金。 金属の金ではない、カネだ。 地獄の沙汰すらそれが要るのだから、デジタルワールドで必要とされるのは言うまでもないだろう。 そしていつだって儲け話とはリスクとリターンが等価であり、ローリスク・ハイリターンなどはあり得ない。 生き残るために何を切り捨てて、何を選び取るのか。 俺達は今最大の岐路に立たされている。 ─ 「ふいー…」 依頼を終えてデジタルワールドにある拠点へと帰ってきた俺は、アグモンからコーヒーのマグを受け取り一息つく。 今回の依頼はマテリアルワールドのとある企業から脱走した暴走デジモンを討伐しろという物だった。 とある企業とぼかされているがどうせFE(ファイブ・エレメンツ)社だろう、あの製薬会社が裏でデジモンの研究をしていることなどこっちでは公然の機密だ。 結果は成功、ライズグレイモンがターゲットであるラモールモンの頭を吹き飛ばし、難なくデリート完了だ。 「…」 俺は仮想のディスプレイをスワイプし、引き受けた依頼の履歴を表示する。 並んでいるのは成功、完了の文字達。 ここ最近はずっと調子がいい。 それも全て買い換えた正規品のデジヴァイスiCに寄るところが大きいだろう。 今ままで俺からの過剰なデジソウルの供給にデジヴァイスが耐えきれずに崩壊し、依頼の最中にライズグレイモンがアグモンまで退化、そのまま撤退の選択肢を余儀なくされることが多々あった。 だが正規品の入手以降デジソウルの過負荷は発生しておらず、ライズグレイモンは常に全力を発揮することが出来るようになった。 結果、俺とアグモンは現在安定した収入を得ることに成功している。 安定は、だ。 「…」 「どうしたんだい、アカツキ」 黙り込んだままディスプレイとにらめっこを続ける俺を疑問に思ったのか、アグモンが聞いてくる。 「……」 デジヴァイスの問題も解決したことで、依頼の達成率も収入も安定してきてはいる。 しかしあくまでも安定しているだけに過ぎない、少しでも生活水準を引き上げたり、依頼がぱったりと途絶えた途端に崩れ去るのは明らかだ。 これを解決するならもっと報酬の高い依頼を受ける必要があり、そして報酬の高い依頼は当然ながら危険性も比例して跳ね上がっていく。 ハイリスク・ハイリターン、これは何時の世も絶対の原則だ。 要するに。 「なぁアグモン」 「なんだい」 俺はマグの中身を飲み干し、短く息を整えてから告げる。 「そろそろデカいヤマ受けてみないか」 この辺りで一山当てて見るとしよう。 ─ 宙に浮かぶ仮想のディスプレイに映し出された依頼の件名はこうだ。 『ネオデスジェネラル日竜将軍の討伐』 近年デジタルワールドではデジモンイレイザーを名乗る者が暗躍している。 彼か、彼女か、はたまた個人かすら定かではないこの者によってデジタルワールドとマテリアルワールド双方に大規模な被害がもたらされ、デジタルバウンティハンター協会でもコイツは賞金首として手配されている。 ネオデスジェネラルとはそのデジモンイレイザーの配下であり、それぞれに七曜になぞらえた竜の二つ名を持つ。 一体一体がとんでもない大物である。 「でも彼らの居場所は判明していなかったんだろう?どうして日竜だけ討伐依頼が出てるんだい?」 ネオデスジェネラル達は軍団丸ごと移動型の拠点に乗っているとも、マテリアルワールドに潜伏しているともされており、正確な所在は不明だ。 アグモンの疑問も当然だろう。 「あぁ、どうやら日竜将軍だけはずっと同じ場所に拠点を置いてるらしい」 そう言って俺はウインドウを操作しデジタルワールドの地図のある地点にマーカーを置く。 「これは……ムゲンマウンテンの裏側?」 マーカー地点はファイル島中心部にそびえ立つ巨大な山『ムゲンマウンテン』その裏側だ。 「成る程ね…」 宙に浮かぶマップの3Dモデルをくるくると回していたアグモンは、何かに気がついたのか一人で納得して見せる。 「この地形が天然の要害、という事だね」 「そういうこった」 ムゲンマウンテンの主な入口ははじまりの街から続く登山道が主で、これを表側とした場合、山の反対である裏側には登るものを拒む様に切り立った険しい崖が一面に広がっている。 さらに上空の気流は激しく乱れており、例え飛行能力を持つデジモンであってもそう簡単に登ることは出来ない。 日竜将軍とその軍団はこの地形を利用し山の内部に拠点を構え、以降移動した痕跡は確認されていない。 「居場所が割れていようがこの天然の要塞が侵入者を拒む、と」 「来るなら来い、ってな、大した自信だ」 お陰で協会はこうして討伐作戦を立てられた訳だが。 そして報酬額は破格どころの話ではない、今まで俺達が受けてきたどんな依頼よりも高い、文字通り桁が違う。 当然危険性もだ、相手は単騎でも強大な力を持つ究極体デジモンである上に軍団まで率いている。 勿論失敗すれば確実な死が待っている、向こうに俺達を見逃す理由など存在しない。 よってこれは、俺とアグモン二人の命を賭けた挑戦となる。 「で、どうするアグモン」 いくらなんでも流石に危険度が高すぎる、俺の一存だけで依頼を受けられないとアグモンに問うが。 「……それは一体何の確認かな」 「何って…」 アグモンは3Dマップを指先で弄びながら続ける。 「ボクとアカツキでは彼らに勝てないと危惧しているのなら、前に話した通りボクらはお互いにとって既に不要ということになる」 「…言ったな、そんなこと」 昔、それも俺とアグモンがデジタルバウンティハンターとして始まった1番最初の時の話だ。 ─この関係は一時的なものだ、アカツキ、キミがボクにとって不要だと判断した時、ボクはキミを置いて行く。 ─そりゃこっちのセリフだ、デジソウルとデジヴァイスさえあるなら、別にお前じゃなくても戦える。 元々俺が拾われたチンケな盗賊団を切り捨ててデジタルバウンティハンターとなった時、二人でそんな言葉を交わした。 「危険性はお互い元より折り込み済みだ、つまりその問い自体がナンセンスだね」 「……そうだったな」 俺は指先を動かし、開いていた余計なウインドウをすべて消す、残ったのは依頼の受諾確認画面だけだ。 もう迷うことは何もない、俺は画面下部の受諾のボタンを強めにタップした。 即座に依頼の詳細が書かれた資料が送られてくる、俺はそれらを開き、アグモンと一緒に目を通し始める。 二人の指先が宙を飛び交い、ウインドウが上から下へと流れていく。 「アグモン」 そうしながら、俺は隣のアグモンへと告げる。 「なんだい」 アグモン側も同様に画面から顔を動かさず、俺の言葉を聞く。 俺達の間に必要な言葉は、頑張れや、生き残ろう、でもなく。 「一山当ててやろうぜ」 「あぁ」 そんな、いつも通りの言葉だった。 ─ そして依頼当日。 集合場所であるムゲンマウンテンの麓には、既に他のハンターが集まっていた。 数は俺達を含めて四組、場所が場所だけに大勢を連れてきても相手を包囲できず、そもぞも有象無象を頭数だけ揃えた所で盾にもならない。 よって、少数精鋭での作戦になるとブリーフィングで決まった。 「お前達が最後の一組か」 最初に口を開いたのは髭面の大男だった、その隣には究極体デジモンのジャスティモンが男と同じく腕組みをしながら佇んでいる。 「遅れたか?」 「いや、時間通りだ」 「アホくさ、デートの待ち合わせかよ」 俺と髭面の大男が適当な社交辞令を交わしていると、気だるそうにその辺の木にもたれ掛かっていた細身の男が突っかかってくる。 その木の真上では男のパートナーデジモンと思われる究極体のヴァルキリモンが、遥かムゲンマウンテンの上空を睨みつけていた。 普段肩に乗せている筈の黄金の鳥フレイアの姿がない、おそらく偵察として飛ばしている最中なのだろう。 「ただの社交辞令だろ、それよりアンタのやってる偵察のマネごとはうまく行ってんのか」 俺が多少トゲを含めて返すと、途端に男は口元を歪める。 ただし俺の言葉で機嫌を損ねたわけではない、その目は俺ではなくムゲンマウンテンの上空へと向けられたままだ。 結果は芳しくないのだろう。 「……ダメだ、フレイアからの映像が切れた、乱気流に揉まれて壁面に激突したのかもな」 「事前情報通り、小さな身体じゃ荒れてる風に耐えられない」 その辺の切り株に座り込んだ小さな人物がボソり、と呟く。 フードを深く被り込んでいて男か女か、年齢すらも外見からは見て取れない、面倒なので彼と認識することにする。 そのすぐ後ろには翼を生やした虎の様なデジモン、イーフーモンが胡座をかいて座っている、コイツのパートナーだろう。 「さて全員揃った所で、だ」 と、一通りの顔見せが済んだ所で髭の大男が両手を鳴らし音頭を取る。 「お互いに自己紹介は不要だろう、名前を覚えた所で何人が生き残るか知れない」 全員、男の言葉に黙って頷く。 「作戦を確認するぞ…と言っても目標地点である洞窟の入口に辿り着くまでは、ただひたすら上に飛び続ける以外にない」 ムゲンマウンテンの遥か上方、ここからでは豆粒程度の大きさにしか見えない黒い穴。 日竜将軍と配下の軍団達がここを出入りしているのが複数回目撃されている、間違いなく連中の拠点はこの洞窟の中にある。 「洞窟の内部構造は不明、何しろ入ったやつは誰一人として帰ってきてないからな」 勿論この拠点が割れた時点で名のあるデジタルバウンティハンターや、連中と敵対している他の勢力が攻め込んでいる。 が、結果は知っての通り全滅、ゆえに内部の情報は一切なく、さっきのヴァルキリモンの様に隠密性に優れたデジモンや偵察機では荒れ狂う気流で辿り着くこと自体が出来ない。 「まぁ、要は作戦らしい作戦なんて立てようが無い、真っ向からの実力勝負になる」 「上等だ、行くぞヴァルキリモン」 細身の男の言葉にヴァルキリモンは無言で応じ、男を背に乗せて飛び立つ。 「イーフーモン」 こちらも無言でむくり、と起き上がると片腕でフードの彼を抱えて翼を広げた。 後は残りのジャスティモンだが。 「ジャスティモン、ウイングユニット展開」 髭面の男が右腕に巻いたデジヴァイス…確か01という古いモデルだ、それを指先で操作するとジャスティモンの背中が光り始める。 空中に複数のサイボーグ型デジモンのパーツが出現したと思うと、それらは金属同士の接触する高い音を立てて一つの形へと結合していく。 そのままジャスティモンの背中へと接続され、最後にボルトが締まる音を立てて一連の動作が完了する。 ギガドラモンのウイングパーツにメガログラウモンのバーニア、その他諸々が組み合わさった、いわば飛行パーツ達のキメラ。 それを取り付けたジャスティモンが髭面の男を抱えて飛翔した。 ─俺のジャスティモンは特別製でね。 そうブリーフィングで豪語していた通り、あのジャスティモンは飛行能力を有しているようだ。 さて、他の連中の見送りに来たわけではない以上俺達も動くとしよう。 俺はウェアのベルトに取り付けたホルダーから『変化』したデジヴァイスを取り出し 「デジソウル」 右手に集中させたデジソウルを 「フルチャージ!」 思い切りデジヴァイスへと叩きつけた。 「アグモン、進化!」 すぐさまアグモンの全身が卵のような形状のエネルギーの膜に包まれ、その全身が肥大化していく。 全身に金属パーツの取り付けが行われ、先程のジャスティモンと同じ様に全身からボルトの締まる音がして進化が完了する。 機械化された半身と、左手に構えた巨大なリボルバー、そして飛行能力を備えたそのデジモンの名は。 ─ライズグレイモン 完全体 ウイルス種 サイボーグ型 「アカツキ」 右手を差し出したライズグレイモンの掌に乗り込み、そのまま肩へと飛び移る。 「行こうぜ」 ライズグレイモンは答える代わりにウイングユニットのブースターを一気に吹かして飛び立つ。 目標は遥か上空、せいぜい風で振り落とされないように気をつけるとしよう。 ……デジタルワールドでも有数の実力者達が敗れ去り、敵の拠点に攻め込むというのに情報はほぼ皆無。 こんな有様ではどれだけ報酬額が釣り上がろうが引き受ける奴はただの大馬鹿か、自信過剰な間抜けのどちらかで。 幸いにもこの場に集まった俺達は全員、自信過剰の大馬鹿であった。 ─ 驚くことに道中では襲撃を受ける事はなく、荒れ狂う気流にもみくちゃにされた以外は難なく目標地点まで辿り着く事ができた。 「クソ…死ぬかと思った……」 が、細身の男の呟きでそういえば一度こいつがヴァルキリモンから振り落とされそうになったな、と思い出す。 「…そのジャスティモンに感謝したほうがいい」 フードの彼が小さな声で呟く。 既の所でジャスティモンが伸ばしたクローアームに掴まれて助かったが、借りを作った事がバツが悪いのかずっと不機嫌そうなツラをぶら下げている。 「まぁそう気にするなよ、戦闘開始前に頭数が減るのは俺だって困るんだ」 あっけからんと笑いながら髭面の男がバシバシと肩を叩く、この男の体格でやられたら普通に痛いだろ、アレ。 「痛ってぇ!」 やっぱり。 さて、いつまでも入口でじゃれてても仕方がないだろう。 「おい、そろそろ仕事を始めようぜ」 俺の言葉に全員が黙って頷き、それぞれのパートナーデジモン共々目つきが変わる。 警戒を洞窟の奥の方へと集中し、全員が臨戦態勢に。 そこから先は無駄口を叩く者は誰もおらず、奥へ奥へと一歩ずつ歩みを進めていく。 だがまたもや驚くべきことに、どれだけ進んでも敵の気配が一切ない、ここまで完全な無人だ。 ハズレか、この洞窟そのものが罠なのか、全てがデマでネオデスジェネラルなどここには居ないのか。 全員の間に根拠のない疑問が生まれようとしたその時。 「明かりだ」 フードの彼の言葉に全員が立ち止まり、一斉に各々が持っている照明を指さす方へと向ける。 確かに黒一色に染まる洞窟の向こう側に、灯かりのような白い箇所が見えている。 「ジャスティモン」 「ライズグレイモン」 俺と髭面の男が同時に相方に指示を送り、まもなく両方から反応が返ってくる。 「センサーは風の流れを検知してる、間違いなくあの光の先には空間があるよ……生体反応もね」 「肯定」 二体のサイボーグ型デジモンのセンサー類が全く同じ答えを叩き出している、信頼性は高いだろう。 「ハッ…この奥で呑気に待ち構えてるってか」 細身の男が拳を握りしめながらそう吐き捨てる。 「入ってきた所にデカイのをズドン、とか、あるいは…」 髭面の男が自分の髭を指で弄びながら言う、何か確信があるというよりは思考が口に出たような様子だ。 「トラップのつもりだったらとっくの昔に仕掛けてきてるだろ」 ムゲンマウンテンの崖を登る上昇中、明かりがあるとは言え暗がりで死角だらけの洞窟内、チャンスはいくらでもある。 「どのみち、道はこれ一本しかない、否でも進む他無い」 答えの出ない議論は、始まる前にフードの彼により打ち切られた。 再び全員が口を閉じ、洞窟には足音と風の抜ける音だけが響く、果たして鬼が出るか、蛇が出るか。 ……どうあれ出るのは竜だったか。 ─ 明かりのある方へと進み続けると、程なくして向こう側に開けた空間が見えてくる。 入口付近で立ち止まる者は誰もおらず、そのままの勢いで内部へと入り込んでゆく。 幸いなことに、警戒していたような不意打ちを仕掛けてくる様子はない。 目の間に広がっていたのは円形の空間だった、辺り一面には大小さまざまな岩が柱のように立ち並び、この空間全体を埋め尽くしている。 要は先程までとそう変わらない洞窟の景色だ、だが決定的に違うものがある。 この空間全体が、真昼のように明るいことだ。 勿論、洞窟が吹き抜けになっているわけではない、天井もびっしりと岩石で覆い尽くされている。 にも関わらず昼間のように照らし出されているのは、上空に静かに佇むあのデジモンが原因だろう。 ソイツが視界に入った途端に各々のデジヴァイスが警告を表示し、俺達四人は一斉に画面に視線を移す。 映し出されているのは、前方から超高エネルギー反応を検知しているという警告と、その源の名前だ。 ─シャイングレイモンX抗体 究極体 ワクチン種 光竜型 灼熱の太陽を司る竜が、まさしく太陽としてその場に君臨していた。 その体躯は原種のシャイングレイモンから大きく崩れ、メガドラモンやゴッドドラモンの様な脚のない竜型へと変わっている。 背中の片側六枚、合計一二枚のウイングは両肩の隣に移動し、独立したユニットとして宙に浮かぶ。 そして最も特筆するべき点は頭部のアーマーやウイングパーツを除いて、全身が輝くオレンジ色のエネルギー体へと変わっていることだろう。 空間全体を昼のように照らし出す莫大な光量も、このエネルギーと化した全身から放たれている。 聞いた話ではライズグレイモンのX進化体は爪の先だけがエネルギーと変化しているらしいが、それが全身へと広がったのだろうか。 そしてシャイングレイモンXを中心として、横にはシリウスモン、メタリックドラモン、カノーヴァイスモンが岩の柱に並び立つ。 後ろに控えるような配置から見るにこいつらはシャイングレイモンXの配下だろう。 「てめぇが日竜将軍か」 この光景を前に最初に口を開いたのは細身の男だ、俺達が聞きたいことを一番に口に出してくれた。 男の言葉に空中に佇むシャイングレイモンXの首がゆっくりと動き出し、俺達全員を見下ろす。 視線の先、頭部アーマーのスリットの向こうにあるべき瞳がない、どうやら本当に生体と呼べる部分全てがエネルギーへと変換されているようだ。 「そうだ」 シャイングレイモンXが口を開くことなく応える、その声には身体の奥の方から響いているようなエコーがかかっていた。 「私の名はシャイングレイモン、デジモンイレイザー様より日竜の席を賜ったネオデスジェネラルにして、誇り高き竜の頂点である」 静かに名乗りを上げるシャイングレイモンXは、その両腕を広げながら続ける。 「貴様らが此処に乗り込んで来ることは既に把握していた、歓迎するとしよう」 まぁ、うっすらとそんな予感はしていた、いくらなんでも道中無警戒が過ぎる。 この空間に突入した時すら何も仕掛けて来ないなんて、意図的に誘い込んでも居ない限りありえない。 「何…?」 だが、ノリが良いのか髭面の男が驚いたような反応を返して見せる。 「我々の支配領域は貴様達が想像しているよりもずっと広い、ムゲンマウンテンを登り始めてからここに至るまで、全ては遥か上空のウイングドラモンが視ていたのだ」 その甲斐あって高高度に監視の目を置いているという情報を引きずり出すことに成功した、尤もここから生きて帰れなければ意味のない情報だが。 「そこまで」 フードの彼から声が上がる、一度目はつぶやくような声で。 「そこまで此方の動きを把握して、なぜ何もしなかった?」 二度目からは、怒気をはらんだ声量で。 それに対し、シャイングレイモンXは余裕のある態度を崩さず返してくる。 「言ったはずだ、歓迎すると、我々は竜の中でも天を支配する竜の頂点、力あるものだけが正義を語る事が出来る」 シャイングレイモンXの驕り高ぶった言葉に対し、周りの竜たちは静かに頷く。 「そして頂点に立つ者は、挑む者を拒むことは許されない、これが我々の掟だ」 最後に俺達全員を順に指差す。 狙いを定めた、あるいは挑発のつもりか。 「日竜将軍を討つと、貴様達が挑むというのなら私は受け入れる他無いのだ」 「勿論、私一人で相手をすると約束しよう、誇りある戦いに手を出す者など我々にはおらぬ」 シャイングレイモンXの言葉にシリウスモン、メタリックドラモン、カノーヴァイスモンは黙って頷き、座り込む。 どこまで信じて良いのか知れないが、少なくとも全員戦闘態勢は取っていない。 シャイングレイモンXは一通り喋り終えると、俺達の動きを待つかのように再び静かに中に佇む。 まぁ、要するにだ。 「舐めやがって…!」 抑えきれない苛立ちが漏れ出る、と言った風に細身の男が吐き捨てた。 言う通り、頭のてっぺんから足先まで徹底的に舐め腐られている。 俺達の動きは全て把握した上で、あえて野放しにしておく。 その理由は単純明快、己の方が圧倒的な強者であるので真っ向から一人で相手をしてやろう、と。 何が挑戦者だ、こっちはお前の首を取りに来てんだぞ。 「ヴァルキリモンッ!」 細身の男の言葉に弾き出されるように、ヴァルキリモンが剣を構え飛び込んでいく。 怒りに任せて突っ込んでいる訳では無い、作戦らしい作戦など立てようがないとは言っていたが、ブリーフィングでお互いの出来る事とある程度の連携は打ち合わせてある。 まず高速で飛行するヴァルキリモンが前衛として突撃し撹乱、イーフーモンが隙をついて翼の持つ毒を撃ち込む。 後は重たい一撃を撃てるジャスティモンとライズグレイモンが弱った対象をデリート、と。 だが。 「ふん」 シャイングレイモンXがエネルギーと化した右手をヴァルキリモンに向け、その先端から火球が撃ち出される。 当然ヴァルキリモンは回避機動を取り、火球は狙いを外れてヴァルキリモンのすぐ横を通り過ぎていく。 そして、その余波でヴァルキリモンの全身が燃え尽きた。 「ヴァルっ」 ヴァルキリモンを外れた火球の先には細身の男が立っていた、男が躱す間もなく火球は着弾し、洞窟全体に爆発音と熱波が響き渡る。 焼け跡には何も残されていない、男は断末魔すら炎に飲まれて消え去り…… たった一撃で、こちらの作戦全てが崩壊した。 「おいおい…」 熱波から逃れるため、俺と他の二人は手近な岩の影に身を隠している、少し離れた岩影にはそれぞれのパートナーデジモンが。 「なんてバカげた火力」 髭面の男の言葉に続くように、フードの彼が呟く。 太陽の如き莫大な熱量を生み出すシャイングレイモンX、その力は圧倒的で、たった一発火球に掠めただけでも致命傷となる。 一旦戦闘は中止だ、俺達は岩の影で即席の作戦会議を始める。 「さてどうする、撹乱するためのヘイト役が居なくなった」 どうする、とは言うが、俺と髭面の男の視線は自然ともう一人へ向かう。 「イーフーモン一人で撹乱と毒の撃ち込みやって貰うしか無いだろ、アレ相手に真正面から火力勝負なんて出来ねぇぞ」 ジャスティモン、ライズグレイモン、イーフーモン。 残り三体のデジモンの機動力を考えると候補は初めから決まっている。 「…相手の身体が炎そのものでは、イーフーモンじゃ決定打を与えられない」 二人の視線を受け止めるフードの彼は、一度思案するように呟く。 イーフーモンの基本的な戦闘スタイルはクロスレンジでの格闘戦だ、だがシャイングレイモンXの全身は太陽エネルギーそのものと化している、相手に触れられないのならまともに攻撃が通るはずもない。 今この場面で火力として役に立たないことを理解しているのだろう彼は、すぐに頷いてみせる。 「分かった、此方で引きつける」 「しかし見ただろう、あの火炎弾は掠めるだけでも致命傷になるぞ」 何か対策があるのか、という意味で髭面の男が問う。 フードの彼は黙って頷き、辺り一面に広がる岩を指差す。 「無理に上を飛ぶのは避けて岩の影を移動する、幸いにもこの空間は円形だから隠れる場所には困らない」 どうやら点在する岩達を盾として逃げ回るつもりのようだ。 「よし、それで行こう」 ある程度方針も固まった所で、再び髭面の男がデジヴァイスを操作し始める。 「ジャスティモン、バスターアーム」 ジャスティモンの背中に装備された飛行ユニットが解けるように光に消え、代わりに右腕にパーツ群が結合されていく。 キャノンビーモンのレーザー砲を中核とし様々なサイボーグ型デジモン達のパーツが複合されたそれは、最後にボルトの締まる音を立てて完成する。 右腕そのものを巨大なレーザーキャノンとしたジャスティモン、これがこの二人の持つ最大火力か。 とその時、身を隠している岩の向こう側からシャイングレイモンXの声が響いてくる。 「何時まで隠れているつもりだ」 岩陰から首だけ出して覗き込むと、シャイングレイモンXが再び右手から火球を生み出し明後日の方向へと撃ち出していた。 撃ち出された火球は岩の柱の一つへと着弾し大爆発を引き起こす、爆風が晴れた後、岩の柱は着弾箇所から円形に抉られたように溶けていた。 どうやらしびれを切らして遮蔽物を潰しに来たようだ。 着弾の度に膨大な熱が岩越しに吹き抜け、俺達の顔は徐々に汗ばんていく。 「…あっつ!限界!」 一番初めに音を上げたのはフードを顔まで被った彼だった。 思い切りフードをめくり上げ、一気にチャックまで下ろして上着ごと脱ぎ捨てる。 中から顔を出したのは、浅黒い肌にショートカットの銀髪を輝かせた少女だった。 その姿を前に始めに疑問に思ったのはお前女だったのか、などではない。 「何故、顔を隠していた?」 髭面の男の質問に、彼女は顔をそらしながら答える。 「顔、見られたくないから」 どういう意図か、真意を問いただしている余裕はない、デタラメに撃ち続けられるシャイングレイモンXの火球は確実に逃げ場を狭めている。 「ちっ…時間がない、イーフーモン!」 彼女の言葉に応じ、岩陰に隠れていたイーフーモンが飛び出していく。 「其処か」 シャイングレイモンXの指先がイーフーモンを追いかけ、火球が次々に撃ち出されていく。 だがイーフーモンの動きの方が上のようで、火球に捕らえられるより前に岩の影に入り込んで被弾を防いでいる。 「隠れん坊の次は鬼ごっこのつもりか、下らん」 「よし、イーフーモンが引きつけている今の内に!ジャスティモン!」 「アイム、レディ」 甲高い音を立てジャスティモンの右腕の砲にエネルギーが充填されていく。 そして男はデジヴァイスを操作し照準の調整を始めると、俺に振り返り言う。 「で、お前はいつまでライズグレイモンをそのままにしとくつもりだ?」 それに対し、この空間に突入にしてからずっと静観していたライズグレイモンと俺が顔を見合わせ 「アカツキ」 「あぁ」 お互いに、それだけ言って頷く。 ……勝ち筋はもう見えた、男の言う通り俺達も動き出すとしよう。 まずはライズグレイモンの進化からだ、俺は再びジャケットのホルダーからデジヴァイスを取り出し左手に構える。 そして、右手へとデジソウルをより強く、濃く一点に集中させ 「デジソウル、チャージ!」 『デジヴァイスバースト』の注入口へと叩きつけた。 「オーバードライブ!」 デジヴァイスへ注入されたデジソウルは即座にライズグレイモンへと送られ、その全身に変化が起こり始めた。 「ライズグレイモン、進化!」 胸部装甲のハッチが左右に開き中央のコアが露出、そこから光が溢れ出しライズグレイモンの全身が球体のエネルギーに包まれる。 光の球体はひときわ大きく輝いたのち徐々にその色が変わり始める、白く光り輝く太陽の様な色から、焼け果てたようなオレンジ色…夕焼けの色へとだ。 やがて光が収まると、中から一体のデジモンが姿を表す。 灼熱の太陽エネルギーを身にまとい、巨大な翼で空を支配する光の竜。 その名は。 ─シャイングレイモン:トワイライトモード 究極体 ワクチン種 光竜型 奇しくも敵と同じく、太陽の力を司る竜がその場に降り立った。 ─ 「シャイングレイモン、異常は」 「無いよ、コンディショングリーンだ」 デジヴァイス、シャイングレイモン共に全てステータス正常、究極体への進化はこれで二度目だが非常に安定している。 そう、二度目だ。 今回の依頼を受諾した後、事前に二人で究極体への進化をテストしていた。 いくらデジヴァイス側が俺のデジソウルに対応できても、ライズグレイモン側が耐えられなければ意味がないからだ。 その歳、デジヴァイスiCが俺から注ぎ込まれたデジソウルによって、限界を超え新たなる姿へとシャイングレイモン共々変化した。 究極のデジソウルはデジモンだけでなくデジヴァイス側も進化させる、などという眉唾物と思われていた話が俺の眼の前で引き起こされる事となった訳だ。 「さて」 シャイングレイモンが腰の両側のホルスターから二挺の銃剣、『コロナブラスター』を引き抜く。 「アカツキ、行けるよ」 言葉と共にコロナブラスターの銃口に炎のエネルギーが集まり、弾丸を形成する。 「ん」 俺はシャイングレイモンの合図を受けると。 「おい」 「何…きゃっ!?」 岩陰に身を隠していた彼女を、デジソウルを込めた脚で背中から蹴り飛ばした。 全くの無防備で蹴りを受けた彼女の身体は大きく吹き飛び、直線上にある岩に激突し音を立てる。 「フン」 その隙を見逃す筈もなく、シャイングレイモンXの火球が岩ごと彼女を包み焼き尽くす。 同時に逃げ回っていたイーフーモンの姿が赤いノイズに分解され、その場には卵型のデバイスと幼年期デジモンのモココモンだけが取り残される。 勿論何の力もない幼年期が耐えられるはずもなく、デバイスごと火炎弾の余波でゆっくりと燃えていった。 これで一組始末出来た。 『トリッドヴァイス』 俺の動きと同時にシャイングレイモンが放った火炎弾がジャスティモンへとヒットし、砲へと蓄えていたエネルギーが暴走し右腕ごと大爆発を起こす。 ジャスティモンも無力化に成功だ。 シャイングレイモンはそのまま飛翔しシャイングレイモンXの元へと向かう、後は任せておけば大丈夫だろう。 「お前…!一体何のつもりだ!」 俺の行動に髭面の男が激昂して見せる、だがそんなのはただの見せかけ、安っぽい芝居だ。 尤も、この瞬間まで作戦がなんだと猿芝居をしていたのは俺も同じだが。 「何のつもりだぁ?お前だって始めからこうするつもりだったんだろ、まさか懐の拳銃、護身用なんて言わないよな」 俺の言葉にビクリ、と男の表情と動きが固まる。 ……この依頼の報酬は均等に山分けという取り決めだ、当たり前だが、頭数が減れば一組ごとの取り分が増える。 勿論普段の依頼でこんなことはしない、タダでさえ戦闘後でお互い疲弊している状態で報酬を奪い合っても、どう考えても増える額より戦闘のリスクのほうが高いからだ。 だが今回の依頼は桁が違う、リスクを背負ってでも取り分を増やす価値が十二分にある。 当然、同じ事を全員が考えていただろう、真っ先に死んだ細身の男は知らないが、あの女がフードで容姿を隠していたのは何故か、顔を見られたくないという言葉の意味は? 答えは簡単だ、暗殺まがいの事をするから面が割れたくない、それだけ。 この男も大差ない、道中ずっと懐に隠し持った拳銃を片手で弄んでいた。 その金属の音をライズグレイモンのセンサーは見逃さず、俺は事前にコイツの得物を把握できた訳だ。 「…バレてんじゃ仕方ない、おい!今すぐシャイングレイモンをっ」 残念だが男が懐に手を突っ込み、下らない脅し文句を言い終えるよりも俺の拳が顎を打ち抜く方が早かった。 俺はそのまま男の手から拳銃を奪い取り、 「BANG」 頭と胴体に一発ずつ撃ち込んだ。 乾いた音と共に返り血が俺の服を染める、帰ったらクリーニング出さないと。 「…」 俺は奪い取った拳銃を一瞥する、小口径で隠し持つのに最適なコンパクトな銃身、こんなんじゃ幼年期にすら効くか怪しい、間違いなく対人用だ。 …俺達四人の腹づもりは同じで、お互いに他の連中を始末して報酬を独り占めするつもりだった。 だが他の連中が日竜将軍をデリートした後で事を起こそうとしていたのに対し、俺とシャイングレイモンは敵の正体を確認した時点で動き出していた。 違いはたったそれだけで、その差が生死を分けた。 「ギ」 とその時、倒れ込んでいたジャスティモンが俺の方を向いた。 全身から激しいスパークが漏れ出ており、全身の関節もかろうじて稼働していると言った風だ。 もう限界が近いのだろう、胴体中央部からデータ片への分解が始まっている。 「なんだ、まだ生きてたのか」 「ギ、ギ」 発話機能が既に破壊されているのか、ジャスティモンは声ではなく空中にウインドウを投影する。 そこにはこう書かれていた 『お前達だけでどうやって日竜将軍に勝つ?』 それを映し出すと共にジャスティモンの全身から小さい爆発が複数回引き起こされ、彼はデータ片へと完全に分解され消滅した。 「余計なお世話だ」 相手がシャイングレイモンの、太陽の化身であるというなら、こちらのシャイングレイモンに負けはない。 そう確信したからこそ、俺とシャイングレイモンは先にコイツらを始末することに決めたのだから。 そうして間もない内に、岩の向こう側から発せられていた膨大な熱が徐々に収まる。 やがて真昼の如き明るさだった洞窟は本来の暗さを取り戻し、代わりに取り付けられた照明が次々に点灯していく。 「…終わったか」 それは、日竜将軍が討ち取られたという証拠だった。 ─ 『トリッドヴァイス』 ジャスティモンの無防備な横っ腹に火炎弾を撃ち込むと、砲ごと大爆発を起こす。 これでジャスティモンも無力化した、残るはシャイングレイモンXだけだ。 ボクはそのまま飛び立つと、真っ直ぐにシャイングレイモンXの元へと向かい、同じ高度に並び立つ。 「貴様、その姿」 ボクと自分が同じ種のデジモンであることに流石に面食らったのか、初めてシャイングレイモンXが動揺を声に見せる。 が、すぐに普段の余裕を取り戻すと。 「…否、私と同質の力を得たからと言って、貴様に勝ち目など万一にも無い」 そう言って、両手から火炎弾を撃ち出した。 「同質?勘違いも甚だしい」 放たれた火球はボクの肩と胴体にヒットするが、着弾した途端にその色が輝く太陽のオレンジから焼ける果てたような褐色、ボクの装甲と同じ色へと変色し、最後には掻き消えた。 勿論、ボクにダメージはない。 「何!?」 この光景を前に、今度こそシャイングレイモンXが狼狽する。 そのまま立て続けに火炎弾を連発するが、結果は全て同じだった。 効果がないことを理解したのかシャイングレイモンXは両手を下げると、その代わりに口を開く。 「成る程、私と同質の存在故に太陽の力を吸収できるという事か」 「吸収、ね」 納得するように独りごちるが、残念ながらハズレだ。 ボクのこの姿、黄昏の名を冠するシャイングレイモンの能力は太陽エネルギーの吸収などではない。 「ならば吸収し切れない出力で上回るのみ、燃え尽きるが良い!」 シャイングレイモンXが両腕を大きく横へ広げ、内に秘めた灼熱の太陽エネルギーを解き放つ。 同時に超高温の熱波が立て続けに押し寄せ、周辺のあらゆるものをゆっくりと焼き、溶かしてゆく。 「ふん!」 そして広げた両手をボクに向けて閉じると、シャイングレイモンXの眼前に巨大な火球が作り出される。 『サンライズブレイブ!』 彼の持つ膨大なエネルギーが集約されていくそれは、もう一つの太陽として全てを焼き尽くすには十分な物だった。 一撃で仕留める、そういう事だろう。 が、そうはいかない。 「……愚かで助かるよ」 自分から大技で動きを止めてくれるとは。 ボクは火球を意に介さず、真正面からコロナブラスターの銃剣部分を向けて突進する。 「消えろ!」 同時にシャイングレイモンXから、太陽の如き火球が放たれた。 それはコロナブラスターの先端部に触れると、接触した箇所から変色し「裏返る」 これがボクの、黄昏の力を持つシャイングレイモンの能力である太陽エネルギーの反転だ。 太陽のエネルギーをその身に纏うシャイングレイモンだが、何らかの原因によって太陽の持つ正のエネルギーが、負の暗黒エネルギーへと変換されるという現象が記録されている。 この負のエネルギーが極限まで高まった状態はルインモードと呼ばれ、暴走のリスクを抱えた極めて危険な状態だ。 そして、ボクの姿はこの正と負、エネルギーの反転と制御を得意としているのだ。 黄昏と薄明、昼と夜の境界線。 そこに立つが故に、トワイライトの名を持つ。 よって、ボクはシャイングレイモンXの攻撃を吸収していたのではない。 負のエネルギーへと反転させ、ボクが扱う代わりにそのまま消滅させていただけだ。 ボクそのまま火球を真っ二つに引き裂くと、シャイングレイモンX目掛けて突進を続ける。 「何」 そして、彼が目の前の光景を理解するよりも早く、コロナブラスターをシャイングレイモンXの胴体へと突き立てた。 「ぐ」 シャイングレイモンXがうめき声を上げ、両腕がボクを引き剥がすために動き出す。 「貴様っ」 ボクはこれ以上彼に付き合うつもりはないので、続けて何か言い出す前にコロナブラスターの引き金を引き切った。 『オールドデイズ・エンド』 その瞬間、シャイングレイモンXの身体が撃ち抜かれた場所から変色し黒ずんていく。 だがボクと同じく焼け果てたような褐色では止まらず、腐り果てるように真っ黒に染まる。 「何だ!貴様!何をしたッ!」 自身の身体に起こる現象を理解できないのか、シャイングレイモンXが喚くように問う。 簡単ことだ、単に正と負のエネルギーの変換現象、それをシャイングレイモンXの身体の中に撃ち込んだだけ。 それをコントロールする力を持つボクなら兎も角、全身を正の太陽エネルギーそのものと化したシャイングレイモンXでは負のエネルギーを制御することは叶わないだろう。 彼は自らの持つエネルギーに内側から焼かれ、崩壊しているのだ。 勿論彼にそれを説明する義理はない。 ボクはコロナブラスターを彼から引き抜き、代わりの言葉を探す。 「答えるつもりはない、が」 その間にもシャイングレイモンXの全身は、中心から腐るように真っ黒に崩れ去っていく。 「月並みだけど、あえて言うなら」 自らを太陽そのものと化した彼に送るなら、最も適した言葉はなんだろううか。 ……よし、思いついたぞ。 「沈まぬ日は無い」 言い終えた時、シャイングレイモンXの姿は既に無かった。 ─ 日竜将軍をデリートしたシャイングレイモンが俺の隣に降り立つ。 「シャイングレイモン」 「アカツキ、こっちは終わったよ、そっちは…」 と、俺の側に転がる男の死体を見つけたのか途中で言葉を切り上げる。 「終わったみたいだね」 「あぁ、生き残りは俺達だけだ」 依頼内容である日竜将軍のデリートは成功、報酬を山分けする相手は全滅。 完璧と言って良い状況だ。 それでもまだ残りの目標があるとするならば、未だに座り込んだままのシャイングレイモンXの配下達だろう。 俺とシャイングレイモンは上を見上げ、継戦の意思を問う。 「で、どうする、お前らのカシラはくたばったが」 それに対し今まで微動だにしなかった竜達の一人、シリウスモンが静かに口を開く。 「…言った筈だ、力あるものが正義だと、シャイングレイモンが討たれた今この場で最も力を持つ者は貴様達だ」 続けて、メタリックドラモンが。 「故に、貴様達の好きなようにしろ、我々と戦うというのならば相手になろう、帰りたいのならば勝手に帰れば良い」 最後にカノーヴァイスモンが。 「我々はこの事態をデジモンイレイザー様にお伝えしなければならない、用が無いなら疾く去れ、邪魔だ」 「そうかい」 依頼内容に日竜将軍の配下の討伐までは含まれていない、こちらとしても戦う理由は皆無だ。 お言葉に甘えて退散するとしよう。 とは言え油断は出来ないので俺は前方を、シャイングレイモンは後方からの不意打ちを警戒しながらゆっくりと出口へ進んでいく。 だが宣言通り彼らが手を出してくることは無かった、俺達はそのまま何事もなく洞窟から脱出する。 「アカツキ、乗って」 そして俺を肩に乗せたシャイングレイモンは両の翼を開き、羽ばたく。 後は麓まで降下するだけだ、流石にこのまま直に拠点まで飛んで帰るつもりはない。 ふいに空を見上げた時、ある一点が規則的に点滅を繰り返していた、あれが上空から監視しているウイングドラモンだろう。 飛んで帰れば間違いなくルートを補足される、面倒だが降りたら途中までは徒歩だ。 「……」 吹き付ける風に揉まれながらも、シャイングレイモンは高度をゆっくりと下げていく。 その途中でふと、思い出した事があった。 「なぁ」 「…なんだい、風で聞こえづらいからマイクを使ってくれ」 「あ」 そりゃそうか。 俺はジャケットに取り付けたデジヴァイスをホルダーごと口元に近づける、この高度と風の中取り出して落としたら全く笑えない。 さて、何を考えていたんだったか。 そうだ、この変化したデジヴァイスについてだ。 極限のデジソウルの注入による究極体への進化と、それに伴うデジヴァイス自体の進化。 これに至るためには、パートナーデジモンとの究極の絆というものが要求される、らしい。 どこで聞いたのか忘れるほど眉唾物の噂話だが、目の前の現実として俺のデジヴァイスiCはデジヴァイスバーストへと進化してみせた。 ここで一つ、疑問が生まれる。 「デジヴァイスと究極体への進化には、デジモンと人間の究極の絆とやらが必要らしいが、俺達の間にそんなモンあると思うか?」 俺の疑問に対し、シャイングレイモンはさほど考え込む様子もなく答える。 「…ナンセンスな質問だ、絆なんてものは言葉で証明出来はしないし」 シャイングレイモンは己の右手を握り込み、続ける。 「ボクがこの姿と力を行使できる、必要なのはその事実だけだ」 言われてみれば全くその通り、自分でも馬鹿なことを聞いたと今更思う。 「……だな、アホな事聞いた」 俺はデジヴァイスを元の位置に戻し、シャイングレイモンの視線も下方へと戻る。 この話はそれっきり、地上に降りてから拠点に帰るまでは報酬の使い道とか、そんないつもの話をしていた。 ─ 「ククク…」 「ふへへへ…」 狭い拠点の中、俺とアグモンが気持ち悪い笑みを浮かべあう。 その間にあるのは中に投影されたディスプレイと、膨大の数字の表記。 今回の依頼報酬が、1bit漏らさず振り込まれていた。 まず最初に何に使おうか、楽しい極上ニクパーティでも始めようか。 それともWWW大陸へ観光旅行にでも出かけようか、など二人で次々にプランが出てくる。 と、ひとしきり騒いだ所で、まずは現実的な問題の解決から始めることにする。 「よし、一旦頭冷やそう、まずやるべきはこの拠点の放棄だ」 俺の言葉にアグモンは頷く。 「そうだね、日竜将軍の討伐でボクらの名前は嫌でも知られるようになった」 ─あのネオデスジェネラルの一人を討ち取った二人組が居る。 ─たった四組で討伐に挑み、一組だけが生き残った。 ─黒いアグモンとガキの二人組。 中核になっているのはこの三つの要素で、後は尾ひれ背びれが付いためちゃくちゃな噂話がデジタルバウンティハンターの内外で飛び交っている。 この状況下で今の安っぽいアパートみたいな拠点に身を置くのは危険過ぎる。 俺は移転先の拠点の物色に手を付け、アグモンは大まかな荷造りを始める。 メインの拠点の他にセーフティハウスを用意したほうが良いだろう、なんならマテリアルワールドにだって身を置ける。 それぐらいめちゃくちゃな資産を俺達は手にしたのだ、いつ誰に狙われてもおかしくない程の。 と、その時だ。 「やぁ、お邪魔するよ」 「誰だッ!?」 突然聞こえて来た謎の声に、反射的に大声で反応してしまう。 落ち着け、まずは武器を構えろ。 俺はジャケットのホルダーからナイフを……しまった。 部屋の中であんな装備だらけのジャケットを着込んでいる筈もない、手入れのために全ての武器は作業台の上だ。 俺の反応を嘲笑うかのように、謎の存在の乾いた笑いが響く。 「ハハハッ…落ち着いてくれよ、ボクは別にキミ達を攻撃しに来た訳じゃない」 暗がりからゆっくりと歩みだし、声の主が姿をあらわにする。 オレンジのラインが走る白いコートに、下に黒のインナーを襟元まで着込んだ、灰色がかった青髪の『少女』 傍らには、究極体デジモンのブラックセラフィモンが控えている。 そして。 「ボクはデジモンイレイザー、今日はキミ達に仕事の依頼をしに来たんだ」 デジモンイレイザーと、その少女は名乗った。 語る名の真偽は兎も角、はっきりさせるべきことが一つある。 「アンタ、一体どこから入ってきた」 この女とブラックセラフィモンがやってきた方向にあるのは、壁で仕切られているだけのキッチンだ。 つまり、出入り口は存在しない。 「どうでも良いじゃないか、それともインターホンを押したら素直に出てくれるのかい?」 が、女は俺の質問に答えるつもりは無いようだ。 「無いね、タダでさえボク達は今警戒態勢中だ」 「だろう?」 そのままアグモンと女の方で俺の質問に決着が付けられてしまう。 別にいい、この様子じゃまともに答えるつもりは無いだろう。 カラクリは不明だが、空間を転移する力があるのかも知れない……この女の言う通り、デジモンイレイザーなら。 「さて、仕事の話に戻ってもいいかな」 女は閑話休題とでも言いたげに軽く両手を鳴らし、傍らに控えたブラックセラフィモンが空中にウインドウを展開する。 「単刀直入に行こう」 そこに書かれた依頼内容は単純明快。 「日向暁、アグモン、キミ達には日竜将軍の席に就いてもらいたい」 俺とアグモンに向けた、ネオデスジェネラル陣営へのスカウトだった。 ─ 「実はボクの部下のネオデスジェネラル達、その日竜の枠に穴が空いてね、今早急に次を探してる最中なのさ」 女はそこまで言い終えると、俺達の反応を伺うように口を閉じる。 質問があればどうぞ、とでも言いたげな様子だ。 まず当然の疑問として。 「なんで俺達を選んだ?その日竜将軍をデリートしたのは俺達だぞ」 どう見ても自分の配下の仇がどうこう気にするタイプではない、それでもデリートした張本人を後釜に選ぶ理由は気になる。 「何故って、簡単じゃないか、シャイングレイモンX抗体をデリートしたキミ達は彼より強い、なら後任には最適だろう?」 「は」 あまりにも無茶苦茶な理屈に面食らってしまう。 それは俺達が賞金稼ぎで、コイツらが賞金首であるという大前提を投げ捨てている。 この依頼を受けたが最後、俺達は逆にデジタルバウンティハンター協会から追われる存在となるだろう。 俺達の称号が大物狩りの二人、から巨額の賞金首へと一夜で丸ごと入れ替わる、こんな依頼を受ける理由は全く無い。 大体。 「そもそも、アンタが本物のデジモンイレイザーだという証拠は」 俺がそう聞いた途端、女の顔が呆れ果てたという風に変わる。 「ボクが本物か偽物かなんて、何の意味を持つんだい?キミ達が必要とする事実はコレだけじゃないかい?」 言葉と共に女が宙を指差す、その先にあるものは。 「アカツキ!」 「…なんだこりゃ」 指差す先にあったのは、先程まで俺達がニヤつきながら眺めていた預金口座だ。 ……その額が、一瞬にして二倍に増えていた。 「前金、とでも思ってくれていいよ、別に返す必要もない」 振り込みの名義人はいかにも怪しい社名のなんたら商会、多分この裏をいくつものペーパーカンパニーを通している。 追跡は諦めたほうが良い。 「さて、ボクの依頼を引き受けてくれるなら報酬として更に今の残高の倍を出すけど」 「なっ」 さっきから開いた口が塞がらない、それくらい現実離れした光景が目の前で繰り広げられている。 たった一瞬で総資産が四倍になる可能性が生まれてきた、これで冷静でいられる人間はそうそういない。 「もし」 俺は最早確認というより、他に出せる言葉がないという風に問う。 「もしも断ったらどうする」 こんなバカげた大金を叩きつけるのだから、俺達に拒否権はないと考えるのが自然だ。 だが、デジモンイレイザーを名乗る女はあっけからんと答えて見せる。 「勿論帰るさ、お望み通り玄関からね」 大げさに肩をすくめて苦笑し、続ける。 「別に日竜将軍の候補はキミ達だけじゃないんだ、エクリプスドラモンにデジタマモン超究極体…」 「デジモンイレイザー様」 と、言葉の途中で今まで静かに控えていたブラックセラフィモンが制する。 「おっと口が滑った、今のは忘れてくれ」 そう言って両手でわざとらしく口元を抑える、この女、さっきから一挙一動の全てが芝居がかってやがる。 何が口が滑っただ、間違いなく今のは意図して名前を零した。 俺達の判断を急がせるためにだ、それ以外に理由はない。 ここでもう一度、女は両手を鳴らしてみせた。 「さて、そろそろ返事を聞かせてもらえるかな」 ついに、俺達に判断を迫る時が来た。 「答えはイエスか、ノー、それ以外認めないよ」 返答を後日にすることは不可能、今この場で決めろと言っている。 「……」 頭の中で思考が駆け巡る。 さっきまでこんな依頼を受けるつもりは全く無かった、自分たちが賞金首になるなど真っ平御免だ。 だが提示された報酬は文字通り桁違いだ、背負うリスクに見合うだけのリターンが確実に存在する。 「ア……」 俺は隣で座り込んだままのアグモンにどうする、と問おうとして固まる。 ごく最近、全く同じ問答をしたばかりだ。 依頼の危険性に見合うだけの報酬が得られるなら断る理由はない。 迷う理由が俺とアグモンではこの先の戦いに不足があるというならば、俺達が組んでいる意味も消える。 つまり、俺に求められているのはいつも通りの、何を切り捨て、何を選び取るのか。 その判断だけだ、アグモンに何かを問う必要性は一切ない。 俺は開きかけの口を閉じ、ただアグモンの目を見る。 アグモンも何も語りはしない、同じ様にこちらを見つめ返す。 それで十分だ、俺はデジモンイレイザーの方へ向き直り。 「俺は」 違う。 「俺達は」 ─ 金。 金属の金ではない、カネだ。 地獄の沙汰すらそれが要るのだから、デジタルワールドで必要とされるのは言うまでもないだろう。 そしていつだって儲け話とはリスクとリターンが等価であり、ローリスク・ハイリターンなどはあり得ない。 生き残るために何を切り捨てて、何を選び取るのか。 俺とアグモンが選び取った物は。 静まり返った洞窟に、俺とシャイングレイモンの音だけが響き渡る。 「まさか、こんな場所にまた来るなんてな」 ここはムゲンマウンテン上層部に空いた洞窟の一つ、かつて日竜将軍が拠点としていた場所だ。 俺とシャイングレイモンは再びこの地を訪れていた、今回は全く違う理由でだ。 「引っ越し先を探していたんだし丁度いいさ、ここならそうやすやすと侵入できないよ」 登るものを拒む切り立った崖に、飛行能力を持つデジモンでも簡単には突破できない乱気流の壁。 確かに天然の要害は侵入者への警戒という点では勝っている、ついでに高高度からはウイングドラモンの監視というおまけ付きだ。 「交通の利便性は最悪だけどな、いちいちこんな高さまで降りたり登ったりよ」 そんな他愛のない話を続けていると、やがて洞窟の奥に開けた空間が見えてくる。 この空間を昼間のように照らしていた太陽はもう居ない、俺達がデリートしたからだ。 今はごく普通の照明によって明るさを確保されている。 俺達が内部に入り込むと、即座に上の方から声が聞こえてくる。 「何者だ、名乗れ」 あの日と全く同じ場所に座り込んだメタリックドラモンの声だ、その隣にはウイングドラモンの姿がある。 丁度空の警備から帰ってきたのだろうか、これでカノーヴァイスモン、シリウスモン、メタリックドラモン、ウイングドラモンと四体の日竜軍団全てが揃っている。 というか。 「何者だ、じゃねぇよ、話伝わってないのか」 俺とシャイングレイモンが今日来ることは既に伝達済みだった筈だが。 だが、メタリックドラモンはすぐに首を横に振り、続ける。 「……意味を履き違えているようだな、我々の上に立つというならば、誇りと共に名乗りを上げろと言っている」 「あー」 そういうの要る感じか、面倒な。 「いいじゃないかアカツキ、着任の挨拶くらい」 シャイングレイモンは割と乗り気のようだ、そういえばコイツ芝居がかったセリフとか好きだったな…。 仕方ない。 「俺は日向暁(ひむかいあかつき)」 「ボクはシャイングレイモン」 そこで、二人の声が重る。 「「ネオデスジェネラル、日竜将軍だ」」 俺達は、世界の敵を選び取った。