私にとっては、この海の中だけが世界の全てだった。  海の中といっても私は別に人魚ではないし、濡れながら暮らしているわけでもない。  深海の底にあるこの都市では、人々は海を空に見立てる生活をしている。  空に見立てたからなんだという話なのだが、占星術の説明まで述べるとそれだけで説明が埋まってしまうので、そこは割愛。  要するに、未来を見通す為に行われていた星占いが、空が見えなくなったから海の中のもので代用しているというくらいの話だ。  その星占いに従って、私たちは暮らしていた。  そういう風に生きていればとりあえずは身の危険がない。 「あたりまえの生活」というのも何がそうなのかがわからなくなったこの時代。  有体に言えば、誰しもが迷える子羊になっているわけで。  だからその通りに過ごすべしというコンパスがあるのは、みんなにとってはありがたいんだと思う。 「人間らしく生きられるならそれでいいよねー」と、数少なく友人として設定された子は言っていた。  まぁ、節々を過去形で書いた通り、今から私にとってこの街は無縁になるし、海以外が私の世界になるわけだけど。  ここで暮らすことが許されなくなったのだから。  別に、何かをしたわけではない。  ただ、一週間前に「出ていかなければ重篤な災いが起こる」という予測が出ただけ。  こういう人の前例があったのか……は、調べなかった。  それまでに、それを調べることを許されなかったから。  周りの人間からも、特に何も言われなかった。  でも、通る者なんて他に居ないゲートの近くに来たところで、やっぱり言い表せない感情が湧いてきた。  見送りくらいは来て欲しかったけど、それも予測で推奨されなかったんだろう。  両親が生きていたとして、それでも来てくれたかは疑問だ。  父は5年前に自殺して、母も2年前に自殺した。  理由は単純で、「この先生きていても良いことがないので死ね」という予測に従ってのこと。  これに関してはそういう人も他にいるらしく、街にある施設で安らかに逝けたようだった。  私は死に目に会うことを許されなかったけど。    ゲートをくぐり、都市の外へ。  ここからはもう、何も私を守らない。  既に未知の景色だ、空は見えない。  足元は砂だらけで、振り返ればある水の底にあの都市があるとはにわかには信じ難い。  旅立って早々、いきなり魔物に襲われたりもするかもしれない。  不安がないといえば、嘘になる。  でも……。  胸が軽い、という気付きは確かにあった。  嗚呼、やっと自覚できた。  私、あの街が嫌いだったんだ。  そういう想いが芽生えることもない環境だったけど、考えてみれば私にとっては最低の街! 「これまで予測通りに過ごしていなかったら、もっと悲惨な過ごし方をしていたかもよ?」なんて思う人もいそうではある。  でも、それを加味してもやっぱり嫌いだ。  どの道戻ることはないのだから、どういう感慨を抱こうとも私の勝手だけれど。 「……そおりゃあっ!」  後ろから襲い掛かってきた透明の袋みたいな魔物を、全方位に防御魔術を展開してから魔力で生成した槍を投げて串刺しにした。  こいつは毒持ちで、四散してからもヤバいから防御を維持。  いきなりちょっとくたびれそうだけど、旅立った瞬間に即死しなかったのは勉学に励んだ賜物だった。  そういう意味では、ここまで予測に従い、最終的に追放されるまでが私にとってはやはり「良い人生」だったのかもしれない。  あの街を嫌いになる出来事だらけで、それなりに鍛えられて、外に出ることになって、それを快く思って。 「それ含めて、だったりするのかなぁ……」  だからこそ大きくため息をついて、私は歩を進め始めた。