引き金はまるで薄布のように軽く、あっさりと乾いた音と薄煙を発させ、刃物を握り迫る男の胸部を貫いた。 血が見えた瞬間、功刀生一郎は体の底から間欠泉のように噴き上がった苦く熱い物を吐き出そうとして堪え、拳銃を握ったまま固まった指を引きはがす最中に、地面に落ちていく男の持ち物であろうデバイスが突然空いた黒紫の穴に呑まれたのが見えた。 「何だ、今の……?」 微かに、自分が声が聞こえた。それ以降は何も聞こえず、濁った水の中のような視界で功刀が立ち尽くす中、目の前に男の形が現れた。 「……撃ったのは、お前か?」 重く低い声に、功刀は警官としての一欠片の意志と共に頷き、口を動かした。 「香月の衣服から落ちた何らかの機械が、突然出た穴に呑まれて消えました。 本官が見た幻覚であって欲しいのですが、同じ報告が上がるかもしれません」 「分かった。このヤマは俺達の領分かもしれんな」 それから男が「一先ず吐き出しとけ」と肩を叩いて離れると、功刀は喉で渦巻く苦みと熱に耐えかね、走った。 それから呻いて地面に手をつくと、腹底から込み上げた不快な苦みと熱の根源を吐き出す。出し切ってなお喉と口内にへばりつくそれを堪え、功刀は無理矢理立ち上がり、低く呻いた。 訓練時には重く思えた引き金が恐ろしく軽く、発砲音ら耳に残らなかった。だが、目の前で倒れた犯人と流れた血の色は、脳に縫い付けらた。 「……やらなきゃ、いけなかった。俺は警察官として、責務を果たした」 正当化のために無理矢理吐き出した言葉を支えに功刀は立ち、消えない熱と指先の感触に耐えながら歩き、自分が作ってしまった現場へと戻ると、警官達の物とは違う声が聞こえ、功刀は目を眇めて視線を送った。 「……待ってよ!ボクは何もしてないぞ!」 そこにいたのは、黒いフードを被ったコウモリのような生き物だった。  「通報したのは多分この子ね、宗介」 「だな。アルケニモン……キロプモンだったか。初めて見たな」 蜘蛛の体に人間の女が上半身合わさった、アルケニモンという名の怪物と先ほど話した男が、何かを訴えるコウモリ……キロプモンに目をやったまま、何かを話していた。 功刀は気道が塞がれたような苦しさと背の冷たさの中、聞こえた名前からコウモリと蜘蛛女が、たまに聞くデジモンという生き物だろうか。そう考えると、キロプモンが振り向き、体を震わせた。 「お前か!お前がマサヒサを撃っ「大人しくなさい!」 キロプモンが叫んだ瞬間、アルケニモンが指先から糸を放ちキロプモンを縛り上げた。キロプモンが動かない体と口でモゴモゴと何かを言い続ける最中、苦い顔で息を吐いた男が功刀に振り向き、ゆっくりと近づいた。 「……地域課の功刀生一郎、だよな。間の悪い時に戻っちまったな」 「っ……電捜の筧さん、でしたか。申し訳ない。情けないことに、大事な時に顔と名前がはっきり出てこずあのような……」 姿と名前を思い出しながら話す功刀に、筧宗介は「構わねぇよ」とだけ言い、縛り上げられ、アルケニモンに抱えられたキロプモンに目をやった。 「香月のことを通報したのはあのデジモンなんだが……あいつ、香月のパートナーみたいでな。 色々聞きたかったが、こうなっちまった」 筧は未だに拘束を解こうと功刀を睨むキロプモンを見据えたまま、渋面で額を掻いた。 「宗介。この子、一旦デジ対預かりかしら」 「だろうな……何か、話してくれりゃいいが」 デジ対。その言葉にふと豊洲にある施設のことを思い出した功刀が、目を伏せたまま口を開いたり 「……キロプモンは、この後どうなるんですか」 「聞くこと聞いたら、デジタルワールド……元々居た場所に送還でしょうね。 勿論、どうなるかはこいつ次第だけど」 アルケニモンの言葉に、功刀は縫い付けられた容疑者……自分が射殺した香月正久が倒れる瞬間かまた浮かび、吐き気を堪えて目を伏せた。 「何にせよ、だ」 筧は様子に気づいたか目を一瞬伏せ、功刀の肩を両手で掴んだ。 「お前は責務を果たして市民を守った。それだけは絶対に忘れるな」 筧が功刀の肩をたたき、アルケニモンと共に立ち去っていく。功刀はそれに応えることすら出来ず、聞こえ始めたサイレンの音でまた香月の倒れる瞬間が見え、地に伏せて吐き出した。 ──── ジョッキに泡立ったビールに口をつけた瞬間、いつもならば心地よく思える苦みと炭酸が、功刀の喉を内から突き抉っていく。 それからすぐ、不快な刺激と苦みを堪えながら塩ホルモンを口に入れると、ゴムのような歯ごたえの全く感じない塩気を堪え、飲み込んだ。 「……やっぱり、ダメか」 テレビもつけず、カーテンすら開けていないアパートの一室で、テーブルに置かれた好物を憎々しく睨み、低く呻く。 香月正久を射殺した報告に上司は目を伏せ「お前は責務を果たした」としばらく休むよう命じられ、ニ日が経った。 戻ってきた直後は飲み食いすら出来ずに未だ畳めない布団で横になっていた。次の日は、起き上がって水とレトルト粥は口にできた。そして今日、無理に好物を食べようとして、この有様になった。 つけてすらいないテレビやSNSでは、刃物を持って逃走した容疑者が警察官の手によって射殺されたとニュースが流れ、綺麗事と現実の話がされているのだろうか。 そう考えた瞬間、手に拳銃を握った感覚が蘇り、そこから現れた吐き気に功刀はトイレに駆け込んだが、唾を吐き出して終わった。 「カウンセリングで楽になれる気しねぇ……」 頭を上げた功刀が苦々しく吐き捨て、脳に縫い付けられた光景を思い返し、また唾を吐く。 撃たなければ、自分が刺されるだけで終わらず、拳銃を奪われたかもしれない。だから撃つしか無かった。警告だってした。同僚も上司も、他の署員も「責務を果たした」と自分を慰める。 だが、自分は間違いなく人を殺した。警察官としては何一つ間違っていない行動だとしても、その事実は心臓に脳にと固く縫い付けられ、今後も永遠に残り続けるだろう。 功刀はまた頭を上げて、考え始めた。戻ったらしばらくはデスクワークになるのだろうか。もしかしてカウンセリングで楽になったりしないか。 口の中の苦みを堪えテーブルに戻ろうと立ち上がったが、無駄な考えがまだ止まらない。親と死んだ弟になんて言えばいいか。そういえばあのコウモリはどうなったのだろうか。 「違う。コウモリじゃなくて、デジモンで……名前は ……キロプ……っ!」 苦しむだけの思考が続く中、あのコウモリ……キロプモンのことが続けて出て、功刀の足はいつの間にか止まり、別の思考が始まった。 「そうか。俺はあいつからテイマーを……身内を奪って……」 続けるべきではないと思った言葉を遮るように着信が鳴ると、功刀は楽になった心地で私用のスマホを手に取り、予想外の言葉に目を眇めた。 「え、豊洲に……?」 功刀は一瞬、間を置いた。 「分かりました。行きます……行った方が、家にいるよりずっと良いはずですし」 ──── 「ゲートに紛れてバロッコから出ていったのが全ての間違い、か……」 かつてのパートナー、香月正久と共に暮らした部屋よりも遥かに清掃が行き届き、楽に眠れ、ある程度は自由に飛べる部屋で、キロプモンは開けられない窓を見続け、ため息をつく。 デジタル庁デジモン対応特務室。キロプモンにとっては精々この近隣で盗みやらをすべきではないと思っただけの施設で一時保護され、この後に沙汰を待つだけの身となった。 戦う力が無い自分が強くなるために、開いたゲートに紛れリアルワールドへ来たが、自分を拾った人間、香月正久は犯罪に手を染めた者であった。 強くなるためだ。多少のことはと彼に協力していた。だがある日、香月に桜色のデジヴァイスを渡した者が現れた。その時キロプモンは1年半程前にダークエリアで活動を始めた人間の組織のことを思い出し、通報した。 その結果、香月は人質を取って立て籠もり、やがて刃物を持って逃走中…警察官に撃たれ死亡した。 「結局、ボクがマサヒサを死なせたんだよな……」 キロプモンは物陰に隠れながら聞いた銃声と、撃ち抜かれそのまま斃れた香月の姿を思い返し、潰されそうな心地のまま、悔恨を呟いた。 情報を集めて判断するまでもなく、死んでも仕方がない類の人間ではあった。だがそれまでの全部が、悪い思い出ではなく、はっきりと悔いがあった。 この悔いはきっと、この先もメモリの片隅で消えることなく、残り続けるのだろうか。だが決まっているのは、デジタルワールドに戻され、またこそこそ生きては今度は他のデジモンに利用される立場に戻ることであった。 「……やだな。バロッコに戻りたくないな」 呟いた瞬間にドアが開いた。食事の時間には早いと思い振り向いた先に、マサヒサを撃ったあの警官が立っていた。 ──── 「功刀君。このデジモンで間違いないね?」 「……ですね、芦原、さん」 デジモン対応特務室の一員、芦原倫太郎の確認に記憶を辿るまでもなく功刀は頷き、目を逸らしたい気持ちを堪えたまま無言で睨むキロプモンの姿をただ、視界に入れる。 「傷を抉る真似をして、申し訳ありません。彼があなたを呼べと……呼ばないと、何も喋らないと」 目を伏せた芦原のパートナー、ドウモンの言葉に「構いません」と振り向かず答えると、キロプモンの口元が微かに動き、功刀は身構えた。 「そうだよ。ボクがお前に来いと言ったんだ。麻布署地域課、功刀生一郎」 「……何故、俺……いや。私の所属と名前を?」 「ボク、調べ物は得意なんだ。そこのドウモンのせいで今は能力使えないけど、それまでなら人の名前と所属くらい簡単に調べられるよ」 得意げに鼻を鳴らして話すキロプモンにドウモンが咎める視線を送ると、彼は怯んで壁の隅にまで引き下がった。 「キロプモンは最近になってこちらでも確認されたデジモンでね。力は低くとも、情報収集や精査には非常に優れている」 芦原がサングラスを抑え苦々しく言うと、功刀も反射的に彼の【利用価値】を察し、浮かんだ渋面を隠すために目を抑えた。 「……今更ですが、なぜあなたは功刀さんを連れてこいと?仇討ちが出来るとでも?」 「しないよドウモン。仮に襲いかかってもボクくらい余裕で消せるでしょ」 ドウモンが芦原の視線を受け、構えを解いた。功刀は仇討ち目的ではないと話すキロプモンに僅かな安堵を覚えると、彼か翼を羽ばたかせ、ゆっくりと功刀へと近づいた。 「呼んだ理由はさ、どうせまたバロッコに戻ることになるなら、お前に恨み言の一つでも言おうと思ったからだよ!お前のせいでさ!!」 功刀の足元で声を荒げたキロプモンだったが、それからすぐ黙り込み、沈黙した。 芦原もドウモンもキロプモンを見据えたまま突如現れた沈黙に困惑を見せ、功刀も沈黙に安堵を感じながら足元のキロプモンを見ると、彼は小声で唸ながらら何かを言おうとし続けている。 室内の沈黙はやがて、諦めであろう嘆息と羽ばたきで破られ、キロプモンは取り付けられた止まり木まで飛び、俯いて口を動かした。 「……分かってるよ……やらなきゃ、ダメだったことくらい……お前は責務を果たしたって」 項垂れ、弱々しい声音で話すキロプモンの言葉に、功刀は指先に薄っすらと引き金の感触と、責務という言葉に何か嫌なものを感じながら、それを堪えてキロプモンを見続ける。 「例え死んでも仕方ない奴でも、ボクのテイマーで、ボクも犯罪に利用はされたけど、世話になったこともウソじゃない。 だから恨み言ぶつけて、許されるならお前に噛み付いてやれば、楽になるかなと思ったけど……なりそうもないよ……」 キロプモンの言葉に全てに功刀は諦念とまだ割り切れない悔いを感じ、床に手と頭を付きたい気持ちを必死に堪え、逃げるように芦原に視線を移した。 「芦原さん。彼はどうなるんですか」 「元々居たデジタルワールドに送還するつもりなんだが……難航しててな」 芦原が小さく眉間に皺を作ったのを見て、功刀は続けてドウモンの方へと顔を向け直した。 「彼が元々居たデジタルワールド……バロッコと言うんですが、入り口が異様に強固に閉まって、開けられないんです…」 ドウモンが首を横に振り苦々しく話した瞬間、功刀は反射同然にキロプモンを見て、口を開いた。 「芦原さん。ドウモン…さん。俺はこい、キロプモン…さんに何か…出来ないんですか?」 芦原はすぐに振り向き、痛みを堪えるような呻きを漏らし、僅かに視線を落とし、口を開いた。 「……すまない、きっと無いだろう」 「何も、専門的なことじゃ、なくても……」 想定外の答えとその速さに、功刀は事前泳がせながら言葉を続けようとした。芦原は一度顔を背けて「嫌な話になるが」と続け、その言葉を吐くことを堪えるように、息を吐いた。 「デジモンを引き取ろうとする者は、基本的にいないよ。更に彼は犯罪に加担していたデジモンだ。仮に現れたら、疑いが先にくる」 「仮にいても、その先で彼はもっと不幸になるかもしれません。 力が低く、強烈な得意分野がある……【利用価値】は何となく、分かりますね?」 顔を伏せながら話すドウモンの言葉に、功刀は呻いて肯定した。 「他を利用するのは人間もデジモンも同じだ。故に、彼に一番良いのは、送還のはずなんだが……」 苦々しく本心では無さそうに話す芦原とドウモンの言葉を功刀は反芻する中、自然とキロプモンに視線が移り、自然と頭に言葉が現れた。 なら俺が彼を、引き取ります。 (っ……何考えた俺……!) 功刀は浮かんだ言葉をすぐに掻き消し、何もない壁に目をやった。 犬猫に対する同情同然の感情か、罪悪感ゼロから生まれた容易い言葉。吐いた瞬間に、キロプモンは間違いなく自分を呪うだろう。 「……何を考えた?」 芦原が、功刀の浮かんだ言葉を察したかのように、少し咎めの混ざった声音で話した。功刀は「何でもありません」と答え芦原の顔を見ると、彼はサングラスを押さえながらまた、重々しく口を開いた。 「功刀君。君は【責務】を果たした。それだけは、忘れてはいけない」 職務。うんざりし始めたその言葉に功刀は自分の眉間に皺が寄ったのを感じた。それに気づいてか、芦原も一瞬沈黙し顔を上げてかろ、話を続けた。 「……すまん。後はキロプモンから話を聞けば、君は今度こそ「あの、いいですか」 思わず出た声に功木は自分の鼓動が強まったのを感じ、咄嗟に振り返った芦原が目を見開き、ドウモンも一瞬睨んだように思えたが、功刀はそれに、何も感じることは無かった。 「……何考えてるのさ、功刀生一郎」 怪訝そうに尋ねたキロプモンに、功刀ははっきりと彼に視線を返した。 「俺も最初は思ってたけど……皆が言う責務って……警察官としての、ですよね」 「……そう、だな」 「ならこれからも果たせる。 もし撃たなきゃいけないなら、やる。警察で出世したいと思ってませんでしたし、面倒な手続きや事後処理なんて幾らでもやってやりますよ」 声音が勢いづく功木に、芦原は「少し落ち着いてくれ」と低く言うと、功刀は一度大きく息を吸って、キロプモンを見据えた。 「俺が果たしたいのは、警察官としてではなくて、命を奪った者としての責務です」 「お前、何考えて…」 キロプモンに向かい、功刀は掻き消した言葉を口に出そうとしたが、芦原とドウモンに肩を掴まれると、果たしたい責務への覚悟が薄れ、キロプモンの目が、睨んでいるように見えた。 「……落ち着くんだ。君の考えていることは「ねぇ、僕からもいい?」 芦原の強い咎めに、功刀は俯きかけた。その時割って入ったキロプモンの声に、一同は振り返り、再び羽ばたき、キロプモンが功刀の足元に降りた。 「おい功刀生一郎。お前責務とかいったな」 翼をはためかせたキロプモンが目の前で牙を覗かせると、生一郎はびっしりと生えたその牙に息を呑み、僅かに後退った。 「なら、ボクと取引しろ」 「……責務と、取引?俺に何を求めて……」 「ボクのお世話と強くすること」 短く言い、再びフードで口元を隠したキロプモンに、生一郎は目を大きく動かし、黙り込んだ。 「ボクもお前の仕事を手伝ってやる。警察官なんだろ?情報収集と解析は得意なんだ、ボク。 マサヒサも、ボクをそうやって利用していたしね」 俯いたキロプモンの言葉を切欠に、脳裏に自分が射殺した男と、その遺体を見つけ金の瞳を自分に向けたキロプモンの姿が再びよぎった。 そして直後、目の前で羽ばたく彼の言葉の意味に思い当たるものを感じた生一郎の心臓が大きく鳴り、困惑と都合のいい言葉を否定したい気持ちから「お前、まさか……」と力無く問いかけた。 「そ、お前がボクのテイマーになれってこと」 キロプモンは言い切ると生一郎の肩まで飛び、静かに告げた。 「本当にボクのテイマーを殺した責任を取りたいなら、この取引を受けろよ。キイチロー」 「……俺で本当に良いのか、キロプモン」 「勿論、お前よりおっぱい大きくて優しいお姉さんの方がいいよ」 真顔で言い放ったキロプモンの言葉に、功刀は渋面を作り、天井を見た。 「キイチローの言う責務って、罪滅ぼしだろ? なら憐れみや後悔なんかでやらせないよ。やるならさ、お互いに利益がないと。だから取引さ」 肩に乗ったまま、牙を見せてキロプモンが笑う。功刀は見透かされた気持ちとそれでもなお、自分の思う責務を果たせる安堵に胸をなで下ろすと、すぐに芦原とドウモンの顔を見た。 「芦原さん。手続きはどう進めていけば……」 「……本当に、いいのか?」 「取引に乗っただけです。これからはこいつにも頑張って貰わないと」 芦原が無言で口元を緩めると、ドウモンも無言のまま、嬉しげに表情を緩ませた。 「キロプモン。しばらくは手続きで忙しいぞ」 「ならパートナーらしく、書類の書き方から調べてあげようか?」 「AIみたいだな……だが、まずは仕事の話だ」 キロプモンが「分かった」とだけ言い功刀の肩から降りると、芦原の目の前へと飛び、口を開いた。 「キイチローや、他の警官が証言した消えたデジヴァイスは、ひと屋の粗悪品だよ。 マサヒサは反社のルートから奴らに接触してさ……都合よく使えるとでも思われたのかな」 ひとや。その言葉に功刀は咄嗟に最悪の字の組み合わせを思いつき、疑問より先に喉にに不快なものが渦巻き、壁を向いて舌打ちをした。 芦原も、嫌な考えが当たった様子で不快げに眉間にしわを寄せ、キロプモンを見据えた。 「……君は、どこまで分かる?」 「はっきり分かるのはダークエリアにあることと、色んな国で動いてることかな。 多分、君達の方が知ってるかも」 「予想通り、ダークエリア案件でしたね倫太郎さん ……なら、やたらと強固に締められたバロッコへの入り口は、何か分かりますか?」 「かなり疑わしい情報だけど、なんかそれもひと屋が関わってるって……何か、やるつもりみたいで」 ドウモンと芦原が揃って頭を抱えたのを見て、功刀は一つだけ、この話と一切関わりがないことを祈る事柄を思い出し、目を伏せた。   「あこれこれ。このミカンの酸味と甘味……これがたまんない……」 アパートに戻ると、キロプモンは帰り道で買ったミカンを一粒ずつ、満足げに頬張っていく。傍らでそれを呆れ交じりの顔で眺めた後、功刀は目を伏せてキロプモンに尋ねた。 「なぁキロプモン、本当に「言っただろ。おっぱい大きくて優しい善良なお姉さんの方がいいって」 功刀の言葉は、キロプモンがすぐに遮った。 「居たらボクはお前から乗り換えるからな。 キイチローがそんなお姉さんと結婚したってんなら、話は別だけど」 目を逸らして話すキロプモンの言葉に、功刀は小さく笑い2個目のミカンを差し出し、自分の分も口にすると、ほどよい酸味と甘味が口に広がり、喉を心地よく通って行く。 飯が、問題無く食える。功刀は安堵から息を吐くと、2つ目のミカンを口にしている途中のキロプモンへ、スマホを向けた。 「キロプモン。何か食べたいものあるか?」 キロプモンは功刀の問いに一瞬沈黙し、少し考える様子を見せてから、牙を見せ笑いかけた。 「なら、カツ丼。勿論普通盛りでね」 功刀はすぐにスマホを操作して注文をすると、それなら苦い顔をキロプモンに向け、バツの悪い声で話しかけた。 「悪いが、出前がくるまで仕事の話をさせてくれ」 キロプモンは功刀の表情を怪訝に眺め、少ししてから頷いた。 「デジ対で話をしてる時に思い出してな……調べてほしい奴がいる」 「人を……?凶悪犯でも追ってる?」 「むしろ何もあって欲しく無い人だ。 愛甲真優美という女なんだが」 「は!?アイコウマユミ!?」 功刀が出した人名にキロプモンは思わず声を跳ね上げ、功刀はその様子に困惑したまま、キロプモンを見据え続けた。 「そいつ10年以上前にボクのいたデジタルワールド……バロッコを救った奴!ボクはその時にはまだ生まれてもいなかったけどさ! なんでそいつの……え!?一年半前くらいから行方不明!?」 驚きながらも翼と耳を動かし、情報を集めているであろうキロプモンはすぐにまた別の衝撃を受け、一旦落ち着こうと息を整える最中、何かに気付いた様子で、功刀の顔を恐る恐る見た。 「ちょっと待って。功刀生一郎……ごめん。嫌なこと聞いていい?」 功刀が無言で頷くと、キロプモンはまだ戸惑い気味に続けた。 「キイチローの弟って、功刀幸二郎?」 功刀はまた、無言で頷いた。 「……だったら、愛甲真優美と一緒にデジタルワールドを救った選ばれし子供の一人で……もう」 「やっぱり俺の弟は、デジタルワールドで死んだのか……」 キロプモンが功刀から目を逸らし、功刀は自然と弟の話を続けかけたが、コップの水を無理矢理飲み干すと、目を伏せて言葉を続けた。 「理屈は分からんがあの子、弟の……いや、多分他の子の遺体もこっちまで持ってきたんだろうな」 キロプモンが逸した目を戻し、俯き気味に無言で功刀を見据えた。 「あの子、毎年墓参りの時期に弟の墓を丁寧に掃除してくれてな。 多分、他の子の墓もやってるんだろう……少しだけ話はしたが、いい子だったよ」 「……何が、気になったの?」 「彼女が居なくなる前、墓参りの時期でも無いのに弟の墓をまた掃除に来てたって住職から聞いてな。もしかして、他の所でもか?」 キロプモンは再び耳と翼を動かし、顔を顰めた。 「あるね。関東だけじゃなくて四国や近畿にも……同じように、墓掃除だ」 キロプモンの答えに、功刀は信じたくない自分の答えが出始めたと思い、再びコップに注いだ水を無理矢理飲み干した。 「あの子、それより前に交際相手を殺されたようだし……俺は、愛甲真優美は消えたんじゃなくて【自分から】向こうに行ったと思ってる」 「……待って、ゲートが開けられた形跡なら調べ……うわっ!一年半前にダークエリア直通でゲートがこじ開けられてる!!」 キロプモンの驚きに功刀は顔を伏せ、表情を曇らせた。 「……ひと屋ってところと、何も関係ないことを祈るしかねぇ……」