人造勇者のリーダー、壱號ことアインス=ドナー大尉は沈思にふけていた。 それは女神像を破壊しようとしていた一味の中に自分がよく知る男がいたからである。 だがそれはこの世にはもういないはずの男であった。男の名はイナッテン=ドナー中佐、 かつての上官であり自身の父親であった男の姿であった…。 アインスは自身の昔の記憶を辿る。それは物心付いて間もない頃の嵐の夜から始まった。 父の胸に抱かれ暴風雨の中を逃げ惑う、幼い彼女には何が起きているのかは理解できない。 ただひたすら冷たい雨と何か恐ろしい物がいるという朧げな印象であった。 翌日避難所から帰還したアインスの目の前に見えていたのは全壊した自宅と集落の様子であった。 今からするとあの時何も分からない子供であったのは良かったと思う。 一緒に遊んだ幼馴染や優しくしてくれた近所の人々、それらが皆潰れた建物の下で永遠の眠りについていることを理解したら、恐らく正気を保ってはいられなかったであろう。 数日後、ドナー一家は見知らぬ町へと移住する。最初は初めての遠くへのお出かけにはしゃいでいたが慣れ親しんだ村が離れて行くに連れて、不安な気持ちだけが湧き上がってくる。 移住してからの慌ただしい日々が過ぎ、落ち着きを見せると生活は一変した。 優しかった父は仕事に没頭し帰って来ず、家の中には寂しそうな母と自分との二人だけの生活が始まった。 最初はひたすらに寂しいという感情だけであったが、彼女が成長し苦労をする母の様子を見ていると家庭を顧みない父への反発が生まれてくる。 そんな娘の姿を見て母は「お父さんにはやらなければいけないことがあるの。だから理解してあげて…」と諭すように言う。 父が一番迷惑をかけているであろう母がそこまで言うのならと、アインスは父への反発心をぐっと堪えるのであった。 そんなアインスの少女時代も転換点を迎える。 当時父の仕事は上手く行かない様子で、夜分遅く帰って来ても部屋に籠り仕事を続け朝まで出てくることはない。 その頃にはアインスの方も父にはもう何も求めるものはなかった。そんな平行線が続く中で二人を繋げる唯一の絆であった母が亡くなった。 葬儀の日も気丈に振る舞う父の姿を見て、こんな男のために命をすり減らした母を気の毒に思った。 その夜、父はいつものように部屋に籠った。こんな日にも研究か…と半ば軽蔑しかかってた時、部屋の中から彼の呟きが聞こえた。 それは泣き崩れ、母への謝罪と後悔をこぼす父の声であった。 何を今更…アインスはそう叫びたかったが、母が常々語っていた父の夢そして母自身の夢のことを思うと出かかった言葉を飲み込むしかなかった。 その日より親子の生活は少しづつ変わって行った。母に代わりアインスが家事を一手に引き受けるようになる。 この頃父は仕事が上手く行っていないのか以前よりも家にいる頻度が増えた。 収入の多くを研究費に充てるため生活は苦しくなっているが、その代わり父との会話は増えて行った。 彼は満足な生活もさせてやれずにすまないとアインスに謝罪をする。アインスは母の夢のためだからと父に返す。 とにかく何らかでもいいから彼の研究が形になれば、少しは変わるであろうという期待も込められていた。 親子二人の慎ましやかな生活は相変わらず続いていた。念願の人造勇者の装置も完成したが被験者を得られず、研究は足踏み状態であったのだ。 状況を打破するためにアインスは志願する。もちろん大いに思い悩んだが、これは父と母の夢の実現でもあり自身が抑えていた反抗心の表れでもあった。 上手く行ったら行ったでいい、ダメだった時にはほら見たことかと父に一生ものの負い目を与えてやろうと…。 恐らく渡りに船とばかりに乗って来るかと思っていたが、父の言葉は意外なものであった。 「母さんの産んでくれた五体満足の体を粗末にしてはいけない。仮に成功したとしても試作品の不良のせいで死ぬことになるかもしれない」 父から返ってきたのは志願への拒否であった。 自身を心配してくれる言葉にアインスは安堵の喜びを感じた。だがここは負けじと食い下がる。 「これは父さんだけの夢ではない、母さんの夢でもあり私の夢でもあるの。もし実験が失敗して見知らぬ被験者が死んだら、その人の家族や恋人はとても悲しむでしょ…」 とっさに出た思いつきの言葉であったが、これは以前よりうっすら思い描いていたことでもあった。 アインスの熱意に負け、父は改造手術を行うことを了承した。 当日手術台に横たわり麻酔を投与されるとほんのりと後悔の気持ちが浮かび上がる。だがもう進むしかないのだと、アインスは改めて決意を固めるのであった…。    *   *   *   *   * 目を覚ますとどうやら手術は成功しているようであった。試作聖剣と名付けられた金属製の義手は拒絶反応もなく、元の左腕と変わらない滑らかな動きを見せる。 左目に取り付けられた多機能カメラスコープには、遠近自在の視界や暗視装置に加え主兵装である目には見えない電撃のラインを捉えられる高機能さを有していた。 手術から数日が経ち、いよいよ実験が行われる。義手のパワーの出力は問題なし、続いて短距離での低威力での電撃射出も異常はない。 実験は距離と出力を変えて行きながら成功を続けて行く、そしていよいよ最大出力での射出となった…。 全身を貫く衝撃と痛み。気が付くとアインスはベッドの上で横たわっていた。 体内に施した耐電加工がジェネレーターの最大出力に耐えきれず、余剰の電撃が体内を貫いたからであった。一歩間違えれば否、むしろよく生きていられたという事故である。 これは明らかに設計段階での想定ミスであるが、最大出力に耐えられるようにするにはもう一度開腹手術を行い全身に更なる耐電加工をする必要があった。 アインスの状態を考えるとそれは無理であると判断し、ジェネレーターの出力にリミッターを取り付ける処置を施した。 本来なら設計者に苦言いや抗議を入れても構わない立場であるが、当のアインスは自分が弱いせいで失敗したかも…と自罰的に悔やむのであった。 体調も回復し再度実験が始まる。取り付けたリミッターのおかげで実験はスムーズに進み、上々の成果も得られる。 実験の中盤からは人造勇者として戦うことを想定して、アインス自身への戦闘訓練も取り入れる。 何せほんの少し前までは一介の少女に過ぎなかったゆえ訓練には音を上げたりもしたが、父と真っ正面から向かい合う日々は彼女の中に幾ばくかの充実感を得たのだった。 チャンスと言う物は唐突にやって来る。その日、父に呼び出されたアインスは実戦への出動を要請される。魔獣に襲われた分隊員の捜索救助であった。 軍人でもないただの市民の自分がやってもいいのか?自分に何ができるというのか?自分は魔獣を倒せるというのか? 彼女の抱く様々な疑問に父はこう言って発破をかける。 「これは人造勇者の華々しいデビューだ。お前ならやれる。私たち家族の夢を皆に披露してやれ」 不安を抱きながらもアインスは決意を固めた。 山に分け入った彼女の目に入ったのは、初めて見る戦闘の残滓というものであった。 食いちぎられた腕や足そして内臓が辺り一面に飛び散っている。その異常な光景に彼女は吐き気を催す。これは人として当たり前の反応であった。 出すものを出して気持ちを整えると左目のカメラスコープを使って周囲の索敵と捜索を行う。30分ほど歩くと人の形をした熱源反応が見えた。 そこにいたのは腕を失った大柄な男性の軍人であった。彼はアインスの姿になぜこんなところに一般人の少女が?と訝し気な様子を見せた。 「私はあなた方の捜索と救助に来た」と少女が答える。 軍人はとても強い魔獣がいる早く逃げろと返す。 「だから一緒に行くのよ、腕の無くなった人に比べたら私の方が全然役に立つわ」と少女は返した。 とにかくここにいては共倒れになる。そう判断した軍人は少女に肩を貸りて山を下ることにした。 下山の途中で件の魔獣と出くわしてしまう。軍人は少女が何もできない自分に代わって魔獣に立ち向っている、非常に情けない…そう痛感させられた。 救助の少女ことアインスは初めての実戦に困惑する。訓練では魔熊を電撃で仕留めたり動けなくさせたところを義手で始末したりできた。だがこいつはそれを軽々と避け、なおかつ自分へ襲い掛かろうとする。 逃げる。アインスの脳内にはそんな選択肢が浮かび上がるが、もし逃げてしまえば傍らにいる軍人は食い殺され、家族の夢も潰えてしまうであろう…。 ここは踏ん張りどころだと理解した彼女は左腕を突き出し魔獣を誘う。想定通りにまんまと食らいつこうとした魔獣の口内で出せる限界の電撃を放つ。魔獣は黒こげになり感電死した。 負傷した軍人を抱えて山を下りると、そこには不安で顔面を蒼白にしながら待ち構えていた父を発見した。彼はアインスに抱きつくと無事に帰ってこれて良かった、無茶をさせて済まないと感情を吐露したのだった。 アインス自身は帰還当初は何とか成果を出すことが出来て良かったという気持ちしかなかったが、彼の言葉を聞いて自分は愛されていたんだという安堵の気持ちが浮かんだ。 恐らくこれは親子が初めて心を通い合わせたのかもしれない瞬間であった。    *   *   *   *   * この成果が決め手となり人造勇者計画は軍の研究として正式採用されることとなり、アインス自身にも軍籍が与えられた。正式採用からしばらく後、プロジェクトに二人の研究者とスキル養成部門の被験者が一名新たなメンバーとして加わる。 さらにアインスが魔獣から救助した軍人も加わった。 彼は先日の一件で無力さを痛感し自身の腕と部下の死を無駄にしないために、自分を救い出してくれた少女のいるプロジェクトへの参加を希望した。 彼の名はアイゼンヴァント。手術は成功し人造勇者弐號のコードネームを受け取る。 彼は自身の命を救ってくれた恩義なのか、年齢も階級も下のアインスを先輩として常に立ててくれた。 もう一人、新たな人造勇者として認定されたのがスキル養成部門の被験者ブリッツクリークであった。 誰も彼女を捕まえることができない不思議な能力を持っている少女で、元々はある良家の子女であったが不慮の事故で家族を全て失い、その能力の噂を聞きつけて引き取られたのが参加の経緯であった。 誰にも懐かず人の姿を見かけるとどこかへ消えて行く彼女を、アインスはまるで野良猫みたいだなと思った。 そこで野良猫を餌付けするような感覚で適度な距離を保ちながら接していると、いつの間にか距離は近づいて行き身の上話もできるような間柄となっていた。 彼女も本来は愛情深い人柄なのに、これまでの過酷な経歴が今のようなパーソナリティを作り上げてしまったのであろう。 アイゼンヴァントが改造されしばしの訓練期間を終えるとアインスの部隊『特殊兵装実験部隊第四分隊』に初出動の命が下る。 バルロス郊外に現れた魔王軍の先兵の討伐である。たった二名での出撃であったが戦果は見事なものであった。 壱號が強烈な電撃を放つ間、弐號は背後に立ち敵を近寄らせず。弐號が剛腕を振るいながら行う突撃を壱號は間髪入れずの電撃で援護する。 初めて行う仲間と組んでの実戦にアインスは強い手ごたえを感じたのだった。 その初出動の際に戦災で手足を失った少女を発見し運び込む。アインスは彼女の命を繋ぐために実験中の試作聖剣の義手義足を取り付けるように依願する。 最初は断られるものの自分は無痛症だから大丈夫という少女の言を信じて改造手術が行われ、そして成功した。 回復した少女には人造勇者肆號のコードネームが与えられた。少女はアインスが命の恩人だということを理解しており大いに慕ってくれた。アインスの方も自分は一人っ子ではあるが、もし妹がいればこんな感じなのかと受け入れた。 その後も様々な形でメンバーは増えて行く。そして部隊はあるターニングポイントを迎えようとしていた。 (続く)