握りしめた一枚のカードから伝わる質感が、ようやく達成感をもたらしてくれた。 何者かに奪われ、豪華客船のカジノで景品にされていた《紫電の霊剣ライトニング・シオン》。 絶望的な枚数のチップを泥臭く稼ぎ切り、ついに取り戻した譲子は、額の汗を拭いながら長いため息をつく。 「やっと、やっと終わったよ~お帰りライトニング・シオン!」 愛おしそうにカードを胸に抱いた矢先、ふと肌を刺す異様な静けさと狂気に気がついた。 「あたりもすっかり暗く…ってあれ?ここ船の中だよね?」 熱狂に包まれていたはずのカジノからは人影が一切消え失せ、あちこちから水滴の落ちる不穏な音が響いている。 『譲子、すまない。私もカジノに夢中になりうっかりしていた。もうこの船は沈没している。』 内なる声の指摘に視線を上げると、視界に入ってきたのは信じがたい光景だった。 自分が立っているのは華やかな装飾が施された天井であり、豪華なシャンデリアは足元のフロアから垂直にそびえ立っている。 船体そのものの天地が完全に逆転していたのだ。 「うみゃああああ!?なんでこんなことに!」 『落ち着くんだ譲子。今から代わろう。』 パニックに陥る譲子の意識が深く沈み込み、代わりに内に秘められた漆黒の聖騎士の波動が前面へと躍り出る。 『でもどうするのさアルファモン?』 だが、焦燥感は消えない。 現在の身体状態では、アルファモンとしての姿を維持できるのはわずか10分間。 船底を破って外に出たところで、制限時間内に陸地へ到達できなければ広大な海へと沈む運命だった。 「だから…こうする!」 少女の小さな肉体が眩い光に包まれ、漆黒の鎧を纏うアルファモンへと変貌を遂げた。 巨大なマントを広げ、右腕を高く掲げると、集約された莫大なエネルギーが空間そのものを焼き切るように裂いていく。 『そうか、デジタライズ・オブ・ソウル!これでデジタルワールドへ逃げるんだね。』 次元の裂け目から漏れ出す未知の光。 しかし、この時の二人は知る由もなかった。 船内の空間は超次元デジモン・パラレルモンの力によって無残に歪められており、その干渉は解き放たれた次元の扉にまで及んでいたということを。 『♪~』 成功を確信し、軽い足取りで次元のゲートへと足を踏み入れた。 しかし、光を抜けた先に待っていたのは、見慣れたデジタルワールドの景色ではなかった。 「ありゃ?どこだここ?」 そこは色とりどりのデータが脈動する、どこか現実味のない異質な空間だった。 『いつの間にか意識が切り替わっている…?それどころか表に出ることができない。』 アルファモンが焦りの色を強める。 強烈な次元の歪みによって、主導権が強制的に譲子へと戻されたばかりか、意識を表へ出すことが完全に封じられてしまったのだ。 「急に呼び出してしまってすまない。」 「ううわああああ!?誰!?」 空間の真ん中に突如として浮かび上がった、大きな白い髭を蓄えたデジモンの姿に、譲子は飛び上がって驚いた。 「わしの名はジジモン。ここはデジタルワールドという世界なんじゃが…」 厳かな雰囲気を漂わせるジジモンは、困惑する譲子の質問など一切耳に入っていないかのようにマイペースに言葉を紡ぐ。 「この世界を救うためキミの力をぜひ貸してくれんかの?」 「いやだ。」 間髪いれずに譲子は吐き捨てた。 「ん?すまん。よく聞こえんかった。もう一度言ってくれんかの?」 「あ、これ知ってる。拒否権がないやつだ。」 『そもそもなぜ断ったのだ?困っている人を放っておけない君らしくもない。』 絶体絶命の窮地にもかかわらず、意識の奥底から呆れたようなアルファモンの声が届く。 「いやなんか胡散臭いし。」 譲子が愚痴をこぼしている間にも、ジジモンはシステム化されたプログラムのように粛々と話を押し進めていた。 気づけば目の前には、さまざまな模様が描かれた数個のデジタマが空中へ並べられている。 「いや私はアルファモンがいるから必要ないってば。」 抵抗も虚しく、どうやらどれか一つを選ばなければこの空間から退出することすら叶わないらしい。 諦めた譲子は溜め息をつきながら並んだ卵を見渡した。 「ドドモンのデジタマはないんだね…じゃ、この子で」 小さく呟きながら指差したのは、愛くるしいハートマークが描かれたデジタマだった。 「君とリーフモンでこのデジタルワールドを救ってくれ。」 目的を果たしたと言わんばかりに、ジジモンは残りのデジタマと共に煙のようにスッと消え去ってしまった。 ポツンと取り残された譲子の手元には、ぬくもりのあるデジタマがひとつ。 予期せぬトラブルと強引なRPGのような展開に呆然としながらも、二人と一匹の奇妙で新たなる旅が幕を開けた。