「どういうことなの…?」 目の前の光景にすみれは頭を抱えていた。 彼女はデジタルワールドにいたことがあるため、この現象を知っている。 しかして「人間が液晶化する」という事象を見たのは生まれて初めてのことだった―― 時刻は朝早く、まだ通勤中の人々があわただしく動き回る中。 突如として新宿のど真ん中に白黒二色のモザイク状の生き物?が2つ現れた。 その異様な姿から通行人による電脳犯罪捜査課へと通報が殺到した。駆け付けたすみれが見たものは1人の少年と1体のデジモンだった。 それを少年とデジモンだと彼女が判断できたのはかつての経験によるところが大きい。 「おねーさん誰?」 少年?が気の抜けた返事をする。 「私は警察官よ。警戒しなくて大丈夫。あなたたちを保護しに来たの。」 デジモンの方はこちらを攻撃できる体勢を取っている。すみれは警察手帳を見せつつ、敵意がないことを示しながら、1歩1歩と距離を詰めていった。 「ああ良かったぁ、ここがどこだかさっぱりわからなったんだよねぇ~。ヘド○もおねーさんについて行こうよ。」 少年は状況を呑み込めていないようで、のんびりと返事をした。 こうして、肉体が16×16のドット上になってしまった少年津村英一とそのパートナーのレアモンは電脳犯罪捜査課へと保護されることとなった。 「どういうことなの…?」 すみれが頭を抱えるのは本日二度目。 数時間前まで彼らはデジタルワールドにいたが、野生のホーリーエンジェモンを怒らせてしまい、ヘブンズゲートによって飛ばされたそうだ。 デジタルワールドには数か月くらいいてその前のことはあまりわからない、と話していた。 こういった事例は何度か対処したことがあり、ここまではまだすみれの理解の範疇である。 最大の悩みの種は書いてもらった調書の内容。 「生まれ:昭和38年6月10日」 すみれが生まれるはるか昔の日付である。 そして住所は現存せず、電話番号は都内なのに7桁。何もかもが彼の異常性を示していた。 まず彼は車の中で「家がでっけー!」を連呼していた。 その次にスマホを見て「小さいテレビだ、すっげー!」と驚いていた。 マイペースながらも、周囲をきょろきょろしては少し落ち着かない様子も見られた。 変な子だなとは思っていたが、まさかこういうことだったとは。 今は裏取りのために筧宗介が本庁の資料を漁りに行っている。 この電脳犯罪捜査課にはその性質上、日本の行方不明者のデータが保管されている。 しかしそれはデジタルワールドの存在が確認されるようになったここ30年ほどのもので、それ以前のデータとなると紙の資料を探すほかはない。 「戻ったぞ。」 コピーしてきたと思われる紙束を片手にくたびれたの男性、宗介が部屋へと入ってきた。 「お疲れ様です宗介さん。結果はどうでした?」 「ああ、バッチリ見つかったが…」 そう言って手渡された書類の内容に目を通す。 「何これ…?怪獣襲撃事件…?」 先日、怪獣映画のような戦闘を目撃したばかりであるが、こちらの資料の内容はおよそ50年前のもの。 そもそもデジモン由来とは別のものであることが添付された後年の報告書からも読み取れる。 死者・行方不明者およそ650人。上陸を許した沿岸部はほぼ壊滅。 当時はビデオカメラなどなく、また報道機関も近づくことができなかったため、怪獣の姿は民間人の撮影した遠景写真が数枚残るのみと今なお解明の進まない事件。 彼…英一少年はその犠牲者の一人とされ、遺体は発見されていない行方不明者であった。 想像以上の事情に息を飲む二人。 「こっちも聴取終わったわよ~」 そこにレアモンの聴取をしていたシンドゥーラモンが入ってきた。 「どうもあの子話せみたいでねえ、でも言葉自体は理解できるみたいだから紙とペンを渡してみたの。」 そう言ってシンドゥーラモンが見せてきたのは12枚の紙。1枚に大きく1文字ずつ、震えた筆跡で。 「カ」「レ」「ニ」「オ」「モ」「イ」「ダ」「サ」「セ」「ナ」「イ」「デ」 「『彼に思い出させないで』ね。どう思います?」 「そりゃあさっきの情報と合わせて思い出させちゃいけないことなんて一つしかないだろう」 「そうね、私も同感だわ。」 すなわち英一が怪獣に襲われた時の記憶。 彼がなぜ液晶化したのか、そういった謎のすべては50年前の事件に集約されている。 だが、彼自身がそのことを忘れていて、パートナーが思い出させてはいけないと言っている以上深堀りするのは危険だ。 「どうにもキナくせえ。あの坊主は50年前の幽霊だってのか?」 「結論を出すには情報が足りないわ。しばらく保護して様子を見るしかないかしら。」 既に電脳犯罪捜査課が抱えている厄介ごとは一つではない。今更増えても手間はそんなに変わらないと彼女は考えていた。 この間、英一は野球中継を見ていた。 なんでも、最後に見た試合は長嶋茂雄の引退セレモニーだったという。 当時とほとんど変わらないものが見れて、心なしか彼も少し落ち着いた様子だった。 「英一君とレアモンはワタシが面倒見ておくから二人は仕事を続けててちょうだい。」 「助かるわ、シンドゥーラモン。」 と、オフィス前に小さな影が二つ見えた。 「あらもうこんな時間。」 すみれは約束を思い出し、二人を出迎える。 「おうおう、そっちが呼んだってのに俺と剣一を待たせるたあどういうこった?」 小さなお客さん…ガオスモンとそのテイマーの渡剣一少年だ。 先日、彼らはまたしてもリアライズした巨大デジモンを撃退した。 目撃者も多く上に報告の必要もあったため、軽く事情聴取を行うために呼んでいた。 「まあ俺様の活躍を聞きたいって言うならいくらでも話してやるがな!」 相変わらずガオスモンは偉そうである。 「ぼ、僕なんかで役にた、立てるのかな…」 一方で剣一の方は自信なさげだ。 「じゃあこの部屋で話を聞くわね。」 ――― ―― 「…ここで必殺のブループロミネンスが炸裂!こうして邪悪なデジモンは滅び去ったってわけだ!」 聴取と言いつつ、ほとんど一方的にガオスモンが話しているだけなのだがおおよその流れはわかる。 その内容を整理しながらすみれはメモを書き上げていった。 「今日はこのくらいにしておきましょうか。」 時刻は正午の少し前、朝からいろいろと有ってかなり疲れていた。 「すみれ~、この子たちも食事が必要みたいね。」 シンドゥーラモンも部屋から出てきた。 と偶発的にだが英一と剣一が鉢合わせてしまった。 「…え?平面の人間?」 目をぱちくりとさせる剣一。 「んー?向こうでもよく言われた。まあびっくりするよねー。」 英一の方は慣れたもの。 「この子はちょっと事情があって液晶化っていうデジタル現象になってしまっているの。」 「液晶化か、あれは俺も様なったことがあるけど人間でもなるものなんだな。」 「へ、へぇ…」 まだ剣一は少し怖がっているようだ。 「初めまして、ボクは津村英一。でこっちはヘ〇ラ。」 そんなことお構いなしに英一は距離をぐいぐい詰める。 そしてレアモンも軽くお辞儀をした。 「お、おう。俺はガオスモン。でこっちが子分の剣一だ。」 「わ、渡剣一です…。」 ガオスモンに促される形で剣一も挨拶をする。 その様子はまだぎこちない。 すみれは少し考え、 「うーん、ならみんなでお昼ご飯にしましょうか。」 全員で食事をすることにした。 ――― ―― 近くのファミレスに3人と3匹で入る。 シンドゥーラモンの行きつけであったため、店員も慣れたものだ。 英一に少し驚いていたものの警官であるすみれも一緒であったため、騒ぎになるようなこともなかった。 ガオスモンと英一はすぐに仲良くなり、それに釣られる形で剣一とも会話をするようになった。 二人が無事打ち解けられたようですみれも安心した。 食事を終えると店を後にし、オフィスへの帰路に就く。 「美味しかった~、向こうの世界だと肉ばっかりだったからな~。」 レアモンと英一は満足そうだ。 と、 「久しぶりだなe38398e38389e383a9。よもや君が生きていたとは思わなんだ。」 いつからそこにいたのか。 不気味な笑顔を浮かべる青年が話しかけてきた。 「誰!?」 すみれとシンドゥーラモンが子供二人を守るように前に立つ。 「これは失礼した。私が用事があるのはそこのデジモンだ。」 彼が指をさした先はレアモンだった。 「ヘド〇、知り合い?」 フルフルと首を横に振るレアモン。 パチンッ! 不気味な青年が指を鳴らす。 すると周囲の風景がみるみるうちに荒野へと変わっていった。 「気を付けてすみれ!これは疑似デジタル空間よ!?」 バイタルブレス系のデジヴァイスが持つ機能で、空間をデジタル化、隔離することができる機能だ。 「正確にはその元となった技術でね、メタフィールドという。そうそう、自己紹介がまだだったね。」 周りの空間の変化と同調するように青年の姿も変わっていく。 人の眼から大きな黄色い複眼へ、口は針上に縦に伸び、指はカギ状に… 「私の名はジジ。ジジ・アーブラーだ。以後お見知りおきを。」 「ひっ!?」 剣一は思わず悲鳴を上げた。 そこにいたのはセミの頭部を持つ人間とはかけ離れた生物だった。 「で、デジモンなの…?」 すみれの疑問にシンドゥーラモンも首を横に振る。 「私の目的はただ一つ。そこにいるデジモンを始末することだ。 そのデジモンは人類にとって脅威となる。私は善意から申し出ているのだがね。」 「ヘド〇が何をしたっていうんだ!」 英一がジジに対して反論する。 「君たちは知らないだけ…だが説明してもわかってはくれないだろうね。仕方ない、力ずくは好むところではないが…」 と、天から巨大な金属の塊が隕石のように降ってくる。 ゴォ! それは地面にクレーターを作りながら激突すると、中から巨大な生き物が現れた。 「やるぞガラモン。」 見上げるほどに大きい。その体長は50mを超えていた。 「あ、あれは…」 警視庁のデータベースにも載っている。 日本で確認された中では最古のデジモン。 『硬』の裏十闘士「エンシェントガラモン」。 サンゴのような赤い突起、短い手足、間抜けな顔とどう見ても強そうには見えない。 だが外見に反しとてつもないパワーと、クロンデジルソナイトと呼ばれる硬い金属に覆われた究極体のデジモンだ。 「な、なんだこいつは!?剣一!下がってろ!」 ガオスモンが吠え、剣一はおびえた様子で後ずさりする。 「やるわよすみれ! 「ええ!」 すみれとシンドゥーラモンの反応は早かった。敵対の意志がある以上、戦闘にならざるを得ない。 「「プーヤヴァーハ!」」 シンドゥーラモンが電撃を放つ。だがエンシェントガラモンには全く効いた様子がない。 「大きすぎる!」 まず体格差が違い過ぎて攻撃が当たっても弾かれてしまう。 「ヘド〇!ボクたちもやるぞ!」 英一が持つドットの塊から光があふれだす。  M A T R I X E V O L U S I O N       ■■■■          ■■■■■■■■       ■■■■■■■■■■      ■ ■■   ■■■     ■    ■■■■  ■    ■   ■■■■■■  ■  ■ ■  ■ ■■ ■  ■   ■■  ■ ■■ ■ ■     ■■■■■■■■■■      ■ ■    ■ ■     ■  ■    ■  ■   ■  ■ ■■■■ ■  ■  ■  ■■    ■■  ■   ■■        ■■   ■    ■■■■    ■  ■■■■■■  ■■■■■■ 「「エクスヒデカズモン!」」 二人が一体化し究極体となったことでその大きさは6mほどとなった。 しかしエンシェントガラモンにはまだ遠く及ばない。 (気を付けなさいヒデカズ。あれは強い。いざとなったらワタシを見捨ててでもお逃げなさい。) 一体化したことでレアモンの意識が英一に流れ込んでくる。 「弱気になっちゃダメだよヘ〇ラ。ボク達はどんな時も一緒だって言ったじゃないか。」 (ええ、そうですね。ワタシ達は負けない!) 「「ニュークリア・ヘドロ!」」 エクスヒデカズモンから汚染物質の塊が放たれる。 ベシャ!! だがエンシェントガラモンはそれを正面から受け切り、平然としていた。 「その程度か?ならばこちらから行くぞ!『とびかかる』」 エンシェントガラモンはその巨体に似合わない跳躍力を発揮し、一気に距離を詰める。 そしてその爪でエクスヒデカズモンを引き裂いた。 「英一君!」 すみれが駆け寄る。 エクスヒデカズモンが光に包まれ、マトリクスエボリューションが解除された。二人はボロボロだ。 エクスヒデカズモンは究極体。それすら一撃で戦闘不能に追い込むエンシェントガラモンはもはや別格の存在と言えた。 「なに、少年に危害は加えない。ここでデリートされるのは君だけだ。」 エンシェントガラモンが近づいてくる。 (アイツは…アイツは存在しちゃいけない奴だ!) 剣一の眼が見開かれる。 それと同時に黒いエネルギーがガオスモンへと流れ込んだ。 ギュインギュイ-ン! 「ガオスモン!!ワープ進化ァ!」 「ス ピ ノ モ ン !」 エンシェントガラモンがレアモンへとどめを刺そうとするその瞬間、スピノモンが両者の間へ割ってい入る形で現れた。 ガシッ! エンシェントガラモンの巨体をスピノモンが受け止める。 大きさも、そしてパワーも互角。 「ガラモンヘッドバッド!」 エンシェントガラモンが至近距離から激しい頭突きを打ち付ける。 それを多少目障りそうに受け流すスピノモンには大きなダメージはなかった。 ブンッ! 巨大な尾がエンシェントガラモンを横から打ち付け、吹き飛ばす。 エンシェントガラモンは地面を転がるもそのまま回転の勢いを利用して立ち上がった。 「ドロップキック!」 ガラモンが跳躍、足を揃えてスピノモンに蹴りを浴びせる。 スピノモンは吹き飛んだものの大したダメージを受けた様子もなく立ち上がる。 「タフだな。そしてパワーもある。しかし並の究極体ではこの『硬』のガラモンに傷一つつけることは出来ぬぞ!」 今までの攻防の中でエンシェントガラモンのHPは1すら減っていなかった。 両者ともに決定打に欠けるにらみ合い。 先に動いたのはスピノモンだった。 バチッ! スピノモンの背びれが激しくスパークする。 バチッ!バチバチッ! その電光はやがて頭部へと達し… ゴォォォォォォォォォォ!!!!! スピノモンの口から放たれた青く激しい奔流がエンシェントガラモンへと襲い掛かる! 「なっ…!!」 閃光がガラモンを飲みこむ。 グラ…ドスン! エンシェントガラモンが倒れこむ。 ピロン!※一夜の復活 エンシェントガラモンのHPが1の状態で踏みとどまり、起き上がった。 「ギエロンクッキーの効果がなければ今の一撃で致命傷を負っていた…?」 ジジは冷や汗をかいた。 かつてこのエンシェントガラモンがここまで追い詰められたことがあっただろうか? 彼は逡巡すると即座に判断した。 「あのパワーは、まさか伝説の…?撤退する!ガラモン!」 エンシェントガラモンが金属の球体となる。そしていずこかへと飛び去って行った。 スピノモンも戦闘状態が解除されガオスモンへと戻る。 それと同時に空間が元に戻りビル街中心へと風景が変容した。 「忘れるな、そのレアモンはいつか人類そのものへの厄災となる。そして…」 ジジの視線はガオスモンへと移った。 (本当にアレだというのか…?下手をするとe38398e38389e383a9よりもよほど厄介な存在だ。何か策を考えねば。) そのままジジの姿は足元から薄くなっていき、まるでそこには何もいなかったかのように消えていった。 「け、口ほどにもねえ野郎だ。やはり俺様と剣一の絆の前に不可能はねえ!」 こうして突然の襲撃は幕を閉じた。 隔離空間だったこともあり町には被害はなし。 英一、レアモンのダメージについても大したことはなく、数時間後には平然としていた。 そしてすみれは今回の事件の報告書の作成に追われることとなった。 ――― ―― 後日。 英一とレアモンの二人について犯罪の可能性はないとして電脳犯罪捜査課の管轄からは外れることとなった。 ただし、彼らの特異性から今後はデジ対に身を移し、引き続き保護観察が継続される。 剣一とすみれには英一の連絡先が知らされており、定期的に通話をすることが許される運びとなった。 そして今、もう一つの事件についてすみれは本庁の一室へと呼び出されていた。 「ジジ・アーブラーについて捜査を打ち切れとはどういうことですか!!?」 呼び出しの内容はこれである。当然ながら彼女は反発した。 「捜査をすること自体が無駄だからだよ。このように、ね。」 すると目の前の人物が見覚えのあるセミ頭へと変貌する。 「このように私はどこにでも存在するし、どこにもいないとも言える。 ああ、安心したまえ、本物の彼は今頃ニセの辞令で出向しているよ。」 すみれは一瞬驚きはしたものの、すぐに思考を切り替える。 「ただ忠告しに来た、というわけではないようね。」 このように変幻自在であるならば、不意を突いてすみれに攻撃を行うことだってできたはずだ。 それをしないということは対話を求めている、とすみれは判断した。 「話が早くて助かるよ。まず君はあのドットの少年についてはどこまで?」 「50年前の怪獣災害の被害者、であるということしか。 なぜ彼が液晶化していて、そして現代にやってきたのかはまだわかっていません。」 「そうか。まず彼は50年前の時代から出現したわけではない。目覚めたのだよ。50年の眠りから。」 現代のことを教えている中で、英一自身は未来世界へ飛ばされたと思っているようであった。 「まず私が君たちを襲った原因から話そう。少年と一緒にいるレアモン、あれはデジモンなどではない。 50年前に少年を襲った怪物そのものだ。」 「え…?」 「私はね、人類の支配という目的を達成するために行動している。ただし、穏便は支配を、ね。 人類に被害が出ることは私の望むところではないし、その芽を摘むことが私の行動原理だ。 彼女…レアモンは危険な存在だ。 彼女が再び暴走した場合、それを止めること自体はそう難しくないだろうが、被害は少なくないだろう。」 「どうしてそれを私に?」 「人類を観察することは私の趣味の一つでね。 君はこのことを誰かに話してもいいし、胸に秘めたままでもいい。」 そう言うと目の前のセミ人間はあの時と同じように希薄になっていく。 突然の事態にすみれは困惑するしかなかった。 そして一人取り残された部屋に声だけが響く。 「君たちの決断を見届けさせてもらうよ。」 (了)