第一章 少女騎士アルトリア ――王になる前の、最後の「ただの少女騎士」の物語 アルトリアは幼い頃から、自らがいつかブリテンの王となる宿命を背負っていた。 養父エクターのもとで育てられ、さらに幼い頃からマーリンによって「いつか王になる者」として導かれていた彼女は、およそ11歳頃から少女騎士として修行の旅に出る。 この旅は、後に円卓へ集う名高い騎士たちとの出会いの旅ではない。 歴史に名を残すこともなかった、無数の騎士たち。 名もなき村人たち。 旅の途中で出会った子供たち。 そうした**「後世の伝説には残らなかった人々」**とアルトリアが実際に触れ合うための旅だった。 少女騎士としてのアルトリア この時期、アルトリアは自らが女性であることを隠していない。 もちろん将来王となった際に性別を偽る必要が生じることを見越して女として旅をさせ身分を隠す意図があり、マーリンが身の回りの支援をしていたものの 基本的には一人の少女騎士として旅をしている。 そして、これがある意味で、 「アルトリアがアルトリアとして、女の子でいられる最後の時間」 でもあった。 マーリンが姿を消して陰から支援する形を取ったのも、単なる合理性だけではない。 これから王となれば、アルトリアは「少女」ではなく「王」として生きなければならない。 だからこそマーリンは、本人に明確な言葉では告げずとも、この旅を少女アルトリアへの手向けとして見ていた部分があった。 人々を救う旅 アルトリアは旅の中で、様々な事件に巻き込まれる。 怪物を討つ。 悪党を退ける。 盗賊から村を守る。 飢えた人々に手を差し伸べる。 時には自分の身を危険に晒してでも、人々を助ける。 しかし、この時のアルトリアにとって、それはまだ「王としての義務」ではない。 目の前で困ている人を放っておけないから助ける。 ただ、それだけだった。 だからこそ旅の中で、アルトリアは様々な人間の姿を見ることになる。 善人だけではない。 利己的な人間。 弱い人間。 間違える人間。 それでも苦しい中で誰かを助ける人間。 自分の僅かな食料を他人に分ける農夫。 家族を守るため必死に働く者。 恐怖を抱えながら怪物に立ち向かう者。 アルトリアはそうした人々と出会うたびに、 「人間とはこういうものなのか」 ということを少しずつ知っていく。 名もなき騎士たちとの出会い 旅の中でアルトリアは、後の円卓の騎士とは別の騎士たちとも共に戦う。 彼らは後世の英雄譚にはほとんど名前を残さない。 しかし彼らにとってアルトリアは、 「どこかの王になる少女」ではなく、自分たちと共に剣を振るう一人の少女騎士だった。 共に怪物を討ち、 共に野営し、 時には失敗し、 時にはアルトリアに助けられ、 時には逆にアルトリアを助ける。 そうした経験を通して、アルトリアは騎士としてだけではなく、一人の人間として成長していく。 そして彼らもまた、アルトリアのことを忘れない。 アルトリアが得たもの この旅でアルトリアが得た最大のものは、剣技でも戦術でもない。 「人々を知ったこと」 だった。 後に彼女が王となった時、 「民草を守らなければならない」 という理念だけを持っていたわけではない。 彼女は実際に、 その民草がどんな人間なのかを知っている。 泣く。 笑う。 怒る。 腹を空かせる。 誰かを愛する。 失敗する。 それでも生きようとする。 アルトリアが後にブリテンの民を愛することができたのは、この少女騎士時代に**「民」という抽象的な存在ではなく、一人一人の人間として彼らを見ていたから**でもある。 そして、少女騎士の旅は終わる やがてアルトリアは、王になる時を迎える。 選定の剣を抜けば、自分はもう普通の人間として生きることはできない。 そのことをマーリンから告げられる。 しかしアルトリアは迷わない。 旅の中で出会った人々。 自分を助けてくれた人々。 自分が助けた人々。 その全てを思い、 「私は、この人たちのために生きたい」 と選定の剣を抜く。 ここから、少女アルトリアの人生は終わる。 そして―― アーサー王、後のアルトリア女王の物語が始まる。 王となったアルトリア 王となったアルトリアは、ブリテンを平定するために数々の戦いへ赴く。 まだ円卓が完成していない時期から多くの会戦を経験し、騎士たちを率いて国をまとめ上げていく。 しかし、この時のアルトリアはまだ「完成された王」ではない。 彼女は高潔で、民を思いやり、王としての責務を果たそうとする。 それでも―― 一人の人間として、他者を誤解することもある。 そのことを象徴する事件が、ペリノア王との決闘だった。 ペリノア王との決闘 ペリノアには、アルトリアから見て受け入れ難い一面があった。 複数の女性と関係を持つ女好き。 そして自らの馬を奪うため、野盗のような振る舞いまでした男。 高潔な王であろうとするアルトリアには、それが許せなかった。 決闘の中でアルトリアはペリノアを断罪しようとする。 しかし、戦いを通して彼女は気付く。 自分はペリノアの一面だけを見ていた。 確かに女好きではある。 しかしそれは軽薄な女遊びというだけではなく、彼自身は女性一人一人を大真面目に愛している。 そして野盗じみた行為にも、彼なりの騎士としての誇りと事情があった。 アルトリアは、自分が相手の一面だけを見て判断したことを恥じる。 そして戦いを通してペリノアもまた、アルトリアの高潔さと、その内側に秘められた王としての可能性に感服する。 敵だった二人は、やがて友誼を結ぶ。 選定の剣、砕ける その決闘の中で、アルトリアが手にしていた選定の剣は砕ける。 しかし、それはアルトリアの王としての資格が否定されたことを意味しないむしろ 「王になることを選んだ少女が、初めて自分自身の未熟さを知った瞬間」だった。 そして泉の乙女によって、選定の剣は新たな剣として生まれ変わる。 それが―― エクスカリバー。 アルトリアは新たな聖剣を手に、王としての道を歩み始める。 少女騎士の面影 ここで奇妙な出来事が起こり始める。 戦場でアルトリアの剣筋を見た騎士たちが、口々に同じことを言う。 「……この太刀筋。」 「どこかで見たことがある。」 「昔、旅をしていた少女騎士に似ている。」 アルトリア本人は、自分の正体が知られることを恐れる。 しかし騎士たちは、まだ王と少女騎士を結び付けない。 ただ懐かしそうに、 「あの少女は大成したろうか。」 「大成せずとも、幸せに生きていてくれればよいが。」 と語る。 そしてそれを聞いたアルトリアは、自分が昔出会った人々が今でも自分を覚えていることを知る。 マーリン最大の誤算 ここでマーリンは初めて危機感を抱く。 マーリンは、少女騎士時代のアルトリアと「アーサー王」を別人として認識させることができると思っていた。 しかし違った。 人間たちは、思っていた以上に人を見ていた。 名もなき騎士たちは、少女時代のアルトリアの剣筋を覚えていた。 助けられた民も、彼女の顔や声を覚えていた。 アルトリア本人が忘れられたと思っていた思い出を、人々は忘れていなかった。 マーリンは悟る。 「……まずいな。」 このままエクスカリバーを振るい続ければ、いずれ誰かが、 「王の正体は、あの少女騎士ではないか」 という真実に辿り着く可能性がある。 ロンゴミニアドへの転換 そこでアルトリアは主武装をエクスカリバーからロンゴミニアドへ切り替える。 槍は戦場における主要な武器でもある。 王が槍を振るうこと自体に不自然さはない。 そして何より、剣筋を見られない。 これはアルトリアの正体を守るための合理的な判断だった。 しかし、その選択には代償があった。 エクスカリバーとアヴァロンによる加護から少しずつ離れたことで、アルトリアの肉体が再び成長を始める。 少女の身体を留めていたものが薄れ、 「アルトリアが女性である」という事実そのものが、身体に現れ始める。 マーリンの魔術やアルトリアが女だと知る数少ない存在であるギネヴィアの協力によって、しばらくは隠し通すことができる。 しかし、完全に止めることはできない。 王となったアルトリアは、ブリテンを平定するために戦い続ける。 ヴォーティガーンをはじめとする強大な敵と戦い、国内の諸勢力をまとめ上げ、ブリテンに王としての秩序を築いていく。 しかし、始まった身体の成長は止まらない。 エクスカリバーとアヴァロンの加護が薄れ、ロンゴミニアドを主武装としたことで、アルトリアの身体は少しずつ本来の成長を取り戻していく。 マーリンの魔術。衣装、振る舞い、そしてギネヴィアの助け。 様々な方法で女性であることを隠し続けるものの、身体そのものを永遠に偽ることはできなかった。 ヴォーティガーンとの決戦 そして、その問題を決定的にするのがヴォーティガーンとの最後の戦いである。 ヴォーティガーンは戦いの中で、アルトリアの正体に気付く。 そして単純に討ち取るのではなく、 「女であるアルトリアを自らの妃とし、王としての正当性を得る」 という歪んだ企みを見せる。 アルトリアはそれを拒絶し、ヴォーティガーンを討つ。 しかし、この戦いによって「アーサー王は女性なのではないか」という噂は広まってしまう。 王を直接見た者。 戦場で戦った騎士。 宮廷に仕える者。 そして民草。 もはや一部の人間が秘密を守れば済む段階ではなくなっていた。 ヴォーティガーンを討ち、ブリテンを平定したアルトリアは考える。 仮にこのまま女性であることを隠し通すことができたとしても、 自分は民や臣下に「偽りの自分」を見せ続けることになる。 「理想の王」として振る舞うために作ったアーサーという姿。 それは本当に、自分自身なのだろうか。 アルトリアは悩む。 王としての責務を果たすためなら、嘘をつき続けることも正しいのか。 それとも―― 「偽りで覆った真実を、果たして真実と呼べるのか」 自分自身で答えを出さなければならないのか。 マーリンの反対 マーリンはアルトリアに、女性であることを公表するのを止める。 これは単なる意地悪ではない。 人間を観察してきたマーリンには、人間社会において「女王」という存在がどう受け取られるかが分かっている。 合理的に考えれば、 「アーサー王」という存在を守り続ける方がブリテンのためになる。 マーリンはそう考える。 「君が女だと知れば、今まで通りにはいかない。」 「王として積み上げてきたものまで疑われるかもしれない。」 「それでも君は、真実を話すのかい?」 アルトリアは答えを出せない。 そして心のどこかでは、 「マーリンの言う通りにしてしまえば、私は自分が恐れているものから逃げる理由を得られる」 とも思っている。 そんなアルトリアを最後まで支えるのが、ギネヴィアである。 当初、ギネヴィアは「王が女性である」という事実に大きな衝撃を受けていた。 しかしアルトリアと共に過ごすうち、 「騎士王アーサー」への憧憬や敬愛ではなく、 一人の女性としてのアルトリアそのものを知る。 やがて二人は、王と妃という関係を越えた親友になる。 だからギネヴィアは言う。 「私は最後まで、あなたの傍におります。」 アルトリアが恐れているのが「王としての失敗」だけではないことを、ギネヴィアは知っている。 それでも彼女はアルトリアを後押しする。 「あなたが信じる道を、私も信じます。」 この言葉によって、アルトリアは決意する。 女王アルトリア、誕生 アルトリアはついに民の前に立つ。 そして、自らが女性であることを宣言する。 民は一瞬、言葉を失う。 しかし――誰もアルトリアを知らないわけではなかった。 彼らが知っているのは「男の王アーサー」という名前だけではない。 自分たちを救ってくれた一人の人間の姿を知っている。 やがて一人が声を上げる。 「俺達を助けてくれたのは、あの方だ!」 別の者が続ける。 「戦争で食い物が無くなった時、自分たちの分まで分けてくれた!」 さらに別の者。 「働き口が無くなった時、壁を建て直す仕事を用意してくれた!」 そして 「男だろうと女だろうと、あの方が俺達を守ってくれたことに変わりはねえ!」 最後に無数の声が重なる。 「女王陛下万歳!!」 --- 「あの少女騎士だったのか」 そして、老いた騎士たちもまた気付く。 アルトリアの剣筋。 昔、旅をしていた少女騎士とよく似ていた太刀筋。 ずっと心のどこかで覚えていた、あの少女。 「……そうか。」 「あの少女が……我らが王であったのか。」 「立派になられて……。」 彼らは、王の正体を知って驚く。 しかしそれ以上に、 あの少女がちゃんと大人になり、自分たちの王になっていたことを喜ぶ。 アグラヴェインの葛藤 しかし、全員が簡単に受け入れられたわけではない。 特にアグラヴェインは激しく動揺する。 彼は母モルガンによって、「女」という存在そのものへの信頼を大きく失っていた。 だからこそ「女ではない王」だと思っていたアルトリアに心服していた。 そのアルトリアが女性だった。 一度、彼の中で積み上げてきたものが崩れる。 だが、葛藤の末に彼は気付く。 自分がアルトリアを尊敬していた理由は「男だったから」ではない。 アルトリアの生き方そのものだった。 その事実に気付いた時、アグラヴェインは初めて自分の本心を認める。 「……あの方にだけは、嫌われたくない。」 女であるアルトリアを受け入れるのではなく、アルトリアという一人の人間に忠義を捧げる。 それがアグラヴェインの答えになる。 女王として生きるアルトリア こうしてアルトリアは、アーサー王ではなくアルトリア女王としてブリテンを統治する。 しかし、女王になったからといって問題がなくなるわけではない。 彼女は相変わらず自分を律し続ける。 民のために働き、戦い、苦しむ。 時には民の生活を思って心を痛める。 それでも民は彼女から離れない。 苦しい時には、 「女王様が城でふんぞり返ってるなら怒りもするけどな。」 「そうじゃねえからな。」 「それでも子供は腹が減るでよ。」 と、自分たちの力で子供を養おうとする。 アルトリアはそこで知る。 自分が守っているだけではない。 自分が愛した民たちもまた、自分たちの力で生きようとしている。 ――王であることと、人として愛すること 女であることを公表し、民からも受け入れられたアルトリア。 彼女は「アーサー王」という仮面だけで生きる必要がなくなった。 しかし、それは彼女が突然、普通の女性として生きられるようになったという意味ではない。 アルトリアは女王である。 国を背負い、民を守り、戦争では先頭に立つ。 だからこそ、彼女自身の人生にはどうしても選べないものが残っていた。 円卓の騎士たち この世界の円卓は、原典や本編のように致命的な亀裂を抱えてはいない。 円卓の騎士たちはアルトリアが女性であることを知った後も、 「我々が忠義を捧げたのは男の王ではない、あの方自身だ。」 と変わらず彼女に仕える。 ガウェインも 「何度生まれ変わろうとも、自分は女王陛下の騎士である」 という忠義を貫く。 アグラヴェインも葛藤を乗り越え 「あの方にだけは嫌われたくない」 という自分の本心を認め、アルトリアの騎士として戦う。 ただし、忠義が重いからといって彼らが堅苦しいだけの集団になるわけではない。 ランスロット、ガウェイン、トリスタンらは相変わらず女の趣味について妙に男子高校生じみた会話をする。 第三者から見れば 「こいつら……女王陛下の前で何の話してるんだ……?」 となるような場面も普通にある。 しかし、アルトリア本人への恋慕とは別物。 彼らにとって女王は、恋愛対象ではなく、自分たちが心から敬愛する主君なのである。 ギネヴィアという親友 そしてアルトリアにとって、ギネヴィアは特別な存在になる。 ギネヴィアは「王の妃」という立場でありながら、 アルトリアが王として見せる顔だけではなく 一人の女性としてのアルトリアを知っている。 二人は親友だからこそ、ギネヴィアはアルトリアが自分の幸せを犠牲にしていることにも気付いてしまう。 そしてその逆も… ランスロットとギネヴィア ギネヴィアはアルトリアを愛している。 親友として。 だが同時に、心のどこかにはかつて騎士王だったアルトリアへの小さな恋慕のようなものが残っていた。 その穴を埋めるように、ランスロットとの関係が深まっていく。 ランスロットもまた、最初からギネヴィアを奪おうとしたわけではない。 ギネヴィアの恋慕を受け止めることこそ騎士としての務めだ、というフランス的な騎士道精神から、彼女の想いを拒絶しなかった。 やがて二人の関係は本物の恋へと変わっていく。二人とも 「このままではいけない」と分かっている。 それでも離れられない。 アルトリアの気付き そしてアルトリアは、親友だからこそ二人の関係に気付く。 辛い。 親友を失うかもしれない。 忠臣であるランスロットが不義を働いたことも苦しい。 王として考えれば、許してはいけない。 それでも―― アルトリアはギネヴィアの幸せを願ってしまう。 彼女は、自分が女として選べなかったものを知っている。 恋愛。 一人の男を愛すること。 誰かと家庭を作ること。 女王である限り、それを自分から望むことはできなかった。 だからこそ、ギネヴィアにはそれを諦めてほしくない。 女王としての最後の我儘 アルトリアはランスロットに告げる。 これは騎士にとって、ほとんど死刑宣告に等しい。 それを知りながらランスロットへと願いを告げる事に負い目を感じながら 「……ランスロット。」 「これは王としての命ではありません。」 「私個人の……最後の我儘です。」 「どうか、ギネヴィアを幸せにしてください。」 と願う。ランスロットは、自分がどれほど残酷な願いを託されたのか理解する。 アルトリアは親友を失う それでも、自分の幸せではなくギネヴィアの幸せを選んだ。 ギネヴィアは泣く。自分だけが幸せになってしまう。 「最後まであなたの傍にいる」と言ったのに、その約束を破ってしまう。 そんな罪悪感を抱く。 「私は……あなたの傍にいると言ったのに……。」 アルトリアはギネヴィアを抱きしめる。 「お願い、ギネヴィア。どうか泣かないで。」 「私の選べなかったものを、あなたに託したいの。」 そして、 「私は恋をしたことがない。」 「女として、一人の男性を愛したこともない。」 「だから……私の分まで、それを遂げて。」 「一人の女性としての幸せを、掴んで。」 と告げる。 ここでアルトリアは、王としてではなく、 親友としてギネヴィアの幸せを願う。 ランスロットとの別れ 二人はブリテンを去り、フランスへ向かう。 表向きにはランスロット討伐の追撃。 しかし実際には、アルトリアが二人に与えた最後の逃げ道だった。 そして追撃に参加する円卓の騎士達も、真意を知っている。 ガレスはランスロットと刃を交えながら 「ランスロット卿……。」 「どうか……ギネヴィア様を、お願いします。」 と、戦うふりをしながら慕っていたランスロットを涙ながらに二人を見送る。 この世界では、原典のような大量の死者は出ない。 アルトリアが最初から裏工作を済ませていたからだ。 だからランスロットへの遺恨も、円卓に深く残らない。 残るのは 「自分たちの女王は、親友のためにそこまでした」 という苦い記憶だけ。 しかし、トリスタンは別の形で同じ問題に直面する。 彼は王を「人の心が分からない」と言って円卓を去ることはない。 だが、後にマルク王と結婚した金髪のイゾルデへの想いを捨てきれず、不貞を働いてしまう。 そして彼は思う。 「女王陛下なら……。」 「あの方なら、私の心を理解してくださるのではないか。」 「許してくださるのではないか。」 だが、そこまで考えたところでトリスタンは気付く。 自分は、あれほど苦しんだ女王に、自分の不貞を肯定してほしいと思っている。 そのことに耐えられなくなる。 「私は……。」 「なんということを……。」 そして自ら円卓を去る。 アルトリアを責めることも、理解を求めることもせず、自分自身の弱さを背負って去る。 神代の終焉とカムラン ブリテンは長い戦いの末、少しずつ追い詰められていく。 アルトリアは、民が苦しい生活を強いられていることを知っている。 戦争によって村の備蓄を失わせなければならないこともある。 それでも民は、自分たちの力で生きようとしていた。 子供に食事を分ける農夫。 危険な海へ出て大量の魚を獲り、村を救う男。 保存食を工夫して飢えを凌ぐ人々。 アルトリアは彼らの姿を見て、心を痛めながらも安心する。 「この人たちは、私が思っている以上に強い」 そう感じ始めていた。 モルガンの最後の策謀 そして、カムランを前にモルガンが動く。 モルガンが目を付けたのは、円卓ではなく―― アルトリアを愛する名もなき騎士たち。 彼らはアルトリアに忠義を捧げている。 だからこそモルガンは、アルトリアを否定するのではなく、むしろ「自分こそアルトリアを理解している者」として振る舞う。 「あの子はブリテンの滅びを受け入れている。」 「神代が終わる以上、国が滅びるのも仕方ないと。」 「だが……本当に、あの子がそれを望んでいると思うか?」 騎士たちは動揺する。 「それは本当にアルトリアの意思なのか」 モルガンはさらに言葉を重ねる。 アルトリアがロンゴミニアドを振るい続けていること。 神秘を縫い止める槍を使い続ければ、アルトリア自身も神に近い存在になってしまうこと。 そして―― 「王の象徴である選定の剣が、あの子に運命を受け入れさせている。」 「人として外れてしまったからこそ、ブリテンの滅びを受け入れられるのだ。」 「それが本当のあの子ではないとしても……。」 これはモルガンの推測であり、事実ではない。 しかし、あまりにも巧妙だった。 アルトリアを知る騎士たちだからこそ、苦しむ。 あの優しい女王が。 民を愛している女王が。 ブリテンを愛している女王が「国が滅びても仕方ない」と心の底から思えるのか? 「そんな……。」 「そんなはずがない!」 そして一人の騎士が絶叫する。 「では女王陛下は……!」 「愛した物を手放すことすら、自分で選べぬというのか!!」 「あのお方には、その自由すらないのか!!」 ここで彼らが怒る相手はアルトリアではない。 そんな運命をアルトリアに背負わせた何かだ。 モードレッドという「可能性」 そこでモルガンが差し出す答えが、モードレッドだった。 「ならば、まだ道はある。」 「モードレッドが王になればいい。」 「あの子が愛したブリテンを、もう少しだけ繋ぎ止めることができる。あの子を神代の終わりの道具から解放できる」 アルトリアの願いを叶えたい。 その一心で、騎士たちは揺れる。もちろん、不忠だと分かっている。 王を裏切ることが許されるはずがない。それでも 「女王陛下が愛した物を……この国を守れるかもしれぬ」 という思いが、彼らをモードレッド側へ向かわせる。 こうしてモードレッドにつく騎士たちは、単なる裏切り者ではなくなる。 彼らは間違えた。 しかし―― アルトリアへの忠義ゆえに間違えた。 円卓と名もなき騎士たち だからこそカムランの戦いは異様なものになる。 円卓の騎士たちの大半はアルトリアを裏切らない。 しかし、モードレッド側についた名もなき騎士たちも弱くない。 悪徳故についた者もいるがそれだけで戦っているわけではない。 「女王陛下の願いを叶えるため」 という信念だけで、円卓の騎士たちに食らいつく。 圧倒的な実力差を、精神力だけで埋める。 まるで奇跡。 「あの方の願いを!」 ガウェインが問いかける。 「何故、女王陛下を裏切る!」 名もなき騎士は叫ぶ。 「女王陛下が手放したくなかった物を……!」 「あのお方が愛したこの国を守れるかもしれぬのです!」 円卓の騎士たちは、その言葉に気付く。 この者もまた―― アルトリア女王に忠義を捧げた騎士だったのだ。 ただ、答えを間違えた。 円卓、再び集う そしてカムランの戦いには、かつて別れた者たちも戻ってくる。 ギネヴィアの願いによって、ランスロットがアルトリアを助けるために参戦する。 トリスタンもモードレッドの裏切りを知り、駆けつける。 こうして、一度は散った円卓の騎士たちが再び集まる。 この戦いは 「円卓が崩壊する物語」ではなく、最後にもう一度、騎士たちが騎士として集う物語 になる。 モードレッドの猛威 そしてモードレッドもまた、モルガンの助力によって猛威を振るう。 日が出ている間のガウェインと互角に渡り合い、ついにはガウェインを倒す。 円卓最強格の騎士すら倒れる。 それでもアルトリアは退かない。 最後に自らモードレッドと対峙する。 アルトリアはロンゴミニアドを手放す。そして手にするのは―― エクスカリバー。 神秘を縫い止める槍ではない。 自分が王となるきっかけになった、選定の剣。 この聖剣が最後の戦いに選ばれたその意味は人によって違う。 「王を求める者への答え」。 「神代を終わらせる者としての決断」。 「自らの人生を、次の時代へ託すための剣」。 アルトリア自身が何を思っていたのかは、明確には語られない。 ただ、彼女は最後に、自分が選んだ剣を握る。 カムランの丘 アルトリアはモードレッドとの戦いで致命傷を負う。 激戦の果てアヴァロンも失われ、今度こそ死を避けることはできない。 しかし彼女は、自分の死を恐れてはいない。 周囲には生き残った円卓の騎士たち。 そして、最後まで戦った名もなき騎士たち。 自分を慕う者たちがいる。 アルトリアはその人々に囲まれながら、静かに自分の最期を迎える。 最後にアルトリアが信じたもの アルトリアは知っている。 ブリテンは滅びる。 しかし―― ブリテンの民まで滅びるわけではない。 自分が旅をしていた頃から見てきた人々。 苦しい時でも他人に食事を分けた人。 自分で仕事を探した人。 危険を承知で魚を獲った人。 保存食を作り、隣人と分け合った人。 彼らならきっと生きていく。 恐ろしい侵略者が現れても。 国がなくなっても。 王がいなくなっても。 「あの人たちは、生きていける。」 それを信じて、アルトリアは目を閉じる。 エクスカリバーは湖の乙女へ返される。 そして―― 誰一人として、それを止めようとはしなかった。 悲しみながらも、彼女の選択を受け入れた。 カムランの丘でアルトリア女王は死を迎え、ブリテンはやがて歴史の表舞台から姿を消していく。 しかし、アルトリアを愛した人々は生き残った。 円卓の騎士たちの物語。 名もなき騎士たちの記憶。 アルトリアに救われた民の語り継いだ思い出。 それらは海を越え、ブリテンだけでなくフランスにも伝わっていった。 そして、後世に残されたアルトリア女王伝説は、最後にギネヴィアの言葉を記して終わる。 「いつか、いつの日か――あの方が花冠を戴く日があらんことを。」 それは王としての栄光を願う言葉ではない。 国を取り戻すことを願う言葉でもない。 ただ一人の親友として アルトリアがいつか、王でも女王でもない一人の女性として幸福を得られる日が来ることを願った言葉。 アルトリア自身が生前、ギネヴィアに託したもの。 「私の選べなかったものを、あなたに託したい」 その願いを、今度はギネヴィアがアルトリアへ返す。 だから伝説の最後にあるのは 「アルトリア女王は死んだ」 ではない。 「いつの日か、花冠を戴く日があらんことを。」 という、未来への祈り。 こうしてこの世界のアーサー王伝説…いや 『アルトリア女王伝説』は、女王の死ではなく、一人の女性の幸福を願う祈りで幕を閉じる。 そして後世の人々からは 「あまりにも美しい終わり方をする物語だからこそ、これは伝説なのだろう」 と思われていた。 ――しかし。 それは伝説ではなく、史実だった。 最後まで神霊に変わらなかった理由 本来ならばロンゴミニアドによりアルトリアは大人になる前に神霊へ変わるはずだった だが。 出会った名もなき人々。 アルトリアの剣筋を覚えていた騎士たち。 彼女を「女王陛下」として受け入れた民。 それらが全部繋がって 「アルトリアという人間そのものが、ブリテンの人々によって覚えられていた」 という事実になる。 そしてこれがロンゴミニアドの神霊化を遅らせる アルトリアを人間のまま繋ぎ止めたのは、マーリンの魔術でも、アヴァロンの加護だけでもなかった。 彼女を愛した「人々の想い」が彼女を彼女として縫い止めたのだった 英霊となったアルトリア女王――未来を託した女王が、再び剣を取る理由 カムランの丘で生涯を終えたアルトリアは、死後、英霊の座へと招かれる。 しかし彼女には、聖杯に託したい願いがない。 ブリテンは滅びた。 それでもアルトリアは、最後まで信じていた。 自分が愛した民草は、自分がいなくとも未来を歩いていける。 国がなくなっても、人々は生きる。 誰かが誰かを助け、子供を育て、仕事をし、笑い、次の世代へと命を繋いでいく。 だからこの世界のアルトリアにとって、 「もう一度ブリテンを取り戻す」 という願いは存在しない。 自分の役目は終わった。 そして、自分が愛した人々の未来も、もう彼ら自身に託した。 それでも、ひとつだけ懸念が生まれる アルトリアは知る。 自分の時代には存在しなかった、あまりにも理不尽な脅威。 人類が自らの力で乗り越えなければならない困難とは違う。 星そのものを脅かすもの。 人々の未来そのものを否定するもの。 人間が努力し、抗い、成長することすら許さず、一方的に未来を奪おうとする絶対的な破滅。 それを知った時、アルトリアは初めて、 「……これは、私が見過ごしてよいものではない。」 と考える。 ブリテンの未来は、もう自分の手を離れた。 だが、人々の未来そのものを守る必要があるのなら。 その時だけは、もう一度槍を取ってもいい。 「人々の未来を守るための英霊」 こうしてアルトリアは、通常の聖杯戦争のためではなく、 人類史そのものの危機に対する力として英霊の座に存在することになる。 つまり、このアルトリアにとって英霊召喚とは、 「聖杯を手に入れて願いを叶えるためのもの」 ではなく 「人類の未来を守るために、必要とされた時だけ呼ばれるもの」 なのである。 そのため、通常の聖杯戦争ではかなり召喚しづらい。