「IF、番外編 梅酒を開封しよう」 海賊カイネ・ドリームガーデンの来訪は、貿易船ミーニャ・ニーニャ号にとって日常の風景となりつつある。 最初は凶悪な海賊に怯えていた船員たちも、徐々に慣れてきたようだ。 半年前、突然ニーニャ号に乗りこんできたカイネを穏便に帰すことに成功したものの、その後カイネはたびたび船にやってくるようになった。 船長ピタが《魅了》の力でカイネを篭絡し、シン大陸行きに協力させようと目論んだためである。 物事がすべて思い通りに進んだわけではなかったが、カイネは今のところ船に危害を加えることもなく、気まぐれに夜にやってきては帰っていく。 ピタが凶悪な海賊を迎えいれていることで、船長としての評判が下がらないかを心配していたが、船員たちの間では 「あの凶暴な海賊を手なずけている船長、すげー!」 ということになっているらしい。 手なずけているかどうかはともかく、船員の士気が下がっていないことにピタは安堵した。 ただ、「カイネをシン大陸行きに同行させて協力してもらう」という野望は、いまだ進んでいない。 船の準備は進んでいるのだが、ピタはまだその話を切り出すことができずにいた。 この日、カイネがやってきた時、船員の反応はいつもと違っていた。 いつもは遠巻きにカイネを眺めている船員たちが、彼女を取り囲んでいるのだ。 「テメェらにやるモンはねえ……散れ!」 カイネは苛立たしげに船員たちを威嚇している。 不思議に思いながら近づいたピタは、カイネが持っている物を見て、その理由を知った。 「あ」 半年前に渡した業務用のポーション瓶――“梅酒”だ。  ◇  ◇  ◇ 「もう半年も経ったんですね」 船長室の机上で、ピタは梅酒瓶のフタの封蝋をナイフで剥がしていた。 巨大な業務用のポーション瓶は、半年海底で眠っていたからだろう、表面は曇って、白っぽい固着物がついている。 「瓶が割れていなくてよかったです」 「あんまり深い所に置いたら水圧で割れちまうかもしれねえからな。  浅い所の沈没船の中に置いておいた」 そういえば、(いまニーニャ号がいるのは、あの時カイネがやってきた地点に近い)とピタは思う。 「それ、このまま原液で飲む酒なのか?」 「さぁ……?」 「なんで作ったお前が知らねえんだよ」 『乗客の一人に言われるがままに作ったからです』、とは言えなかった。 ようやく封蝋がはがれ、ピタは瓶のコルクを外す。 ポン、という音とともに、アプリコットの香りが広がった。 ピタは用意した二つの酒杯に梅酒を注ぐ。 「どうぞ」 「……」 カイネは琥珀色の液体が満ちた杯を見つめたまま、手をのばさない。 (……? もしかして、毒でも入ってると思われてる……?) 「先に飲みましょうか?」 「……。いや、いい」 カイネは酒杯をあおった。 一瞬の沈黙。 酒杯を机に置いたカイネは、うつむく。 「…………はっ」 それから天井をあおぐように顔をあげた。 「ハハハハハッ、ハハッ……」 突然笑いはじめたカイネに、ピタはどう反応してよいかわからず固まった。 (おいしすぎて笑ってる、ってわけじゃないよね、さすがに。  不味すぎて、笑ってる……?  熟成が失敗して、お酒じゃなくて酢になっちゃってたとか……?) 不安げなピタに気づくと、カイネは酒を飲むようにと手ぶりをしてみせた。 ピタも恐る恐る酒杯を口に運ぶ。 アプリコットと砂糖を漬けた酒は、果実の華やかな香りを纏い、甘かった。 (これ、そのまま飲むにはちょっと甘いかも……) 「……甘い、ですね」 「甘い。そうだ、甘いな」 カイネは笑い疲れたように、椅子に体を預けた。 「そうだ、こんなもんだ。  半年間ずっと待って、一体どんなもんかと思ったが――自家製の酒なんてこんなもんだ。  スパイスも何も入ってねえんだ、ただ甘い」 カイネは独り言のようにつぶやく。 「いつもそうだ――  結局、宝を追いかけて、どんなモンかと考えているときが一番楽しい。  宝が欲しい……それが今まで誰も手に入れたことがない、手放さない宝だったら最高だ。  でも手にいれたらすぐに飽きちまう。それで次の宝が欲しくなるだけだ」 普段は海の話か自慢話しかしないカイネが、こんな風に自分のことを話すのは珍しかった。 ピタはどこかで聞いたような話だと思う。 (「誰も手に入れたことのない宝が欲しい」って、どこで聞いたんだっけ……  「めんどくさい処女信奉者みたい」と思ったような……) 「氷はねえのか、嬢ちゃん」 カイネは空になった酒杯を振る。 梅酒をロックで飲みたいということらしい。 「氷……は、すみません、そういうものはなくて……」 「魔法で出せるやつはいねえのか」 「そういう船員はうちにはちょっと……」 カンカン、と船長室の扉をたたく音が響いた。 ピタは内心動揺する。カイネが来ている間は、誰も船長室に近づかないようにと厳命しているのだ。 しかしカイネは「早く対応しろ」というように顎で扉を指す。 緊張した面持ちで扉を開けると、ピタよりもっと緊張した様子の船員がいた。 「カイネに言われたものをっ、お持ちしましたっ!!!」 船員が持っていたのは二つの水差しだった。 二つを渡すと、船員は逃げるように帰っていく。 「俺が言っておいたんだ。  割り材がいるかもしれねえと思ってな」 カイネが甲板で船員に囲まれている時に指示したのだろう。 (……部外者が船員に勝手に命令するって、船長として認めるわけには……) あとで船員とよく話そうと、ピタは思った。 金属製の水差しには冷えた真水が、木製の水差しには熱い湯が入っていた。 カイネは早速自分で水割りを作る。 「んー……まぁ、まずくはねえが……」 今度はピタの杯に残っていた酒に湯を注ぎ、口に運んだ。 「……湯のがマシか」 梅酒と割り材の配合割合を研究しはじめたカイネを見て、ピタにある考えが浮かんだ。 (“あの話”をするなら、今かもしれない) ニーニャ号が未踏航路への挑戦船団に加わる件は、ほぼ準備が整った。 あとはカイネに話を持ちだすだけだ。 なるべく、普段の話の延長線として切りだして、様子を見たいとピタは考えていた。 カイネの機嫌が悪くなく、酒を楽しんでいる時、それが今なのかもしれない。 「そういえば、カイネさん。  実は、今度うちの船が、船団に参加する計画があるんです」 「んー、船団?」 「シン大陸へ向かう未踏航路、その踏破の計画を、パンテッラ海洋皇国が計画していて……」 「パンテッラ? あー、南の国か」 「それで、わたしの船もぜひ挑戦したいと思って……」 「ふーん」 カイネは酒の味を見ながら、興味がなさそうに返す。 「誰も行ったことのない未踏航路を、初めて開拓できるかも……」 「フン、炭酸水も合うか……?」 (全ッ然興味をもたれてない……っ。  なんとか話を広げないと……) ピタは微笑を絶やさずに続ける。 「実は、ウエス王国のキャプテン・ウェイブも、未踏航路に向かうという情報があって……」 「ウェイブ」 カイネをとりまく空気が、一瞬で変わった。 「そうです、あの有名なS級冒険者の……」 カイネが椅子から立ちあがった。 「?」 突然ピタの肩をつかむ。 「ウェイブがどこに行くって!?!?!?」 「え、いたたたた、カイネさん、痛い……」 「とっとと言え!!!!!」 「し、シン大陸に行こうと……」 「いつだ!!!???」 「え、えっと、どの船も冬の嵐を避けて、おそらく春の出航になるかと……」 「春だな!? ……くっ……ククク、ハーッハッハッハ!!!!!!」 船長室に、先ほどとは比べ物にならない声量の哄笑が響いた。 「シン大陸か、悪かねえな!!!!!  そこがテメェの墓場だ、ウェェェェェェェイブ……!!!!!!」 「えっ? えっ???」 「おっとこうしちゃいられねえ!!! 俺も準備しねえとなあぁぁぁ!!!!!!」 カイネは駆け出し、船長室の扉を引きちぎらんばかりの勢いで開け部屋を出て行った。 「えっ、あっ、カイネさん??」 何が起きたのかわからず、ピタも後を追おうとする。 すると目の前で扉が再び強く開かれた。 「嬢ちゃん。一つ言い忘れてたが」 戻ってきたカイネだった。 「あの酒。テメェの船のやつらには飲ませるなよ?  嬢ちゃんだけは特別に許してやってもいいが、下っ端どもは駄目だ。  アレは俺の酒なんだからな。一滴も飲ませるな」 「は、はい」 「ちゃんと保管しろ」 そう告げると、カイネは甲板に走っていって姿を消した。 (な、何があったんだろう……。  ウェイブの名前を出したら様子が変わっちゃった……。  海賊だし、ウェイブと何か因縁があるのかな……) ピタがキャプテン・ウェイブと面識があり、仕事を頼んだこともある仲であることは、言わない方がよいのかもしれない。 (でも、シン大陸行きに興味を持ってくれたから、これでよかったのかな?  うーん……?) 悩みながらも甲板へ出たピタは、自分の周りを船員が取り囲んでいるのに気づいた。 「? あれ? みんな???」 「……船長っ!!!!!!」 船長たちは圧をこめてピタを睨んでいる。 「どっ、どうしたの、みんな……」 「あの酒っ!!!!! 飲ませてくれませんか!!!!!!」 「東方でしか手に入らない伝説の酒……せめて一滴だけでも!!!」 「門外不出の秘酒!」 「みんな気になって仕方ないんですよ!!!!!」 「えっ……。……うーん…………」 船長ピタが船員たちの圧力に屈して酒を分け与え、それを知ったカイネが激怒するのは、また別の話である。