・01 闇に沈む広間に、音もなく影が集まる。 円卓を囲む七つの席─しかし、その数は満たされていなかった。 椅子の上にだらしなく座る白い服の少女─デジモンイレイザーが、暇そうに足を揺らす。 「…まだ?」 退屈そうに天井を見上げる。 今までの彼女とは違い、取り繕ったような笑みすら浮かべない。 その背後に、静かに翼を畳んだ影がある。 聖先提督・ブラックセラフィモンと、その隣で柔らかく微笑む女性、アンコ。 この二者こそが、今の歪みの起点だった。 空位となった玉座に新たな"王"を据え、散っていたネオデスジェネラルを再び束ねた張本人。 かつてのデジモンイレイザーは既に存在しない。 世界支配を掲げた古き王は、ロイヤルナイツによって討たれている。 だが、その終わりは終焉ではなかった。 彼らは津久井深夜の精神に干渉し、理想の悪役として振る舞うための疑似人格"I"を埋め込むことで、新たなるデジモンイレイザーを擁立した。 その目的は、世界の終焉を最も近い位置で観測するため。 だがその構造は完全ではなかった。 津久井深夜─ミヨの内側には、それを上回る執着が存在していたからだ。 兄・祭後終への依存と執着は後付けの人格を侵食し、拒絶し、そして混ぜ合わせた。 結果として残ったのは本来の人格でも"I"でもない、歪みそのものだった。 「─日竜将軍は遅刻ですか。らしいと言えばらしい」 静かに笑みを浮かべ、金竜将軍・ファーヴニモンが言う。 柔らかな物腰とは裏腹に、その底知れなさは妙な気品と不穏さを纏っていた。 「…申し訳、ありません」 水竜将軍代理・ホムコールモンが自分のことではないのに、小さく頭を下げる。 それでも反射のように謝罪してしまう辺り、まだ将軍の席に馴染み切れていない。 「ヤツにはヤツの考えがあるのでしょうよ…それが素晴らしいものかは兎も角ね」 ひひひ、と笑う月竜将軍・ニョイハゴロモン。 フォローしているようにも聞こえる声色だが、他者を一段低く見ていることを隠そうともしない。 「全く仕方の無いヤツだ。がははは!」 多寡の遅れなど意にも介さず、木竜将軍・ドラグーンヤンマモンは豪快に笑い飛ばす。 実力こそ全てであり、それ以外を細かく気にする性質ではない。 「ま。来ないならそれでいいけど…そうだ、土竜将軍は?」 デジモンイレイザーは指先で卓を叩き、ふと思い出したように首を傾げる。 一瞬の沈黙。 「既に役目を終えております」 低く、重い声が遅れて落ちる。 火竜将軍・テラケルモン─気づけばそこに居る影であり、“いつから”がどこにも無い存在。 「まだ後釜は見つからないんだぁ…」 デジモンイレイザーは興味を失ったように頷き、それで終わりだった。 ブラックセラフィモンはその様子を静かに見下ろしていた。 仮面の下にはわずかな笑みが浮かぶ。 計画は歪んでいる…だが、それすらも観測対象に過ぎないとでも言うように。 「─あ、そうだ」 ふと思い出したように、デジモンイレイザーが指を鳴らす。 欠員すら問題にしていない口振りで、彼女は軽く話す。 「デジメモリ、あと二つだよね」 軽い確認だが、その場の誰もが意味を理解している。 「残る二つの内、一つは祭後終と行動を共にするユキアグモンが保有しております」 ファーヴニモンが静かに応じた。 「デジメモリは、それぞれ世界のバックアップデータを内包しております。生命情報の再構築すら可能な代物です」 ブラックセラフィモンがそう続けると、空間へ巨大なビジョンが展開された。 「そして、それは貴殿方も既にご存知のはず」 彼が手を翳すと、そこにアトラーカブテリモンの森が映し出される。 戦いの最中、失われた命が次々と再構築され、蘇生していく光景だった。 「改めて見ても凄まじい事だ…」 ホムコールモンが僅かに前のめりになりつつ、感嘆を漏らす。 「やはり、デジモンイレイザー様はカーネルを手にするおつもりで?」 デジモンイレイザーはホムコールモンの質問に対し、楽しげに笑った。 世界の全てを記録し、制御するデジタルワールドの中枢─カーネル。 それは世界を管理する二つの神格人格ですら、単独では干渉困難な絶対領域。 「“第三の人格”となるおつもりで?」 ブラックセラフィモンの問いに、イレイザーは首元のアクセサリーへ触れる。 「そうそう。カーネルを動かす二つの権限の内、片方はもうボクと融合してるし」 それは第一人格・イグドラシルが、デジモンイレイザー…いや、ミヨと融合している証でもあった。 「そしてホメスタシオスは…前大戦にて人格を破損しております」 再びビジョンが切り替わり、そこに映し出されたのは─神の器・7D1=アーク。 超巨大管理筐体たるその外殻へ、ルーチェモンFMの必殺のエネルギー弾が撃ち込まれ、爆裂する。 「忌々しい七大魔王ですが…こればかりは素晴らしい仕事でしたね」 ファーヴニモンが感心したように顎を撫でる。 破壊されたアークの内部では、発光する球体状の人格コアが露出していた。 ルーチェモンFMはその内の一つ─第二人格・ホメスタシオスを引きずり出し、容赦なく握り砕く。 イグドラシルとホメスタシオス。 神は、二つの人格をあえて対立する事で世界をより良い方向へ進化させてきた。 だが同時に、どちらかが欠落、あるいは暴走した際の対抗手段も用意されていた。 それが、第三の人格。 「デジメモリを全て集めた者が、その予備権限へ到達する…ひひ、システムを悪用しようという魂胆ですな?」 ニョイハゴロモンは、主たるデジモンイレイザーを前にしても態度を崩さない。 映像の中では、アークの完全崩壊を阻止するため、二体のロイヤルナイツがルーチェモンFMへ激突していた。 ホメスタシオス亡き今。 イグドラシルを内包したデジモンイレイザーが“第三の人格”へ到達すれば、カーネル掌握は完了する。 ─即ち、世界の終演だ。 「我輩にそのような小難しい話は分からん!行けと言われれば行く!それが木竜将軍の仕事よ!!」 ドラグーンヤンマモンは豪快に笑い飛ばす。 だがその声を聞き流しながら、デジモンイレイザーはどこか遠くを見ていた。 「んじゃ、競争にでもする?」 その一言で、空気がわずかに歪む。 デジメモリと祭後終、それらをここへ持ち帰った者の勝利─ただそれだけの話。 だが、彼らデジモンが本能として持つ闘争心を煽るには十分だった。 「御意。我が身、如何様にも御用立て致す」 テラケルモンが、揺らがない声で誰よりも早く応じた。 そこに、一切の迷いはない。 「承知いたしました。合理的な競争は、組織の活性化にも繋がります」 ファーヴニモンが即座に頭を下げる。 「いいね。やる気ありそうで」 イレイザーが目を細めた。 「我も異存は無い。強き者が結果を掴む、それで良い!」 ドラグーンヤンマモンが穏やかだが、力強い声で選別を肯定する。 「…は、はい。水龍将軍として、必ず」 ホムコールモンが言い切る。 だが、その声には僅かな焦りが滲んでいた。 「貴方から焦りを感じますねぇ…少々、前のめり過ぎでは?」 ファーヴニモンが視線だけを向ける。 「ひっひひ。金竜将軍殿、立場などいずれ定着するものです」 ふわり、と別の声が滑り込む。 ニョイハゴロモンの言葉は布が舞うように軽いが、奥には測りかねる不気味さが滲んでいた。 「ふふ、君は本当に合理的ですね」 「がっはは!結果を出せば名前など後からでもついて来る!そういう物ぞ!」 ドラグーンヤンマモンは空気ごと笑い飛ばし、手すりをパン!と叩く。 次の瞬間、その巨体は掻き消えるように姿を消した。 それを皮切りに、ネオデスジェネラル達も次々と席を立っていく。 誰一人、同じ方向など見ていないまま会議は終わる。 静寂だけが残された空間で、デジモンイレイザーは一人、虚空を見つめていた。 (私がお兄ちゃんと二人でいるために…!) 細い指が、自らの首をゆっくりと締める。 まるで、そこに居ない誰かへ縋り付くように。 デジモンイレイザー…いや、津久井深夜は壊れた願いにゆっくりと溺れだしていた。 ・02 メタルグレイモンViとライズグレイモンViの鉄腕が正面からぶつかり合う。 轟音─ぶつかり合った衝撃が地面を震わせ、周囲の木々を大きく揺らした。 枝葉が舞い上がり、驚いた鳥の群れが一斉に空へ逃げていく。 東北に突如として発生した、リアルワールドとデジタルワールドが溶け合う巨大なデジタルポイント。 シュウはその異常現象を調査するため、この地へやって来ていた。 そこで久しく出会ったのが、目の前の少年だった。 鍔迫り合いの後、二体はゆっくりと距離を取る。 「完全体に進化できるようになってたか」 デジモンバウンティハンター・日向暁は新たなデジヴァイスicをトントンと軽く叩き、不敵に笑う。 シュウも口元だけ笑い、溜め息混じりに返す。 「おかげさまでね」 周囲には、リアルワールドとデジタルワールドが溶け合って生まれた巨大なデジタルポイントが広がっていた。 景色はところどころノイズ混じりに歪み、アスファルトの裂け目からはデジタルワールドの大地が顔を覗かせている。 シュウはちらりと空を見上げ、少し大袈裟に肩を竦めた。 「…でも俺は、この状況でケンカするのは反対かな」 ネオデスジェネラルがいつ現れてもおかしくない状況で私怨に付き合うほど、時間は安くない。 シュウはデジタルポイントに向かうつもりで話すが、暁は鼻で笑う。 「それがどーした?オッサンは黙って俺にブッ飛ばされればいいんだよッ!」 暁からデジソウルを流し込まれたライズグレイモンViが地面を蹴る。 同時にメタルグレイモンViも飛び出し、再び両者の拳が激突した。 ドンっと爆風が吹き荒れ、土煙が高く舞い上がる。 「皆さん頑張ってくださいませ〜」 あまりにも場違いな声だった。 一瞬、戦っていた四人全員の動きが止まる。 そこにはまるで散歩の途中にでも立ち寄ったような顔で、千本桜冥梨栖が優雅に立っていた。 「…おい、なんだこいつ。知り合いか」 暁が煙の向こうを見て眉をしかめた。 シュウは2度見した後、目を逸らす。 「ごめん。知らない」 実は知っている。 イレイザーベースの破壊を何度か手伝った…いや、この女は後ろで高笑いをしていただけだが。 冥梨栖は不満そうに頬を膨らませる。 「冷たいですわね。私とシュウさんは十分お知り合いでよろしいと思いますが」 「そのオシリアイがなんだってこんな所に?」 シュウは頭を掻きながらため息をついた。 その時、冥梨栖はぴたりと動きを止める。 そしてゆっくりと自分の尻へ両手を添え、一歩だけ後ずさった。 「…今、お尻と仰いました?」 「オシリアイだ!知り合い!オジョーサマちゃんが言い出したんだろーが!」 「セクハラですわ。モテませんわよ」 「くそぁ!日本語って難しいな!」 シュウは頭を更に掻き、手の中に掴んだ空気を地面に投げ捨てて悪態をついた。 冥梨栖はシュウを警戒するようにお尻を隠したまま、じりじりと距離を取る。 シュウは大きな溜め息と共に、しっしと手を払う。 「もうセクハラでいいからそのまま下がってな。危ないから」 「嫌ですわ」 そう言われた途端、冥梨栖は引く気配を見せなくなる。 シュウが雑な逆張りに対し、口を開きかける。 「嫌ですわ」 「俺が返事をする前に2度目を言わんでいい…」 そんなやり取りなどお構いなしにメタルグレイモンViは、組み合いになった手を離して大きく腕を振る。 「うおー!久しぶりだな!」 「お久しぶりですわ」 戦いが中断させられたライズグレイモンViは唖然とする。 「え…ちょっと…君たち、いつもそうなの?」 「相変わらずムカつく奴らだ…さっさとブッ放せ!」 暁はこめかみを押さえ、深いため息を吐いた。 「了解!」 次の瞬間、ライズグレイモンViの腕部の砲門が赤熱─巨大な砲撃が一直線に放たれた。 放たれたエネルギー弾を、メタルグレイモンViは弾き飛ばした。 弾かれた光弾は木々や地面を跳ね回り、そのうちの一発が大きく弧を描いてライズグレイモンVi自身の翼へ直撃する。 「なっ…!?」 予想外の一撃にライズグレイモンViの体勢が崩れる。 その一瞬を逃さず、メタルグレイモンViは力強く地面を踏みつけた。 ゴッ─という爆発にも似た衝撃で土煙が高く巻き上がる。 視界を奪うように土砂が爆ぜ、轟音と共に土煙が高く巻き上がる。 「チッ…撃ちまくれ!!」 暁は舌打ちすると、土煙の向こうへ向かって怒鳴った。 ライズグレイモンViは翼を大きく広げ、無数の誘導拡散ビーム・ライジングデストロイヤーを四方八方に放つ。 広範囲を制圧するように降り注ぎ、森を次々と爆炎で飲み込んでいく。 木々が薙ぎ倒され、地面が抉れ、さらに濃い土煙が辺り一面を覆った。 やがて煙がゆっくりと晴れていくと、そこには誰もいなかった。 シュウ、メタルグレイモンVi…そして、あの妙な女の姿さえも。 「…くそっ!」 暁は苛立ちのまま近くの木を蹴り飛ばす。 鈍い音を立てて幹が大きく揺れ、葉がぱらぱらと舞い落ちた。 ・03 あれから半日。暁は機嫌が最悪だった。 「…お前のせいだ」 行き場のない苛立ちは、そのままライズグレイモンViから退化したアグモンBへ向けられる。 彼は何も言い返さないし、バウンティハンターへの以来掲示板も反応は無い。 もっともそれは暁が仕事を選り好みしているだけなのだが、本人は気にも留めていなかった。 その時─空間が黒く裂ける。 影の中から、一体の黒き竜がゆっくりと姿を現した。 その胸部で脈打つ赤黒いコアは、まるで光を覆い隠す日食を思わせた。 「観測対象を確認。観測を開始する」 暁は即座にデジヴァイスicを構えるが、画面には該当データなし。 「…んだ、てめぇ」 「我はネオデスジェネラル日竜将軍─エクリプスドラモン」 それは、本来出席するはずだった会議を離れていた日竜将軍であった。 「聞いたことくらいはある。俺に何の用だ」 暁から流し込まれた薄紫のデジソウルがアグモンBを包む。 眩い爆発と共に、再び完全体・ライズグレイモンViが姿を現した。 体に残る光を払うように銃口をエクリプスドラモンへ突きつけるが、彼は質問には答えなかった。 「先程の戦闘を観測し、結論を更新」 その一言で、二人は口を閉ざす。 だが、胸のコアは静かな明滅を繰り返していた。 「─デジモン側の性能不足」 わずかな沈黙…空気が凍る。 暁は眉をひそめた。 ライズグレイモンViだけは、その意味を理解したように静かに目を細める。 「…なんなの、キミ」 エクリプスドラモンは胸部の赤黒いコアを静かに明滅させる。 「確認する。そのデジモンは必要か」 「…は?」 暁は眉をひそめた。 「人間側の出力は基準値を大幅に上回る。ならば、それに追従できない要素は切除すべきだ」 影がゆっくりと揺れ、中から一本の装置が浮かび上がった。 黒く禍々しい機体…まるで闇そのものを削り出したようなデジヴァイス。 「ダークネスローダー」 エクリプスドラモンがその名を告げた物体は暁の前まで滑るように飛来する。 「貴様にはこちらの方が適合する」 暁は半信半疑で、影をしたらせる"ソレ"を掴んだ。 次の瞬間。 「─ッ!」 膨大なデジソウルが、何の抵抗もなく機体へ流れ込む。 暴走しない、軋みもしない…暁の口元がゆっくり吊り上がった。 「…ははっ」 「それでよい。実験を開始しろ」 エクリプスドラモンに促された暁は、さらに強くデジソウルを流す。 それでも、このデジヴァイスには余裕が見える。 「すげぇ…!」 安物のデジヴァイスとは比べ物にならない。 シュウ、メタルグレイモンVi…そしてカノンとグランクワガーモン。 脳裏に浮かぶ敗北の記憶が、今度は確信へ変わる。 ─今なら越えられる。 「こいつだ…俺に必要だったのは!」 その様子を静かに観測するエクリプスドラモンに対し、ライズグレイモンViは苛立ちを隠せなくなる。 「…さっきから、好き勝手言ってくれるね」 エクリプスドラモンは視線だけを向ける。 「強くなる。それが我らデジタルモンスターの使命だ」 「突然なにを…」 ライズグレイモンViは思わず言葉を返す。 いつもの皮肉を出せないままに返した声は、自分でも驚くほど弱かった。 「ならば問おう…強くない貴様の存在理由を答えよ」 空気が止まる…ライズグレイモンViの耳には、自らが拳を握り締める小さな音だけが響いていた。 その隣で、暁はダークネスローダーから目を離さないまま笑う。 「まあ、実際そうだなァ…最近は足引っ張ってばっかだったし」 軽い口調の一言が、ライズグレイモンViの胸に深く突き刺さる。 「…それは」 反論しかけるが、言葉にならない。 暁の視線はもう自分には向いていなかった。 向いているのは、新しい力だけだった。 エクリプスドラモンは結論を急かす。 「回答不能か」 その時、ガキッと装甲が噛み合うが鳴る。 機械の翼が勢いよく展開され、無数の砲門が赤く染まる。 「証明ならこれだよッ!」 夜空を埋め尽くす誘導レーザーが、一斉にエクリプスドラモンへと殺到した。 着弾と同時に、夜の森が白く染まる。 全ての砲撃が一斉に炸裂し、幾重もの爆発が夜空を焼く。 轟音は木々を震わせ、森全体を飲み込んでいった。 ─だが、爆炎の中心から広がったのは、血でも肉片でもなかった。 黒い煙が生き物のようにうねり、空間そのものが溶け出したかのように景色を歪ませていく。 煙の奥では世界の輪郭すら曖昧になる中、不気味なほど静かな声だけが、確かに響いていた。 「観測継続」 「…は?」 ライズグレイモンViが眉をひそめ、ゆっくりと振り向く。 そこに立っていたのは、傷一つないエクリプスドラモンだった。 確かに砕いたはずの頭部も、裂けた装甲も、そのどれもが存在しないかのように元通りになっている。 考えるより先に身体が動き、翼から推進エネルギーを全力で放つ。 そして、腕の銃身を横薙ぎに振り抜いた。 確かな手応え…エクリプスドラモンの頭部は衝撃とともに砕け、ガラス細工のような破片となって四方へ散った。 「…なんだよ。日竜将軍とやらも案外─」 渇いた笑いとともに吐き出した言葉は、最後まで紡がれることはなかった。 ズブリ…胸の奥へ冷たい異物が滑り込む。 「…ッ!」 息を呑み、ゆっくりと視線を落とす。 黒い刃が胸部装甲を容易く貫き、その切っ先が胸から静かに突き出ていた。 機械のスパークが散り、赤い飛沫が小さく宙を舞う。 「測定終了」 背後には、いつの間にかもう一体のエクリプスドラモンが立っていた。 黒い腕が静かに引き抜かれると同時に、大量のデータ片が雨に混じって飛び散る。 ライズグレイモンViの身体が大きく揺れた。 崩れ落ちそうになった身体を、近くの木へ叩きつけるようにして支える。 それでも膝は震え、今にも折れそうだった。 エクリプスドラモンの胸部コアが赤黒く静かに明滅する。 「修正。予測値を上回る戦闘性能を確認」 感情の欠片もない声が、ただ観測結果だけを告げる。 「だが、存在理由は依然不明」 その一言だけが、雨音の中で妙に重く響いた。 「…はは。そうかぁ」 ライズグレイモンViは口元だけで笑う。 視線を落とせば、血の代わりに零れ落ちるデータ片が雨に溶けるように散っていく。 「僕も…散々捨ててきたんだ」 掠れた声が、自嘲するように漏れる。 これまで生き残るために選んできた事が、脳裏にフラッシュバックする。 「…だったら、捨てられても文句は言えないか」 怒りは湧かなかった。否定もできなかった。 気づけば、自分もそうやって生きてきた…全部を捨てた先の自分には何があるのか。 そんな問いを、自分自身へ向けたことすらなかった。 ふらつく足を前へ運ぶ。 霞む視界の先にいる暁だけを見つめながら、最後の力を振り絞って歩く。 そして、ようやくその目の前まで辿り着く。 だが暁の視線はライズグレイモンViではなく、その手に収まる新たな"力(ダークネスローダー)"だけを見つめている。 ライズグレイモンViは静かに膝をつき、アグモンBへと退化する。 力尽きた身体が、そのままゆっくりと前へ崩れ落ちた。 「…チッ」 暁は倒れたアグモンBを一瞥するが、舌打ちだけを残してその視線をダークネスローダーへ戻した。 エクリプスドラモンもまた、倒れ伏すアグモンBに興味を示すことはない。 「観測を継続する」 無機質な声だけを残し、黒竜は踵を返す。 暁もまた、何も言わずその背中を追った。 残されたのは、雨に打たれるアグモンBだけだった。 呼び止める者はなく、雨だけがその小さな身体を静かに打ち続けていた。 ・04 雨はまだ止んでいなかった。 森の中を、一体の黒いアグモンがふらつきながら歩いている。 かつては完全体として戦場に立っていた身体も、今は見る影もない。 傷ついた身体から零れるデータ片が、雨水に流されて消えていく。 「…存在理由、か」 エクリプスドラモンの言葉が頭から離れない。 強くないなら不要で、役に立たないなら切り捨てる。 それは、あまりにも簡単な答えだった。 なぜなら…自分自身が、ずっとそうしてきたからだ。 勝てる相手につき、必要ないものは捨て、生き残る。 それ以外の生き方なんて、知らなかった。 「…僕は」 言葉にしようとして、やめる。 答えなんて出るはずがなかった。 ─そんな時だった。 「んおっ!?オマエ、ボロボロじゃねぇか!」 聞き覚えのある声が響く。 顔を上げると、そこには見覚えのある白いデジモン…シュウのユキアグモンが立っていた。 アグモンBは反射的に睨み返す。 「…近寄るなよ」 「なんでだよ?」 「僕とお前は敵だろ」 その言葉に、ユキアグモンは爪で頭をポリポリと掻く。 「そうだけどよ〜」 あまりにも素直な反応に、言葉を失う。 そこへ、少し遅れてシュウが歩いてくる。 「ありゃりゃ。とんだお客様が増えたな」 そう言いながら、シュウはアグモンBへ近づいた。 「来るな」 「なんだ?お前の陰気臭い雰囲気が移るってか?」 いつものような軽口で、シュウは手に持った回復ディスクを押し当てる。 「…何をしている」 「見りゃ分かるだろ。治療」 「だから、僕は敵だぞ」 「知ってる」 あまりにもの即答に、アグモンBは目を見開く。 合理的に考えれば、こんな面倒事が増えるだけの存在は見捨てるべきだった。 なのに、この男は何でもないことのように自分を助けている。 「…理解できないね」 思わず漏れた言葉に、シュウは少しだけ笑った。 「わかんねぇだろ?」 「…」 「ま、俺もわかんないから当然だな」 シュウは使い終えた回復ディスクを放り投げる。 力を失ったディスクはデータの粒子となって雨の中へ消えていく。 「ま、死にそうな奴を放っとくと寝覚めが悪い…そんくらいかね」 その言葉を聞いて、アグモンBは黙り込む。 「…お前たちは。本当に、変な奴らだよ」 アグモンBは小さく呟くと、ユキアグモンは腕を組んで笑う。 「へへっ。よく言われるゼ」 自分には何の得も、意味もない…それでも手を伸ばす。 エクリプスドラモンが否定し、自分が今まで捨ててきたもの…それを、この男たちは当たり前のように持っている。 「まぁ。死にそうですわね」 いや…この女は物騒なことを言いながらケーキを食べていた。 横からの声に振り向くと、冥梨栖が優雅にケーキを食べながらこちらを見ていた。 「私、いい保険会社を知っていますことよ」 「…」 アグモンBは言葉を失う。 「デジモンに保険って効くのか?」 シュウが呆れたように尋ねると、冥梨栖は少し考えるように首を傾げた。 「そう言われたら…そうでしたわ」 そして、何事もなかったようにケーキを一口食べる。 「仕方ありません。生存を許可してさしあげますわ」 「おお〜さすが冥梨栖だゼ!」 なんだかわからないが感心するユキアグモンをよそに、シュウは適当に流す。 冥梨栖は雨上がりの曇天を見つめる。 「それにしても…とっても嫌な感じがしますわ」 「なんだそりゃ」 「…分かりませんけれど。なんだか、とても面倒なことになりそうな気配ですわ」 一瞬だけ真面目な顔になった彼女に気付くこともないまま、シュウは言葉を返す。 「たとえばオジョーサマちゃんが俺の前に出てくる…とかか?」 「それはウルトラハッピーですわ。神棚に飾っておいてくださいまし」 手をひらひらと振り、笑顔を浮かべる。 その言葉を聞いて、シュウはため息をついた。 結局アグモンBは、そのままシュウ達と行動を共にすることになった。 だが、理解はできなかった。 シュウはユキアグモンの無茶を止めるし、ユキアグモンはシュウを守ろうとする。 冥梨栖は好き勝手に振る舞いながら、気づけば全員のそばにいる。 全員が文句を言うし、全員が衝突する。 効率だけを考えるなら、とっくに切り捨てた方がいい関係だった。 なのに、誰も離れない。 『不要な要素を切除するべきだ』 エクリプスドラモンの言葉が蘇る。 ならば…なぜこいつらは、互いを捨てない? なぜ弱さを抱えたまま、一緒にいる? (わからない…) だからこそ、少しだけ知りたくなったような気がした。 ・05 黒い空間が音もなく裂けた。 裂け目の奥から、巨大な黒竜がゆっくりと姿を現す。 胸部に埋め込まれた赤黒いコアだけが、心臓のように脈打っていた。 その黄金の瞳はシュウやユキアグモン、アグモンBを一瞥しただけで興味を失う。 やがて、その視線は一人の少女へと止まった。 「観測対象を確認。経過観測を終了する」 低く響く声と共に、胸のコアが赤黒く明滅する。 「…仲良しには見えないけど、知り合いか?」 「あんな顔色の悪そうな方、存じませんわ」 シュウが冥梨栖へ尋ねるが、即答される。 答えを持たない冥梨栖に代わり、エクリプスドラモンが静かに告げる。 「我は、ネオデスジェネラル真の日竜将軍─エクリプスドラモン」 その言葉を聞いただけでシュウとユキアグモンにゾクっとする気配が伝わる。 「…ネオデスジェネラル」 「ついにお出ましみてぇだゼ!」 シュウの表情が引き締まり、ユキアグモンも拳を強く握る。 ついにネオデスジェネラルの一角が、目の前へ姿を現した。 テラケルモン、ホムコールモン…これまで、何度も奴らの力を思い知らされてきた。 だが─もう逃げる理由はない。 しかし。 「貴方で何人目ですの?日竜将軍を数えるのはもう飽き飽きしてましてよ」 冥梨栖だけはまるで近所の人と立ち話でもするような調子だった。 「おいおい、お姫様は物騒なことを言っておられるぞ」 「だって本当ですもの」 その顔に悪びれる様子はない…まぁコレはいつものことだが。 パートナーデジモンすら連れていない少女が、ネオデスジェネラル級を何体も退けたと言う。 普通なら笑い飛ばす話だが、シュウは頭を掻きながら小さく苦笑した。 (正直オジョーサマちゃんならやりかねねぇんだよな…) 「いままでの日竜将軍は、我のデータ片を移植された強制進化の実験体に過ぎない」 突然告げられた言葉に、シュウは眉をひそめる。 「そりゃどういうことだ」 だがエクリプスドラモンは、シュウの反応など意に介さない。 その黄金の瞳は、ただ目の前の観測対象だけを見つめていた。 「当然、貴様が取り込んだ日竜将軍三十七号─ヴェノムバウタモンもな」 その瞬間、冥梨栖の表情がわずかに固まった。 「…いままでの、全部が?」 千本桜冥梨栖が言葉を失う─そこには大袈裟な振る舞いも、傲慢な態度もない。 静かに揺れる瞳が、淡々と語り続けるエクリプスドラモンを見つめていた。 「死、転生、進化、融合─いずれも予測を超えた。貴様は優秀だった」 一つずつ確認するように、指を折っていく。 まるで研究報告書を読み上げるような棒読みの声に、感情を読み取ることは難しい。 ただ結果だけを告げている。 「記録の価値がある資料の提供に感謝する」 エクリプスドラモンは胸部を赤黒く脈動させながら、ゆっくりと腕を上げる。 その瞬間、冥梨栖の身体に激しいノイズが走った。 「っ…ぁ!?」 彼女の膝から力が抜け、華奢な身体が大きく揺れる。 シュウはマントを翻しながら反射的に叫んだ。 「オジョーサマちゃん!?」 「テメーッ!ナニしやがった!」 ユキアグモンが歯を剥き出しにして叫ぶ。 人間の姿が揺らぐ…輪郭が崩れ、身体の一部がデータの乱れのように明滅している。 冥梨栖はこれが攻撃ではない事を理解する。 自分自身の中にあるエクリプスドラモンのコピーデータに直接干渉されている、と。 「安心しろ。苦痛は長く続かない」 エクリプスドラモンは二人の方へ視線を向けることすらなく、淡々と告げる。 「返却だ」 シュウは冥梨栖を支えながら、エクリプスドラモンを睨みつける。 「それは最初から我の管理下にあった力。ただ、返却期限が来ただけのこと」 冥梨栖の身体を走るノイズが、さらに広がっていく。 「─亡霊は冥府へ帰る時だ」 「ふっ…大体わかりましたわ」 かつて取り込んだボルトバウタモンに自分が苦しめられている…それを理解した冥梨栖は苦々しく呟いた。 「対象の構成データを確認。融合状態を解析、修正…想定以上の不安定性を確認」 冥梨栖の身体を走るノイズがさらに強くなると、シュウは一歩踏み出す。 「おい、やめろ!」 だがエクリプスドラモンの視線は変わらず、怒りも憎しみもなかった。 アグモンBはその光景を前に、無意識の内に強く拳を握り締めた。 だが、その拳には何の力も宿らなかった。 ・06 「そーゆーコト」 その時─聞き覚えのある声が、背後から響く。 シュウが振り返ると、そこには暁が姿を現していた。 「騒がしくてタルい女だと思ったけどよ。近くにいてくれて助かったってワケだ」 「お前…アグモンはどうした」 シュウの表情が険しくなる。 暁は鼻で笑うと、手にしたダークネスローダーを軽く持ち上げる。 「どーもしねーって。ただ使えなくなったから切ったの」 暁がシュウへ向かって得意げに笑うと、親指を立て、それを首元へ滑らせるようにして横へ振った。 その言葉に、物陰にいたアグモンBの目が僅かに伏せられた。 雨の中に置き去りにされた自分自身の姿が、脳裏をよぎる。 「合理的判断だ…不要を切除し、必要を残す。それが進化というものだ」 「おわかり?」 エクリプスドラモンが即座に肯定すると、暁は満足そうに笑う。 「随分と賢いじゃねぇか…反吐が出るくらいにな」 シュウは冥梨栖を支えたまま、暁とエクリプスドラモンを睨む。 その言葉にも、暁はむしろ満足そうだった。 (あれは信頼じゃない) アグモンBは奥歯を噛み締め、そう思った。 エクリプスドラモンが暁に向けた"評価"とは、性能・効率・結果…そこに自分自身を見ているようなものは、何もなかった。 シュウも同じ違和感に気づきながら、何も言わなかった。 今の暁に何を言ったところで、届かないことが分かっていたからだ。 冥梨栖も、暁も、これまで現れたという日竜将軍たちも、エクリプスドラモンにとっては全てが実験材料だった。 シュウは目の前で起きていることを理解し、相棒を静かに呼んだ。 「…ユキアグモン」 同時に、デジヴァイス01から眩い進化の光が溢れ出す。 「人もデジモンも、好き勝手弄びやがって…許せねぇ!」 ユキアグモンもまた、拳を握り締めた。 「ユキアグモン、ワープ進化ッ!!」 叫びと同時に、青黒い光が異空間を開く。 爆ぜるように膨張した光は一瞬で卵のような形に収束─内部から数回の鼓動が響く。 そして異空間ごと爆裂し、辺りを白く染める。 爆光が収まった時、アグモンBは思わず目を大きく開いた。 そこに立っていたのは、漆黒の巨体を持つ究極体─ダークドラモンだった。 「究極体…!」 【ダークドラモン:究極体】 暗龍獸、Darkdramon─シュウのデジヴァイス01には進化完了のシグナルが転送され、画面を文字が埋め尽くす。 「行くぜ、シュウ!」 「ああ。ぶっ壊してやろうぜ」 次の瞬間、二体の究極体が同時に地面を蹴った。 ダークドラモンの鉄拳と、エクリプスドラモンの黒い腕が真正面から激突する。 轟音が森を揺らし、衝撃波が周囲の木々を薙ぎ倒していく。 エクリプスドラモンの腕が僅かに押し戻された。 「観測を中断─戦闘対象を優先する」 胸部のコアが不規則に明滅し、冥梨栖へ向けていた干渉を止める。 「へっ。そーこなくっちゃなァ!」 その判断に、暁は笑うとダークネスローダーを掲げた。 「俺の力を見せてやる…デジソウルチャージ!」 ダークネスローダーから溢れ出した膨大なデジソウルが、エクリプスドラモンへと流れ込んでいく。 「数値の上昇を確認」 エクリプスドラモンの身体を覆う黒い装甲が内側から震えた。 胸部のコアが激しく脈動し、その全身から凄まじい量の黒い煙が噴き出す。 「く…なにか来るぞ!」 シュウが目を見開く…そこだけが世界から切り離されたような暗闇が生まれる。 黒煙は瞬く間に周囲へ広がり、ダークドラモンを包み込んでいく。 「上等だゼ!こっちから突っ込ンでやらぁッ!」 ダークドラモンは飛翔すると、その巨体を闇の中へ押し込む。 やがて黒い煙はさらに濃くなり、一気に広がるとシュウや冥梨栖…アグモンBをも巻き込んだ。 「へへ…これが、俺の本当の力だ」 黒煙の中で暁はダークネスローダーを握り締めて笑っていたが、ふと視線を感じて顔を上げた。 物陰に立つアグモンBと、目が合った。 彼らは何も言わず静かに互いを見つめてから、すぐに視線を逸らした。 エクリプスドラモンからは、暁の力によって先程よりも強い圧を感じる。 だが、それは"優秀な装置"によるものとしか見られていないだろう…アグモンBの胸の奥に、嫌な感覚が広がっていく。 「そこかッ!」 ダークドラモンは不意に現れた黒い影へ、振り返りざまに腕を振り抜く。 鋭い手刀がエクリプスドラモンの身体を真っ二つに切り裂いた。 ガラスが砕けたようなけたたましい音を鳴らし、砕けた身体は無数の破片となって飛び散る─だが、その直後。 「観測継続」 背後から響く声に、ダークドラモンは驚きつつも素早く振り向いた。 「なにッ!?」 そこにいたのは、まったくの無傷のエクリプスドラモンだった。 ダークドラモンは即座に身を捻って攻撃を回避し、そのまま太い足をカウンターで叩き込んだ。 巨体が勢いよく吹き飛び、黒煙の奥へ消える。 「逃がすかッ!」 ダークドラモンが追撃へ踏み込み、煙を突き抜ける。 だが、それを予測していたかのように、左右から二体のエクリプスドラモンが現れていた。 「なっ─!?」 左右から同時に黒い腕が迫る─ダークドラモンは咄嗟に片方を左腕で受け止め、もう一方を右腕で弾き飛ばした。 そのまま瞬時に身体を回転させ、攻撃を受け止めた方を蹴り飛ばす。 エクリプスドラモン同士が激突し、黒い身体が砕ける。 しかし、砕けた黒煙の向こうから、また新たな影が立ち上がった。 「チッ…!」 ダークドラモンは舌打ちしながら飛び退く。 「まだ気ますわ!」 冥梨栖の言葉通り、黒煙の中から次々とエクリプスドラモンが現れる。 一体、二体、三体…同一の存在が徒党を組んで一気に襲い来る。 ダークドラモンは拳を振るい、蹴りを叩き込み、鋼鉄の尾を振り抜いた。 その度に黒い影は砕け散るが、倒した数だけ新たなエクリプスドラモンが現れた。 「くそっ!これじゃキリがないぞ!」 シュウが吠える間にもダークドラモンは一体を殴り飛ばし、背後から迫る別個体へと振り向きざまに拳を叩き込む。 その時、今度は頭上から黒いエネルギー弾が鉄槌のように振り下ろされた。 【ヘルクラッシャー3】 瞬間─ダークドラモンはその姿を消すほどの高速で移動し、上空へ逃れる。 その直後、先ほどまで立っていた地面が赤く爆ぜた。 「まだだ!」 【バスターダイブ】 空中で身体を反転させ、そのまま急降下─黒い巨体を掴むと、地面へ叩きつけた。 轟音とともに土煙が舞い、シュウたちは体勢を崩しそうになる。 「観測結果を更新」 だが…煙の中からエクリプスドラモンが腕を伸ばす。 そのままダークドラモンを押し退け、立ち上がった。 ダークドラモンの表情が険しくなる─先ほどまでなら通じていた攻撃が、少しずつ通じなくなっている。 拳を繰り出せば受け流され、蹴りを放てば軌道を読まれ、背後へ回ろうとすれば先に振り向かれる。 一度見せた攻撃は、二度目には対策されていた。 【ダークスピリット】 ダークドラモンは闇エネルギーを纏わせた拳を力任せに突き出すか、その拳は紙一重でかわされる。 エクリプスドラモンの返す手刀が胸部を掠め、嫌な音を立てて装甲が削れ、火花が散る。 ダークドラモンは素早く距離を取り、目だけを高速で動かす。 正面。右。左。背後─黒い影が次々と現れては消え、息を整える暇すら与えない。 右から迫る一体の動きに僅かな遅れを捉えたダークドラモンは、そこに拳を叩き込んだ。 「それは罠だッ!」 だが、シュウの声が遅れて響いた。 拳を振り終えたその隙に、別のエクリプスドラモンが空間を強く踏み、一気に前進する。 「自らをわざと破壊させることで隙を産み出した…そういうことですの!?」 冥梨栖が読んだ意図に、シュウは無言で頷く。 更には三体目も連なり、二体のエクリプスドラモンが同時にダークドラモンの蒼黒の鎧を殴り抜いた。 爆発と聞き違えるほどの轟音と共に、ダークドラモンの巨体が地面を転がった。 「ぐ─おおぉッ!?」 吹き飛ばされながらもなんとか体勢を整え、呻き声を上げながら着地する。 その光景を見つめていたアグモンBの脳裏に、あの時の光景が蘇った。 最初は通じていた攻撃が、二度目には通じなくなっていた。 「そ、そうか…あいつの能力は…!」 "増殖と解析"─アグモンBが気づいた時には、もう遅かった。 エクリプスドラモンは、すでにダークドラモンの戦い方を理解していた。 「結果の更新は不要と判断」 胸部のコアが、赤黒く脈動する。 その言葉を聞いた瞬間、暁は再びダークネスローダーを掲げた。 「そーゆーことか。なら、こいつでトドメだ…デジソウルチャージ!」 膨大なデジソウルがダークネスローダーから溢れ、エクリプスドラモンへと流れ込んでいく。 エクリプスドラモンが力を込めると、周囲に漂っていた黒煙が一斉に動きだす。 それはダークドラモンを取り囲むように収束、逃げ道を塞いでしまう。 ダークドラモンは拳を叩き込み、黒煙を吹き飛ばそうとする…だが砕けたはずの煙はすぐに形を取り戻し、さらに強く巨体へと絡みついていく。 「観測結果を反映する」 エクリプスドラモンは胸部コアを激しく明滅させ、巨大な赤いエネルギー球体を胸から取り出した。 【アースエンド・レイ】 瞬間的に巨大化したソレは、空間そのものを押し潰すように膨張。 太陽のように赤い球体が、ダークドラモンを空間そのものへ押し付ける。 次の瞬間、その背後の空間に大きな亀裂が走った。 時空そのものに深い暗闇が開き、巨大な身体と黒煙が球体ごと異空間へと引きずり込まれる。 一瞬の静寂─。 そして、異空間の奥で大爆発が起こった。 爆炎と衝撃が時空を震わせ、次の瞬間にはダークドラモンの巨体が現実世界へと放り出された。 「ユキミボタモン!」 地面へ叩きつけられるよりも早く、ダークドラモンの身体が光に包まれてその姿は急速に縮んでいく。 やがてそこに残ったのは、傷だらけのユキミボタモンだった。 シュウは迷わず駆け寄ると、相棒の身体を抱き起こす。 「へへ…勝った…勝ったぞ…!」 勝利を確信した笑みでシュウを見下ろしながら、暁はダークネスローダーを握り締めた。 その笑みがほんの僅かに固まる。 自分が勝ったことに、何の問題もないはずだった。 それでもなぜか、あの視線だけが妙に居心地悪かった。 暁は小さく鼻を鳴らし、視線を逸らす。 「…くだらねぇ」 そう呟いて、再びダークネスローダーへ目を落とした。 エクリプスドラモンは、倒れたユキミボタモンを一瞥する。 「結論を更新する必要はない─絆など不要だ」 「そ。必要なのは強いデジモンと、それを支配する優秀な"人間(オレ)"だ」 エクリプスドラモンの胸部コアが静かに脈動し、黄金の瞳はダークネスローダーを握る暁へ向けられる。 「これが、最も効率的な在り方…ってワケよ」 暁は得意げに笑い、ダークネスローダーを掲げる。 そこから流れ込む膨大なデジソウルを受けてもなお、日竜将軍の身体に揺るぎはない。 シュウは地面に倒れたユキミボタモンを抱き起こす。 「そうかい」 「何か言いたさそうじゃねぇの」 「キミじゃ一生理解できないってコトさ。どうでもいいだろ?」 シュウは相棒の身体を支えながら、暁を見据える。 「イキりやがって。言えよ」 「捨てたくても、捨てられないモンがあるってことをな」 「それはザコのザレゴトだ。理解したくもねぇな」 暁はそう言い捨て、エクリプスドラモンに目を向ける。 「ヤることあんだろおめーは。さっさとしな」 「本来の目的を果たす」 エクリプスドラモンは暁から急かされると、再び冥梨栖を吸収するために腕へ力を集めた。 だが─そこに冥梨栖の姿はなく、物陰に立っていたアグモンBの姿も消えていた。 エクリプスドラモンの黄金の瞳が周囲を見渡す。 「囮か。多少は効率的なようだ」 暁も釣られて辺りを見回す。 「んだと…どこ行きやがった?」 エクリプスドラモンは答えない。 ただ静かに周囲を観測し、やがて視線を上げた。 「だが、我の計画に変更はない。行くぞ」 黒い空間がゆっくりと開いていく。 エクリプスドラモンは暁を伴い、その闇の中へと消えていった。 残されたシュウの手首に巻かれたデジヴァイス01が、静かに光っていた。 ・07 再び雨が降り始めていた。 シュウたちは森の木陰で雨を凌いでいる。 包帯だらけのユキミボタモンは切り株で眠り、冥梨栖はその隣でいつものように紅茶を飲んでいた。 「とんだお姫様だとは思ってたが…まさか人間じゃないとはね」 なぜか自分が紅茶を淹れさせられたことに突っ込むこともしなくなったシュウは、苦笑いしながらそう話す。 「お話してませんでしたっけ?」 冥梨栖は何でもないことのように笑う…だが、シュウは返事をせずに茶器を片付けていく。 やがてティーポッドをディスクに仕舞うと、木に背中を預けてデジヴァイス01の仮想モニターを展開した。 「人間でもなく、デジモンでもなく、幽霊でもない─我ながら面倒な存在ですこと」 冥梨栖は、シュウが無視しようと言葉を続ける。 それはいつものことだったが、その声はほんの少しだけ震えていた。 「…嫌、でしたか」 後に続いたその言葉だけは、妙に小さい。 シュウはすぐには答えず、仮想モニターに流れる戦闘データの数値を目で追う。 「そんなこと気にしてどうした?」 黙ったまま紅茶の水面へ視線を落とす冥梨栖を横目に、言葉を続ける。 「オジョーサマちゃんが面倒臭いのは最初からだろ」 「貴方、失礼ですわね」 「今さら欠点が一個増えたくらいで、評価が変わるかよ」 「私に欠点はありませんわ」 冥梨栖はむっとして、口を少し尖らせる。 「その発言が一個目」 「へぇ。社会的に抹殺されたいようですわね」 「ま、二桁までは数えてないから安心してくれ」 冥梨栖は何か言い返そうと口を開く。 だが、いつものように言葉を続ける前に、横から声が飛んできた。 「シュウだって悪いトコ三桁はくだらないゼ!」 「それホントに数えたのか?」 シュウは呆れたように眉を寄せると、ユキミボタモンの頭を軽くつついた。 「オレも数えてないけど、それくらいはあるだろうなって」 包帯だらけのユキミボタモンが、能天気に笑う。 冥梨栖の口から、小さな笑いが漏れた。 「ふふ。本当に、適当ですわね」 「そ。だからオジョーサマちゃんも気にすんなってこと」 シュウは仮想モニターから目を離さず、手だけをひらひらと振った。 木々の隙間から見える空は暗く、雨はまだ止みそうにない。 しとしとと降る雨を見て、冥梨栖はしばらく黙っていた。 やがてほんの少しだけ俯き、何かをためらう。 そして、小さく息を吸ってから小さな声を発した。 「祭後終さん」 「ん?」 「…名前で」 そこで一度、言葉が止まる。 冥梨栖は紅茶のカップを両手で包み込むように持ちながら、笑顔を作る。 それはまるで、自分がここにいることを確かめたがっているような、作り笑いだった。 「一度でいいので、私を名前で呼んで…」 「ケガの借りは返した。僕は出ていく」 シュウが振り返ると、そこにはアグモンBが立っていた。 先ほど、冥梨栖を連れて逃げるようシュウから密かに指示を受けていた。 その役目を終えた今、ここに残る理由はない。 「おう。さっきは助かった。じゃあな」 「…引き止めないのかい?」 シュウのあまりにもあっさりした返事に、アグモンBは何か言いたげにシュウを見つめた。 そんな二人のやり取りに、言葉を遮られた冥梨栖が少しむすっとしながら口を挟んだ。 「引き止めて欲しそうですわよ」 「まさか」 「ならいいんです」 冥梨栖はそう言って、カップを膝元へ戻す。 「貴方も、貴方の相棒も…いい迷惑ですもの」 冥梨栖は呆れたように息を吐くと、自分の腕へ視線を落とした。 人間の姿を保ってはいるものの、身体の一部にはまだ小さなノイズが走っている。 白く細い指先を軽く動かしてみると、その輪郭が一瞬だけ揺らいだ。 「でも面倒事にゃ慣れてるゼ!」 シュウの頭に乗るユキミボタモンが、包帯だらけの身体を起こして笑う。 シュウはその声に振り返ると、冥梨栖を指差した。 「特にオジョーサマちゃんな」 「祭後終さんは私にゾッコンですものね」 冥梨栖は胸を張って答える。 シュウももう慣れたものだった。 呆れたように肩をすくめる。 「な?特に後悔してるんだわ」 「嫌よ嫌よも好きの内ですわ〜」 「嫌よ嫌よはマジで嫌って事なんだよ」 シュウが頭を掻く。 そのやり取りを、アグモンBは黙って眺めていた。 しばらくして、ぽつりと呟く。 「…割に合わないな」 「つっても、人生なんて大体そうだろ」 シュウはその言葉に、少しだけ目を細めた。 雨音が森を包んでいる。 誰もすぐには言葉を返さなかった。 シュウはユキミボタモンの傷の具合を確かめるように包帯を解くと、ダメージはほとんど修復されていた。 「お〜。いい感じだゼ!」 キュルルル…という音と共に、ユキミボタモンはヒヤリモンを飛ばしてユキアグモンへと進化する。 「無駄、無駄、無駄…ソレの何が悪いんだ」 ぽつり、ぽつりと言葉を重ねる。 その声からは、いつもの軽さが少しだけ消えていた。 その言葉は今の自分へ向けられたものなのか、それともここにはいない誰かへ向けたものなのか。 それは、ここにいる誰にも分からなかった。 ただシュウがそう言った後も、雨は静かに降り続けていた。 「ンなことより、アイツ強かったな」 準備運動をするユキアグモンが、先ほどの戦いを思い返すように呟いた。 「あぁ。というワケでお勉強会だ」 シュウは手元のデジヴァイス01へまた視線を落とすと、左手で空中に展開した仮想モニターを操作した。 ユキアグモンはめんどくさそうに「えー」と声を上げる。 やがて複数の項目が並ぶ─それは、先程の戦闘においてエクリプスドラモンがダークドラモンからの攻撃に対して行った対応の結果だった。 初撃─直撃。 次の攻撃、これも直撃。 三度攻撃…紙一重で回避している。 そこからは攻撃を誘い、隙を誘発させるようになった。 細々と映像つきでリストアップされ、何度も繰り返して再生される。 「僕の時と同じで、一度見た攻撃が通りにくくなってるね」 「つまり二度目は、もっと通らないと」 アグモンBが悔しそうに呟き、冥梨栖は目を細める。 シュウはモニターを操作しながら頷く。 「そ。戦いの中で成長するタイプだな」 「悔しいけどすげーのは間違いないゼ…」 ユキアグモンは、そう言いつつも目を輝かせる。 「お前よりだいぶ頭いいぜ」 「おう!」 「否定しろよ。一応は」 相棒の元気の良い返事に、シュウは呆れてずっこける。 アグモンBはそんな二人を眺めていたが、やがてモニターへ視線を戻した。 「…勝算は?」 その問いに、シュウは口元を僅かに吊り上げた。 「さてな」 「今度は負けねぇ!それだけだゼ!」 一方でユキアグモンはヤル気満々に拳をバンバンと叩く。 アグモンBが呆れたように尋ねる。 「はぁ。そんなのでいいのかい」 「よくないから苦労してんの」 シュウはその横で壁に背を預け、ぐっと伸びをした。 彼はそれ以上、作戦を口にすることはなかった。 シュウは目を閉じると、デジヴァイス01に記録した映像を頭の中で何度も再生していた。 攻撃、回避、反撃─相手が何を見て、何を学習し、次に何を選ぶのか。 そこまで考えたところで、シュウは指をパチンと鳴らした。 「勉強しか脳がねぇヤツにゃ、覚える暇がねぇくらい滅茶苦茶してやりゃいいってことだ」 ・08 その時─デジヴァイス01の画面に、一瞬だけ見覚えのない波形が走る。 「…?」 シュウが画面へ目を向けるが、波形はすぐに消えた。 「どうしたんだい?」 アグモンBが尋ねた時、森の空間が低く軋んだ。 「来るぞ」 冥梨栖が顔を上げた瞬間、目の前の空間がグバッと黒く裂けた。 そこから現れたのは、漆黒の巨体─エクリプスドラモン。 当然、その隣にはダークネスローダーを手にした暁が立っていた。 「観測を再開する」 エクリプスドラモンの黄金の瞳が、シュウたちを静かに捉える。 暁はダークネスローダーへデジソウルを込めた。 その光を眺める表情には、隠しきれない愉悦が浮かんでいる。 「お前ら、さっきから考えてたんだろ?どうすりゃ俺に勝てるかってよ」 シュウが返答せずとも、暁の笑みが深くなる。 「その答えを出したところで、まとめて叩き潰す─それでこそ、俺にとって本当の勝ちだ!」 その言葉に、アグモンBが眉をひそめる。 「なあ、暁」 「あ?」 「ソイツ、お前を褒めてるんじゃないぞ」 「だからどうした」 暁は鼻で笑い、ダークネスローダーを掲げる。 「これは俺の力だ」 アグモンBが言葉を失う横から、シュウが静かに口を挟んだ。 「やめとけ。奴さんにゃ届かねぇよ」 シュウは首元のゴーグルを上げ、装着する。 その表情から、先ほどまでの軽い笑みが消えていた。 「相棒」 ユキアグモンが顔を上げる。 シュウはその目を見て、口元を僅かに吊り上げた。 「リベンジマッチといこうぜ」 「っしゃあ!今度は負けねぇゼ!」 ユキアグモンが拳を握り、ぐわわっと笑う。 デジヴァイス01から、ギューンと再び眩い進化の光が溢れ出した。 「─ユキアグモン、ワープ進化ァッ!!」 異空間の穴が開き、青黒い光ごとユキアグモンの身体がその奥へと吸い込まれていく。 光は瞬く間に膨張し、卵のような形へ収束する。 内部から響く幾度もの鼓動…そして、光の卵を突き破るようにして漆黒の巨体が現れた。 「ダークドラモン!」 再び究極体へと進化したダークドラモンは、力強く地面へ降り立つ。 彼はシュウと冥梨栖を両肩へ乗せると、巨大な身体をゆっくりと起こした。 「待たせてわりぃな。今度はこっちの番だゼ」 全身をスパークさせるダークドラモンの姿を、エクリプスドラモンは静かに見つめていた。 「観測結果─更新」 胸部のコアが、赤黒く脈動する。 「戦闘を開始する」 「うおおおおーーっ!」 ダークドラモンは、雄叫びと同時に距離を詰めた。 鋭い爪が振り抜かれ、鋼鉄の尾が唸る─間髪入れずに攻撃が打ち込まれる。 だがエクリプスドラモンは、それらをまるで未来を見ているかのように捌いていった。 拳が届く寸前で身体を逸らし、爪撃を弾いて受け流し、尾の軌道を読んで回避する。 アグモンBの言葉通り、一度見せた攻撃はもう通用しない。 前回の戦いで幾度となく繰り返された攻防を、エクリプスドラモンは完全に再現していた。 「だったら─ッ!」 大きく踏み込んだダークドラモンの動きに、エクリプスドラモンの黄金の瞳が僅かに細められた。 深紅と漆黒を混ぜ合わせたような残光を引きながら、ダークドラモンの爪が迫る。 しかし、その手首をエクリプスドラモンがガッチリと捕らえた。 「未知の攻撃を確認…解析開始」 だがその時、エクリプスドラモンの動きが僅かに遅くなる。 その隙に拘束を振りほどいたダークドラモンは、改めてその爪を振り抜いた。 【ブラッドクロー】 赤黒いエネルギー爪は、ついにエクリプスドラモンの黒い装甲へ触れた。 初めて本体に明確な傷が刻まれ、暁は思わず声を上げた。 「どうしたエクリプスドラモン…!」 「…確かにそうです」 冥梨栖がかざしていた手のひらに淡いノイズが走る。 「貴方が私なら、私は貴方」 彼女を構成するボルトバウタモンのデータが、エクリプスドラモンへ向けて逆流していた。 同じ存在だからこそ、その干渉は外部から侵入する必要すらない。 冥梨栖自身を経由して、エクリプスドラモンの内部へ直接干渉していた。 シュウはその様子を横目に確認すると、ゴーグルの奥の目を得意げに細めて指を鳴らした。 「どうよ?コレが俺の考えた対策ってヤツさ」 得意げな笑みを浮かべながら、デジヴァイス01の仮想モニターに表示された二つの指示を見せつける。 【適当な技をわざと解析させる】 【ボルトバウタモンの力で、解析の妨害】 その指示はデジモンでもある冥梨栖にしっかり行き届いており、シュウの提案を実行に移せた。 「全く。先程の作戦会議では、そんな事は一言も聞いてませんわ」 「お話してませんでしたっけ?」 先程彼女から言われた言葉をそのまま返すシュウに、冥梨栖はむっとした。 「あ、もしかして今思いついたのでは?」 「さーてな」 シュウは笑って誤魔化した。 実際、戦いが始まる直前まで、シュウに確信はなかった。 エクリプスドラモンの解析能力、前回の戦闘記録…そして、冥梨栖の正体。 そこから導き出せた答えは、"冥梨栖がエクリプスドラモンへ逆干渉できるかに賭ける"…それだけだった。 「相棒、もう一発いけるか?」 ゴーグルの位置を直し、シュウはダークドラモンへ声を飛ばす。 賭けに勝ったなら、後は押し切るだけだ。 「あぁ…何発でもなぁッ!」 ダークドラモンが地面を蹴り、エクリプスドラモンが体勢を整えて迎え撃つ。 「未知の攻撃を再解析─」 「遅ぇ!」 ダークドラモンの右腕へ、螺旋状のエネルギーが収束する。 【ストームドリルアロー】 旋回するエネルギーが巨大な矢となり、ダークドラモンの腕から撃ち出された。 エクリプスドラモンが回避行動へ移ろうとする─しかし、冥梨栖の干渉で動作が僅かに遅い。 回避を断念した黒竜はドリル状のエネルギーを両腕を交差させて受け止め…弾いた。 だが、その勢いを打ち消すことはできない。 漆黒の巨体が大きく後退し、その足が地面を削った。 「想定外…」 その光景を見て、冥梨栖は息を飲む。 「効いてます…効いてますわ…!」 「ほらな」 その言葉に彼女は大きな目だけを横へ流し、シュウをジトっと睨む。 「何がですの?」 「ちゃんと全部考えてるだろ?」 「私は寛大ですので、そういう事にしてあげますわ」 シュウは苦笑しながら肩をすくめる。 「考える時間をくれない相手には、考えながら殴りゃいいのさ」 「語るに落ちましたわね」 シュウは再びデジヴァイス01へ視線を落とす。 エクリプスドラモンの胸部コアが、再び赤黒く脈動した。 「なにやってる!さっき勝った相手だろ!」 「解析を継続する」 焦り出す暁を前に、シュウの口元が僅かに深く吊り上がる。 その目はもう、次の手を探していた。 「反撃開始だ」 「─応ッ!」 ダークドラモンは更に加速し、エクリプスドラモンへ肉薄すると、連続して拳を叩き込んだ。 一発、二発、三発─重い拳が黒い装甲を打ち鳴らす。 「損傷軽微」 まともに拳を受けながらも、その身体はほとんど揺るがない。 それでも、シュウは眉ひとつ動かさない。 冥梨栖が横目でシュウを見る。 「何がですの?」 「前の記録と同じだ」 シュウはデジヴァイス01へ一瞬だけ目を落とした。 「解析してる間だけ、処理が遅れる」 その言葉に、冥梨栖はエクリプスドラモンへ視線を向ける。 確かに攻撃を受けても、以前ほど正確に動いていない。 「私を追い出すことに、リソースを割いているのでしょうね」 フラつきそうになるが、なんとか耐えている。 「そうだ。前回の戦いでもダークドラモンとの戦闘とオジョーサマちゃんへの干渉を平行するのは避けたがっていた」 その言葉の直後、冥梨栖はバチっと何かに弾かれた感覚になる。 少しの痺れの変わりに、体に薄く入るノイズが消えていく。 「…っ。そう言っていたら追い出されたみたいですわ」 「タスクを積み上げて処理落ちさせる…これが対エクリプスドラモンの第一プロセス」 シュウは口元を吊り上げた 「だったら、まだまだぁッ!」 ダークドラモンがさらに拳を振り抜いた瞬間、相手の動きが変わった。 大きく突き出された腕を掴み、そのまま強引に引き寄せる。 「なっ─」 エクリプスドラモンの膝が跳ね上がった。 鈍い音とともに、ダークドラモンの肘関節があらぬ方向へと折れ曲がる。 苦痛に顔を歪めながらも、ダークドラモンは倒れない。 折れた腕をもう片方の手で掴み、嫌な音を響かせながらも、力任せに引き戻す。 「へ…へへ…やるじゃねーか…!」 「無茶をなさいますわね…受け取りなさい」 冥梨栖が呟いたその時、ダークドラモンの掌に淡い光が集まり始める。 光は二つの形を取り、やがてボルトバウタモンの二挺銃・アーラディポロへと変化した。 「コイツはありがてぇ!」 ダークドラモンがその銃を手にした瞬間、シュウは目を見開いた。 「…そんなこともできるの?」 「そちらの腕時計モドキで調べたりしなかったんですの?」 その反応に冥梨栖は少しだけ得意げに笑うと、シュウの手元に浮かぶデジヴァイス01をつつく。 「さっきセクハラとか言われたし…」 「ンなことより二人とも、ブッ飛ばすゼ!」 そう言うよりも早く、ダークドラモンは高速で突っ込んでいた。 迎撃に振り下ろされた爪を、アーラディポロで弾き飛ばす。 そのままもう一挺を突き出した。 「喰らえッ!」 ゼロ距離で銃口から放たれた魔弾が、黒い装甲へ叩き込まれる。 「小癪な…」 僅かに身体が揺らぐ。 だが、次の瞬間には蹴りがダークドラモンを吹き飛ばした。 地面へ落ちるより早く、腕が振るわれる。 【ギガシャドウ・レゾルヴ】 闇のエネルギー弾が連続して放たれ、空中のダークドラモンへ次々と命中する。 爆発が連続して巻き起こる。 それでも煙の向こうから、ダークドラモンが立ち上がった。 「へっ、まだだ…!」 「解析再開」 邪魔を排除し、胸部コアを再び赤黒く脈動させる。 黄金の瞳が、正面から突っ込んでくるダークドラモンを捉える。 しかしダークドラモンは、手にしていた二挺の銃を放り捨てた。 その動きに、黄金の瞳が僅かに止まる。 「今度はこちらですわ」 冥梨栖が静かに告げると、ダークドラモンの背後から何かが飛来する。 流れるようにその手へ収まったのは、ボルトバウタモンが持つ二対の剣・スピエディーニ。 「これでどうだぁッ!」 エネルギー翼が展開し、瞬間的に最高速へ到達─スピエディーニがエクリプスドラモンの胸部へ深々と突き刺さっていた。 「ぐっ…!?」 黒い装甲が軋む。 ダークドラモンはさらに踏み込み、剣の柄へ拳を叩き込んだ。 刃が、さらに深く食い込む。 「おおおおおっ!」 そのまま顎を蹴り上げる。 黒い竜の身体が大きく仰け反った。 即座に身体を捻り、そのまま地面へ叩き落とす。 轟音─土煙が一気に舞い上がった。 漆黒の身体が大きく地面へ沈む。 その光景を見て、シュウは胸を押さえながら笑って見せた。 「さっきまでの戦いでダークドラモンは七割程のスピードしか出してなかったのさ…それを学習させなかった事が第二のプロセスさ」 実の所、これは前回の戦闘から拾った情報を繋ぎ合わせ、その場で次の手を選び続けているだけだった。 それでもシュウは、まるで最初からすべてを見通していたかのように笑っていた。 地面へ叩き落とされたエクリプスドラモンの装甲には、深々と傷が刻まれている。 だが、黒い巨体はゆっくりと身を起こした。 「脅威認定…出力不足を認識」 黄金の瞳がダークドラモンを捉える。 エクリプスドラモンの胸部コアが、異常な速度で明滅を始めた。 「…そうだ!俺には、まだコイツがある!」 暁が口元を吊り上げ、ダークネスローダーへデジソウルを叩きつける。 次の瞬間、エクリプスドラモンの全身から膨大な暗黒のエネルギーが噴き出した。 「うおっ!?」 ダークドラモンが咄嗟に腕で顔を庇う。 黒い奔流は周囲の森を飲み込み、視界そのものを塗り潰していく。 気がつけば、シュウたちは完全な暗闇の中にいた。 「気を付けろ!」 「分かってるゼ!」 声だけを頼りに、ダークドラモンが身構える。 その周囲で、いくつもの黄金の瞳が浮かび上がった。 二つ、四つ、六つ─やがて無数のエクリプスドラモンが、暗闇の中から姿を現す。 「観測を継続する」 分身か、本物か…どちらにせよ、彼らは一斉に踏み込んだ。 その内の一体が加速し、巨大な爪を振るって先制攻撃に出た。 「来やがれッ!」 ダークドラモンが真正面から叩き込んだ拳が、顔面を粉砕─分身だ。 直後、背後から襲い掛かった攻撃に対して、身体を捻って回避。 そのまま振り向きざまに蹴りを叩き込む─また分身だ。 さらに横から迫った腕を引き寄せると、頭突きで破壊する─これも分身。 「我の動きが遅い─いや、追い付いていない…?」 また一つ、分身が吹き飛んでいく。 その時、冥梨栖の身体に淡いノイズが走った。 「─お忘れですか?」 彼女の内部にあるボルトバウタモンのデータが、再びエクリプスドラモンへ干渉する。 「何故だ…」 解析、分類、最適化─その処理が、少しずつ狂っていく。 だが、それだけではない。 ステータスを落とした分身とはいえ、ここまで一方的に処理されるはずがない。 「何でだと?ワケわかんねぇ事言ってンじゃねぇ!」 暗闇の中を蒼黒の巨体が縦横無尽に駆け回る。 拳、蹴り、頭突き─その度に一体、また一体と分身が爆散していく。 「そりゃあ今のオレが!ノリにノってるからだよッ!!」 渾身の一撃が最後の分身を吹き飛ばした。 暗闇の中に、轟音が響き渡る。 「ざまぁねぇな…ありったけのデジソウルを全部くれてやる!さっさと勝ちやがれ!」 暁は歯軋りし、ダークネスローダーへ手を叩きつける。 大量のデジソウルが、一気に流れ込んだ。 「受給率上昇。出力再計算」 エクリプスドラモンの胸部コアが激しく明滅する。 その瞬間、シュウのデジヴァイス01が警告音を響かせた。 「おいおい、冗談やめろよ……」 仮想モニターに表示されたDPの数値が、凄まじい勢いで跳ね上がっていく。 一桁、二桁─さらに桁が増える。 すでに存在していた戦力差が、さらに広がっていく。 「ダークドラモン、まだいけるよな」 「へっ、誰に聞いてやがる!」 即答だった…だが、シュウの表情から余裕は消えていた。 ダークドラモンが力を引き出すほど、その負荷はシュウへ返ってくる。 胸の奥が焼けるように痛み、呼吸が僅かに乱れた。 デジメンタルに蓄えられたエネルギーがシュウを守っている。 それでも、少しずつ相殺しきれなくなっている。 だが、シュウはデジヴァイス01のバンドを締め直した。 「…だったら、こっちも出し惜しみなしだ」 仮想モニターへ指を走らせる。 「ギガスティックランス、発動!」 デジヴァイス01へ強烈な光が収束する。 異空間から引きずり出されるようにアルタラウスのワイヤーフレームが飛来し、内側から光を爆裂させた。 まとわりつく闇と光を引き裂いて現れたのは、ダークドラモンの巨大な槍─ギガスティックランス。 「うおおおおおッ!」 ダークドラモンはそれを掴み、再びエネルギー翼を大きく展開した。 膨大なエネルギーが噴き出し、速度と出力が一気に跳ね上がる。 ダークドラモンが空気を蹴る。 ギガスティックランスそのものからも推進エネルギーが噴き出し、その速度は最高速度を越えた。 巨大な槍と竜が一体となった一筋の流星は、闇を駆ける。 右、左、急旋回─まるで空中を自由に泳ぐような軌道を描きながら、ダークドラモンが迫る。 「状況の対応」 エクリプスドラモンは身構え、黄金の瞳でその軌道を追い─正面へ捉えた。 だが、眼前に現れたダークドラモンは五体に分かれた。 「分身…いや、高速移動か!」 暁はそう判断し、五体全ての飛来する方向をダークネスローダー越しに測る。 一体目、二体目、三体目、四体目─完璧な回避。 だが、その回避には、もはや余裕がなかった。 そして最後の一体が、真正面からギガスティックランスを突き出した。 エクリプスドラモンは迎え撃とうと暗黒弾を拳に纏わせ、殴り付けるように放った。 しかしダークドラモンの身体は霧のように崩れており、暗黒弾は虚空へと消える。 その直後、エクリプスドラモンの背中に激痛が走った。 「─ッ!?」 背後─そこには、別のダークドラモンがいた。 「よォ。こっちだゼ」 ギガスティックランスが漆黒の装甲を貫き、そのまま胸部まで突き抜けていた。 凄まじい衝撃が全身を駆け抜け、エクリプスドラモンは遅れて呻き声を上げる。 「ぐおおおおおッ…!?」 「今までバカみたいに真っ向勝負しかしなかったコイツだからこそ、ここぞという時のフェイントが光るのさ…やっちまえ!」 シュウがゴーグルの位置をずらすと、光が強く反射した。 「ブッ飛びなぁッ!」 それを合図にするが如く、ダークドラモンはギガスティックランスからエネルギーを一気に炸裂させた。 エクリプスドラモンの身体が吹き飛び、周囲を覆っていた黒い煙が一瞬で晴れる。 「やりました……!」 その身体に大きなノイズを揺らがせつつも、冥梨栖が拳を握る。 しかし彼女が振り向いた先で、シュウは大きく咳き込んでいた。 「大丈夫ですの!?」 「一応な…それより、まだだ」 シュウは胸を押さえながら、デジヴァイス01の画面を睨む。 「性能を再計算。損傷を確認。戦闘能力再評価」 地面に倒れていたエクリプスドラモンがまるで逆再生するように、仰向けの状態からゆっくりと身体を起こした。 貫かれた胸部から暗黒のエネルギーが噴き出す。 ひび割れたコアが、再び赤黒く脈動した。 「…勘弁してくれよ」 シュウが呟く。 届いているし、傷もつけられるが、それでも倒せていない。 単純なスペックからネオデスジェネラルとの差を実感させられる。 「私の干渉を受けながら、それでも追いついてきましたわ…」 冥梨栖も目を見開く。 暁から供給された膨大なデジソウルによって、エクリプスドラモンはダークドラモンの最高速度にまで適応していた。 その言葉に反応するように、エクリプスドラモンが静かに口を開いた。 「否定─我は性能不足を認識」 「…は?」 暁が顔を上げる。 「日向暁は供給源として不完全」 エクリプスドラモンは、肩に乗っていた暁へ視線を向けた。 ・09 次の瞬間─エクリプスドラモンは暁の身体を掴み、地面へ投げ捨てようとした。 「え…?」 地面へ落下する暁を、ダークドラモンが掴むように割り込んだ。 「ぐあっ!」 振り下ろされた腕を受け止めたダークドラモンの身体が弾き飛ばされる。 その衝撃でシュウと冥梨栖も地面へ転がっていた。 暁は咄嗟にデジソウルを纏い、落下の衝撃を受け流していた。 それでも、ダークネスローダーを握る手は震えている。 「…俺が、足りない?」 返事はない。 エクリプスドラモンはもう暁を見ていなかった。 その黄金の瞳は、再びダークドラモンへ向けられている。 「貴様の持つダークマターを吸収し、我は更に強くなると決定した」 暁はその横顔を見つめた。 自分が使っているつもりだった。 自分が力を与えているつもりだった。 「はは…俺も道具か」 脳裏に浮かんだのは、アグモンBの姿だった。 自分が力を誇示するために使い、自分の都合で扱い、必要がなくなれば切り捨てようとしていた存在。 自分がしていたことが、そのまま自分自身へ突き付けられていた。 「俺は…何もなかった」 暁が、自嘲するように笑う。 「空っぽだった。だから奪った」 金。強さ。評価。居場所。 「それにしがみついて…自分に価値があるって、思いたかった」 その間にも、ダークドラモンが立ち上がる。 傷だらけの身体を引きずるように、再びエクリプスドラモンへ突っ込んだ。 「強さも、評価も、居場所も…誰かから奪って、それで喜んでた」 ダークドラモンは数度の攻防からギガスティックランスを弾き落とされてしまうと、拳が顔面に直撃して大きく吹き飛ばされる。 疲労とダメージから、再び力負けが見えてくる。 それは、暁のデジソウルが強大だったことの証明でもあった。 「日向暁の観測を終了。不要な個体は廃棄する」 動けない暁に向かい、エクリプスドラモンが腕を振り上げる。 ─轟音。 痛みがない。 目を開けると、振り下ろされた腕を受け止めていたのはライズグレイモンViだった。 「ったく…」 凄まじい衝撃に膝が地面へ叩きつけられ、亀裂が走る。 砕けた胸部から、データ片が血飛沫のように散った。 「ライズグレイ…モン…!?」 アグモンBは、暁を守りたいという思いだけを力に変え、自らの意思でライズグレイモンViへと進化していた。 ライズグレイモンViは、膝をつきながら笑う。 「勘違いするなよ。僕はただ…石ころにつまずいただけさ」 「俺は、お前を捨てたのに…!」 「そうだ…お前は、バカだよ」 暁がハッとして声の方を見る…それは、冥梨栖に助けられながらなんとか立ち上がるシュウの姿だった。 「一番大事なモン持ってるじゃねぇか」 シュウは小さく笑い、暁の肩を叩く。 すると、クレーターの中心で倒れるダークドラモンへ駆け寄っていった。 エクリプスドラモンは無言で、再び腕を振り下ろす。 ドズッ…砕けた兜から、大量のデータ片が零れ落ちる。 「ごぼっ…!」 それでもライズグレイモンViは倒れなかった。 膝をついたまま苦しそうに息を吐き、その口元には笑みが浮かんでいる。 「やっぱり、僕が必要だろ?」 暁の拳が震える。 「ムカつく…ムカつく……!」 その苛立ちを吐き出すように、暁は叫んだ。 「わかったつもりでニヤついてるオッサンも嫌いだ!」 その間にも、シュウはデジヴァイス01へ新たな指示を入力している。 「脳ミソ空っぽのバカも嫌いだ!」 ダークドラモンは雄叫びを上げ、エクリプスドラモンへぶつかっていく。 「意味わかんねぇ女も嫌いだ!」 少し離れたところで、冥梨栖が「あらあら」と小さく笑った。 「相棒気取りのてめぇも嫌いだ!」 ライズグレイモンViは、やれやれと首を振る。 暁の握り締めたダークネスローダーが、ぎしりと音を立てた。 「…でも一番ムカつくのは─俺を利用した、てめぇだ」 自分のやってきたことを後悔した暁は、その象徴たるネオデスジェネラルを睨む。 もう、こいつだけは倒さなければならない。 エクリプスドラモンは、ただ暁を見下ろしていた。 そこに怒りも、嘲笑もない。 黄金の瞳には、理解すべき対象を観測する光だけが宿っている。 「我は最初から利用だと告げていた」 「知るか」 短く言い放ち、暁がゆっくりと顔を上げる。 「エクリプスドラモン。てめぇは倒す」 その横で、ライズグレイモンViがふらつきながら立ち上がった。 砕けた胸部からデータ片を零しながら、暁の隣へ歩いていく。 「素直じゃないんだ」 「うるせぇ」 雑な返事に、ライズグレイモンViは思わず笑った。 二人が再び並ぶ光景を、エクリプスドラモンは僅かに首を傾けながら見つめていた。 「理解不能─不要な数値を捨て、古いデータを捨て、より優れた個体を選択する。それが進化だ」 暁は答えない…ライズグレイモンViも答えない。 「だから負けるんだよ」 沈黙を破ったのは、ダークドラモンの手に飛び乗ったシュウだった。 エクリプスドラモンの黄金の瞳が、シュウへ向く。 「てめぇには、捨てられねぇモンが一個もねぇ」 立ち上がったダークドラモンだが、全身のアーマーはボロボロだった。 殆ど意味を持たなくなった右肩のアーマーを自ら引きちぎり、地面へ投げ捨てる。 「だから何一つ守れねぇ」 エクリプスドラモンは答えない。 「俺たちゃな、捨てたくても捨てられねぇモンがあるんだ」 暁が、隣に立つライズグレイモンViを横目で見る。 ライズグレイモンViも、その視線に気づいた。 ほんの一瞬だけ、二人の目が合う。 「理解不能…不能…不能…」 その声に、僅かな乱れが混じった。 シュウは笑う。 「だったら今から見せてやる」 デジヴァイス01の仮想モニターが展開され、幾つもの情報が高速で流れていく。 シュウはゴーグルのゴムを引っ張り、バシッと顔にぶつけた。 「落ちこぼれ共の、無駄な足掻きをな」 ・10 「暁、君のアホみたいなエネルギーは、全部ボクが受け止めてやる」 ライズグレイモンViが、砕けた胸部装甲を押さえながら生意気な笑みを浮かべる。 「へぇ。くたばんなよ…」 暁はダークネスローダーを握り締める。 「デジソウル、チャージ!」 ダークネスローダーから、溢れ出したデジソウルが奔流となってライズグレイモンViへ流れ込んだ。 「ぐっ…!」 黒い光がその身体を包み込み、巨大な卵のように変化する。 装甲の隙間から光が溢れ、砕けた胸部が激しく明滅する。 ライズグレイモンViの全身を走っていたデータが、まるで新しい形を探すように組み替わっていく。 殻を突き破る様に、新たな翼が大きく展開する。 全身の装甲が浅黒く染まり、その表面を金色の光が走った。 「おおおおおおおおおッ!!」 咆哮と共に、卵が破裂する─膨大なエネルギーが周囲へ吹き荒れ、橙色の竜巻が巻き起こった。 黒い光の中から現れたのは、これまでとは明らかに異なる姿。 夕闇のような色に染まったシャイングレイモンが、大地を踏み締めた。 【シャイングレイモン トワイライトモード:究極体】 シャイングレイモンTMは変化した実感を得るように、手をグッと握る。 パチパチと空間がスパークし、あたりに次元の穴が小さく開いている。 「ふん。まぁまぁだね」 「言ってろ」 冥梨栖も、ゆっくりと手を掲げる。 「私も、お手伝いしてあげますわ」 彼女が爪先でトントンと地面をつつくと、影からぬるっと現れたボルトバウタモンが空へと姿を伸ばす。 その手に座り込み、彼女は穏やかに微笑んだ。 その光景を、エクリプスドラモンは静かに見つめていた。 「それは我のモノだ」 指先が、僅かに動く─その瞬間、暁の手からダークネスローダーが弾き飛ばされた。 「なっ…!」 宙を舞ったダークネスローダーは、何かに引き寄せられるようにエクリプスドラモンの手元へ飛んでいく。 エクリプスドラモンは、巨大な手でそれを握り締めた。 地面が揺れ、その足元に落ちる幾つもの影が波打った。 「…何だ?」 シュウはゴーグルの解析機能をオンにし、目を辺りへ向ける。 黒い影から、何かが這い上がってくる。 一体、二体、三体…次々と姿を現したのは、傷だらけの日竜将軍たちだった。 だが、その姿には生気がない。 身体は崩れ、装甲には無数の亀裂が走っている。 それでも瞳だけが、虚ろな金色に輝いていた。 「…あれは、今まで私が倒してきた偽物たち…」 冥梨栖の表情が変わる。 「つまり…エクリプスドラモンの分身を植え付けられた、強制進化の被害者たちがあんなにいるってわけか」 シュウはロクでもない事が起きる予感に、眉間を指で叩く。 「生きてる感じがしねぇゼ…」 「ありゃ保存された死骸ってことだな」 ダークドラモンが鼻を鳴らし、暁が目を細める。 エクリプスドラモンは答えず、ただダークネスローダーを掲げるように眼前へ浮遊させた。 「強制・デジクロス」 その瞬間、黒い光が亡骸たちを一斉に飲み込んだ。 「んだありゃ…やべーぞ!」 ダークドラモンは足に力を込め、光に吸い込まれまいと踏み堪える。 日竜将軍たちの身体が崩れ、無数のデータへと変換される。 それらは逃げることも、抗うこともなく、全てエクリプスドラモンへ吸い込まれていった。 膨大なデータがエクリプスドラモンの内部へ流れ込み、その身体が大きく震える。 漆黒の肉体が内側から膨張し、装甲は幾重にも重なっていく。 背中を突き破り、黒い煙で構成された翼がせり出した。 「グ…オオオオオオオオオオッ!!」 大地そのものを震わせる咆哮─空間がガラスのように割れ、自分ごとシュウたちを異次元へと飲み込む。 そして、闇の中から黄金の瞳が開く。 エクリプスドラモンの姿が、さらに異形へと変貌していた。 「…再構成完了」 その声すら、先ほどまでとは違っていた。 【エクリプスドラモン ダークネスモード:究極体】 黒き巨体が異空間の何かに触れ、ゆっくりと立ち上がる。 その姿を前に、シャイングレイモンTMとダークドラモンが身構えた。 デジヴァイス01が、けたたましい警告音を響かせる。 「お前たち、行くぞッ!」 シュウの声が響くよりも早く、シャイングレイモンTMとボルトバウタモンが駆け出した。 ダークドラモンは二体を追い越す勢いで加速し、そのまま足並みを揃える。 次の瞬間─四体の巨体が激突した。 轟音と共に装甲が砕け、衝撃波が周囲の空間を揺らす。 十メートルを越える巨体同士が真正面からぶつかり合う光景は、もしリアルワールドで起きていればそれだけで大災害になっていただろう。 それでも、エクリプスドラモンは倒れない。 大きく仰け反った身体を踏ん張って支え、ダークドラモンが体勢を立て直す。 その口元には、獰猛な笑みが浮かんでいた。 「今のオレたちゃ、負ける気がしねぇゼッ!」 「再生完了」 「なら何回でもぶっ壊す!」 ダークドラモンが再び突っ込む。 その背後からシャイングレイモンTMが両手の銃を構え、膨大なエネルギーを叩き込んだ。 エクリプスドラモンの傷がみるみると塞がっていく─だが、先ほどより僅かに遅い。 「ふふ。顔色が悪くなりましてよ」 冥梨栖が微笑む。 エクリプスドラモンの足元に、ボルトバウタモンがその二対の剣を深々と突き刺していた。 「損耗率…増加?増加、増加、増加……!」 剣を通じ、冥梨栖の干渉が直接エクリプスドラモンの内部へ流れ込む。 遠距離から干渉していた時とは違い、直接触れることでその処理系へより強く干渉できている。 エクリプスドラモンの胸部コアが激しく明滅した。 「あら」 冥梨栖が何かを察したように、ボルトバウタモンの巨体を後方へ跳ばせる。 直後─コアから無数の熱線が放たれた。 空間そのものを砕くような熱線が無差別に走り、ダークドラモンとシャイングレイモンTMが咄嗟に身を逸らす。 「おいてめぇ!報連相しろ!」 「慎重に検討いたしますわ」 暁が声を荒らげる一方、冥梨栖は涼しい顔で答える。 「オジョーサマちゃんと喧嘩するのは、お勧めしないぜ」 シュウはマントで汗を拭いながら、熱線の軌道を見極めていた。 次の射線を予測し、そのデータをデジヴァイス01から発射した。 その指示に合わせ、三体の巨体が同時に動いた。 「排除、排除、排除!」 エクリプスドラモンの身体が大きく膨れ上がる。 強制的に取り込んだ膨大なデータが、漆黒の肉体をさらに異形へと変貌させていく。 「こい!ギガスティックランス!」 ダークドラモンの叫びに応えるように、空間が引き裂かれた。 次元の向こうから飛び出した巨大な槍を、ダークドラモンが空中で掴み取り─そのまま振り抜くと、迫っていた熱線をまとめて消し飛ばした。 「効率だの進化だの、ご立派なこと並べやがって」 「当然。それこそが我の進化論」 シュウが吐き捨てると、エクリプスドラモンはそう答える。 内側から更にエネルギーを増幅させたエクリプスドラモンは、もはや二本の脚で立つことすらしない。 四肢を地面へつけた獣のような姿勢で、その巨体が異空間を縦横無尽に駆け始めた。 一瞬で視界から消え、次の瞬間には上空。 黒い煙で構成された翼が大きく広がり、そこから泥のように粘ついた弾丸が一斉に吐き出される。 雨のように降り注ぐ弾丸を、ボルトバウタモンとシャイングレイモンTMが背中合わせになって迎え撃つ。 二挺の銃が絶え間なく火を噴き、次々と弾丸を撃ち落としていく…だが、あまりにも数が多い。 一発、また一発。 防ぎきれなかった弾丸が装甲を掠め、少しずつ二体の身体へ傷を刻んでいく。 「弱ぇヤツは捨てる…失敗作も捨てる…」 シュウが呟く。 「進化…構築…」 エクリプスドラモンが何を答えているのか、わからない。 だが、その言葉が続いた刹那─その姿が消えた。 「…!?」 次の瞬間、ダークドラモンの眼前へエクリプスドラモンが現れる。 反応するより早い─巨大化した爪が振り抜かれ、同時に黒い煙が周囲へ噴き出した。 「当然、当然、当然…!」 エクリプスドラモンの爪から放たれたオーラがギガスティックランスへ絡みつく。 そのまま槍ごとダークドラモンを振り回そうとした瞬間─シャイングレイモンTMの銃身が、引き伸ばされた爪を根元から断ち切った。 「助かったゼ!」 ダークドラモンが槍を引き抜き、エクリプスドラモンを蹴りとばした。 「それよりこいつさ、暴走してるんじゃない?」 シャイングレイモンTMの言葉に、シュウとダークドラモンはエクリプスドラモンを見た。 「俺もそう思ってた。さっきから攻撃が通りすぎているんだ」 シュウは眉間をトントンと叩きながら、思考を巡らせる。 「これまでの戦法が使われてない。単純な暴力を振るう装置になってる…ついには、昨日の自分まで捨てちまったか」 「肯定─不要だからだ」 その答えに、ダークドラモンの表情が険しくなる。 「テメー!流石におかしいと思わねぇのかよ!」 「否定、否定?何故、何故」 何かを捨て続け、何かを取り込み続けた。 自分以外を否定し続けた存在えあたあその末路としか思えなかった。 「進化…必要…!」 「 ……少し前の俺と似てるかもな」 誰へ向けるでもなく、シュウが小さく漏らす。 それでも、その視線だけはエクリプスドラモンから外れない。 「お前は強くなったんじゃない…見たくないモンから逃げただけだ」 「理解不能」 返ってきたのは、やはり同じ言葉だった。 直後、エクリプスドラモンの翼から泥のような弾丸が放たれ、続けざまに熱線が空間を薙ぎ払う。 「だろうな…ダークドラモン!」 「─あぁ。終わらせる」 ダークドラモンがギガスティックランスを構え、エネルギー翼を大きく展開する。 「とはいえ、ヤツのパワーは強まるばかりだ。切り札を使う」 シュウは一度だけ、並ぶ二体へ視線を向けた。 「…すまない、みんな。援護してくれ」 その言葉に、冥梨栖が僅かに目を細める。 「貴方がお願いなんて、珍しいですわね…ふふ」 「俺の報酬は安くないぞ、おっさん」 暁もそう言いつつ、ダークドラモンの横にシャイングレイモンTMを移動させる。 三体の究極体が、並んだ。 その正面で、エクリプスドラモンの黄金の瞳が輝く。 「排除─開始」 「っしゃあ!後はブッ飛ばして終わりだっ!」 ダークドラモンが吠え、一直線に加速する。 その左右から、ボルトバウタモンとシャイングレイモンTMが援護射撃を叩き込んだ。 二挺の銃から放たれたエネルギーが、エクリプスドラモンの熱線と泥のような弾丸を次々と撃ち落としていく。 だが、それでもエクリプスドラモンは迎撃の手を止めなかった。 熱線が空間を薙ぎ、泥の弾丸が雨のように降り注ぐ。 ダークドラモンの装甲が次々と砕け、黒いデータ片が後方へ吹き飛ばされていく。 それでもダークドラモンはただ前だけを見て、止まらなかった。 その時、エクリプスドラモンの背で渦巻いていた黒煙が一斉に収束する。 一点へ集まったそれは、何か巨大なものを押し込むかのように、異空間そのものを歪ませていく。 次の瞬間─黒煙が爆発的に膨張し、太陽を思わせるほど巨大な赤い球体となった。 「アレはさっきダークドラモンを倒した…!」 暁が声を上げる。 アースエンド・レイの発生を確認した瞬間、暁はシャイングレイモンTMを突っ込ませた。 冥梨栖もわずかに遅れ、ボルトバウタモンを追わせる。 だが、ダークドラモンは二体の動きを気にも留めなかった。 真正面から迫る赤い光を見据え、その瞳が鋭く輝く。 「上等だゼ…!」 ギガスティックランスを握り直し、全身に力を込める。 まるで巨大なバットを構えるように空中で身体を捻り、槍を大きく引く。 「はああああーーーッ!」 全身を使って、振り抜く。 ギガスティックランスが赤い球体へ叩き込まれ、一瞬だけ世界そのものが止まったように見えた。 次の瞬間─アースエンド・レイが、真っ二つに割れた。 赤い光が左右へ裂け、その中心をダークドラモンが突き抜ける。 その勢いのまま、エクリプスドラモンの懐へ飛び込んだ。 「再生を─」 「てめぇが一番不要なんだよ」 幹竹を割るような一撃が、エクリプスドラモンの身体を真っ直ぐに切り裂いた。 ギガスティックランスの先端で、青黒いダークマターが静かに脈打っている。 デジヴァイス01の画面から、エクリプスドラモンのデータが一つずつ消えていく。 「理─」 パキィン…小さく、鋭い音が鳴った。 青黒い光が、エクリプスドラモンの身体へ沈み込む。 それは、破壊などという行為ではなかった。 エクリプスドラモンという存在そのものを、別の何かで上書きするように、光がその身体を内側から塗り潰していく。 「…………!」 最後まで言葉を紡ぐことすらできない。 エクリプスドラモンの上半身が、音もなく消えた。 「─っ!?」 シュウが目を覚ます。 霞む視界の中、辺りを見回す。 どうやら、いつの間にか意識を失っていたらしい。 目の前では、エクリプスドラモンの残された半身が崩れ始めていた。 咄嗟に手元のデジヴァイス01を覗くと、仮想モニターには短い文章だけが表示されていた。 【DATA NOT FOUND】 名前・識別情報・戦闘記録…まるで最初から存在しなかったかのように、次々と消えていく。 保存を試みるが、上手くは行かない…いや、それよりも重要な事が目の前で起きていた。 残された下半身だけがその場に立ち尽くし、蓄積されていた膨大なエネルギーが一気に吹き出していた。 そこに制御しようとする意思はなく、行き場を失った黒い粒子が辺りに飛び散っている。 粒子は異空間へ広がり、触れた場所から世界を侵食していくとやがて空間に亀裂を生んだ。 一本、また一本。 やがて異空間全体が、巨大なガラス細工のように砕け始める。 砕けた世界の向こう側から、現実世界の光が差し込んだ。 シュウたちの身体が、崩壊する異空間から弾き出される。 戦いの終わった世界へ、全員が次々と投げ出された。 その直後─ダークドラモンの巨体が大きく揺らぐ。 「…っと」 黒い装甲が光に包まれ、その身体が急速に縮んでいく。 やがてそこに残ったのは、一匹のユキミボタモンだった。 一方、シュウも草原の上へ転がった。 身体を起こそうとして、諦める。 視界は滲み、身体は鉛のように重く、荒い呼吸を繰り返す。 それでもシュウは空を見上げると、小さく笑った。 「まぁ、そういうこった」 ・11 「…はい。ネオデスジェネラルの一体は倒せました」 シュウは今回の騒動について、八北一着たちへ報告していた。 そもそも東北まで来た目的は、突如として発生した超巨大デジタルポイントへの対応だった。 ネオデスジェネラルとの戦いという、とんでもない寄り道になってしまったが、それもひとまず終わった。 そのころ、冥梨栖は自分の手をじっと見つめていた。 ゆっくりと握り、そして開く。 もう、あの禍々しい力は感じない。 「…消えましたわ」 「何が?」 通話を終えたシュウが、独り言のように呟く冥梨栖へ振り返る。 「あのお方の力が、です」 自分の手をじっと見つめたままの冥梨栖に、シュウは言葉を探す。 「うーんっ!」 かと思えば、突然に超今風のニコニコ顔で肩をぐるんぐるんと回し始めた。 「なんだか、体が軽くなったって気がしますわ〜!!」 「あー、そう。よかった」 「絶好調ですの!」 「心配して損した」 シュウがしっしっと手を払うが、冥梨栖は逆に手のひらを顔に押し付けてくる。 「ほら、生命線も伸びてますわ」 「生命線気にするオバケなんて初めて見たぞ」 「そもそも前がどんくらいだったか知らねーゼ!」 ユキミボタモンの一言に、三人の笑い声が森へ溶けていく。 その時だった。 「…おい。俺たちは帰るぞ」 振り返ると、暁とアグモンBが立っていた。 「借りは返す」 「おー。俺は高くつくぜ」 シュウは、先ほど暁から言われた言葉をそのまま返した。 暁は鼻を鳴らす。 「だから次は負けねぇ。ブッ飛ばしてやる」 「そりゃどうも」 それだけだった。 礼もないし、謝罪もない。 それでも、アグモンBはほんの少しだけ肩の力を抜いた。 主人と道具ではなくなった一人と一匹は、横に並んで歩き出す。 その背中を見送りながら、シュウは静かに息を吐いた。 「…さて」 ネオデスジェネラルは、あと六体。 エクリプスドラモンと同格の怪物が、まだ残っている。 そう考えると、こちらは思わず肩が重くなった。 「どーした?」 「いや」 ユキミボタモンがシュウを見上げると、シュウはなんにもないと澄ました顔をする。 「考えるの、やーめた」 「おう!その方がいいゼ!」 「不安な事でもありますの?」 シュウは空を見上げる。 雨は、もう止んでいた。 「いや…ねぼすけな妹を迎えに行くだけだ」 その一歩を踏み出す。 ネオデスジェネラルの支配者・デジモンイレイザーとなった、妹の元へ。 「なら私もお付き合いしますわ」 「味方は多い方がいいゼ!」 ユキミボタモンは跳ねるが、シュウは思わず固まる。 「…成仏しないの?」 おわり