【ワインの日】 追加のワインを杯に注ごうとするマーリンをクリストが制した。 「マーリン、飲みすぎですよ、あなたは」 「うるへー!酒は百薬の長じゃい!」 クリストの静止の声にすっかり出来上がったマーリンが反発する。黙って見ていたカタリナ・イーネがクスっと笑った。 「いいではないですかクリストさん。ワインは偉大なる我らが神の教えと、綿密に関りを持つ聖なる飲み物。聖者は仰せられました。ワインの杯を持って『これは我が血である』と」 「いよ、いいこと言うぜカタリナ」 ケタケタ笑いながらワインを注ぐマーリンを横目で見ながらクリストがカタリナに反駁した。 「カタリナさん、それは牽強付会というものです。教えにはこういう話もあります。『酒を飲むのは、王のすることではない、王のすることではない、濃い酒を求めるのは君たる者のすることではない』」 「俺は王じゃねぇからなぁ」 グビッと杯を煽ったマーリンがマーリンがニヤニヤ笑いながらクリストを指さした。 「これを言わねえのは印象操作だぜクリスト。『濃い酒を滅びようとしている者に与え、酒を心の苦しむ人に与えよ』」 あら、と目を見張ったカタリナに、クリストが苦い顔で補足する。 「この者は無駄に博識なのです……これで詐欺師でなければ…」 「浅学じゃあ詐欺師はできないからなあ!」 ケタケタと笑うマーリンの様子に呆れかえったクリストがため息を吐いた。 「素敵です。やはり貴方たちは、私の配下に成り得る存在ですわ」 ワインの瓶を手に取ったカタリナが笑みを浮かべながら二人にワインを注ぐ。 「話を戻しますが、ワインは我らが教えに深く関わる飲み物。不可思議な奇跡を起こした事跡も記されております。知ってますか?」 「あん?誰だって知ってるだろそんなの」 「水をワインに変えたんですよね」 顔を見合わせながらマーリンとクリストが口々に答えた。 「そう、聖者が行った最初の奇跡。それは水をワインに変えたこと」 とくとく…と三人の杯にワインを注ぎ終えたカタリナが杯を持ち上げる。不審な顔をしながら二人もカタリナに応え、そして三人同時に杯を傾けた。 「ぶふっ!な、なんだこりゃあ!?」 「水…!?」 クリストが目を丸くし、マーリンが唖然とした顔を浮かべている。 「あの方の偉大な軌跡は、この奇跡から始まったのです」 "水と化したワインの杯"を見下ろしながら、うっとりとカタリナは呟いた。 【油の日】 「クリストさんはギルドの潤滑油と呼ばれてるそうですが…」 喫茶店で優雅に紅茶を嗜みながら、思いついたように話し出したカタリナに、ユイリアが不審な目を向けた。 「彼の心は大きく軋んでいるのは皮肉ですね」 「何が言いたいのです」 「漆黒の勇者イザベラ」 不興気に問い詰めるユイリアに短くカタリナが返した。 「彼女は立派な勇者、それはわかっております。が、世間は得てして皮相な見方をするもの」 イザベラが魔女と畏れられ、相対的に相方のクリストの評価が上がる。その状況に誰よりも憂いているのはクリストだった。 「勇者とは世直しのために行動すべき存在、世評に惑わされず、自分の進むべき道を歩めばいいのです、カタリナ」 「…それは、マーリンさんの言葉ですか?」 「…はい、勇者の剣に認められず、思い悩む私に掛けてくれた言葉です」 ぽっと頬を染めるユイリアに優しく微笑みながらカタリナは頷く。だが、心中はざわざわと騒ぎ立てていた。 (その動機が彼の私利私欲のためと知っているのですか?) カタリナはマーリンを責めているのではない。むしろ感心していた。ユイリアは見事に世間を勇者と誤認させるだけの威容を持っている。 唯一足りない勇者としての決意をマーリンが吹き込んだのだ。虚言で。 (愚かな女です。この人も、イザベラも) マーリンに利用されていることに全く気付きもせず、勇者の道を突き進む彼女の愚直さがカタリナには信じられない。利用されるだけの人生などカタリナはまっぴらだった。 自分の方が百倍マシだ、とカタリナは思う。私は嘘は吐くが善行は本物だ。愚かで無知な信徒たちを救うためどれほど自分をストイックに高め、日々工作や防諜活動をしているか。 (私と組めば、もっと彼の弁舌を活かせられるのに) イザベラはさらに救えない。自分の評判を気にせず、人助けに邁進している。まさに都合のいい女。一方のクリストはイザベラの功績が自分の者になるのを恐れ、ペアを解消しようとまで考えている。 妬ましいと、カタリナは思わずにいられない。カタリナから見ればクリストも、イザベラも宝の山で居眠りしている。自分がクリストとパートナーなら、もっと上手く彼のカリスマを信徒の獲得に利用できるのに。虚名も実像も勝ち取ったという結果が全てなのだ。なぜ罪悪感など抱く必要がある。 カタリナはグイッとカップを傾けた。己の顔が歪んでいるのを隠すために。 【パラスポーツの日】 バスケットコートにバスケットボールの弾む音が響く。隻腕のイザベルが左腕で力強くドリブルしながらゴールに向かった。 左腕で器用にボールを腋に持ち、ステップを踏んでレイアップシュートを放つと、ボードに当たったボールは綺麗に弾んでゴールに吸い込まれていった。 「ナイスシュー!」 ビジョン・オーサンの声にイザベルは得意げな顔をする。 「まだ聖騎士の誰にも見せたことはないんだ。私がバスケをしている姿は」 「そうなんですか?」 ああ、とボールをビジョンに投げ渡しながらイザベルが頷く。 「義手を付けるとボールや相手を意図せず傷つけてしまう。義手を外すと、周りが気を遣う」 「…そうですね」 ビジョンは頷くと、右手でジャンプシュートを放った。利き手とはいえ片手で支えがない姿勢から放たれたボールは、頼りない起動を描き、リングに弾かれた。 床に弾むボールを左腕でキャッチしたイザベルは「惜しい」と声を張り上げた。 「惜しくはないですよ。放った時点でわかりました。入らないって」 「惜しいさ。私が初めてシュートを放った時は、エアボールだったからな」 そう言って笑うイザベルに、ビジョンは眩し気な目を向ける。 「なんで、俺にそういうこと話してくれたんですか…同情ですか?」 「同情、か…何と言うべきか…」 イザベルがシャツの襟で汗を拭いながら考え込む、鍛え上げられた腹筋が目に入り、ビジョンは慌てて目を逸らした。 「たぶん、同じ視線でものを見れる人が見つかって嬉しかったのだと思う」 「視線、ですか?」 「言い換えれば、同じ悩み」 ビジョンの視線がイザベルの存在しない右腕のあたりに移った。次いで己の失った左腕に。 ふいにイザベルがボールをコートに放り投げた。そのまま駆けだすとイザベルはボールを左手でキャッチし、リングに向かって跳躍すると、そのままリングに叩き込んだ。 「ダンク!」 ビジョンが叫んだ。胸が途轍もなく熱い。ビジョンの方を振り向いたイザベルが微笑むと、ビジョンに向けボールを投げた。 「お前もやってみろ!」 ダッとビジョンは駆ける。拙くも何とかボールを受け止めると、ボールを弾ませ、リングに向かって勢いよく飛び上がった。 「あだっ!」 距離を測り損ね、リングに頭をぶつけたビジョンが蹲る。 コートにイザベルの笑い声が響く。やがてそこに、ビジョンの笑い声も混ざった。 【バイオリンの日】 華麗にヴァイオリンを奏でるカタリナに、クリストは感嘆の声を漏らした。その隣ではマーリンが顎に手を当て、何度も頷いている。 今日はバイオリンの日、ということで開かれたカタリナの演奏会。何の因果か、カタリナの本性を知ってしまった二人が演奏会にお呼ばれしてしまったのだった。 「フフ…どうでしたか?私の演奏は」 彼女が今引いた曲は『悪魔のトリル』。夢に現れた悪魔が弾いた曲をイメージして作者が作曲したといわれる曰く付きの曲。 クリストがもしこの曲を褒めたら、カタリナは『この曲が悪魔が授けた曲と知ってますか』とカタリナは問いかける腹積もりだった。そしたら彼はどのような顔をするだろうか。 そして、マーリンはどのような立ち位置につくだろうか?カタリナの側についてクリストを愚弄するだろうか?それともこの曲を弾いた己を揶揄するのか? 内に湧き上がる悪戯心を──全く表に表すことなく──聖女のような笑みを浮かべカタリナは二人の答えを待つ。 だが、話は予想外の方向に向かった。 「ええ、素晴らしかったです!『悪魔のトリル』ですよね!素晴らしい旋律でした!」 「……へ?」 カタリナが、笑みを浮かべたまま固まった。 「あ、あの。知ってたので?この曲を」 「え?あ、はい。悪魔が作曲者の夢に現れたのですよね」 こくりと頷くクリストにカタリナが硬直する。 「え、いいんですか!?悪魔が授けた曲ですよ」 「…確かに聖職者が弾くのはどうかという意見も一部にはあります、が…」 クリストがカタリナの肩に手を置いた。「へっ」とカタリナの口から小さく声が漏れる。 「悪魔的という言葉があります。人智を超えた、大衆を狂わせるほど魅力的な存在。カタリナさんの今の演奏は、正しく人を狂おしく魅了する素晴らしい演奏でした」 クリストが微笑んだ。それは初めて、カタリナの本性を知ってから、彼がカタリナに見せた敬意に溢れた笑顔だった。 クリストが一歩下がった。すると交代とばかりにマーリンが前に進み出る。 「カタリナ。いい演奏だったぜ」 「あ、ど、どうも」 「特に良かったのは第三楽章。あの至難なトリルを見事弾きこなしたおめぇはすげえよ」 ぽすっとマーリンの手が、カタリナの頭に置かれた。 「脱帽したぜ──とても練習したんだろう。一日や二日で引ける曲じゃねぇしな」 今度こそカタリナは、聖母の笑みを浮かべたまま硬直した。その顔は真紅に染めて。 【おかねを学ぶ日】 メニュー表を開いたトゥルー・ディテクティブが驚いた声を上げた。 「あ、値上げしたんですねボーリャックさん」 お冷をもっと来たボーリャックが、トゥルーの言葉に苦笑いを浮かべる。 「ああ、昨今の物価高の影響で、個人的な営業努力だけではどうも厳しくなってな…」 頭を下げるボーリャックに慌ててトゥルーが手を振った。 「いいえ!むしろ遅すぎたくらいですっ。それにボーリャックさんの喫茶店、価格が良心的すぎるしもっと取ってもいいくらいです!」 「そう言ってもらえるとありがたい…」 「そんな、申し訳なさそうな顔しないでください。だって…」 「もうすぐお父さんになるんでしょ?」とトゥルーがウインクをすると、ボーリャックは顔を赤らめながら頬を掻いた。 「イゾウさんから聞いたんですが、クリストさんも近頃聖騎士としての任務の他、度々ギルドに足を運んで稼ぎのいい依頼を受けてるそうで。イザベラさんの愛妻弁当手に」 その時のイゾウのにやけ顔が頭に浮かびトゥルーが頬を緩める。クリストが収入目的にギルドを利用しだしたということは、まあ、そういうことである。 「そうか、アイツらの子をようやく拝めるのか…」 感慨深げな顔をボーリャックが浮かべた。魔王軍との最終決戦時に魔王軍相手に共に戦うクリストとイザベラの姿を思い浮かべ、ついボーリャックの目頭が潤む。 「失礼」といってハンカチを取り出し目頭を拭うボーリャックを、トゥルーが優しい目で見守る。 「バリスタさんは元気です?」 「ああ、近頃は「退屈だ、早く喫茶店に戻りたい」って喧しくてね」 「ふふっいいことです。…子供の性別はわかりましたか?」 「ああ、オズワルド殿が言うには女の子らしい。きっとバリスタ譲りの可愛い子になるだろう」 微笑んだトゥルーがオムライスのセットを頼み、引き返すボーリャックを呼び止めた。 ボーリャックが振り返ると、そこには悪戯顔べ、片手を口元に添えるトゥルーの姿があった。 「もしお子さんに何処かの馬の骨が接近した時はご依頼を。経歴から出身までこの個人探偵、トゥルー・ディテクティブが格安で引き受けますよ」 「……ああ、よろしく頼むよ」 頬を引きつかせながら大きく頷くボーリャックに、堪らずトゥルーは吹き出す。 「あれは嫁に出す時は大変だ」と思いながらトゥルーがくつろいでいると、料理をつくる威勢のいい音が奥から聞こえてきた。 【ヤミ金融ゼロの日】 「おお、なんと哀れなことだ。喜んで手を貸しましょう。そんな頭を下げずともよい。私は恵みや富を貧しい人々と分かち合うことを喜びとしておるのだから」 金貸しパイゲは魔王軍や魔物との戦いに消耗し、金銭の貯えを失った身の上を打ち明け、支援を申し出た勇者の話を憐憫の意を前面に表しながら聞いていた。 「さあ、借用書の作成に入りましょう。必要な額を言いなさい。…おや?そんな虚に包まれた顔をしてどうなされた?「そんなとんとん拍子で進むとは思ってなかった?」はっはっはっ」 パイゲは頼もし気に胸を叩く。そして己は常に金銭面で融資をし、支援することを善行とし、それを生甲斐としていること、それが世に認められ聖人認定もされたことを熱弁する。その言葉に勇者の隣の席に座って聞き入る、勇者の仲間の聖女が感動の涙を流した。 勇者と聖女の旅の遍歴を聞きながらパイゲは二人の容姿を眺める。勇者、聖女ともに容姿は申し分なし──これならいい値段で売れるだろう。 「ところで二人は恋仲かね?とても親密に見えるが」 頬を赤らめて二人は頷いた。曰く、平和な世になったら式を挙げようと。 素晴らしい───ショーとしても、これはいい見世物になりそうだ。 【9/2の誕生花はツキミソウ】 エビルソード軍獣魔兵団団長、神狼族の女戦士フェンリエッタは進軍中、道端に咲くツキミソウの花が目に留まった。行軍から離れ、暫し佇み月見草の愛らしい花弁を魅入った。 (ツキミソウの花言葉ってなんだったかねぇ…) エビルソード軍の三馬鹿娘が花言葉の本を見ながらワイワイ盛り上がっていたのをフェンリエッタは思い出す。彼女たちの話題の中に確かにツキミソウの話もでたはずだが、記憶に靄がかかったかのように言葉が出てこない。 苦笑して軍に戻ろうとフェンリエッタが踵を返したフェンリエッタが叫んだ。目の前に革命のパルチザンが興味深々な面持ちで突っ立っていたのだ。 「うわぁ!三馬鹿娘!」 「へ?なんのことです!?」 「あ、いや、ごめん。忘れて」 頭を小突いてフェンリエッタは反省する。馬鹿だからといって面と向かって馬鹿と言ってはいけない。フェンリエッタはエビルソード軍では珍しく常識を知っている軍人だった。 不思議そうに首を傾げていたパルチザンが、フェンリエッタの足元にある花に気づき目を輝かせた。 「あ、ツキミソウ!」 「お!知ってたかいこの花を。賢いねぇ」 罪滅ぼしもこめて多少オーバーに褒める。 他の花言葉についてフェンリエッタが尋ねると、意外にもパルチザンは即答した。 「はいっ!この花の花言葉はいくつかありますが…「無言の愛情」が有名でしょうか」 「無言の、愛情…」 「今の私か」とフェンリエッタが己を嗤った。今年35を更新したフェンリエッタは未だにエビルソードにアピールを恋心を抱き続けている。 ププールの言う通り、闘いしか頭にないあの男に恋心を抱く方が間違いなのだろう。いっそ「好き」と伝えて玉砕するのが最善とわかってても、それすらもフェンリエッタは踏み出せない。 なるほど、無言の愛情とはよく言ったものだ。 マイナス思考にのめりこむ頭を振って、フェンリエッタは現実に意識を戻す。 「他には花言葉はあるのかい」 「はい、他にはですね」 パルチザンがしゃがみ、花をそっと撫でた。その横顔が今まで見たことがないほど大人びたものに見え、フェンリエッタは動揺を覚える。 「「ほのかな恋」です」 何か大切な物を抱えるように胸に手を当て、花言葉を告げるパルチザンを見、フェンリエッタは気づいた。 (ああ──あんたも) 「恋を、してるんだね」 パルチザンの顔に赤が走った。僅かな躊躇いの後、パルチザンは小さく頷いた。 【9月3日の誕生花はマーガレット&コスモス】 「花言葉って知ってるか」 「知らない」 「じゃあやるよ」 ポイッと投げ渡された本を、驚きつつも持ち前の反射神経でキャッチしたハルナはしげしげと眺める。その本は、花言葉がまとめられた本だった。 「図書館のリユースコーナーに置かれててな。タダだから取ってみたけど、正直俺にはそんな興味沸くテーマじゃなかったわ」 頭を掻きながら笑うマーリンにハルナは呆れたため息を吐きながらも、小さく感謝の言葉を述べた。 「今日の誕生花でも調べてみろよ。有名な花だし興味沸くんじゃねぇか?」 「9月3日の誕生花はマーガレットと、コスモスか…」 ペラペラと捲ったハルナの目がマーガレットの欄で止まる。 【マーガレットの花言葉は。恋占い、真実の愛、信頼、心に秘めた愛】 詠み進めるハルナの頭に一人の女性の姿が浮かび上がる。 ユイリア。ハルナがマーリンと会う前から彼と共に行動し、マーリンに全幅の信頼を置く女勇者。真顔でマーリンを偉大な魔術師という冒険者などあの人くらいだろう、と笑うハルナの目が一点に釘付けとなる。 「心に秘めた愛…」 マーリンへ向けるユイリアの視線に込められた意味。果たしてそれは本当に信頼だけなのか? なぜかハルナの胸が締め付けられるように痛みが走る。半ば強引にマーガレットから視線を外し、コスモスの欄に目を移した。 「コスモス。花言葉は「乙女の真心」「謙虚」「調和」「平和」「美しさ」…」 堪らずハルナは嘆息した。ハルナは魔王軍の隠密。真心を始めとしてコスモスとは真逆の存在である。 「でも、嘘つきなら…」 詐欺師、マーリン。ハルナと同じく、全身を嘘で塗り固めた存在。そしてユイリアを偽勇者として売り出した男。 ハルナはマーリンの反応を予想する。恐らくコスモスについて抱いた感想を話すと、彼は「なに小せぇことでくよくよしてんだ」と笑うだろう。そう思うと不思議とハルナの胸が軽くなる気がした。 「そういや、アイツはどうして今日の誕生花を口にしたんだろう」 ハルナの正体を知って惑わすためとも思ったが、すぐにその考えを打ち消す。マーリンは三下だが人の心を嬲るような男ではない。 (まさか、「美人」とか?) ボッとハルナの頬が赤く染まった。 自分の予測を半ば期待している己がいることに気づき、ハルナは頭を抱えて悶絶した。 その姿を見たユイリアが大騒ぎし、ハルナは言い訳に苦慮する羽目になる。 【妹の日】 (1) ボーリャック家が沈鬱な空気につつまれていた。リビングではボーリャックが難しい顔で、テーブルの向かい側には彼の伴侶の審判の勇者イザベルが沈痛な顔でテーブルに座っている。 「お姉ちゃんたちへの出産祝いの贈り物、受け取ってもらえなかったね…」 「むぅ…インゴットなら、現金や宝石より安定した資産としてクリストも喜んでもらえると思ったのだが…」 何度目かわからないため息を二人が吐く。自然と、思考がマイナスの方に流れていく。 「やっぱ、お姉ちゃん私なんかの贈り物、ほしくないよね……」 「お前は悪くない。悪いのはきっと、俺だ……」 ずぅぅん…と、マイナスのオーラをまき散らす二人を見かね、二人の家に居候中の家出王子ことコージン・ミレーンが、二人の間に生まれた赤子の相手をしながら助け舟を出した。 「他者に知恵を借りるのはどうだ?私たちだとどうも後ろ向きになってしまうからな」 「「それだ!」」 手を叩いたボーリャックはコージンに愛児の世話を託し、イザベルを連れ颯爽とハチロクに乗りこんだ。 ~~レンハート王国~~ 「馬鹿でしょあんたら」 「馬鹿とは何?インゴットの何がわるいの」 「何もかもよこのバカベル!」 親衛隊メイド、ハナコの怒声が城の会議室内に響き渡った。ムッとした顔を摺るイザベルを制し、ボーリャックが静かな口調で懇請する。 「どうか理由を教えてくれないだろうかハナコ殿」 「…それくらい自分で考えなさい。安心して、少なくともアンタらが敬遠されてるわけじゃないから」 困惑顔でボーリャックと顔を見合うイザベルに同情心が沸くが、心を鬼にしハナコは突き放すと時計を確認する。 「悪いけど、休憩時間が終わるからこのあt」 「トゥルーから聞かされた、ギルの最新の近況と居場所を教えしよう」 「物欲や金銭欲が薄い二人だから、仰天したんでしょう。インゴットそのままじゃなくて、例えば特注して加工した装飾品とかにして渡せば向こうも断れないと思うわ」 ぱぁっと、夫婦の顔が輝いた。 「有難うハナコ、あんたと出会えてよかった」 「困ったときはお互い様。戦友でしょ?」 堅い握手を結ぶイザベルとハナコを温かい目でボーリャックが見つめながら思う。「やはり持つべきものは友なのだ」と。 数日後、某国某所で廃墟を寝床としている、棺桶担いだ放浪者という名の高等遊民が、メイド親衛隊の襲撃を受けレンハートに連行されていったという。 (2) 「でね?その時僕に襲い掛かってきたエビルジョーロを、君のお姉さんが瞬時にライフルを構えて迎撃して…」 「すごーいお姉ちゃん!」 アリシアの妹が入院している病室で、フレイが魔王城突入時に遭遇した出来事についてアリシアの妹に語っている。 (フフ、狙いは大成功って感じかな) 編み物をしながらアリシアが微笑んだ。妹はフレイの話に青くなったり、目をキラキラさせたり、すっかり彼の話に夢中になっている。 「凄いなぁ。お姉ちゃんとフレイくん、色んな世界を見てきたんだね」 そう言って妹が笑った。アリシアはその笑みが嫌いだった。色んなものを諦めたようなその笑顔が。アリシアが腰を上げようとした直前、フレイは真摯な声で妹に声を掛けた。 「諦めちゃだめだよ。君は僕と同じくらいの歳でしょ?そんな悲しい顔しちゃダメ」 「う、うん」 「大丈夫、君は良くなる。その時は、僕が世界を案内してあげるよ」 言い終え、フレイが優しく笑いかけると、妹は顔を赤くしてコクッと頷いた。 病院を後にしたフレイは、並んで歩くアリシアに首尾を訊ねる。 「どうだった?上手くいった?」 「…フレイ、あんたやっぱ、シーフだね」 「はえ?」 【休養の日】 (1) 旅の宿の一室で、漆黒の勇者イザベラが堅い堅い声色で聖盾のクリストの提案を断った。 「大丈夫です、そんなの、私には必要ありません」 そうですか、とさほど堪えた様子もなく、クリストは温和な笑みを浮かべて再度同じ提案を繰り返す。 「ですが、今日は休養の日。連日人々のため奔走するイザベラ様も、今日くらいは休んでも神もお許しになるはずです」 「世界は魔に苦しめられてる人が今日も溢れてるのに、聖都の神は随分寛大なのですね」 イザベラの、敬愛の念を抱き始めているクリストへの精一杯の嫌味。クリストの瞳に悲しみの色が宿ったのを見てイザベラの胸に痛みが走る。 「ごめんなさいクリストさん。言い過ぎました。でも、私には…」 「僕と共に旅をしてから、イザベラ様は心の糸を緩めたことは幾度ありましたか?」 真摯なクリストの目に耐え切れず、イザベラは目を逸らした。 「僕の回復魔法は体の傷は治せても、心の消耗や積み重ねた疲労を癒すことはできません。……今日一日貴方が心身を休めるように努める方が、僕は世界のためだと信じます」 長い沈黙の後、イザベラが小さく頷いた。 「良かった…。では、失礼します」 「クリスト、さん!」 部屋から去ろうとしたクリストが、イザベラの声に振り向く。 「あ、ありがとう……」 クリストはただ笑って頷き、扉を開けて部屋から出ていった。 さて、休むとは言ったものの、イザベラは途方に暮れる。休み方がわからないのだ。"あの日"から、己の力を人助けに捧げることのみに生きてきたイザベラにとって、何もしない時間というのはもどかしさを感じるものだった。 「やっぱ、クリストさんにもう一度相談してみるか」と考え始めていたその時、優しく、部屋の扉をノックする音と、「クリストです」という声が聞こえた。 慌ててイザベラが扉を開けると、紅茶の入ったカップと包みを持って、クリストが立っていた。 「その、クッキーは…?」 「気晴らしになるかと思って、昨晩作ってみたのです。拙い出来ですがどうぞ」 丁重に礼を言ってイザベラが紅茶とクッキーを頂く。テーブルに座るとイザベラは包みを開いて中身を取り出す。 可愛いらしいクッキーをしげしげと眺めた後に、イザベラはそっとクッキーを齧った。 「おいしい…」 素朴な甘みの。どこか感じる家庭の味。イザベラの視界が涙で滲む。 それは、あの日以来初めて味わった、家庭の味だった。 (2) 今日は休養の日。手帳のカレンダーに何重にも丸をした9/8を胸躍らせながら何度も見返してたイザベラは。朝食後、早速クリストを自分の泊る宿の寝室へと呼び出した。 「クリスト、今日は何の日?」 「え、え~~と。きゅ、休養の日…?」 若干引きながらクリストは答える。すると、ぱぁぁっとイザベラの顔が喜色に染まった。 「そう。休養の日。というわけでクリスト、癒して」 ポンポンポンポン、とベッドの自分が座っている直ぐ横の場所を叩きまくりながら、イザベラが可憐な表情で催促する。 「し、失礼します……で、僕は何をしたらいいでしょうか」 覚悟を決めクリストがイザベラの隣に座ると、彼女のオーダーを待つ。可愛らしいしぐさでイザベラが考え込むこと十数秒。ニコッと笑ってイザベラがクリストの方を向いた。 「頭、撫でて?」 「え”」 流石にそれは仲間の一線を越え過ぎなのでは、とクリストが固辞しようとすると、イザベラが悲し気な顔で俯く。 「そう、だよね…、一度は私から離れようとしたクリストだもの。こいうのは」 「やらせていただきます!」 叫んでからクリストはイザベラの含み笑いにハッと気づくも、全ては後の祭りなのであった。 【弓道の日】 誰もが寝静まる夜半の頃、サンク・マスグラード帝国の訓練場に一人の訓練生がいた。赤毛の少年は顔を引き締めて一心不乱に弓を射っている。肩で息をしながら顎を滴り落ちる汗を拭うと、険しい顔つきで少年が再び背の矢筒に手を伸ばした。 「そんなんじゃ、何度射っても駄目だよ」 少年がぎょっとして声の方を振り向く。直ぐに直立の姿勢を取り、少年──ラーバル・ディ・レンハートは声の主に詫びた。 「も、申し訳ございません。スヴェン殿!」 弓を射るラーバルの背後から、王家親衛隊、破城の銛射スヴェンが声を掛ける。 「なんでさこんな深夜に練習してんの?君」 「俺がヒナドリ隊の皆に追いつくには、もっと努力しないといけませんから」 「そんだけ?」 無言でラーバルが弓を絞る。放った矢は的の中心から大きく外れた。 「弓は嘘をつかない。心に乱れがあれば直ぐさま影響を生じる」 唇を噛み締めラーバルが射る。再び中心からは程遠い位置に矢は当たった。 「大丈夫、守秘義務は守るぜ」 ラーバルが深く息を吐いて構えを解き、スヴェンと向き合う。 「何かあったわけじゃありません。ただ、俺という存在が許されないと、そんな考えがこの頃浮かんで」 スヴェンは無言で頷き続きを促す、 「ジーニャを始めとして、この国の民たちは皆過酷な、辛い思いを抱えて生きてきた人ばかり。…彼等と相対すると、俺は時折自分への深い自己嫌悪にかられるのです」 「それをお前さんは誰かに話したかい?」 ラーバルは寂しく笑った。 「言えるわけがないです。周りが陛下と国家のため努力してる中、俺がこんな情けない悩みを抱いてると知ったら、皆俺を軽蔑します。やはり温室育ちの王子様だと」 「へー、誰かそんなこと言ったりした?」 ラーバルが口を噤む。やがて弱弱しく首を振った。 「つまり、言ってるのは己の中の幻影ってわけだ…馬鹿だなぁお前」 苦笑いを浮かべながらスヴェンがラーバルの肩を叩く。 「一度、悩みを仲間に打ち明けてみな。想像の声じゃなくて、実物のアイツらと向き合ってこい…そうだな、最初はジーニャなんかいいんじゃない?」 逡巡の後、ラーバルは「はい」と覚悟を決めた顔で頷く。 話しは終わりとばかりにスヴェンが手を叩くと。再びラーバルに弓を構えるよう促す。 「背筋ヨシ、顎ヨシ、肩の力ヨシ。足の位置ヨシ、心眼ヨシ……射れ」 ラーバルの放った矢は、的の中央に深々と突き刺さった。 【メープルもみじの日】 一筋の風が立派に彩った紅葉の葉を揺らす。葉擦れの音と、秋の訪れを知らしめる心地よい涼しさが、独酌に興じるカースブレイドの体に何とも言えない心地よさを与える。 ひらひらと、一枚の紅葉が舞い降りる。何気ないままにカースブレイドが視線を送っていたその葉は、見事にカースブレイドの手にする盃に入り、水面を揺らした。 「ほう、何とも風情な…」 カースブレイドが微笑する。「自然も拙者の武名を歓迎しているとようではないか」と、満足感にカースブレイドは身を浸らせる。 ふと、詩心が湧いたカースブレイドは盃を置いた。紅葉の木々を眺めながら熟考すること数十秒。カースブレイドは姿勢を正して歌を唄う。 【奥山に 紅葉踏み分け 鳴く鹿の 声聞くときぞ 秋は悲しき】 (うむ、名句)と、満足げにカースブレイドが頷きながら盃を傾けたその時だった。 「それは本当ですか!?」 「ぶふぅっ!?」 カースブレイドが思い切り酒を吹き出した。 咳き込みながらカースブレイドが睨みつけるその先には、魔鹿を背負いながら満面の笑みを浮かべカースブレイドに向かって駆け付けるパルチザンの姿があった。 「カス様ー!魔鹿仕留めてきましたー!」 【メンズバレンタインデーの日】 「あのギャンさんが、ねぇ…」 鏡の前で、下着を着けたサトーはしげしげと己の姿を眺める。 ギルのプレゼントにハナコは最初飛び上がる様に喜んだ。その後憤慨した。 『下着ってな、なんですか!まだ手も出してない癖に!』 だが、思い直してつけてみると。意外と似合っている。特に派手さはないが機能性を重視したブラという点に感心した。 「ま。許してやるとしますか!」 ポーズを取りながらサトーは笑う。『メンズバレンタインデーだ』と、目を逸らしながら下着を突き出す顔をほのかに赤く染めるギャンの姿と、その日の意味を知った時の胸に溢れる喜びを思えば、十分サトーにはおつりが取れるような気がしてきていた。 【愛知のいちじくの日】 「──神の教えの書によると知恵の実を食し善悪を知った。そして羞恥心を覚えた原初の二人はイチジクの葉で己の局部を隠したそうじゃのう」 ワシらのようじゃな、と艶やかに笑いながらウァリトヒロイ女王、シュティアイセ・アンマナインはベッドを降り、高価なコンポート皿に盛られた果物の中からイチジクの実を掴み取ると、皮を丁寧に向いていく。 その彼女の現在の姿は、まさに善悪と羞恥を知り楽園を追放された女の姿そのもの。ただ一つ違うとすれば、ティアは羞恥どころかまるで見せつけるように、先程まで熱く交合していた男──ベッドに腰かけるサンク・マスグラード帝国の王、レストロイカを挑発するように流し目を送っていることか。 「はむ…くちゅ…」 皮を剥いたイチジクに、ティアがそのまま齧り付いた。高貴さの欠片のない野卑な姿を晒しながら咀嚼するティアの口から、果汁が零れ落ち、彼女の豊満な胸の谷間に吸い込まれていく。その扇情的な光景にレストロイカは鎮まっていた欲が再び高まっていくのを感じた。 「なるほど、神が追放したわけだ」 レストロイカは笑った。イチジクを手に持ったままティアが淫猥な笑みを浮かべながらベッドへと戻ってくる。 「きっと、神は裸なのを見ただけで追放したわけではない」 ベッドに腰かけたティアの腰を抱き寄せながらレストロイカは無表情に囁く。 「知恵の実を食った女が、楽園の人形からお前のような女になり果てるのが、耐え難かったのだ」 「ふふ、なんとも潔癖な神様じゃのう」 再びイチジクを齧り付いたティアが、レストロイカの首に手を回す。傍に寄せた端正なレストロイカの唇に、ティアが接吻した。 「ん……くちゅ……」 ティアの舌が、レストロイカの口内を侵食する。ティアの唾液と混ざったイチジクの果汁が、彼女の舌からレストロイカの咥内に移され、そのまま彼の体内へと堕ちていく。 何度も舌を絡ませ合いながら二人は倒れこむようにしたベッドへと上半身を横たわらせる。 「愛しておるぞ……レストロイカよ」 「俺もだ……ティア」 レストロイカがティアの豊満な乳房に舌を這わせると、ティアは可愛らしい嬌声を挙げた。二人はそのまま官能の渦へと堕ちていく。王という立場故、世の男女のように交際できない鬱憤を晴らすかのように。 【ワインの日】 「神の教えではワインは血、と例えるのは有名な話だが」 ワイングラスに赤ワインを注ぎながらレストロイカが蘊蓄を披露する。 「別の神話でも、ワインは重要な意味を司った飲み物として語られている」 「ほう、ワシはその伝説は寡聞にして知らんかったぞ。どんな意味なんじゃ?」 「……そのワインの産み出した神は豊穣と……狂乱を司る」 2杯のワイングラスを持ったレストロイカが皮肉気に笑う。釣られてティアも顔を綻ばせた。 「なるほど。現世の苦しみから解放させるワインは人々の生活に豊穣さを彩る。じゃが、飲み過ぎれば人はワインに狂わされ、狂人へと変わる。よくできてるのう!」 呵々と笑うティアに思わずレストロイカは苦笑する。昨夜の淫らな彼女の姿は今のティアからはどこにも伺えない。 「では、我らも人生に豊穣さをもたらそうとするかの」 「……飲み過ぎて、気を狂わされないようにな」 レストロイカが片方のグラスをティアに手渡す。レストロイカとティアのワイングラスが重なり、高い音を鳴らした。レストロイカはゆっくりと、ティアは豪快に一息と飲み干した。 レストロイカは堪らず吹き出した。 「……俺の話を聞いていたか?」