「逃げたり諦めることは誰も一瞬でできる、だが今ではない!」メタルサタモンの苦しげな咆哮が海原に響く。 彼がそう叫ぶのも無理はない。状況は一方的であった。 相対するは白いメルヴァモン、見るからに只者ではない。 各所に金のエングレービングが走り、その背中には茶色の鷲翼が広がっている。 何よりも特徴的なのは、大剣を持たず、右腕の先には巨大な金属の拳を握りしめている。 その目元はシルフィーモンのようなバイザーに覆われて見えない。故に表情はよく読み取れないが、口元には常に笑みが湛えられている。 だが、メタルサタモンにはそれが笑っているようには思えなかった。むしろ受ける印象は――威嚇。 まるで「こっちが圧倒してるんだからもう諦めて逃げろ」と言われているような気がする。 事実、メタルサタモンの放つ「サークル・ナーリア」は全てあの右拳によって迎撃粉砕されていた。 それだけではない。敵の隙を作るために繰り出した「クロノ・ステイシス」も全く効果が無いのだ。 発動はするのだが、あの右拳が一瞬光るだけでメルヴァモンは一向に止まらないのだ。 巨大な鉄拳に何か時間操作を無効化する能力があるのは間違いないだろう。 しかし、メタルサタモンにはわずかながら勝算があった。 敵はサークル・ナーリアを防御するのに一つしかない鉄拳を使う。 遠距離であれば鉄拳を飛ばして迎撃し、そのままそれがこちらに向かって来る。 その間、奴は無防備になる。そこに別の攻撃を当てればあるいは…… 幸い、今までの戦闘機動で場所は大きく動いており、あの巨大な恐竜型デジモンは沈みつつあるレッシェン・ジーク号の向こう側だ。 船体の影になっているため、猛烈な艦砲射撃や対空砲火の射線を気にしなくてもよくなっている。 つまり、完全に敵の動きだけに集中することができる。 すこし遠目の間合いでサークル・ナーリアを放つ。速度はすこし遅めにする。 それに対応し、メルヴァモンが迎撃の拳をまっすぐ円環に向かって射出する。 「希望が導く勝利のルートが輝く彼方に見えたぜ!」サークル・ナーリアを5つ、生み出して射出する。 「かませ、かませよ一撃!仰天させるんだ!」それら全てに異なる方向へとカーブ軌道を与える。 取り囲むように、どの方向に逃げてもひとつは命中するように計算して。 まずは一撃、そう思った瞬間。 鉄拳が6つに分裂した。 細かく分裂したのではない。フルサイズの寸分違わぬ鉄拳が6つ、瞬時に出現した。 「フィスト・イクスプロージョン!」6つの鉄拳は別々の方向へ噴進し、サークル・ナーリアを全て迎撃・粉砕する。 「誰も知らないわ!!」メタルサタモンが驚愕に叫び声をあげる。 「フィスト・インプロージョン!」続けて技名発声、6つの鉄拳が瞬時に転移し、メタルサタモンを取り囲む。 ひとつは回避、ふたつは両腕でガードしたが、みっつは背中と胴体に喰らってしまった。 ガードした両腕も相当なダメージを受け、同じ攻撃がもう一度来たら耐えられそうにない。 体勢を崩したメタルサタモンに、白いメルヴァモンが肉薄する。鉄拳が振りかぶられる。 両腕を捨てる覚悟で上半身をガードしたメタルサタモン、しかしメルヴァモンの拳は振るわれなかった。 右足のつま先が無防備な腰椎に突き刺さり、鈍色の体を海面へと叩き落とした。 着水の衝撃に気絶することなく耐え、海面に出たメタルサタモンが見たのは…… 船に乗っていたと思しき、そしてイレイザー軍団の迎撃に出たらしい水棲・飛行型デジモンとテイマー、その集団だった。 周囲を見回したがあのメルヴァモンの姿は消えており、ただ自身を包囲する敵の姿が見えるだけだった。 「……心のハチマキ巻いて、ここらで歯食いしばって!」傷ついた体に鞭打ち、メタルサタモンが離水する。 「進め未知なる世界を、運命のジェネラル!立ちはだかる者、全て噛み砕け!」咆哮と共に今。 金属光沢の古強者が、再び戦うために舞い上がった。 バーナムアルゼモンの濃密な対空砲火の隙間を縫うように、紅いマグナガルルモンが上昇してくる。 それは明確に、しかし的確な回避軌道を挟みながら上空のシャイングレイモン:トワイライトモードへと接近してくる。 「トリッドヴァイス!」コロナブラスターの二丁拳銃で撃ってみるが、対空砲火で安定した射撃態勢がとれないこともあって全て躱されている。 紅い、といってもシャイングレイモン:トワイライトモードのような昏く濃い夕闇色とは大きく違う。 白味がかった明るい真朱色と艷やかな漆朱色のツートンカラーだ。 右の翼には『甲賀』、左の翼には『兵衛尉』と、日本語の漢字が記されている。 それらの文字について訝しむ暇もなく、マグナガルルモンはシャイングレイモンに接敵した。 左腕のストライクファントムは無く、代わりに三連ビームガンが設えられている。 3つのビーム砲口から光刃が形成されシャイングレイモンに振るわれようとする。 「なっ!」咄嗟に反応し、コロナブラスターで受け止めようとした瞬間。 ビーム刃が消失し、ビームガンの砲身を鉤爪のようにしてコロナブラスターの刀身を絡め取った。 直後、マグナガルルモンは急降下を開始、シャイングレイモンを引きずり下ろそうとしてきた。 だがこれを好機と見たシャイングレイモンは、物理的に接触した部分を通じてマグナガルルモンへの干渉を開始する。 奴の内部のエネルギーを反転・制御して自爆させようとしたのだ。 しかしマグナガルルモンは突如としてシャイングレイモンを蹴り飛ばし、干渉される直前で引き剥がされた。 「……っぶねえ、そういや組んじゃダメなんだったな。」聞こえてきたのは、ハスキーで生意気そうな少年のような声。 その口ぶりは、まるでこちらの能力を把握しているかのように、テイマーである日向暁には思えた。 いや、事実把握しているのだろう。マグナガルルモンはコロナブラスターの刃の間合いから一拍分だけ距離を置いている。 数秒間の睨み合いの後、マグナガルルモンは視線を離さぬまま後ろにさがった。撤退……という様子ではない。 ならばその意図は……接触されないための遠距離攻撃だと暁は見抜いた。 「ミサイルか銃撃が来るぞ!」暁の警告と相手の行動はほぼ同時だった。 「『虚数』のデジメンタライト、放出展開。」マグナガルルモンの両翼のパイロンからミサイルが四方八方へと飛散する。 それらがあらぬ所で自爆すると、光とも闇とつかない眩さが一瞬だけ視界を覆う。 何が起こったのか訝しむ暁に、シャイングレイモンが警告を発する。 「まずいよアカツキ、これ、『反転』できない!」 「……何だって?」 「ううん、ちょっと違う……確かに反転させてるはずなのに、変化が起きない!」 「虚数の逆数は虚数。」マグナガルルモンの声が先程のものとは違っていた。こっちは伸びやかで透明感のある少年の声。 「DIS、デジタル虚数空間では反転は無意味。そのように世界の法則が優先される。」 暁は敵から視線をそらさず、しかし頭の中では思考をフル加速させていた。 あのマグナガルルモンは挙動の一つ一つに隙が無く、まるで歴戦の猛者のようである。 しかし、こんな体色、あんな戦い方をするマグナガルルモンの情報に全く心当たりがない。 それでいて、相手はこちらの手の内を、それも奥の手を知っている。 (……不気味だ。)彼の今までの経験と思考が大声で叫んでいる。 この敵は危険だ、一刻も早く撤退すべきだと。 念のため、撤退するためのルートを確認しようと周囲に視線を巡らした暁は、沈みかかったレッシェン・ジーク号を視界に入れてしまった。 その瞬間、彼の中の欲望が渦を巻いて冷静かつ臆病な思考を揺さぶった。 (まだ大して稼げてないじゃないか!)理不尽な敵によって利益を失うことへの怒りが暁を奮い立たせる。 (今回の作戦でガッポリ稼ぐはずだったのに、こいつのせいで……!)怒りは、彼が理不尽に抵抗する意思を生み出す。 (だいたい、あんな小細工を弄するってことはこっちを恐れている証拠だ。ということは、勝ち目があるかも知れない。)抵抗する意思が、思考を加速させる。 「シャイングレイモン!お前が能力頼りな凡骨じゃないことを教えてやれ!」勝利の可能性が、二人に戦う力を呼び起こさせた。 虚数フィールドの影響を受けないコロナブラスターの二刀流が、紅いマグナガルルモンに白兵戦を仕掛けた。 マグナガルルモンは左腕の三連ビームガンから直に光刃を展開、応戦する。 しかし、暁が観察した限りでは、敵は射撃戦に比べ格闘戦ではそこまで動きがいいわけではなさそうだ。 「アカツキ、このフィールド、少しずつだけど弱まってる!」シャイングレイモンの報告に暁は勝利を確信した。 よく見ると。周囲に漂う妙な輝きが徐々に薄くなっている。 (よし、フィールドが無効化できればこっちのもんだ!)同時に、敵の正体についても考えを巡らせる。 声がニ種類聞こえたということは、おそらくマトリクスエボリューションによる究極体、スピリットによるハイブリッド体ではない。 となるとテイマーとデジモンのコンビ……であるが不自然なまでに該当情報がない。 しかし、この今いるデジタルワールド以外にも、異なるデジタルワールドや複数のリアルワールドが存在しているという話も聞いている。 となると、彼らの正体はおそらく…… 「自分たちの世界に帰れると思うな、ストレンジャー!」暁の言葉に、マグナガルルモンが一瞬動きを止める。 「そこだっ!」そこにシャイングレイモンの懇親の一撃。敵はそれをかろうじて受け止めるが、勢いに押されて大きく後退してしまう。 同時に、周囲の薄い光が完全に消失した。 「フィールドの効果が消えたよアカツキ!」 「今だシャイングレイモン!接近戦で奴を捕らえろ!」シャイングレイモンの報告に、暁が指示を出す。 「残念、時間切れだ!お前がどこのデジタルワールドから来たか、吐いてもらう!」 少年の勝利宣言に対し返ってきた言葉は予想外のものだった。 「30点だよ、その答えじゃ。そして、時間切れは……」 突撃するシャイングレイモンが振りかぶった双刃は、手前で受け止められた。 「君の方だよ、日向暁君。」 突然、目の前に白いメルヴァモンが現れ、巨大な右拳でコロナブラスターを受け止めていた。 「「なっ!」」日竜将軍の二人が同時に驚きの声を上げる。 あまりにも唐突、何の予兆もない出現にパニックに陥りかける。 しかし彼らとて新参とはいえネオデスジェネラル、すぐに落ち着きを取り戻し対応に移る。 「邪魔なフィールドは無くなったんだ、『反転』させてしまえ!」 「わかった、アカツキ!……ダメだ!」シャイングレイモンは、慌てて全力で後退し、間合いを大きく開ける。 「どうした、シャイングレイモン!?」 「アレ、全く『反転』できない!さっきのとは全然違う!まるで手応えが無い!」 「なん……だって……?」その報告に暁の前髪の下の目が大きく見開かれる。 「多分強度も相当だよ!さっき受けられた時、まったく斬れる気がしなかった!」相棒がそこまで言う程のものなのか。 ならば攻め方を変えるまで、幸い距離は離れているので大技を繰り出すことができる。 メルヴァモンがマグナガルルモンと共にこちらに突進してくるのにタイミングを合わせ、エネルギーをチャージする。 「オールドデイズ・エンド!」二丁拳銃が放つ大火球、しかしそこに込められたエネルギーは必要最低限。 敵がこれを回避するなら、その隙を狙って接近戦であの右手を斬り落とす。 回避せず防御したなら、さすがに無傷では済まないだろうからそこをつけ込んで追撃する。 しかして敵の選択は――そのまま真っすぐに突っ込んできた。 火球を追うように前進しつつ、シャイングレイモンはコロナブラスターを構える。相手の足が止まることを見越しての一手だ。 太陽の如き火の玉はメルヴァモンに命中し、そして。 メルヴァモンは、一切減速すること無く火球を霧散させて飛び出してきた。 「!!」攻撃に備えコロナブラスターで受け止めようと構え直したシャイングレイモン。 その至近を高速ですり抜け、背後へと飛んでいくメルヴァモン。その姿はどう見ても――無傷。 そのメルヴァモンを遮蔽にして隠れていたマグナガルルモンが、火球の消えた先にいた。 その数、5体。それらが一斉に、右腕のスナイパーファントムを構えた。 その砲身の上下にスタビライザーが展開し、まるで弓のようにも見える。 それらはタイミングと照準を微妙にずらして、次々と砲撃をしてきた。 シャイングレイモンは最低限の動きでそれを回避し受け流す。 そこで足が止まったところに、背後からメルヴァモンが殴りかかってきた。 「ぐはっ!」吹き飛ばされた先には、1体に戻ったマグナガルルモンがスナイパーファントムを構えている。 その銃口にコロナブラスターを交差させてガードしたが、強烈な衝撃が暗赤の竜人を襲う。 砲撃ではない、受け止めて理解る。あれは、パイルバンカーだ。 狙撃銃などではない、遠距離攻撃も可能な杭打ち機だ! 双銃はかろうじて耐えたが、彼の体躯は再びメルヴァモンの方へと飛ばされる。 そこに拳の一撃でマグナガルルモンへと打ち返される。 さらにマグナガルルモンがバンカーで打ち返す。衝撃と暴力のキャッチボールがしばし繰り返された。 「シャイングレイモン!」暁が叫ぶ。それに応えるようにシャイングレイモンは態勢を立て直そうとする。 パイルバンカーの一撃が少し弱くなったのをこれ幸いと宙空に踏みとどまった彼を、二人が接近して挟み込む。 あまりにも早すぎる。動きを読まれていた、というより誘われたのだろう。 思えば虚数フィールド消滅直前の隙も、このメルヴァモンが来ることを知っての意図的な誘いだったのではないか? 「……クソッ!」敵の老獪さに、暁は歯噛みする。この連中は、自分よりも明らかに戦闘経験が豊富だ。 「な・め・る・なぁッ!!」直前で体を捻って胴体への直撃を避けるシャイングレイモン。 鉄拳は彼の左翼の半分を毟り、剛杭は右翼の半分を貫き砕いた。 飛行能力を大き削がれ、ほぼ墜落のような急降下で海面へと落下する。 「トリッドヴァイス!」着水の直前、火弾を放って反動で落下速度を相殺する。 着弾した海面から大量の水蒸気が発生してクッション代わりとなる。同時に大量の湯気が発生し、シャイングレイモンの姿を包み隠した。 「アカツキ、こっち!」シャイングレイモンは自らのテイマーを探し、白い靄に隠れながら合流する。 その間、上空から敵が降りてくる気配がない。二人は警戒しつつ様子を窺っていたが、やがて靄が晴れた後には――敵の姿は消えていた。 見逃されたのか、はたまた何か別の理由があるのか。その答えを暁が考えようとした時だった。 「あらあらあら、お姉様、タケル?あそこに火事場泥棒がいますわよ。」 「そういうのはアチシたち海賊の仕事だってパパとママから教わらなかったのねえ?」 いつの間にか『凍っている』海面――南の海であるのに――の上を、歩いてくる3つの影。 目付きの悪い小さな子供、杖を持ったゴスロリ少女、マントと三角帽の背の高いウィッチモン。 暁には彼らの正体に心当たりがあった。以前にイレイザー軍のデータベースで見たことがある。 ブラックアグニモン、アルカナウィッチモン、ネーバルウィッチモン。 不死身の暗黒闘士と、裏十闘士・エンシェントウィッチモンの5代目と6代目。 「アカツキ……」 「もう一回行けるか、シャイングレイモン?」 「行けるよ、けど……」二人の口元に、自虐的な笑みが浮かぶ。 「こりゃ大赤字確定、かな?」ここまで来ると、もう笑うしかない。 (続)