ーーーミレーンたちがバルロス入りし人造勇者たちと交戦を開始した同日、城塞都市ギリセフより北西10kmほどに位置する旧ギリアウ市跡地。その地に20名ほどのギリセフ駐屯兵たちと彼らと異なる制服を来た5人の男女がいた。 「あれが今回のターゲットだ。魔王軍の連中が俺らの目と鼻の先にクソみてェなもん建てたせいで、こっちも大分迷惑被っている…」 馬上に乗ったこの集団の中で最も地位の高い立場であろう男が、目の前に見える山とも言えないような小高い台地に向かって指をさす。 そこには堅牢な城壁に囲まれた出城が建っている。 「あそこにはまぁ大体1000から3000ぐらいの兵が入れ替わり立ち替わりで入ってやがる。おかげで連日のように攻めて来るからこっちは防戦一方の上、兵も物資も消耗しまくってお手上げ状態ってわけよ」 馬上の男、勇猛かつ獰猛で知られるギリセフ人類連合軍指揮官ヴォルカ将軍が疲れたように愚痴をこぼす。 「それで我々を雇われたというわけですな」 落ち着いた低音の口調は強い自信と安心感を聞く者に与える。 その声の主はアイゼンヴァント中尉、またの呼び名を人造勇者弐號という。 「かつてバルロス軍の特殊部隊として、対魔王軍の前線で大いに暴れまわったアンタたちの評判は知っている。だから今回は予算をかけてアンタらを雇うことにした。だがこりゃどういうことだ?!」 ヴォルカ将軍は訝しむような顔をしながら残り4人のギリセフ兵に指をさす。 「たった5人で、その内3人は女で残る1人はガキだと?! これで勝てると思ってんのか!バカにしてんじゃねぇぞ!」 「人を見た目で判断するのは早計ですぞ将軍。それにたった5人と言いますが、一騎当千の強者が5人いれば戦力は5000人分です。しかし信用いただけないというのでしたら、こういうのはいかがでしょうか。ギャラは成功報酬という形でクリアできなければ無し、逆に成功をすれば報酬は倍額というのは…」 アイゼンヴァントは不敵な笑みを浮かべながら、ちょっとした賭けを持ちかけた。 「気に入った…乗ってやるよ。もし本当に攻略できたなら倍額のギャラ以上にメリットがあるからな」 ギリセフの軍内部には他とは違う妙な風潮があり、怯懦・逃避・弱音といったネガティブな思考や行動を大いに嫌う。 一言でいえば単なるマチズモという思考なのであろうが、常時敵と戦闘が近しく存在しているこの地では、強気を張っていなければ待っているのは自分だけなく仲間にも死をもたらすからだ。 だからヴォルカ将軍もこの賭けを逃げるわけには行かなかった。 もし提案を断れば、周囲の部下には端金のために男気を見せなかったと思われるからである。 「よろしいでしょう。でしたらクリアの条件はどういたしますか? この辺ははっきり決めておかないと、終わった後であれこれ難癖を付けられるのも困りますからな」 弐號は余裕の笑みを浮かべながらこのゲームの詳細を詰めようとする。 「そうだな…まず第一はあのクソみてェな城をぶっ潰すことだ。次にあそこの守将の首を取って来ること。最低ラインはこんなとこだな」 将軍は自身でも納得ができる最低ラインの条件を挙げた。 もちろん本音を言えば出城をぶっ壊して敵将どころか全員皆殺しにしてこの地を取り返せと言いたいとこではあるが、あまり無茶ぶりをし過ぎるとゲームというものは成立しなくなる。 「なかなか良い条件の設定です。皆殺しにしろと言われると、さすがに1000体以上もいれば取りこぼしは少なからず出てきますからな。もし敵将があそこにいない場合はどうしますか?」 「そん時は強ぇ奴の首を上から順に10個持ってこい。あいつらとは何度もやり合っているから名のある奴の顔は大体憶えている」 「あっ!そうそう条件をもう一つ追加だ。期日は明日までだ。この忙しい俺様が本部を離れて、いつまでもアンタらに付き合っているわけにはいかねぇからよ。持久戦で兵糧攻めとかやられたらたまったもんじゃねぇ」 「時間制限ですか構いませんよ。我々も即刻取りかかるつもりですから…」 弐號のまるで些事とでも言いたげな余裕に、将軍の護衛で付いて来ていた兵士たちは少なからぬ疑いの目を向けている。 なにせ敵の強さ恐ろしさを一番知っているのは自分たちなのだから…。 「なんかデケぇ口叩いてるけどよ、本当に大丈夫なのか?」 「だったら俺らも賭けしねぇか? アイツらが何時間持つかさ」 「じゃあ俺は1時間ってとこだな」 「バーカ、あそこまでの距離を見てみろ、着くまでに終わっちまうよ。だから半日ってとこだろ」 「じゃあ俺は時間切れアウトってとこだな。間に合わなかったので帰って来ました!だ」 皆思い思いに言うが、誰も人造勇者たちの勝利を予想はしていない。 その発言を聞いてヴォルカ将軍が叱責する。 「テメーら!客人の前で失礼だろ! ちったぁ黙ってろ!」 「すまなかったな…。ギリセフってのは寄り合い所帯なんで、細けぇ軍規や上下関係なんて気にしていたらギスギスしちまって内部瓦解しちまう。だから戦闘の時以外は無礼講なのがウチの流儀なんだよ」 将軍の謝罪を弐號は一礼で返しつつ、事も無さげに言い返す。 「大丈夫ですよ。お疑いになる気持ちは理解できます。でしたら私も彼らの賭けに参加させてもらっても構いませんか? 時間は30分だ、それで全て終わる。有り金を全部賭けるから、私が勝った時にはちゃんと払戻すんだぞ…」 「おいおい、白旗上げるの早すぎませんかぁ!」 「セルフ負けって手段はさすがに思いつかないわ!」 護衛の兵士たちは弐號の発言をナイスジョーク!とばかりにはやしたてる。 「勘違いするなよ。30分で我々が勝利するということだ」 弐號は殊更凄みを聞かせた低音で護衛の兵士たちに言い聞かせる。 この弐號の言葉に乗っかるように、男たちの下世話な会話の中に入る者がいる。 「じゃあボクも参加するよ。中尉と同じで30分で勝利だ」 彼女の名はキューケン=ピープ少尉、またの名を人造勇者捌號という。 今いるメンバーの中で最も小柄で幼く見えるがれっきとした成人であり、人造勇者初期メンバーの中でも珍しい士官学校を出た正規軍人である。 「ではそろそろ始めるとしますか」 弐號は敵地のある小山に向けて、手に持った大剣を振りかざした…。    *   *   *   *   * 「ところでスタートのタイミングは我々の任意に任せてもらって良いかな?」 弐號は賭けの胴元になっている兵士に尋ねる。 「あっ、あぁ…いいよ。でもあんまり時間をかけるんじゃねぇぞ…」 「よし!ならば仕込みの時間だ。ブリッツクリーク一等兵、作戦通り敵本営の場所を確認したら照明弾にて合図をすること。いいな!」 「えぇ…あっはい…。あ~怖いよぉ…行きたくたいよぉ…」 他の人造勇者とは異なる黒い制服を着た中性的な風貌の女性が怯えながら前に出る。彼女の名はブリッツクリーク=ランペイジ一等兵。別名を人造勇者惨號という。 「何言ってんの。アンタ戦うわけじゃないしどうせ捕まりっこないんだから、ちゃっちゃと仕事済ませてどっかで隠れてなさいよ。それともボクに送られたいの?敵のど真ん中に行っちゃうかもしれないよ」 捌號が惨號の尻を叩きながら前へ前へと歩ませる。 「う~っ分かりましたよ…。行けばいいんでしょ!行けばっ!」 惨號が半ギレ気味にそう言うと、姿は影も形もなく消えていた。 「本当手がかかるわねアイツ…」 捌號は呆れ気味に敵の出城の様子を見つめた。 「おい今のは何なんだ?」 目の前で起こった不思議な光景について、キツネにつままれたような顔をしたヴォルカ将軍が質問した。 「あれは彼女の能力です。機密の部分もあるので詳細は言えませんが、物の数分で敵地に到着します。彼女からの照明弾の合図が出たら、作戦の準備はほぼ完了です」    *   *   *   *   * 「あ~っもう怖い怖い…。敵の大将ってどこにいるのよ…。この部屋かな…」 敵出城の中心部にあるひと際大きな建物に潜り込んだ惨號が、敵将の位置を探るべく中を歩き回る。彼女は懐から写真付きの資料のような書類を取り出す。そこには敵将の顔や各種データが書かれたものであった。 「『獣魔兵団 第三大隊隊長 デスファント』 身長4mの巨体と石造りの城壁を一撃で壊す剛力を持つ象型の獣人。だが一番の脅威は機銃弾をも跳ね返す全身を包む固い皮膚だって…。こんなのに見つかったら死んじゃうよ…。あ~んキューケンのアホー!」 惨號はフロアで一番大きな会議室のような部屋を覗く。するとそこに探していたターゲットがいた。 「(見つけた!落ち着け…落ち着け…ブリッツ…。合図を…照明弾を撃ったらもうお仕事終わりだから…)」 惨號は窓を開け、天に向かって照明弾を撃つ。これで終わった…そう思って安堵の息をつき階下を見下ろすと、周囲にいた敵兵の視線が一斉に自分に向かっているのに気づいた。 惨號は逃げた。ひたすら逃げた。出城中の兵士が彼女を追いかけるが誰も捕まえることはできない。それが彼女の持つ能力の真価なのである。 「合図が見えた。北西西に6754m」 ライフルに使うスコープのような物で照明弾の位置を観測しているのはトラウアーゲサング少尉。またの名を人造勇者伍號である。 「私も向かうとする。一番目立つあの物見塔に送ってくれ。距離は方角同じで6666mだ」 捌號が伍號の背中を叩くと伍號の姿が消える。そして1分も経たない内に「狩場は制圧した援護は任せてくれ」という通信が入る。 「よし!今から作戦開始だ!」 弐號が残った総員及び賭けの胴元である兵士に向けて号令をかけた。 「じゃあまずは爆撃開始だね!」 捌號がそういうと傍らにあった建物の瓦礫に触れる。 瓦礫が消えたかと思うと出城の上空に空間が開き、そこから消えたはずの瓦礫が落下していく。 捌號ははしゃぎながら走り回り、周囲にある大量の瓦礫を出城の上空から雨あられと降り注がせるのだった。 重質量の物体が位置エネルギーを得て叩きつける破壊力は多大である。出城の建物や城壁は瞬く間に崩壊していった。 「あ~っ!なんか降って来たー!死ぬ死ぬ!死んじゃう~!」 降り注ぐ瓦礫を避けながら惨號は路地に回り込み休憩する。するとそこには瓦礫の雨を避けようと逃げ込んだ獣魔兵団の兵士がいた。 「お前が敵かー!」 惨號に向かって襲い掛かろうとする兵士が何者かに銃撃される。 「トラウアー…」 惨號は援護してくれた仲間の名を呼び助けを求める。 「あなたが来たら、こっちの居場所がバレバレになるでしょ。そのまま走り回って雑魚どもを攪乱させてなさい。私の見えないところに行くなら、援護できなくなるからおすすめできないけど」 「ひどいよー!もぅ~!」 惨號は再び降り注ぐ瓦礫の中を逃走したのであった。 「良し!出城の方は粗方破壊できたようだな。将軍、これでとりあえず一つめの条件クリアということでよろしいですな」 弐號はヴォルカ将軍に戦果の報告をする。 「あっ、あぁ…。そっちは認めてやる。次の敵大将の首はどうすんだ?瓦礫に潰れちまったら見つけるのも大変だぞ」 「その辺はご心配なく…。上等兵我々も行くぞ。では少尉頼むぞ」 捌號が転送をすべく二人の背後に立つ。 「じゃあ~ザットぉ!食べ放題だよ行っといで!」 捌號が背中を叩くと、二人の姿は消えたのだった。    *   *   *   *   * 出城の内部は惨號の侵入した中心部にある建物以外は瓦礫で崩壊をしている。その中からは呻き声がまるで地鳴りのように響く。 この出城の総大将であるデスファントは想定外の事態と惨状を理解できないようであった。 彼は側にいた士官に残存兵の取りまとめを命じ向かわせる。 向かわせた部下たちの断末魔の響きが聞こえるやいなや、彼に向かって歩んでくる二人の人間が見えた。 人造勇者弐號とザット上等兵こと人造勇者陸號であった。 捌號は直接二人に討ち取らせるために、この建物を避けていたのだった。 「あっいたいた。アイツ僕が先にやってもいいですよね。食べ放題っていうからせっかく来たのに全然美味しくなかったし…」 「良かろう。だが時間制限もあるから2分で片を付けろ。それを超えたら私が動く」 陸號は両手に装着した聖剣を引き出す。素早いダッシュで陸號はデスファントに向かう。 デスファントは迎撃のパンチを繰り出すが、陸號は軽々と避け両腕を高速で振るう。 デスファントの体表に無数の切り傷が生まれる。 だが極厚の筋肉が邪魔をして両断するまでには行かない。 「いいねぇ~君、いい味してるよ…」 陸號は右腕の刃に付いたデスファントの血を軽く舐めてみた。 デスファントが激しいラッシュで反撃を開始する。 陸號はそれを軽々と躱すと背後から両の手の刃を背中に突き刺す。 「君の力を頂かせてもらうね。久しぶりだからじっくり味わないと…」 陸號の刃に血が吸い取られていく感覚がある。そして吸われるたびにデスファント自身もHPがみるみる減っていく感覚が生ずる。デスファントは力を振り絞り右手を振るって陸號を弾き飛ばす。 「痛たたた…。ちょっと調子に乗りすぎたかな…」 陸號が反撃に乗り出そうとした時であった…。 「時間だ。速やかに終わらせるぞ。お前も巻き込まれたくなかったらさっさと避けろ」 「えっズルい!せっかくの獲物だったのに…」 陸號がそうぼやくと弐號は両手の拳を眼前で突き合わせようとする。 だが何もないはずその間にまるで弾力のあるゴムマリでもあるかのように、押し込んだり弾かれている感覚がある。 弐號のその動きに合わせるかのように、デスファントの体が左右両サイドから何か壁のようなもので押し潰されている。 剛力自慢のデスファントは必死に開こうとするが、見えない壁の圧は徐々に高まっていく。 「アイゼンバイス!」 弐號がそう叫ぶと眼前の両拳を一気に突き合わせる。 するとデスファントの体はまるでプレス機にも入れられたかのように圧縮されたであった。 「良し!作戦終了だ。合図を上げたら帰投するぞ」 弐號が窓から照明弾を打ち上げる。その頃には瓦礫の下から聞こえる呻き声以外は、城内に生きている敵兵の姿は消えていた。 「でもこんだけぐしゃぐしゃにしたら、首持って帰っても判別してもらえるんですかね?」 陸號は変わり果てたデスファントの姿を見て素朴な疑問をこぼした…。    *   *   *   *   * 城内から上がる照明弾を確認すると、旧ギリアウ市跡地に残った捌號がヴォルカ将軍に報告をする。 「ただいま作戦が終了しました。時間は28分21秒、1分以上も余裕がありましたね」 「いや、本当に終わったかどうかは首見るまで認めねぇぞ! 行きはお前が送り込んでたからいいとして、帰りはあんな状態の中からどうやって戻るんだ?」 「あぁそっちは心配しないで下さい」 捌號は無問題といった表情でさらっと流した。 すると5分もしない内に全員が帰投する。惨號の能力を使い瞬間移動とも遜色ない速さの移動を行ったのだ。 「もぅやだぁ~!」 散々逃げ回りさらには全員の帰還のサポートまでさせられた惨號が、今にも死にそうな顔をして駄々をこねる。 捌號はそれをいつものことのような顔でなだめる。 「作戦は全て完了。ただいま帰投しました。戦果はこちらです」 弐號が敵将の生首をヴォルカ将軍に突きつける。アイゼンバイスで形は変わってしまったが、果たして彼はどう出るのであろう。 「本物だ…。あのクソヤローの顔はぜってぇ忘れねぇ!ハッハー!マジでやっちまいやがったよこいつ等!」 ヴォルカ将軍が声高らかに笑いながら喜ぶ。 通常であればいくらでもゴネれる状況ではあるが、彼の人柄は気性と口調は荒いものの根はさっぱりとした性格なのだろう。 「時間はどうだった?」 弐號が捌號に作戦終了までのタイムを聞く。 「28分21秒。全然余裕だったね」 「では賭けは我々の勝ちだな。全部頂いて行くぞ」 弐號は胴元の男から集まった賭け金を根こそぎ奪い取った。 「それではギャラの方の支払いもお願いする」 弐號はヴォルカ将軍に請求書を手渡す。 「くっそー!痛てぇけどこれも男の約束だ。お前ら、この方たちへの割り増し分を払うために、この先1ヵ月ばかり糧食が一品減る。すまねぇ!」 将軍は同行した兵たちに向かって頭を下げる。 兵たちも今までの無礼のせいでもあるため、しょうがないという表情を浮かべていた。 「そのような話を聞かされては、こちらも気持ち良くもらいにくいですな…。でしたら割り増し分は現物納入というのでどうでしょうか?」 弐號は将軍にお互いが損をしない方法の提案をする。 「現物納入? ウチには特産品なんて命知らずのアホどもぐらいしかないぞ」 「よろしいじゃないですか命知らずの兵隊。実は我々は現在軍の再建を図ろうと奮闘中でして、何より今一番求めているのは兵の頭数なのですよ」 「もちろん優秀な兵をくれてやるのは断腸の思いでしょう。ですからはみ出し者や死んでも構わないような連中で構いません。そいつらを我々が引き取るということでいかがでしょうか」 弐號の提案に将軍は思案しながら返答する。 「今ウチには20人近い懲罰兵がいる。理由は敵前逃亡に士気を下げるような言動、そして市民に対する暴行といった連中だ。その内どこかで特攻でもさせるかと思ってブタ箱に入れてたが、使ってもらえるならありがたい」 ならず者の集団と思われているギリセフ兵士であるが、彼らには絶対に守らねばならない不文律がある。 一つは先に述べた怯懦・逃避・弱音といった全体の士気を下げるような行い。 例えるならば極東の国に存在した人斬り集団で言うところの『士道不覚悟』である。 もう一つは守るべき対象であり、自分たちの生活のサポートをしてくれる市民に対する乱暴・暴行である。 先ほどの士道不覚悟にも通じるだけでなく、彼らが支払う税金の一部は軍の予算へと回っており、市民の数が減れば当然ながら予算も減るからである。 「よろしいですよ。そういったならず者や腰抜けを一人前の兵士に調…、いや教育するのは慣れたものですから」 そうにこやかに語る弐號であったが、その目は決して笑っていなかった…。 (続く) コージン=ミレーンの日記 D月M日 忌器を追ってバルロスに入り、人造勇者と名乗る面々との抗争が開始してから3日が経った。 その間特に戦闘らしいものは起きていなかったが、決して何もしていないというわけでは無かった…。 抜けるような快晴の中、地上から100mほど離れた中空にライトはいた。 「この辺は住宅地だったのかな。目だった建造物はなくて同じような形の小さな建物が規則的に並んでいる…」 ライトはスケッチブックのような物にペンでラフな見取り図のような物を描いている。 本来なら空撮でもした方が早いのだろうが、いかんせん機材の無い以上記録する方法はこれしかない。 「おっと、もう見つかっちゃったか」 ライトから見て11時の方向から鳥型の獣人が2体上がって来るのが見える。何も隠す物はない空の上である、見つからない方がおかしい。 ライトは踵を返すとただちに高度を下げ、ビルの立ち並ぶ跡地の区画を縫うように低空飛行で逃げて行く。 古めかしい廃ビルの中に入ると物陰に身をかがめながら追手をやり過ごす。 しばらくやり過ごして追跡者がいなくなったのを確認すると、ライトは地階にある水道施設に入りさらに点検用のハッチを開けて地下道へ繋がる通路へと入って行く…。 「戻りました。追手は多分上手く撒けたはずです。はい、これ今日の分。もう大体は記録できたと思うんですけど…」 ライトが帰還したアジトこと元グート博士のラボの中には、仲間であるミレーン、スヮリゲーター、そして人造勇者終號の3人が待っていた。 ライトは今日の成果であるスケッチブックをミレーンに渡す。 「これで地上の大体の様子は見えて来たな…」 ミレーンがスケッチブックに描かれていた見取り図を並べて行くと大まかなバルロスの鳥瞰図となっていった。 「次はスヮリの方だな」 ミレーンがスヮリゲーターに向かって言うと、彼女は「もちろんバッチバッチ☆だにぃ☆」と言い何かが描かれている紙の束を渡す。 それはバルロスの地下を流れる下水道や地下道の地図のようであった。 「スヮリさんの地図のおかげで今日も上手く逃げ切れましたよ」 ライトが例の廃ビルからここまで逃走するルートは、スヮリゲーターが調べてくれたようだ。 彼女はお褒めの言葉に満更でもない表情を浮かべる。 ミレーンは二つの地図を方角を合わせて並べてみると、皆何かに気づいたようだ。 「まぁ当たり前の話ではあるが、デカい建物の下には地下道へ繋がるルートがあるみたいだな。これならいざという時の奇襲や逃走ルートにも事は欠かない…」 この3日間一行がやっていたのは、見知らぬこの街について把握することであった。 ライトには空から地上をスヮリゲーターには地下を探ってもらった。そしてミレーンはというと…。 「認識阻害を使って人の流れを調べてみたが、使われているのは大きく分けてこの3つだな。獣人たちは大講堂と呼ばれている施設。非戦闘員と思わしき連中はラボと呼ばれていた研究施設。人造勇者たちを含めた色んな層が行き来していたのが司令部と呼ばれていた建物だ…」 ミレーンはライトの描いた地図に3箇所大きな丸を入れる。 「とりあえず敵の拠点はこの3つのようだ。まずはどこから攻めるべきか…」 ミレーンが思案をしていると横から終號がすまなさそうに声をかける。 「申し訳ない…、私だけみんなの役に立てなくて…」 彼の沈痛な表情にライトは答える。 「何言ってるんですかシュウさんが留守番してくれてるから、僕らも安心して外に出れるんですよ」 「そうだにぃ☆ 帰ってきてお家無くなってたらスヮリ悲しいにぃ☆ これもシュウちゃんのおかげだにぃ☆」 「シュウ、お前はある意味俺たちの切り札だ。だからその姿も力もギリギリまで隠していたいんだ」 終號は3人からシュウという名で呼ばれていた。 終號という番号では敵の人造勇者みたいで嫌なので別の呼び名はないかと考えていたところ、ライトが終號だからシュウさんでいいじゃないんですかと安直な提案をしたら皆に受け入れてもらえたという流れであった。    *   *   *   *   * ラボと呼ばれる施設の一室に人造勇者肆號がベッドに横たわっていた。 ライトに付けられた腹の刺し傷は見る影もなく治癒しているが、破壊された片足の修理がまだ終わらないため出るに出られないのであった。 部屋のドアが開き、退屈をしている彼女の元に一人の女性がやって来る。 「もうすっかり傷の具合は良さそうね。最初は腹部に血を滴らせていたんでどうなるかと思ったけど、筋肉を貫かれた程度で安心したわ。それぐらいなら私の治癒魔法程度でも治せますもの…」 「なにせ全身の半分以上が機械化され、腹筋の向こう側には鉄の塊しか入っていない貴女ならね」 普通なら痛烈な嫌味とも受け取れる発言であるが肆號には褒め言葉として受け取っている。無痛症も機械化された体も全て自分が凡人を超えた存在であるという証明なのだから。 「ところでドクトル、今日は何の要件?」 肆號の向かい合わせに立っているドクトルと呼ばれる女性、彼女の名はドクトル・パンドラ。 ヒジンドー機関の研究員であり主に忌器に関する研究を行っているが、治癒・回復魔法も使えるため負傷などの応急処置が必要な時には借り出されるのである。 「そうそう、今日は貴女と戦った敵について聞かせてもらいたいの。レーベンの話だと忌器を狙っているらしいけど、どんな奴なのかな?」 「私が相対したのは仮面を付けた…恐らく少年。年齢は10代半ばほどで両の腕から刃を生やしてた。切れ味や強度は私の聖剣と変わらず、身体能力も私と同じぐらい。忌器に関しては何も言ってなかった…」 パンドラは目をノートに移しメモを取る様子を見せていたが、その表情には興味の色が全く失せていたようだった。 「(どうやら『関係者』は他のメンバーの方か…)」 「そうなのね。他の連中はどんな奴だったか覚えているかな?」 パンドラの質問に肆號が答える。 「小型ゴーレムと覆面の大男。見ただけで会話もろくにしていないので、情報はあまりない…。そういえばそいつは聖騎士の制服と覆面を着てた。変質者みたいな恰好は絶対そう」 聖騎士の制服と覆面、そして漆號の聞き取りの際に言ってた『レンハートマンホーリーナイト』というコードネーム。 正体は恐らく元聖騎士またはその関係者であろう…、その中でレンハート出身の者はというと…。 「(来たのね…彼が…)」 パンドラの表情に乾いた笑みが浮かんだ…。    *   *   *   *   * ドクトル・パンドラがラボを訪れていた頃、司令部に一台の大型の兵員輸送車が入って来る。 ドアを開けると中からギリセフに遠征に出ていた人造勇者たちが降りてくる。 「よぉお疲れさん。こいつらが新しい『お仲間』さんかい」 出迎えに来た漆號が兵員輸送車の後部ドアを開けて降りてくる元ギリセフ兵たちを見て言う。 弐號が無言で軽く頷くと、漆號は兵たちを食堂に連れて行って飯を食わせてやれと陸號に指示した。 「これが最期の晩餐になるかもしれねぇから、せめていいもん食わせてやらねぇとな。もっともレーションぐらいしか残ってねぇんだが…」 「それよりも留守中に敵が現れたみたいだな。准尉がやられ伍長は義足が破壊されたと聞いた。軍曹貴様はどうだ?」 弐號は遠征中に起きた侵入者との交戦について漆號に質問した。 未だに軍人気質が抜けていないのか軍が解散した現在でも仲間を階級で呼んでいる。 「俺は3回殺されちまった。レンハートマンホーリーナイトと名乗る覆面の大男に1回。気ぶり仮面とか名乗る小僧に2回。同じく気ぶり仮面を名乗る中年のおっさんと女の大型獣人が一体に小型のゴーレムが一体。この5名が敵の面子だ」 「覆面野郎は恐らく特筆すべき能力は無さそうだがとにかく腕が立つ。逆に小僧の方は腕から刃や背中から翼を生やして飛んだりと厄介な能力を色々持っている。小型のゴーレムは銃器を搭載しているのが確認されているが戦闘力自体は大したことない。女獣人はこちらの獣人どもを簡単に破壊できるぐらいにはパワーがある。その中でも一番面倒そうなのが…」 「中年のおっさんだな。奴は恐らくカウンター魔法のような物を使う。そのことを知らずに突っ込んだせいでファルテの奴はやられちまった…」 粗暴な言動が目立つ漆號であるが、こと戦闘に関しては彼は馬鹿ではなく冷静に分析できる判断力がある。 「了解した。この事は皆に周知させておく。ところでその女獣人はウチから逃げ出した一体なのか」 「いや首輪は付いていなかった。だがあの造りは天然ものじゃねぇ。恐らく合成獣人に違いない」 「我々が関知していない合成獣人となると…、カンラークの者か…。背後関係に関しては何か掴めたのか」 「フォルタが最初に会敵したのが逃げ出したモーゲン博士の施設だった。だからその繋がりであることには間違いねぇが、カンラークの獣人に聖騎士の覆面野郎がいるってことは教会関係が背後にいるのか?」 「そう断定するには早計だが、警戒は怠らない方が良い。何せ我々は神の教えに背くような存在であり、行いをしようとしているのだからな」 「じゃあ俺からもドクトルに気を付けろって伝えておくよ。裏切り者の聖女様にな…」    *   *   *   *   * アジトの中でミレーンたちは最初の攻撃目標をどこにするか検討していた。 その結果、目標をカンラークの天使像とすることに決めた。 理由は二つ。合成獣人に変えられる哀れな人々をこれ以上無くす事と敵戦力を頭打ちにすることである。 恐らく三か所の重要拠点のいずれかにあるのだろうが、認識阻害を使うにせよ探るのはかなり骨の折れる作業となる。 「仕方ない…またあの手を使うか…」 ミレーンは何かを思いついたのかぼそりと呟く。 「ライト…女になれ…」 ミレーンは両の手をライトの肩に置きながら指示をする。 「またですか…」 「ミレーンくん、さすがに何を言っているのかよくわからないぞ…」 「ミレーンちゃん、頭おかしくなったにぃ☆」 とうとう頭がイカレたのか…という目で自分を見るスヮリゲーターと終號のために、ミレーンは説明をする。 ライトは変身能力持ちで女になることができ、彼を囮にして自分は認識阻害で追いかける作戦を以前行ったということを。 二人が哀れな者を見るような目で見始めたので、論より証拠とばかりにライトに変身をさせることにした。 「これでいいですか…」 ライトは女性に変身する。その表情にはもう諦めました…という言葉が張り付いているようであった。 「ほぉ…これは見違えるもんだね…」 「きゃー☆ライトちゃんきゃわいい☆ スヮリがいっぱい盛ってもっと可愛くしてあげるにぃ☆」 この街に流れ着いた流民の少女という設定だから盛る必要はないと、楽しそうにライトを着飾らせようとするスヮリゲーターを制する。 スヮリゲーターは少し不貞腐れた。 街を散策中に見つけた古着やマント代わりにするぼろ布をライトに着せる。これで準備は完了だ。 「行くぞ!作戦開始だ!」 (続く) バルロスの商業施設跡を一人の少女が何かを探すように歩く。かつてファストフードやスイーツの店舗であった跡地を眺めていると、少女の腹の虫が鳴り出したようだ。 いくら眺めたところで展示物に描かれた食べ物が現れるわけではない、空腹を両の手で覆いながらとぼとぼと歩いて行くと進行方向に唸り声のような奇声が聞こえてくる。 その声の主はカマキリ型の合成獣人であった。少女は踵を返して今来た道を走り逃げる、だがそこにはゴリラ型の合成獣人が立ちはだかっていた。 身の丈も大きな獣人が二体。小柄な少女ではなすすべもなく取り押さえられる。その場面に一人の少年が歩みながら近づいてくる。 「運が悪かったねー君。今は警戒レベルMAXにしてあるから、人っ子一人見逃すわけにはいかないんだよね」 声の主は人造勇者陸號ことザット上等兵。現在バルロスに入り込んだ侵入者を捕らえるべく、多数の合成獣人を従えてパトロールしていたのであった。 「首尾は上々のようだな…」 物陰からかすかに耳に入るようなつぶやきが聞こえる。声の主は認識阻害をかけ視覚では捉えられなくさせたコージン=ミレーン。 合成獣人に捕らえられた少女は変身したライトであった。 ライトは陸號と獣人たちに囲まれながら大講堂へと呼ばれる施設へと向かって行く。そしてその後ろをミレーンは認識阻害を使いながら追って行く。 ミレーンは持っていたス魔ホで「目標は大講堂」とだけメッセを送る。何かあった時にはスヮリゲーターやシュウに地下道を使って援護してもらえば良いのだ。 移動中陸號はライトに対して何やら興味深げに観察をし始め、そして臭いを嗅ぎだす。 「君、何だか美味しそうな臭いがするね…」 ライトは動揺する。女性に対して良い匂いがするねと言うのは定番の口説き文句ではあるが、今回言われているのは『美味しそうな臭い』。 食材としての意味なのかそれとも性的なアレのことなのか、ライトは動転してこう返すのが精一杯だった。 「すみません…。お風呂全然入ってないから…」 「あっ、そういう意味じゃないよ。僕みんなからよくデリカシーがないって言われるから、気にしないで」 陸號は半笑いをしながらフォローするが、その閉じられた瞼の奥の瞳は笑っていなかった。    *   *   *   *   * 大講堂と呼ばれる施設の中に陸號たちが入って行く。ここまでの道中、陸號はライトに何かと世間話を投げかけていた。 情報を聞き出そうとしているのかそれとも単なる暇つぶしなのか、ライトは慎重に言葉を選びながら返していた。 だがそれもこれで終わることにライトは安堵の息をついた。 屋内に入り廊下を陸號の案内で進んで行く、するとライトの目の前に見知った顔が現れた。人造勇者漆號である。 「よぉ珍しいじゃねぇか。お前が可愛い子ちゃん連れて楽しそうにデートなんてよ」 「そんなんじゃないですよぉ。侵入者みたいだったんでここに連れて来たんです」 「お堅いこと言うなって。俺としてはさぁ、お前が人並みにそういうことに興味あった事自体がうれしいんだよ。何だったら俺からアイゼンのおっさんや大尉に見逃してくれるよう頼んでやってもいいんだぜ」 「だから違いますってぇ…。いやまぁ…下心的なものはないわけじゃないんですが、彼女の血はどんな味するのかなぁって…」 漆號は若干引き気味の表情を浮かべる。 「なんだ…そっちの方かよ…。じゃあな嬢ちゃん、ここでゆっくり休んどいてくれ。周りにやかましいおっさんどもがいるけど気にすんな」 ライトは案内された部屋に入る。そこには20人近い軍服を着た男たちが座っていた。 一斉にライトに視線を向けると数秒後には各自の会話へと戻って行った。 「流民の少女だと? これは入隊の儀式ではないのか?」 「我々への扱いも扱いだ! これが本当に仲間に対する態度なのか?」 「あの人造勇者とか呼ばれる連中以外に、人間の兵士はろくにいないではないか?」 皆が思い思いの疑問や不安をまくし立てている。 するとライトが入って来た入口の対面にあるドアが開く。入って来たのは人造勇者弐號だ。 「諸君、お待たせして申し訳ない。これから入隊の儀式を行う。一人づつ順番にここから入って来てくれ」 弐號が一番手前にいる兵士を指名して連れて行く。そして10分ほど経つと次の兵士を連れて行く。このような流れが幾度となく続いた。だが戻って来る兵士は一人もいない。 残る兵士は3名ほど。ライトの隣にいた兵士が耳打ちをする。 「どうやら様子がおかしい…。一緒に逃げよう」 兵士はライトの手を引いて入口のドアを開く。するとそこには陸號が立っていた。 「だめですよ、まだ儀式の途中なんですから。逃げたら敵前逃亡ってことで処しますからね。これもギリセフ流ですね」 右手の刃を突き立てながら陸號は部屋に戻るように即す。すると対面にあるドアが開き弐號が入って来る。 「どうした?上等兵」 「この人たちが散々待ちぼうけ食ったせいで帰ろうとしたんで、部屋に戻るように言っただけですよ。面倒だからまとめてやっちゃいません?」 「そうだな。抑え手も数は揃ったから一度にやっても大丈夫か。お前ら全員付いて来い」 部屋に残った全員は陸號に追い立てられながら弐號に付いて行く。    *   *   *   *   * 進んで行った先にはこの建物の中心である大講堂があった。 周囲を数千単位の人間が収容できるぐらいの席に囲まれ、中央にある舞台には巨大なモニュメントが鎮座していた。 そして周囲には30体程の獣人が点在する。その中には見知った軍服を纏った獣人もあった。 また人造勇者の顔も見える。この場にいるのは弐號、肆號、陸號、漆號であった。 「お前達、この円陣の中に入って待機しろ。許可があるまで出るのを禁ずる」 弐號がそう命じると全員が円陣の中に入って行く。 講堂内に小柄な一人の女性が入って行く。彼女は脚立を使いモニュメントの上部にある台座に乗ると、懐に閉まっていた福音書を開いて中の文面を読み始めた。 するとモニュメントの中から何かが起動する音が聞こえ、円陣内に光が立ち込める。何やら危険な予感がしたのかライトを連れて逃げようとした兵士が「逃げろ」と言い放ち、ライトを円陣から付き飛ばした。 円陣から湧き上がった光に兵士たちが包まれ、その光が消えると彼らの姿は獣人へと変わっていた。すると周囲にいた獣人たちが彼らを押さえつけ、人造勇者が彼らの首に黒い首輪と取り付けていた。 「おめでとさん。これでお前らも俺たちの仲間入りってわけだ」 漆號が獣人を見下ろしながら言う。 一同は円陣から逃れたライトを一斉に見る。 「機密を知られちまったから口封じするしかないが、この流れだと逃げ場がないのはわかるだろ。ザットのお気に入りだから痛い目見せたくないから、さっさとあん中に戻るんだな」 漆號がライトに逃げても無駄だと脅しをかける。 そう言い放った瞬間、漆號の頭部が首から両断され飛んで行く。 そして刺客が認識阻害のスキルを解いて姿を現す。そこにいたのはレンハートマンホーリーナイトことコージン=ミレーンであった。 ライトが両腕から刃を生やすと、彼と因縁のある肆號と漆號が反応する。 「「お前か!」」 するとその間に割って入ろうとする者がいる。人造勇者陸號であった。 「ごめんなさい。彼女は僕が予約していたんです。邪魔をするようだったらアナタたちでも殺りますよ…」 「ちっ!お前がそこまで言うなら譲ってやるよ。俺としてもこの覆面野郎の方には因縁あるからな」 漆號はミレーンに向けて大剣をかざした。 弐號が周囲にいる合成獣人たちに侵入者の撃退を指示する。押し寄せる獣人たちに漆號や肆號は邪魔をするなとキレる。 獣人たちは数の暴力でミレーンたちを抑え込もうとする。 ライトの右腕を抑え込もうとしていたのはバッタ型の獣人、最後までライトを逃がそうとしていた兵士の成れの果ての姿であった。 「ごめんなさい。人として安らかに眠ってください…」 ライトはバッタ型獣人の首を刃で跳ねた。 多勢に無勢の状況の中、ミレーンたちに救いの手が来る。 「にょっわ~☆」 舞台床の搬入口を突き破って二人の男女が現れる。スヮリゲーターとシュウであった。 「待たせたにぃ~☆」 「大丈夫か? ホーリーナイトにドラゴン?!」 「えぇい!こいつ等もまとめて一掃しろ」 弐號の命令に獣人たちがバラける。自分への包囲が薄くなったのを見るや否や、ミレーンは忌器を破壊すべく天使像へと向かって行った。 だが天使像を目前にして弐號が立ちはだかる。 自然と状況はミレーンvs弐號、ライトvs陸號、スヮリゲーターvs肆號、シュウvs漆號という流れになっていった…。 ライトは両腕の刃で陸號と斬り合う。陸號はスピードタイプゆえ、目に見えない高速の駆け引きがライトの精神を消耗させる。 こいつに斬られたら何かヤバい…、本能がそう訴えているからだ。 スヮリは肆號の鉈型聖剣の斬りつけを外皮の硬度でしのぎながら躱す。 切れ味鋭い聖剣だけに切り傷は付いているのだが、修復速度と併せるとほぼほぼ無傷と言っていいだろう。 スヮリの固い外皮を両断するには肆號自身のパワーが足りないのである。 シュウは漆號の大剣の連撃を反転で躱す。反転をする度に漆號は大剣で自傷をするのであるが、すぐさま傷は回復する。 自分の右腕に刻まれる細かな切り傷を見ながら、シュウはどう仕留めたら良いかと考えるのであった。 (続く) 肆號の斬りつけをスヮリはごんぶとの尻尾で弾き飛ばす。丸腰になった状況で肆號はつぶやく。 「舐めプ、止めろか…」 両手両足から4本の刀身が伸びて出る。 「私の本気、見せる」 それまで使っていた鉈型の聖剣と比べたら細身で頼りないが、手足に直接接続されているため体術との相性は実に良かった。 肆號の連撃をスヮリはガードをしながら耐える。そうしながら反撃の機会を伺っていると、肆號の右腕の切り付けをガードした際に異変に気づく。 「あれ?!なんか動きが鈍いにぃ…」 「この右腕の聖剣の銘は『慈悲』。痛みは与えない、でも全身を麻痺させる。」 肆號の突きをスヮリは尻尾のカウンターで叩きつける。 「スヮリはこんぐらいじゃへこたれないもんにぃ☆」 尻尾の連撃でガードを崩させると、スヮリゲーターは肆號の体を抱え飛び上がって叩きつける。 「スヮリーんジャンピングスラム☆」 要はただのボディスラムなのであるが、飛び上がって敵の体を抱えたまま巨体の体重を叩きつけるため下手なスープレックスよりも効き目がある。 「これで終わったにぃ…☆」 派手な投げ技を決めてこれで一安心したスヮリへ強烈なカウンターが来る。 肆號の右足から生えた剣がスヮリゲーターに刺さった。 「何で…全然効かなかったにぃ…」 全身を貫く激しい苦痛にスヮリはのたうち回った。 「右足の聖剣の銘は『共感』。私への攻撃の痛み、全て返せる。私は無痛症、反応あるとダメージどれだけか分かる。とりあえずありがとう…」 左腕に付いている『希望』の聖剣を掲げる。そこに見えているビジョンは目の前にいるスヮリゲーターが沈黙している姿だ。 「未来見えた、これで止め」 肆號は両腕の聖剣を構え、『共感』由来の激しいダメージで動けなくなったスヮリゲーターへ止めを差そうとする。 すると二人の間に割って入る者があった。人造勇者終號ことシュウである。 彼は右腕を前に出し、こう叫んだ。 「反転!」 肆號が斬りつけようとした両腕の聖剣が弾き返され、二つの刃が自らの首元へ向かってくる。 この致命的な状況に半ば諦めかけた瞬間、肆號の首元を裸締めの要領でガードをする者があった。 それは先ほどまでシュウと戦っていた漆號である。 「大丈夫か?お前は俺と違って命は一つしかねぇんだから、あんなヤベー奴とは張り合うんじゃねぇ!」 「お前に助けられるの、むかつく。あいつ、何したんだ?」 「よくわかんねぇがカウンター魔法に近い能力らしい。考えなしに斬りかかると全部自分に帰ってきちまう」 どうやら『慈悲』に斬られた影響で、漆號は少しよろけながら敵の能力について説明をする。 状況は2vs1と不利ではあるが能力の相性的に実質1vs1ともいえる膠着した状態となっていた…。    *   *   *   *   * 幾合刃をぶつけ合ったのだろうか…、そんなことも思い出せぬほどライトと陸號の二人は激しく斬り合っていた。 「僕みたいな人工物じゃない刃を腕から生やすなんて、君絶対人間じゃないよね。ひょっとして魔族?でも見た目は普通の人間なんだよなぁ…」 陸號はライトの正体について探りを入れる。ライトは完全無視で相手にはしない。 「まぁ何だかよく分からないけど、君から美味しそうな臭いがした理由が分かったよ。生き物には格のような物があって雰囲気で分かるんだけど、君から漂ってる雰囲気は例えるならドラゴンなんだよね。だから早く食べたいんだ…」 当てずっぽうではあるが決して的外れではない。これにはライトも反応をする。 「何か言ってることキモいよ。女の子誘うんだったら、品のない露骨な言葉は使わない方がいいよ」 ライトの返しに陸號は笑い出す。 「そっかー。じゃあキモがられついでに僕の話をしてもいいかな? 僕はこの聖剣を腕に取り付けたせいで普通の食事じゃ満足できなくなっているんだ」 「でもね飢えっていうのかな。そんな感覚だけは残っているせいでいつも満たされない気持ちなんだけど、魔族や魔獣の血をこの刃に吸わせている時だけは幸せな気分になれるんだよ。相手が強ければ強いほど美味しい!って感じちゃうのさ」 「だからさ…早く僕に吸わせてよ…君の血を!」 陸號は高速で詰め寄り、ボクシングのワンツーの要領で突きを放つ。ライトはそれを腕の刃を使って払いのけた…。    *   *   *   *   * 女神像の前でミレーンと人造勇者弐號が対峙する。大剣を構えた弐號をミレーンは観察する。 「(あの体格に機械化された腕、おそらくパワー型であることには間違いないだろう。問題は他の連中のように何らかのスキルを持っているかどうかだ。仮にあるとすればあの腕か…。何らかのギミックが仕込まれていても不思議ではない)」 「(あの剣も聖剣であろうから打撃戦は無理。距離を詰めて近接戦闘に持ち込むしか方法はないな…)」 戦いのプランが決まるとミレーンは早速動く。弐號の周囲を素早く回ると建物の壁の反動を使った飛び蹴りを入れる。すると思わぬことが起きた…。 飛び蹴りは弐號に届かなかった。まるで見えない何かに遮られているようであった。 「防御障壁か…厄介だな。まずはどれぐらい固いのか小手調べだ!」 強化した両の手足でパンチとキックのコンボラッシュを入れるが破れる様子は全くない。 ならばどこかに隙間はないか調べるために、認識阻害を使い弐號の周囲を回る。崩れた床面の欠片を数個拾うと横や背後から投げつけるが障壁に弾かれてしまう。 欠片を弐號の上に向かって投げると、欠片は弐號の目の前の床に落ちる。どうやら上面は隙間が開いているようだ。 認識阻害をかけたまま天井の梁へと上って行く。そして弐號を見下ろす位置まで行くと手を放し認識阻害を解いてドロップキックを仕掛ける。すると弐號は顔を見上げてこう言ったのだった…。 「かかったな…」 中空で俺の体全体がまるで何かに挟まれるような感覚になる。 いや感覚だけでない、実際に挟まれているのだ。その証拠に俺の体は落下せず、宙に浮いたままになっている。 しまった…上部に隙間を開けていたのはこれを仕掛けるための罠だったのか…。 弐號は胸元で両の拳を突き合わせるような仕草をしている。 その間には何か弾力のあるようなものが挟まれたみたいに、行って戻ってを繰り返す。 そしてその動きが加えられる度に、俺を挟みこむ力が強くなる。 拘束から必死に逃げようとするがプレスする力は非常に大きく、ふんばりの効かない体勢も相まって動くことすらできない。 「アイゼンバイス!」 弐號が両拳を完全に突き合わせるとプレスする力は最大限になり、俺は完全に意識を失った…。    *   *   *   *   * 弐號がミレーンへの拘束を解くと、ミレーンの体は地面へと落下する。そして傍らにいた獣人たちが彼の体を確保する。 ライトは周囲を見渡す。ミレーンは囚われ、スヮリはダメージで全力を出せず、シュウは無事なものの仕掛けるための攻撃力には不足している。ならはここで取るべき策は…。 「みんな撤退だ!ここから一度撤退します!」 ライトが苦渋の決断を下す。 「しかしドラゴンくん、ホーリーナイトは?!」 「今ここで粘っても全員お陀仏です。だから一度引きます。いいですね!」 ライトの意を決したような力強い言葉に全員決意を固める。 「せっかくの獲物だよ、逃がすわけないでしょ」 距離を詰めようとする陸號に向かって、ライトは真空波を数発飛ばして距離を取る。 シュウはスヮリを抱えて逃走を図るが肆號が追いかける。巨体のスヮリを抱えてはスピーディーに移動できないシュウの目の前へ肆號が回り込もうとする。 するとライトは肆號に向って真空波を叩きつける。敵を切り裂くには威力は足りないが、とにかく数を撃って距離と時間を稼ぐのが狙いである。 一行はスヮリとシュウが乱入してきたルートを使って逃走する。追跡者が来れないようにブレスと刃でご丁寧に道を塞ぐ。 20分ばかり逃げ回り、追手も来る様子は見えなかったので一旦休憩を取ることにした。 「何とか逃げ切れましたね…」 「だがミレーンくんは捕まってしまった。とりあえず逃げてみたが、君は心配ではないのかね?」 「心配に決まっているじゃないですか。でも共倒れは本末転倒ですし、おそらく簡単には殺されたりはしないと思います」 「それはどういう根拠かね?」 「奴らが知りたいのまず情報です。情報を聞き出すために尋問をするでしょうから、少なくとも今日明日で殺されるようなことはないと思います」 以前ジーニャが黒い甲冑たちに捕らえられた時、ミレーンは価値のある者はそう簡単に殺されはしないと不安がるラーバルへと説いた。 事情は全く違うが恐らく今回も扱いは変わらないであろう。とはいえゆっくりしている場合ではない。 「スヮリさん、体の具合はどうですか?」 「もうすっかり回復したにぃ☆ スヮリが足引っ張ったみたいでごめんにぃ…」 「あの状況じゃ仕方ありません。じゃあ行きましょうか…」 「行くってどこへだい?」 「もう一度奴らの元へです。アイツらもまさかさっき逃げた連中がすぐに帰ってくるなんて想定してないでしょうから」 (続く) 「お前ら今から穴倉捜索だ! 全員行くぞ!」 漆號が逃走したライトたちを追い、広い地下下水道内を捜索しようと号令をかけている。 「我々は地上を捜索する。逃走より小一時間ほど経過したので捜索範囲を半径3km圏内まで広げる。地下は軍曹の部隊が行っているので我々は地上の建物の中を捜索する。総員出動だ!」 弐號の号令の後、小隊規模ほどの数の獣人たちが幌をかけたトラックに乗り込み四方へと散らばる。 その様子をライトたちは大講堂の片隅にあるマンホールから顔を覗かせて見ている。 「偶然とはいえナイスタイミングでしたね…」 ライトの提案で逃走ではなくミレーンの救出のために舞い戻ることになり、大講堂へ入る別ルートの入口から今まさに外へ出ようとしたタイミングであった。 恐らくあのまま逃走し続けていたら、地下か地上のどちらかで追手との交戦になることは免れなかっただろう。 同じ建物にあるこの出口を探そうとしなかったのは、彼らもすぐさま戻って来るとは想定してなかったためと思われる。 「まずはミレーンくんの居場所を探らないといけないが、どうやって探るつもりかね」 シュウがこの先のプランをライトに聞いた。 敵陣営の多くの人員が捜索側に割かれたとはいえ、この施設内にはまだ多くの獣人やライトたちと戦った肆號や陸號も残っているはずである。 うかつに見つかれば元の木阿弥である。 ライトはとりあえず建物の周囲を見渡す。すると部屋の天井に箱のような構造物が通っているのを見つける。それは換気用のダクトのようだ。 「ここから僕が入ってミレーンさんを探しに行きます。みんなはどこか見つかりにくい場所に隠れて下さい…」 ライトは通気口の網を外してダクトの中に入った。    *   *   *   *   * 「(………)」 目を覚ますと俺は真っ暗な見知らぬ一室の中で、手足を手錠で繋がれうつ伏せで寝転がされてた。 すでに覆面は剥がされている。どうやら戦いに敗れそのまま拘束されてしまったのであろう。 屈辱的ではあるが、考えようによってはその場で殺されてないだけでもマシなのかもしれない。 「(ライトたちは無事に逃げられたのか…?)」 仲間たちの安否に思いを巡らせていると、全身の至るところから激しい痛みを感じる。 恐らくこれは人造勇者弐號とかいう男の繰り出したアイゼンバイスという技のせいであろう。 心情的には思い出したくもないが、敗戦の状況を再び思い返す。 奴は防御障壁のような物でガードを固めさらにわざと上空に隙間を作り、誘い出された俺が上から攻撃を加えようとしたところを何かで挟みこみ、文字通りバイス(万力)のごとく締め込んだのであろう。 恐らく俺を挟みこんだ何かは頑丈さと厚みから考えて例の防御障壁だと思われる。 盾を攻撃に使うという発想は思いもつかなかった…。 「くっ…」 考えにひと段落がつくと全身の痛みがぶり返してくる。 バイスで挟まれたせいで全身の骨がバキバキにへし折られているのだろう。 「聖魔法『ホーリーヒールフル』」 治癒魔法をかけ全身を治すが、その代償として魔力を完全に使い切ってしまった。 よくよく考えるとこの手足に掛けられた拘束を壊してから治療をしても良かったのでは…と気づいたが、時すでに遅しである。 魔力を回復させるには十分な休息と時間が必要であるが、それだけの時を敵は与えてくれるのだろうか…、とりあえず助けを待つべきか…。 そんなことを考えていると部屋のドアが開き、人が一人入って来る。俺の前で立ち止まると身を屈め話しかけてくる。 「久しぶりね、コージンくん」 その聞き覚えのある声に俺は驚く。 なぜ生きているのだ?そしてどうして人造勇者という連中の元にいるのだ?と…。 「お前はパンドラか…?」    *   *   *   *   * 声の主が俺の言った人物であるのなら、間違いなくそれは知人である。 彼女の名はパンドラ。カンラークにて聖女をしていた女性であった。 彼女との出会いは俺がまだカンラークにいた頃の新人聖騎士時代。 座学のレポートとして「神器もしくは忌器について」が課題として挙げられたのがきっかけであった。 新人仲間たちは皆こぞって神器や聖遺物の管理部門、通称『墓守』へと足を向けた。 聖剣を始めとする華々しくも神々しい神器の数々を拝めるだけでなく、管理部門で働く聖女たちと正当な理由にて会話するチャンスを得られるからだ(『墓守』の聖女は美人が多いという噂があった)。 大勢で押し寄せたため順番待ちどころか数日先まで予約が埋まっている状況となってしまったので、呆れ果てた俺は忌器の管理部門へ行くことにした。 洗練されたシックなデザインの建物に構えていた『墓守』と違い、忌器の管理部門こと正式名称『忌器封殺機関』の事務所は裏路地にある倉庫のような建物のさらに地階にあった。 本当にこんなとこに厄ネタを仕舞い込んでいるのかよ…。 俺は半信半疑でドアを開けると、入ってすぐのところにある机で一人の女性が何やら書き物をしていた。 俺はすみませーんと呼びかけたが女性は作業に夢中になって一切反応がない。 仕方がないので俺は中に入り、女性の肩を叩いて改めて声をかけた。 「ひゃぃっ?!」 突然の来訪者に女性はまるで親の危篤でも知らされたかのような驚きようであったが、来客と気づくと動転しながら応対を始めた。 「あっばばばっ?! すっ、すみませせせんん! 作業に夢中になっちゃうといつもこうでして!!! それで一体何の御用でしょうかっ?!」 「座学のレポートの課題として忌器に関して書きたいんですが、正直分からないことだらけなんで教えてもらえないでしょうか」 俺の申し出に彼女はテンションが上がったのか、饒舌かつ早口であれやこれやと話し出す。 余りの情報量に頭が整理しきれなくなったのでもう一度頭から説明してくださいと申し出ると、彼女は顔を真っ赤にしながら俺に謝罪をした。 「すみません…。私、忌器について話し出すといつもこうでして…」 ようやく落ち着いたのか、そこからは彼女はゆっくりと嚙み砕きながら語り始めた。 彼女の話す内容は実に興味深かった。今から思うと俺の忌器破壊の旅の知識はこの時の経験が元になっているようだ。 神器・聖遺物は物語や伝説等で謳われるため名前を聞けば何となく知っている物も多いが、忌器に関しては語られるどころか存在を認知することすら憚られる風潮がある。 同じ神秘的な力を持つアイテムなのになぜこんなにも違うのか…、それが彼女と出会った初日に抱いた感想であった。 それからしばらくの間教練が終わると、封殺機関の事務所へ足を運び彼女からレクチャーを受けた。 レクチャーの礼にと甘い物を差し入れすると彼女はとても喜び、沈んだような仕事中の顔からは思いもよらない無邪気な笑顔で菓子を頬張る。 この笑顔を見るのはいつしか俺の隠れた楽しみになっていた。 事務所にはいつもパンドラ一人しかいなかったので他の人間は何をやっているのかと質問すると、彼女はこう答えた。 「みんな倉庫の管理に行ってます。管理と言っても倉庫でおしゃべりしてるだけで、みんなと言っても私を含めて4人しかいないんです。見れば分かると思いますけど、ここって窓際部署なんですよ。だからみんなヤル気なくしちゃって、どん臭い私が仕事を全部押し付けられたって感じなんです…」 「こんなに頑張っているのに報われないなんて悔しくないのか? 他の部署に移動を願ったりしないのか?」 「私、何やらせてもダメで魔力も全然足りないからここに飛ばされてきたけど、本当のことを言うと少し幸せでもあるんです…」 「それは何故だ?」 「この子たちがいるから…、あっこの子って忌器のことね。おかしいよねこんな言い方するのって。でも私はそれだけ忌器に愛着を持っているから、ちょっとぐらいきつくても頑張れるの」 「ねぇコージンくん、前に神器と忌器の違いは何?って聞いてきたでしょ。その答えはね…人間の都合よ。色々な文献を調べてみたけど忌器もかつては神秘的な力を持つアイテムとして神器として敬われていたけど、時代が経つにつれ都合の悪さが目立ち始めると権力者の手によって区別されたの」 「だから私はいつかこの子たちが全力を出せるように解放できないかな…なんて思ってるわ」 「そんなことをしたら人々の生活がめちゃめちゃになるだろ。さすがに無理じゃないのか」 俺の常識的な反論にパンドラはこう答えた。 「例えばあなたの持ってるそのナイフ。お料理を作ったり木を削ったり色々便利だけど、それを人に向ければ人殺しの凶器へと変わるわ。人間だって皆良いところもあれば悪いところもあるでしょ、忌器も神器もそれと同じよ。全てが解放されればいずれ交じり合い馴染むわ…」 えらく極端な話にストレスが溜まったせいで突拍子もないことを考えついたのかな…と思いその場はスルーしたが、彼女の言うナイフの理論はなぜか俺の心に刺さった。 レポートではこのナイフの理論について俺なりの解釈で文末の〆の部分として載せた。 レポート提出から数日後、俺は担当の講師に呼び出される。 呼び出しの理由はレポートの内容についてだ。 レポートの出来自体は良いが〆の一文は聖教会の見解とは異なるので修正しろであった。 俺は拒否した。後から考えれば一文削るだけの楽な作業なのになぜか? それをしなかったのは、削ってしまえばパンドラの気持ちを否定することになると思ったからだ。 修正を拒否したことでレポートの評価は「可」止まりに終わった。 何となくパンドラに顔向けができない気持ちとなってしまい、俺は二度とあの薄汚れた封殺機関の事務所へと足を運ぶことはなかった。 もっとも聖女と聖騎士は同じ組織に属してはいるが立場が明確に区切られており、聖女たちの清廉さを保つために聖騎士たち特に男性との接触は憚られているのもあった。 (もちろんマリアン様やジャンク殿のように聖騎士たちと気さくに関わろうとする者もいるが、当然ながらレアケースである) それ以降、食堂や休憩場や廊下などで彼女と遭遇することはあったが、言葉は交わさず会釈をする程度で終わった。 いつも一人であの仕事中のような俯いた表情の彼女を見ていると、今となってはもっと話をしてやれば…と思うのであった。    *   *   *   *   * 「久しぶりね、コージンくん」 「お前、パンドラか…。生きていたのか?」 彼女も言うなればカンラーク事件の被災者である。俺の頭の中ではすでに死んだものとばかり思っていた。 「心配してくれてたのね。ありがとう。今はここでお世話になっているの」 「ここでお世話? お前、ひょっとして…」 「そう今の私はヒジンドー機関の研究員。ドクトル・パンドラって呼ばれてるわ」 俺は愕然とした。そして少し考えた。ひょっとしたら連中に拉致でもされたのかもと…。 「それは違うわ。私は今自分の意思でここにいるの。前にコージンくんも言ってたじゃない『こんなに頑張っているのに報われないなんて悔しくないのか? 他の部署に移動を願ったりしないのか?』って」 「その願いは叶ったの。それがここよ」 衝撃の情報に頭が混乱しそうになったが、あの頃とは違う彼女の活き活きとした表情を見るとそうなのかもしれないと納得する。 「ひょっとして、エビルソードが現れたのはお前のせいなのか…?」 「さすがにそれは無理。あなたも知ってるでしょ、私にそんな能力も権限もないわ。でもそうなって欲しいと思ってたから、少しづつ情報を流したりはした…」 「お前裏切っていたのか…、聖都を仲間たちを?!」 突然のエビルソード降臨の数カ月前から魔王軍は聖都に対して攻略を進め、交戦が幾度となく行われていた。 所謂カンラーク事件はその渦中で起きたのであった。 「だから私にはそんな大それたことできる力はないって…。確かに聖都や信仰を裏切るようなことにはなったけど、仲間なんてあの街にはどこにもいなかった…」 たとえ短い期間だったにせよ、俺と彼女が過ごした日々は何も無かったことになっているのかと思うと空しく思えて来た…。 「今度は私の質問の番。あなたの目的は何?背後関係を教えてちょうだい? 聖教会の命でここに来たの?」 パンドラは俺への尋問を開始する。 俺は彼女の目を見据えながら答える。 人造勇者連中ならともかく、少なくともかつての同僚であるなら多少の交渉の余地はある。 ならば仲間に迷惑の及ばないことであれば答えた方が良策であろうと。 「俺の目的は忌器の破壊だ、この街にある全てのな。今の自分は教会とは全く関係はない。忌器を破壊するのは俺の個人的な事情だ」 「個人的な事情?人造勇者たちまで相手にするような真似を一体何のために?」 「理由は俺の中に封印されている忌器を破壊するためだ。どうやらコイツは他の忌器が失われる度に亀裂が入る。それを重ねて行けば完全に壊すことができると思ったからだ」 パンドラが眉をひそめた。どうやら俺の目的は彼女にとっては許されざるものらしい。 「質問を変えるわ。あなたの仲間の総員数は?アジトはどこにあるの?」 「ノーコメントだ」 仲間を売るような質問には決して答えられない。俺は口調も強く否定した。 「これ以上話し合うのは無理そうね。お互いに目的は平行線のようだし…」 「お前は何を目的としているんだ…?」 俺の問いにパンドラは耳を疑うようなことを言い放った…。    *   *   *   *   * 「全ての忌器の解放よ。他人にレッテルを貼られて、暗く陽の目を当たらない場所に閉じ込められてたあの子たちは昔の私と同じ…。今の私が必要とされる場所を得られたように、あの子たちにも秘められた力を発揮させてやりたいの」 「そんなことは馬鹿げている! いつかお前はナイフの理論を語っていたが、俺はこの旅路で何度か忌器と遭遇した。だがそいつらは皆ろくでもないものだった。持ち主の使い方次第とかいうレベルではないほどにな!」 「お前のやろうとしていることの果ては全ての破滅だ。それがお前のしたかったことなのか!」 「それがあの子たちの望んだ結果なのなら受け入れるわ。それにコージンくん、あなたが今生きていられるのは誰のおかげだと思っているの?」 「それは…この…『魂縛縛りの禍石』のせいだ…」 「そうこの子のおかげで生死の境を彷徨っていたあなたは現世に留まることができたわ。ついでに言えば今あなたが人造勇者と戦えているのもこの子のおかげ。忌器の能力で周囲の魂や肉体を取り込んだから、その強靭な力が生まれたの」 「今のあなたは雑に言ってしまえば人間サイズのサウザントケイル。この子の力で丁寧に魂が練り込まれているから巨大化もせずに力だけを発揮できるの…」 「だからこの子が破壊されたら、あなたはちょっと腕が立つだけの王子様に逆戻りよ。それでもいいっていうの…?」 「構わん…。人の身を取り戻せるというのならな。力なぞ後からいくらでも積み上げればいい…」 「お前は俺の体が蘇ってどのような姿になったのか知っているのか? 膨大な瘴気を吸い取り、腐腕の魔人と化した俺は故郷を襲い荒らし、そして妹までをその手にかけようとしたのだぞ!お前はそれを知らずに言うのか!」 「後半のことは知らなかったけど、前半のことは知っているわ。コージンくん、あなた今まで考えたことはあった? 自分がなぜこんな姿になったのかという経緯を…」 「まさか…お前…」 「そのまさかよ。エビルソードの攻撃の余波は封殺機関の建物を破壊した。私は幸い逃れることはできたけど、倉庫にいたあいつ等は皆瓦礫の下敷きになって死んだわ」 「私が逃げ場を求めて彷徨っていると、瀕死の状態のあなたを見つけた。そして今なら忌器の力を使えば助けることができると思った。こんなことを真っ先に思いつけたのも私が忌器オタクだったせいかもしれないわね」 「あなたの体を引きずりながら倉庫へ連れて行き。この子の封印を解いて福音を唱えると忌器は発動した。そして傍らに転がっているあの女たちの魂や肉体が取り込まれると、あなたは腐腕の魔人として蘇ったの。その神々しい姿は私がやるべきことは間違いではないと確信させたわ」 「それがあなたがその姿になった真相。そして私はあなたの恩人よ…」 俺は絶句した。瀕死の淵から生かしてくれた恩と、そこから連なる地獄のような日々との落差を全てこの目の前にいる女性にもたらされたという事実に。 部屋の扉が開くと2体の獣人が俺をどこかに連行しようとする。 「私からはもう話すことはないわ。次は私の上司の番。皆の者、この男を大尉の元に連れて行きなさい」 俺は最後に彼女に言いたいことをぶちまけた。 「パンドラ…お前のやろうとしていることは、どう言葉を言い繕っても結局は陰キャがリア充死ねって呟いている程度のもんだよ。無関係の人間にまで厄災を与えようとするのなら、俺はこうとしか言いようがない。死にたいだけなら勝手に首を括って死ねとな!」 (続く) 俺は二体の合成獣人に両脇を固められながら、パンドラの先導に従って廊下を歩いて行く。 大きな木製のドアをパンドラがノックすると彼女はドアを開けて入る、そして俺もそれに従い入室する。 そこは来客用の応接室であった。中では軍服を着た女性が一人ソファーに腰を落としている。 「まさかこんなに早くお着きになるとは、大尉…」 「捌號に送ってもらった。それに拝んでみたかったからな、仇號を倒したという敵の顔を…。司令部まで送り届けるのを待っていたら、肆號か漆號辺りが怒りに任せて殺してしまいかねないだろ」 この女がアインス=ドナー大尉。人造勇者たちのリーダーだ。    *   *   *   *    * 大尉は俺にソファーへ座るよう命じると、立ち上がり俺の背後に回り俺の肩に手を置く。金属製の重く冷たい感触が染みる。 そして彼女は俺を連行してきた合成獣人に俺を拘束している手錠を外すように命じた。 「拘束を外して大丈夫なのですか?」 大尉の危険を顧みない行動にパンドラが反応する。 「この状態で私に逆らえる者などいないよ。ゆっくり話がしたい。ドクトル以外は退室させてくれ」 獣人たちは命令に従い部屋から出て行った。 「随分と余裕のある様子だな…」 彼女の大胆な対応に俺は少し驚く。 「なぁに先ほども言ったはずだ。この状態で私に逆らえる者はいないとな。何なら私を倒して逃げてみてもいいんだよ。何せこんな細腕のか弱い女だ、君なら簡単だろ」 お言葉に甘えてとばかりに立ち上がって反撃しようとするが、椅子から立ち上がることすらできない。一体これはどうしたということなんだ…? 「ちょっとばかり種明かしをすると、私のこの左腕からは生体パルスに同調する周波数の微弱な電流が流れている。簡単に言うと人間を操ることができるということだ。つまり私に逆らうことも嘘をつくこともできない。ちなみに合成獣人たちに着けている首輪はこの技術を応用したものだ、ご理解いただけたかな」 「では尋問を開始しよう」 「君の名は?本名をフルネームで答えよ」 大尉の質問に口が動こうとしている。だが本名を答えたくはない。 レンハート王家に連なる者という素性を知られるぐらいなら自決すべきか…。 舌を噛み切り果てようと覚悟した時、何かに気が付いたのかパンドラが口を挟む。 「彼の名はコージン=ミレーン。所持していた冒険者カードに記載されていた名です」 「だがそれは偽名という可能性もあるだろ」 大尉はごもっともな反論をする。 「いいえ、本名で間違いありません。彼は私がカンラークにいた頃に交流があった知人です」 「ほうドクトルも隅に置けないな。こんな色男と知り合いだったとは」 「時間の節約にもなりますので、先ほど彼に尋問した内容と私の知っている情報をまとめて報告しますが良いですか」 何だか知らんがパンドラの奴に助けられたのか。 さすがに目の前で舌嚙み切って死なれるのは寝覚めが悪いか…。 「彼は元カンラークの聖騎士で現在フリーの冒険者をしております。ですが今回の件は聖教会とは全く関係ありません」 「ではなぜ我々と交戦することになったのだ?」 「彼の目的は全ての忌器の破壊です。その体に封じられた忌器を破壊するにはそれしか方法がないようです」 「確かにこの地はミレーンくん、君からしたらお宝の山だろうな。だが我々にも目的というものがある。残念だがそれを叶えてやることはできないよ」 「一つ質問をしよう。我々が忌器を所持していることは機密にしているが、なぜ君がそれを知っている?情報提供者の名を答えよ」 大尉の質問に俺の口が勝手に開きだす。 「元人造勇者という人間に教えられたからだ…必中のスナイプという男だ…」 「スナイプ…?あぁ漆拾漆號か。奴めまだ生きていたのか」 「彼を知っているのか?」 「元部下だからな…と言いたいところだが、いかんせん数が多すぎて顔と名前が一致する者は少ない。だが奴のことは覚えているよ、何せ上官にまで粉をかけようとしたアホだからな」 何かすげーなお前。スナイプの奴の節操のなさに俺は少し笑ってしまった。    *   *   *   *    * 「尋問はこれぐらいにして、そろそろ本題に行こうか」 「良いのですか? まだ彼らの仲間や拠点については何も分かりませんが」 「なぁに彼が了承してくれれば、その者たちも皆セットで付いてくる。大したことではない」 「本題と言うのは他でもない。コージン=ミレーン、我々の同志となれ」 大尉の予想外の提案に俺は面を食らう。 「本気で言っているのか…?」 「あぁ本気だよ。我々には大願がある。そのためには腕の立つ戦力が欲しい。合成獣人を増やしているのもその一環に過ぎないし、残念ながら人造勇者はこれ以上数を増やせないから在野の実力ある者にも参加を求めている」 「君が同志となってくれるなら、仇號を殺害したことも我々と敵対したことも全て不問としよう。もちろん君の仲間も全員含めてな。悪い話ではないと思うが」 「ただ君には忌器を破壊するという目的を捨ててもらうがね。アレは我々の最終目的の鍵となる重要なアイテムだ」 「ならこちらからも質問させてもらう…。お前たちの目的は何なんだ?廻天計画とは何をしようとしているんだ?」 「ほぅそこまで知っているのか。漆拾漆號の奴め、いずれ始末をしないといけないな…」 何かとばっちり食らわせたみたいで、すまないスナイプ…。 「廻天計画とは我々の最終目的だよ。星骸炉という忌器を起動させ、この星の生命エネルギーをマナに変え膨大な魔力を生む。そしてその力によって最終的にこの星の管理権限を奪うということだ」 「その起動条件として星のマナを大量に蓄積している魔王の死体がいる。ゆえに当座の目標としては魔王軍及び魔王モラレルの打破ということになるな」 「ちょっと待て!その忌器を使って魔王を倒すということではないのか? いや魔王さえ倒してしまえば、忌器なんてなくてもそれで全てが終わるはずだろ」 「残念だが魔王の死体無くして星骸炉の起動はできない。技術陣が魔王の残滓からマナを抽出しているが呼び水にするにはまだまだ足りない。結論から言えば魔王討伐は最終目標の準備段階に過ぎないのだよ」 「我々の求める物は絶対的な力だ。そしてそれを持つ者は『星皇』と呼ばれる…」 「そんな者になって一体何をするつもりなんだ? 目的と手段が逆転しているぞ」 俺の発言に大尉は「わかっているよそんなこと…」とでも言いたげな困り顔をしていた。    *   *   *   *    * 『何をするかって?簡単ですよ。それは正義による完全なる統治です』 俺の目の前のソファーにいつも間にか正体不明の人物が座っていた。 仮面のような物を着けているので見た目では分からないが、声色からすると恐らく男性であろう。 しかしいつの間に入ってきたんだ…。 「こいつは何者だ?こいつも人造勇者なのか?」 『私の名はシュッツガイスト。人造勇者ではありませんがオブザーバーとしてヒジンドー機関に携わる者です。以後お見知りおきを…』 仮面の男は右手を胸に置くていねいな挨拶を俺にした。 「正義による完全なる統治とはどういうことだ?」 『現在は対魔王軍として人間側は協力関係にありますが、戦後はそうも行かないのは明白でしょう。魔王軍残党、野心に燃える諸国、ルタルタのような異民族、人知を超えた魔獣や幻獣等々…。それらを絶対的な力によって鎮圧することで、皆逆らうことは無駄だと理解し世は安寧を保てるという理屈ですよ』 「その正義の基準というのはどこになるんだ。正義というものは人の数だけあるんだぞ」 『ですから星皇にはそのスタンダードになってもらうんですよ。そして人々はその基準に従い敬虔に生きていく。あなた方の信仰している神様も同じようなことをしてるではないですか』 「仲間や罪のない人々を合成獣人に変えるような連中の正義か?! ふざけんな!お前らのなろうとしている物は神ではない!次の魔王だ!」 『どうやら交渉決裂といったところですな。どうなさいますか大尉?』 「残念だよコージン=ミレーン。だが君のような実力者を合成獣人にするのはもったいないので、この首輪を付けて従順になってもらう。さぁ自らの手でその首輪を嵌めるんだ…」 大尉は合成獣人たちに付けている黒い首輪を俺に手渡す。俺は必死に振り払おうとするが手が勝手に動き出す…。    *   *   *   *    * もはや自決せねばならぬか…。 俺がそう覚悟した瞬間、室内の壁にあった通風口が破られ中から人が現れる。それはライトであった。 「ミレーンさん!」 ライトは高速で右腕の刃を振ると真空波が飛ぶ。そしてそれは俺の肩を掴んでいる大尉の腕に当たり、腕は弾かれ電流による拘束は解けた。 「そんなに首輪が好きなら、テメーで付けろ」 俺は立ちながら振り返り、手に持っていた首輪を大尉の首に嵌めた。 そうこうしている間に通風口の中からシュウとスヮリが出てくる。よく入れたな…特にスヮリ。 大尉は左手で首輪を掴むと、高圧電流を流して内部の電子機器を破壊して取り外す。そして左腕を俺たちに向けると高圧の電撃を放つ。 人間というものは電気には非常に弱い。何せ0.1Aも流れたら心臓が停止するぐらいだ。その危険な攻撃にシュウが立ち向かう。 「反転!」 襲い掛かって来た電撃は大尉の元へと返って行く。直撃をするも多少ダメージを食らってはいるが死んではいない。 恐らく電気を操るぐらいだから耐電加工も施してあるのだろう。 反動を食らったシュウは始めて体験する電気の痺れに動揺し、堪えた衝撃で顔を隠していた気ぶり仮面が外れた。 シュウはすぐさま仮面を付け直すが、対峙していた大尉はその素顔を見ると信じられないものを見るような表情になった。 動揺はすぐさま収まり、大尉は援軍を動員するよう叫んだ。 『おやおや荒事が始まったようですな。ドクトル、ここは危険ですから我々は下がりましょう』 シュッツガイストは纏っていたマントのようなものでパンドラを包むと、この場から消え去ったのであった。 ライトは周囲を見回すと窓があることに気づく。 「ミレーンさん、ここは飛んで逃げます。3人抱えられるかな…」 「ライトくん行ってくれ。今はミレーンくんを安全な場所まで移動させるのが先決だ。我々はここで連中を足止めする」 シュウは偽名ではなく本名で二人を呼ぶ。俺の名前が割れた以上、自分たちの正体が割れるのも時間の問題と悟って開き直ったのであろう。 「すみません先に行きます。二人ともご無事で…」 「でも後でちゃんと助けに来てよ。絶対だよ!」 一抹の不安を感じたのかシュウはライトに念押しをする。 ライトが俺を抱えて飛び上がると、二人も窓から外に出て逃走を図る。 だがその道筋に立ちはだかる者がいた。人造勇者肆號と陸號である。 「男の方、危険。慎重にやれ」 「おじさんの方僕がやること確定なんだ…。面倒なの任せられてずるいなぁー」 「うるさい。私、先輩」 先ほどのリベンジマッチの到来にスヮリのテンションが上がる。 「さっきはまだ出してないから、今度はスヮリのフェイバリットを見せちゃうにぃ☆」 (続く) 大講堂と呼ばれる建物の中庭、そこでスヮリゲーターと人造勇者肆號、シュウこと人造勇者終號と人造勇者陸號が対峙し合う。 「(あのおじさんのスキルはカウンター魔法みたいなもんだっけ。下手に攻撃をすると自分に返って来ちゃうから難しいな…。まずはスピードで攪乱するか)」 陸號はステップを徐々に早めながらシュウの裏側を取ろうと距離を詰め始める。 スヮリはいつものプロレススタイルの大きな構えではなく、スタンスを小さく取ったストライカースタイルで待つ。 「(下手に組むと付いてる刃物がやっかいだにぃ☆ 特に右手と右足には注意にぃ☆)」 肆號はそんなスヮリの思惑などお構いなしに、スピードのギアを上げた高速のラッシュで攻める。 だがスヮリは冷静に対処し、厄介な右腕と右足は所謂パーリングで払い落す。そしてその連撃の隙を見計らい尻尾を肆號に叩きつける。 人型の両手足以外にパーツの付く魔族・魔獣・獣人に対しては、対人格闘のセオリーは通用しない場合も多いのだ。 通常ならアバラ骨がへし折れて悶絶する衝撃であろうが、無痛症の肆號にはどこ吹く風だ。 「油断した。でも『共感』、力入る。お前に食らわす、楽しみ…」 陸號は高速でステップを刻み、時折フェイントを混ぜつつシュウに連撃を加える。 「(フェイントに引っかかってスキルを使ってくれたら、その隙に一撃決めれるんだけどな…)」 だがシュウは冷静に対処をして、その思惑に引っかかろうとはしない。 「最初は半信半疑だったが、私にインプットされてた戦闘技術はちゃんと有効だったようだ…」 シュウを冷静に観察していた陸號はその呟きに気づく。 「インプット?訓練とか受けてたわけではないの? 何かよく分かんないけど本当怪しいね、気ぶり仮面のおじさん」 この膠着した戦況を打破するべく、大講堂の屋内から一人の女性が出てくる。人造勇者壱號ことアインス=ドナー大尉である。    *   *   *   *   * 弱り切ったミレーンの体を抱えながら飛ぶライト。地上を見ると彼らを捜索に出ていた部隊がその姿を見つけて追いかけようとしている。 そしてライトの背後の上空を追いかけてくるもがある。二体の鳥型合成獣人である。 通常であれば超高速で振り切るなり真空波で返り討ちにするのだが、今のライトは腕にミレーンを抱えているため反撃もスピードも上げにくくなっている。 一旦着地してミレーンを置いたら反撃するか…、そんな対処を頭の中で考えていた時に意外な援軍が入る。 地上から二発のロケットランチャーが打ち上げられる。それはライトたちを避け追跡する鳥型獣人を直撃する。 獣人たちは撃墜され落ちて行った。仮に直撃で死ななくても落下した衝撃で事切れるだろうから恐らく安心して良いだろう。 ロケットランチャーの放たれた方向の地上から光の点滅の合図が送られる。 ライトは不安を抱きながらもそこへ着地する。少なくとも敵ではないはずだから…。 「アホども。まだこんなことやってたのか」 マンホールの蓋を開けて小型の女性型ゴーレムがライトに声をかける。助っ人の正体はメトリであった。 「メトリちゃん!どうしたのこんなとこで?!」 ライトは意外な援軍の主、一度はPTを離れた元同行者が現れた理由を質問した。 「お前たちが暴れ回ってるせいで、バルロスから離脱できなくなっている。今は一時的にフリッツ博士と行動を共にしている」 「お前たちを売り渡して奴らと交渉しても良いが、マスター…私の父と所縁のある依頼が元だけにそれもし難い。なのでほとぼりが醒めるまでお前たちの支援をすることにした」 「それにしてもよく出て来れたね。地下道にも捜索の手が回って来てるはずなのに」 「連中の施設でお前たちが暴れているという情報が来ると、奴らはすぐに撤収して行った。だが今の砲撃のせいで再度地下へと捜索の手が回るだろう。お前らも早く来い」 「ごめん。まだ回収しなきゃいけない仲間がいるんだ…」 「スヮリゲーターと例の人造勇者終號のことか?」 メトリの問いにライトは頷いて答える。 「ならば別ルートの入口を伝える。X206Y137にあるマンホールから地下に入れ。ただし1時間経過したらそのルートは破壊する。我々の身の安全が第一だからな」 「わかった。とりあえずミレーンさんのことを頼む…」 ライトはメトリにミレーンの身柄を渡すと、再び翼を広げて大講堂へと戻って行った。    *   *   *   *   * 「私があの男に電撃を食らわす。奴は恐らくスキルを使って反撃するだろうから、お前はその隙を突いて攻撃しろ、陸號」 「僕は全然願ったり叶ったりですけど、大尉は大丈夫なんですか?」 「電撃使いが電撃にやられると思うか? 私の肉体にはちゃんと耐電加工は施してある。安心しろ」 「(もっとも全力レベルを何発耐えられるかなんて実験したことはないがな…)」 「(ヤバい奴が来ちゃったにぃ☆ 早くこの子を倒してあっちの応援しないとにぃ…☆)」 飛び道具を使う敵に対しては逃げるぐらいしか対処方のないスヮリだけに、もし味方であるシュウがやられたら一巻の終わりであることは理解していた。 目の前の肆號を倒してシュウの加勢に行くことが真っ先にやらねばならぬことであると。 スヮリは徐々に動き出し、建物の壁が背後に来るように位置取った。 「勝手に追いつめられた。お前、何考えてる」 肆號は意図の読めないスヮリの動きに警戒する。 「にょわ~☆ スヮリ~んローリングアタック☆」 スヮリは軽くジャンプをし、勢いよく壁面を蹴る。さらに全身を丸めるように折り畳み強烈な回転を加え、高速の弾丸と化して肆號へと襲い掛かった。 肆號はそれを何とか避ける、だがスヮリは着地するや否や再び同じ技を仕掛ける。先ほどとは反対に肆號は背後が建物の壁面になる位置へと追いつめられる。 後ずさりする肆號は壁に体が当たったことに気づく。逃げ場がない…そう思った瞬間、スヮリの高速の弾丸が肆號へと命中した。 「人造勇者ちゃんはこんぐらいじゃまだ終わらないはずにぃ☆ そろそろスヮリのフェイバリット決めちゃうにぃ☆」 スヮリはふらふらになった肆號を立たせると、思い切り全身に捻りを溜め高速で回転する。 「ドラゴンテールボンバーだにぃ☆」 スヮリの巨大な尻尾が肆號の喉元に叩きつけられる。 スヮリのごん太の尻尾を使った要はラリアットだが、そのサイズから胸元や顔面にも強烈なダメージが加えられる。 「合成獣人、負けない。私、特別製…」 痛みを感じないにせよ、ダメージの蓄積により疲労の感覚はあるはずである。 だが肆號は立ち上がった。自分は選ばれし存在であり、こんな合成獣人ごときには負けるはずはないと…。 その様子を見て陸號は決意する。 「やりましょう大尉。早いとこフォルタさんを助けに行かないと…」 壱號が頷くとシュウに向けて全力の電撃を放つ。 シュウは反転を使いそれを返す。 そして高速の動きでシュウの死角へと回った陸號が、右腕の刃で顔面を切り裂こうとする。 シュウは必死に避ける。 陸號の切っ先はシュウの着けていた気ぶり仮面に接触し破壊をするが、顔面の肉を捉えることはできなかった。 そして人造勇者たちは意外な物を見ることとなった。 「えっ?! あれ、ひょっとして…?!」 三人の人造勇者たちは目の前の光景に困惑した。 仮面を外した男の顔に三人は見覚えがあった。何せ彼らの元上官であるイナッテン=ドナー中佐に瓜二つなのだから。 「見間違いではなかったか…」 壱號は最初の乱闘で見た仮面の男の正体が、自分の勘違いでなかったことに困惑する。 何せこの男と同じ顔をした人物は上官なだけでなく、自身の父親でありすでに故人だからである。 シュウの仮面の正体が晒されると、周囲はまるで時間が止まったかのようにフリーズする。 スヮリはこの好機を逃さなかった。 長く太い尻尾で肆號の全身を巻き込み締め上げる。 肆號は剣を振って逃げようとするが手足が全く動かせないので斬りつけることができないのだ。 さらにスヮリは両腕を使って肆號の首をスリーパーホールドで締め上げる。 「スヮリゲーター・デスロール☆ いくら痛くなくても締め落としちゃえば同じだにぃ☆」 これで一丁上がり…そうスヮリが確信した時であった。背中に激しい痛みと何やらとても熱くなる感覚がある。 スヮリは背後から刃で刺された。やったのは陸號である。 スヮリのフォローをすべきであるシュウは壱號の電撃を返すので精一杯であった。 何度も何度も反転させたので双方ボロボロになっていたが、このワンチャンスを物にしたのは数に勝る人造勇者サイドであった。 スヮリはどうすべきか必死に考えた。その結論は肆號の首をへし折って始末し、敵の数を一人減らすことであった。 スヮリは締め上げている腕へ必死に力を入れる。だが自分のイメージしているよりも力が抜けて行っている。 「な…何でだにぃ…」 「君の血と生命力を吸わせてもらうよ…」 これが陸號の持つ聖剣の力であった。 スヮリの力が全身から抜けて行く。 肆號の首をへし折ろうとした腕だけでなく、全身を締め上げている尻尾も緩みだす。 肆號に施していた拘束は解けたのであった。 「陸號、支援感謝。借り、返す」 肆號は右足に仕込んでいた『共感』をスヮリに突き刺す。スヮリは全身に激しいダメージを叩きつけられ沈んだ。 「いや~美味しかった~。合成獣人だって馬鹿にしてたけど、実に味わい深かったって感動したぁ…。あれ?ひょっとしてもう死んでる?」 陸號が倒れたまま動きの止まったスヮリの体を突く。肆號はそうだなと言わんばかりに頷いた。 「え~っ!せっかくの美味しい生命力だったのにもったいなーい! ねぇフォルタさん頼むよ、ちゃんと始末するからさぁ。ほらもう一回!もう一回!」 「お前、私助けた。今回だけだぞ」 肆號は左足に仕込んである聖剣『天寿』でスヮリの体を突く。すると動かなくなっていたスヮリが息を吹き返したのだった。 陸號がスヮリを見下ろしながら言う。 「君の血すごく美味しかったよ。でもまだお腹いっぱいになってないから、今度は命尽きるまで吸いつくさせてね」 陸號の刃が再びスヮリの体を刺そうとした時であった。 強烈な斬撃のようなものが戦いの輪の中に斬り込んでくる。ライトの放った全力の真空波であった。 ライトはすでに男の姿に戻っていた。 元々囮作戦の関係上、仮面は着けていなかったので正体を晒す事になったがそんなことはもう関係ない。 「へぇ…君、本当は男だったんだ。でもそっちの方が美味しそうな臭いがぷんぷん漂っているよ。この獣人を助けに来たんでしょ。もう飽きたから君の血と交換で返してあげるよ」 陸號の軽口に若干キレ気味になっていたが、ライトは感情をクールダウンさせる。 「行くよ、がーすけ。最大限まで力をくれ…」 スピード型の肆號と陸號が総がかりで襲い掛かる。ライトはそれを冷静に避けてスヮリの元へと行く。 無造作な動きのように見えるが攻撃を避ける度にブチッブチッと何かが切れる音が聞こえ、その度にライトは顰めるような表情になった。 肆號と陸號は何が起こったのか理解できなかった。だが敵は自分たちの全速の奇襲を軽々と躱したのである。 ライトはスヮリを抱えるとシュウにも撤収を命じる。人造勇者たちがあっけに取られている間に翼を広げて飛んで行った。 壱號は周囲の者に追手を差し向けるように命ずるが、多分捕まえることは難しいであろう。 人造勇者サイドとしては今回の忌器防衛戦にて敵側の正体が見えてきたが、反対に見逃せない大きな謎を残すこととなった。 「二人とも、今日見たことを他言することは禁ずる。まだ不確定要素が大きい。くだらん勘ぐりで皆に動揺を与えてはいけない」 イナッテン=ドナー中佐と瓜二つの人物。彼はいったい何者なのだろうか? (続く)