていた、完璧なウインクだった。 俺は適当に受け流す。 「あ、そうだ! インタビュー見た?」 「あぁ、見た」 「どうだった?」 少し考えるが、別に変なところはなかった。 受け答えも慣れたものだったし、歓声も凄かった。 だから、思ったままを口にする。 「人気なんだな」 「えっへん☆」 アドラは得意げに胸を張り、こちらへVサインを突き出してくる。 その妙に自信満々な姿に、小さく苦笑がこぼれた。 昔は、ああいうことをするのも大分苦手だったはずだ。 ファンに笑顔を振りまくのも、カメラの前で気の利いた言葉を返すのも。 今ではもう、すっかり慣れてしまったらしい。 「君のお陰で、大分ファンの子も増えたしね☆」 愛嬌たっぷりの笑顔で、アドラが言う。 そういえば。 ファンサービスとか、もう少しした方が良いんじゃないか。 そんなことを言ったのは、確か俺だった。 別に大した助言をしたつもりはない。 それをここまで徹底したのは、結局アドラ自身だ。 「‥‥っとと」 不意に、アドラが自分の頬へ触れた。 「別にキミの前だと、いつもの調子じゃなくて良いんだった。大分染みついてるね、これ」 そう言って、表情から力を抜く。 さっきまで纏っていた、きゃぴきゃぴとした愛嬌がふっと消えた。 声も少し落ち着く。 笑顔そのものがなくなったわけではない。 ただ、カメラに向けていたものとは明らかに違う。 こっちの方が、俺にとっては見慣れている。 「それで、確認」 アドラは空になった容器を置く。 何気ない仕草のまま、こちらを見る。 「他の子とかと話したりはしてないよね?」 「大丈夫。というか、この部屋のドアを開けられないのは知ってるだろ」 俺がそう答えると、アドラは一度だけ瞬きをした。 「‥‥そっか」 それから、満足したように微笑む。 「うん。キミは私だけを見てくれてれば良いからね」 「‥‥‥‥」 俺は曖昧な笑みを返した。 それをどう受け取ったのかは分からないが、アドラは特に何も言わない。 窓の外では、相変わらず星が瞬いている。 銀河で今、最も注目を集めている選手の一人――アドラ。 そして、特にこれといった取り柄もない一般人の俺。 そんな二人がどういう関係なのかと聞かれれば、一応、答えは用意されている。 ――マネージャー。 少なくとも、表向きにはそういうことになっている。 実際、さっきのインタビューでもアドラはそう言っていた。 ここまでずっと一緒に支えてくれたマネージャー。 随分と立派な紹介だ。 もっとも、俺自身には、そんなことをした覚えはほとんどない。 スポンサーとの契約に取材の調整、試合に関する諸々の管理。 自分自身をどう売り出すかというプロデュースまで。 アドラは一人で何でもやる。 俺が口を挟む余地なんてほとんどないし、必要とされるような仕事も特にない。 ファンサービスを勧めた程度の話を、今でも律儀に俺の功績として数えているくらいだ。 だから、マネージャーという肩書きはアドラがそう呼んでいるだけ、と言った方が正確なのだろう。 そして、その肩書きを取り払ってしまえば、俺がここにいる理由は、随分と単純になる。 宇宙へ来るつもりなんて、元々なかったけれど、アドラに半ば強引に連れて来られて。 気がつけば、地球から遥か遠く。 銀河最大のスポーツ大会が開かれている場所まで来ていた。 帰ろうにも、俺一人ではどうしようもない。 それどころか――視線を、さっき開いた扉へ向ける。 今は閉じている。 当然だ。 俺には、あの扉を開けることができない。 外から誰かが入ってくるか、アドラが開けるか。 基本的には、そのどちらかだけだ。 食事には困らないし寝る場所もある。 欲しい物があれば、大抵はアドラが用意する。 別に鎖で繋がれているわけでもない。 ただ、この部屋から自由に出られないだけ。 そして、地球へ帰る手段も俺にはない。 ――まあ、マネージャーとはアドラがそう言っているだけで、実態としては少しばかり異なる。 そんな聞こえの良いものではない。 簡単に言えば、軟禁だ。 こんな関係になったのは、どうしてだっただろうか。 窓の外を流れる星を眺めながら、ぼんやりと昔のことを思い返す。 アドラとは、学生の頃からの知り合いだった。 ――と言っても、それだけだ。 幼馴染というわけでもないし、特別仲の良い親友だったわけでもない。 いつも一緒にいたような仲でもなければ、卒業した後も頻繁に会っていたわけでもない。 ただ、何かの行事で交換したチャットアプリの連絡先だけが残っていた。 それで、卒業してからも偶然縁が切れなかった。 時々メッセージをやりとりした。 他愛のない日常の雑談だったり、仕事や競技への愚痴だったり。 たまには俺から愚痴を送ることもあったし、向こうから悩みを聞かされることもあった。 特に何かを意識していたわけじゃない。 メッセージが来れば返す、話を聞いてほしそうなら聞く。 何か意見を求められたら、思ったことを言う。 ‥‥その程度だった。 アドラが競技の世界で本格的に活動するようになってからも、それは変わらなかった。 俺にとっては――どこか遠くの世界で頑張っている知り合い。 それくらいの認識だったし、向こうも似たようなものだろうと思っていた。 だからこそ、競技について相談されたときだって、俺は気楽に好き勝手なことを言えた。 詳しい専門知識があるわけでもないし、調べる程強く興味がある訳でも無く、 ただ、送られてきた愚痴を読んで、外から見て思ったことを返していただけだ。 ファンサービスの話とか、その辺とか。 そんな関係が、数年続いた。 だから。 そこまで仲が良いとは思ってなかったけど、 彼女がNEMEANの太陽系代表に選ばれたと知ったのは――意外にも、ニュースでもモニター越しでもなかった。 「久しぶり!直接会うのは大分久々だね!元気だった?!」 「‥‥まあ、元気だけど」 突然本人がやって来て、あの時は本当に驚いた。 直接顔を合わせるのなんて、いつ以来だったかすぐには思い出せなかったくらいだ。 画面越しには何度も名前を見ていたから、妙な感じがしたのを覚えている。 「いや~、それでさ‥‥実は私、NEMEANの太陽系代表に選ばれちゃってさー!」 「おお、それは‥‥凄いな」 「反応薄くない?!」 彼女が突然やって来た方の驚きが強くて、大きめの報告なのに反応が悪くなってしまっていた。 「いや、凄いと思うけど‥‥」 「でしょ?!」 胸を張るアドラは、本当に嬉しそうだった。 代表に選ばれないかもしれない。 昔、そんなことをチャットで言っていたのを思い出す。 そこから考えれば、NEMEANの代表だ。 そりゃ嬉しいだろう。 わざわざ直接報告しに来るくらいには。 ‥‥いや、それにしても。 わざわざ俺に? 少し疑問には思った。 この関係なら、チャットで送れば済む話だ。 とはいえ一応知り合いなのだから、しっかり報告したい、そう思う程嬉しかったのだろう。 その程度に考えていた。 「それでね」 「ん?」 アドラが、こちらを真っ直ぐ見る。 「キミにマネージャーをやってもらいたいんだ!」 何を言われたのか、一瞬分からなかった。 「‥‥どういう事?」 当然の疑問だった。 俺とアドラとの関わりなんてそんなにないし、競技関係者でもない。 そもそも、最近まともに顔を合わせたのがいつだったか思い出せない程度の関係だ。 アドラの周りには、俺より相応しい人間なんて幾らでもいるだろうに。 「必要な事は全部私がするから大丈夫大丈夫!」 「いや、それマネージャー要らなくないか?」 「大丈夫!」 「何が?」 アドラは笑顔だった。 妙に、きっぱりとした笑顔。 「君は近くに居てくれるだけでOK!」 「‥‥‥‥?」 ますます意味が分からなかった。 近くにいるだけなら、なおさらマネージャーである必要がない。 「いや、俺そういう仕事したことないし」 「だから大丈夫だって」 「今の仕事もあるし」 「それも大丈夫!」 「何が大丈夫なんだよ」 「私に任せて!」 今思えば。 この時点でもう少し強く問い詰めておくべきだったのかもしれない。 けれど、あまりに勢いがあった。 NEMEANの代表に選ばれて、舞い上がっているのかとも思った。 だから俺は、少し時間が経って、帰った後にチャットで、やっぱ今の無し、と落ち着くだろうくらいに考えていた。 ――甘かった。 俺が状況を理解する頃には、色々な話が恐ろしい速度で進んでいた。 アドラは妙なところで行動力がある。 今は太陽系一のプレイヤー、バイタリティも桁違い。 そんな人間が本気で何かを進めると、俺みたいな一般人では止め方が分からない。 星の関係や力関係にだって影響する競技の選手だから、社会的立ち位置だって凄いのだろう。 「彼には私のマネージャーになって貰う為、お仕事辞めさせて貰うお願いをしに来ました☆」 というアドラが会社に訪れていた、という情報を得た時には、俺は無職になっていた。 問題も無くスムーズに、何ならサインを求められたとか。 「ちょっと待て」 「大丈夫大丈夫!」 そこから先は、本当に何がどうなっていたのかよく分からない。 退職だとか。 契約だとか。 渡航――という表現で合っているのか分からないが、とにかく宇宙へ出るための手続きだとか。 「いや大丈夫じゃなくて」 「私に任せてって☆」 一時が万事、そんな調子で気がつけば宇宙船に乗せられていた。 窓の外から地球が遠ざかっていく。 さらば地球よ、旅立つ船は――なんて。 そんなふざけたことを考える暇もなかった。 本当に、あれよあれよという間だった。 本人なりに、気心の知れた相手が一人くらい近くに欲しかったのだろうか。 大舞台だから、知っている顔がいた方が安心するとか。 そのくらいしか思いつかない。 それにしても、もう少し人選は色々あると思うけれど。 案外友人少なかったりするのか? そうして。 気がつけば俺は、NEMEAN出場選手用の宇宙ステーションにいた。 その一室のアドラに割り当てられた部屋の中に。 そして初めて一人で外へ出ようとして――扉が開かなかった。 選手の部屋なのだから当然、マネージャーとしての権限だと勝手に開けられないのだとか。 一応俺の部屋もあるみたいだが、 「え?私と一緒にいるんだから要らないよね?」 ‥‥そこでようやく、自分には開けられないよう設定されていることを知った。 理由を聞けば。 「うーん‥‥他の子に目移りされると嫌だから☆」 必要な物は自分が全部持ってくるから。 だから何も心配しなくていい。 アドラはそう言っていた。 ‥‥まあ。 言いたいことが全く分からないわけではない。 ARG☆Sはアドラが中心のチームとは言え、今や選手の枠を超え、アイドル的な人気すらある。 一応元から知り合いという事もあるからアドラには気安いけれど、他選手相手だとそういう訳にもいかない。 気が知れた相手が欲しくて呼んだのに、同僚相手にワーキャーしてる様子を見たくはない、とかそういう奴だろう。 でも、自由に出られないというのは、話が違うと思う。 そのたびに、アドラは笑って誤魔化した。 そうしているうちに大会が始まり。 ARG☆Sは勝ち続け。 アドラは太陽系を超えたスターになって、俺は相変わらずこの部屋にいる。 世間から見れば、俺は彼女を無名に近かった頃から支え続け、ついにはNEMEANの大舞台まで共にやって来たマネージャーということになっているらしい。 ‥‥なんで? アドラがここまで来たのは、アドラ自身の力だ。 だから余計に分からない。 「ん、何か余計な事考えてないかなー?」 すぐ隣から声がした。 いつの間にかソファへ腰掛けていたアドラが、俺の顔を下から覗き込んでいる。 やたらと距離が近い。 「いや、なんでもない」 考えていたことをわざわざ話す気にもなれず、そう誤魔化す。 するとアドラは俺の顔をしばらく眺めた後、にこやかな笑みを浮かべた。 「そっか☆」 納得した――ように見える。 「ここまで勝ち進んだ事で、優勝できなくても大分スポンサーは付いたし、これなら贅沢しなきゃ二人で暮らせるだけのお金は十分稼いだし‥‥」 何か妙な言葉が混じっていた気がする。 けれど、アドラは気にする様子もなく続けた。 「まあ‥‥勿論、優勝するつもりだけどね」 その瞬間、彼女の纏う空気が僅かに変わった。 笑顔そのものは残っている。 それなのに、さっきまでの柔らかな雰囲気が薄れ、試合中に見せるような鋭い集中が覗く。 盤面全体を見渡し、何手も先を読んでいる時の顔。 今のアドラをスター選手にまで押し上げた、司令塔としての顔だった。 ただ、今その目が見ているのはフィールドではないと思う。 「一方的でごめんね?」 アドラが言う。 「でも、キミも嫌じゃないでしょ?」 じっと見つめられる。 返事を待っているようでいて、答えは既に決まっているでしょう?と思っているような聞き方だった。 「‥‥‥‥」 嫌かどうか、そう聞かれると返答に困る。 文句ならある、それはもうまあいくらでもある。 半ば無理矢理宇宙まで連れて来られたことも、仕事まで辞めることになったことも。 マネージャーだと聞かされていたのに、実際には何の仕事もないこと。 そして何より、自由に部屋から出られないこと。 普通に考えればおかしいと、本人に言ったことだって、一度や二度ではない。 けど。 今すぐここから逃げ出したいのかと聞かれると‥‥ 「‥‥まあ」 違う。 少なくとも、そう思っている自分はいなかった。 本気で嫌なら、やりようはある。 それこそこの部屋で大声を出して騒げばいい。 アドラのチームメイトだって、同じ選手用ステーションにいる。 誰かが異変に気付くまで扉を叩き続けたっていい。 それこそ、アドラが試合なり取材を受けている間にでも、外部へ連絡する方法を探したっていい。 それをしていない。 ちらりと隣を見ると、アドラと目が合った。 「なに?」 「いや」 「ふーん?」 彼女は首を傾げる。 ‥‥こういうところも、卑怯だと思う。 アドラは、誰が見たって美人と称されるだろう。 それも単に整っているというだけじゃない。 大勢の観客を一瞬で惹きつけられるだけの華がある。 今や銀河規模の大会で注目を浴びている一流アスリート。 試合に出れば歓声を浴び、インタビューを受ければファンが名前を叫ぶ。 アイドルと大差ないような人気まである。 そんな人間が、何故か俺の隣に座っている。 しかも俺だけを見て、俺にだけ素顔で近くにいる。 「‥‥‥‥」 視線を下げそうになって、やめた。 競技選手だけあって、身体だって鍛えられている。 無駄のない引き締まった身体。 けれど決して細いだけではなく、健康的に肉付きもいい。 その上で胸や尻には女性らしい丸みがあって――平均より、まあ、大きい。 そこまで考えて。 自分で何を観察しているんだと嫌になる。 「‥‥む、キミ、今なんか失礼なこと考えたでしょ?」 「考えてない」 「ほんとかなー?」 アドラが少し身体を寄せてくる。 近い。 柔らかな香りがして、俺は僅かに身じろぎした。 そして、否応なしに、思い出す。 強引だった、本当に。 突然すぎて、抵抗する間もなく押し倒されて。 そのまま――身体を重ねた。 「‥‥」 思い出して、ますます何も言えなくなる。 あの件についても文句がないわけじゃない。 むしろ、ある。 然るべきところに訴えたら多分勝てるとは思う。 それでも、情けない話だが。 あれだけ綺麗な女性に求められて。 実際にそういうことをしてしまった後で。 全部が嫌だった、なんて顔をすることはできなかった。 男として。 頭ごなしに全部を否定できるほど、出来た人間でもない。 だから余計にややこしい。 連れて来られたことには文句がある。 閉じ込められていることにも文句がある。 アドラのやり方がおかしいことだって分かっている。 でも。 アドラ自身が嫌なのかと言われれば――違う。 多分。 それを、彼女も分かっている。 「‥‥ほら、ね?」 「何がだよ」 「嫌って言わない」 アドラが小さく笑って、近付いてくる。 「それじゃあ――ね?今日の分」 アドラが笑った。 嫌な予感がした、と思うより早い。 肩を押され、視界がぐるりと回る。 背中がソファへ沈み込んだ。 その上からアドラが覗き込んでくる。 「だって」 顔が近づく。 「嫌じゃないんでしょ?」 言い終わる前に、柔らかな甘い匂いが鼻をくすぐった。 試合を終え、取材までこなして戻ってきたはずなのに、不思議と汗臭さなんて感じない。 むしろ近づかれたことで、彼女の纏っている香りばかりが強くなる。 一瞬、意識を取られると、気がつけばアドラはするりと身につけていたものを脱ぎ捨てていた。 さっきまで銀河中の観客に笑顔を振りまいていたスター選手が、今は俺の目の前で、何ひとつ纏わずにいる。 思わず言葉を失った。 「ふふ、素直で嬉しい」 アドラが笑う。 俺の視線がどこへ向かったのか。 当然、見逃してくれるはずもない。 「見てるねー?」 「‥‥見えるんだから仕方ないだろ」 「うん。見せてるからね」 悪びれもしない。 どうすれば相手の目を奪えるのか。 今のアドラは、それを嫌というほど理解している。 ファンサービスを、カメラへの映り方を覚え。 何万人もの観客の視線を、自分一人へ集める術を身につけた。 そんな彼女が、一人の相手の目線を釘付けにする事なんて、簡単なのだろう。 「‥‥‥‥」 鍛えられた身体は、服越しに見るのとは印象が違った。 競技者らしく引き締まっている。 どこも無駄がなく、しなやかで。 それでいて、ただ細いわけではない。 胸や腰回りにははっきりと女性らしい豊かさがあって、鍛え抜かれた身体との落差が余計に目を引く。 というか、多分平均よりは大きいだろう。 一流の選手、一流のスター。 そんな言葉が妙なところで頭をよぎって。 ――裸までも一流なのか。 そんな我ながら馬鹿みたいな感想が浮かんでしまう。 けれど、他にどう表現すればいいのか分からない。 「ねえ」 アドラが俺の上で、楽しそうに微笑む。 「私、綺麗?」 「自分で分かってるだろ」 「キミから聞きたいの」 そう言われたら、答えざるを得ない。 「‥‥綺麗だよ」 仕方なく答える。 アドラの笑顔が、僅かに変わった。 いつもの愛嬌たっぷりの笑顔じゃない。 純粋に嬉しそうな。 それでいて、どこか危うい笑顔。 「そっか」 囁く。 「よかった」 そして。 俺が何かを言うより先に、アドラは距離をなくした。 「‥‥っ」 勢いのまま、貪るように口づけてくる。 さっきまで俺の反応を楽しんでいたくせに、いざ触れれば、まるで長い間我慢していたものを一気に取り戻そうとするみたいだった。 腕が背中へ回る。 逃がさないように。 熱を口と口で交換して、息が苦しくなるまで続ける。 そうして、唇が離れる頃には、余計な事が頭から抜けて、目の前の彼女が全部目に入る。 「‥‥そんなに見たい?」 アドラが、くすりと笑った。 「いや」 反射的に否定しかけて、言葉が止まる。 見ている。 さっきから、普通に。 「ふふ。見てるじゃん」 アドラは咎めるどころか、むしろ満足そうだった。 逃げるように隠す気配なんてない。 それどころか、こちらの視線を意識して、ゆっくりと姿勢を変える。 急かすこともなく、恥じらって隠すこともなく、じっくりと――見せつけてくる。 「‥‥‥‥」 当然、目が行く。 鍛え上げられた腹や脚だけじゃない。 豊かな胸元にも。 見ていると分かっているくせに、アドラは隠そうとしない。 むしろ俺が視線を逸らしかけると、楽しそうに笑う。 「別にいいよ?」 「何が」 「見ても☆」 「‥‥自分で見せてるだろ」 「うん、まあ」 あっさり認めた。 「キミに見てほしいから」 「‥‥‥‥」 そんな真正面から言われると困る。 一流のアスリート。 今や銀河中から注目を集めるスター。 鍛えられた身体に、元々持っている華やかな容姿。 それを惜しげもなく俺一人に見せている。 そんなもの、優越感を感じない方が無理だ。 そうして、目線が下に落ちる。 ほんのりと汗で湿った股間。整えられた陰毛が目に留まり、アドラは微塵も隠さない。 むしろ、目線がそこにいったことを敏感に察して、彼女の指が妖しく動く。 ゆっくりと、形を辿るように指が下腹部を這う。 白魚のような美しい指が茂みを弄り、割れ目に沿って動き、そして―― 「っ‥‥」 濡れている。 指が動くたびに、微かにくちゅりとした水音が響いた。 試合を終えた直後、取材もこなして、ここに戻ってきて―― それだけで昂ぶっているのだろう。 「‥‥キミに見られてると、すっごく気持ちよくなるんだ」 ぽつりと呟く。 「練習でも大会でも、集中してるときと一緒」 言葉に合わせて、アドラの指がゆっくりと秘裂を開く。 指が蜜壺へ入り込む。 「ね? キミと一緒にいると‥‥興奮しちゃうの」 「‥‥‥‥」 アドラの瞳に、微かな熱が宿っているのが分かる。 さっきまで、こちらを揶揄うような余裕を見せていたくせに。 今は、こちらをじっと見つめて、息を荒くしている。 視線一つで、完全に主導権を奪われているのが悔しくもあり、同時に――どこか気持ち良かった。 「‥‥‥‥」 気が付けば、俺のズボンにアドラの手が伸びていた。 ベルトへ指がかかる。 焦らすでもなく、迷いもせず、アドラは器用に金具を外してゆく。 「‥‥っ」 そのまま、我慢の効かない劣情が解放される。 「お」 アドラが小さく声を漏らし、すぐに楽しそうに笑った。 「すごいじゃん☆」 「‥‥うるさい」 「褒めてるんだけどなぁ?」 アドラはそう言いながら、俺のモノを両手で包む。 温かい。 優しく撫でながら、上下へ擦る。 ぬるりとした感触。 滲んでしまった先走りを指で掬い、潤滑液代わりにして動かしていく。 「うん、そろそろ良いかな?」 アドラが、腰を上げる。 膝立ちになって、濡れた秘部が押し付けられた。 熱いし、ぬめりを感じる。 「‥‥挿れるよ?」 尋ねながら、アドラの腰はもう俺の上で位置を調整していた。 答えを聞くつもりは無いのだろう。 「‥‥っ」 アドラの腰が、ゆっくりと降りてくる。 最初は入り口付近で浅く擦られる。 ぬるりとすべる熱と、焦らすような、微妙な圧迫感。 「っ、ふぅ‥‥」 アドラの呼吸が熱を帯びる。 けれど、すぐに深い場所まで受け入れはしない。 腰を浅く揺らしながら、何度も入口で擦り付ける。 そのたびに、濡れた音が微かに響く。 「ねぇ」 耳元で囁く。 「ちゃんと感じてね?」 返事をする間もなく、アドラの腰が深く降りた。 ずぶ、と奥まで抵抗なく迎え入れられる。 一気に襲いかかる熱と圧迫感。 アドラの膣内は、熟しきった果実のように蕩けていて、しかし確かな締め付けを伴ってまとわりついてくる。 「‥‥入ったね」 アドラが微笑む。 両手を俺の胸元に置いて、腰を僅かに揺らす。 動き自体は緩やかなのに、収まったナカは吸い付くようにうねる。 まるで、一瞬たりとも逃がすまいとでもいうように。 「動くよ?」 宣言と同時に、アドラが腰を上下させる。 激しさはない。 けれど、抜ける寸前まで引き上げて、またゆっくりと沈める。 その繰り返しの中で、内部は確かに絡みつき、搾り取ろうとしてくる。 目の前の彼女が、雌として受け入れてくれているという事実が、 彼女は自分の物だ、などという感情を否が応でも湧き上がらせてくる。 「ん、ふ‥‥」 アドラの吐息が熱を帯びる。 額に汗が滲む。 それを拭うこともせず、一心不乱に腰を振る。 「ねぇ」 唐突に、アドラが顔を近づけてきた。 「ねえ、気持ちいい?」 答えを返すより早く、そのまま唇を塞いでくる。 奥へ押し当てられたまま、ぐりぐりと円を描くように擦り付けてくる。 舌が絡み合って、お互いの粘膜を貪る。 言葉での返答の代わりに、こちらからも舌を動かす。 腰が震える。 快感の波が、溜め込まれた情欲が決壊する。 今ここで全部しても良いのだろうか、なんて思考は、理性の崩れと共に薄れていく。 アドラの奥で脈打つ感覚。 収縮する膣壁が、それを一滴残らず搾り取ろうと蠢いた。 「‥‥出しちゃった?」 アドラがくすりと笑う。 唇を離し、濡れた糸を引いたまま、こちらを見下ろしてきた。 「うん、わかるよ。私の中でビクビクしてたもん」 言葉を選ぶ余裕はなかった。 肩で息をしながら、返事の代わりに睨むように見つめ返す。 「大丈夫大丈夫、一応避妊はしてるから。流石にNEMEAN中の妊娠は困るしね?」 そう言って、アドラが膣内の奥をぎゅっと締めて、最後の一滴を絞り尽くす。 気だるい満足感のまま、二人してベッドで脱力する。 呼吸を整えながら、並んで横になる。 何も考えず、天井を眺めていた。 身体にはまだ気怠さが残っている。 隣から伝わってくる体温が妙に心地よくて、起き上がる気にもなれない。 アドラも同じらしい。 さっきまでの勢いが嘘みたいに静かだった。 言葉もないけれど、気まずさもなかった。 窓の向こうでは相変わらず星々が瞬いている。 地球から遠く離れた宇宙。 普通なら、もっと不安になってもいいはずなのに。 今は何故か、妙に現実感が薄かった。 隣を見ると、アドラは目を閉じていた。 髪は少し乱れていて、スター選手としてカメラの前に立っている時の完璧さなんて、どこにもない。 情けない話だ。 ここまで強引に連れて来られて、閉じ込められて、好き勝手されて。 それでもなお、こうして身体を重ねて、近くで彼女を見ればそう思ってしまうのだから。 どうして俺を、とは何度も聞いたし、今だって気になる。 でも聞いてもどうせ、まともな答えは返ってこない気がした。 だからやめた。 少しすると、アドラの手がこちらを探るように伸びてくる。 そして俺の腕に触れると、そのまま軽く掴んだ。 強くはない、逃げられないように押さえつけるような力でもない。 ただ、ここにいると確認するためみたいな掴み方。 俺はそれを振りほどかなかった。 どうしてそこまで俺に執着するのかも、何がそんなに気に入っているのかも、未だに理解できていない。 これからも、すぐには分からない気がするし、教えてくれる気もしない。 だけど、少なくともこちらから、彼女から離れる気は感じられなかった。 いずれは、俺に飽きた彼女に、俺の方が離れないでくれ、と懇願する日が来るのだろうか。 「‥‥まあ、いいか」 「何が?」 「なんでもない」 そう答えると、アドラは満足そうに目を閉じた。 まあ、今はただ、彼女に振り回されるのを受け入れる事にしよう。