大講堂での天使像破壊作戦の失敗から2日が経った。 俺たちはメトリから案内されたフリッツ博士の秘密のラボで体勢を整え直そうとしている…。 「しかし相変わらず目を覚まさねぇな、この獣人の姐ちゃん…」 フリッツ博士が液体に満たされたカプセルの中に眠るスヮリゲーターに呟く。 「傷は塞がっているんだよな。血が大分吸われたらしいからそのせいなのか?」 俺がこの建物に回収されてから1時間後、ライトがシュウと傷つき瀕死の状態となったスヮリゲーターを連れて入って来た。 俺はわずかに戻った魔力を使ってホーリーヒールをかけて傷を塞ぐが、彼女の意識は戻らなかった。 恐らく血も体力も非常に消耗しているためということで、治療用のカプセルに入れた次第であった。 「あの人造勇者どもが飼っている獣人たちは、手足が吹っ飛ばされてもちょっと時間が経てばまた戦闘可能となるぐらいには生命力が強ぇ。それと同じ種類だとしたら、とっくに目を覚ましてもおかしくはねぇんだけどな…」 「そういえばお前のツレの小僧が妙なこと言ってたな。陸號とかいう人造勇者は手に付いてる剣で血だけじゃなく生命力を吸うって」 フリッツ博士はライトがこぼしていた言葉を思い返す。 「あぁ確かに言っていた。だがエナジードレインのようなものなら回復魔法やポーションで体力は取り戻せるはずだろ」 俺の疑問にフリッツ博士は頭の中を整理するように考えをまとめて行く。 「こいつは俺の推論なんだが、その人造勇者の能力ってのは敵の生命力を体力ゲージごと吸い取っちまうんじゃねぇのかってね」 「最大HP100のやつが30取られても回復魔法で再び100に戻せるのが通常のエナジードレインだが、そいつの場合は奪った30のHPごと最大HPのゲージを70まで下げちまう」 「例えば排気量3000CCの馬鹿でかいトラックがあって、そいつが力を奪われて500CCまで下がったとする。すると500CCのパワーじゃ今までの重たいボディを動かすことはできないから立往生しちまう。それがこの姐ちゃんの今の状態なのかってね…」 「じゃあスヮリはもう目を覚まさないってのか?」 俺はフリッツ博士に詰め寄る。 「そんなことを俺に言われても分からねぇよ。気力体力なんてもんは機械じゃないんだから理屈を完璧に理解できてる学者なんていない。寝てりゃその内治るかもしんねぇし、ずっとこのままかもしんねぇ。後は神のみぞ知るってやつだ」 「とりあえずこいつの身柄は預かっといてやる。お前さんらには悪いがそろそろ出て行ってくれ。2日も寝てりゃ魔力も完全に戻ったろ。こっちも身の安全は大事なんで付かず離れずの関係でいさせてもらうよ…」    *   *   *   *   * フリッツ博士の秘密のラボからほど近い、今は廃屋となった民家の窓からライトは周囲の見張りをしている。 確かに見張りはしてはいるのだが、彼の心はここにあらずであった…。 彼には少し前から自分の身に起こる現象に悩んでいた。 それは時折戦闘などで感情が高ぶると急速にクールダウンし、マシンのように冷徹に相手を始末できるようになったことである。 プロロで出会ったキョーカンには自分の身を守るためなら仕方ないので気にするなとアドバイスされたが、自分の思惑の外にあるコントロールできない感覚には困惑しかなかった。 そしてそれについて自分の中にいる存在であり体の持ち主でもあるがーすけが、恐らくという推測を前提として語り始めたのだった。 『我が友の悩んでいる現象は恐らく一種のリミッターのようなものであろう。自身の心を傷つけないようにするために、一時的に感情の処理を我のような感覚に則させているのだ』 「そうか、がーすけのおかげだったんだ。君が守ってくれてたんだね。ありがとう」 『ところがな…話はそれだけではないのだ…』 がーすけの語る内容はライトを絶句させるものであった。 『我は我が友とは体だけでなく精神も完全に融合している。しかし我が友という存在を守護りたいがゆえ、その人格を保護しているのでこうやって別存在として話すことができる。だが我のような感情に近づくというのは、保護しているはずの人格に我が影響をし始めているということでもある』 「えっと…それはつまりどういうことなの…?」 『いずれ人格は完全に浸食され。我が友ライトよ…お前は完全に消える』 遠回しな死刑宣告とも言える言葉にライトは愕然とする。 『だが安心せよ、原因は分かっている。それは恐らく我の本体である竜の姿に変身したり、人格の主導権を我と交換することだ。我が前面に出たことで、保護してある我が友の人格の存在を危うくするのであろうな…』 「そうか一安心…でもないな。今の僕じゃ叶わない敵が出てきたら…、現に人造勇者たちとは苦戦してるし…」 『我の力を余すことなく使えるとはいえ、人間サイズの体格や筋肉量ではいずれ限界が来る。それ以上の力を求めれば引き出すことはできても肉体は壊れる。だが我は我が友を失いたくはない、だから決して無理をするな。それに一度や二度程度では人格の消滅は起らぬはずだ、まだ深刻に考えるのは早いぞ…』 「結局僕自身がもっと強くならないといけないってことか…」 足りない物の多さにライトは気の遠くなるような思いがした。    *   *   *   *   * 俺、ライト、シュウの3人でアジトまで戻る道中、シュウが俺に戦闘で壊れた気ぶり仮面を返す。 「すまないミレーンくん。借りていた物だったのに…」 「むしろ仮面が壊れた程度で良かったよ。奴らに素顔を見られたが、どんな反応だったんだ?」 「とても驚いていたよ。信じられない物を見るような顔ってのはあぁいうのを言うのかね…」 「お前のクローン元の素性が分かれば連中に揺さぶりをかけることもできるのにな…。フリッツ博士は知らねぇの一辺倒だし」 そんなことを話し合いながら歩き続ける道中、遠くのビルの陰に膝を抱えながら座り込んでいる人物の姿を見つけた…。 「あぁーもぅ!こんな広い場所しらみ潰しに探せって言われても無理に決まってるじゃん! アインスもキューケンも私のこと便利屋かパシリぐらいにしか思ってなくね?!」  「今日はもうこれで仕事はおしまい! ちゃんとやってるかなんてどうせ分からないんだから、見つかりませんでしたで別にいいよね…」 その人物は体育座りの状態から体を大の字に伸ばして横になる。中性的に見えるが声のトーンからすると恐らく女性であろう。 人造勇者たちとはやや異なる黒い軍服を着ているが、どういった立場の人間なんだろうか…。 俺たちは相手に気づかれないように静かに近づき周囲を取り囲む。 すると彼女は見知らぬ男たちに囲まれたことに気づいたのだった。 「えっ?!何?!誰?やばっ…とりあえず逃げよ!」 彼女が立ち上がろうと中腰の姿勢になった辺りで姿が突然消えた。 困惑して周囲を探すと15mほど離れた場所に彼女の姿が見え、俺たちとの立ち位置に何やら慌てふためいている。 「あれっ?!何でこんだけしか離れてないの?溜めが足んなかったからかな…。とりあえずこのまま逃げ続けよう…」 一体いつの間に…。 走り出した姿も見せずに離れた場所に移動した様子を見て、これはきっと何らかの能力に違いない、 そう思ったシュウは右手をかざして自らの能力を発動させる。 「反転」 「い゛や゛ぁ゛ーーーー!!!!!」 するとどうであろう、逃げようとした黒い軍服の女性がこちらへとまるで引っ張られるように飛んでくる。 そしてその体はシュウに体当たりをするように背中からぶつかる。 逃げる・離れるという能力を反転させるとこっちへ来るのか…。 反転の能力は全貌がまだ分からないだけに効果を調べる必要があるようだ。 彼女は戻って来させられたことに気づき、再度能力を使って逃げようとする。 シュウもまた反転の能力を使い女性を引き戻すと、今度はフライングボディアタックを食らうような形でぶつかる…。 こんなことが二、三度続くと二人ともすっかりグロッキーになって起き上がれなくなった。 「よし確保だ!」 俺はポケットに閉まってあった手錠を黒い軍服の女性の右腕とシュウの左腕にかける。 この手錠は俺が拘束されてた時に使用された物を乱闘のどさくさに紛れてパクってきた物であった。 「これでもう逃げられないな…」 俺たちは黒い軍服の女性を正座させながら周囲を取り囲む。 仮に逃げようとすれば手錠で繋がってるシュウが能力で相殺してくれるはずだ。 俯いていた彼女が顔を見上げると、何かに気づいたように驚いた反応を見せる。 「え゛ぇ゛ぇ゛ーーー!中佐ぁぁぁーーー!何で生きてるのぉ゛ーーー!」 女性はシュウの顔を見るとまるで幽霊でも見たかのような強ばった顔つきになる。 どうやらシュウは今はもう故人であろう中佐と呼ばれる人物と関連があるみたいだ。 とりあえずボロが出ないように俺はシュウには何もしゃべらないように指示する。 皆から少し距離を取るとス魔ホでフリッツ博士へと連絡を取る。 「何だお前?!さっき出て行ったと思ったらいきなりよぉ! 逆探知でもされたらどうすんだよ?!」 先ほど付かず離れずを宣言したばかりだというのに、すぐに連絡をしてきた俺に博士は若干キレ気味で応える。 俺は理由を簡潔に説明した後、人造勇者の関係者で中佐と言う故人はいないかと聞いた。 すると博士は少し考え込むと、思い出したかのようにス魔ホの向こうで叫び出した。 「ヒジンドー機関の創設者がイナッテン=ドナー中佐とかいったな…。あっ!そうだよ!例のクローン!イナッテン中佐にそっくりなんだよ!」 そんな重要人物の顔を何で思い出せないんだよ?! やっぱ年だから若干痴呆が…、そんな風に思っているとス魔ホの向こうから博士が話しかけてくる。 「おいっ!お前、人のことボケ老人だと思ったろ? こっちは色んな研究で脳の容量パンパンに使ってるから、そんなつまんねぇこと一々覚えてらんねぇんだよ!」 声のトーンからもこっちのリアクションを想像してたのか博士が強めに弁解をする。 俺は「イイエ、ソンナコトアリマセン…」と感情ゼロのフォローをするしかなかった。    *   *   *   *   * 俺は皆の元に戻ると黒い軍服の女性に話しかける。 「お前の言う通り、この御方はイナッテン=ドナー中佐その人だ。お前は夢虚渦というものを知っているか? 死後の世界ヨミ国にあり、深い恨みや怨念を残した者はそれを使って現世へ戻ってくるという裏技だ。中佐殿はお前らをお仕置きするために戻って来たんだよ!」 もちろんこんなハッタリ子供ですら通じないであろうが、故人と全く同じ顔が目の前にあれば信ぴょう性は段違いに上がる。 黒い軍服の女性はすっかり信じ込んでしまったようだ。 「こ゛へ゛ん゛な゛さ゛ぁ゛い゛!!! 全部アインスが悪いんて゛す゛ぅ゛! 廻天計画だか何だか知らないけどあのシュッツガイストとかいう変な奴に唆されちゃってぇ! それなのに誰も疑問に思わないで喜んで乗っかっちゃってさぁ!」 「私はみんなと楽しく過ごしながら、魔王軍をボコボコにして勇者ごっこやってたら良かっただけなのに! いきなり粛清とか内ゲバ始めちゃったり、もうシリアス展開を通り越して完全にイカレちゃってんだよみんなぁ!」 よっぽど鬱憤が溜まっていたのだろうか、罵詈雑言が溢れんばかりに出てくる。 とりあえず話を咀嚼すると人造勇者たちのリーダーは大尉であるが、その方向性は例のシュッツガイストという男の意向に影響をされている。 人造勇者の仲間内にもこれに不満を持つ者は一部いるが、リーダーの命令だからということでとりあえず従っているのが現状のようだ。 なるほど、これならば切り崩すポイントは見えて来た。 「だったらお前はその現状を変えようと思いたくはないか?」 「で、でもどうすりゃいいのさぁ…」 切羽詰まった思いがあるのであろう、彼女は俺の言葉に食いついてきた。 「お前の話を聞けば一番悪いのは大尉を唆したシュッツガイストで、その行動原理と着地点は例の星骸炉にある。ならばその両方をぶっ潰してしまえば、行き場を無くしたお前らは元の仲良しサークルにやり直せるって寸法だろ」 端から聞けば大分無理のある論法であるが、だがこれに一筋の光明を見出したのか彼女の目つきが変わってくる。 「本当にできるのか…? みんなとても強いぞ…」 「安心しろ。俺たちも強い。だがまだ確かに欠けている物はある。お前にはそれを埋める役割を担ってもらいたい。頼む協力してくれ。俺たちのためでなく、お前の仲間を取り戻すためでいい…」 俺は右手を差し出し握手を求める。彼女も恐る恐るであるが、同じく右手を伸ばして俺の手を取る。 「わかったよ…。みんなのためにやるよ…」 よし!これで交渉成立!と思った矢先、俺たちの後方から男の声が聞こえた…。    *   *   *   *   * 『ほう、こいつは裏切り行為の現行犯ですな。仮に未遂だからと言っても情報漏洩に組織や上官への批判。これは軍法会議を待たずとも処罰は確定のようですね』 音も気配も立てずその場所に現れたのは、謎の黒仮面の男シュッツガイストであった。 俺たちの陰に隠れながら黒い軍服の女性は反論をする。 「ふざけんな!お前のせいでみんなおかしくなったんだ。中佐が戻って来たからには、お前なんてけちょんけちょんにして叩き出してやるからな!」 味方いや盾が出来たせいなのか、語気はさっきとは打って変わって強くなっている。シュッツガイストは呆れたようなリアクションで言い返す。 『あなたはこれが本物の中佐だとお思いですか? 彼はもうすでに故人ですよ。例えばそっくりさんや似せただけの偽物という線は考えませんでしたか?』 『じゃぁそこの彼にちょっと質問してみましょう? その黒い軍服を着た女性、彼女のフルネームと階級そして人造勇者の番号、それを言うことはできますか? 本物なら上官ですから簡単に言えるでしょう』 当然のことではあるがシュウは答えられるはずもないので、だんまりを貫いた。 「い゛や゛ぁ゛ぁ゛ーー!う゛そ゛ぉ゛ーー! 騙されたぁぁぁぁーーー! お願いします!何とぞ今日のことは敵に騙されたということで、ノーカンにしてもらえないでしょうか?! お゛ね゛か゛い゛ーーー!」 『それはできませんね。あなたは組織だけでなく私への批判を強調しておりました。これは万死に値しますよ。かつての仲間に死ぬまで追いかけられる鬼ごっこを楽しんで下さい』 『そうだ、せっかくなので先程の質問の解答を言いましょうか。彼女はブリッツクリーク=ランペイジ一等兵、人造勇者惨號です。もはや敵となるのですから、個人情報など秘匿する必要はありませんよね』 シュッツガイストは音も立てずにその場から消えて行った…。 黒い軍服の女性いやブリッツクリーク上等兵はうなだれたまま動けなくなっている。 よほどのショックだったのであろう、俺は上体を屈ませながら彼女に声をかける。 「大丈夫かブリッツ?だがこれで決意は定まったろ」 「何、第三者みたいな面してるんだよぉ!お前らのせいだろうがぁぁぁ!」 ブリッツは地面で寝転がりながら駄々をこねる。 面倒になったのでシュウに繋げていた手錠の片割れを俺に付け替え、ブリッツの体を俵担ぎで運ぶ。 「とりあえずアジトまで移動するぞ。元仲間に殺されたくなければ一緒に来い」 運ばれながらも必死に叫ぶブリッツではあるが、内心どうしたら良いかという方向性が迷子になっているようだ。 とりあえず俺たちはそれを利用させてもらうとしよう…。 俺たちのいる地点から100メートルほど離れたビルの屋上、シュッツガイストが俺たちの様子を見下ろしながら呟く。 『そろそろシナリオも終盤に入って行きます。増えた登場人物には篩をかけていかないと行けませんからね…』 (続く)